月別アーカイブ: 2018年4月

留学に関するあれこれ

今回の記事に関しまして、一部不適切な表現がありましたため、今回の記事は削除いたしました。

ご気分を害された方には深くお詫び申し上げます。

なお、今後このようなことが起きませんようにブログ記事に関して再考いたします。当面の間、謹慎いたします。

 

 

僕のスペイン語の話をしよう

僕のスペイン語の話を少し。現在の自分に至る経緯としてはこんな感じだという記事になっています。今回は留学に関する情報ではありません。

バイク旅でメキシコに入った時に僕は旅の一番大切なツールである英語を失って途方に暮れた。そうメキシコはスペイン語圏だったから。
毎日、ガソリンスタンドとタコス屋に行き、繰り返し彼等の口からこぼれ出る音を拾い続けた。英語で嫌という程痛い目に遭った発音とリスニングを勉強をしはじめる前からつぶしたくなかった。

グアテマラでスペイン語留学を合計5ヶ月する事になる。果して、中途半端な知識と旅に必要なスペイン語を手に入れた。自分ではだいぶ話せるようになったと喜んではいたけれど、カタコトで必要最低限の会話しかできない状態だったと気がつくのにそう時間はかからなかった。

宿をはじめた初日、ガスのボンベが切れてガスを注文することになる。がく然となる。電話で注文しなければならないのに”もしもし”がわからなかった。ガスボンベをなんと言うのか、この場所をどう伝えればいいのか、直ぐに必要だとどう言えばいいのか、電話を切る時はどう言うのだと途方に暮れてしまう。電話をかければ相手がなんと言っているのかまったく分からず、はたしてガスボンベが届くのかどうかもわからなかった。
それからは日常のすべてに困る事となる。とにかく生活に必要なスペイン語を知らなかった。女中を雇うと掃除、ルームメイク、料理につかう言葉がわからない。隣近所のつきあいや、光熱費などの支払いなど生活に必要なスペイン語が毎日山のように押し寄せてきた。

客との会話にも困る事となった。日本語の文法用語がわからない。「線過去と点過去の使い分けがわからないんですけど」と言われても僕にはその言葉の意味が理解出来ない。日本語の文法書をあわてて読んだ。

今では、文法的な事を聞かれればそこそこ説明出来るので知識は一通りあるらしい。でもそれは知っているだけ、話せないのが問題なのに頭ばかりがデカくなる。本は知らない単語さえ調べてしまえば理解はできる。朗読はまるで出来の悪い小学生並み。100回読んでもバカ丸出し。ボキャブラリーは恐らく聞いたら分かるけど、使えない単語を含めれば2000もあるかどうかといったところ。日常会話では多岐に渡るテーマやコミュニケーションとなるとちょっと自信がない。発音はLがいまだにダメ、アクセントやイントネーションを直されることも多い。聴き間違えもひんぱんにおこしてしまう。

よく見積もっても僕のスペイン語はこの通り。近所の馬鹿餓鬼にも劣る程度なのでこれから書くことはスペイン語が出来る人にはまったくもって役に立たない情報なので最初に断っておく。

今のスペイン語の勉強方

言語を学ぶにはいくつかの段階があると思っていて、時々に応じた学の機会が必要となるようだ。はじめは参考書や学校が必要だけれども、それではいつ迄も国語の教科書を朗読しているような話し方になってしまい、話中の相槌や会話をつなげるためのちょっとしたひと言は口から出ない。
知り合いに頼んで夜にすこし勉強をして見たのだけれど、どうしてもテクニカルな事に集中してしまい、話すという目的とはちょっと違う方向に進んでしまった。この学び方は違うと思いつつ、なかなか修整をすることが出来なかった。僕のスペイン語は学校にまじめに通っている生徒さんにも劣る酷いものになってしまった。

なかなか糸口が見つからない。女中さんに家庭教師も頼む事にした。彼女はスペイン語は話せるけれど学校の先生の様には教えることは出来ない。でも逆にそれが良かった。小難しい質問をしなくなり、言葉をそのまま受け入れた。そうなると買物やちょっとした頼み事などもスムーズにいくようになり出し、このころから話す事への垣根が随分と低くなった。と同時に自分のスペイン語が変わり始めたことに気がつく。宿の日常生活に必要な単語を覚えてしまうと側から見ればペラペラにみえてしまうのだと感じたのだけれど、自分のスペイン語が全くなっていない事も分かっているという変な感覚がつきまとった。相手も僕がスペイン語を話せることを前提に話すので勘違いや言い間違いが目に付くようになって来た。それが原因で女中さんのセシーは辞めてしまったのだけれどそれが僕の実力なのだとあらためて思い知る事となる。

僕はもう一度キチンと勉強しなおす必要性を感じて、本を買い、文法書を引っ張り出して、「読み」「書き」「話し」「聞く」をいっぺんに同時進行で勉強することにした。語学学習では各スキルが少しのタイムラグを置いて同時に伸びて行くものだと思っているので、何かひとつに特化して勉強するのは今の僕にとってはあまり良い勉強方法だとは思えなかったから。大嫌いだった書くこと、読む事を中心に分からないことがあればそのつど辞書をひき、文法書を読みなおした。新しく来た女中さんにもお願いして仕事のあと1時間のレッスンを受けている。レッスンでは本を全速力で読んで貰い、録音したものを何回も聞き、同じ速度で読めるまで練習を繰り返す。翌日、僕が朗読する。チェックしてもらい、発音や抑揚をなおしてもらう。読んだ文章をセンテンスごとに何が書かれているかを説明して、分からない単語は使い方をより詳しく教えてもらい、その場で文章を作って理解しているかをチェックした。文中の動詞はどの活用が使われているか書き出して、どうしてその活用が使われているのかを考えた。これまでぴんとこなかった活用が見え始めてきたのでより理解が早くなって話しの中で明確に使い分ける事ができるようになっていく。YouTube で流行りの曲を聴いて一緒に歌う。間違える事を承知で新しい構文で話し、あっているか、間違えている時は直してもらい、口が覚えるまで繰り返す。最近はもっぱらこの方法で自分のスペイン語を磨いているのだけれど果たしてこの方法があっているかかどうかはまだわかっていない。

スペイン語が話したいんだ

最近、スペイン語を話したくて仕方ない、英語もしかり。日常の生活には困っていないし、ことは足りているのだけれど、話していて自分がバカに思えてくるような、道徳も教養もない頭の悪さを露呈するようなスペイン語が嫌なのだ。まるでいつも真っ裸で歩いているような気分になる。
日本人だから、歳だから、性格的になどといった言い訳などまっぴらごめんで、何が何でも話したいと負けず嫌いの性格を丸出しにして勉強をしているのだけれど、いまいち上手くなっていない気がして仕方がない。聞けば「お前のスペイン語は正しい」と言われてもそんな訳があるはずなかろうと疑いの気持ちがムクムクと湧出していけない。

話し方がとろくさく、いちいち必要な単語を探さなければ口から出てこない、話していて間違えるたびに”あっ”とか”また間違えた”とかと四六時中感じているのが嫌で嫌で”お前は馬か鹿なのか”と自身に悪態をついている。

英語を習った時にも感じたこの苛立ちは、心にべっとりと張り付いて今でもはがすことが出来ないもので、こんなものに一生張り付かれていてはたまったものではない。早くひっぺがして捨ててやりたいとかきむしってはいるのだけれど、なかなか突破口が見つからない。

外国で暮らす、特に地元に根付くように暮らすとなると片言で済まないことが多々あって、ただ話せると言うだけでは片付けられない問題が出でくる。言葉はその国に住む人のアイデンティティの一部であって、その国の文化や人々の気持ちのありように深く根ざしていると思っている。言葉がとてもよく話せてもその国のジョークがわからなくてキョトンとしてしまうのはそのため。言い回しやエクスプレッションなどがいい例。単語自体に本来の意味を付加していなかったり、擬似的な有様を他の単語で表すような言い回しはその国を知らなければ話すことが出来ない。
感情や想像、推測を含む言い方にも苦労する。自分が持つ心の動きと使う言葉にズレが出てしまう。勘違いが起きて凹むのだ。痛い目を見るのだ。いらいらしたり、心がざわざわするのだ。

そう、僕は今、とってもスペイン語が話したくなったのに腰が引けて話せない時がある。そんな時、自分の中にある日本人を感じて、自分はこんな者ではないと悔しい思いをしている。

誰しもが通る道ではあるけれど、出来れば避けて通りたい。でも僕も御多分に洩れず泥沼にはまってしまったようだ。それでも僕にはスセリーやレオがいて、午前午後と彼らの情けを受けて一歩でも前に進もうともがいている。

僕は4年前にフィリピンで英語留学をしました。ほぼ話せない状態からのスタートは楽しくもあり、辛くもありました。それでも僕は英語を手に入れ、旅の途中にあっても困ることはなくなっていました。宿を始めて外人のお客さんが来ても簡単な意思の疎通はできる程度には話すことが出来ます。おそらくそれは当たり障りのない会話だからこそ支障を感じていないのだと思っています。でも語学にはその先がありました。日本語でなら出来ることが出来ない、込み入った会話をするには、もう少し勉強する必要があります。英語では到達する事のなかった世界がスペイン語で立ちはだかりました。幸いにもグアテマラで暮らす僕には多くの友人がいて機会にはとても恵まれた環境にいます。僕はその世界に踏み込んでみることにしました。

ここでの暮らしも一定の落ち着きを見せてきて、書くことがなくなってきたので、スペイン語についてちょっと書いていこうと思っています。
学校や家庭教師のこと、どう学ぶのが効率的なのか、先生とのマッチングや日本人にありがちな癖、目標設定やレベルによる学び方などを僕なりの時点で言い放ってみてもいいのかなぁと思っています。

日々雑思 居候、飯炊男、遠足にて

居候

レオが来て泊めてくれと言う。金がないんだが、その分手伝うからなんでも言ってくれと言う。
友人であり、家庭教師でもあり、演奏家でもあるが金がない。レオは生まれも育ちもよく教養もあるしグアテマラ人らしさがない。ただ金が稼げないので生きて行くのに難儀している。「何も言わなくともよい、泊まれ」それだけ言うとレオはモジモジしている。「飯か?」「それは大丈夫だ、考えなくていいのか?」「考える必要もない。泊まれ、いつからだ」「今日、あとで来る、ありがとう」

後でレオがやって来る。「掃除は自分でやれ、1週間に一度は必ずやれ、シーツも自分で変えろ、あとは好きにやれ」と伝えておしまい。レオはきょとりとしている。空いている部屋を貸してやり、ここにいる間に仕事を見つけ出ていけばよろし、人助けというほどのことはできないが、友人がくれば飯の一つも食わせてやりたいと常々思ってるのだ。

最近のこの宿はまるでテレビの安ドラマの舞台にでもなったかのようにいろいろあって、自分がてんてこ舞いになりながらもなんとかなっていく主人公にでもなったような気分。一度歯車が狂うと何もかもがうまくいかないように思えるけれど、実はそれが楽しかったりもするのだ。後で考えればそうなのだきっと。客もなく途方に暮れかけると1人やって来て、覚悟を決めると2人やって来る。役立たずの居候が1人くらいいても何も変わらないのだ。朝、スセリーが来る。「この男はお前の手下だ、好きに使ってよろし」と言うとレオは苦笑いし、スセリーは少し戸惑った顔をしている。いつものように、なにも変わらずに掃除を始めた。

飯炊男

客が「ここのメシは美味い、レストランをやれ」とほめる。このメシならもっと高くてもいいと言いつつ他のホテルへ引っ越して行く。メシだけ食べに来るがいいかと聞かれ、ダメとも言えず「よい」と答えると、さっさと出て行ってしまった。

客が「スペイン語をここで勉強するのはどうか」と言う。「アンティグア、シェラが安い。そちらでやればいいであろう」安いの一言でそれ以上は聞かないのでこちらもそれ以上は何も言わない。
学校をやめた先生が来て家庭教師をはじめるが場所を貸してくれと言う。空き部屋ばかりでも仕方がないので一階は貸しスペースへと変更することにした。部屋は3部屋となる。

噂で「あそこの3階は雰囲気が悪く行きにくいと皆が言っている」と聞く。何が悪いのかとんとわからない。泊まっている客に聞いてもわからないと言う。誰もいないのが不気味なのか、エレベーターがないので行きにくいのかと考えるが、わかりもしないのできっとそうなのだろう、今の人には合わないなにかがあるのだろうと諦めた。

宿の持ち主が惨状を聞きつけ、心配でやって来た。さぞ散らかしているのだろう、どうしようもない事をしでかしているのであろうと思って来たのだ。一通り様子を伺い、近所で聞き込んで帰って行った。部屋の鍵をまたもや持っていかれてしまう。なぜか皆部屋の鍵を持って行ってしまうので常に交換をしなければならない。なぜ持っていかれてしまうのであろうか。
それにしても客が来ないのは不徳の致すところ、さぞ人様に忌み嫌われる性格なのであろう。宿は人一倍キレイなのだから、原因は自分の心の汚れだ。

スペイン語だけははかどる。いつも勉強出来るので随分と良くなった気がする。本が読めるようになり。歌が歌えるようになった3曲を練習して2曲歌えるようになった。スセリーが教えてくれるのでとても楽しい。客に文法の事を聞かれ、嫌々説明すると「わかりやすい。ここで勉強がしたくなった、お前はやらないのか」と言われるが文法のことは日本語で説明しているのであって、スペイン語は一切喋っていないのだ。「お前の日本語はなかなかのものだ」とふた回りも違う若者に褒められる。まだ日本語は忘れず、人様に褒めていただけるだけましだと思うことにする。

遠足にて

パロポと言う遠い対岸の村へ行く。スセリーに同行してもらう。彼女も初めてだと言う。いつもとは違い洋服を来てやってきた。
パロポについてお土産屋の髪留めが気になっている様子だが小さいと言う。「お姉ちゃんは持っているが私には絶対に貸してくれない、とっても自分勝手だ」とボソリ。それではそれを探そうと村の中をくまなく回るがどれも小さいので、「パナハチェルで買おうか」と言うとコクリと頷いた。村は青に塗られ、大きなホテルもあり、思っていたよりはツーリスティクであったけれどスセリーとの小旅行だったのでそれは楽しかった。パナハチェルに戻り、髪留め、サンダル、シャンプーを買う。シャンプーは「テレビでやっていたものだ、ハチミツが入っていてきっとキレイになるのだ」としっかりとした目で説明をするので哀れとなり買う。カバンにシャンプーを入れると「お姉ちゃんはアボガドを塗っているのだ」と言う。8歳も歳が離れているのに対抗心を燃やしているのが微笑ましい。髪留めは茶色を選んだ、サイズも大きい、値段を聞いて「高い!」と文句を言っている。値切って20ケツアレスを15ケツアレスにする。すぐに髪に留めて使い出す。「もうお姉さんの事を悪く言ってはいけない」とさとすと素直にうなづいた。帰りがけにサンダルが目に付き、キラキラとした目で床にしゃがみ込んであれやこれやと手にとって履いている。「コレは底が天然ゴムだから丈夫でいいのだ。長く使えるのがいいものだ」と言う。「この焦げ茶はとてもよい」と言って幾らだと他の客を店員と間違えて聞いている。あっちのオジさんが店員だと言われ恥ずかしそうにしている。値段を聞いてうなだれる。かわいそうになり再び値段交渉。200ケツアレスを150ケツアレスにする。そこで「この値段は妥当かサンペドロでならいくらだ」とそっと聞くと「サンペドロなら250だ」と言うので「それならば買え」と言って金を渡してやった。お土産を入れたバックを機嫌良さそうに背負い、船着場へ向かう。こっちだと自信を持って反対方向へ行くのでついていく。「同級生と来た時は確かにこっちだった、でもわからなくなってしまった」と照れた笑いを浮かべ困惑している。迷子になり困っているところへスセリーに交際してくれと言っている男の子に気がつき僕の陰に隠れている。「とっても嫌なのに困る」とくっつくので、父親になったような気持ちになって元来た道をボート乗り場へ向かった。

日々雑思 季節が変わり始めて

雨季

夕方から雲行きが怪しくなる。裏山の火山に雲が垂れ込めゴロゴロと雷が鳴り出す。カフェを散歩に連れて行く。今日は少し長い散歩をしてやろうと決めていた。客がどっと去って夕食の支度に手間がかからないから。

村の中心へ向かう。売店に寄りパンを買う12ケツアル。20ケツアルを出すとレジの娘に2ケツアルはあるかと聞かれる。「ナイいつもゴメン今度は用意する」といい8ケツアルを受け取る。いつもいる白人が幸運をと言ってきた。どうしたのだと聞くと明日、カナダへ帰ると言う。お前もなと答えて店を出た。ここに住む外国人は自国とこの国を行ったり来たりしながら暮らしている者が多い。いよいよ雨季がやってくるのだ。だから彼らは自国で悠々と温かな日々を送るつもりなのだ。

坂を下る。カフェはいつも行くフライドチキン屋に行きたくて坂の上でこちらを見てなんでそっちに行くのだ、まだ食べておらんであろうがと恨めしそうにこちらを見ているが、こちらがしゃがんで手を出すと笑ったような顔になりストトとかけってやってくる。そのまま湖に出て湖畔を歩いて行く。カフェは前に歩き、時々こちらを振り返りながら嬉しそうに歩いている。途中、お気に入りのドブに行こうとしたがNOというと素直に従った。
友人の新しく出来たホテルの前を通り過ぎ、岬を越えたところで雨が降り出す。洗濯をしていたおばさんがブラジャー一丁で頭に洗濯物を乗せるのを手伝ってくれというのでカゴを持ち上げた。おばさんが両の手を挙げた拍子にブラジャーがゆるみボロンとどデカイのがこぼれた。どははははと豪快に笑うおばさん。カゴのやり場がなくなり目だけがおばさんのそこに釘付けとなった。

雨がひどくなり湖畔のあばら屋に駆け込む。身体を洗いにきていた家族がいる。「どこから来たのだ」「日本からだ」「どの位ここにいるのだ」「2年だ」「これらかもいるのか」「わからない多分そうだ」「ここは穏やかだからな」「あぁグアテマラシテイとは全然違う」「そうだここは違う、ここが好きか」「まだ分からない、好きなところもあるし嫌いなところも沢山ある」「何が嫌いなのだ」「人だ、お前らの文化はわからない」

沖でボートに乗った漁師の若者が鳥を追いかけている。立ち上がりオールを器用にさばきながら追いかけるが、鳥は捕まらない程度に飛んでは若者をからかっているように見える。見ていた家族づれも笑い出した。もう少しのところで水の中にトプンと潜り少し先に出る。若者は急ぎそこに行くがまた潜られてしまう。若者の後ろの方にポッカリと浮き上がると、そのまま飛んで行ってしまったが若者は気がつかない。家族づれが行ってしまったと教えてやる。

雨が小止みとなったので戻ることにする。元来た道を行くと先程とは違った少し若い女が濡れて透けたシミーズのまま「そのパンはどこで買ったのだ」と聞いてくる。「村の真ん中だ」「くれ」「ダメだ」と言って立ち去る。いつもは砂だらけになる足も今日は雨で湿ってしまっていて歩きやすい。服が湿ってしまったので肌寒い。それでも傘をささずともなんともなくなっている事に気がついて、随分と変わるものだと思った。2年前は気になっていたのに。

宿に戻り食事の支度を始める。カフェがご飯をくれと足元に来る。濡れ犬の匂いがして「お前くさいぞ」とい言うと訳もわからずはしゃぎだした。長い散歩に満足したのだきっと。

もうすぐ雨季がやって来る。夕方になると決まって雨と雷がやってきてすべてを洗い流してくれる。暑さも、ゴミも、犬のフンもみんな下に流れて行って、時々停電して真っ暗闇に包まれるのだ。僕はそれが嫌いではない。

スセリー

新しい女中さんとなったスセリー。15歳。僕にとって特別な存在の娘。まるで自分の子供のようにかわいい。彼女との出会いはこの村に来た最初の日。彼女はこの村で出来たはじめての友達。

姉のセシーの代わりに働きだした。なかなかまじめにやっている。まだおっかなびっくりで猫をかぶってはいるけれど、毎日彼女がやって来るのが楽しみの一つとなってしまった。
姉のセシーに比べればすべてが劣るけれども、嬉々として働く彼女の成長が何より嬉しい。コップを割り、出しっ放し、間違える、忘れると今のところいいとこ無しではある。掃除は仕事、その後に2人の朝食を作らせる。包丁の使い方から調味料の分量まで僕がやって見せる。あとはほったらかし。食べる段となり彼女は心配そうにこちらを見ている。黙っていると我慢できずに、ちょっと怖いと言う。どうしてと聞くと私のはまずいだろと言う。何が悪いのだと聞くとわからないと答える。「恐れなくてもいい、失敗しながら覚えていけばよい、お前の姉は鼻は良かったが舌はバカだった。お前はどうかな」と言うとニッコリ笑って食べだした。

パンを焼いている時、火傷をしたらしく、ゆびの付け根を口にくわえている。「どうした火傷か」「なんでもない、ただくわえただけだ」指を見ると赤くなっている。クスリを持ってきて塗ってやる。こちらの”痛いの痛いの飛んでいけ”を歌いながらクスリつけてやると一緒になって歌い出す。

包丁を取るときにコップに手をひっかけて割ってしまう。割れたコップを慌てて取ろうとしたので手を止める。ごめんなさいと何回も言う。「コップはまた買えばよろし、でもお前の手は買えないのだ、気にするな」自分で言って自分で驚く。こんな事を言うとは随分と焼きが回ったのだ。ほかの女中には言わない。依怙贔屓と言われれば、そうだと答えるだろう。そうスセリーはやはり特別なのだ。仕事が終わってから1時間ほどスペイン語を習う。毎日のリーディングのために夜遅くまで練習するのは彼女をガッカリさせたくないのだ。

15歳の小娘に一喜一憂する毎日はくすぐったくもあり、楽しみでもあるのは歳をとった証拠なのであろう。もともと活発な娘ではあるので、そのうちこっぴどくやられてしまうことも承知。それもまた楽しみなのだから。願わくばスセリーにはいつまでも半人前であってほしいものだ。