日別アーカイブ: 2019/12/03

日々雑思 たまには旅の話を

ごく稀にメキシコへ行く。パスポートのためでもあるけれど最近は休暇の意味が大きい。ほんの23日のことなので持ち物も少ない。今回僕の持ち物は歯ブラシ、パンツ一枚、充電器と携帯それと小さなテルモスだけ。

いつものチキンバス、すでに釣り銭のないように小銭を用意しなくてもボッタクリもない。乗り換えて車掌と話し、降りる場所をその場で決める。直通バスではあったけど途中、長い停車時間があったため乗り換えを選んだ。バスを待っているとピックアップトラックが止まってどこまでだと言う。国境だと言うと行くとこたえた。いくらだと聞くとバスと同じなので今回はピックアップに乗ってみることにした。ピックアップは自家用貨物のトラックのこと、4WDのトラックの荷台乗るだけ。すでに女衆が乗っていて挨拶を交わす。すぐに質問ぜめにあう。自己紹介などを済ます。矢継ぎ早の質問にもキチンと応えているし、わからないところは聞き直せる。持ってきたパンをあげると喜んでいる。彼らは日本人とみると必ずカラテのことを質問するので毎回同じ話にしかならないのだけど、考えてみればグアテマラと聞いてコーヒー以外の話をはじめてあったグアテマラ人と出来るはずもないのと同じなのだ。そしてたいていの場合、ジャッキーチェンかブルースリーの話になって益々ややこしくなりめんどくさい。しかし今回はカラテキッドのミヤギの話になる。オヤっと思い聞いているとミヤギが少年にカラテは身を守るために使うのだ、争いのためではないの言うシーンが好きだと言う。純粋に日本の話しではないけれど、ほーと感心した。

ピックアップは途中人々を乗せたり下ろしたりしながらのんびりと走る。風が気持ち良い。景色がゆっくりと流れ、路傍の犬、しゃがむ女、外人の僕をジッと見つめる子供、屋内でハタを織る女、肉屋の匂い、薪をたく匂い、洗濯物をはたいたしぶき、笑い声、鳴き声、がなり声全てが僕にあいた穴から飛び込んでくる。混んできたので立ち乗りになる。胸から上1つ飛び抜けた僕を見て、少し怖がっているのか気の毒になるけど、こちらがスペイン語ができると知ると、この荷物を運転席の天井に載せろ、降りるから運転手に言ってくれ、荷物を取ってくれといいように使ってくる。子供は手すりにつかまる僕の手を恐る恐る触っておんなじだーと言っている。一緒にいるお母さんもそっと触ってくる。ゴツゴツとしたその手はとても歳ににつかわないものであったけれども、働き者の手であった。

国境に着いたのはいつもより少しだけ遅かったけど、そんなことよりこの新しい乗り物でした旅のことがなんだか嬉しくてしかたがなかった。

おそらく僕はこういう旅をしたいのだ。旅に出て5年、ようやく僕は自分が何をしたかったのかを知った。少しまた旅人に近づく事が出来た気がした。

メキシコではいつものスペイン語では少しばかり不便なことになる。別に困りはしないのだけれど、いつもと違うフレーズに戸惑う。言葉というのは待ち構えているのと違うフレーズで言われるとあれっ?となるものだ。慣れるまでに23日かかるものだけれど国境から2時間ほどしかないこの町でも勝手が異なるのが面白い。住んでいるのが田舎すぎることも1つ。コーヒーの淹れ方に使うフレーズが違う。信号機という単語が言えない。テレビのリモコンが言えない。レストランで注文の際、料理がなんなのかわからない。コレがまた楽しくていい。今なんて言ったの?どういう風に言うのと質問しまくってなんだこいつと思われるのが楽しくて仕方ない。これこそ旅の発見、新体験、醍醐味、喜びであった。田舎暮らしにはない都会の人の暮らしが楽しい。東京に出てきた人達の気持ちがわかると言ったら言い過ぎか。町は看板に溢れ、市場は巨大で、皆が悪人に見える。どこに行くにも5分と待たずに乗合がやってきて安い。娯楽に溢れ若者は楽しそうだ。女中のセシリアを連れてきたらどう反応するのだろうとふと考えてしまった。

夜、ホステルの若者と少し話す。若い子だなと思っていた。歳を聞くと17だと言う。この街から40キロ程離れた村に住んでいたが学校を辞め今週から働き始めたと言う。仕事は楽しく満足している、週6日働き村に戻る。6人兄弟の末っ子。まだ幼さが残る顔立ちに自分の倅たちの事が浮かんだ。こうして話が出来る事が嬉しい。国が違っても若者はいいものだ。女中のセシリアも粋がってはいるけれど心根の良さがある。彼女が作った僕のスペイン語はもうどこでも通用する程になった。それを彼女はどう感じているのであろうか。まったく話の出来ない外国人に言語を教える苦労は並大抵ではないのに小娘1人で立派にやりきってしまった。僕がいない間もキチンと宿を仕切っている。こうした国にいると若者のたくましさを感じてしまう。と同時に日本で暮らす倅たちはどうであろうかと思いを馳せてしまう。

毎回思う事だけれども、こうして小さな旅をするとき、僕はまだ旅の途中にあるのだと実感する事が出来る。旅を始めた時とは何もかにもが違って見えるし、感じ方も物の考え方も変わってしまった。それでも旅をする事は楽しい。