月別アーカイブ: 2019年1月

日々雑思 ある1日

スセリーからもらった猫を去勢手術に連れて行く。これですぐにおとなしくなると思っていたが麻酔から覚めると夜中にどこかへ逃げてしまった。もううちの猫ではない。朝、ひょっこりと戻って来たので情に流され餌をくれてやる。ところがこれまで猫を気づかっていた犬はあっさりと猫の餌を食べてしまった。猫が欲しいとねだると、威嚇して絶対に譲らない。客がたしなめるがすっかりと全部平らげてしまった。犬も猫がもううちの一員ではないとわかっているのだ。セシリアが「かわいそうだなんとかしてやれ」という。「あの猫は自由を選んだのだ。あの猫の選択なのだ。以前お前がしたようにあの猫もバカな選択をしたのだ。去る者は追わん」と突き放す。「私は戻って来た」というので「バカな女だ。女は皆そうだ。だから女を信用しないのだ。早く仕事にかかれ」というと膨れて3階に行ってしまった。

宿の毛布を一斉洗濯。所狭しと干した毛布は気持ちがいい。水をたくさん使い普段の節約のうっぷんを晴らすように洗いまくった。風が水気をあっという間に運び去り、洗剤の匂いがほんのりと残った。陽の温もりがこもった毛布を一枚一枚丁寧にたたみ端を揃えて積み上げた。朝きたセシリアが全部洗ったのかというのでそうだと答える。お前が洗えと言ったのであろうがと思ったが口にはしない。彼女が来てから宿がみるみる蘇るように綺麗になっていく。客の満足度も上がっている。文句を言わず黙々と働いている。きっと仕事を失う怖さを覚えたのであろう。

庭のビワの実がたくさんなったのでセシリアにくれてやる。仕事の合間によく捥いで口にしているので好きなのであろう。一緒に木の枝を引っ張り好きなだけもがせる。ついでに庭のアボガドもいくつかもいでやった。カゴにいっぱいになった実を見て満足そうに笑っている。「市場で売るなよ」「あははどうしてわかった」「お前の目はいつもドルマークが付いているのですぐにわかるのだ」「マジか」「ああマジだ、早く帰れ。お袋に持って行くのだぞ、お前のではない」「ありがと。私のではないのだな。また明日来る」「明日はいらない月曜日にくればいい」「もし気が変わったらいつでも電話してくれ」「ああそうする。でもしないよ」

「どうした。ピーマンは嫌いか」「細かく切ってあるのは好きだ」「ではなぜ食わぬ」「これは大きい、いつもはもっと細かく切ってくれているのでそれは好きだ」「肉はどうだ」「肉も同じだ。細かく切ってあるのがいい」「海鮮はどうだ」「カニは好きだ。食べたことがあるか」「ある。でもあれは虫がいるので客には出さん」「あーあれか小さい」「そうだ、だから料理が面倒なのだ。日本にも同じカニがいるが手間がかかる。でもそれで作ったスープはうまい」「作れるのか」「お前にできて、俺にできぬ料理などない」「あはは、そうかセニョール」「そうだセニョリータ」

「風呂のカーテンが汚い。洗っていいか」「洗え」「もう庭の掃除は終わったのか、廊下はまだやっていないだろ」「やった。お前より綺麗にやった」「あははそうかセニョール」「そうだセニョリータ、見てこい」「それでは階段だけだな」「あぁ階段だけだ」「そうだぁ、明日は来れない。なぜなら友達が結婚するのだ、祝ってやりたい」「行ってやれ、同い年か」「一つ下の23だ」お前はまだかと聞きそうになり慌てて口を閉じる。まだやりたいことがあるのであろう、余計なことは聞くものではない。こちらには知らない権利があるのだ。「なんだ」「なんでもない」「なにか言いかけただろう」「何も言いかけていない」「…」「…」

早くに結婚してしまえばいいのだ。好いた男もいて年頃なのだ。この国では女に学はいらない。若くして子を産み、ろくに稼ぎのない旦那に従い、小商いをして家計を支えるのがこの国の大半の女の生き方。それを受け入れることが出来ず頑張る者は要らぬ苦労をすることになる。それができる者はごくわずかでしかない。神にすがり生きる糧とした方が楽なのだ、大学に通うための金をへそくりにしておけば、いくばくかの助けになるであろうに。その昔、大学に通う者が半数にも満たなかった頃。娘が大学に通いたいと言い出すと「悪いことは言わないから、せめて短大にしておきなさい、そこで少し遊んでから働いて2、3年で良い人を見つけて結婚するのが一番の幸せだから。お茶のくみかたがうまい人は良い人を見つけられるのよ」と親戚のおばさんから諭され、最近の若い娘はと色眼鏡で見られた女性がどれだけいただろう。大学に進み総合職を目指した女性がした苦労を思うと皆の様に暮らせと言いたくなる。この宿で稼ぐ小銭に満足するようではダメなのだ。”分相応”この言葉が最近重くのしかかっていけない。

宿で働くスセリーを見ていて思ったことがある。はじめのうちはいろいろと知らない世界を見せてやりたい。世界を広げてやりたいとずいぶんと身勝手なことを考えていた。ある日ふと考えていてゾッとした。この村の若者の世界観は狭く、教養もない。それでも彼らは彼らなりの世界観を持ち、暮らしている。もしスセリー1人だけが日本人と同じような教養を持ち、視野を広げてしまったらおそらく彼女はここの暮らしに耐えられないのではないか。自分の身勝手なおこないが彼女の不幸を作っているのではないかと思うに至ってしまった。この村から出て行けるチャンスを与えることなく一方的な思いで自分の道徳観や倫理観を押し付けるのは傲慢でいやらしいおこないでしかないのだ。姉のセシリアが戻り、以前にもましてよく働き、生き生きしている姿にいたたまれなくなる時がある。どう接していいのかわからなくなる。以前のようにコラソンネグロ(黒い心)でいた方がいいのかもしれない。

「ヒデキ、日本人がアメリカに行くのは簡単か」「簡単だ、働くことも出来る」「ずっとか」「ずっとの者もいれば、少しの者もいる」「私もいつかアメリカに行って働きたい」「モハード(不法就労の隠語)でか、コヨーテ(不法入国を手助けするマフィア)に知り合いでもいるのか」「親戚が使った。私もやりたい」「無事に入国できる者ばかりではないぞ、仕事も見つからないだろう、特に女は危険だ」「知ってる」「お前も身体を売ることなるのだぞ、それでもいいのか」「…」「真っ当な生きる道を探せ、ここにはお前の神がいる。それにすがって生きるのが一番良い、金持ちの男を見つけろ。馬鹿な男はダメだ。働かない男もダメだ。優しい男はもっといけない。覚えておけ。今日はもう仕事はない帰れ。また明日遅刻せずにこい」「今日は帰る、また明日、良い一日をヒデキ」「お前もな」。

日々雑思 セシリア

セシリア戻る

ペドラーナ(サンペドロの女)はしたたかで油断がならない。一旦気を許すとどこまでもずけずけと踏み込んできて散々な目にあわされる。
以前辞めたセシリアが再び働き出した。別れた女房とよりを戻したような気まずさが漂いぐんなりとした気持ちになる。女という生き物は何事もなかったかのように振る舞うことが出来るからタチが悪い。笑顔で挨拶をするセシリアに「お前はまだ試用期間だ、働けると決まったわけではない」とピシャリと言ってやる。しかしそんなことはどこ吹く風で自分のやり方でせっせと掃除を始めてしまう。「そうではない、このようにやれ」と言うとニヤリと笑って「ヒデキ、こっちの方がいいのに」と馴れ馴れしく口ごたえをする。「お前は友達でもないし、信頼関係もまだないのだ」と言うと「じゃあなんなのだ」と言うので「隣人だ」と答えるとケラケラと笑ってさっさと掃除を再開してしまった。

彼女の仕事は丁寧で、文句のつけようもない。良く目が届き、整理整頓もされている。食事も、なにも指図しなくともテキパキとこなし、片付けも良い。一見万事がうまく運んでいるように客にも見えるらしいが、彼女が帰った後はどっと疲れが出て、どっかりと腰を下ろしたくなる。目には見えないが互いに軽い平手打ちの応酬で距離を測ってる。やがて殴り合い、取っ組み合いになりマウントを取り合うことになるのであろう。彼女は生粋のペドラーナだから。以前は何度言っても止まなかった遅刻グセは今のところ出ていない。3回遅刻したらクビだと言ってあるので、こちらの様子を伺っているのであろう。初日からやって来る時間を毎日1分づつ縮めているので後3日ほどで丁度に来るようになるのではないかと思っていて、いつでも暇を言い渡してやろうとウズウズしているが向こうもそれは感じているようで、互いに一進一退の様子見が続いている。

こちらの歳の半分もいっていない小娘のくせに対等に渡り合っているつもりなのが気に入らない。なにかと難癖をつけ、自分を有利にしようとするところが生意気。こちらのやることにいちいち口を出すところも頭にくる。もっと働かせろと要求する図々しさが癪に触る。だけれどこれほど言い合える女中はほかにない。居て困ることもないのでしばらくは使ってやることにする。

セシリアのいない朝、暗いうちから掃除を始める。風のない夜明け前は底冷えがするけれど気持ちがいい。鏡の様な湖面、対岸の山にかかる細く糸の様にのびた雲が山の中腹に見える家にかかる。やがて湖面は赤く染まりあれよと言う間に明るくなってゆく。
3階のトイレを洗い終え、フリースペースの床を掃く。新しく買った箒は柔らかく音もなく床のホコリを集めてゆく。犬のカフェがやってきてひとしきり挨拶をすると陽の当たり出した場所へ行き腹ばいになって外を眺めている。モップがけをしてからテーブル椅子を雑巾で拭いてゆく。昨夜の風に運ばれたホコリが布に線の様にたまる。洗い場で水をかけ擦り洗う。
2階のタイルには目地がうってないので隙間にホコリがたまる。箒を古いものに変え一目ごとに掃いてゆく。手すりにかかるクモの巣を払いながら端へ端へとホコリを寄せてからチリトリに集めた。モップをかけ、拭き掃除を終える頃にはすっかり身体もあたたまり、寒さを感じなくなっている。1階に降りて扉の鍵を開けてからコーヒーを準備する。挽きたての豆から香りがのぼる。昨夜洗った食器を元の場所へ戻してからコーヒーを少しだけ飲む。毎日同じように淹れているのに日によって味が少しだけ変わるのが面白い。台所を掃き終える頃、客が起きてきた。

毎日、同じことの繰り返しであるはずなのに1日として同じことがない。誰にも邪魔されず自分の気持ちと向き合いながら黙々と作業をすすめていると様々なことが脳裏をよぎり消えてく。1日が始まった。

夜、部屋の前のハンモックに腰掛けてコーヒーを飲む。夕食の片付けを終え、台所の火を落とすと客は各々の部屋に戻りくつろいでいる。
庭から聞こえる虫の鳴き声、隣の子供の泣き声が聞こえる。暗めの黄色い電球は節電もあるけれど雰囲気がいい。ぼんやりと宿の輪郭を浮かび上がらせる。少し風が強い。遠くで湖の波立つ音が聞こえる。最後の客が風呂を終えて階下へと降りて行ったのを見てシャワーを浴びる。シャワーの出を確認し、汚れた床をタワシでこする。今日からは2階の浴室で浴びることにしたので少し風が入り寒さを感じた。コックを少しだけ絞り湯の温度を上げるとすぐに熱い湯になり冷えた身体が温まる。窓の向こう側に蜘蛛がいて虫を狙っている。ジリジリとにじり寄り、ほいと捕まえてしまった。捕まえられた虫はノロくもがいていたがやがて動かなくなった。いたずらに手のひらに溜めた湯を窓にぶつけるが蜘蛛はなにも驚くことなくそこに留まったままだったので、つまらなくなりさっさと身体を洗って風呂を出た。飼っているケモノたちも各々の寝床に入り丸まっている。こちらが風呂から戻ったのを目だけを開けてチラリと見てそのまま寝てしまった。ハンモックに腰掛けて冷めたコーヒーを飲み干した。今月のスシパーティーにはやはり手伝いに行くことが出来ない。3階の水槽が再び水漏れを起こしてしまい修理が必要だし、水が来る日だから。電気を消すと高いところで星が流れた。

1日の終わりに客との会話、去って行った客のこと、あった出来事、これからの事に思いを馳せる。自分に正直であったであろうか、丁寧に暮らせたであろうか、今日の仕舞はどうであったか、明日のことは滞りなく済んだか。1日が終わり円は閉じた。

日々雑思 宿を営む

水が来る日。いつも通りに少し早めに起きてタンクに水を上げようとポンプを動かすと水が上がらない。どうしたことかと確かめる。どうやら空気を噛んでしまっているようで呼び水を差してやらなければならないのだけれど、どこにもさす場所がない。仕方なく給水パイプを切りそこから水を差してやる。果たして水は登ってきたが、時遅く給水は止まってしまう。運悪くインターネットも通信障害を起こして繋がらない。これから来る客に断りの連絡も取れず。年末に向けて多少の問合せがあったところなので迷惑をかけるわけにもいかない。客に節約をおねがいした。
うちの宿は一旦なにかが起きると連鎖的にトラブルが続いてしまう。時間に追われてすべてが後手後手に回り、追いつかなくなってしまう。飼っているケモノたちも散歩にも行けず、じっと我慢している。少しうまくいきだすとふりだしに戻らせれてばかりで、前に進むことができない。何回そんなことが起きたのだろう。最近はそれに慣れてしまって凹むこともなくなったのだけれど、ずいぶんとひどい1年であった。諦めの悪い自分に呆れてしまう。

宿をやっていると日本人の動向がわかるようになった。旅人の移動が皆申し合わせたように同時期となる。グアテマラに限ったことでなくメキシコや南米も同じようにせーのとでも声がかかったように移動を始める。必然的に宿への問合せが増えてくる。器の小さいうちの宿はすぐにいっぱいになってしまい、断ってばかりとなる。ところが掃除のために空けた部屋の事が泊客から漏れてしまう。問合せがくる。うっかり断ると突然客から友達が問合せだのだけど断られたと言っていると言われる。果たして、しばし公平性を保つためにすべての問合せを断ることとなる。気持ちはわかるのだけれど、どうにもやりきれない悪循環となる。

宿の清潔にこだわるのはこれ以上こだわりを捨ててしまったら宿の利点がなくなってしまうから。すでに捨てた食事へのこだわりは自分が間違えていた。外国にあって日本人に日本食を提供することが喜ばれると勘違いしていたことに気がついて赤っ恥をかいてしまった。それはこの宿のこだわりの一つでもあった。長い旅の中にあってホッと一息つけるのではとやってきたのだけど、日本から直接来た客に出し、箸もつけてももらえなかった。深く反省し、以後日本人には素性がわかるまで和食を出すことはなくなった。そもそもうちに泊りに来ること自体が間違っているような気がしてならない。ホテルもあるのに何故と聞きたくなる。分相応という言葉はなにも高望みにだけ使う言葉でもなかろうに。やはり日本人旅行者にはそれなりのホテルがいいのであって、食事もグアテマラ料理を満喫した方が満足感が違うと思うのだけれど。グアテマラにあって和食を出すことは日本の様にはいかない。日本と比較されては太刀打ちもできないのだ。うちにある日本食材は以前泊まってくれた客からの善意の差し入れ。彼らの思いは長く旅をする者達のためにだけに使いたい。
ともあれ残っているのは清潔感だけ。それは捨てることは出来ない。安宿ではあってもキチンとしたもてなしをするべきだと思っているから。

夜、泊めてくれと客が来る。部屋はないと断るのだけれど、どうしてもと言われれば泊めてやりたくなるのは人情。自分の部屋を明け渡す。自分の部屋は客室ではないので金は取れない。タダで泊めてやることなる。金を払っている客がいる手前、同じようには出来ない。ところがwifeを貸せ。水が飲みたい。食事は出来るか。と聞かれる。出来ないと断っても金は払うと言われてしまう。もし、商いとして金を取るのであれば宿泊料より高くなってしまうのだ。客ではないのだから突き放せばいいのだけれど、それもやりきれない。客からは金を取れと言われる。何故取らぬのだと聞かれ、もてなすことなく金は取れんとしか言いようがない。屋上に毛布を敷いて寝る準備をしていると、ここで寝るのかと聞かれる。どこで寝ようが構わぬだろうと思うのだけれど、まるでこんなところに寝られては迷惑だとばかりに言われているようで、うなだれるしかない。そんなことが何回かあり客も呆れている。どうにも不器用でいけない。

親切は仇になって自分に返ってくる。くだらないこだわりを持ったばかりに誰からも理解されなくなってゆく。この一年は苦しい年となったけれども自分の物差しを手に入れた。それは他人と比べることが出来ない。自分だけをはかるための物差し。安宿ながらプライドを持ちたいと願ってやまない。価値観の異なる人が来るのは宿の常ではあるけれど、自分なりの信念を持って宿と向き合ってこれたのはいい事であった。客が宿を選ぶように宿もまた客を選ぶことを知った。来てくれる旅人に嫌な思いをさせないために、ミスマッチを防ぐためにネガティブな情報を包み隠さず流した。果たして策は功を奏して空港からほど近い都市にある宿では評判が落ち、パタリと客が来なくなったが、以前ここに泊まった外国人達の口コミが広がり、ポツリポツリと来てくれるようになってきた。宿の案内を英語に変えたことで泊まり客の言語の壁がなくなり、夕食が楽しい時間に変わり、会話が弾むようになった。英語はできないがスペイン語ができる者はスペイン語でまくしたて、英語が得意な者が間を取り持つ。笑い声がこだまして性別、肌の色、年齢関係なく楽しめる。誰も苦情を言うことなく、各々が節度をもって過ごしてくれた。僕はただ掃除をして、食事を提供するだけで良くなった。それは僕の理想とする宿にほんのちょっとだけ近づけたと感じさせてくれた。

3年目を迎えたこの宿。まだまだ至らない点は多けれどずいぶんと良くなったと思っている。やりたいことはいずれもちょっとハードルが高いものばかりでなんとか着手してみたいと願っている。それは妄想の域から出て少し現実味がではじめた。
そして僕のスペイン語、目標には少し届かずだったけれど、それは自分でも驚くほどの変化を遂げた。この歳になって多言語を話すということがわかった気がする。僕のは今、以前羨ましいと感じていた人達と同じ場所に立てた。ずいぶんと痛い目にはあったけれどもう大丈夫、すべてのことに糸口を見つけた。宿もスペイン語も次のステップにあがれたのかもしれない。

年が明けてしまったけれど、いい意味でも悪い意味でも苦難の年は自分を成長させてくれた。果たして今年はどの様な展開になるのか。明日が見えない暮らし、予定調和のない暮らしは僕を楽しませてやまない。