日別アーカイブ: 2019/08/20

日々雑思 宿を続けるか

町に住むタカさんから電話がかかってきた。年金の事が知りたい。知っているかと聞く。確かに知ってはいるけれどまだまだ遠い先の話しで果たしてそれまで生きているかさえ定かでない。恐らくよほど困ってのことなのだろうと話を聞く。タカさんによれば日本に電話をしたがたらい回しにされてラチがあかない。年金の手続きに日本に帰ってもいいが、沢山お金を使って飛行機で帰っても少ししかもらえないのではないか。どうしたらもらえるお金が幾らかわかるのだ。

僕らはまだ国民番号なるものを付けられてない。決まる前に日本を出てしまっているので頭数に入れてもらえていない。それがないとなんにも出来ないので途方にくれてしまっているタカさんがかわいそうになった。問い合わせの方法を教えてあげた。

タカさんは、最近どうだと聞く。全然ですゼロですと答える。タカさんが言うにはどこも居ない。メキシコも南米も居ないらしい。どこもたいへんだと電話の向こうでため息をついている。実は日本人の旅行者は沢山いるのだけれど日本人宿には泊まらなくなっているのだと言いかけてやめた。英語が出来て、ブッキングサイトでいい宿がすぐに予約出来る人はそっちに行くのだ。以前ほど危なくなくなった中南米では宿の存在意義が変わったのだ。それはいいことだと思う。気がつけば年金の話に巻き込まれる歳になっていた。たまにはタカさんの所にお邪魔して、トクさんと3人で話しをするのもいいかもしれない。

「ここ・・・」と言ったきり黙り込んでしまった若者。やっぱりなと思いつつ部屋に案内する。最近は一目でこの宿に合わないなとわかるようになってきた。リュックも下ろさずキョロキョロとして「工事中ですか?」と言われてしまう。否定するのもかわいそうなので「まぁ、そんなようなものです」と答える。やはり日本から直接くる人には無理なんだなぁと改めて思った。果たしてリュックを下すことなく若者は去った。少し残念な気持ちとなる。セシーは案の定「オマエなにか言ったのだろう」と怒っている。事の顛末を説明するとちょっと悲しそうな顔になった。仕方のない事なのだと慰める。自分の給料もさることながら最近は客が来てくれる事を望み、2人でメニュー開発に勤しんで来ただけに残念であったのであろう。2人で用意してあった食材を使って朝食とした。

幻覚キノコを用意してくれと言った客と村で会う。やはり彼もこの宿ではなく他が良かったのだ。乾燥したキノコをセシーに食べるかと冗談を言いながら捨てる。けっして安くはないが諦める。そうした事を知っているだけにセシーも言いたいことがあるようだ。口を開きかけると僕が制してしまうので不満があるのだろう。

こうした事が続くと流石に心を削り取られていくような気持ちになるが、それはこちらが勝手に感じている事であって客には関係ない。客からすればこんな小汚い宿に金を払うのもいやであろうことも理解できる。流石にこれだけダメだとなると宿として受け入れてもらえないのだと諦める他ない。帰ることも考えるかと弱気の虫が起き出すが、ここで野垂れ死ぬのも悪くないと自らに諭す。セシーに心配するな、庭には白菜も大根もある。アレは美味いんだ、2人で全部食べてしまえるではないかと言うと笑っていた。

用意した食材があるので明日の朝食はご馳走にしてやることに決めた。あと数人宿に泊まりたいと言ってくれている客がいる。彼等を泊めたら考えよう。それにしてもなにが気にくわないのであろう。それがわからない。見てくれの悪いオッサンに工事現場と思われてしまう宿。以前言われたように目を見られただけでこちらの素性を見透かせれてしまっているのであろうか。おそるべき洞察力を持つ若者には太刀打ちできるものではない。事前にここはそういう宿ですよと教えてあげられたらと思うのだけれど。そうであっても喜んでくれる客がいることは嬉しくもあり、もう少しもう少しと思える励みにもなる。ありがたいことだ。

庭の枇杷の木に実がなりだした。掃除中に気がついたセシーは物欲しそうな顔で見ているが遠くて届かない。「ヒデーキ、ヒデーキ、見てみろニスペロ(枇杷のこと)がなってる」「まだ、少し早いだろ」「でも、見ろ、あそこのはもう食べられる」「わかった、わかった」柄の先に網が付いている長い棒を持ってきて枇杷をとっていると、そばにやってきて目をキラキラさせている。まるで子供のようだ。網に入らずに落ちてきた実を地面から拾うとそそくさとキッチンで洗って食べている。よほど好きなのだ。残りを持って行ってやる。「お前掃除がまだだろう、終わってからにしろ」たしなめる「あっそうだった」とスタスタと2階に上がって行った。「昨日泊まらなかった部屋をちゃんと片付けておけよー」「他の客は来ないのか」「来ない」「ホッ!わかった」

庭にはアボガド、枇杷、パパイヤ、パカヤが実り、菜園にはハーブ、野菜が育っている。そのうちコーヒーも実るだろう。自然の恵みを甘受出来るここでの暮らしは豊かだ。今年はドラゴンフルーツの種も蒔いてみた。ニワトリを飼ってみたい気もする。日本ではすっかり遠のいてしまった食の根源に触れる暮らしが好きだ。不便ではあるけれどそれが暮らしを豊かにしてくれる。心を豊かにしてくれる。アホだけど自然に寄り添う暮らしが好きなグアテマラ娘と過ごすのも悪くはなさそうだ。