日別アーカイブ: 2018/10/16

日々雑思 ある女の話 ある男の話

ある女の話

うちに来たCが言う。昨日、女が泣きながらメルカドでオロオロしていた。訳を聞くと金がない。食べ物が買えない。子供に何も買ってやれない。旦那がすべて呑んでしまったそうだ。
女は小さな畑を持ち、旦那と野菜を作り、ずいぶんと育った。よく実り、売り手も決まった。これまで草取りや、土返し、肥料もくれてきた。たいへんだったが売れることを楽しみにしていた。ところが旦那は女房の知らないところで金を受け取るとその足で飲みに行ってしまった。女房が気が付いた時は全て酒に消えていた。食べ物や子供の物を買うプランがあったがすべてダメになってしまった。女房はフラフラと去ったと言う。

週末になると村の男はいそいそと飲みに行く。稼いだ金が入るのだ。土曜日の朝には正体不明となって道に転がってる。稼いだ者は仲間にたかられる。稼がなかった者は親しげに近づきおべんちゃらを言って一杯の情けを乞う。ケツアルテカはグアテマラの安ラム。透明の酒瓶に描かれた女はおそらくグアテマラ一の悪女であろう。安く、強く、すぐに酔える、男をダメにする。金が尽きた酔っ払いとすれ違うと決まって「アミーゴ1ケツくれー、ビールをくれー」と媚びてくる。ある者はカミさんと子供が迎えに来て引きずるように連れて帰る。ある者はズボンから尻をはみ出させて道端で寝る。明け方に家に戻る男も、家中の窓を開けて大音量で音楽を流し、大声で叫ぶ。娘の部屋に転がり込み、大いびきで寝てしまう。

女房が金を家に入れてくれと頼むと、怒鳴り、叩いて、突き飛ばす。罵声を上げ、悪態の限りをついて何処かへ消えてしまう。村の女は皆怖がっている。別れてしまえばよかろうがと言うと。暮らすことが出来ない。子供があれば我慢するしかないと言う。それならば実家に帰ればよかろうがと言うのだけれど、実家は父が帰って来る事を許さない。他に行けと言われてしまうとにべもない。働いても金を入れない男と暮らすも母子で暮らすも同じではないかと思うのだけれどその様な思いには至らないのが不思議だ。
Cの旦那も以前は酒を飲み、家のことをせず、子供の世話も焼かなかったが、女が強く言うと酒は飲まなくなったが家事はやらないまま。手があるのだから手伝えと言っても俺の手は皿を洗うための手ではないと言うだけで何もしない。無教養が悪いのだ。ここの男は皆、学ばないで女の尻ばかり追いかけている。女は吐き出す様に、思いの丈を伝えているように言ったきり黙ってしまった。うっすらと膜が張ったような目で彼方を見てから、また来ると言って帰っていった。教育の無いものが教育の事を語ると決まって片手落ちとなる。自らのことは棚に上げ、必ず人のせいにする。人は逃げ道がないと生きていけないのだ。女もまた男に逃げる現実は1つの逃げ道なのであろう。

ある男の話

知り合いが他に女を作ってよろしくやっているところを家族に踏み込まれて修羅場となる。旦那は必死に抵抗したが風呂場に隠れていた素っ裸の愛人が見つかり万事休すの運びとなった。それでも女房は神と家族に謝れば許すと言ったが旦那は引っ込みがつかなくなり。しばらくして、朝早く荷物をまとめて隣村に住む愛人宅に去って行ってしまった。
後日、村で仕事をしている旦那に会う。どうだ?と聞くとまあまあだとだけ答えていた。一緒にいた客に事の次第を話すと、私ならどこか遠くに行ってしまいたいと言って呆れていた。

この村ではへぇよくある事で、子供までが知っているのにまるでなかったように、皆が大人のように振舞っている。愛人がその男の娘の友達であったり、その事を娘が友達から聞かされたりするのは少し信じ難いのだけれど、受け入れるしかない。男も大概だけれども女もしかり、自分から色仕掛けて金をせびる。法外な金をせびる。付き合いたいなら家を建てろと言われた大工の男は建材を買い、家を建てて始めるが金がない。建材屋を言いくるめたはいいが支払いができないので事が明るみになって、二進も三進もいかなくなり首をくくったが、運悪く死ぬ前に見つかり、病院送りとなった。グアテマラ人は自殺など絶対にしないのだろうと思っていたが彼らもまた人の子であった。また、やりたいなら400ケツ払えと言われた男は、やりたい一心で銀行に行き、金を借りて、腰を振り続けているうちに借金が雪だるまのように膨らみ家を失った。1日に良くて70ケツ程しか稼げないくせに、なぜそのように狂ってしまうのか、よほど女は床上手であったのか、数の子かミミズでも飼っていたのか。一度、一戦交えてみたい気持ちもしないでもない。

道端で行商をしている女衆も、男から言い寄られるそうだ。こんな所で商売をしていて恥ずかしくないのか、他のもっと良い場所で違うものを売ってはどうかと言われると言う。大した稼ぎにならなくても商いが好きな女衆は毎日のやうに同じ場所で同じ物を売っている。たまに犬と散歩出かけるとホッコリ、スッキリした顔つきで向こうから見知った顔の女が知らない男と歩いて来るのに出くわすことがある。はて、どこで見た顔かと考え、あぁ、あそこでアレを売っていた女だと気がつく。道端で見る時とは違って少し若返って見えるのは気のせいではなかろう。

最近、女衆から「お前には女が必要であろう。自分で見つけられないのか、紹介してやるから会ってみるか」と言われることが多くなった気がする。先日道で会った以前世話になっていた家の女房に「お前もすでに半分はここの人間になったな」と言われた時、ちょっと嬉しくなったが、すぐに残りの半分のことが気になり、途端、背中に寒気がして二の腕が鳥の肌のように泡立ってしまった。「当面は半人前でいい」と言ってそそくさと退散した。この村の衆は気はいいが、老いも若きもいささか思慮に欠けるところがあって、どの様に付き合えばいいのかとほとほと困るところがある。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ川のどんぐりとも言うが、もう少しの間、もがき苦しんで瀬に飲まれ溺れ死んでしまう方が幸せかもしれない。