カテゴリー別アーカイブ: kamomosi

僕のスペイン語の話をしよう

僕のスペイン語の話を少し。現在の自分に至る経緯としてはこんな感じだという記事になっています。今回は留学に関する情報ではありません。

バイク旅でメキシコに入った時に僕は旅の一番大切なツールである英語を失って途方に暮れた。そうメキシコはスペイン語圏だったから。
毎日、ガソリンスタンドとタコス屋に行き、繰り返し彼等の口からこぼれ出る音を拾い続けた。英語で嫌という程痛い目に遭った発音とリスニングを勉強をしはじめる前からつぶしたくなかった。

グアテマラでスペイン語留学を合計5ヶ月する事になる。果して、中途半端な知識と旅に必要なスペイン語を手に入れた。自分ではだいぶ話せるようになったと喜んではいたけれど、カタコトで必要最低限の会話しかできない状態だったと気がつくのにそう時間はかからなかった。

宿をはじめた初日、ガスのボンベが切れてガスを注文することになる。がく然となる。電話で注文しなければならないのに”もしもし”がわからなかった。ガスボンベをなんと言うのか、この場所をどう伝えればいいのか、直ぐに必要だとどう言えばいいのか、電話を切る時はどう言うのだと途方に暮れてしまう。電話をかければ相手がなんと言っているのかまったく分からず、はたしてガスボンベが届くのかどうかもわからなかった。
それからは日常のすべてに困る事となる。とにかく生活に必要なスペイン語を知らなかった。女中を雇うと掃除、ルームメイク、料理につかう言葉がわからない。隣近所のつきあいや、光熱費などの支払いなど生活に必要なスペイン語が毎日山のように押し寄せてきた。

客との会話にも困る事となった。日本語の文法用語がわからない。「線過去と点過去の使い分けがわからないんですけど」と言われても僕にはその言葉の意味が理解出来ない。日本語の文法書をあわてて読んだ。

今では、文法的な事を聞かれればそこそこ説明出来るので知識は一通りあるらしい。でもそれは知っているだけ、話せないのが問題なのに頭ばかりがデカくなる。本は知らない単語さえ調べてしまえば理解はできる。朗読はまるで出来の悪い小学生並み。100回読んでもバカ丸出し。ボキャブラリーは恐らく聞いたら分かるけど、使えない単語を含めれば2000もあるかどうかといったところ。日常会話では多岐に渡るテーマやコミュニケーションとなるとちょっと自信がない。発音はLがいまだにダメ、アクセントやイントネーションを直されることも多い。聴き間違えもひんぱんにおこしてしまう。

よく見積もっても僕のスペイン語はこの通り。近所の馬鹿餓鬼にも劣る程度なのでこれから書くことはスペイン語が出来る人にはまったくもって役に立たない情報なので最初に断っておく。

今のスペイン語の勉強方

言語を学ぶにはいくつかの段階があると思っていて、時々に応じた学の機会が必要となるようだ。はじめは参考書や学校が必要だけれども、それではいつ迄も国語の教科書を朗読しているような話し方になってしまい、話中の相槌や会話をつなげるためのちょっとしたひと言は口から出ない。
知り合いに頼んで夜にすこし勉強をして見たのだけれど、どうしてもテクニカルな事に集中してしまい、話すという目的とはちょっと違う方向に進んでしまった。この学び方は違うと思いつつ、なかなか修整をすることが出来なかった。僕のスペイン語は学校にまじめに通っている生徒さんにも劣る酷いものになってしまった。

なかなか糸口が見つからない。女中さんに家庭教師も頼む事にした。彼女はスペイン語は話せるけれど学校の先生の様には教えることは出来ない。でも逆にそれが良かった。小難しい質問をしなくなり、言葉をそのまま受け入れた。そうなると買物やちょっとした頼み事などもスムーズにいくようになり出し、このころから話す事への垣根が随分と低くなった。と同時に自分のスペイン語が変わり始めたことに気がつく。宿の日常生活に必要な単語を覚えてしまうと側から見ればペラペラにみえてしまうのだと感じたのだけれど、自分のスペイン語が全くなっていない事も分かっているという変な感覚がつきまとった。相手も僕がスペイン語を話せることを前提に話すので勘違いや言い間違いが目に付くようになって来た。それが原因で女中さんのセシーは辞めてしまったのだけれどそれが僕の実力なのだとあらためて思い知る事となる。

僕はもう一度キチンと勉強しなおす必要性を感じて、本を買い、文法書を引っ張り出して、「読み」「書き」「話し」「聞く」をいっぺんに同時進行で勉強することにした。語学学習では各スキルが少しのタイムラグを置いて同時に伸びて行くものだと思っているので、何かひとつに特化して勉強するのは今の僕にとってはあまり良い勉強方法だとは思えなかったから。大嫌いだった書くこと、読む事を中心に分からないことがあればそのつど辞書をひき、文法書を読みなおした。新しく来た女中さんにもお願いして仕事のあと1時間のレッスンを受けている。レッスンでは本を全速力で読んで貰い、録音したものを何回も聞き、同じ速度で読めるまで練習を繰り返す。翌日、僕が朗読する。チェックしてもらい、発音や抑揚をなおしてもらう。読んだ文章をセンテンスごとに何が書かれているかを説明して、分からない単語は使い方をより詳しく教えてもらい、その場で文章を作って理解しているかをチェックした。文中の動詞はどの活用が使われているか書き出して、どうしてその活用が使われているのかを考えた。これまでぴんとこなかった活用が見え始めてきたのでより理解が早くなって話しの中で明確に使い分ける事ができるようになっていく。YouTube で流行りの曲を聴いて一緒に歌う。間違える事を承知で新しい構文で話し、あっているか、間違えている時は直してもらい、口が覚えるまで繰り返す。最近はもっぱらこの方法で自分のスペイン語を磨いているのだけれど果たしてこの方法があっているかかどうかはまだわかっていない。

スペイン語が話したいんだ

最近、スペイン語を話したくて仕方ない、英語もしかり。日常の生活には困っていないし、ことは足りているのだけれど、話していて自分がバカに思えてくるような、道徳も教養もない頭の悪さを露呈するようなスペイン語が嫌なのだ。まるでいつも真っ裸で歩いているような気分になる。
日本人だから、歳だから、性格的になどといった言い訳などまっぴらごめんで、何が何でも話したいと負けず嫌いの性格を丸出しにして勉強をしているのだけれど、いまいち上手くなっていない気がして仕方がない。聞けば「お前のスペイン語は正しい」と言われてもそんな訳があるはずなかろうと疑いの気持ちがムクムクと湧出していけない。

話し方がとろくさく、いちいち必要な単語を探さなければ口から出てこない、話していて間違えるたびに”あっ”とか”また間違えた”とかと四六時中感じているのが嫌で嫌で”お前は馬か鹿なのか”と自身に悪態をついている。

英語を習った時にも感じたこの苛立ちは、心にべっとりと張り付いて今でもはがすことが出来ないもので、こんなものに一生張り付かれていてはたまったものではない。早くひっぺがして捨ててやりたいとかきむしってはいるのだけれど、なかなか突破口が見つからない。

外国で暮らす、特に地元に根付くように暮らすとなると片言で済まないことが多々あって、ただ話せると言うだけでは片付けられない問題が出でくる。言葉はその国に住む人のアイデンティティの一部であって、その国の文化や人々の気持ちのありように深く根ざしていると思っている。言葉がとてもよく話せてもその国のジョークがわからなくてキョトンとしてしまうのはそのため。言い回しやエクスプレッションなどがいい例。単語自体に本来の意味を付加していなかったり、擬似的な有様を他の単語で表すような言い回しはその国を知らなければ話すことが出来ない。
感情や想像、推測を含む言い方にも苦労する。自分が持つ心の動きと使う言葉にズレが出てしまう。勘違いが起きて凹むのだ。痛い目を見るのだ。いらいらしたり、心がざわざわするのだ。

そう、僕は今、とってもスペイン語が話したくなったのに腰が引けて話せない時がある。そんな時、自分の中にある日本人を感じて、自分はこんな者ではないと悔しい思いをしている。

誰しもが通る道ではあるけれど、出来れば避けて通りたい。でも僕も御多分に洩れず泥沼にはまってしまったようだ。それでも僕にはスセリーやレオがいて、午前午後と彼らの情けを受けて一歩でも前に進もうともがいている。

僕は4年前にフィリピンで英語留学をしました。ほぼ話せない状態からのスタートは楽しくもあり、辛くもありました。それでも僕は英語を手に入れ、旅の途中にあっても困ることはなくなっていました。宿を始めて外人のお客さんが来ても簡単な意思の疎通はできる程度には話すことが出来ます。おそらくそれは当たり障りのない会話だからこそ支障を感じていないのだと思っています。でも語学にはその先がありました。日本語でなら出来ることが出来ない、込み入った会話をするには、もう少し勉強する必要があります。英語では到達する事のなかった世界がスペイン語で立ちはだかりました。幸いにもグアテマラで暮らす僕には多くの友人がいて機会にはとても恵まれた環境にいます。僕はその世界に踏み込んでみることにしました。

ここでの暮らしも一定の落ち着きを見せてきて、書くことがなくなってきたので、スペイン語についてちょっと書いていこうと思っています。
学校や家庭教師のこと、どう学ぶのが効率的なのか、先生とのマッチングや日本人にありがちな癖、目標設定やレベルによる学び方などを僕なりの時点で言い放ってみてもいいのかなぁと思っています。

日々雑思 筆が遅くて

めっきりと更新が遅くなっています。サンペドロの生活で日々感じる事はあるのだけれど、どう切り取ったものかとあぐねてます。

セシー辞める

ある日、妹のスセリーがやってきて「お姉ちゃん怒って他の仕事みつけちゃって働き出したよ」と言う。呆気にとられる僕。まぁ辞めてしまったのはしょうがないと思いなおし「そうなんだ、わかった」と答える。スセリーもちょっと困惑した顔をしている。

ことの始まりは「週末の金曜日を休みたいと」セシーが言うので、休みをあげたことからはじまった。金曜日は何事も無くすんだのだけれど、日曜日にセシーからメッセージが届いた。そこには明日休む事が書かれていたので、セマナサンタの今週はなにかとあるのだと思い、来週は休んでも良いからと返信をした。土日に働きにきているアナに来週働けるかと聞くとできるというので僕はアナに仕事を頼んだあとにセシーから月曜日に行くと返信が返ってきた。僕はすでにアナに頼んだから再来週からと答えた。

セシーはふだんネット環境をもたない。僕が見たメッセージは実は金曜日にセシーが念の為に送信したメッセージだった。ところがセシーはメッセージが送られる前にネットを切ってしまいメッセージは宙ぶらりんのままとなっていた。日曜日にセシーがネットにつなぎなおしたときに未送信だったメッセージが僕に届いた。

僕は月曜日の事だと思ったので快く休ませてあげたつもりだったのだけれど、セシーからすると突然休めと言われてカッと頭に血がのぼってしまったらしい。すぐさま新しい仕事をみつけて1週間だけ働こうと思ったみたいだけれど長く働いてくれと言われ承諾してしまったと言うのが事の顛末。グアテマラ人気質というか、僕の想像外の事でぶち切れてしまい、対応する間もなく事を運んでしまった。隣りのドーラやアデライダもそうであることからこのへんの女性の気質なのかも知れない。

タクアシンヲタベテミタイ

その動物を見たのはカンクンの宿。鼻がすんなりとしてシッポがひょろりとした狸くらいの動物。どうやら食べられるらしい。「身は鳥肉、味は豚肉だ」という。「何処にいるのだ」と聞くと「そのへんにいる。夜に出る」という。「食べたことがあるのか」「ない、でもお爺さんが食べていた」「お父さんは食べたことがある」「お前も食べたいのか、今度摑まえておいてやる」などと様々な答えが返ってくる。

ある日、屋台へいく。ブタアバラのBBQを頼んだのだけれど、サイズが小さい。骨と骨の間が狭い。「これはブタか」「そうだ」「タクアシンを知っているか」「知っている、食べたいのか」「これはブタか」「そうだ」「タクアシンハブタノアジガスノデアロウ」「ソウダ」「コレハブタカ」「ソウダ」疑惑は残ったけれどどうやらブタらしい。村のみんなが知っているが食べた事がある人の話を聞いた事がない。鶏肉の見てくれで味は豚とは何とも変わった動物が近所にいるのであれば是非とも一度賞味してみたいものだ。

セマナサンタ
キリストさんが死んで復活するまで祭のこの期間。村には出稼ぎに行った人々が帰ってくる。メルカドは夜までにぎわい、通りには屋台がいつもより並ぶ。人の通りもいつもより多く、見たことが無い顔が見た事がある顔と連れだって歩いている。家族のようだ。ロープ屋の店先に並ぶ腕時計を楽しそうに選ぶ人がいる。中古のニセモノだけれども買ってももらっている方はニコニコと嬉しそう。「今日はなんで人が多いのだ。セマナサンタだからか」と聞く。「出稼に出ていた人が家族のもとに帰って来ている」とロープ屋のオヤジが教えてくれた。
通りに出るとなんだか恥ずかしそうな顔をした子どもが新しい洋服をきせて貰い父親らしい男に手を引かれている。子どもとしてはいつもは居ない父親の手に引かれて歩くのがなんだか恥ずかしいやら、うれしいやらなのであろう、微妙な顔をしているが屋台で大きいほうのケサディーヤを買ってもらい喜んでほう張っている。

まだ子供のころ、田舎の弥八さんが出稼ぎに来ているので今日は家に泊るからと母親が言って布団を敷いていたのをふいに思い出した。40年程も前のことなのに。弥八さんは福島から冬の間東京で働いていると言う。どうして東京で働いてるいるのか僕にはわからなかったけれど、何か大変なのだということはわかった。ここに住む人達も同様に半年も家を開けているのかと昔の日本と重ねて見てしまう。
せっかくの帰省だからごちそうを用意してふだんの労をねぎらってあげる家族の姿がそこにはあった。プロセシオンとよばれるキリストが自分が磔にされる十字架をかついて歩かされる様子を模した像を乗せた御輿をかつぐ行列が目の前をゆっくりと通りすぎる。横切ろうとした親子連れ、子どもはちょっとけつまずいて、手に持っていたカットフルーツを落してしまい、半泣きの顔になっていた。それを見た父親は笑って子どもをなぐさめている。父親の背中に大きな十字架が見えた気がした。

新しい物差しを手にいれた件

久しぶりにたまげてしまった。何がきっかけでそれを知ったかは、あまりにも驚いてしまったので忘れてしまったけれど、彼女の説明はこうだった。

「神が私たちを作ったのよ、ヒデキ、猿じゃないわ」
「でも学校では…スペイン語でなんて言ったかなぁ、セシーDarwinを知っているだろ」
「誰、あっダルウィンのこと、もちろん。私たちが猿から進化したって言うあれのことでしょ、あんなのありえないわ、それとビックバンとかここの村では誰も信じていないわよ。学校では習うけど、先生だって「本当は違うけど」って授業のときに言っているわ」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!マジ?」
「だってどやったら、猿が人になるの、ありえないでしょ」

僕はあまりの衝撃に言葉が継げなかった。どう僕の常識を彼女に告げたものか、頭ごなしに否定など到底できっこなので、これは厄介だけれどもっと聞いてみたい、彼女の考えをどうしてももっと聞きたかった。僕はノートと鉛筆を用意する。何が厄介なのかというと進化論をスペイン語でどう説明すればいいのかわからなかったから。

「セシー、恐竜を知っているかい?」
「もちろんよ、あなたは神はいないって言うけどどうしてそう思うの、私に説明して見なさいほらほら」
「彼らが生きていた時代に人間はいたかい、それとも神が僕らを作ったのはそのあと?」
「知らない、でも全滅したんだから、そのあとでしょ」
「神が作ったのならなんで恐竜の時代に僕らはいなかったんだろう、まぁいいや。セシー、僕らも動物と一緒で、4本の手足があって、耳や目を持っているよね。他の犬や猿も似ているよね、虫は体が3つに別れているし、足も6本やたくさんあるから違う生き物だよね」
「……..]
「ガラパゴス島を知っている?」
「知らない、どこ」
「じゃぁいいや、太平洋の小さな島だけど知らないならいいよ、問題ない。オーケーそれじゃ、ここはアフリカ、ヨーロッパ、アメリカ、日本はここ、オーストラリア…」

僕は世界地図を書きながら大陸の絵を書いた。

「むかーし、むかし、僕らはここで生まれたと言われてるんだ。アウストラロピテクスという最初の人間」
「本当に!」
「なぜ、それがわかったかたというとね、あちこちの地面を掘って骨を探したんだ。見つかった骨を調べたらなん年前のものかがわかるからね」
僕は自分が知っている猿人の見つかった場所と年代を書いていく。彼女はちょっと驚きながら興味深そうに見ている。

「ヒデキ、どこで習ったの、全部覚えているのか」
「学校だよ、全部じゃないし、間違っているかもしれないでもね」

僕は世界地図に書き終えると矢印を書き込んだ。

「ほらね、人類は旅をしたんだ。ここからこう、こっちからもこう、そしてグアテマラにも」
「はーん」
「もし、神様が僕らを作ったとしたら全部おんなじ年代になると思うんだ。僕らは肌の色が違うだろ、ここは黒、ここは白、ここは茶色、ここは黄色、どうしてだろね、例えばここ、アフリカは黒だよね、どうしてだろ、白かったら真っ赤にやけて痛いでしょ、だから黒くなって気候に適応したんだよ、旅をして北にいくとその必要がなくなって白くなったんだ」
「本当に!、アメリカ白いわ、でも途中で日本は黄色いじゃない、あなたは黒いけど」
「うん、僕はもうグアテマラ人だからね、アメリカはイタリアやイギリスから100年くらい前に引っ越してきたんだ、アメリカにはインディオが先に住んでいたのだけれど、彼らは追い出されちゃったのさ、だから彼らは君たちと似ているでしょ、僕らは旅をしながら変わってきたんだ、気候によっていらないものを捨てて、必要なものを手に入れてきたんだよ。イグアナを知ってるだろ、ここのは陸にしかいないけど海に住んでいるイグアナもいるんだ。彼らはご飯を海に食べにいくことを選んだんだ、だから水かきがあったり、流されないように爪が伸びたりしてるんだ、それに最近は陸と海と両方いける奴が出てきたんだよ、それが進化論」

彼女はとても面白い話を聞いているように見えた。僕の言葉に素直に驚き、まるで初めての話を聞いているかのようだった。

「キリストっているじゃない」
「ヒデキはいたと思うのか、それともおとぎ話だと思うのか」
「いたと思うよ。35、6歳のガリガリに痩せて血だらけのキモいおっさんだよね」
「ノー、ぜんぜん違うわ」
「彼は”ナザレのイエス”と呼ばれていて、実在したと言われてるよ。彼が奇跡を起こしたかどうかは知らないけど、一旦、死んで7日後に」
「3日後よ」
「あーごめん、3日後に生き返ったんだろ、ゾンビだな」
「ノーヒデキ」
「君たちは聖書を持っているだろ、でも聖書にはもう一つ種類があってここにいる人たちが使っているんだ」

僕は世界地図のイスラエルを刺した。

「その本には人間が悪いことをしたから、神様が怒って洪水を起こして全てを滅ぼすんだ。でも神様に選ばれた動物と人間が船に乗せてもらって助かるんだよね」
「あ〜ん、#$%&’のことね」
「なんだって?もう一回、まぁいいや。昔、ローマ帝国で王さんに仕えていた家来がいて、ある日王さんから何か皆の衆をうまくコントロールできる方法はないものかと聞かれたんだ、家来は帝国を出てあちこちを探して回ったんだ。そして見つけたのがこの本”旧約聖書”だよ。彼はそれを持ち帰って王さんに「いいもんみっけました」と言ってその本を渡したんだ。王さんは「こりゃいいね、でも問題が一つあるじゃないか、助かるのはユダヤ人だけなのはいただけないなぁ、なんかいい考えないの」と言う。彼は「それじゃ、こうしませう。救世主伝説に書き直しちゃいましょう。ケンシロウとラオウ…おっと間違えました。最近イエスって奴がいるんですけど結構有名人でして、彼のこと使っちゃいますね、復活神降臨は受けますよ、はいコレ」と言って
新訳聖書を出したんだ。王さんはたいそう喜んで「これこれこれ、満足じゃ、褒美をくれてやろう、お前さんが死んだらバチカンに大きな墓を作ってあげよう、パウロ君」」

僕はセシーの顔色を見た。彼女は興味津々で話に食いついている。

「そして君たちが使っている聖書はできたんだ、マルティンルターっておっさんがラテン語で書かれた本をドイツ語に書き直してみんなが読めるようにしたんだけどバチカン怒っちゃってね、でもカトリックがイヤになっちゃったイギリスの王さんとかが作ったのが君たちのエバンヘリコ(プロテスタント)だよ。もちろん僕は君たちが宗教を持つことは尊重しているし、いいことだと思うよ、僕が話したのは歴史?、事実?本当のことはわからないけど、勉強ではこう言われてるよ。ここには二つのことがあるんだ。歴史や史実と宗教や人の信じる心のことなんだ。この二つは別のことだから、でもねセシー知識はとっても君の人生にとって大切なものだから、むやみに否定や拒否はしてはいけないんだ。この二つの話は別のものなんだ、一つはキミの脳みそに入れておけばいい、もう一つは君のコラソン(ハート)にしまっておくことなんだ」
「ふ〜ん…………………..」

彼女が納得したとは思ってもいなし、彼女の信じるものを壊してしまったかしらとちょっと心配になったけど彼女は何かを感じたように見えた。それでも彼女は神を信じているし、それはそれでいいのだ。神でもいなけりゃこの場所で一生を過ごすことなんて到底できないのだから。僕は信仰を持たないので、”神”と言うものがピンとこない。ただ、教会で毎日のように一心不乱に何かを唱えているのを見ていて、こうした単純作業が人の心に何かを植え付けるにはとってもいいのだと言うことはわかった。進化論を信じない人に出会ったことは僕にとってとっても大きな喜びだった。僕の旅はまた一つ新たな物差しを手に入れることができた。

日々雑思 明けましておめでとうございます

もうすぐ年末年始がやってくるなぁと思っていたらあれよという間に満室になり、トモさんはメキシコへ、一人で出来るとタカをくくっていたら、飛び込み客やらなにやらでいっぱいいっぱいになってしまう。ベッドを奪われ、部屋を追い出され、屋上で一人テントに暮らすなんとも複雑な年越しになり、ちょっとクタリとなってしまう。
ともあれ、無事に年を越すことができ、お客も出て行ったので、一切の受け入れを断ってちょっとのんびりとカフェに出向く。セシーに私の仕事がなくなるではないかと叱れれたが、人生には仕事も休養も必要なのだよと上手いことを言ってごまかす。手のかかりそうな旅人はほっておいて、つかの間の休日を楽しんだ。

新年、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
昨年中に訪れてくれたすべての旅人の方達に感謝いたします。どうか良い年になりますように。

ネコ来る、ネコ去る
すっかり日が昇りきってしまった正午前、トモさんと買い物に出る。小道の真ん中で薄茶の丸い毛球がうずくまっている。犬が近づいても動かない。かなり弱っている様子でコレはダメだとすぐわかる。クビをひょいとつまんで土手の上に置いてやる。置かれたままの姿でまったくうんでもないし、すんでもない。そのままトモさんとメルカドへ向かう。
「ありゃダメだねトモさん。弱り切ってるよ。きっと昨日の夜、犬がやたらめったら吠えたてていたのはアレの所為だと思う」
「随分と鳴いてましたねー、アレがいたんですね、随分と弱ってましたね、きっと一晩中追い立てられていたんでしょうね、飼うんですか」
「ネコは拾ってもすぐ死ぬからヤダ、それにあいつは少し大きくなってるから、根性も曲がってしまっているよ、助ける気はないよ」

メルカドで買い物を済ませ戻る。先ほどの場所にまたちょこんと毛球がいる。カフェが近づいてフンスンと鼻を鳴らして嗅いでいる。それはまったく反応しない。もう一度クビをつまんでほっぽり投げてやろうと思ったが、くたりと垂れた姿が哀れになり、家まで持っていく。どうせ死んでしまうのだ。面倒を見るだけ無駄だ、やめておけと声がするが、試しにドックフードをくれてやると食べている。いくつか目の前においてやるとあっという間に平らげてしまった。水は飲まない。落ち着いたのを見計らって身体を見る。ひっくり返し、目をめくり、口の中、耳の中を見る、爪の間、肛門を見る。3階に連れて行き、タライに洗剤を垂らし、構わず水をぶっかける。水をかけられて抵抗するが力が入ってないので、あっという間に泡だらけにされ、すっかり力が抜けてしまった。ブルブルと震えているのでドライヤーで乾かしてやっている時に、やっと怒り出した。無理やり押さえて乾かした後、ポイと放り投げた。寒さと恐怖で震えはおさまらないけど逃げる様子もない。

10日間ほど飼い、随分と慣れて来てうちで飼おうと決め、名前をセンとつけた。子猫は癲癇を患っていて、時折激しく発作を起こした。見ていて気の毒だったけれど、調べると本人はあまりわかっていないらしい、辛くもないと書かれていたので注意しながら可愛がっていた。ある朝、発作を起こし脱糞してしまったので後でお風呂に入れてやろうと思い、庭に放してやっている間にどこかへ消えてしまった。まるで神隠しにあったよう。よく懐いていただけに一寸心が痛んだが、それはあの猫の選択だったのだと諦める。いさぎよく諦めることもここでは大切なのだから。

カフェにて

新しくできたカフェの屋上の工事が済んで、そこからの眺めが至極いいと教えてもらったのでトモさんと行く。日当たりがよく気持ちいい。目の前に湖が広がって周辺の村々も良く見ることができる。
コーヒーを飲んでいて湖に泳いでいる男を見つける。男は沖へ沖へと泳いで行く。入江の三分の一くらい行ったところで、水上バスが男を見つけ、近寄って行く。泳いでいることがわかると踵を返して目的地に向かうが、引き波が男を上下に揺さぶっていて、その度に男は立ち泳ぎしなければならない。どうやら反対岸の岬を目指しているようだけれど通りすがるボートの引き波に遊ばれてチョット嫌になってしまったのか立ち泳ぎをしながら後ろを振り返っている。すでに真ん中より向こうようりに行ってしまっているので「早く向こうへ泳ぎ切っておしまい」と思っているとトモさんも「泳いでますねぇ、随分と向こうへ行ったしまったけれど向こう岸まで泳ぐつもりなんですかねぇ」とぼんやりと言っている。「随分と小さくなってしまいましたねぇ、もう少し頑張れば向こう岸だから、石の上で休むことができますよ」と僕もぼんやりした返事をする。ここは日当たりが良すぎて二人とものぼせてしまったのかしら、日に焼けて赤くなってしまったかしらと自分の腕とトモさんの顔を見るけれど、二人ともすでに浅黒い顔をしているのでわからない。

急にトモさんが「ヒデさん碌な手伝いもできず、タダメシを食らってばかりですみません」と言う。「そんなこたぁないよ、ちゃんとやってくれているから感謝しているだーよ」「そうですか、それならいいんですけど・・」「あ〜それでいいよ」と言っているうちに男は向こう岸に泳ぎ着き、石の上によじ登った後、すっかり動かなくなってしまった。精も根も尽き果てたのであろうか、渡り切った満足感に浸っているのであろうか、帰りはまた泳ぐのであろうか、パンツいっちょで歩いて帰ってくるのであろうか。

店の工事をしている職人がやって来て「どうだいい眺めだろ、数週のうちにうちにここにも屋根をつけるし、椅子も置く、もっとよくなるぞ」と話しかけて来た。僕はせっかくの日当たりなのに屋根をつけたらのぼせなくなってしまうなぁと考えていると、トモさんが「ヒデさん、オートラ セマーナとプロキシマ セマーナってどう違うんですかプロキシマは次の週のことですよね、オートラは別の週じゃないですか、意味は同じなんですかねどう使うんですかね、使い分けているのですかね」と聞く。「来週とそのうちの違いじゃないかねぇトモさん。彼らだっていつ完成するかなんてわかってないんだから考えても仕方ないんだよ」といい加減に答えると「あ〜そうなんですね、便利な言葉ですねぇそう言う風に使っているんですね〜」と答えるので「行きましょうかトモさん」と言って席を立った。

ここのカフェはいつ行っても客がいない。閑散としているけれどコーヒーは美味しい。いつかサンペドロに来た際には行かれるがよろしい。

今年のご報告

まずはこのブログを見に来てくださった皆様に
今年もたくさんの方々が拙いブログを読んでくださいました。ありがとうございました。宿が忙しく、更新がなかなかできないにも関わらず購読を続けていただき感謝しています。

今年は2万人を超える方がこのページを見に来てくださいました。閲覧回数は57000回を超えました。この数字は昨年を大幅に超えるものでした。4年目にしてこんなにたくさんの人の目にとまるようになったことは僕にとって大きな励みとなっています。

106カ国で閲覧され90カ国で複数回の閲覧がありました。まさかこんなに多くの国から見てもらえるようになるとは思いもしませんでした。宿を始めたことが大きな要因であることは想像がつきますが、宿を始め1年でこうした国々を旅する人、またはその国に住んでいる人が見てくれるなんて4年前には思いもしないことでした。

旅を一旦中断する形でグアテマラで宿を始め、この1年で300人を超える方たちがこの宿に訪れて、僕にとても大きな影響を与えてくれました。毎日が新鮮な驚きに満ち満ちて、非日常の世界が僕を楽しませてくれ続けています。それは旅にも劣らないほどの素晴らしいものであって僕の好奇心を刺激してやみません。日々目に留まるたわいもないことが実はとても面白いことだと気がつくようになり、それを日々雑思として綴っているだけのブログが多くの方の目に止まることに戸惑いと、畏れ多さを持ちつつも書き続けて来て良かったと思っています。

一足先に宿は2年目を迎え、新たな年も楽しいことが目白押しとなっています。遅筆でなかなか公開するに至らない記事や書きたいことがまだまだ山ほどありますが、それはまた来年に。

私ごと
僕のスペイン語はこの1年で大きく成長しました。特に勉強らしいこともせずに日々の生活の中で少しづつ伸びて来た僕のスペイン語の感覚は日本語と変わらないほど身近なものとなりました。ふと気がつくとスペイン語で考えている自分に気がついたときは気恥ずかしさと嬉しさがないまぜになった気分でちょっと鼻が高くなった気分になることがありました。市場の人、近隣住民、友人、女中のセシーみんなが作り上げてくれている僕の新しい
アイデンティテーはまだまだ未完成ではありますが、大きな希望を僕にもたらしてくれています。一方でいよいよもって怪しくなって来た英語。もう少しなんとかしなければと焦りばかりが先行して、思うに任せない状態が続いています。せっかく手に入れた旅のツールを手放してしまっては勿体無いのでなんとしても捕まえておかなくてはと思っています。

最後にブログを見に来てくださった全ての人と友人たちへ
今年もお世話になりました。来年もよろしくお願いいたします。
良いお年をお迎えくださいませ。

HIDEKI

小さな旅を

せっかくの海外旅行なので少し贅沢な宿に泊まり、ちょっとした自分へのご褒美とする。ホテルには異なる匂いがあっていい。少し古臭い、旧家の納戸に似た感じのところもあれば、清潔なシーツから立ち上る匂いのところもあって楽しみの一つ。匂いは旅の重要な記憶の一つで、いつかその匂いを嗅いだだけで遠い記憶が鮮明に蘇ってくる。

市場の匂い。道売りの生地の匂い。屋台の匂い。道ゆく人の発する匂い。夜の人気のない道の匂いは僕の記憶に鮮明に刻まれていく。朝のカフェで向かいの人が飲んでいるオレンジジュースの香りと陽だまりに置かれた朝食の風景がこの町の記憶として残った。

友人に会いにいく。一人は新しく宿を始めた友人で、夫婦で1月前からやっている。新しい宿はまだ未完成な部分が多くあってこれから彼らの宿の匂いが染み付いていくのであろう。もう一人は古くから宿をやっている友人で、こちらはすでに確固とした匂いがあって、力強い。僕とはまったくタイプが異なる人柄でけれど、僕は好きだ。

翌朝、市場に行きスパイスを大量に買う
chile mulato
chile chipotle
chile pasilla
gusanillo
chile ancho
tomillo
oregano
clavo
comino
aniz
carne de soya

大量に買い付け、いちいち匂いや質をチェックして「これはどう使うのだ」「辛いのか」「なんの料理に使うのだ」「これを試してみたい、あれはなんだ、英語ではなんと言うか知っているか」「あれを持っているか、これはあれとは違うのか」あまりにも質問ぜめにするものだから店主がレストランのシェフだと勘違いして、どこの店だと聞いてくる。グアテマラに住んでいることを伝えると、レストランをやっているのかと言うので、宿で食事を出していると答える。
よく料理人かと聞かれるが、果たして僕は料理人なのだろうか。料理人とは一体どんな人のことを言うのだろう。僕はそれを語っていいものかどうか未だに疑心暗鬼でいる。

国境に近い街に移動する。ローカルバスを使うと、これまで通い慣れた道もちょっと違って見える。安く、フレキシブルに移動できると旅の幅が広がっていい。町外れのバス停で降りる。安宿を聞いてそこへ飛び込む。最近はすっかりこうした宿とのやり取りは慣れたもので、部屋、シャワー、ワイファイをチェックして2晩泊まると伝える。
いつもと違い、客としてこうしたことを聞いていると随分と違った
気持ちになる。予備のタオルと毛布を頼み、町のことを聞く。明日の買い物の下見にアメリカで有名なマーケットに行く。時間がたっぷりあるのでじっくりと眺めていたら3時間も経っていて驚く。欲しいものはたくさんあるけれど、少しずつ。

翌朝、ホテルで時間を潰していると従業員が声をかけてくれる。この辺りはカフェとかあるのかと聞くとセントロへ行けと言う。数ブロック歩きセントロへ。賑やかすぎなくていい。セントロに面した数件のカフェをよくよく吟味してちょっと高級そうなカフェに決める。ビシッと黒のチョッキに太めの身を包みんだギャルソン風なのが気に入ったから。ここのコーヒーは残念ながらあまり美味しいとは言えなかったし、立ち振る舞いはラテン丸出しだけれどヨーロッパのカフェにいるような気分になる。

映画館に行く。スターウォーズを観る。3Dのメガネをかけ、飛び出すスクリーンに感激する。久しぶりに見た映画は文化的な気持ちにしてくれた。外国で映画を観るなんてちょっとしゃれた気持ちにもなる。なおさら気分がよろし。

再びセントロへ戻り、違うカフェに入る。なぜスペイン語を話せるのかと聞かれる。グアテマラで習った。今はそこに住んでいる。だから話せるのだと答える。英語はできるのかという。少し話せるが、今はだいぶ忘れてしまって、スペイン語の方がいいと言うと。ちょっと驚いて英語も習ったのかと聞くのでそうだと答える。こんなおっさんが話すことに驚いているのか、度々話しかけてきてチョットうるさい。
靴磨きの男の子がやってきて僕のサンダルを見て諦めた。次々とやってくる物乞い。饐えた臭いはいつか嗅いだものだった。ポケットか小銭を出す。以前とは違い嫌悪感に似た気持ちは不思議と湧かなかった。僕は老女の手に包み込むように小銭を入れた。

根も葉もない噂を立てられ困っていますよ。リスペクトを忘れた馬鹿者

先日、うちでお願いしている家庭教師とのレッスンは意味がなかったという噂があると、心配した友人のカバさんが連絡をくれた。僕はすぐにピンと来た。

家庭教師のレオはとても穏やかで辛抱強く生徒が発言するまで待ってくれる。それは彼の最大の長所で、初心者、特に日本人はシャイな人が多いので初めは口が遅く、あせりばかりが先立ってしまい、自信を持てなくなってしまう。先生がイラつきを見せたりすればなおさら。日本人の気質を知るレオは正に初心者にはうってつけの先生だと僕は自信を持って勧めている。学校で教えていた経験のある彼は、ある程度文法の知識は持っているが、現役の先生に比べれば見劣りがするのは否めない。それでも時間には必ずやって来て、すっぽかすこともなく、真面目な彼はこの村では数少ない優秀な家庭教師の一人だと思う。

あるお客さんが「スペイン語を習いたい」というので学校と家庭教師の案内をすると「学校は高いので嫌だ」という。彼はすでに他の場所でスペイン語を学んで来ていたので、家庭教師では物足りなくなるであろうことを伝えても頑としてこちらのいうことは聞かなかった。そこでレオを紹介した。初めは「気に入った」と言っていた彼の顔が曇りだしたのは数日してから、僕はそうであろうと見当がついた。
マリアは僕のスペイン語の先生で学校で働いている。この宿へは毎晩皿洗いに働きにくる。訳あって彼女にはお金が必要なのだ。彼女はこの村でも指折りの先生で、教え方、文法の知識も豊富。前述の彼があまりにも悩んでいるので僕はマリアにちょっと助けてもらうことにしたのだ。本来、学校で働いている先生はうちでは使うことがない。ほとんどの学校で家庭教師は禁止しているので、もし見つかれば彼女たちは首になってしまう。

彼の質問を聞いたマリアは、スラスラと質問に答え、彼も納得がいったようだ。僕は彼に「これが学校の先生のスキルだよ」と教えてあげたのだ。彼はそれをいたく気に入って、マリアに家庭教師を頼みたいとしきりにせがまれたが、僕は学校との約束があるからそれはできないと断った。

ちょうど閑散期の終わりの時期、学校の先生たちは少しでも金を稼ごうと学校に内緒でうちの宿に売り込みに来る。彼らの言い分は「学校はもうやめた、一緒にやらないか」というものだ。そんな彼らをその青年がほっておくわけがない。早速、レッスンを受ていたがどうも気に入らないらしい。そもそもそうやって売り込みに来る先生は初めに仕事を干されてしまう、スキルの低い先生が多いのだ。彼の不満は募るばかり、他の先生はいないのか、もっと安く教えてくれないのかと毎日のように言いだしてしまった。

僕は彼にこの村で家庭教師だけでスペイン語をマスターするのは難しいのではないかとアドバイスしたが聞き入れるつもりはないらしい。ついに手癖の悪い先生に手をだし始めたのでこの宿ではできないのでカフェにいってくれないかと頼んだ。そんな折、ある学校の先生が辞めたので彼に進めるといたく気に入ったようで、せっせとレッスンに通いだした。しかしレッスンでは文法ばかりだと言い出す始末。僕は彼にどうしたいのか聞いてみることにした。彼の希望は次の通り

相性がいい先生がいい
明るい先生がいい
間違いを直してくれる先生がいい
話題が豊富な先生がいい

どれも抽象的であったので僕は

相性は自分のことなので試してみないとわからない
性格は皆明るいので問題はないでしょう、そもそも明るいとは何をさしているのだい?
間違いは直してくれているでしょう?言い回しの違いを直す先生はそんなにいないでしょ、第一、君は自分の話し方がポピュラーな言い回しかどうかを気にしているだけで間違ってはいないのだから君の言う間違いを直してくれる先生はいないよ
どんな話題がいいのか教えてくれないか、好きな話題を提示すれば先生だってやりやすいし、第一、君の好きな話題を何も言わずにわかってくれる先生などいないよ

彼は納得がいかない様子で「新しい先生を見つけてきた、隣に住んでいる」と言う。僕は「彼女は学校で働いているではないか、うちでは使うことはできないといったでしょ」と言うととにかく話をしてみたいと言うので渋々、先生のところへ赴いた。

彼女にどんな話題を持っているか聞いてごらんと促すと彼は先生に質問する。先生は「グアテマラのことやマヤについてかな」と答える。彼は「それはつまらないから嫌だ」と言う。すかさず先生は「どんな話題がいいの?」と聞き返す。彼はしばらく黙って「僕の楽しい話題」とだけ答えた。僕の楽しい話題が赤の他人の先生にわかるわけもなく僕は先生と顔を見合わせてしまった。最後に彼は先生に値段を聞くと至極真っ当な金額を言われ顔を曇らせた。

宿に帰り、ここの人たちはネイティブじゃないから教えられないのだと見当はずれのことを言いだした。確かにここの人たちはマヤの言葉を話すが、それがネイティブではないと言うことにはならない。僕らに比べ得ればとても上手に話すことができるのだから。彼は正しいスペイン語を習いたいと言うが、僕には正しいスペイン語がなんであるかわからない。スペインのスペイン語が正しいのなら、彼はスペインに行くべきだ。そもそもスペインだって地方により発音が違ったり、南米とは異なる言い回しをするが、一体どっちが正しいなどあるのかと困惑してしまった。

彼はさらに他の先生を知らないかと食い下がる。僕はこの村には君の求めることを満たす先生はいないよ、どうしてもここで見つけたいのならバーやカフェに先生募集の紙を貼って連絡を待てばいい、きっとすぐに連絡があるはずだと教えて上げた。しかし彼は不満そうに近所の女の子や女中さんのセシーはどうだと言うので、近所の女の子だったら5ケツで教えてくれるだろう。会話がしたいのなら、彼女たちをパナハッチェルにでも誘って行ってくればいい。もしセシーを使うならそれは家庭教師として使ってくれ。彼女のスペイン語は正しい、そして僕は彼女に仕事としてスペイン語を教えるように言っているから当然、料金は発生するよと突き放した。

僕は、クオリティーを求めるならそれなりの料金を払わなければ難しいと言うと、彼はだって高いじゃないですかとふくれてしまった。一体彼はどこからやってきたのだと不思議に思ってしまった。自国で学ぶより十分に安い価格で高いクオリティーのスペイン語を学べるのに一体何が高いと言うのだ、彼らの報酬は安く、外国て言語を学ぶチャンスなどなきに等しいと言うのに、学費を払い大学で学んできた彼らの努力を一切見ようとせず、安く買い叩こうとする彼の姿勢は到底受け入れることができなかった。彼にはリスペクトする心がないのだ。

僕は、これ以上学校の先生を買い叩くようなことをするのなら、この宿にはいることはできない。安いホテルに泊まり、浮いたお金で学校に通いなさいと言った。彼はご飯がまずい、朝食がつかないなどグダグダと駄々をこねていたが、僕の態度が変わらないので諦めた。

噂のことを聞いたのはその数日後、僕は彼がレオとのレッスンが無意味だったと言っていることを聞いて、とても残念な気持ちになった。自分のやりたいことを、自分の好きなことを、やってくれないと嘆き、お金は払わず、クオリティーだけを求める自分勝手極まりない。それを棚に上げて、吹聴して回ることだけはいっちょまえにやるのだ。

レオの名誉のために僕は言っておく。彼の良さは穏やかで知的に話ができることだ。学校とは違い、日常会話によく出てくるフレーズなどを挟みながら、根気強く教えてくれる家庭教師は少ない。そんな彼の名誉を傷つけるようなことは、決して許せないし、今回の噂話は真っ赤な嘘だとはっきり言っておく。

日々雑思 ちょっと前のことだけれど

大工のミゲルにテーブルを頼む。天然木のがいい。丸くなくていい。味のあるテーブルにしてくれるかと聞くと。「出来る。すぐ出来る」と言う。いくらだと聞くとしばらく考えて「あーうー、1つ250だ」と言う。そして「2つ必要か、2ついるだろう」と言うので2つ頼んだ。数日後持ってきたテーブルの出来の悪さに怒ると「コレはオレガツクッタモノデハナイ」と言うので「ヤリナオシテコイ」と叱ると、すごすごと帰ったきり、来なくなった。たまに電話が来て言い訳をしているから気にはなっているのであろう。どうするのか、もう少し待ってみたがラチがあかないので自分で作り直してしまった。2階のベランダに設置したテーブルは最初からそこにあったかのようにピタリとはまった。

廊下のベンチに腰を下ろしていると。うつらうつらした、肥やしのような臭いがする。庭に入れたコンポストで作った土がまだ出来切っていないのでそんな臭いがするのだ。先日、石灰を混ぜたので化学反応を起こしてアンモニアが発生したんだ。コレは根に悪く、息苦しくなった花の苗はアレヨと枯れてしまった。土作りは思うに任せない。肥料を買って来る。早速、鉢植え、庭の草木にくれてやる。数日後、アレヨアレヨというまにとろけて枯れしまう。どうやら肥料が強すぎたのだ。国が変わると肥料も変わるのだと知る。セシーに次はあげてはダメだと叱られる。

今日は何もなし。ぼんやりして暮らす。お午頃、雨少しく降り出し、洗濯物を慌てて取り込む。午睡のためベットの中で雨の打つ音を聞いているうちに寝てしまった。
起きると雨はいっそう降っていて雨ではないように葉にあたりはじけている。「霰たしばるなすのしのはら」と不意に頭に浮かんだ。源実朝だったか。

サンペドロの話
何年か前、大きな土砂崩れがあって大勢の人が死んだ。家も小屋も家畜もみんな流された。土砂で埋まったぬかるみの中を生き残った村人が埋まった人を探したが見つからなかった。まだ見つからない。

今の市長は4回めでやっと当選した。たくさんのお金を使ったので、片端からお金を取り出して、店々を周り、露店のおばちゃんのところからも集めて回っている。病院や広場の設計をしてがっぽり儲けている。市長の家の鉄筋は他の家よりも太くて丈夫なものを使っている。車も新しくランクルを買った。
村人は政府は何もしてくれないと言うが、村人もなにもしないのでおあいこなのではないかと思うのだけど、彼らは納税の義務などどこ吹く風なので話をするのも馬鹿馬鹿しい。

ここの村人は普段、マヤの言葉を話すのでスペイン語をたまに忘れてしまう。「コレなんていうの」と聞いても「知らない」とぬけぬけと言う。

村人の大半は神を信じていて、毎晩のように教会で歌いまくっているが、一向に上手くならない、1年も同じ歌を歌い続けて嫌にならないのだろうか、もう少し上手くならないのだろうか。

お客さんに「英語を練習するなら本がいい、本を読んでいると英語を忘れない、声に出して読むとなおいい」と言われ村の古本屋に出向く。カフェも付いて来たけど店の中には入れない。何度か入ろうと試みるが店のオヤジに叱られている。中に猫の餌があるから。どれもこれもつまらなそうな本ばかりであきらめかけた時、見つけた本はアフリカを自転車で旅した人の話。チョコレートの箱のように大きな本だったのも気に入った。40ケツを35ケツにしてもらう。自転車の話だと思って読み出すとヨットが転覆してあわや遭難するところから始まる。知らない単語もたくさんあるので、調べながら何度も声に出して読んでいるうちに意味がわかるようになるから不思議だ。

今日のセシーは元気がない。お腹が痛いと言う。医者に行くと胃潰瘍と言われたらしい。まだ若いのに。

庭の草むしりをしていると雨になった。ドーラがやって来て「村の子供が凧揚げに夢中になって屋根から落ちて頭が割れて死んだ。悲しいことだ」と言う。ここの子供はなぜか屋根で凧揚げをする。自分の立っている場所を忘れて下がって下がって落ちてしまうのだ。日本であればきっとタコの説明書に屋根であげると墜落の危険性があるのでやらないでくださいと書きかねないと思った。

日々記憶に残った小事をこうして書き綴っていつかまとめてやろうと思っているのだけれど、ブログのネタ用に考えていることが行き詰まると、こうしてダダ漏れのような記事にしてごまかす癖がついてしまった。困ったことだと思うのだけれど、仕方がない。

ある日 このところ更新が・・・ごめんなさい

夜、雨と風、びしょりと濡れたスズメがテラスにじっとしている。夜なのに。

各部屋を開け放して陽を入れる。台所の整理と清掃。セシリアが片付けながら蒸し器を手に取り「これはなんだ」と言う。蒸すという言葉がすぐに出てこずゼスチャーで説明するとcocer al vaporと言うがアレヨアレヨという間にどこかへ消えてしまい覚え切ることかなわず。色々とある食材に興味を示し、「どんな味だ」「どう使うのだ」と漫画の少女のような目をして聞いてくるので可愛らしい。

掃除を終え買い物に行く。日曜は特段に出店が立ち並び賑やかとなる。露店のおばちゃんに人参とジャガイモの値段をツトゥヒル語で聞く。こうすると地元の価格を思わず言ってしまうので、なるべく外人らしく装って、不意をついて聞くのがいい。安かったのでアレもコレもまとめて買ったら言い値より安かった。おばちゃんはたくさんの足し算をできないのかもしれない。でも損する時もあるので行って来いになる。

カフェと散歩に出る。家の前で子猫をひらう。ひょいと持ち上げると怒っているので林の中に放り投げてやった。以前、別のをひらったが乳を飲まず、餌をくれても食べなかったので勝手に死んでしまった。その猫は桃色の舌をいつも出しっぱなしにしていて不思議だった。きっと舌が長すぎてもてあましていたのでなにも口にできなかったのだ。家に戻っからもしばらく鳴いている声が聞こえていたが、気がつくと止んでいた。夕方、ふたたびカフェと散歩に出ると草の影をカフェがフンフンしているので見ると朝見た子猫が腹を破られて死んでいた。野良犬にでもやられてしまったのだろう。バカめ。

セシリアにアイスコーヒーを淹れてやる。一口飲んで「冷てええ」と驚いてから「苦すぎて美味しくない」と言う。シロップを入れてやるがそれでもあまり好きではない普通のがいいと言う。セシリアは正直者で自分のことをちゃんと言う。言葉にウソがないので聞いていて気持ちがいい。僕の言葉はウソだらけなので居ても立っても居られなくなってコーヒー淹れ直してあげてると今度は美味しいとニッコリと笑っていた。

スセリーが友達を連れてきた。「写真を撮ってくれろ」と言う。なんの写真だと聞くと「学校の美人コンテストだ」と言う。どこで撮るのだいつ撮るのだと聞くとここでよい、ヒデキはいい写真機を持っているだろう。だから大丈夫だと言うので庭先で撮ってやる。緊張しているのか、笑えと言うと「あ、あ〜ん」と恥ずかしがって身をよじくらかせ照れている。撮り終えた写真を見せろと言うのでパソコンで見せてやると友達と大爆笑している。写真を全部くれ、メモリーも貸してくれと言うのでそうしてやった。

幸代は頭の悪くなる臭いがする。牝犬のいやらしい臭い。だから嫌い。尻癖が悪く、逃げ出すとどこかで腐ったものを食べてきて、うちの廊下で下痢便を噴射してしまう。何度言って聞かせても言うことを聞かないので棍棒で殴りつけてやったら頭にでっかいコブが出来た。うんと腫れてポッコリしているのでまるで鳥のトサカのようだ。逃げようとするのでビニルテープでグルグル巻きにして当分の間ほったらかしにしてやったら、涙を流していた。解いてやるとグーといったきり丸まって寝てしまった。

このところ、忙しくなってまったく記事を書く時間が取れない。今年のお客さんは去年のとは違って、特段に世話がかかる。何が違うのかと考えるが特段の理由も見つからない。たった一つ違うことは彼らはスペイン語の勉強のためにだけにここで滞在していることぐらいか。1日中部屋にこもりきりでひたすら何かを暗記している姿を見ていると「別にここでなくてもよかろうに、勉強だけなら他の場所でもできるであろう」と思うのだけれど、彼らには彼らの信じるところがあってやっているのだ。ただ、この宿が旅人のための宿であることを除けば彼らは正しいのかもしれない。他の客と交わらずひたすらスペイン語の習得に勤しむ彼ら、たまの質問はどの先生がいいのだ、まだ喋れない、完璧でないと言われても僕は途方に暮れてしまうのだ。他で食うよりは安くてマシだと言われながら昼飯を作っているとなんだか墨を飲まされている気分になってしまう。
あまりの忙しさに少しお客さんを絞ろうかしら考え中、もし部屋があっても断ることがあるけれど、それは忙しすぎるためなんだと思ってもらえたら助かります。