日別アーカイブ: 2019/08/15

日々雑思 語学学習に引退はあるのか

語学学習はスポーツのようなものだと常々思う。やり方を教わって、繰り返し練習しなければ本番で活躍できない。野球に例えれば素振りとキャッチボールを毎日、ひたすらやって、ようやく試合に臨めるような感じ。先生に教わる時間も大切だけど、もっと大切なのは練習の時間。だから僕は練習で間違いを恐れない。間違えなければどこが間違ったのかがわからないから。上手くいかなかった事でやるべきことが見えてくるのは語学も同じ。とにかく村の人に使ってみる。おーまた変なこと覚えてきたか言ってみろといった感じで聞いてくれる。大概、あ〜残念という顔をされて終了。いいかそれはこう言うのだと直される。それでもたまに、おっそんなのいつ覚えたと言われるとしてやった感が溢れてくる。パチンコで大勝ちしたような気分になる。

最近、思うところがあってボキャブラリーを増やすことに取り組んでいる。常にノートにメモを取って単語を書きとめる。ニュースの音読と単語の意味調べ。ところがなかなか覚えられない。英語で書かれた辞書はすんなり読めるのに、スペイン語はまだ引っかかってばかり。西西辞書も持っていて併用して使っているのだけれど、こちらは一つの単語の意味を調べるのに何回も辞書を引きなおさなくてはならない。ほとんどが一度は見た単語なんだけど未だに理解出来ていない単語のなんと多いこと。英語の時もそうだったと言い聞かせ我慢の日が続く。

スポーツの世界では引退がある。体力の限界、怪我などの理由である程度の年齢で一線を退かなければならなくなる。言語学習がスポーツと同じだとしたら。そういえば覚えが悪くなった。目が霞む。脳の限界?まさか引退?そんなことは無いと鼓舞しているのだけれど一度生まれた疑念を払拭出来ない。

確かにスペイン語自体は伸びていることは感じるのだけれど違和感がひどくて困る。去年から始めたZUMBA。日頃の運動不足の解消に大いに役立っている。ところが周りはケロリと踊っているのにこちらはかなりキツイ。1時間もやるとへばってしまう。そう年齢から言えばかなり動けるのだと思うけれど、昔と、比べると明らかに体力がなくなっている。少し体重を落とすと随分と楽になった。既に筋肉をつけることがプラスに働かなくなっていて、それよりも体重を軽くすることの方が有利になったことに気がついた。

もしかしてスペイン語も同じなのかと思い、以前のようにシャカリキになる事をやめる。会話の中から覚えるようなやり方に切り替える。詰め込むトレーニングのやり方を変える。負荷がかからない勉強は楽しい。新しい事が出来るようになるには少し時間がかかるけれど、これまで貯めた貯金を切り崩している感覚はない。そもそも僕のスペイン語に貯金などないのだから新しいやり方を模索していくしかない。重たいバーベルを軽くして負荷を下げる。でも総仕事量を等しくするために回数をこなすことにした。100キロのバーベルを1回ではなく10キロの物を10回といった感じ。1回で覚えられなければ10回で覚えようと考え方を切り替えた。以前のようにスッキリ感はなくなって霞みがかったモヤモヤはつきまとうけれど、新しい感覚は悪くない。

引退したスポーツ選手にしても競うことが難しくなるだけで常人と比べれば一目瞭然であるのと一緒で、言語学習においてもこれまでやってきたことすべてが不意になった訳ではないのだと言い聞かせる。実際この国で暮らしていて困っていないのだからまだ伸びる余地はあるのだ。初めてスペイン語圏に脚を踏み入れた時の困惑を思い返せば随分と良くなってきている。競技生活に脚を踏み入れられる程のレベルを僕のスペイン語は持っていないのだし、引退などというのはおかしいのだ。願わくばセミプロ若しくは玄人はだしといったレベルになりたいものだ。当座の目標は5000語。恐らくあと2000語も覚えたら随分と楽になりそうな気がする。

女中のセシーに言わせると僕のスペイン語には教養がないらしい。同じ言葉を何回も使うのはバカっぽく聞こえると言っている。もっと違う言い回しをしないといけない、聞いていて美しいと思われるような話し方をしろと怒られる。大の大人が少ない語呂でしか話せないのだから、確かにバカっぽく見えてしまうのだ。せめて人並みにならなくてはと思う。