月別アーカイブ: 2018年1月

日々雑思  Incendió

Incendió

トモさんと買い出し
ネジ4種、L字金具6本、ドリル
買い物をしていると男が入ってきて、電気をつけはなしているぞと店の女に言う。女は「ちょっと待っててください」と言って外に出て行った。少しして女が血相を変えて店の外で騒いでいる。どうしたのだと聞くと火事だ、たいへんだと目に涙を浮かべている。外に出てみると店の屋上から煙が立ち上り、辺りが焦げ臭い。近くの女に消防士はいないのかと聞くとこの村にはいないという。村の男衆が集まってきて手に手にバケツを持って建物の上に上がっていく。店の女にお前の家なのか早く戻れというと、隣の家だという。それでも悪いので買い物は後にするよと言うといいのいいの買ってちょうだいと言うので必要なものをそそくさと買って店をでた。

店の外は物見の者たちが通りに並んでる。事の成り行きを見ている。人が死んでいたと言うがみつからないらしいとか、どこの国でも流言蜚語は同じ物らしい。男衆が寄ってたかって水のタンクからバケツリレーであれよというまに消してしまった。辺りには焦げたにおいと道に流れてきた黒い水が溜まってるだけとなった。
帰り道、マリアと会う。今日は生徒が体調不良で休んだので出掛けてきたらしい。最近彼女はまたキレイになった気がする。恐らく新しい彼氏でも出来たのであろう。火事があったんだと言うと何処だと聞かれる。火事のあった場所をきちんと説明出来ないことに気がついてもっと単語を覚えなければいけないと反省する。

この村には消防署が無くて、いちばん近くても隣りの村からやってくるので時間も掛かるし、おそらく呼んでもなかなか来ないことは容易に想像がつく。一昨日から山火事がみえているが誰もがあわてた様子も無く、燃えるに任せている。後日、セシーにどうやっても消すのだと聞いても知らないと答えている。とってつけたように消火器で消すのではないかという。そう言えばこの村で消火器をみたことが無いことに気がついた。

トモさんがメキシコからフロートスイッチを買って来てくれた。取付けようとすると、電気がショートして家に引き込む電気線が焼き切れてしまった。この家のブレーカーは動作した事がなく、ブレーカーの役割をはたしていないのではないかしらと以前からいぶかしんでいたけれど、そのまま使ってきていた。ブレーカーのなかはガタガタしていてもしょっちゅう火花が散っているのでたまには停電となるけれど、それでもやっぱりブレーカーは切れた事がない。仕方がないので電器屋をよび直してもらう。電器屋の言うことにはこのブレーカーは取り換えなければダメだ、箱を買ってきて取り替えろと言うのでそれを頼んで後日交換してもらうことにした。
フロートスイッチの事を聞くとそれは使えない。もしつけたければ3つ必要だ。でもシステムを組むと高くなるが良いのかと言う。僕は週1回使えれば良いのだ。タンクに付けるのではなく、水瓶に付けてくれと頼むがそれはできないの一点張りとなる。あげく以前のオーナーにでっかい水瓶をつくれと言ったのにつけなかったからだと言い出したので、それは関係ないことだろうとウンと怒ったらいっしょに居たセシーまでぼくを攻めるので遣る瀬無くなってしまう。お金をかければいいではないかというセシーに僕はそんな金は無い。その金を簡単には稼げないことを知っているであろう。おまえに簡単に稼げるのかときつくあたってしまう。
セシーはふくれてしまった。

なにをするにしても幾ら払えるのだ、この仕事はたいへんだと言いつつ、何とか高く見積もろうとする彼らを見ているとほんとうに腹が立って来て仕方がない。一事が万事この調子なので最近は聞くことを辞めてしまった。テーブルを頼んでも約束の日にちになっても持ってくる気配すら無い。セシーが催促したのかと聞くので、「なぜ、そんな事をする必要があるのだ」と云うと「彼らはヒデキは催促しないので約束を守らなくても良いのだと考えるぞ、次からもっと遅れるぞ」と言うので「なぜグアテマラ人はそうなのだ、それでいいと思っている事が信じられない、守れない約束などしなければいいのだ。だいたい、それを神が許すのか、教会へ行って誤れば神父はそれでは構わないと言っているのか、聖書には神との約束だけ守れば良いとかいてあるのか」と聞くとちょっと困った顔になって「それがグアテマラの問題だと思う」とちょっと悲しそうに言う。続けて「きちんとやろうとみんなが言うけれど」と言ってちょっとどもっているので「いつからやるのか」と言うと「分からない」と言ったきりとなってしまったので「其の内に聞いておく」と言っておわりにした。セシーはグアテマラ人はと言われるのがちょっと悔しいのかも知れない。

新しい物差しを手にいれた件

久しぶりにたまげてしまった。何がきっかけでそれを知ったかは、あまりにも驚いてしまったので忘れてしまったけれど、彼女の説明はこうだった。

「神が私たちを作ったのよ、ヒデキ、猿じゃないわ」
「でも学校では…スペイン語でなんて言ったかなぁ、セシーDarwinを知っているだろ」
「誰、あっダルウィンのこと、もちろん。私たちが猿から進化したって言うあれのことでしょ、あんなのありえないわ、それとビックバンとかここの村では誰も信じていないわよ。学校では習うけど、先生だって「本当は違うけど」って授業のときに言っているわ」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!マジ?」
「だってどやったら、猿が人になるの、ありえないでしょ」

僕はあまりの衝撃に言葉が継げなかった。どう僕の常識を彼女に告げたものか、頭ごなしに否定など到底できっこなので、これは厄介だけれどもっと聞いてみたい、彼女の考えをどうしてももっと聞きたかった。僕はノートと鉛筆を用意する。何が厄介なのかというと進化論をスペイン語でどう説明すればいいのかわからなかったから。

「セシー、恐竜を知っているかい?」
「もちろんよ、あなたは神はいないって言うけどどうしてそう思うの、私に説明して見なさいほらほら」
「彼らが生きていた時代に人間はいたかい、それとも神が僕らを作ったのはそのあと?」
「知らない、でも全滅したんだから、そのあとでしょ」
「神が作ったのならなんで恐竜の時代に僕らはいなかったんだろう、まぁいいや。セシー、僕らも動物と一緒で、4本の手足があって、耳や目を持っているよね。他の犬や猿も似ているよね、虫は体が3つに別れているし、足も6本やたくさんあるから違う生き物だよね」
「……..]
「ガラパゴス島を知っている?」
「知らない、どこ」
「じゃぁいいや、太平洋の小さな島だけど知らないならいいよ、問題ない。オーケーそれじゃ、ここはアフリカ、ヨーロッパ、アメリカ、日本はここ、オーストラリア…」

僕は世界地図を書きながら大陸の絵を書いた。

「むかーし、むかし、僕らはここで生まれたと言われてるんだ。アウストラロピテクスという最初の人間」
「本当に!」
「なぜ、それがわかったかたというとね、あちこちの地面を掘って骨を探したんだ。見つかった骨を調べたらなん年前のものかがわかるからね」
僕は自分が知っている猿人の見つかった場所と年代を書いていく。彼女はちょっと驚きながら興味深そうに見ている。

「ヒデキ、どこで習ったの、全部覚えているのか」
「学校だよ、全部じゃないし、間違っているかもしれないでもね」

僕は世界地図に書き終えると矢印を書き込んだ。

「ほらね、人類は旅をしたんだ。ここからこう、こっちからもこう、そしてグアテマラにも」
「はーん」
「もし、神様が僕らを作ったとしたら全部おんなじ年代になると思うんだ。僕らは肌の色が違うだろ、ここは黒、ここは白、ここは茶色、ここは黄色、どうしてだろね、例えばここ、アフリカは黒だよね、どうしてだろ、白かったら真っ赤にやけて痛いでしょ、だから黒くなって気候に適応したんだよ、旅をして北にいくとその必要がなくなって白くなったんだ」
「本当に!、アメリカ白いわ、でも途中で日本は黄色いじゃない、あなたは黒いけど」
「うん、僕はもうグアテマラ人だからね、アメリカはイタリアやイギリスから100年くらい前に引っ越してきたんだ、アメリカにはインディオが先に住んでいたのだけれど、彼らは追い出されちゃったのさ、だから彼らは君たちと似ているでしょ、僕らは旅をしながら変わってきたんだ、気候によっていらないものを捨てて、必要なものを手に入れてきたんだよ。イグアナを知ってるだろ、ここのは陸にしかいないけど海に住んでいるイグアナもいるんだ。彼らはご飯を海に食べにいくことを選んだんだ、だから水かきがあったり、流されないように爪が伸びたりしてるんだ、それに最近は陸と海と両方いける奴が出てきたんだよ、それが進化論」

彼女はとても面白い話を聞いているように見えた。僕の言葉に素直に驚き、まるで初めての話を聞いているかのようだった。

「キリストっているじゃない」
「ヒデキはいたと思うのか、それともおとぎ話だと思うのか」
「いたと思うよ。35、6歳のガリガリに痩せて血だらけのキモいおっさんだよね」
「ノー、ぜんぜん違うわ」
「彼は”ナザレのイエス”と呼ばれていて、実在したと言われてるよ。彼が奇跡を起こしたかどうかは知らないけど、一旦、死んで7日後に」
「3日後よ」
「あーごめん、3日後に生き返ったんだろ、ゾンビだな」
「ノーヒデキ」
「君たちは聖書を持っているだろ、でも聖書にはもう一つ種類があってここにいる人たちが使っているんだ」

僕は世界地図のイスラエルを刺した。

「その本には人間が悪いことをしたから、神様が怒って洪水を起こして全てを滅ぼすんだ。でも神様に選ばれた動物と人間が船に乗せてもらって助かるんだよね」
「あ〜ん、#$%&’のことね」
「なんだって?もう一回、まぁいいや。昔、ローマ帝国で王さんに仕えていた家来がいて、ある日王さんから何か皆の衆をうまくコントロールできる方法はないものかと聞かれたんだ、家来は帝国を出てあちこちを探して回ったんだ。そして見つけたのがこの本”旧約聖書”だよ。彼はそれを持ち帰って王さんに「いいもんみっけました」と言ってその本を渡したんだ。王さんは「こりゃいいね、でも問題が一つあるじゃないか、助かるのはユダヤ人だけなのはいただけないなぁ、なんかいい考えないの」と言う。彼は「それじゃ、こうしませう。救世主伝説に書き直しちゃいましょう。ケンシロウとラオウ…おっと間違えました。最近イエスって奴がいるんですけど結構有名人でして、彼のこと使っちゃいますね、復活神降臨は受けますよ、はいコレ」と言って
新訳聖書を出したんだ。王さんはたいそう喜んで「これこれこれ、満足じゃ、褒美をくれてやろう、お前さんが死んだらバチカンに大きな墓を作ってあげよう、パウロ君」」

僕はセシーの顔色を見た。彼女は興味津々で話に食いついている。

「そして君たちが使っている聖書はできたんだ、マルティンルターっておっさんがラテン語で書かれた本をドイツ語に書き直してみんなが読めるようにしたんだけどバチカン怒っちゃってね、でもカトリックがイヤになっちゃったイギリスの王さんとかが作ったのが君たちのエバンヘリコ(プロテスタント)だよ。もちろん僕は君たちが宗教を持つことは尊重しているし、いいことだと思うよ、僕が話したのは歴史?、事実?本当のことはわからないけど、勉強ではこう言われてるよ。ここには二つのことがあるんだ。歴史や史実と宗教や人の信じる心のことなんだ。この二つは別のことだから、でもねセシー知識はとっても君の人生にとって大切なものだから、むやみに否定や拒否はしてはいけないんだ。この二つの話は別のものなんだ、一つはキミの脳みそに入れておけばいい、もう一つは君のコラソン(ハート)にしまっておくことなんだ」
「ふ〜ん…………………..」

彼女が納得したとは思ってもいなし、彼女の信じるものを壊してしまったかしらとちょっと心配になったけど彼女は何かを感じたように見えた。それでも彼女は神を信じているし、それはそれでいいのだ。神でもいなけりゃこの場所で一生を過ごすことなんて到底できないのだから。僕は信仰を持たないので、”神”と言うものがピンとこない。ただ、教会で毎日のように一心不乱に何かを唱えているのを見ていて、こうした単純作業が人の心に何かを植え付けるにはとってもいいのだと言うことはわかった。進化論を信じない人に出会ったことは僕にとってとっても大きな喜びだった。僕の旅はまた一つ新たな物差しを手に入れることができた。

日々雑思 ネコ 泳ぐ人

ネコ来る、ネコ去る

すっかり日が昇りきってしまった正午前、トモさんと買い物に出る。小道の真ん中で薄茶の丸い毛球がうずくまっている。犬が近づいても動かない。かなり弱っている様子でコレはダメだとすぐわかる。クビをひょいとつまんで土手の上に置いてやる。置かれたままの姿でまったくうんでもないし、すんでもない。そのままトモさんとメルカドへ向かう。
「ありゃダメだねトモさん。弱り切ってるよ。きっと昨日の夜、犬がやたらめったら吠えたてていたのはアレの所為だと思う」
「随分と鳴いてましたねー、アレがいたんですね、随分と弱ってましたね、きっと一晩中追い立てられていたんでしょうね、飼うんですか」
「ネコは拾ってもすぐ死ぬからヤダ、それにあいつは少し大きくなってるから、根性も曲がってしまっているよ、助ける気はないよ」

メルカドで買い物を済ませ戻る。先ほどの場所にまたちょこんと毛球がいる。カフェが近づいてフンスンと鼻を鳴らして嗅いでいる。それはまったく反応しない。もう一度クビをつまんでほっぽり投げてやろうと思ったが、くたりと垂れた姿が哀れになり、家まで持っていく。どうせ死んでしまうのだ。面倒を見るだけ無駄だ、やめておけと声がするが、試しにドックフードをくれてやると食べている。いくつか目の前においてやるとあっという間に平らげてしまった。水は飲まない。落ち着いたのを見計らって身体を見る。ひっくり返し、目をめくり、口の中、耳の中を見る、爪の間、肛門を見る。3階に連れて行き、タライに洗剤を垂らし、構わず水をぶっかける。水をかけられて抵抗するが力が入ってないので、あっという間に泡だらけにされ、すっかり力が抜けてしまった。ブルブルと震えているのでドライヤーで乾かしてやっている時に、やっと怒り出した。無理やり押さえて乾かした後、ポイと放り投げた。寒さと恐怖で震えはおさまらないけど逃げる様子もない。

10日間ほど飼い、随分と慣れて来てうちで飼おうと決め、名前をセンとつけた。子猫は癲癇を患っていて、時折激しく発作を起こした。見ていて気の毒だったけれど、調べると本人はあまりわかっていないらしい、辛くもないと書かれていたので注意しながら可愛がっていた。ある朝、発作を起こし脱糞してしまったので後でお風呂に入れてやろうと思い、庭に放してやっている間にどこかへ消えてしまった。まるで神隠しにあったよう。よく懐いていただけに一寸心が痛んだが、それはあの猫の選択だったのだと諦める。いさぎよく諦めることもここでは大切なのだから。

カフェにて

新しくできたカフェの屋上の工事が済んで、そこからの眺めが至極いいと教えてもらったのでトモさんと行く。日当たりがよく気持ちいい。目の前に湖が広がって周辺の村々も良く見ることができる。
コーヒーを飲んでいて湖に泳いでいる男を見つける。男は沖へ沖へと泳いで行く。入江の三分の一くらい行ったところで、水上バスが男を見つけ、近寄って行く。泳いでいることがわかると踵を返して目的地に向かうが、引き波が男を上下に揺さぶっていて、その度に男は立ち泳ぎしなければならない。どうやら反対岸の岬を目指しているようだけれど通りすがるボートの引き波に遊ばれてチョット嫌になってしまったのか立ち泳ぎをしながら後ろを振り返っている。すでに真ん中より向こうようりに行ってしまっているので「早く向こうへ泳ぎ切っておしまい」と思っているとトモさんも「泳いでますねぇ、随分と向こうへ行ったしまったけれど向こう岸まで泳ぐつもりなんですかねぇ」とぼんやりと言っている。「随分と小さくなってしまいましたねぇ、もう少し頑張れば向こう岸だから、石の上で休むことができますよ」と僕もぼんやりした返事をする。ここは日当たりが良すぎて二人とものぼせてしまったのかしら、日に焼けて赤くなってしまったかしらと自分の腕とトモさんの顔を見るけれど、二人ともすでに浅黒い顔をしているのでわからない。

急にトモさんが「ヒデさん碌な手伝いもできず、タダメシを食らってばかりですみません」と言う。「そんなこたぁないよ、ちゃんとやってくれているから感謝しているだーよ」「そうですか、それならいいんですけど・・」「あ〜それでいいよ」と言っているうちに男は向こう岸に泳ぎ着き、石の上によじ登った後、すっかり動かなくなってしまった。精も根も尽き果てたのであろうか、渡り切った満足感に浸っているのであろうか、帰りはまた泳ぐのであろうか、パンツいっちょで歩いて帰ってくるのであろうか。

店の工事をしている職人がやって来て「どうだいい眺めだろ、数週のうちにうちにここにも屋根をつけるし、椅子も置く、もっとよくなるぞ」と話しかけて来た。僕はせっかくの日当たりなのに屋根をつけたらのぼせなくなってしまうなぁと考えていると、トモさんが「ヒデさん、オートラ セマーナとプロキシマ セマーナってどう違うんですかプロキシマは次の週のことですよね、オートラは別の週じゃないですか、意味は同じなんですかねどう使うんですかね、使い分けているのですかね」と聞く。「来週とそのうちの違いじゃないかねぇトモさん。彼らだっていつ完成するかなんてわかってないんだから考えても仕方ないんだよ」といい加減に答えると「あ〜そうなんですね、便利な言葉ですねぇそう言う風に使っているんですね〜」と答えるので「行きましょうかトモさん」と言って席を立った。

ここのカフェはいつ行っても客がいない。閑散としているけれどコーヒーは美味しい。いつかサンペドロに来た際には行かれるがよろしい。

宿を再開します。ご迷惑をおかけしてすみませんでした。ごめんなさい

朝、電気がチカチカとして停電となる。いつものことだろうとタカをくくっていると外で僕を呼ぶ声がするので出てみるとだらりと電線がぶら下がり切れた先は真っ黒に焦げていた。
「どうしたのだ」
「ノセ(知らない)電気がなくなった」
「連絡したのか」
「誰かが後でくるでしょう」
「電話するよ、どこにかければいいのだ」
「電気会社か村役場だよ」
「電話番号を知っているか」
「知らない」

こんなやり取りを何回か何人かと繰り返す。なんでも人任せにして頼ることしかしない住民。やれやれと思ったが、下手に動くと次回も全部僕のせいにするので、隣のオババに「お前役場に行ってこい」と言って引っ込んだ。
内心、これはダメだとわかっていた。過電流で焼け焦げた電線の復旧は今日には無理だ、今日は日曜日、よりによって一番水のない時に電気がないなんて、それは水を屋上のタンクへ運ぶことができないことを意味していた。

ポンプ、Wi-Fi、冷蔵庫、シャワー全てが使えなくなった僕は、即座に泊まり客に知らせた。「明日、宿を締めます。今日にも他のホテルに引っ越した方がいいかもしれません。今日はシャワーも使えないでしょう」

午後になりなんとか水を確保したかったが、どうすることもできず、宿を閉めることを決意した。翌朝、電気の復旧作業を待っている間、僕は悔やみに悔やんだ。

今年の年末は去年とは全く様子が異なり、晦日が迫っても宿は落ち着く気配を見せなかった。出入りが多く、水を多く使っていた。配給日が来てもタンクが満タンになることがなくなっていた。部屋数を増やして宿泊可能人数を増やしたことも災いした。年末のイベントで村のホテルはほぼ満室となり、泊まる場所のない客が飛び込んで来て僕はテントで過ごす日が約半月ほどにもなった。

僕は二つの気持ちを持って宿をやっている。
一人でも多くの旅人を泊めてあげたい。旅人に年末年始を過ごせる場所を提供したい。皆で食卓を囲み楽しい年末年始を過ごしてもらえたらそれは僕にとってもいいことだと言う思い。
もう一つは、宿として快適な衣食住環境を提供しなければいけない、お金をいただいて泊まってもらうのだから、きちんとしなければいけないと言う気持ち。

僕はこれまで相反するこの二つをバランスをとりながらやってこれた。今年も大丈夫だろうとタカをくくっていた。いくつかの出来事があった。ある日、飛び込んで来た女性、彼女は宿がないと言う。「床でもいいから泊めてくれ」と頼まれた。僕は彼女に「その言葉を他のホテルで言ったのか」と聞いた。いくらこの村は安全とはいえここはグアテマラ、いくらなんでも外で寝かせることはできない。言葉の通じないホテルではあっさりと引き下がるのに、ここはどうにかしてくれるという甘えが見え隠れしている気がして嫌な気持ちになった。

家族連れがやって来て部屋があるか聞く。この家族は年末にメールして来ていた。僕はやんわりと断った。何故なら以前ここに泊まった別の家族連れからこの宿のことを聞いて来たに違いなかったから。別に家族連れが嫌なわけでもないし、この知らない家族が嫌いなわけではない。ただ、子供がいるとうるさいのだ。この宿はスペイン語学校に通う旅人が多く泊まるので彼らが勉強できる環境を作っている。同時期に映像クリエイターも宿泊していて、静かな環境でのんびりと編集作業を行いたいと聞いていた。家族に「他の宿を」と言おうとすると言葉を遮って「すでに2軒回りました」と言う。1泊だけならという思いで招き入れた。ところがここから僕の歯車、宿の歯車が噛み合わなくなってしまった。

飛び込みの客に僕は「金は取らない」と言った。彼女はそれではと言う。当然だと思う。でも僕の部屋はすでに物置部屋しかないかったのでそこで暮らしている。そんな部屋に泊めて金を取れるわけがないのだ。聞いているお客さんもどうするのだろうという雰囲気がある。彼らはお金を払っているのだから。
宿で勉強していた人はカフェに出かけて勉強するようになった。他のお客さんも静かなカフェでWiFiがあるところを聞いて出かけて行った。僕は自分が招いた結果に動揺した。宿としてきちんとしたサービスが提供できていないことに気がつき、問い合わせを断り、ネガティブな記事を書いてお客の足を遠ざけた。静かな場所だと聞いてやって来た女性を他のホテルに案内し、家族連れだけにして彼らが出発してから再度受け入れを再開しようと思っていた。そして電気が止まり僕の目論見は破綻した。

インフラが脆弱なグアテマラ。これまでも度々停電はあったし、水が来ないこともあった。それでもなんとか切り抜けて来た。僕はいつか停電と水が足りなくなることを予想できたのに、それに対応する策を練っていなかった。お金がかかるし、こんなトラブルが起きるとは思ってもいなかった。いや、わかっていたのに気がつかないふりをしていた。多くの旅人に泊まってもらいたいという身勝手な思いがいつのまにか勝ってしまっていたのに気がつかなかった。部屋を増やし無理に飛び込み客を入れ、自己満足に浸っていた。

客のいなくなった宿で僕は、宿の再開するべきかどうか迷っていた。少し休みたかった。ビザクリにメキシコへ行っている管理人のトモさんからはこの宿に来たいという人がいますと連絡が入っていたが、僕はこの宿はダメだと言ってくれと頼んだ。セシーはお客が減っていくことをどうしてだと聞いて来た。僕は今、全て断っていることを伝えるとなぜだと詰め寄る。僕は説明するのもめんどくさくなって休みも必要だよとあしらってしまった。翌朝、彼女は休んだ。

朝、僕は包丁を全て出して片端から一心不乱に研いだ。単純作業は全てを忘れさせてくれし、なぜか包丁を研いでいると心が落ち着いていくのだ。1本1本を丁寧に研ぎ上げた。朝の冷たい水で研ぎ上げた包丁はスッキリとしていてただ僕が彼らを使うのを待っているように見えた。
僕は宿の再開を決めた。初心に帰ろう。”迷ったらやる”は僕が旅を始めるときに決めたことだった。バイク旅、ロッククライミング、大陸横断、ダイビングそして宿経営。僕は迷ったらやって来た。それは素晴らしい経験をもたらしてくれたし、多くの友人を作ることができた。

僕は金物屋へ行き、発電機を買った。家具職人を呼んでこれまでの倍の大きさのダイニングテーブルを頼んだ。ガソリンをセシーに頼み、水のタンクから予備の分を抜いた。飛び込んで来た二人の客を招き入れ、SNSに宿再開の告知をした。食材をチェックして、不足分を補充した。山積みとなったシーツと毛布を洗濯した。部屋の扉を開け放し空気を入れ替えた。

買い出しへ出かけ、途中カバさんの店で親子丼を食べた。そういえばここで食べるのも久しぶりだった。留学中、なんども凹んだときにここへ来ては愚痴をこぼし、カバさんの受け流す口調に救われたんだっけ。今日もカバさんは変わらず同じ口調で僕の気持ちを穏やかにしてくれた。お気に入りのカフェに入り、大好きなアイスコーヒーを飲んだ。

宿を再開しました。僕の気持ちは変わりません。一人でも多くの旅人を泊めたい。宿としてきちんともてなしたい。この二つをこなすのはすこうしばかり厄介ではあるけれど出来ると信じています。
気張らず、きちんとものを言えるように、宿の色をこれまで以上にはっきりとkamomosiらしくやっていきます。kamomosiは旅人の宿です。僕は全ての旅人を応援していきます。

日々雑思 明けましておめでとうございます

もうすぐ年末年始がやってくるなぁと思っていたらあれよという間に満室になり、トモさんはメキシコへ、一人で出来るとタカをくくっていたら、飛び込み客やらなにやらでいっぱいいっぱいになってしまう。ベッドを奪われ、部屋を追い出され、屋上で一人テントに暮らすなんとも複雑な年越しになり、ちょっとクタリとなってしまう。
ともあれ、無事に年を越すことができ、お客も出て行ったので、一切の受け入れを断ってちょっとのんびりとカフェに出向く。セシーに私の仕事がなくなるではないかと叱れれたが、人生には仕事も休養も必要なのだよと上手いことを言ってごまかす。手のかかりそうな旅人はほっておいて、つかの間の休日を楽しんだ。

新年、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
昨年中に訪れてくれたすべての旅人の方達に感謝いたします。どうか良い年になりますように。

ネコ来る、ネコ去る
すっかり日が昇りきってしまった正午前、トモさんと買い物に出る。小道の真ん中で薄茶の丸い毛球がうずくまっている。犬が近づいても動かない。かなり弱っている様子でコレはダメだとすぐわかる。クビをひょいとつまんで土手の上に置いてやる。置かれたままの姿でまったくうんでもないし、すんでもない。そのままトモさんとメルカドへ向かう。
「ありゃダメだねトモさん。弱り切ってるよ。きっと昨日の夜、犬がやたらめったら吠えたてていたのはアレの所為だと思う」
「随分と鳴いてましたねー、アレがいたんですね、随分と弱ってましたね、きっと一晩中追い立てられていたんでしょうね、飼うんですか」
「ネコは拾ってもすぐ死ぬからヤダ、それにあいつは少し大きくなってるから、根性も曲がってしまっているよ、助ける気はないよ」

メルカドで買い物を済ませ戻る。先ほどの場所にまたちょこんと毛球がいる。カフェが近づいてフンスンと鼻を鳴らして嗅いでいる。それはまったく反応しない。もう一度クビをつまんでほっぽり投げてやろうと思ったが、くたりと垂れた姿が哀れになり、家まで持っていく。どうせ死んでしまうのだ。面倒を見るだけ無駄だ、やめておけと声がするが、試しにドックフードをくれてやると食べている。いくつか目の前においてやるとあっという間に平らげてしまった。水は飲まない。落ち着いたのを見計らって身体を見る。ひっくり返し、目をめくり、口の中、耳の中を見る、爪の間、肛門を見る。3階に連れて行き、タライに洗剤を垂らし、構わず水をぶっかける。水をかけられて抵抗するが力が入ってないので、あっという間に泡だらけにされ、すっかり力が抜けてしまった。ブルブルと震えているのでドライヤーで乾かしてやっている時に、やっと怒り出した。無理やり押さえて乾かした後、ポイと放り投げた。寒さと恐怖で震えはおさまらないけど逃げる様子もない。

10日間ほど飼い、随分と慣れて来てうちで飼おうと決め、名前をセンとつけた。子猫は癲癇を患っていて、時折激しく発作を起こした。見ていて気の毒だったけれど、調べると本人はあまりわかっていないらしい、辛くもないと書かれていたので注意しながら可愛がっていた。ある朝、発作を起こし脱糞してしまったので後でお風呂に入れてやろうと思い、庭に放してやっている間にどこかへ消えてしまった。まるで神隠しにあったよう。よく懐いていただけに一寸心が痛んだが、それはあの猫の選択だったのだと諦める。いさぎよく諦めることもここでは大切なのだから。

カフェにて

新しくできたカフェの屋上の工事が済んで、そこからの眺めが至極いいと教えてもらったのでトモさんと行く。日当たりがよく気持ちいい。目の前に湖が広がって周辺の村々も良く見ることができる。
コーヒーを飲んでいて湖に泳いでいる男を見つける。男は沖へ沖へと泳いで行く。入江の三分の一くらい行ったところで、水上バスが男を見つけ、近寄って行く。泳いでいることがわかると踵を返して目的地に向かうが、引き波が男を上下に揺さぶっていて、その度に男は立ち泳ぎしなければならない。どうやら反対岸の岬を目指しているようだけれど通りすがるボートの引き波に遊ばれてチョット嫌になってしまったのか立ち泳ぎをしながら後ろを振り返っている。すでに真ん中より向こうようりに行ってしまっているので「早く向こうへ泳ぎ切っておしまい」と思っているとトモさんも「泳いでますねぇ、随分と向こうへ行ったしまったけれど向こう岸まで泳ぐつもりなんですかねぇ」とぼんやりと言っている。「随分と小さくなってしまいましたねぇ、もう少し頑張れば向こう岸だから、石の上で休むことができますよ」と僕もぼんやりした返事をする。ここは日当たりが良すぎて二人とものぼせてしまったのかしら、日に焼けて赤くなってしまったかしらと自分の腕とトモさんの顔を見るけれど、二人ともすでに浅黒い顔をしているのでわからない。

急にトモさんが「ヒデさん碌な手伝いもできず、タダメシを食らってばかりですみません」と言う。「そんなこたぁないよ、ちゃんとやってくれているから感謝しているだーよ」「そうですか、それならいいんですけど・・」「あ〜それでいいよ」と言っているうちに男は向こう岸に泳ぎ着き、石の上によじ登った後、すっかり動かなくなってしまった。精も根も尽き果てたのであろうか、渡り切った満足感に浸っているのであろうか、帰りはまた泳ぐのであろうか、パンツいっちょで歩いて帰ってくるのであろうか。

店の工事をしている職人がやって来て「どうだいい眺めだろ、数週のうちにうちにここにも屋根をつけるし、椅子も置く、もっとよくなるぞ」と話しかけて来た。僕はせっかくの日当たりなのに屋根をつけたらのぼせなくなってしまうなぁと考えていると、トモさんが「ヒデさん、オートラ セマーナとプロキシマ セマーナってどう違うんですかプロキシマは次の週のことですよね、オートラは別の週じゃないですか、意味は同じなんですかねどう使うんですかね、使い分けているのですかね」と聞く。「来週とそのうちの違いじゃないかねぇトモさん。彼らだっていつ完成するかなんてわかってないんだから考えても仕方ないんだよ」といい加減に答えると「あ〜そうなんですね、便利な言葉ですねぇそう言う風に使っているんですね〜」と答えるので「行きましょうかトモさん」と言って席を立った。

ここのカフェはいつ行っても客がいない。閑散としているけれどコーヒーは美味しい。いつかサンペドロに来た際には行かれるがよろしい。