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日々雑思 密入国と小さな密輸

「メキシコに行くのか?」「そうだ」「今度メルカドの女衆がメキシコに買い物に行く、お前も一緒に来ればいい」「それはいいな、行く」普段メキシコに行く料金の半額以下で行く事になったのは知らない村。そこは川が流れている国境で渡し船があると言う。パスポートを持たない者も渡れると言う。対岸には市が立ちケツアルも使えると言う。聞いているだけでワクワクとしてきた。
夜中にバスに乗り村を出る。明け方現地に到着する。川の砂を盛り上げて橋のようになっている。川幅は20メートルもあるかどうか。タイヤのチューブの上に板切れを載せただけの簡単なイカダで渡しがあった。沢山のグアテマラ人が向こう岸へと後から後から渡っていく。皆、金を握りしめて真顔で渡って行く。

向こう岸には大きな市があってなんでも安い。言われた通りケツアルも使える。メルカドで見かける製品が沢山あって、仕入れ価格が全部わかってしまう。なるほど道理でまけるはずだと納得してしまった。市場を眺めてから大型スーパーに行く。冷房が効いていてホッとする。家電を見る。安い。自分だけのためにコーヒーを淹れたい客用に小さなコーヒーメーカーを買う。半額。
好きなインスタントコーヒーを買う3つで2つ分の値段。街中でカフェを探したがそんなものはない。コンビニに飛び込んで大好きなシェイクをと思ったが、それもない。やはり田舎なのだ。

グアテマラ側で女衆がトルティーヤを山の様に買っていて、そばからもしゃもしゃと食べていた。ここのトルティーヤはメキシコの物の様に薄い。勢いよく口に入れるので二口でなくなってしまう。左手でトルティーヤを掴み、右手で具材を掴む。両の手が合わさったかと思った途端、具材は包まれ口元へ、頑丈そうなアゴが2回動くとトルティーヤはなくなっている。各自が中に挟む具材を用意してきていて互いに分け合っている。4枚も食べれば十分なのだけど彼女達は10枚も一度に食べる。一緒に店に入り昼メシを食べる時も持ち込んだトルティーヤをドサリと出して堂々と食べる。トルティーヤが足りなくなった女はコジキの子供を呼びつけて10ペソを渡しトルティーヤを買ってこいと命じている。子供が戻り無かったと言うと舌打ちをして、もう一度探せと強面に命じていたのを見ておののいてしまった。女衆はなぜかマヤ語だけで話すので、周りのメキシコ人はキョトンとした顔をしている。少しだけわかるので聞いていると結婚辛辣なことを言っていて、迫力に負けてしまった。
ここは暑いので女衆は汗だくとなり、顔中びしょ濡れだ。フーフー言いながらもあの店この店をめぐり、物怖じせずにガンガン交渉している。イミグレに行くので先に行くと言い残して、国境へと戻る。日帰りなのでどうかと思ったが難なくスタンプをもらい待ち合わせ場所に戻ると婆さんだけが戻っていた。他の女衆はまだだった。婆さんは毛布を買っていた。値を聞くと驚くほど安い。婆さんはとても喜んでいた。時間があったので村を散歩する。やはりこちら側は向こう岸とは全然違う。川を隔てただけなのに道路は未舗装、店も汚いけれどこちらの方が性に合っている気がする。

オバハンに声をかけられる。「中国人か?私は大好きなんだよ」「残念ながら日本人だ」「中国と日本は違うのか」「全然違う」「韓国とも違うのか」「全然違う」「これから私の家に来い、色々な事がしたいだろ」手を握り、こちらの手のひらを指でくすぐっている「悪いが今日は帰る」「そう言わずにおいでよ、沢山してあげるから」「そうかそれはありがたいな、考えておく」手を振り切って別れた。なんだかおかしくて笑いがこみ上げてしまう。来てよかった、旅をしている様だ、知らない場所はやはり楽しい。小腹がすいたので屋台に入る。鳥の炭火焼とトルティーヤを食べた。やはり4枚で十分だった。トライシクルに乗ってガタゴトときた道を戻った。

女衆はまだ帰って来ていない。グアテマラにはオラ チャピィナと言う言葉がある。時間を守らない彼等に向けた言葉。1時間は遅れても何も言わない。彼らはホントに時間にルーズ。案の定3時間も遅れて帰って来た。待っていた者が文句を言っても絶対に謝らない、言い訳にもならない言い訳を堂々と言ってはばからない。それにしてもたいした根性だと感心してしまった。
待っている時間、メキシコ側から続々と荷物を満載したイカダが戻ってくる。あまりに重いのでイカダが傾いている。竹竿をついた拍子にバランスが崩れて2人ほど川に落ちてしまった。それでも彼女達は皆、満足そうな笑顔だ。岸には荷運びの子供がいて、彼女達の荷物を車へとせっせと運んでいた。荷台に積まれた荷物の隙間にもぐりこむ様に座って去って行く彼女達を見ていて、これもありなんだと思った。国境という見えない線はココにはなかった。経済という得体の知れない怪物はなりを潜め、小商いだけがここでは盛っていた。人々は幸せであった。両の手に持てる分だけの荷を運び、小さなトラックに満載して帰路につく。これでいいのだと思った。次回は彼らの様にイカダに乗って川を渡ってみよう。それはちょっぴりスリリングな旅になるに違いないから。

日々雑思 なんだかなぁ

夜、いつものように踊りに行くと女が一人で待っている。まだ来ていないのかと挨拶をするとズンバの先生の旦那さんがバイクで事故に遭ったと言う。「いま病院にいるが良くない、今日はズンバはない」この村ではよく事故が起きる。免許などない。だからルールなどない。子供も乗る。3人で乗る。4人で乗る。事故を起こし皆死んでしまうか、カタワになってしまう。
先生は旦那は頭に血が溜まり専門家が必要だと言う。目の下にクマができ、憔悴して気の毒であった。ことの詳細を聞いた一同はうなだれた。しばらくはズンバは休みとなった。

アボカドの木に実がなり喜んでいたが隣家の旦那から葉っぱが庭に落ちて掃除してもすぐに汚れて嫌だ木を切れと言われる。毎年の事なのに今年に限って言ってくる。よく物を貸してやり、冷蔵庫も貸してやった、電話も貸してやったのに。このところいろいろと要求ばかりされるので、思い切って怒ってやった。木を切り倒した後、「お前らには随分とよくしてやったのになぜだ、こちらも気分が悪い、木は望み通り切ってやったぞ、今後は助けてやるのはやめる」旦那はわかったと一言言って引き下がった。女房は口をきかなくなった。

切り倒したはいいが、切り株を取り除くのに一苦労している。根元を掘り返すと建築資材がガラガラと出てきてげんなりしてしまう。篩にかけ毎日仕分けしているが、進捗の見えない作業は気が滅入っていけない。それでも日が良く当たるようになったので畑にして野菜を植えようと気持ちを切り替えた。後日、切り株をチェーンソーで切ってもらおうと電話で頼む。「月曜日の午後に行く。セグーロだ(確かだ)」と聞いた僕はうなだれた。セグーロ、ノーテンガペーナとペドラーノが言うときは大抵来ない。案の定月曜日には来なかった。やはりこの村では知り合いの伝手で頼むのが一番いいらしい。

村の犬がたくさん死んだ。毒を食わされて、口から泡を吹いて死んだ。まだ生きているものも腰が抜けて大小便を漏らして苦しんでいる。増えすぎた犬を駆除することはこれまでもあったけれど毎晩のように毒を撒かれているのは初めて、少し怖い。注射をした印の赤い首をした犬も死んでいる。飼い犬も死んでいる。外人が警官に食ってかかっている。話によれば犬を好かないグループがいて、毒を撒いているそうだ。おそらく村の者は誰がやっているのかを知っているのだと思った。
この村はたくさん野良犬がいる。貧乏人が飼いきれなくなって捨ててしまう。いたずらに子を作り、大きくなると捨てる。犬はどんどん増えていく。去勢手術などしないので、好き放題増える。一方で狂犬病の恐れがあるので増えすぎると道端に毒を撒いて殺してしまう。
アニマルフレンドリーの外人はそのことに怒って大騒ぎをして役所を困らせる。役人はのらりくらりとごまかして、うやむやにしてしまおうとするので益々外人が怒る。死んだ犬の写真をSNSに投稿してニュースとなった。村は少し異様な雰囲気となった。以前飼っていて逃げてしまったウスイサチヨも道端で死んで異臭を放っていた。顔なじみの野良犬も死んでいた。知らない犬も死んでいた。メルカドに向かう道にいつも居た犬は全ていなくなっていた。犬を殺す者、助ける者どちらにも言い分があってどちらにも一理ある。でも一部の理もないのが貧乏人だ。犬のように暮らす者は犬を飼ってはいけないのだ。

好いた男に振られた女が首を吊った。家が貧乏なのでシェラで働いていたそうだが、家は3階建で立派だと聞いた。きっと死ぬ程好いていたのであろう。恋が成就したところで男は他の女になびく事に気がつかなかったのであろうか、都会で暮らすと人並みの幸せを夢見てしまうのであろうか、わからぬ。

このところギスギスした雰囲気を感じる事がままある。村全体が疲弊しているような感じ。100ケツアル札を出すとつり銭がないと断られる。やたらと物売りがやってくる。昨年はここ10年で最悪の景気だったそうでその影響がジワリと村を苦しめているのであろうか。女中のセシリアにも他に仕事を探せと言っても、働きたいと食い下がる。他の者を雇うのかと疑ってかかる。山で人が殺される。身包み剥がれて裸で見つかった。どうにも物騒だけれども誰も騒がない。誰がやったのか皆が知っているのだきっと。入山料を払わなかった外人への制裁、ガイドを雇いたくないケチな旅行者への見せしめ的な気がする。皆が皆自らの首を真綿でゆっくりとしめているように思えてならない。いやだねぇ。