月別アーカイブ: 2019年9月

日々雑思 雨の日の釣り師のために

今日は午後から雨。雲が垂れ込めて山水画のように世界から色をなくしている。風はなく天から雨粒が真っ直ぐに落ちてくる。午前中湖で泳いだのでプールに入った後のように身体がポワーンとしていて久しぶりに子供の頃を思い出す。どの位潜れるのかと試したが思ったほど深く潜れなかったのは歳のせいか標高のせいか。引っかかったルアーが回収できず失った事が悲しい。テラスに腰をおろしコーヒーをすする。雨にくもる湖を眺めながらあれやこれやと思いを巡らすのはことの外楽しい。

味噌漬けワーム

昔、津久井湖でワームの釣り方を晋作くんに習う。当時流行っていた確かFS454というワームを買った。今では当たり前のように使われる集魚剤のはしりでなんだか味噌漬けのようだった。

夕方の湖畔に立つ。買ったばかりのフェンウィックの竿とアンバサダーのリールだった。当時はイトに黄色やオレンジの色が見やすいように付いていて僕はオレンジがお気に入りだった。「ゆっくりズルズルと引きずって竿一本分引いたら少し待って聞いてやるんです、コツコツとしたりイトが沖に出て行ったら37つ数えてセーノで合わせるんですよ」言われた通りにやってみるとコツコツと魚の感触が。イトもスルスルと沖に向かって引っ張られていく。焦る気持ちを抑えてリールのスプールをフリーにしてイトをくれてやる。心の中で7つまで数えて合わせた。初めてワームで釣ったバス。この時の釣果は覚えていない。暑かったのかも涼しかったのかも忘れてしまったけれど今でもあの時のシーンだけは鮮明に覚えている。この時釣った沼本ワンドはこの後通い詰める僕のお気に入りとなった。

スライダーワーム

「山中湖の夜釣りはこの赤いワームがバツグンですよ、なんたって安いじゃないですか」釣り仲間のオーシャンに言われるままにスライダーワームと同メーカーが出すジグヘッドを買った。それまで僕は頑なにベイトリールの釣りにこだわっていたが繊細な釣りのうまいオーシャンに教えを請うためにスピニングのセットを買った。確かナイヤードと言うメーカーで少し硬めのワンピース。行きつけの釣具店の店主ロッパに勧められるまま購入した。オーシャンはバイトの金をすべて釣りにつぎ込むほど入れ込んでいた。それだけにコスパと釣果に対するこだわりは尋常ではなかった。そんなオーシャンが言うスライダーワームは確かだった。しばらくしてこのワームは誰もが使うこととなる。山中湖なぎさ、僕らはそう呼んでいた。桟橋の上に立ち真っ暗な湖に投げる。「藻穴に落とすんです。ゆっくり藻から外してやってください」ブリンブリンと引っかかるワームに苦労しながら竿から伝わる感触だけを頼りに釣る。ゴンと竿の先を持っていかれた。ズッシリとした感触にさぞ大きかろうと釣りあげると藻がバスの頭にカツラのように絡みついていた。どおりで重たいはずだ。一面藻だらけの山中湖で僕らは明け方まで夢中になって釣りをした。

バスハンター

週末の河口湖。釣具店の店主のロッパの同級生通称ボッチ。いい兄貴分であり随分と釣りに連れて行ってもらった。店が終わった9時過ぎ続々集まる釣り仲間。車に分乗して河口湖へ。

丸栄前が僕らのお気に入り。クランクベイトというルアーはクチビルがついていて引くと潜ってくれる。ダイワが出した新製品のバスハンターミラクルシャインが大爆発した。あまりの釣れっぷりに箱買いしてしまうほど良く釣れた。その釣れっぷりはあまりに魚に噛み付かれるので色が剥げてしまうほどだった。当時もリリースが当たり前であったけれど敢えず釣れた魚はストリンガーと呼ばれる針金をエラから口に通して水につけて活かしておいた。その夜も順調に釣果は伸びた。僕はストリンガーを二つ買い、繋げて沢山の魚を付けられるように改造しておいた。釣り上げた魚を繋げておこうとストリンガーを結わえてある岩の所へ行くと見当たらない。辺りを探してもない。あまりに魚を繋げすぎて岩から外れてしまったのだ。「ボッチさーん魚、逃げちゃった」「えっ!うひゃひゃ付けすぎたよ、あーああの魚繋がったまま皆んな骨になっちゃうぜ」その後僕はストリンガーを使うのをやめた。

ボッチさんとはあまりにひどい思い出が多すぎてここには書けない。台風の中の釣り、大雨で山中で閉じ込められ、冬の湖に落ち、数々の失敗を共にしてきた。

 

スプリットリグ

苦手な釣りを克服するために晋作くんと芦ノ湖へ。釣り方のイメージが湧かず苦戦している僕を横目に晋作くんはバンバン釣り上げている。「オモリを落ちていくエサにみたてて、小魚がそれを追いかける。エサが湖底に落ちて見失いボケっとしているイメージですかね」彼と僕の会話は他人が聞いても「???」となってしまうこともしばしば、よく釣具屋の店主のロッパに笑われていた。

この釣り方はマスばりを使っていた。僕にはあの長いワームにこんなハリをチョンとかけるだけの仕掛けがなんとなく嫌いだった。なんだか餌釣りをしているような気がして抵抗があった。当時バスプロになって間もなくでトーナメントで釣るためにはそんなことは言っていられなくなり晋作くんに泣きついた。亀ヶ崎から黒石にかけてボートを流しながらひたすらスプリットリグを投げるのだけど何故か僕には釣れない。ぼくが投げた後にもかかわらず晋作くんは難なく釣り上げている。焦る気持ちを抑えて言われた通りにやっているとイトがスーッと走った。イメージが掴めた。釣りはイメージがとっても大切。明確なイメージがあるほどなぜか魚が釣れる。あれほど苦労したのにその日、僕は釣りまくった。不思議なものだ。

僕らはこの頃から互いの事がよく理解できて、興味のある釣りを片端からやるようになった。釣りが上手いのは常に晋作くん。僕は彼の背中をいつも追いかけるように釣りをしていた。僕の知る釣り人の中でもずば抜けうまい。彼が苦労している姿をついぞ見た事がない。

プロでの活躍はなかったけれどバス釣りは僕のお気に入り、沢山の思い出が詰まったこの釣りは頭を使い、すべて理詰めで考えれば答えが出る。グアテマラの湖にブラックバスが居ると知ったのはここへ来てすぐ。いつかは釣ってみたいと思っていた。その夢が叶った。久しぶりに手にした道具達。湖畔に立ち5分で僕は魚を手にしていた。初めて釣った相模湖のバスのように嬉しかった。それから3日間、僕は知りうる限りの釣り方で釣りまくった。それは喜びてあり、充実であった。この時のために僕は釣りをしてきたのだとさえ感じた。その釣りはこれまで一緒に釣りをしてしてくれた友人達から伝授された集大成であった。3日目が終わった。心地よい疲れと充実感。釣りをしてきて良かった。おそらく僕は死ぬまで釣りを続けるだろう。

日々雑思 釣りに行く

夕方まで宿の片付けがかかってしまった。雨が降りだした。明日から3日宿を休んで釣りに行くと決めているにもかかわらず、はやる気持ちを抑えきれなくなってしまった。僕はリールに糸を巻き、釣りに出かけた。湖に向かう足取りが勝手にはやくなっている。湖畔に向かう小径に入ったらもう心が弾んで仕方がない。

日本から到着した釣り具。丁寧に梱包された数々の道具。これまでの思いがいっぺんに溢れて目頭が熱くなる。日本の親友の晋作くんが送ってくれた。ここでスペイン語を学んだアツシさんが運んでくれた。彼との出会いはもう30年以上も前になる。僕は大学生、彼は高校生だった。数えきれない程僕らは一緒に釣りに行った。マス、アユ、バス、メバル、イカありとあらゆる釣りにハマり、同じ師匠に付き、釣り以外にも僕らは沢山遊んだ。

旅に出るとき僕は少しの釣り具を持ってきたが、あちらで無くし、こちらで壊して、持っている釣り具はここでの釣りには少し足りなかった。宿が暇となり、僕はどうしても釣りがしたくなった。彼に頼むと快く引き受けてくれた。そして届いた道具。彼の優しさが身にしみた。僕の必要としている物が全て入っていた。何年も会っていないのにまるで昨日まで一緒に釣りを楽しんでいたかのように彼はわかってくれていたんだと思うと、目の前にある釣り具が滲んでユラついた。

湖畔に立つ。はやる心を抑えて糸を結ぶ。結ぶ時ナイロンが熱で弱らないように口で舐めてあげる。老眼で見えなくても手が覚えている。すべての動作がまるで昨日まで釣りをして来たかのように自然に出来た。投げては巻き投げては巻きを繰り返すうちに僕は湖畔に立つ一本の老木となった。周りから一切の音が消えた。心にある傷が癒え、真っさらとなっていく。投げるたびにデジャブを繰り返し、僕は少しずつ過去へ戻っていくような感覚を覚えた。

雨に濡れていることも忘れた。気がつくと辺りは真っ暗になっていた。ほんの少しのつもりだったのに、時間はあっという間に過ぎていた。残念ながら魚は釣れなかったけど、僕は束の間を心ゆくまで楽しんだ。

中国のことわざに

1日幸せになりたければ酒を飲みなさい

3日幸せになりたければ結婚しなさい

7日幸せになりたければ豚を殺して食べなさい

一生幸せになりたければ釣りを覚えなさい

とある。けだし名言。酒も女も豚も幸せににはなったけれど苦痛も伴った。でも釣りだけはその苦痛すら僕を幸せにしてくれた。宿を始めて酒をやめた。女は面倒。豚より牛が美味しい。僕は一生の幸せを手に入れた。

遠い日本で道具を集めてくれた親友に感謝の気持ちのみ。晋作君ありがとう。そして重たい道具をわざわざグアテマラまで運んでくれたアツシさんありがとうございます。

晋作くんといつかまた世界のどこかで一緒に釣りをする事を願って。アティトラン湖畔にて。

フレッドアーボガストの奇跡

ジッターバグというルアーがあって、他にはない形をしている。頭というか口に平べったい板が付いていて引っ張るとまるでクロールをするように泳いでくれる。このルアーの歴史は古く、第一次のルアーブームのときからずっとある古参の逸品。初めて使ったのは僕が高校生の頃。夏の夕暮れ、神奈川の津久井湖、通称津久井観光と言われる場所。沖に投げたこのルアーにブラックバスが食いついた。はじめてのランカーサイズを手にした僕は全身が震えた。夜の河口湖、丸栄前で100匹釣りに挑戦していた。残念ながら94匹に終わってしまったけど、その時に使っていたのがこのルアー。あまりに噛み付かれてルアーの色が剥げてしまった。それは僕の宝物となった。多摩川のナマズの時もこのルアーが活躍してくれた。そうこのルアーは僕にのとっておきのひとつ。最終兵器とも言える程幾多の場面で一発大逆転をもたらしてくれた思い出の逸品。奇跡を起こすお気に入り。

このルアーは隣国のエルサルバドルで生産されていた。まさかグアテマラでこのルアーを手にするとは思いもしなかった。友人から届いた荷を開くと真っ先に僕の目に飛び込んできた。懐かしさが溢れた。さすがわかっていると改めて友人に感謝した。このルアー、果たしてこの湖で活躍してくれるであろうか。まるで新しいオモチャを買ってもらった子供のようにウキウキとした気分になった。

潮吹きゲーリーヤマモト

ワームというゴムで出来たミミズのようなルアー。その中で異色の働きを見せたワームがある。このワーム、アメリカ生まれ。ゲーリーヤマモトというおっさんが作った。通称ゲリヤマ、名前もひどいが他と違うのは味付きだったこと。ドッサリと詰まった塩の粒はひとたび魚の口に入ると吹き出して血の味となり、飲み込まずにはいられないという代物。異色のこのワームをはじめて見たとき、友人がこれって潮吹きだろと言ってそこにいる全員が一瞬凍りつき、大爆笑となったいわく付き。その効果は絶大でこれ無くしては釣りがなりたたない程のお気に入りとなった。千葉の亀山ダム、あまりの釣れなさに嫌気がさしはじめた時、何気なく放り投げたこのルアーが炸裂した。さっきまでの釣れなさはなんだったのだと思う程、釣れまくった。冬の北浦、このワームを2袋だけ持って底冷えのする朝に湖上に出船した。果たして午前中で持ってきたすべてのワームがなくなってしまう程の爆釣であった。このワームの唯一の欠点は柔らかすぎること。1匹、もっても数匹釣ったら千切れてしまうため消耗が激しく財布に痛かったこと。千切れたワームをライターであぶって溶かし、くっつけて使ったのは良き思い出。このルアーを教えてくれたのもまた今回届けてくれた友人であった。

釣りに関してはあまりに書きたい事がありすぎて書ききれない。いま手元にある道具すべてを書いていたら一冊の本になってしまうだろう。それほど釣りには思い出が詰まっている。小学校の時に父に連れて行ってもらった多摩川での釣りはその後の僕の人生に大きな影響を与えた。これまで釣りのない人生など考えたこともないし、ありえないことだった。旅に出て失ってしまった釣り具がまた僕のもとに戻ってきた。人生を取り戻した。僕はグアテマラで再び少年の心を拾った。

日々雑思 宿が変わった 光を観る

宿が変わった。なにが変わったのであろうかと思いを巡らせるがとんとわからない。とにかく客が良い。来る者来る者がとても良い。雰囲気がまるで違う。地元の者が日本食を食べに来るようにもなった。ラーメンが食べたいと言う。家族で来たい。16人だかいいかと言う。ネット屋が集金に来て食事がしたいと言う。来た者すべてがとても喜んでいる。キレイだと言う。言われていた事がことごとくなくなった。

旅行者には選ばれなくなったが、この地域に住む者がふらりとやって来て泊まってくれる。思いもしなかった展開でキツネにつままれるとはこんな風に使うのかと知る。それもまた面白い。時折来る旅人も落ち着くと言う。少しのんびりしてから元気になり旅立って行く。宿を去った後も連絡をくれるほど、また来たいと嬉しいことを言ってくれる。

思い当たる節は値上げしたことくらい。たったそれだけのことでこうまで変わるとは思えないが、そのくらいしか思い当たる節がない。食事を少しよくした。朝食がとても喜ばれるようになった。

安さが大切であろうと思って来たが、どうやら違うらしいことはわかった。安い食事を選ぶ者がいない。よく来る者も値上げを歓迎してくれる。これまた腑に落ちないが、気がつくと独自の路線を歩みだしていた。ほかに競う者がいない事がいい。

商売というものが未だにわからない。旅人を応援したいと言う思いで始めた宿。ところが自分が思っていた旅人はすでに少なくなり、新しい旅のスタイルを楽しむ人達にはうまくあわず、戸惑いばかりとなってしまった。もうこれはいけないとなった。ところがこの宿を気に入ってくれる者達が現れた。彼等は旅行者ではなかった。これだけ予想を裏切られることがこの歳になっても経験できる事がいい。商売というものはこうしたものなのであろう。先日、メキシコで宿を営む夫婦が来てくれた。彼等には本当に多くのことを学ばせてもらっている。気づき、考え方、色々なことをしっかりとした芯を持って前へと進む夫婦はとても眩しい。今回もまた沢山の思考の種をいただいた。この宿もまた少し良くなっていくのだと確信した。

光を観る

その国のいい面を見て帰る事を「観光」と言う。この言葉を聞いたのは韓国でツアーに参加した時。韓国女性の添乗員から。ツアーも面白いものであったけど、この言葉にすっかり感心してしまった。この国では嫌なこと危険なことがあるけれどできれば良い面だけを観て行ってもらいたいと常々思っている。一方で悲しいことに宿に泊まった者達の中には被害にあってしまうことがある。ここにジレンマがある。危険情報は必要なのだけど、どの程度に留めておくべきなのかが悩みどころ。その手の話が好きな人にはいいのだけれど、正直、日本とはまるで違う国のこうした話は引いてしまうような話もある。話せないこともある。せっかくの旅行なのに必要以上に及び腰にさせてしまうのもかわいそう。こうした国では安全を考える時、二者択一はない。勧めるか勧めないかと言われれば勧めない一択しかない。安全を金で買う事でこの国の光を観る事はかなり限られてしまう。

例えばチキンバスと呼ばれる地元の足。僕はこのバスが好きだ。しかし、得てして危険と言われるし、確かに被害もある。被害にあいたくなければ乗らないに越したことはない。ところがこのバスにこそ、この国の人々の暮らしがあり、日常を垣間見る事が出来る。先日、日本から来た客はグアテマラで1番楽しかったのはチキンバスであったと言った。

一方で。例えばドラッグ。言わずと知れた物ではあるけれど興味が勝ることもわかる。使う使わないの話ではない。売る側の話。知り合いの親戚は若くして殺された。唯一の男の子をなくした母親の悲しみを聞く時、買った者から聞いた値切った話が頭をよぎる。同世代の娘がいるのに村の若者に平気で売る女。そんな女から買ったと聞かされる時、その闇を僕は教えてあげる事が出来ない。人に聞かせる事が出来ない。闇はこの国を知らない者にとっては深く暗すぎて光などどこにも見えないから。

値切り倒すことに価値を見出す者もどう接したものかと悩む。金持ちの国から来てなぜそこまでしてしまうのか。稼ぐのは大変なのだと言われればその通り。少しでも長く旅をしたいと言う気持ちもよくわかる。でも、貧しく学のない者を騙し、見せ金をチラつかせ、たった少しの金額のために永遠と粘るその姿は見苦しい。確かにぼったくりもある。嫌な経験を僕自身何度も味わって来た。それでも、栄養失調に苦しむ子供を抱えた母親からミルク代にもならない金額でむしり取り、得意げに戦利品を見せられる時、僕はそれを話す事が出来ない。自らの行いが闇を作っているのだという事に気付かない者と接しているのは苦痛でしかない。客の去った後、掃除をする時にそれがゴミ箱に捨てられているのを見た時、僕は底知れない気持ち悪さを感じてしまう。

安さだけに価値を見出し、それを押し付ける者を僕は好かない。物事の対価を考えず当たり前のように振る舞う者はみすぼらしい。

60%以上の国民が貧困にある国であっても、すでに繋がってしまった世界経済の中に組み込まれているのだ。通貨の価値で物事を正しく計り、適正な対価を支払うというは当たり前なのだと自らの目で観てもらいたい。100200円で喜びの顔を見る事が出来る事を知ってほしい。きっとそこには光が見えるはずだから。

日々雑思 静かな暮らしと明るいニュース

庭のダイコンが立派に育って収穫。久しぶりの食感。やはり美味しい。客も喜ぶ。こうして畑を耕していると午後の雨も嫌ではなくなる。ニラもルッコラもあれよという間に大きくなりわっさりとしている。味が濃く、ニラはニラの味がして、ルッコラはルッコラの味がする。オクラを植えたはずなのに出て来たのはスイカ。ついぞスイカの種など買ったのこともないのになぜとなるが、そのままにする。客の出かけた後、のんびりと雑草を取り除く。指先に着いた土を嗅ぐ。昨夜の雨で湿り気を帯びた豊かな匂いが鼻をくすぐる。土に近い所にある暮らしはいいものだ。

湖に軽石を探しに行く。カルデラ湖なので軽石が転がっていて、それを持ち帰りコンロや鍋などの磨きに使う。湖畔を散歩しながら適当な物を探す。大きすぎてもいけない、小さすぎてもいけない。ちょうどよいものを2つ拾った。カバンに入れ、木陰で休む。風に揺らぐ木漏れ日を見ているとうとうとしてしまい夢と現実の境で半刻ほどさまよってしまう。虫の羽音、遠くを走るボートの男、かすかに聞こえるブラスバンドの演奏がサンペドロにいることを認識させてくれる。地元というものはこうした気持ちであったと久しぶりに思った。それは悪くない感じ。

宿のやりくりは相変わらず厳しいが、のんびりと過ごせる時間があるというのはいいものだ。独りでいて寂しくないのかと聞かれるがそんなことは全くない。ハンモックに揺られ湖を望む、山の向こうに湧く雲を眺める。鳥の声、人々の暮らす音、匂い。宿に漂う静けさ。難しい事など考えずにただこの村に流れる時間に身を任す。こうしたことがやっと出来るようになった。この宿の良さがやっとわかった気がした。遠い昔、まだ子供だった頃に訪れた田舎。都会にはない不思議な感覚。なにもないのにすべてが満たされていて過不足がない。ポツンと置かれた自身の絶対矛盾的自己同一。悠々として急げこの言葉の意味がはじめてわかった。この宿は良い宿だ、宿に色がついた。

いい宿ついでにもう一つ。サンペドロにリゾートホテルが建った。キレイキレイ。安く設備充実。地元のホテルも皆こぞって見習い、値上げに踏み切った。人気もある。こういうのが1つできると人が来るので村は少し助かる。スペイン語が不安でも英語で大丈夫なのが有難い。最近の日本人は皆英語が話せるので不安なくやって来れる。言語で感じるストレスは意外と大きいのでこれは大きなメリットだ。外国人がこの村の経済を引っ張ってくれるのはいい。マクドナルド、ウォールマート、映画館、レストラン、クラブ、ハードロックカフェ、バーガーキング、デニーズ、セブンイレブンなんかが出来てくれたら職も増えるし村の人も働ける。英語も覚えるであろう。若者のチャンスが広がることはいいことだ。娯楽施設が出来るのはいい。恋人たちが幼くして子供を作ってしまい貧困に落ちることも防げる。バイトが出来ることで人生の喜びを甘受できる。日本と同じように暮らしが豊かになり、犯罪が減少する。交通も便利になるだろうし、インフラも整う。観光客も利便性が向上するのでなんの不自由を感じる事なく滞在出来る。うちで提供出来ない日本と同じレベルのサービスが受けられるようになれば観光客のストレスもなくなるだろう。僕自身もレストランやスーパーで働くこともできそうだ。幸いツーリストエリアと居住エリアも分かれているので静かに暮らすことも変わらない。まだ少し時間はかかるかもしれないけど村の発展には嬉しいニュースだ。