日別アーカイブ: 2019/06/09

日々雑思 気持ちと言葉が一致しない

今日はスペイン語のことを少し、所用で出かけていてサンペドロとは違った会話をしているのだけれど、まだまだだなぁと感じつつなにも困ることがない。相変わらず僕のスペイン語と気持ちは一致していないのだなぁと感じています。

とは言え、忙しいながらも懐かしい方々に会うことが出来、1番大切な用事も果たすことができたのでなにより。書き置いてあった記事を今日も掲載します。

 

まったく上達を感じない。実際上達はしているのだけどそれを実感することが出来ない。自分がここでの生活で必要としているスペイン語のリミットになってしまったのか。もはや新しい事を学ぶためのシワが脳みそに残っていないのかと、すべてが疑わしく見えてしまう。ちょっとした会話の中で聞き逃したりすればあれっなんて言ったんだ、昨日まで聞き取れてたはずだけどと急に声が小さくなってしまう。それまで普通に話していのにうっと詰まってしまい出てこない。頭のすぐそこにその言葉がぼんやり浮かんでいるのに捉えきる事が出来ずにいると、相手がホイッとその言葉を投げてくれあーそれそれ、で、なんだっけと聞き直す始末。

女中や先生にこの言い方でいいの?と聞くと片端から違うと言われてしまう。そんな言い方はしない。わかるけど普通じゃない。などと言われると五里霧中となる。がっかりしてハンモックにドサリと身を投げた。途端、寝こけてしまった。

スランプともまた違う感じ。フィリピン留学の時、ずいぶんとひどいスランプになったことがあったけれど、あの時のような心の動揺がない。あの時はいけなかった。相手の言うことがまったく耳から入らない。昨日まで言えてたことがまるで言えない。脳がすべてを拒否する感覚。若干の違和感はあるものの普段はそれ程困るわけではなくて、いつもやらかしているトンチンカンな答え程度、女中のセシーはあーまたかくらいに思っているようで、すんなりと流している。こちらがちゃんと聞いてくれと頼むと逆にどうしたのだと怪訝な顔をしている。どうもおかしいのだ、スペイン語に自信がない。俺のスペイン語は正しいか?キチンと喋れているか?何を言いだすのだと言う顔をしてあー全部わかるわ、ちゃんと話してるわよと言うのでホントかと聞き直す。たまに間違えてるけど、ポキート(少し)よと言う。四六時中こんな感覚が後頭部から背中にかけて張り付いて気持ち悪いったらありゃしない。

使える単語は増えているのに一向に満足できない。間違えも多い。恥ずかしい思いもなく、またやってしまったくらいにしか感じないのがいけないのか。間違えて覚えるとは言うけれど、間違えたくないという思いがなければ厚顔無恥となるだけで記憶がどうの暗記がどうのと言っていられなくなる。

思い切って今日は勉強しないと決めて携帯でゲームなどしていても気になっていけない。紛れない。不安になる。気分転換に庭の手入れをと下に降りるが、もはや手入れする場所もない。寝ているカフェにちょっかいを出すと不機嫌そうな顔でお前など相手にしてやる気分ではないと素っ気なく振られてしまった。

たしかに自分のスペイン語はまだまだで、日常の会話の中でかなり限定されたシチュエーションでしか力を発揮しない。例えば中国とアメリカの貿易摩擦、アカデミー賞の授賞式について、ノートルダム聖堂の火災、アフリカのエボラ出血熱、ベネゼーラの政情不安、韓国のウォン大暴落、次世代通信5Gなど身近にある話題を理路整然と話すことはまったくもって上手くいかない。ましてやグアテマラの大統領候補者達に対する自分の意見述べたり、彼の国が抱える問題点について議論することなど遠い彼方のこと。列挙した項目について日本語であれば背景にある問題やデータを基にした推測、他国との比較などいともたやすく出来るのに、それが出来ない。これでは相手さんは犬と話しているのと同じかその方がまだ癒されるというものだ。たかだか5000語もあれば事足りるし、いくつかのパターンさえ覚えてしまえばあとは教養の問題だけのはずなのに未だにそんな簡単なことが出来ない。

文法は既に知っていて、理解しきれていない若しくは消化しきれていない項が若干ある程度、どの先生に聞いても既に上級者だと言われるのになぜ?ボキャブラリーに問題があることは承知している。おそらく英語では踏み込めなかった領域にさしかかっていることは薄々感じている。言葉に気持ちがのりだしている。他言語を操るためにはもう一つ二つ階段を登らなくてはいけないらしい。自分らしく話すためにはこれまでとは違ったアプローチが必要かもしれない。