カテゴリー別アーカイブ: kamomosi

日々雑思 サンマルコスの休日

猫に盛りがつき、毎晩うるさい。妙な声で鳴く、小便を垂れる、言う事を聞かず、すっかりバカになってしまった。年端もいかない女子は盛りがつくと狂ってしまうのは人もケモノも同じなのだ。
ウーゴウーゴとあまりにうるさいのでサンダルで頭をひっぱたいてやったら正気に戻ってきた。よほどこたえたのか目が回ってしまっている。ヨレヨレとしながらボーとなった。しばらくすると再び鳴くのでサンダルを脱ぐと鳴きやんだ。まったく近寄らなくなってしまったけれど、ここは宿なのだ。金を払ったお客に迷惑をかけるケモノに権利などないのだ。働かずタダメシを食らうだけのケモノはおとなしくしているか、捨てられてしまう事をわかっていなければならない。カフェはよく心得ていてセンはまだ心得ていない。それでも夜は首元で寝ているので飼い主は覚えているのであろう。この猫はマシで聞き分けを覚え出している。

すっかり客のいなくなった宿で今年は客1人か2人で静かに年を越そうと決めた途端に、バタバタと問い合わせがある。すでにおやすみモードになってしまったので、なにかと理由をつけては断りまくったのだけれど、飛び込みでやってくる旅人は断ることもできずに受け入れた。食事を頼まれる。日本食はやっていない、グアテマラ料理を食べに行けと言うのだけれど、宿の飯を食ってみたい。期待してきたと言う。それでも来たばかりでなにも客について知らない間は日本食は出さない。けっしてロクなことにならないことをしっかりと学習してしまったのだ。そう言うと決まって誰々さんに聞いたと言われるのだけれど、そんなバカな話を信じて来たのか、騙されたのだ、気の毒にと優しく諭してあげる。例によって友人を呼んでも良いかと言われ出す。空き部屋がある事を知ってしまった者の口に蓋をすることも出来ずうなだれながらもダメだと断る。去年までは言えなかった事が言えるようになったのは少しは成長したのか。どちらに転んでもロクなことにならないのである。

スペイン語を習うことにした先生と出かける。対岸の村。ここは美味しいコーヒーがあって最近はここで買うようになった。移動、買い物、食事を楽しみながら会話をして僕のスペイン語の穴を見つけてもらおうと思ったのだけれど、すっかり2人で楽しんでしまった。ふとした時に言いたい事が言えず、あっこれだと思うのだけど、そのときにすぐに聞かずに後回しにしているうちに雲散霧消してしまい、後からさがしてもあれっなんだったかしらと思い出せない。ジェラートを食べているときローマの休日でグレゴリーペック演じるジョーブラドリもアン王女とのスクープを忘れてしまったのは無理もないとボンヤリしていると、どうしたのだと聞かれて我に返る。見ると彼女の手がジェラートが垂れて手が汚れている。貸してみろとコップの水に浸したナプキンで拭いてやると小さな声でありがとうと言った。サンマルコスには泉もなければ手を突っ込める口もない。もしあったら僕の手は見事に食い千切られてしまうので入れるわけもないのだけれど。それでもいい休日となった。
大人しく、控えめではあるけれど今のところ僕の質問には常に答える彼女。レッスン中にうっと詰まるのは、僕に足りていないところをキチンと見つけてくれている証拠。文法がわかると言うのはこういうことなのかと開盲の僕に見えるように教えてくれる。
育ちの良さが溢れ出る彼女、僕のような輩が教わるべきではないような、キレイなものを汚してしまっているような罪悪感がつきまとい、レッスン後にうなだれてしまう。

嫌な予感しかしない。複数の人を雇ったり使ったりしだすとお互いのことが気になりだすようで、しきりにアイツはどうなのだと聞かれるようになる。根が単純なのですぐにそれは嫉妬 や怒りに変わる。ここの雇い主たちはすぐにクビにしてしまうので不安が常につきまとっているからだけれど、それと同じくらい我先感を出す彼らを見ているとハフゥとため息が出てしまう。遠慮といった感覚はなく、むしれるだけむしりたいと考えてしまうのは、明日に生きない者の性なのだろうか。仕事が欲しいと懇願し、与えると途端に当たり前のように考え始めてしまう彼らはある意味でわかりやすいのだけれど、手綱の取り方がいまだにわからない。何度も痛い目にあって来たので結果、嫌な予感しかしなくなってしまったのだろうか。

村の中はクリスマスのイベントが毎日のようにあって、活気がある。広場でバンドが演奏し若者が熱狂する。教会に信者が集い賛美歌を歌う。道々に人が溢れ、屋台が賑わい、老いも若きも皆楽しそうに夜長を過ごしている。パーティが夜な夜な開かれ、目があさっての方向を向いている外国人が秘密パーティからゆったりと宿に帰ってゆく。明るい者、沈んだ者、怖がる者、笑う者はそれぞれ使った物の違いだろうか。裏路地に広がる甘い匂いやすえた匂いは6番目の感覚を研ぎ澄まされた者たちにはどのように感じられるのであろう。
宿のテラスに座り夕食後の客の夕べが終わるのを待つ。出かけていった者の帰りを待つ。若者らしい楽しみ方が出来なくなったのはいつからであろうか。遠くから聞こえるラテンのリズムに身を任せ、珍しく曇った夜空を見上げていると客に呼ばれトイレが壊れている、鍵を部屋に入れたままロックしてしまったと矢継ぎ早に言われ我に戻った。宿はいっときの忙しさで急に賑やかになってしまった。ろくなサービスもできない宿が益々酷いものとなる。アレがない。コレを何とかしてくれ。やってもいいかと言われてばかり。日本の宿で働く人はきっとすごい人達なのだろう。グアテマラにあってもそうした事を要求されるのは、僕がまだ日本人に見られているという証なのだといい方に考えておく。

年末が近づき、そろそろ少し物騒になる時期となった。すべての旅人が何事もなく無事に目的地に着くことを、楽しき仲間と巡り合い穏やかなクリスマスと年越しを迎える事が出来ることを願う。

日々雑思 あれこれ

庭の木にクリスマスの飾りをつける。特段の思いをキリストさんに持っているわけではない。季節感のない国に暮らすとどうにもメリハリがないのでこうした事でもしておかないと心の置き場所に困ってしまうから。朝、スセリーがやってきて、すぐに気がつき「かわいい、お前がやったのか」と言う。こうしたことにすぐに気がつくのは彼女の心が繊細だから。普段は減らず口を叩き、強がってばかりいるのだけれど心根は優しい。まるで自分の娘の様に可愛くて仕方がない。わかりやすいほど贔屓にするので客も呆れている。なにを言われても彼女は特別なのだ。彼女が働き出してかれこれ10カ月となる。決して良いとは言えない彼女の働きぶりだけれど、それでも少しずつ良くなっていく姿を見るのは親が自分の娘の成長を感じるのと同じ気持ちなのであろう。来年から隣村の学校へ通うため仕事は今年限りとなる。早くもぽっかりと心に穴があいてしまった。

サンペドロの人を雇入れるのは簡単だけれど使うのはとても難しい。毎日のように頭を悩ますことばかりなので、女中はスセリーで最後にしようと決めていた。いつものように仕事の後、2人で朝食をとっているときにスセリーが「お姉ちゃんがもう一度働きたい。ヒデキに話してくれ」と言っている。と切り出した。「私は働けない。ヒデキどうするのだ、新しい女中を雇うのか、ならお姉ちゃんがいい」と言う。僕は答えに詰まってしまった。勝手にブチ切れて出て行ってしまった彼女を雇うリスクは避けたい。少し考えるとだけ答えて3日ほど後にやんわりと断った。1週間程して、またスセリーが食い下がる「私以外の人がここで働くのは嫌、働くならお姉ちゃんでなければ嫌だ」「もう、断ったであろう。諦めろ」「あの時はお姉ちゃんも間違っていた。お姉ちゃんもヒデキに謝りたいと言っている」いつもならすぐに引き下がるのに帰ろうともしない。”やめておけ”と心が言っている。”また、厄介なことになるぞ”わかっているのだ。ダメだとわかっているのに口から「お前さんがそんなに言うなら一度だけ会ってやろう。ただし話すだけだ。雇うかどうかは決めていない。彼女の話を聞くだけだ。いいか」スセリーは「ヒデキ、コーヒーゼリーを作ろう」とニッコリと笑って席を立ち、さっさとコーヒーを淹れ出した。

果たして、来年からひと月だけ試用期間を設けて受け入れることにした。厳しい条件を出した。スセリーと違うではないかと言われても「彼女は特別だ、お前とは違う。スセリーが頼むから試しに使ってやるのだ。妹に感謝しろ」と突き放した。話しをしても相変わらず心は”やめておけ、どうせダメだ”と警告をやめない。その声は正しいことは承知しているけれど、これはスセリーの頼みなのだ。たとえ間違っていてもスセリーの言うことは正しいのだ。そう決めたのだ。たかが小娘にいいように翻弄される気分は悪くない。

国境にて

ツーリストカードにさっさと記入する。何回も書いているので心得たもの。書き終えて窓口に向かおうと立ち上がったとき、女の子が寄ってきて「コレを書いてくれ」とパスポートとツーリストカードを差し出した。ペンがないのかと思い、貸してやろうとすると「違う、私は字が書けない」と言う。
パナハチェルから乗ってきたグアテマラ人の母と娘3人。バスの中で二言三言会話をしただけだ。一番上の娘の歳は15歳程か。いたって普通の子で身なりも普通だ。パスポートを持っているなんてきっといい家庭なのだと勝手に想像していたので、字が書けないと言われたのには驚いて二度見してしまった。彼女はニッコリと笑ってパスポートを差し出した。真新しく、白いページしかない。IDを見るとパロポの出だ。メキシコの滞在先を聞くと困った顔をしている。大きな荷を持っていたのできっと路上で寝泊まりしながら売りさばくのであろう。いつもはぶっきらぼうの係官がメキシコとだけ書けばいいと言う。奴にもそんな一面があったのかと少し驚いた。サインだけ書けと紙を渡すと。ジッと見つめている。お前の名前を書けと言っても固まったままなので、いいのかなぁと思いつつアナとサンデイとサインも書いてやった。

識字率が低いのは知っていた。でも国外に行くような者までがとは思わなかった。ここでは綴りがわからないときに聞くと、私もわからないと言われることはよくある話。いわゆる文盲だ。普段は困ることがないけれど、そこまで教育が行き届いていない現実は知っていてもショックを受ける。
言葉が出来ないというのはふた通りあって話せないと書けないに分かれる。旅人でも話せない人はいるけれどそれは他言語のことであって母語はもちろんできる。しかし書けないとなると、しかもそれが母語であったり母国語であったとしたら心持ちはいかようとなるのであろうか。以前、海外のホテルでなにかが書けないことがあって非常に恥ずかしかったことを思い出した。
彼女達は特段恥ずかしい感じも見せずに、礼を言うと窓口に向かい入国手続きを済ませた。その姿にたくましさを見た。はじめて行く外国、野宿をしながらの商売、字を書けず、おそらく計算も得意ではないであろう。それでも幼い子供を連れて出かけることに驚きと力強さを感ぜずにはいられない。僕にそのようなことができるであろうか。

まだ捨てたものでもない

間が悪くてバスに乗り遅れてばかり。国境から少し入った大きな町に着いたときにはすでに暗くなってしまっていた。普段ならいさぎよく諦めて一泊するのだけれど今回は帰る途中に連絡が入り、急ぎ戻らなくてはならない。犬のカフェ猫のセンも心配だ。バスが停まっている間にトイレに行く。戻るとすでにバスは消えていた。またかよとガッカリしていると屋台の娘が声をかけてきた「食っていけ、カフェも熱いぞ」「シェラ行きのバスは何時だ」「6時半だ!食って行くか?そこへ座れ」言われるままに座り「何がある、コーヒーはブラックか」「牛がある、コーヒーはすまん砂糖入りだ」僕は彼女が気に入った。チャキチャキとして外国人の僕を見ても怯むそぶりもない。スペイン語を話すこともあるけれど自然な仕草がとてもいい。すぐにテキパキと料理を運んできた。食べはじめた途端にバスが動き出す。「あー」と声を上げると彼女はバスのところに走り寄り戻ってきた「大丈夫だ道の向こうに移動したのだ、送ってやるから安心しろ」と言う。送ってやるとはどういうことなのかはわからなかったが、ダメならここに泊まろうと決めた。食べ終わると男が現れてバイクの後ろに乗れと言う。彼女の方を見るとニッコリと笑って行け行けと言う。僕は訳もわからないままバイクにまたがり彼女に礼を言った。バイクでしばらく行くとバスがあった。男にも礼を言い僕はシェラに向かった。
旅をしているとこうした不思議なことがたまに起きる。普段ならありえないような優しさに触れることがある。何もかもがうまく回らないときにこうしたちょっとしたことに出会うと気持ちのざらつきがスッと引き、旅も悪くないなと感じることができるのだ。すっかり暗くなり、町がざわつき、人々がわらわらとしている。久しぶりに味わう町の雑踏は普段のサンペドロの暮らしとは違って僕に外国にいる事を感じさせてくれた。なによりもグアテマラが合っているのだ。文句ばかり嫌なことばかりだけれど僕にはこの国が合っている。それがなんであるのか、僕の傷を癒してくれているのを最近ハッキリと感じるのだ。日本では生まれてくる時を間違ったと感じる事が多かったのにここではそんなことは微塵も感じることがない。きっと僕は古いやつなのだ。新しいものを欲しがらないバカなヤツ。鶴田浩二の唄にあるように右を向いても左を向いても真っ暗闇のこの国で前を向いて進むことが出来る。それはまだもう少しだけ生き残る希望なのかもしれない。

話す時には

バスに乗ると白人が挨拶をしてくる。なんの問いかけもなくいきなり英語で話し出す。僕はなんだよと思いながらも英語で答える。最近また英語を使う機会が増えてきた。すっかり下手くそになったと思っているのだけれど、会話は以前よりはマシになった気がする。きっと自分の気の持ちようが変わったのだ。ちょっとした小話程度ならボロを出さずにできる。耳もよく聞こえ、口もちゃんと動く。この外人も僕の言うことはよくわかってくれているようで、どこで覚えたのだと言う。日本人と話すときキョトンとされることがあって、自分の英語を疑うのだ。

隣の若い子がスペイン語で話しかけてくる。スペイン語で答える。スペイン語も出来るのかと言うので英語よりはマシだと思うと答える。フランス人でスペイン語を練習していると言っている。そういえばバスを待っている間に観光協会のアンケートに答えていた。はじめはスペイン語だったが途中でわからなくなって英語に切り替えていた。僕も英語かスペイン語かと聞かれたが、どっちでもいいけど、自分は観光客ではないと言うとガッカリしていた。しばらく彼女のスペイン語に付き合ったがフランス語や英語訛りのスペイン語はどうにもいけない。鼻につく。先ほどの白人が話したそうにしていたがイヤホンをつけて話しかけるんじゃねぇオーラを全開にしてやった。そんな時でもグアテマラ人は容赦なく話しかけてくる。ひとしきり話しておしまい。バスの運転手は僕を覚えていて、帰りはいつだと言うので帰りはシャトルは使わぬ、カミオネータで帰ると言うとなぜだと言うのでいつもお前らのバスは遅れるからだと言うとあーと苦笑いをしてブツブツ言っていた。

日本人と話す時はついつい余計なことを言ってしまう。普段言えないことも日本語でなら話せるから。それが嫌で仕方がない。日本語は自分の気持ちと言うことを一致させる事も出来るし、わざと乖離させることも出来て自由自在なのだけど、時に相手が自分とは違うことを忘れてしまい。慌てて口をつぐむことも多い。努めて丁寧な物言いを心がけて波風を立てずに済むようにしなくてはいけない。他言語ではストレートに聞けることも日本語では注意しなければ人格まで否定されかねない。長いこと日本を離れているので自分は中途半端なのだとよくよく言い聞かせている。

日々雑思 欲しかった者 グアテマラ人のメンタリティー シイタケさん

欲しかった者
以前から気になっていた女の子がいる。可愛らしい。内面から人柄が滲み出ている。話していて気持ちがいい。親切で仕事を見ていても誠実であることがすぐにわかる。仕事の後、夜間の学校に通う。英語の勉強もしている努力家。

そんな彼女が仕事を辞めたがっていると聞いた。彼女に会いに行って確かめるとその通りであった。辞めた後のコトを聞くとスペイン語学校で働きたいと言う。そんな時、うちの客の1人が彼女と仲良くなってスペイン語をあっという間に話せるようになって僕を驚かせた。話を聞くとただ話しているだけだと言う。僕はすぐにピンと来た。彼女もまた天才肌の持ち主かもしれない。翌日、僕はすぐに彼女のもとへ出向き、家庭教師の話を持ちかけた。「もし、仕事を辞めたら次の仕事までのつなぎでもいいからうちで家庭教師をやって見ないかい。もちろん、技能確認はするけど君なら出来ると僕は信じているんだ」と伝えると「とても興味深い話しね、やって見たい気がするわ」と言うので僕の電話番号を伝えた。しばらく間があって連絡があった。僕は即日彼女と面接をした。その前から雇うことは決めていたのだけれど、仕事の内容について話すと彼女の顔はみるみるほころんだ。なにせ彼女が1日で稼ぐ金額を数時間で払うと伝えたからだ。理由は一つ。彼女と話していると不思議とスペイン語が話せるようになるのだ。文法や机上の勉強ももちろん大切ではあるけれど、僕は話せるようになりたいと言う客をサポートしたい。文法ばかりで話せない者をたくさん見て来た僕は会話をしながらスペイン語を教えることが出来る人間を探して来た。英語、スペイン語それぞれで僕は数人の天才肌に出会った。そうしたことができる人間がいることを知っている。誰にでも合うわけではないけれど、コレはと思う客に紹介してあげたいと思う。安心して間違ったコトを言えて、話していても緊張しない先生は数少ない。レッスンに紙や鉛筆を必要としないレッスン、するすると魔法のように言葉が心に刻まれていく、知らずに言葉が口から出てくるような練習相手。おそらく彼女はそんなレッスンが出来る1人だと確信している。さっそく1人の客に彼女を付けた。会わせたその時から客は彼女とのレッスンが楽しみだと言う。僕は内心ニンマリしてしまった。そう思わせるだけの何かをすでに客も感じ取っているのであろう。残念ながら彼女が教えることができるのは1日に1人だけ。それでも旅のツールとしてのスペイン語を伝えたいという僕の夢に一歩近づいたことは確かだ。なんと言われても彼女を大切にしたい。喋れないのを学校や先生のせいにするような輩には絶対に紹介しないし、頼まれても断る。そんなつまらないことでせっかくの才能を潰したくないから。僕はまた一つこの旅で欲しかった物(者)を手に入れた。

猫襲撃からグアテマラ人のメンタリティを見る

グアテマラ人はなんでも金で解決を図ると前々から思っている。「これはいくらだ」「いくらなら売るのだ」「まからないのか」などなどあまりに直球を投げつけてくるのでへきえきとなる。

ある日、アナと掃除をしているとなにやら下が騒がしい。隣のピットが「たいへんだーヒデキー猫が死ぬぞ、ネコが死ぬー」と血相変えて駆け上がってくる。「どうしたのだ」と慌てて降りる。母親のドーラが支離滅裂に怒鳴っている。カフェも大興奮して叫んでいる。「どうしたのだ」とドーラに聞くと「前の家の犬が入ってお前の猫を襲っていた。死んだか」と言う。見ると犬のヨダレともらした糞尿にまみれた猫が丸くなり「フゥーフゥー」と威嚇の声をあげている。近づいて抱き上げると口が裂けている。相当やられたようだ。ドーラが「カフェが懸命に止めていたがやられてしまった。カフェは偉い」と褒めている。カフェが足元に来て下から見上げているので褒めてやる。猫を2階に連れて行くとアナが「どうしたのだ」と言うので「お前の犬2匹が猫を襲ったのだ」と答えるとアナが珍しく取り乱して「あーたいへんだー」と猫を見てから「ちょっと帰る」と言うや否や飛び出して行ってしまう。しばらくして「ヒデキ悪かった、犬達を懲らしめてきた、たくさんぶってやった」と言う。「アナ、あまり懲らしめるな、お前の犬だ、気にするな」となだめる。糞尿まみれでは可哀想なので洗ってやらなくてはいけないが、今はショックが酷そうなので、首輪につないで、2階で休ませた。
夕方、仕事を終えたアナの兄が謝りに来た。とても丁寧に謝り、申し訳なさそうにしている。ほーグアテマラ人にもこのような気持ちがあるのかと感心した。

最近、めっきり帰って来なくなっていた猫。もしや、悪い虫でも付いたかと内心ハラハラしていたが、ある朝、満身創痍でビッコを引き引き帰って来て、反省の色を見せていた矢先の襲撃事件にすっかり意気消沈している。せっかくのペッピンさんも口が裂けて口裂け女の面妖となり当分は人様の前に出ることも出来なくなってしまった。ともあれ、繋がれる事を嫌がっている様子もないので謹慎を言い渡した。

翌日、アナがやって来て猫を心配している。昨夜、風呂に入れてやりキレイになると他にも傷があちこちにあった。それを見たアナが「本当に死ななくてよかった。昨日、兄がとても心配していた。ヒデキに悪い事をした。猫が死んだらヒデキに新しいのを買わなくちゃ」と2人で話していたのだと言う。そして「その猫は幾らで買ったのだ」とケロリと言うのを聞いて思わず「そっちカァーい」と日本語でツッコミを入れてしまった。アナはキョトンとしていたが、まだまだグアテマラ人のメンタリティが分かっていないと反省した。

シイタケさん

「そもそも愚老の易断は、下世話に申す当るも八卦当らぬも八卦の看板通り、世間の八卦見のようにきっと当ると保証も致さぬ代り、きっと外れると請合いも致さぬ」と言うやうにいい加減なものではあるけれども、時に人の心を救う事もある。だいたい救われたと言う人間は心が弱っていて救いが欲しいと思っている節があるので、書きようによってはどんな占いでも当たっているものだ。

宿をやっていると妙齢の女子がやってきて、きっとそのような話をし始める。正直、苦手な部類の話ではあるけれど、無下にする事も出来ないのでこの占いはよく当たっている。この相性診断はすごいと言われ「あーそうなんですかぁ」と適当に相槌をうってやり過ごす。ところがこのところ何人かの女子から”シイタケ”と言うワードを続けざまに聞いた。気になり調べてみる。せっかくなので自分の占いを見る。読み終わった時、当たっていると思ってしまった自分に驚いた。特段心が弱っている様子も無い。何かにすがりたいと思う気持ちも持っていないのだけれど当たっている気がする。占いは半年ごとに分かれているものを読んだのだけれど、あまり読み過ぎてはいけないとたしなめられた。読みすぎるとそれに頼りきりになるのでじっとして半年毎の楽しみにするのだと注意を受ける。

先日、友人から相談を受けたのでシイタケ占いを勧めた。すぐに当たっていると返事が来てニンマリとなる。そして次にあるのはシイタケからシイタケさんとさん付けになるのだ。八卦は当たるも当らぬも請け合いもいたせんと言われているのに。さてこの宿の主人である僕の下半期は果たして占いの通りとなるのか。そのようなことになったら宿名をCasa de Shitakeと変える事にしよう。

日々雑思 タイムスリップ

オンドゥーラスからアメリカを目指す移民の群れが次第に大きくなりグアテマラにやってきた。国境ではグアテマラの警官が群衆に押し切られ、蜘蛛の子のやうに蹴散らされてあっけなくグアテマラに入られてしまった。群衆は更に大きくなって海に沿ってメヒコを目指しメヒコとの国境で今度はメヒコの警官隊と睨み合いになったが、移民達も疲れ、風邪をひき元気が出ないので少し休んだが、その中の元気のまだある者が橋を降りて川を渡り、とうとうメヒコに入ってしまった。メヒコの大統領はアメリカの大統領に援助を打ち切るぞと脅されて少し頑張る姿勢を見せたがダメだ。メヒコに入った移民は今度はアメリカ国境を目指すが道は遠く、暑くてやりきれない。山に向かえば寒くなるので暖かいオンドゥーラスの人では皆風邪をひいてしまうだろう。そんなことを思っている間に群はどんどんと膨れ上がってとんでもない数になりだした。ついに催涙弾が炸裂して皆が涙目になっているニュースを見る。おとなしく行進していたようだけれど少し心配でもある。中米の国々ではどの国も貧乏であったり、悪人がいたりして代わり映えしないのだけど、自分の国が大好きで地元に家を建てたい一心で夢の国に向かう。途中で力つきる者、騙されてオロオロする者、上手くいく者がいて夢がある。

庭のアリが引越しをしている。隊列をキチンと組んで各々が大事に卵を運んでいるので赤黒い中に白いつぶつぶがユラユラとしていて気持ち悪い。お湯を沸かしてかけるとあっという間に隊列は煮えてしまった。念を入れて引越し先の穴にも湯を注ぐ。シンと静まり返った穴をしばらく見ていたが何も起きないので、隊列の最後尾を見に行ったが、あれほどいたヤツらはすでにどこかへ行ってしまった後であった。夢破れた者の末路はいつも悲しい。

友人がやってきてセビチェを食べたいと言う。急ぎこしらえた。手伝っていたアナが我慢できずに試食したいと言うので食わせる。なぜこのように作れるのだ、どこで覚えたのだと言う。しばらく考えるが思い当たらない。セビチェはペールーの料理でシンプルだけれど美味しい。この辺りではサルサにウスターソースを混ぜているので黒っぽい色合いのものが普通。てっきりそれを食べ慣れているのであろうと思っていたけれど、そうではないらしい。さらに食べたそうにしているので、いかんとたしなめる。コレを全部客に出すのか客は一人であろうと食い下がる。あまりに食べたそうにしているので、夜に作ってやるので食べに来るがよいと言うと、セビチェは夜は食べてはいけない。夜に食べるときっと腹が痛くなるのだと悲しそうに言う。なぜだと聞くと、そういう風に言われてるからだとサラリと答えた。やってきた友人に聞くと彼もまた夜は食べないと言う。腹が痛くなるのだと同じことを言ったがビールを6本飲みながら全て平らげてしまった。それにしてもあのような簡単な食事をなぜあそこまで喜んで食べるのかがわからない。たしかに美味しいものではあるけれどもう少し他にもあるだろうに。

スセリーが遅刻してやってきた。訳を言え、面白い言い訳なら聞いてやると言うと、酔っ払いに絡まれていたとつまらない言い訳であったので仕事に取りかかれ、丁寧にやれとたしなめた。仕事の後に食事をさせても帰ろうとしない。どうしたのだと聞くと今日は学校がない。コーヒーゼリーは作らないのかと言うので、それならばそこのコーヒーを使って作れと言ってやる。コレはいつ食べられるのだと聞くのので1時間後には大丈夫であろうと言うと、「待つ」と答えるので買い物に行って来るので留守番をしていろと言い残し出かける。食材を揃えるついでにクリームチーズを買う。戻り、スセリーに見せるとニッコリと笑い、チーズケーキを作るのかと嬉しそうにしている。今日はお前がすべて作るのだ。教えた通りにやってみろ。スセリーはそそくさと作り出す。わからなかったり自信がないところにくるとこちらを見ているので教えてやる。やはりこうした事をやるのは楽しいのであろう。冷やしている間にオムライスをこしらえてやった。うーんうーんと言いながらあっという間に平らげると腹が苦しくなり帯を緩めている。今日はどうしたものかやけに素直で可愛らしい。アナがやって来ると今日は自分がケーキを作ったと自慢している。アナはひゃーひゃーと言っていたが家の手伝いがあるので一旦帰った。出来上がったデザートを一人で半分ほども食べてしまったが用事があるのでコレで帰ると言いやっと帰って行った。入れ替わりにアナがやってきてケーキをくれとせがむので出してやる。美味しい美味しいと言いながらこちらもよく食べよく笑い帰っていった。彼女達には変な遠慮がなく、思ったことを素直にぶつけてくる。それは僕にとってととも心地がよく毎日の楽しみの一つとなっている。

サンペドロにいるとまるでタイムスリップしたような感覚になる事がある。スセリーやアナを見ている時、まるで自分の両親が子供の時はこのようであったのであろうかと想像がムクムクと大きくなり、自分がまるでその親になったような気持ちになる。時期でいえば昭和20年代か30年代にいるような感じ。彼女達がこれから過ごす未来から僕は何かの拍子で迷い込んでしまったようだ。

ショッピングモールに入ると「見て、ものすごく長いエスカレーターがある!」「あっちにはエレベーターがあるー全部透き通ってる!」と騒いでいる。エスカレーターの前まで来ると「なんだか怖い」ともたりもたりとしている。アナはスセリーに一緒に乗ろうと言っているけれども、スセリーが「あー待って待って触らないで、今乗るから」と意を決して踏み出した。すぐに後ろ足を引き寄せ「アイー」と身悶えしているのを見て僕は笑ってしまった。すぐに初めてエスカレターに乗ると言うのはこう言った気持ちであったのかと驚いた。エレベーターに乗るときもしかり、もたもたしていて閉まり始めたドアに挟まれたスセリーはブギャと叫び声をあげながら慌てて箱の中に逃げ込む、ドアが閉まり僕が乗り遅れると中で2人が金切声をあげているのが聞こえる。僕は可笑しくて可笑しくて仕方ない。下に降りると2人はVRの体験コーナーの前で不思議そうに眺めていて、僕に「ヒデキ、これはなんだ」と聞いてくる。箱メガネのような映写機をつけて妙な動きをしている体験者がよほど不思議なのであろう。「やりたい」と言うが映画が始まるのでダメだと言うと膨れっ面をして物欲しそうに機械をながめている。

映画館に入り、ポップコーン、ジュースを買う。席に座りジュースをドリンクホルダーに入れてやり、座らせる。すぐにポップコーンをよこせと騒ぐのでホルダーにさしてやると「スックリ!(まじかよ)ひっくり返らないのか」と驚いている。こんな当たり前のことに驚く彼女達が可愛らしくて仕方がない。予告編が始まるとスセリーがいきなり携帯電話でスクリーンに映っているものを撮り出した。ビックリして「スセリーダメだと」と言うと「どうしてだ」と怒る。僕はそりゃそうだろうなぁと思いながら、映画館では映画が始まったら携帯は電源を切るのだと諭す。スセリーは納得できずにもたもたとしているが、やがてスクリーンに注意事項が映し出されると、ようやく理解できたようだ。なにせ2人とも映画館に来たのも初めて、観るのも初めてなのだ。アナはこれから始まる恐怖映画が怖くて仕方がない。となりで「どうしようどうしよう」と言っている。始まる前から怖くて仕方がないのだ。「大丈夫だから心配するな」と声をかけてやる。さっきまで大丈夫だと言っていたスセリーもジャンパーの中に顔を隠している。僕は2人が心配になって来た。途中で逃げ出したり、大声で叫び声をあげるのではないかと気になって映画どころではない。恐怖を紛らわすかのようにポップコーンに手を伸ばし、もっとよこせと催促してくる。僕の腿はあっという間にポップコーンの食べかすだらけになってしまった。

8ヶ月も文句を言わずに働いてくれた2人を映画館へ連れて行ったのだけれど、僕の想像のはるか上をいく2人の挙動に僕は振り回されながらも、終始僕は新鮮な驚きと尽きない興味を味わせてもらった。見るものすべてが珍しく、何時間あっても足りないほどの好奇心が2人から溢れていた。ホテルへ戻ると2人は僕の携帯を持ってさっさと部屋へ行き、何百枚もの写真を眺めて1日を振り返って夜遅くまで楽しんだそうだ。アナは映画が怖くて一人で寝る事ができずにスセリーのベッドに潜り込み、二人で抱き合って寝たのだと朝食の時に楽しそうに話してくれた。

たった1日の小旅行ではあったけれども、僕には久しぶりに楽しい思い出となった。まるで復興期に集団就職のためにやって来た少年少女達を目の当たりにしているような妙な錯覚が止む事がなかった。僕は確かにタイムスリップを経験した。

日々雑思  キャンタマティーが飲みたい

客がすべて去り、穏やかな時間が戻る。のんびりとスペイン語でもと思っていた矢先に友人から茶を飲みたいと言われる。
「ヒデキ、茶が飲みたい。オレンジティーオリエンタルを淹れられるか」
「オレンジティーオリエンタルとはなんだ?沢山種類がある、いくつかは淹れてやれるがどんなのが飲みたいのだ。冷たいやつもある。クリームを添えたのもある。なにがいいのだ」
「お前に任せる。後で行く」

メルカドへ行き、オレンジ、レモン、リンゴ、モモを買う。キウイが欲しかったがなかったのでリンゴとモモで代用とした。途中店に寄りティーポットとゼリーに使う器を買う。ゼリーに使う器はガラスで足の付いたワイングラスをうんと平たくしたやつ。ホコリまみれだったので負けてもらう。

戻り、はてどうしたものかと思案する。普通の紅茶、黒紅茶、オレンジペコのいずれを使ったものか、甘みはガムシロ、地蜂の蜂蜜、普通の蜂蜜にしたものかと悩み、オレンジペコ、地蜂の蜂蜜に決める。薄く切った果物をポットに入れ、熱い紅茶を注ぐ、地蜂の蜂蜜をそっと流し込み底に溜まるようにして最後にオレンジの輪切りをポットの縁に洒落た感じに引っ掛けた。
先日、試しに作ったコーヒーゼリーを器に入れ、ガムシロ、クリームをかけミントの葉を乗せて合わせ出す。

「コレはなんだ」
「ヘラティーナ デ カフェ(ゼラチンコーヒー)だ」
一口食べて目を見開いてこちらを見る
「…」
更に一口食べ
「だいすきだコレ、どうやって作った。こんなの初めて食べた」
「そうかそれは良かった、黙って食え、紅茶はどうだ」
「紅茶も美味い。完璧だ。お前の作るものはいつもすごい。レストランはやらぁないのか」
「ありがとう、世辞はいいから飲め、レストランはやらん。同じ物を毎日作るのは嫌だ」
「ヒデキ、1つ質問がある」
モジモジしながらこちらを見ている。
「そのぉ、セクシュアルに効くお茶か食べ物を知らないか」
「はぁなんだそれは健康と言うことか、それとも女か」
「そのぉ、最近ちょっと…若い時は、1日4〜5回は自分で出来たんだけど、最近ちょっと…」
「4〜5回!お水取りをか!すげーなお前」
「だからそのぉ、そんなのがあればと」
「バイアグラでもつかっていろ」
「あーアレはあかん、アレはそれだろそのぉ15分程で効いてくるじゃ、そうではなくいつでもスタンバイ出来てる状態でいたいのだ。ナトゥラルでなければダメだ」
「あー、わかった。内臓を食え内臓はあっちにいいぞ」
「内臓かぁ、お前は作れるのか」
「作ってやる、モツ煮だ」
「それはうまいのか、効くのか」
「よいかお主、俺たちは肉体と精神から出来ておる、バランスがよくよく大切なのだ、2つは別々の物に見えるが関係しているのだから気持ちをしっかりと持つことが肝要だ」
「なるほど、気持ちもわかった。ところでやりすぎるとバカになるのか」
「バカにはならぬ。ただ赤い玉が出たら終いだ。諦めろ」
「お前は出たのか」
「いや、まだ出とらん」
「バカになるのは嫌だが俺は好きなんだ」
「好きなようにやれ。そうだマカを知っているか」
「それはなんだ、良いのか、日本にあるのか、スペイン語ではなんというのだ」
「マカはスペイン語であろうが、たしかペルーだ」
「それはどこで買えるのだ、ここにあるのか」
「ここにはない、パナハチェルへ行け、そこにあるやもしれぬ」
「パナか、そこにあるのか」
「多分、でもグアテマラシティならあるであろう」
「あーアソコならな、そう言えば腹が減った、何かないか」
「何が食いたいのだ」
「何があるのだ」
「お好み焼きを作ってやる。それを食ったら帰れ」
「それはアレに効くのか」
「気の持ちようだと申しておる、それでよいか」

こんな会話をするのはなん年ぶりか、久しぶりに吹き出してしまった。そんな話が出来るような友達が出来、スペイン語で話せる事が不思議であるけれども、コレもまた良い練習でもある。”勃起”などと言う単語は学校では習えないし、女中とはとても出来ない会話だけれど、何故か心地よさが残った。男は馬鹿話、エロ話が好きなのだ。猫を被らずに話すのは気持ちがいい。ヤツとならこれまで謎であった数々の事も聞けるやもしれん。

彼とは犬の散歩に出かけた時に湖畔で出会った。家を教えるとやって来てランチをたまに食べるようになった。都会の出で、まだ若く、明るい。頭が良さそうだし、働き者のようだ。英語も少し話し、共通の友人もいる。また少しサンペドロに馴染んだのかもしれない。そういえば最近村のあちこちで声をかけられるようになり、立ち話をすることがしばしばある。こちらがおかしな言い方をしても理解してくれるのはよく知られる様になったのだと思うことにしている。

ズンバ会場にて
「今日はお前の娘はどうした」
「先日、娘ではないと言った」
「では、あの2人はなんだ」
「アミーガだ(友達だ)」
「では前に来た娘はお前のか」
「アレもアミーガだ」
「お前は何故若い娘を沢山連れて歩くのだ」
「宿をやっているのだと言ったであろう」

皆が皆同じ質問をする。何故なのだろうと思っていたが、噂話、恋愛話に飢えているのだと気がつく。

道端にて
「お前に聞きたいことがある」
「なんだ、言ってみろ」
「家の前に停めてあるのはお前のバイクか、うちの旦那が買いたいと言っている、いくらだ」
「アレは売り物ではない、売るとしても高い」
「いくらなら売るのだ」
「30万だ」
「まからんのか」
「まからん、諦めろ」
「…また聞くことにする」

なんでも欲しがり、すぐにいくらだと聞くのがここら辺りのやり方。いちいち腹を立てていたら身がもたない。馬鹿に強欲では神も救うわけもなかろうに。

スーパーにて
「猫はどうした」
「家だ」
「何故連れて来ぬのだ」
「既に育って大きくなったからだ」
「袋に入れてくればよかろう」
「袋よりも大きくなった」
「それでは新しい猫を見つけろ」

何故、その発想なのかがわからない。聞き間違えたかと思うことしばしば。こちらが予想しない会話をされてはスペイン語がわからないと勘違いをしてしまいそうだ。「お前も新しい男を見つけろ」と返すのが正しいのか。わからぬ。

投げて捨てる様な会話が好きだ。真っ直ぐに物を言う直接的なやりとりは、変に気を回さなくて良い。相手の腹をさぐるやり取りは疲れてしまう。ここでは一切の気遣いが無用なほど、他人が人の腹の中に手を突っ込んでさぐりまくる。気遣いなどと言うものは、いっそのことすべて捨ててしまってもいいのかもしれないと思えるほどこの国のこの場所は喜怒哀楽を持っている。民族衣装の彩りの様な複雑でいて調和がある不思議な感じ。
日曜日の朝メルカドの端に腰を下ろす。人々を眺めているだけでいい。声にならない音が匂いをもってやってくる。何十もの彩りが目に飛び込んでくる。青い匂い、黄色の匂い、赤い匂い、黒い匂いがまるで聞こえるようにやって来て刺激してやまない。手についた鶏の油をズボンで拭い立ち上がった。

日々雑思 Bentoをつくる他

アナは土日にやってくる女中。向こうに住んでいる。以前姉の方が働いていたが、めんどくさがり屋で箸にも棒にもかからないおバカぶりだった。姉はまるで公衆便所のような女に成り下がり、取っ替え引っ替えオトコを漁っている。化粧もめっきり濃くなった。安物を使うのでたまに瞼が晴れ上がり益々安っぽい女に見える。夜な夜な家からほど近い小径で情事に及ぶので妹も呆れている。アナは姉とはまるで違い、勤勉で仕事も誠実にこなす。きっと姉がカスを一身に背負っていってくれたので、良いところだけが残ったのだろう。一度理解すればキチンと出来る珍しいタイプ。スセリーとは違い器量はないが可愛らしい。
ある日、「学校の課題で香水を作ることにした。ヒデキ、バラのエッセンスを売っているところを知らないか」と言うので旅行者通りにある自然食品の店に連れて行く。値段を聞いて驚いている。翌週「アレは高すぎて無理なので料理を作ることにした」と言っている。嫌な予感しかしないので無視していると「ヒデキ手伝ってくれ」と単刀直入に切り込んできた。「何が作りたいのだ」と答えてしまいまんまと罠にかかった。大抵の場合、罠にかかった虫は蜘蛛の糸に絡め取られて汁を吸われてカピカピにされてから捨てられるか、食べられてしまうことに決まっている。もうダメだと諦めた。スパゲティ、寿司、中華、マカロニサラダ、弁当を提案する。弁当にいたく興味を示している。「弁当がいい」と言う。「友達を隣村から呼ぶがいいか」と聞き、連絡をしている。「ヒデキ、友達が怖いから来れないと言っている」「外国人の家に来るのは怖いのだろう」「違うよ、人さらいが出るから怖いのだと言ってる」「どこで?ゲートが出来てからいなくなったのであろう」「隣村とそのまた隣村の間の道で2人さらわれた」「ここと隣村の間は大丈夫であろう」「私も毎日学校に行っているから大丈夫だと言っている、とにかく迎えに行ってくる」と言って出ていった。しばらくすると2人が現れた。

メニュー
牛そぼろご飯
鶏の照り焼き
ブロッコリーのマスタードマヨネーズ和え
粉ふきいもカレー風味
ほうれん草の胡麻和え
ピーマン、ソーセージ、ズッキーニのケチャップ炒め
ゆで卵

出来上がった物を試食する。「どうだ」「美味い」「なにか意見はあるか」「ない、これでいい。食べたことがないものしかない、きれいだ。コレを売ったら幾らでうる?」「誰にだ?」「ツーリストに」「50だ」「グアテマラ人には売るのか」「お前らには売らん」「なぜだ」「買えぬであろう、半額で売っても儲からんからお前らには売らぬ」
「他の仲間とも相談するので待ってくれ」と言う。「コレはお前らの課題であるのだから次回は指図はするが手は出さん。よく相談しろ。今日はタダで良い、帰れ」

親身になるとつけこんでくるので適度に突き放しておくことを既に学んであるので、良い人にはならない。アイツのコラソン(心)は黒いと言われているくらいでよろし。

所用でグアテマラシティへ出かける。今回はやたらと文字が目に飛び込んでくる。意味は忘れてしまったけれど一度聞いたことがあるもの。既に意味はわかっているが、こうして使うのかと感心させられるものが次々と焼き付いていくのが面白くてキョロキョロとしてしまう。やはり都会は文字で溢れているのだ。サンペドロにあるのは教会のスローガンばかりで面白みに欠ける。スペイン語に触れるということはこうした雑多な環境にあった方がいいのだと改めて思う。陸橋に書かれた高さ制限の文字、ファストフード店の客寄せの文字、役所のインフォメーション、バスの広告全てが新鮮であるけれど、なぜか外国にあることを感じさせない。タクシーに乗る。運転手との雑談もおきまりのことではあるけれど、話すスピードも気にならない。ぽんぽんと小気味よく会話ができるのであっという間に目的地についてしまった。先日きみちゃんから映画やドラマを2倍速で見るといいと聞いた。試しにレゲトンの曲を2倍速で聞いてみた。もちろん口は追いつかないのだけれど耳はしっかりと聞き取っていることに気がついた。バスの中でもイヤホンで曲をかけながら声を出さずに口ずさんでいると、となりにいるカップルがスマホに流れるビデオと見比べてこの外人歌えてるとちょっと驚いていた。いつものように乗ってくる物売り達の口上もこれまでとは違うように聞こえているので益々楽しい。果たして2倍速再生の成果なのかわからない。けれども新しいメソッドを手に入れたと喜ぶ。

マクドナルドに入る。今時のマクドナルドは注文すらカウンターでしなくてもいいようになっていてカウンター近くのモニターをタッチするだけで済んでしまうのに驚く。店員が哀れな外人を助けようと英語で話しかけてくる。スペイン語でどう使うのだと聞くと、すぐに切り替えてスペイン語で説明しだす。
「好きなものを選べ」
「どう選べはよいのだ」
「画面に触ればよい」
「コレはなんだ」
「野菜入りのスクランブルエッグとチーズとふにゃほら」
「値段がわからないではないか」
「こうするとわかるのだ」
「なるほど便利だな」
「コーヒーの大きさを選べ」
「どれほどの大きさなのだ」
「これこれしかじかになっておる」
「なるほどコレでよい、これで全部だ」
「では、ここを押せ、もう一度、もう一度」
とやりとりを終えるとレジで金を払えと案内された。初めて見る注文用機械に感心していたが、自分がまるで日本と同じ感覚で話していることに気がついた。

少しはやく用事が済んだので今回は早めに帰路に着いた。バスから見る車窓はまだ日が高く明るいのでよく見渡すことが出来る。高原に上がると一面にトウモロコシ畑が広がった。どこか間が抜けているように見えるのはアメリカの畑を見てしまったから。どこまでも手作業で行う農業とはこうしたものなのだと改めて感じる。機械はあるにはあるけれど、小さい。この広い土地にはあまりに非力なのだけれど、ないよりマシなのだ。次々と目に映る景色は新鮮で、知らないことが沢山あるのが嬉しい。標高2500を過ぎるあたりから人々のほっぺに赤みが増す。まるで違う民族を見ているような気になる。こうした所に住んでいる人々の笑顔はかわいい。あぁした笑顔になるには高い代償を払わなければいけないのだ。だからあの笑顔はいらない。

二日後、この村のチキンバスの運転手がシティーで撃ち殺された。バイクの一団に寄ってたかって撃たれた。他にも客と車掌が怪我をして病院送りとなった。死んだ運転手は近所の人。なぜ殺されたかと言うとみかじめ料を払わなかったから。通常こうしたバスの運転手はマフィアにお金を払って安全を買っている。たまに払わない者がいるとこうして殺されてしまう。大体、週に150ケツアルほど払えばよい。2000円くらいか。安いのだか高いのだかわからないが、ここでの人の命はそのくらいの値段なのだ。マフィアからすれば払わない者がいて皆が真似すると困ってしまう。次々と払わない者が出て来ては暮らしていけないので殺して見せしめにする。そうすれば他の者はおとなしく払う。サンペドロの者が殺されてしまったのは初めてだと声をひそめるように水屋のセニョールが教えてくれた。
良いも悪くもない。ここではそういうものなのだ。やった者は今頃教会で懺悔をして、胸をなで下ろしているに違いない。やられた者の家族もまた教会で天国へ行けるように祈って諦める。怪我をした者の家族もまた神に無事を感謝しているのだ。ただそれだけの事。折しも明後日は独立記念日。こうした祭り事が近くなるときは用心に越した事がない。もう一度グアテマラシティーへ行かなければならないので気が重い。次回は運転手の後ろに座るのはやめるか、みかじめ料を払っているか聞いてから決めることにする。

日々雑思 ブログを再開しました

久しぶりの更新です

いろいろとあって筆が止まってしまいサボる。外国で暮らすことは日本人であることを強く意識させ、時にそれが重くのしかかり、まるで漬物石がのっているかのように心が真っ黒になった。日々の暮らしは穏やかで波立つこともなく淡々としているのだけれど、自分の心を吐露すると混沌をいざない、煩悩の舟で業の海に漕ぎ出した人のようになる。結局、破滅の滝へと流れて落ちてしまい、自我崩壊の夢を見た。遠い異国の地にあっても日本人として暮らすのは難しいのだと知る。

ポツリポツリとやって来る客だけでは暮らして行くこともままならないので寿司を売った。ケーキを売った。どうにもならない事などこれまでの旅ではなかったと記憶している。だからどうにかなるのだ。それにしてもつくづく自分は商人ではないのだ。道端で人様に自信を持って売る事が出来ない。買ってくださいと懇願出来ない。それでもお情けにすがって食いつなぐことができるのはグアテマラだからか。

買い物から帰ってくると客がいない。出て行ってしまった。金を取りはぐれる。くよくよしても始まらないのだといいきかせる。以前、最初に支払をしてもらった方がいいですよと言われた事があったのだけれど、大丈夫だとたかをくくっていた。次にあった時はどうしてくれようかと思いあぐねるが女々しいのでやめる。

ある日、飛び込みでやって来た若者が「実は金がないのだけれど泊めてくれないか」と言う。訳を聞くと銀行の金が無くなってしまいカードが使えない、今、振込んでもらっているのだけれどなかなかうまくいかない」と言う。「泊まりなさい」と言って部屋を貸す。「明日から学校へいく」と言うので「金は」と聞くとすでに払ったと答える。学校への支払はして宿の支払いは後回しなのかといやな予感がしたのだけれど1泊だというので仕方がないとあきらめた。翌日もその翌日も出ていかないので振込はどうだと聞くがまだだと言うだけ。遊びに来たエリコちゃんに話すと「またそんなことして」と怒られる。午後に帰って来た若者は「金がおろせた。支払う」と言って支払いを済ませるとその夜に出て行った。

電話があった。唐突に「1泊幾らだ」と聞かれる。答えると「50じゃ無いんだ、あそう」と言って電話が切れた。歳をとってしまった事で、外国に暮らしている事で今の日本人の感覚がわからなくなってしまったのだろうと諦める。先日来た客はバスでスリにあい財布を盗られてしまった。カードが無くなり困っている。日本から代わりのカードを送って貰うのでその間居させてくれと言われた。先日出来たDHLでならなんとかなるであろうと思い引き受ける。連日連夜面白い話をしてくれるのでついつい聞き入ってしまう。

メールのはなし
その昔、メールが始まった頃、電話と違い返事を急がないものだったのだけれど、一晩返信が遅れるとメールが届いているのかと問い合わせがある。申し訳ないと謝るのだけれどなぜだかしっくり来ない。メールのやり取りでは1通1問の型式が多い。LINEの影響であろうか。メールには用件を箇条書きにして答えやすいようにまとめたものだけれども昨今は少し異なるらしい。長い返信には「長文スマソ」と書くのが礼儀になるのだと聞く。まだ泊まるかどうかわからないと書かれている。それならば予約の問い合わせなどしなければよかろうにと思うのだけれど、どうやらそうではないらしい。最後のひと押しが必要だと注意を受ける。「まぁそんなことをおっしゃらずに一度来てみてくださいな、お泊まりになってから決めてもよろしいのではないですか、どうぞ、ぜひ、一度だけでも来てください」とお誘いをするのが礼儀だと言う。泊まる泊まらないは本人の自由だと思っていたので大変驚き、感心した。

案内のはなし
近隣の村々の事を聞かれる。気候や治安のことを聞かれる。こんな時どのように答えるのがいいのかと悩む。「どうですか?」と聞かれるのが苦手な僕は「普通です」と答えたいところを我慢して村の人口や概略、年間平均気温、大陸性気候について答える。そんなことを言った途端「コイツはバカなのか」という目で見られてしまう。以前、どこかの宿で管理人をやっていたという自信に満ち溢れた若者に「そんなことではいけない。知らなくてもいいところだと背中を押してあげなければいけない。けっしてたいしたところではないなどと言ってはいけない」と諭される。こちらにしてみれば果たしてそんな事を聞きたいのだとは思っていないのだけれど、例えば「日本の5月下旬の気候です」などと気を利かせて口を滑らせた途端「それは日本のどこですか?北海道ですか沖縄ですか」などと言われてしまうのではないかと勘ぐりたくなるほど、悩ましいのだ。

HPを英語表記に変更する。日本語で書いていても客が来ないので、これではイケナイ、外人を呼び込めと言う策。久しぶりに書き換えるHPに苦労する。チラシをつくりあちこちに置いてもらう。すぐに客がやって来た。どうだと聞くととてもキレイで安い、人に紹介したいが日本人でないと泊まれないのかと言われる。大丈夫だどんどん友達に紹介してくれとお願いした。
チラシを置いた店からチラシが無くなったから持って来いと連絡が入る。結構持って行ったり写真を撮っているといわれる。
行く先で寿司は今日は無いのかと言われる。でもあれじゃ高いだろと聞くとあれは安いと言われる。ケーキもしかり。これまで言われてきたことと真逆の事を言われて困惑してしまう。3階は雰囲気が悪い、宿代が高い、施設が汚いと言われて来たのに全く逆の評価に変わる。これは一体どうした事なのか全くわからない。
日本人をあてにしてはいけないと言われた言葉がズシンとのしかかって来た。外人を泊めるとうるさくする、汚くつかう、などなど言われてきたが決してそのようなことなく礼儀正しく何かあればきちんと聞いてくる。

日本人がバイクの事故で亡くなった。チキンバスとの事故。バスの運転手は逃走しようとしたけれど捕まった。面識はなかったのだけれども、うちに来る客がずいぶんと世話になったのに驚いていると言っている。バイクで旅をして来た者としてやはりこうした事故を聞くと心が痛む。丁度友人がロシアでバイクの旅を始めたばかりだったので無事を祈るばかり。

「旅人が行く先で幸せに出会う事を。試練に会う事なく、旅の目的を達して、無事岸に戻りつき喜びの家に家族と再会できる事を」

先日見た映画の中でのダライラマのセリフ。なぜこんな事を平気で言える事ができるのであろう。ありきたりの言葉しか知らない僕には到底無理な心温まる言葉だ。記事を読んだ時に不意にこの言葉がよぎった。

朝、メルカドへ向かう路すがら空を見ると、とても高くてまるで秋の空のよう。そう言えば8月も終わるのだ。ここには雨季と乾季しかなく村の人は夏と冬という言葉を使って説明するのだけれど、どうもしっくりとこないのでいけない。不意にブログを再開しようと思った。日本に暮らしていた頃もなぜだか秋の高い空を見るとなにかを始めようと決めることが多かった気がする。ブログを止めて反省している間にも、様々なコトがあってメモには書きためてあるので、折を見て書き足して行こうと思っている。良いコト、嫌なコトがあった。

僕のスペイン語の話をしよう

僕のスペイン語の話を少し。現在の自分に至る経緯としてはこんな感じだという記事になっています。今回は留学に関する情報ではありません。

バイク旅でメキシコに入った時に僕は旅の一番大切なツールである英語を失って途方に暮れた。そうメキシコはスペイン語圏だったから。
毎日、ガソリンスタンドとタコス屋に行き、繰り返し彼等の口からこぼれ出る音を拾い続けた。英語で嫌という程痛い目に遭った発音とリスニングを勉強をしはじめる前からつぶしたくなかった。

グアテマラでスペイン語留学を合計5ヶ月する事になる。果して、中途半端な知識と旅に必要なスペイン語を手に入れた。自分ではだいぶ話せるようになったと喜んではいたけれど、カタコトで必要最低限の会話しかできない状態だったと気がつくのにそう時間はかからなかった。

宿をはじめた初日、ガスのボンベが切れてガスを注文することになる。がく然となる。電話で注文しなければならないのに”もしもし”がわからなかった。ガスボンベをなんと言うのか、この場所をどう伝えればいいのか、直ぐに必要だとどう言えばいいのか、電話を切る時はどう言うのだと途方に暮れてしまう。電話をかければ相手がなんと言っているのかまったく分からず、はたしてガスボンベが届くのかどうかもわからなかった。
それからは日常のすべてに困る事となる。とにかく生活に必要なスペイン語を知らなかった。女中を雇うと掃除、ルームメイク、料理につかう言葉がわからない。隣近所のつきあいや、光熱費などの支払いなど生活に必要なスペイン語が毎日山のように押し寄せてきた。

客との会話にも困る事となった。日本語の文法用語がわからない。「線過去と点過去の使い分けがわからないんですけど」と言われても僕にはその言葉の意味が理解出来ない。日本語の文法書をあわてて読んだ。

今では、文法的な事を聞かれればそこそこ説明出来るので知識は一通りあるらしい。でもそれは知っているだけ、話せないのが問題なのに頭ばかりがデカくなる。本は知らない単語さえ調べてしまえば理解はできる。朗読はまるで出来の悪い小学生並み。100回読んでもバカ丸出し。ボキャブラリーは恐らく聞いたら分かるけど、使えない単語を含めれば2000もあるかどうかといったところ。日常会話では多岐に渡るテーマやコミュニケーションとなるとちょっと自信がない。発音はLがいまだにダメ、アクセントやイントネーションを直されることも多い。聴き間違えもひんぱんにおこしてしまう。

よく見積もっても僕のスペイン語はこの通り。近所の馬鹿餓鬼にも劣る程度なのでこれから書くことはスペイン語が出来る人にはまったくもって役に立たない情報なので最初に断っておく。

今のスペイン語の勉強方

言語を学ぶにはいくつかの段階があると思っていて、時々に応じた学の機会が必要となるようだ。はじめは参考書や学校が必要だけれども、それではいつ迄も国語の教科書を朗読しているような話し方になってしまい、話中の相槌や会話をつなげるためのちょっとしたひと言は口から出ない。
知り合いに頼んで夜にすこし勉強をして見たのだけれど、どうしてもテクニカルな事に集中してしまい、話すという目的とはちょっと違う方向に進んでしまった。この学び方は違うと思いつつ、なかなか修整をすることが出来なかった。僕のスペイン語は学校にまじめに通っている生徒さんにも劣る酷いものになってしまった。

なかなか糸口が見つからない。女中さんに家庭教師も頼む事にした。彼女はスペイン語は話せるけれど学校の先生の様には教えることは出来ない。でも逆にそれが良かった。小難しい質問をしなくなり、言葉をそのまま受け入れた。そうなると買物やちょっとした頼み事などもスムーズにいくようになり出し、このころから話す事への垣根が随分と低くなった。と同時に自分のスペイン語が変わり始めたことに気がつく。宿の日常生活に必要な単語を覚えてしまうと側から見ればペラペラにみえてしまうのだと感じたのだけれど、自分のスペイン語が全くなっていない事も分かっているという変な感覚がつきまとった。相手も僕がスペイン語を話せることを前提に話すので勘違いや言い間違いが目に付くようになって来た。それが原因で女中さんのセシーは辞めてしまったのだけれどそれが僕の実力なのだとあらためて思い知る事となる。

僕はもう一度キチンと勉強しなおす必要性を感じて、本を買い、文法書を引っ張り出して、「読み」「書き」「話し」「聞く」をいっぺんに同時進行で勉強することにした。語学学習では各スキルが少しのタイムラグを置いて同時に伸びて行くものだと思っているので、何かひとつに特化して勉強するのは今の僕にとってはあまり良い勉強方法だとは思えなかったから。大嫌いだった書くこと、読む事を中心に分からないことがあればそのつど辞書をひき、文法書を読みなおした。新しく来た女中さんにもお願いして仕事のあと1時間のレッスンを受けている。レッスンでは本を全速力で読んで貰い、録音したものを何回も聞き、同じ速度で読めるまで練習を繰り返す。翌日、僕が朗読する。チェックしてもらい、発音や抑揚をなおしてもらう。読んだ文章をセンテンスごとに何が書かれているかを説明して、分からない単語は使い方をより詳しく教えてもらい、その場で文章を作って理解しているかをチェックした。文中の動詞はどの活用が使われているか書き出して、どうしてその活用が使われているのかを考えた。これまでぴんとこなかった活用が見え始めてきたのでより理解が早くなって話しの中で明確に使い分ける事ができるようになっていく。YouTube で流行りの曲を聴いて一緒に歌う。間違える事を承知で新しい構文で話し、あっているか、間違えている時は直してもらい、口が覚えるまで繰り返す。最近はもっぱらこの方法で自分のスペイン語を磨いているのだけれど果たしてこの方法があっているかかどうかはまだわかっていない。

スペイン語が話したいんだ

最近、スペイン語を話したくて仕方ない、英語もしかり。日常の生活には困っていないし、ことは足りているのだけれど、話していて自分がバカに思えてくるような、道徳も教養もない頭の悪さを露呈するようなスペイン語が嫌なのだ。まるでいつも真っ裸で歩いているような気分になる。
日本人だから、歳だから、性格的になどといった言い訳などまっぴらごめんで、何が何でも話したいと負けず嫌いの性格を丸出しにして勉強をしているのだけれど、いまいち上手くなっていない気がして仕方がない。聞けば「お前のスペイン語は正しい」と言われてもそんな訳があるはずなかろうと疑いの気持ちがムクムクと湧出していけない。

話し方がとろくさく、いちいち必要な単語を探さなければ口から出てこない、話していて間違えるたびに”あっ”とか”また間違えた”とかと四六時中感じているのが嫌で嫌で”お前は馬か鹿なのか”と自身に悪態をついている。

英語を習った時にも感じたこの苛立ちは、心にべっとりと張り付いて今でもはがすことが出来ないもので、こんなものに一生張り付かれていてはたまったものではない。早くひっぺがして捨ててやりたいとかきむしってはいるのだけれど、なかなか突破口が見つからない。

外国で暮らす、特に地元に根付くように暮らすとなると片言で済まないことが多々あって、ただ話せると言うだけでは片付けられない問題が出でくる。言葉はその国に住む人のアイデンティティの一部であって、その国の文化や人々の気持ちのありように深く根ざしていると思っている。言葉がとてもよく話せてもその国のジョークがわからなくてキョトンとしてしまうのはそのため。言い回しやエクスプレッションなどがいい例。単語自体に本来の意味を付加していなかったり、擬似的な有様を他の単語で表すような言い回しはその国を知らなければ話すことが出来ない。
感情や想像、推測を含む言い方にも苦労する。自分が持つ心の動きと使う言葉にズレが出てしまう。勘違いが起きて凹むのだ。痛い目を見るのだ。いらいらしたり、心がざわざわするのだ。

そう、僕は今、とってもスペイン語が話したくなったのに腰が引けて話せない時がある。そんな時、自分の中にある日本人を感じて、自分はこんな者ではないと悔しい思いをしている。

誰しもが通る道ではあるけれど、出来れば避けて通りたい。でも僕も御多分に洩れず泥沼にはまってしまったようだ。それでも僕にはスセリーやレオがいて、午前午後と彼らの情けを受けて一歩でも前に進もうともがいている。

僕は4年前にフィリピンで英語留学をしました。ほぼ話せない状態からのスタートは楽しくもあり、辛くもありました。それでも僕は英語を手に入れ、旅の途中にあっても困ることはなくなっていました。宿を始めて外人のお客さんが来ても簡単な意思の疎通はできる程度には話すことが出来ます。おそらくそれは当たり障りのない会話だからこそ支障を感じていないのだと思っています。でも語学にはその先がありました。日本語でなら出来ることが出来ない、込み入った会話をするには、もう少し勉強する必要があります。英語では到達する事のなかった世界がスペイン語で立ちはだかりました。幸いにもグアテマラで暮らす僕には多くの友人がいて機会にはとても恵まれた環境にいます。僕はその世界に踏み込んでみることにしました。

ここでの暮らしも一定の落ち着きを見せてきて、書くことがなくなってきたので、スペイン語についてちょっと書いていこうと思っています。
学校や家庭教師のこと、どう学ぶのが効率的なのか、先生とのマッチングや日本人にありがちな癖、目標設定やレベルによる学び方などを僕なりの時点で言い放ってみてもいいのかなぁと思っています。

日々雑思 筆が遅くて

めっきりと更新が遅くなっています。サンペドロの生活で日々感じる事はあるのだけれど、どう切り取ったものかとあぐねてます。

セシー辞める

ある日、妹のスセリーがやってきて「お姉ちゃん怒って他の仕事みつけちゃって働き出したよ」と言う。呆気にとられる僕。まぁ辞めてしまったのはしょうがないと思いなおし「そうなんだ、わかった」と答える。スセリーもちょっと困惑した顔をしている。

ことの始まりは「週末の金曜日を休みたいと」セシーが言うので、休みをあげたことからはじまった。金曜日は何事も無くすんだのだけれど、日曜日にセシーからメッセージが届いた。そこには明日休む事が書かれていたので、セマナサンタの今週はなにかとあるのだと思い、来週は休んでも良いからと返信をした。土日に働きにきているアナに来週働けるかと聞くとできるというので僕はアナに仕事を頼んだあとにセシーから月曜日に行くと返信が返ってきた。僕はすでにアナに頼んだから再来週からと答えた。

セシーはふだんネット環境をもたない。僕が見たメッセージは実は金曜日にセシーが念の為に送信したメッセージだった。ところがセシーはメッセージが送られる前にネットを切ってしまいメッセージは宙ぶらりんのままとなっていた。日曜日にセシーがネットにつなぎなおしたときに未送信だったメッセージが僕に届いた。

僕は月曜日の事だと思ったので快く休ませてあげたつもりだったのだけれど、セシーからすると突然休めと言われてカッと頭に血がのぼってしまったらしい。すぐさま新しい仕事をみつけて1週間だけ働こうと思ったみたいだけれど長く働いてくれと言われ承諾してしまったと言うのが事の顛末。グアテマラ人気質というか、僕の想像外の事でぶち切れてしまい、対応する間もなく事を運んでしまった。隣りのドーラやアデライダもそうであることからこのへんの女性の気質なのかも知れない。

タクアシンヲタベテミタイ

その動物を見たのはカンクンの宿。鼻がすんなりとしてシッポがひょろりとした狸くらいの動物。どうやら食べられるらしい。「身は鳥肉、味は豚肉だ」という。「何処にいるのだ」と聞くと「そのへんにいる。夜に出る」という。「食べたことがあるのか」「ない、でもお爺さんが食べていた」「お父さんは食べたことがある」「お前も食べたいのか、今度摑まえておいてやる」などと様々な答えが返ってくる。

ある日、屋台へいく。ブタアバラのBBQを頼んだのだけれど、サイズが小さい。骨と骨の間が狭い。「これはブタか」「そうだ」「タクアシンを知っているか」「知っている、食べたいのか」「これはブタか」「そうだ」「タクアシンハブタノアジガスノデアロウ」「ソウダ」「コレハブタカ」「ソウダ」疑惑は残ったけれどどうやらブタらしい。村のみんなが知っているが食べた事がある人の話を聞いた事がない。鶏肉の見てくれで味は豚とは何とも変わった動物が近所にいるのであれば是非とも一度賞味してみたいものだ。

セマナサンタ
キリストさんが死んで復活するまで祭のこの期間。村には出稼ぎに行った人々が帰ってくる。メルカドは夜までにぎわい、通りには屋台がいつもより並ぶ。人の通りもいつもより多く、見たことが無い顔が見た事がある顔と連れだって歩いている。家族のようだ。ロープ屋の店先に並ぶ腕時計を楽しそうに選ぶ人がいる。中古のニセモノだけれども買ってももらっている方はニコニコと嬉しそう。「今日はなんで人が多いのだ。セマナサンタだからか」と聞く。「出稼に出ていた人が家族のもとに帰って来ている」とロープ屋のオヤジが教えてくれた。
通りに出るとなんだか恥ずかしそうな顔をした子どもが新しい洋服をきせて貰い父親らしい男に手を引かれている。子どもとしてはいつもは居ない父親の手に引かれて歩くのがなんだか恥ずかしいやら、うれしいやらなのであろう、微妙な顔をしているが屋台で大きいほうのケサディーヤを買ってもらい喜んでほう張っている。

まだ子供のころ、田舎の弥八さんが出稼ぎに来ているので今日は家に泊るからと母親が言って布団を敷いていたのをふいに思い出した。40年程も前のことなのに。弥八さんは福島から冬の間東京で働いていると言う。どうして東京で働いてるいるのか僕にはわからなかったけれど、何か大変なのだということはわかった。ここに住む人達も同様に半年も家を開けているのかと昔の日本と重ねて見てしまう。
せっかくの帰省だからごちそうを用意してふだんの労をねぎらってあげる家族の姿がそこにはあった。プロセシオンとよばれるキリストが自分が磔にされる十字架をかついて歩かされる様子を模した像を乗せた御輿をかつぐ行列が目の前をゆっくりと通りすぎる。横切ろうとした親子連れ、子どもはちょっとけつまずいて、手に持っていたカットフルーツを落してしまい、半泣きの顔になっていた。それを見た父親は笑って子どもをなぐさめている。父親の背中に大きな十字架が見えた気がした。