月別アーカイブ: 2019年7月

日々雑思 倫理観の入り口に立つ

対岸の村で悪者が捕まった。恐喝。いずれもまだ若い五人組。悪事の運びは良かったが、そのあとがいけなかった。村人に捕まり、長老達が裁きを下した。広場に連れていかれる。警察は入れない。五人組は上半身裸にされ膝立ちで歩かされる。長老が何をしたのだ、反省しているのかと問いただす。他の長老がムチで罰をくだす。棒で罰をくだす。周りの者達はやんやと囃し立てる。

マヤ独自の制裁が今でも各村に残り、治外法権がまかり通る。時に殴り殺され、時に火をつけられて殺される。運良く生き残った者だけが警察に引き渡され刑務所で神に感謝する。近代的な自治機能が脆弱なこうした村でもこうした行いに対する術はキッチリとしていて万事がうまくいく運びとなっている。という言葉がしっくりくる。村の秩序を維持するためのルール。見せしめ的なこうした行為は野蛮ではあるけれどシンプルでいい。

湖に若者が手を縛られて浮かんでいるのが見つかる。男と女。それぞれ違う場所。違う日。路地裏で殴り殺された若者もいた。ニュースにもならないので観光客はまったく知らない。なぜか村人は知っていても何も言わない。御多分に洩れず麻薬にはまってしまった者の末路は悲しい。お金がないけど薬は欲しい。ツケで回してもらっているうちに取り返しがつかなくなる。盗みを働けと強要される。監視カメラに捕らえられ刑務所に行けた者は幸せだ。警察に捕まる前に殺されてしまうから。話されては困る事もあるのだろう。若い時には許される悪事も度を超えてしまうと救えない。警察も動かない。貧困の現実は神や良心を凌駕してしまう。売らなければ暮らせない。主婦も家族を養わなければならない。扉をそっと開け、自分の子供と同じくらいの者が1日かけて稼いだカネを小さなパッケージにしてしまう。娘や息子もそれを承知している。現実は時に少し悲しく残酷なのだ。

村のトゥクトゥクは一回70円。決まっている。ところが何も知らないと見るや否や420円から時には1400円となる。特に桟橋付近にたむろするトゥクトゥクはタチが悪い。地元民であれば140円で事足りる移動に10倍も払わされた客がいた。ところが客はとっても安くて楽しかった、運転手が優しかった、親切だったと嬉々として話している。良き思い出を壊す事は野暮というものだ。良かったですねぇと慣れない大きな笑顔で一緒に喜んでやることしか出来ない。かわいらしいポーチを子供がオモチャを買ってもらった時のように見せてくれる。値段を聞いてやっぱりなとなる。聞くと、値切るのはかわいそうで出来ない。この仕事だって大変だからと言う。人の優しき心に漬け込む性根が腐った者がいる。「良かったですね、気に入った物はなかなか見つからないものなんですよ」と穏やかに喜びを共にしてあげる。観光と言う言葉は、その国の光を観ることなのだ。闇を見せてはいけない。善き一面でもてなしてこそなのだ。豊かな国に暮らす者が持てない物差しでしか図れない事もある。知らない権利を観光客もまた持っているのだ。

新メニューについて女中と相談する。これでよしとなった後、値段について話す。原価や手間他のメニューとの比較をして互いに価格を言い合う。思ったより安い。少し意地悪な質問をする。「レストランやカフェならいくらだ?」価格はたちまち跳ね上がり「ほっ」とこちらが驚いてしまう。「それではその値段にしよう」と言うと「ヒデキ、それはいけないもう少し安くしてあげないとかわいそうだ」と言う。「なんでうちだけなんだ?」「ヒデキ、いつも真っ当な商売がしたいと言ってるではないか」とこちらがたしなめられてしまった。アハハと笑いながら心で膝を打つ。予想していた価格となる。この村には地元の価格と観光客の価格そして真っ当な価格がある。その三つをうまく使いこなしてこそなのだ。たまに地元の人間が食べに来る事がある。翌日「いくらとったのだ」と聞き、真っ当な価格もしくは地元価格だった時は満足そうに頷き、安すぎた時はびっくりして呆れている。こうした感覚でしかわからないことを彼女を通じて確かめられるのはいいことだ。彼女に言わせればこの宿で出す食事はそこそこ妥当だと言うことらしい。グアテマラ人の感覚で設定するという事が吉と出るか凶と出るか、たまに来る客も満足しているようなので彼女の方が経営感覚は持っていることとなった。

日々雑思 信頼のない真実の情報は発信できるのか

スペイン語学校の情報がないと幾人かの人から聞いたので情報を一新することにした。ただ、ここではたと困ってしまった。前にも書いたように宿を商う者の情報は信じてもらえない。当然kamomosi が発信する情報は信頼性がないことになる。以前は自分が各学校を巡り、インタビューした事を書いたが、それではウソだと思われてしまう。今更個人で書きましたといってもウェブサイトの名前がkamomosi では益々ヤラセだと勘ぐられてしまう。各学校のウェブサイトかSNSのリンクを貼って終わりというのもなんだかへん。そんなものは調べればすぐ出るし、関連したブログなども沢山出てくる。となるとなぜ?人は情報がないといったのであろう?

先日、ネットで調べてもすぐには出て来ない情報をくださいと言われ、そんなことあるのかと試しに調べてみると、僕の知る限りで出て来ない情報は皆無だった。ここで言っているのはツーリストに必要なという意味で、当然村の商店が変わったといったことではない。日本語、英語、スペイン語、その他フランス語でもなんでも検索すれば現地ならではといった情報など、もはや見つけることが出来ない情報を見つけることが難しい。つい5年前まで英語もスペイン語も出来なかったオッさんですら出来るのだから、今の旅行者にとっては造作もない。存在しない情報を探しているのだろうか?

新しい宿のホームページも見る人は少なく、やっぱりなと予想通りの展開となっている。写真を多くして、読まれない宿の情報は最低限にしてあるのだけれど、口コミがないから機能していない。

果たして僕は既にスペインの学校には通っていないのでリアルな体験を書くことも出来ない。いくら先生達と普段から話をしていて、伝える術を持っていても信じてもらえないジレンマに陥ってしまうばかりでまったく筆が進まなくなってしまい諦めた。

上記のような事が分かっているのに解決方が見つからない。矛盾するこれらの事象をどのように解決したらいいのだろう。ウソではありませんと訴えたらいいのであろうか。芸人がやったように涙を流したら信じてもらえるのだろうか。そんな事をしようものなら取り返しがつかなくなってしまうのではないかとすくんでしまう。もはやこれまで。

面白いこともあった。先日、日本食のお店の写真を掲載した。屋根からステキな花が垂れ、ハチドリがつねにやってくる。店に立ち寄った時、多くの人がやってくるのだけれど、彼等は写真を撮るためだけにやってきて、店内で散々携帯で撮った挙句、帰ってしまうという。事の善し悪しを言うつもりはないけど、情報が伝わっている事を知った。これはどうした事なのだろう。写真だけは真実だと信じてもらえることはわかるが学校を写真だけで紹介出来るのだろうか?表現の仕方を考える。でも写真だけを撮りに行かれてしまっては先方に迷惑をかけるだけとなってしまう。どうすればいいのだろうか。

どこかの島で日本人お断りと書いた店が炎上しているという。さまざまな事が書かれていたが、どれももっともだとも思える。先進国で暮らす人々の考え方がわからなくなってきたのであろうか。朝来る女中と話していると非常に単純明快でわかりやすい。彼女の話の真意をはかりウソを見抜いてやろう、それは違うと言ってやろう、徹底的に叩いてやろうとはまったく思わない。それどころか、なるほどなるほど、もっと話しておくれと言いたくなる。彼女の考え方に興味津々となり、また一つ違う事を知れたと喜んでいる。

さて、筆が止まってしまったスペイン語学校の情報どうしたものか。

日々雑思 穏やかな日々が続きます

女中のセシーの遅刻癖はあいも変わらず。はじめの頃は頭にきたが最近はこちらが慣れてしまった。毎日のように言い訳を聞くのが楽しい。「犬のウンコを踏んだ、ヒデキここでこすっていいか」と庭に行く。土の上でサンダルを擦っている。落ち葉でストラップを擦る。「大きかったのか、洗ってやるからよこせ」「大丈夫だ、臭い」と泣きそうな顔をしている。やはりグアテマラ人でも犬のウンコを踏むのは嫌らしい。「私の足は臭いか」「お前の足はいつも臭い」「ホントか?、昨日友達が、サンダルを買うのに付き合った。可愛いのがあって、試しに履いたら私の足がすごく臭かった。なんでかわからないけど、時々臭い」そうしたことを平気で言えるようになったかとふと考えてしまった。

遅刻は悪だ。休むより悪い。会社には始業時間の前に必ず来い。余裕を持って通勤しろ。よく言われる。ところが残業は悪だ。時間ちょうどに帰れ。余裕を持って退社しろとは言われない。最後までやったら帰れと言われてしまう。言葉を真に受けて帰ろうものなら、ホントに帰ったと呆れられる。時間を守るのはいいことだけれど、それは始業終業両方に言えるはずで、なんとも不思議。時間で働くのか、内容で働くのかにもよるけれど。セシーは時間には来ないが、仕事はキッチリとやってくれるし、時間が過ぎても帰らずにキチンと終わらせているので言うことをやめた。中には仕事が終わろうが終わるまいが時間でさっさと帰ってしまう輩もいるのに彼女は珍しい。自分の気持ちにも余裕が出来、彼女が来るのを待ちながら、最初の一言が何かを想像するのが日課となった。

先日、撒いた種が発芽する。なぜかわからないが、何回撒いてもダメな種もある。今回セシーに撒かせた種はことごとく発芽しないので「きっと私の手がなにか悪いのだ」「毒だな」と言うとふくれている。「もう少し待ってみよう、なにがいけないのだろう」「もう一度撒くか?きっと鳥が食べたのだ」そう考えられる思考回路が羨ましい。シンプルでくよくよしない。そう、発芽したタネがあるだけ前進したと考えることが肝心、ここは何一つ思い通りにはいかないのだから。困った時は前を見るしかない。

悪人が来つつあると言う。エルサルバドルから。なんでも新しい大統領が、2つの悪い組織を仲直りをさせて1つにまとまれと仲直りをさせた。ところがホントに悪い奴はそうしたことが嫌いなので、グアテマラにやって来て悪いことを続けたい。この近辺に来るらしい、悪事を働いたなどの噂が立ち始める。すると村役場がエルサルバドルから来る悪い奴らに家を貸してはいけない。そうした輩はここには来れないと宣言を出した。それがニュースになりテレビで流れた。久しぶりに中米らしい出来事だなぁと感じた。

村の知名度を上げたいのでエコロジーやリサイクルといった言葉をぶち上げて、ビニールやストローを禁止した。それはいいと思うのだけれど、食器を洗うスポンジの代わりにバナナの葉を使うと綺麗になると言い出した。スポンジもプラスチックではあるけれど、この時代にバナナの葉とは驚いた。庭にバナナを植えなければ毎日は使えない。どうしてやりすぎてしまうのだろう。思い込んで夢中でいる間はいいだろうけど、熱が冷めた後、何やってんだとならないことを祈る。バナナの葉で洗うなどまっぴらごめんだ。

日々雑思 庭仕事 ウソつき

畑にコンポストで作った堆肥を入れる。今回の堆肥はよく出来た。定期的に天地返しをしたのでよく肥えた良い土になっている。セシーと種を蒔く。ネギ、レタス、ホウレンソウ、シソ、ダイコン、エダマメ、ハクサイ、オクラ、ヒマカ、花。ルッコラ、ニラ、バジルはよく世代交代を繰り返し、年中採れる。勝手の異なるこの国での畑仕事は失敗の繰り返しであっ

庭への小径を直す。少し崩れかけていたので、石垣を組み直す。コンクリをハンマーで割りバラすのに1日。盛り土、仮組みに1日。仕上げに1日かかった。全て手作業。こうした作業もすっかり慣れた。グアテマラ人と同じやり方。泥だらけになり、腕も背中もパンパンとなったが心地よい。夜も早く寝て、快眠できた。庭の大きな土木作業はコレで完了。

庭木の剪定をする。雨季は伸びるのが早くて困る。剪定鋏を使い短くて刈り込んでゆく。テラスに陽がよくあたるようになった。あまりによく陽が当たるので庭に居ついているカエルが耐えられずに飛び出してきた。突然のことに戸惑ったのか庭の真ん中で真っ黒な目玉を見開いている。しばらく見ていると目の光がなくなり、あきらめたように石垣を超えて去っていった。

宿の方はソーシャルメディアを使って宣伝にならないように、ならないようにと気をつける。以前言われたように企業や宿の言うことは信用されていないということを肝に命じて忘れないようにしなければならない。ウソつきだと思われていることを自覚しながら、こうしたことを続けなければならないのは結構しんどい作業。皆んなやっているのだ、人様から信用されていると思うなと言い聞かせる。不思議なのはそれでもいいねと見知らぬ人からされるのはどうしたことなのであろう。写真だけであろうと嘘かもしれないではないかと益々持ってわからない。人が来ないので聞くことも出来ず、疑心暗鬼となる。人様からウソつきのレッテルを貼られた正直でありたい者はどうすればいいのであろうか。

日々雑思 祭り 萬毎

村祭り

村は年に一度の祭りとなる。花火が上がり、音楽を鳴らし、踊る。通りには露店が立ち並び、服、毛布、菓子、雑貨を売る。安いものもある、そうでないものもある。遊具は観覧車、トランポリン、コインゲーム、カート、ビンゴなど普段は見ない遊びが所狭しと並び子供を誘う。村人は浮かれ、ねり歩き泡沫の祭りを楽しむ。

メルカドも賑わう。いつもより張り切った売り子が声を上げて客を呼ぶ。この時ばかりは車もトゥクトゥクも迂回するので四六時中渋滞している。譲り合う気持ちがないのでにらめっことなり、益々流れが悪くなる。

チョナの露店で一休みする。儲かっているのかと訊ねる。同じだと答えながらザルに入った金を見せた。いちばん大きなお金ばかり入っているので、儲かっているではないかと聞くとヒデキこれはなと言い出した。聞くと、皆この祭りのために銀行にへ行き借金をする。借りた時は全ていちばん大きなお金なので、みんながみんなそれを使う。だからこの時期は小さなお金が足りなくなるのだそうだ。たった数日のために必要以上の借金をするのでよく月からはひたすら銀行に返済する日々となる、私はそんなことはしないと少し寂しそうな顔をした。チョナにも小さな子がいる。きっとたくさん遊んでやりたいのであろう。

整える

庭のテラスにタールを塗る。1年に1度。塗った後は数日間乾かないので、客の居ない今のうちに済ませてしまう。鼻の奥をくすぐるようなタール臭は子供の頃に乗った電車の床の匂い。塗りたての床はヌルヌルとして油が虹色に光っていた。靴でこすっているうちに真っ黒になってしまい父に叱られた記憶が蘇る。

2階のテラスに設えたテーブルを直す。いまいち塩梅が悪く、なかなか客も使ってくれないので、テーブルに合わせて椅子の足を少し切ったがどうにもしっくりこない。果たして使ってもらえるであろうか。

3階のトイレのタンクから水漏れしていたのに気がつかず、すっかり水がなくなってしまう。タンクの蓋を開け、中の止水栓を見ると外れて水が出っ放しになっていたのだ。いったいいつ外れたのであろう。直す。

部屋のカーテンを取り替える。セシーやグラシエラから貰ったスカートをリメイクしてもらった。セシーの従兄弟に頼む。安い。とても良くなった。民族衣装を使った部屋の装飾は喜ばれるであろうか。

朝、セシーから連絡があって今日は行けない。兄嫁の子供の面倒を頼まれた。だから行けない。でも明日は確かだ。と書いてある。先日一時帰国した友人が日本は大変よーみんなとっても働いてると聞いたばかりだったので笑ってしまった。たしかにそうなのかもしれない。どちらも幸せなのだ。大丈夫だ良い一日をと返信した。

ちょっとした手入れがここでの生活には欠かせない。良く整えた場所場所には正気が戻り、いつ客が来ても大丈夫だと言っているように思えた。不意に看板を作ろうと思いつく。これまで頑なに拒んできたが、新しいことを始めてみようと思った。ペンキで描いた真新しい看板は中々の出来栄えとなった。セシーが来たら一緒に掲げよう。

スペイン語

携帯に入れてあるアプリが毎日一つ新しい単語を更新していることに気がついた。例文もあり良い。訳を付けてソーシャルメディアで配信する。自分のボキャブラリーを増やすことにもなる。聞いたことのない単語、忘れてしまった単語のなんと多いことだろう。身の回りにあるものは一度は聞いたことがあるはずなのに、未だに全部言うことが出来ない。

この一週間で気になった単語

tenazas ペンチ

Expiró 有効期限

Venció 賞味期限

Podrido 腐る

Violacion レイプ

Delito 犯罪

Transparente クリア透明

Rostro

Champron トウガラシの一種

Pitalla ドラゴンフルーツ

Columna

Letrero 看板

Abrazadera パイプ止め金具

omega →L字金具

初めてのものも忘れていたものもある。単語の海は果てしない。

日々雑思 初恋の相手になる R18

友人が訪ねてきた。下ネタばかり話すのであまりいい気はしないのだけど、悪いヤツではない。最近どうだと聞くと、問題ばかりだと珍しくしょげている。どうしたのだと切り出したのがまずかった。結論から言えばヤツはカミングアウトした。つまりLGBT

 

愛とはなにか、本当の心とはなにかを永遠と聞く羽目になる。それを否定するつもりもないしそうした友人もいる。ただし、ここではそれがどれだけのことかとなると話は深刻だ。田舎でキリスト教が大半を占めるこの村でそんなことが知れ渡ればあっという間に好奇の目にさらされ、職を失い、家を追い出されてもおかしくない。絶対に内緒にしてくれと言われ、大丈夫だ秘密は守る、でもここではお前の望むパートナーは見つかないぞ、ここに来る外人であれば何人かはいるだろうが、観光客では出会いも難しいであろうに。シティや町に行くのはどうだ、仕事もそちらに移動すれば少しは生きやすいであろう。この宿に来る日本人はどうだと聞いてくる。わからん。最近はそうした日本人も多くなってきているがまぁもし来たら教えてやるよ。とお茶を濁す。するとヒデキはoral sexをしたことがあるかとグイと迫ってきた。あると答える。俺はないんだと言う。吹き出しそうになるのを抑え、だって以前は女が対象であったであろう、そのくらいあるだろうと言うとグアテマラの女はしたがらないとボソリと言う。今度はこちらが驚いてえーっと声をあげてしまった。すると日本では普通なのかと身を乗り出すので、普通だと思うと答える。いったいこいつらの性生活は如何様なものなのだと興味が湧いてきた。キリスト教は贖罪規定の考え方が残っているからoral sexはご法度なのは知っているが、それがあったのは中世、日本で言えば鎌倉時代のこと。まさか現代でそれがまかり通っているとはと今度はこちらが身を乗り出して、じゃあお前もしないのか、つまり女のアソコを舐めないのかと聞いてみた。するとオレは好きだが、いや好きだったがこの国のオンナはしない、だからおれはしてもらいたいんだというや否やこちらの手を握りこみ、潤んだ目でじっと見ている。この時、すべてを悟った。狙われている。こちらの動揺を見せないように、相手を不用意な衝動にからせないようにそっと手を振りほどく。まぁ待て、俺にはそんな気は無いと静かに答える。ヤツはグアテマラに来て何年だ、その間なにもないのか、それで大丈夫なのか、それとも彼女がいるのかと追いすがる。毎日とは言わない、少しでいいのだ頼む。

 

問題が問題でしかも相手はグアテマラ人、単細胞のラティーノ。1つ対応を間違えれば、数日間ガニ股で歩かなくてはならなくなる。好奇心と不安がないまぜになってザワザワと何往復も背中を往復している。笑い出しそうになるのを必死に堪えて、俺もこの村に住んでいるのだ。わかるだろ。そんな危険な事には関わりたくないし、お前もそうであろう。この村ではすぐにみんなが知る事になるぞ、そうなったらどうなるかお前の方がわかっているであろうと諭す。ヤツは、そうだと言ってクビをかき切る仕草をしている。たたみかけるようにお前今日はパーティに行くのだろ、もう時間だ早く行けと促し部屋に逃げる。すると後ろからついてきて部屋に入ってきた。ダメだ!愛だの心だのとお前が言ったのであろう出ろと言うと。なんで〜と情けない声になって出て行った。すぐに部屋の鍵をかけ、ヤバかったなぁと安堵の息をついた。その後も何回かドアをノックしてヒデキ、ヒデキと小声で言っていたが、開けるほど馬鹿ではない。ヤツがパーティに行ったようなのでやっと一安心できた。

人生初のカミングアウト立会い。しかも狙われるという、またとない機会に恵まれた。思い出すだけで冷や汗と笑いがこみ上げてくる。まさかこの歳になって初恋?相手として見られるとは思いもしなかった、しかもそれが男からであったとは。久しぶりに味わうこの感覚。しかしそれはレモンスカッシュの味でもなければ、砂浜に描いたハートを流す波の音でもなかった。ヤツの名誉のために言っておくと、生物には一定数そうした嗜好になる者がいるのだと思う。それは自然な流れなのであろう。カミングアウトするのも大変な勇気がいったのだと想像に難くない。だから僕は彼を怒っていないしジャッジするつもりもない。このところ家の用心に隙が出ていたところでもあるので、就寝前の戸締りを厳にせよという警鐘であったのだきっと。余談ではあるけれど、今日も僕はちゃんと丸椅子に座っているし、ガニ股で歩いてもいない。ただ寝る前に尻にガムテープを貼っておくかどうかは悩んでいるところ。

このところ、こうした明るい?話題が少なかったので約束を破ってしまう事にはなるけれど、ブログの記事とさせてもらった。この歳になっても驚くことばかり、海外での生活は飽きることがない。それはとても良い事なのだと思う。