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日々雑思 信頼のない真実の情報は発信できるのか

スペイン語学校の情報がないと幾人かの人から聞いたので情報を一新することにした。ただ、ここではたと困ってしまった。前にも書いたように宿を商う者の情報は信じてもらえない。当然kamomosi が発信する情報は信頼性がないことになる。以前は自分が各学校を巡り、インタビューした事を書いたが、それではウソだと思われてしまう。今更個人で書きましたといってもウェブサイトの名前がkamomosi では益々ヤラセだと勘ぐられてしまう。各学校のウェブサイトかSNSのリンクを貼って終わりというのもなんだかへん。そんなものは調べればすぐ出るし、関連したブログなども沢山出てくる。となるとなぜ?人は情報がないといったのであろう?

先日、ネットで調べてもすぐには出て来ない情報をくださいと言われ、そんなことあるのかと試しに調べてみると、僕の知る限りで出て来ない情報は皆無だった。ここで言っているのはツーリストに必要なという意味で、当然村の商店が変わったといったことではない。日本語、英語、スペイン語、その他フランス語でもなんでも検索すれば現地ならではといった情報など、もはや見つけることが出来ない情報を見つけることが難しい。つい5年前まで英語もスペイン語も出来なかったオッさんですら出来るのだから、今の旅行者にとっては造作もない。存在しない情報を探しているのだろうか?

新しい宿のホームページも見る人は少なく、やっぱりなと予想通りの展開となっている。写真を多くして、読まれない宿の情報は最低限にしてあるのだけれど、口コミがないから機能していない。

果たして僕は既にスペインの学校には通っていないのでリアルな体験を書くことも出来ない。いくら先生達と普段から話をしていて、伝える術を持っていても信じてもらえないジレンマに陥ってしまうばかりでまったく筆が進まなくなってしまい諦めた。

上記のような事が分かっているのに解決方が見つからない。矛盾するこれらの事象をどのように解決したらいいのだろう。ウソではありませんと訴えたらいいのであろうか。芸人がやったように涙を流したら信じてもらえるのだろうか。そんな事をしようものなら取り返しがつかなくなってしまうのではないかとすくんでしまう。もはやこれまで。

面白いこともあった。先日、日本食のお店の写真を掲載した。屋根からステキな花が垂れ、ハチドリがつねにやってくる。店に立ち寄った時、多くの人がやってくるのだけれど、彼等は写真を撮るためだけにやってきて、店内で散々携帯で撮った挙句、帰ってしまうという。事の善し悪しを言うつもりはないけど、情報が伝わっている事を知った。これはどうした事なのだろう。写真だけは真実だと信じてもらえることはわかるが学校を写真だけで紹介出来るのだろうか?表現の仕方を考える。でも写真だけを撮りに行かれてしまっては先方に迷惑をかけるだけとなってしまう。どうすればいいのだろうか。

どこかの島で日本人お断りと書いた店が炎上しているという。さまざまな事が書かれていたが、どれももっともだとも思える。先進国で暮らす人々の考え方がわからなくなってきたのであろうか。朝来る女中と話していると非常に単純明快でわかりやすい。彼女の話の真意をはかりウソを見抜いてやろう、それは違うと言ってやろう、徹底的に叩いてやろうとはまったく思わない。それどころか、なるほどなるほど、もっと話しておくれと言いたくなる。彼女の考え方に興味津々となり、また一つ違う事を知れたと喜んでいる。

さて、筆が止まってしまったスペイン語学校の情報どうしたものか。

日々雑思 祭り 萬毎

村祭り

村は年に一度の祭りとなる。花火が上がり、音楽を鳴らし、踊る。通りには露店が立ち並び、服、毛布、菓子、雑貨を売る。安いものもある、そうでないものもある。遊具は観覧車、トランポリン、コインゲーム、カート、ビンゴなど普段は見ない遊びが所狭しと並び子供を誘う。村人は浮かれ、ねり歩き泡沫の祭りを楽しむ。

メルカドも賑わう。いつもより張り切った売り子が声を上げて客を呼ぶ。この時ばかりは車もトゥクトゥクも迂回するので四六時中渋滞している。譲り合う気持ちがないのでにらめっことなり、益々流れが悪くなる。

チョナの露店で一休みする。儲かっているのかと訊ねる。同じだと答えながらザルに入った金を見せた。いちばん大きなお金ばかり入っているので、儲かっているではないかと聞くとヒデキこれはなと言い出した。聞くと、皆この祭りのために銀行にへ行き借金をする。借りた時は全ていちばん大きなお金なので、みんながみんなそれを使う。だからこの時期は小さなお金が足りなくなるのだそうだ。たった数日のために必要以上の借金をするのでよく月からはひたすら銀行に返済する日々となる、私はそんなことはしないと少し寂しそうな顔をした。チョナにも小さな子がいる。きっとたくさん遊んでやりたいのであろう。

整える

庭のテラスにタールを塗る。1年に1度。塗った後は数日間乾かないので、客の居ない今のうちに済ませてしまう。鼻の奥をくすぐるようなタール臭は子供の頃に乗った電車の床の匂い。塗りたての床はヌルヌルとして油が虹色に光っていた。靴でこすっているうちに真っ黒になってしまい父に叱られた記憶が蘇る。

2階のテラスに設えたテーブルを直す。いまいち塩梅が悪く、なかなか客も使ってくれないので、テーブルに合わせて椅子の足を少し切ったがどうにもしっくりこない。果たして使ってもらえるであろうか。

3階のトイレのタンクから水漏れしていたのに気がつかず、すっかり水がなくなってしまう。タンクの蓋を開け、中の止水栓を見ると外れて水が出っ放しになっていたのだ。いったいいつ外れたのであろう。直す。

部屋のカーテンを取り替える。セシーやグラシエラから貰ったスカートをリメイクしてもらった。セシーの従兄弟に頼む。安い。とても良くなった。民族衣装を使った部屋の装飾は喜ばれるであろうか。

朝、セシーから連絡があって今日は行けない。兄嫁の子供の面倒を頼まれた。だから行けない。でも明日は確かだ。と書いてある。先日一時帰国した友人が日本は大変よーみんなとっても働いてると聞いたばかりだったので笑ってしまった。たしかにそうなのかもしれない。どちらも幸せなのだ。大丈夫だ良い一日をと返信した。

ちょっとした手入れがここでの生活には欠かせない。良く整えた場所場所には正気が戻り、いつ客が来ても大丈夫だと言っているように思えた。不意に看板を作ろうと思いつく。これまで頑なに拒んできたが、新しいことを始めてみようと思った。ペンキで描いた真新しい看板は中々の出来栄えとなった。セシーが来たら一緒に掲げよう。

スペイン語

携帯に入れてあるアプリが毎日一つ新しい単語を更新していることに気がついた。例文もあり良い。訳を付けてソーシャルメディアで配信する。自分のボキャブラリーを増やすことにもなる。聞いたことのない単語、忘れてしまった単語のなんと多いことだろう。身の回りにあるものは一度は聞いたことがあるはずなのに、未だに全部言うことが出来ない。

この一週間で気になった単語

tenazas ペンチ

Expiró 有効期限

Venció 賞味期限

Podrido 腐る

Violacion レイプ

Delito 犯罪

Transparente クリア透明

Rostro

Champron トウガラシの一種

Pitalla ドラゴンフルーツ

Columna

Letrero 看板

Abrazadera パイプ止め金具

omega →L字金具

初めてのものも忘れていたものもある。単語の海は果てしない。

日々雑思 気持ちと言葉が一致しない

今日はスペイン語のことを少し、所用で出かけていてサンペドロとは違った会話をしているのだけれど、まだまだだなぁと感じつつなにも困ることがない。相変わらず僕のスペイン語と気持ちは一致していないのだなぁと感じています。

とは言え、忙しいながらも懐かしい方々に会うことが出来、1番大切な用事も果たすことができたのでなにより。書き置いてあった記事を今日も掲載します。

 

まったく上達を感じない。実際上達はしているのだけどそれを実感することが出来ない。自分がここでの生活で必要としているスペイン語のリミットになってしまったのか。もはや新しい事を学ぶためのシワが脳みそに残っていないのかと、すべてが疑わしく見えてしまう。ちょっとした会話の中で聞き逃したりすればあれっなんて言ったんだ、昨日まで聞き取れてたはずだけどと急に声が小さくなってしまう。それまで普通に話していのにうっと詰まってしまい出てこない。頭のすぐそこにその言葉がぼんやり浮かんでいるのに捉えきる事が出来ずにいると、相手がホイッとその言葉を投げてくれあーそれそれ、で、なんだっけと聞き直す始末。

女中や先生にこの言い方でいいの?と聞くと片端から違うと言われてしまう。そんな言い方はしない。わかるけど普通じゃない。などと言われると五里霧中となる。がっかりしてハンモックにドサリと身を投げた。途端、寝こけてしまった。

スランプともまた違う感じ。フィリピン留学の時、ずいぶんとひどいスランプになったことがあったけれど、あの時のような心の動揺がない。あの時はいけなかった。相手の言うことがまったく耳から入らない。昨日まで言えてたことがまるで言えない。脳がすべてを拒否する感覚。若干の違和感はあるものの普段はそれ程困るわけではなくて、いつもやらかしているトンチンカンな答え程度、女中のセシーはあーまたかくらいに思っているようで、すんなりと流している。こちらがちゃんと聞いてくれと頼むと逆にどうしたのだと怪訝な顔をしている。どうもおかしいのだ、スペイン語に自信がない。俺のスペイン語は正しいか?キチンと喋れているか?何を言いだすのだと言う顔をしてあー全部わかるわ、ちゃんと話してるわよと言うのでホントかと聞き直す。たまに間違えてるけど、ポキート(少し)よと言う。四六時中こんな感覚が後頭部から背中にかけて張り付いて気持ち悪いったらありゃしない。

使える単語は増えているのに一向に満足できない。間違えも多い。恥ずかしい思いもなく、またやってしまったくらいにしか感じないのがいけないのか。間違えて覚えるとは言うけれど、間違えたくないという思いがなければ厚顔無恥となるだけで記憶がどうの暗記がどうのと言っていられなくなる。

思い切って今日は勉強しないと決めて携帯でゲームなどしていても気になっていけない。紛れない。不安になる。気分転換に庭の手入れをと下に降りるが、もはや手入れする場所もない。寝ているカフェにちょっかいを出すと不機嫌そうな顔でお前など相手にしてやる気分ではないと素っ気なく振られてしまった。

たしかに自分のスペイン語はまだまだで、日常の会話の中でかなり限定されたシチュエーションでしか力を発揮しない。例えば中国とアメリカの貿易摩擦、アカデミー賞の授賞式について、ノートルダム聖堂の火災、アフリカのエボラ出血熱、ベネゼーラの政情不安、韓国のウォン大暴落、次世代通信5Gなど身近にある話題を理路整然と話すことはまったくもって上手くいかない。ましてやグアテマラの大統領候補者達に対する自分の意見述べたり、彼の国が抱える問題点について議論することなど遠い彼方のこと。列挙した項目について日本語であれば背景にある問題やデータを基にした推測、他国との比較などいともたやすく出来るのに、それが出来ない。これでは相手さんは犬と話しているのと同じかその方がまだ癒されるというものだ。たかだか5000語もあれば事足りるし、いくつかのパターンさえ覚えてしまえばあとは教養の問題だけのはずなのに未だにそんな簡単なことが出来ない。

文法は既に知っていて、理解しきれていない若しくは消化しきれていない項が若干ある程度、どの先生に聞いても既に上級者だと言われるのになぜ?ボキャブラリーに問題があることは承知している。おそらく英語では踏み込めなかった領域にさしかかっていることは薄々感じている。言葉に気持ちがのりだしている。他言語を操るためにはもう一つ二つ階段を登らなくてはいけないらしい。自分らしく話すためにはこれまでとは違ったアプローチが必要かもしれない。

日々雑思 雨季になる

暗くなるとポツリポツリと降り出し、遠くの方からトタンを強く叩く音があっというまに近づいて水浸しとなった。雨季に入る。ようやく庭の水やり作業から解放されホッとする。一気に草木が伸び始め、庭の緑は収拾がつかないほどに伸びてきた。季節の変わり目に庭木の剪定をする事を決めている。今週の初めからコツコツと片付けてきて、大きな袋に3個分のゴミが出た。菜園に新しいタネを蒔く。以前から何度も蒔いてはダメなシソを今回も蒔いた。ニラはふた畝分になるように株分けした。これでいつでも食べることができるようになりそうだ。メキシコから持ってきた一本の苗から随分と増えたものだと関心した。ほかにはオクラ、ごほう、メキシコのヒカマと言うナシのような食感の野菜も蒔く。コンポストで作った堆肥も随分とこなれてきたので拡張した畑に入れていく。土が足りないのであと一年くらいはかかるかもしれないが、ここではこうした時間の過ごし方がいい。ミミズがたくさんいる柔らかな土の匂いが鼻の奥をくすぐった。土をいじっているとなぜか心が落ち着いて、なにも考えることがない。良いことも嫌なこともなく、自分の手から伝わるモコモコとした感触と湿り気がただただ心地良い。少し休憩と思い立ち上がるとクラクラと立ちくらみがした。額ににじんだ汗を拭き、テラスで休む。掘り返した土はひんやりとして心地よいのか犬のカフェが早速陣取ってお腹をペタリとつけている。
玄関先の排水路を整備する。雨季の始まりと終わりに大雨が来るので水捌けを良くしておかないと庭が水浸しとなってしまう。雨どいを掃除してから水路に溜まった土を除ける。今年はレイアウトを変えて上手く水を誘導できるようにした。
仕事に来たセシーが庭草と低木を分けてくれというので株分けしてやった。

このふたつきほど予約もなく客もほとんど来ない。女中のセシーに心配されるほど客が少ない。去年の宿帳を見ると20人程は来ていたが今年はいよいよもっていけない。コレはダメだと早々に見切りをつけてスペイン語の勉強をひたすらやっているのだけれど、こちらもまたいけない。さすがに歳なのかと思いたくもなる。本を読むと辞書を片手にではあるけれどなんとなく読めている。言いたいこともだいぶ言えている。それでも、なにかが心に引っかかってしまって納得がいかない。一言で言い表せば、上達が見えない。文法は頭では理解できているようで、考えればなんとかなる。練習が足りない事も承知。なにせ1日中家に閉じこもっているのだから。朝のいっとき、女中のセシーとの会話が1日の唯一の会話。あとはひたすら黙りこくるしかない。1人で居ることがまったく苦痛にならない事もいけない。口を開くとロクなことにならないことがわかっているだけに厄介なのだ。本を書き写し読む。わからない単語を書き出して調べる。調べたところで使う機会がないので覚えることもままならない。モヤモヤが溜まり余計に話したくなくなる。人の話を聞こうとネットで片端から見ていく。意味を忘れてはいても聞き覚えのある単語がずいぶんとあって、ほーとかうーとか言っているうちに夕方になってしまった。

ZUMBAを踊り始めて半年程になった。こちらは上達著しく、この歳になって踊れるようになるとは思わなかっただけに楽しくて仕方がない。先日、踊っている時に左肩を痛めてしまい、しつこい痛みがなかなか取れない。はて、コレはもしや50肩というやつかと憂鬱な気持ちになる。メキシコで買ってきてもらった薬を塗りつつ踊りは欠かさずに通っている。雨季になり湿気が増し、気温が上がったせいで最近は疲れが早く出てしまう。見渡しても誰一人疲れていない。

ここでも歳のことが頭によぎる。考えてみれば諸先輩方がボヤいていたことがことごとく当てはまり出していることに気がついた。となるとこの先は終点に向かってラストスパートになるのだけれど、もう少し争ってみたい気もする。先日見た日本のニュースで中高年の引きこもりが実は大変な数となっていて孤独死の大半がこうした人達であるように書いてあった。誰も来ない宿であっても掃除は欠かさず、庭の手入れもきちんとしている。生活も規則正しく、荒れ果てるに任せる事もない。ゴミも捨てている。三度の食事もキチンと作る。客が居ないので気持ちも穏やかで、ささくれ立つ事もない。自分の好きなことに打ち込める環境があり、犬も良く懐いている。大丈夫だと1人呟いたところでブルッときた。得体の知れない悪寒が首筋を舐めた。急き立てられるように部屋の片づけをして気持ちを紛らわす。まだ遠くにあるけれどヒタヒタと近づいてくるお迎えの足音が聞こえた気がした。それは旅立ちへの怖さではなく生きている痕跡を残してしまうことへの恐れ。たいして所持品はないが粗相のないように、いつでもいいよう決まって整えておかねばならない。人々の記憶に残らないように、常に忘れ去られた存在であるように、人様に心配をかけぬように心がけねばと戒めた。別に変な願望があるわけでもないが、若い時からこのように考えてきた。それが現実味を帯びる齢となっただけのこと。それは楽しみでもあり、きちんと向き合えるようになりたいとの願望でもある。

日々雑思 穏やかな日々

セマナサンタが終わり、村は再び静けさを取り戻す。皆、気が抜けたように呆けていて、観光客の居ない通りに居るものも魂が抜けてしまったように座り込んでいる。観光客が来ないと嘆いた者もすでに諦めてなにも言わなくなる。取り立てて見るべきものもない村なのだから、この位でちょうど良いのだと思うようにしてから、ずいぶんと楽になった。予想以上に客はなく、スペイン語の留学をしている殿方が居なければとっくに宿を閉めてしまい、出稼ぎにでも出るのだけれど、そういう訳にもいかないので、一日中家に閉じこもりスペイン語を勉強して過ごしているうちに月末となってしまった。

あまり人と話す事が得意ではないのに丸2年も見知らぬ人と話してきたのだからそろそろ本来の自分に戻って雨季が終わるまで過ごすのもいいものかもしれない。女中のセシリアが「客と話してないのかと」聞いてくる。「話していない」と答えるとビックリした顔をしているので「客もまったく話さないのだから構わないのだ、邪魔をするものではない」と説明する。「食事の時も話さないのか、一緒に食べないのか」とたたみかけるので「話さないが一緒には食べている」と言うと、呆れた顔となる。「他の予約はないのか」と質問を変える。「ない」と一言だけ答えると「断っているのであろう、受け入れなければダメだ」と訴える。「断ってはいない。本当に何もないのだから仕方がない。少し勉強に付き合え」と話題を変えた。

勉強をしている時セシリアが「この本を貸してくれ」と言い出す。どうしたのかと顔を見ると「私はスペイン語を知らない。少し勉強しなければダメだ」と真顔で言い出す。「ここの村はボキャブラリーが少ないと言われているよ。普段マヤ語なのだから仕方ないだろう。メキシコや都会に行くとよくわかるんだ」「私は学校を休んでから普段スペイン語を使わなくなってしまった。知らない単語が沢山ある。この本の中にもある。ヒデキに質問されて説明出来ない。もちろん意味はわかるけど使ったことのない言葉がある。だから貸してくれ」「持っていけ」やりとりを終えて、ここまで来たかと息をついた。最近は見たことがない単語が少なくなってきた。まだうる覚えではあるけれど一度や二度は見た事のある単語ばかりとなっている。耳も良くなり口も良くなった。大抵のことは通じるし、聞き取りも出来る。でもなぜかバカっぽさを感じてしまうのは何故だろうか。英語では見えなかった領域に入った感はある。皆一度は通る道なのかもしれない。日本では月が変わると時代が変わるのだ。新しい時代の幕開けとなり、自分のスペイン語にも維新があるのだろうか。時代の遺物となって忘れられたこの宿のように、スペイン語も腐り果てていくのであろうか。もうすぐ雨季がやってくる。

毎晩夜になると同じ時間に同じ場所で同じ姿勢で止まっているクモが出る。自分の部屋なのでなんとなくそのままにしておいてやる。机の上の壁に張り付いて、朝にはどこかへ居なくなってしまう。よく見る。複眼が赤っぽく光ってこちらを見ているようだ。ザクロのようなその目の中には何人もの自分がいるのだ。こちらのことなど、なんでも見通しているかのような目玉が急に光りを失ってポトリと机の上に落ちた。腹を上にして弱々しく脚を動かしていたがやがて自分のことを抱え込むように縮こまり、動かなくなった。紙でくるみ捨てる。

庭に水やりをする。フランス女が植えたトマトはずいぶんと育っていて、その根元にガマガエルが住み着いた。水が嫌いなのかいつも決まって壁の方に逃げる。よじ登って向こう側へ行きたそうにしているのでホースのノズルを絞って勢いよくカエルの背中に当ててやる。水に無理やり押されるように下に落ちた。上から覗くとこちら側を向いて恨めしそうな目で見上げている。ガラス玉のような目を2、3度瞬いてから乾いた土の方にのそりのそりと歩いて行ってしまった。カエルの去った方にホースで水を撒き散らしてやった。

昼間ベランダで本を読む読んでいると、カフェが連れてきたのかノミが足元にいる。サンダルで潰してやろうと踏んづけるがピンと飛び跳ねるのでライターで炙るとたわいもなく動かなくなった。雨季の前は増えるので念入りに掃除をするが、ああした連中は数で生き残りを図るので殺虫剤を撒いておく。ベランダの下にも撒こうと潜ると知らない子猫が死んでいた。鳥につつかれたのか目玉が穴のようにくりぬけている。まだ腐っていないので昨夜か今朝に死んだのであろう。どおりでカフェが朝方に鳴いていたのかと合点がいった。ビニール袋に入れてゴミ屋に出してしまう。猫もまた最近あちこちに増えている。夜中にギャーと悲鳴がするのは野良犬にやられてしまっているのだろう。

買い物の帰り、前を女が2人急ぎ足で行く。何を急いでいるのかと見ていると、道の向こうの家からもう1人の女が何をしているのだと金切り声をあげて飛び出してきた。見る見るうちに怒った顔は泣き顔になり、もう死んでしまったと言っている。翌日、葬式が開かれた。この前まで遊んでいた子供だった。家の前を通るとオーイオーイとまるで人を呼んでいるかのように泣いている女の声が聞こえてきた。数日後、家の前を通ると中からは笑い声が聞こえてきた。ここの者は強いのだ。そうでないと暮らしていけないのだ。夜、いつものように教会から聞こえてくる下手な歌声が少ししみた。

夜、客とカレーを食べる。いただきますと言ったきり黙ったまま食べる。セシリアが居たらどんな顔をするのであろうか。食べ終えて客が小さな声でご馳走さまでしたと呟く。お粗末様でしたと答えて終い。客は部屋に戻り、自分は皿を洗う。しんと静まり返った台所でコーヒーを淹れた。今日もまた穏やかな1日であった。

日々雑思 宿を営む

水が来る日。いつも通りに少し早めに起きてタンクに水を上げようとポンプを動かすと水が上がらない。どうしたことかと確かめる。どうやら空気を噛んでしまっているようで呼び水を差してやらなければならないのだけれど、どこにもさす場所がない。仕方なく給水パイプを切りそこから水を差してやる。果たして水は登ってきたが、時遅く給水は止まってしまう。運悪くインターネットも通信障害を起こして繋がらない。これから来る客に断りの連絡も取れず。年末に向けて多少の問合せがあったところなので迷惑をかけるわけにもいかない。客に節約をおねがいした。
うちの宿は一旦なにかが起きると連鎖的にトラブルが続いてしまう。時間に追われてすべてが後手後手に回り、追いつかなくなってしまう。飼っているケモノたちも散歩にも行けず、じっと我慢している。少しうまくいきだすとふりだしに戻らせれてばかりで、前に進むことができない。何回そんなことが起きたのだろう。最近はそれに慣れてしまって凹むこともなくなったのだけれど、ずいぶんとひどい1年であった。諦めの悪い自分に呆れてしまう。

宿をやっていると日本人の動向がわかるようになった。旅人の移動が皆申し合わせたように同時期となる。グアテマラに限ったことでなくメキシコや南米も同じようにせーのとでも声がかかったように移動を始める。必然的に宿への問合せが増えてくる。器の小さいうちの宿はすぐにいっぱいになってしまい、断ってばかりとなる。ところが掃除のために空けた部屋の事が泊客から漏れてしまう。問合せがくる。うっかり断ると突然客から友達が問合せだのだけど断られたと言っていると言われる。果たして、しばし公平性を保つためにすべての問合せを断ることとなる。気持ちはわかるのだけれど、どうにもやりきれない悪循環となる。

宿の清潔にこだわるのはこれ以上こだわりを捨ててしまったら宿の利点がなくなってしまうから。すでに捨てた食事へのこだわりは自分が間違えていた。外国にあって日本人に日本食を提供することが喜ばれると勘違いしていたことに気がついて赤っ恥をかいてしまった。それはこの宿のこだわりの一つでもあった。長い旅の中にあってホッと一息つけるのではとやってきたのだけど、日本から直接来た客に出し、箸もつけてももらえなかった。深く反省し、以後日本人には素性がわかるまで和食を出すことはなくなった。そもそもうちに泊りに来ること自体が間違っているような気がしてならない。ホテルもあるのに何故と聞きたくなる。分相応という言葉はなにも高望みにだけ使う言葉でもなかろうに。やはり日本人旅行者にはそれなりのホテルがいいのであって、食事もグアテマラ料理を満喫した方が満足感が違うと思うのだけれど。グアテマラにあって和食を出すことは日本の様にはいかない。日本と比較されては太刀打ちもできないのだ。うちにある日本食材は以前泊まってくれた客からの善意の差し入れ。彼らの思いは長く旅をする者達のためにだけに使いたい。
ともあれ残っているのは清潔感だけ。それは捨てることは出来ない。安宿ではあってもキチンとしたもてなしをするべきだと思っているから。

夜、泊めてくれと客が来る。部屋はないと断るのだけれど、どうしてもと言われれば泊めてやりたくなるのは人情。自分の部屋を明け渡す。自分の部屋は客室ではないので金は取れない。タダで泊めてやることなる。金を払っている客がいる手前、同じようには出来ない。ところがwifeを貸せ。水が飲みたい。食事は出来るか。と聞かれる。出来ないと断っても金は払うと言われてしまう。もし、商いとして金を取るのであれば宿泊料より高くなってしまうのだ。客ではないのだから突き放せばいいのだけれど、それもやりきれない。客からは金を取れと言われる。何故取らぬのだと聞かれ、もてなすことなく金は取れんとしか言いようがない。屋上に毛布を敷いて寝る準備をしていると、ここで寝るのかと聞かれる。どこで寝ようが構わぬだろうと思うのだけれど、まるでこんなところに寝られては迷惑だとばかりに言われているようで、うなだれるしかない。そんなことが何回かあり客も呆れている。どうにも不器用でいけない。

親切は仇になって自分に返ってくる。くだらないこだわりを持ったばかりに誰からも理解されなくなってゆく。この一年は苦しい年となったけれども自分の物差しを手に入れた。それは他人と比べることが出来ない。自分だけをはかるための物差し。安宿ながらプライドを持ちたいと願ってやまない。価値観の異なる人が来るのは宿の常ではあるけれど、自分なりの信念を持って宿と向き合ってこれたのはいい事であった。客が宿を選ぶように宿もまた客を選ぶことを知った。来てくれる旅人に嫌な思いをさせないために、ミスマッチを防ぐためにネガティブな情報を包み隠さず流した。果たして策は功を奏して空港からほど近い都市にある宿では評判が落ち、パタリと客が来なくなったが、以前ここに泊まった外国人達の口コミが広がり、ポツリポツリと来てくれるようになってきた。宿の案内を英語に変えたことで泊まり客の言語の壁がなくなり、夕食が楽しい時間に変わり、会話が弾むようになった。英語はできないがスペイン語ができる者はスペイン語でまくしたて、英語が得意な者が間を取り持つ。笑い声がこだまして性別、肌の色、年齢関係なく楽しめる。誰も苦情を言うことなく、各々が節度をもって過ごしてくれた。僕はただ掃除をして、食事を提供するだけで良くなった。それは僕の理想とする宿にほんのちょっとだけ近づけたと感じさせてくれた。

3年目を迎えたこの宿。まだまだ至らない点は多けれどずいぶんと良くなったと思っている。やりたいことはいずれもちょっとハードルが高いものばかりでなんとか着手してみたいと願っている。それは妄想の域から出て少し現実味がではじめた。
そして僕のスペイン語、目標には少し届かずだったけれど、それは自分でも驚くほどの変化を遂げた。この歳になって多言語を話すということがわかった気がする。僕のは今、以前羨ましいと感じていた人達と同じ場所に立てた。ずいぶんと痛い目にはあったけれどもう大丈夫、すべてのことに糸口を見つけた。宿もスペイン語も次のステップにあがれたのかもしれない。

年が明けてしまったけれど、いい意味でも悪い意味でも苦難の年は自分を成長させてくれた。果たして今年はどの様な展開になるのか。明日が見えない暮らし、予定調和のない暮らしは僕を楽しませてやまない。

日々雑思 スペイン語

去年詰まった排水管が再び詰まり、水が溢れている。こしらえたウッドデッキが邪魔となるので、一部をバラし、配管を覆ったカバーを取り外す。見ると汚れてベットリとしていた。排水管のパイプ掃除機があればいいのだけれど、望むべくもなく、ガス用の硬めのホースに鉄パイプを刺して掃除する。3時間ほどかかりやっと詰まりが解消したが、汚れ落しのために使ったケミカルが腕についてケロイド状の火傷になってしまった。しばらく腕がひっつれた様になって気になるので薬局で薬を買ひ塗った。子供の頃足にお湯をかけて火傷を負ったのだけれど、どうしたものかその時の記憶はない。腕に出来たケロイドを眺めながらいつかこの記憶もなくなってしまうのであろうかと考えた。

洗濯機が途中で止まってしまい脱水が出来なくなる。掃除をしてみたが動かないのでひっくり返して配管を外して中の水を取り除く。狭いところに手を入れるので指先が切り傷だらけとなった。この洗濯機は宿を始めるときに買った韓国だか中国製のもの。技術を伴わないメーカーが作ったのであろうか、センサーなどの精度が低く、トラブってきたけれどなかなかよく働いてくれている。客の去った後のシーツを手洗いするとなると1日仕事になってしまうところを1時間やそこらでやってくれるのはありがたい。一通りいじくりまわすと機嫌をなおしてくれた。テレビを叩いたり、携帯のアンテナを髪の毛にこすりつけたりすれば立ち所に直った記憶が蘇る。今の日本にもまだこうしたことはあるのであろうか。

トイレのタンクに水が溜まらなくなる。給水パイプの上に付いているパッキンが風邪をひいてしまい硬くなっている。針金を持ってきて、押してやると再び水が溜まる様になった。パッキンを押さえるネジを調整して溢れない様に調整してやり、動作確認済ませた。水を流すレバーが外れかけていた。乱暴に扱った者がいたのであろう。排水のための蓋につながる鎖を付け直した。おそらくコレも長くは保たないであろう。このセットは去年買い直した新しい方なのになぜ。

宿をやっていると色々と壊れていくが、すぐに買い換える事が出来ないのであれこれと修理しているうちに大抵のことは自分で出来るようになった。電気、水回りの配管、コンクリの補修、ペンキ塗り、大工仕事、裁縫、包丁研ぎなどなんでもやらなければならない。こうした知恵は日本では発揮することもないたわいのないことだけれどグアテマラでは必須となる。若い頃、建築で働いた経験や小田原での半自給自足の暮らしがこんな形で未来につながっていたのかとぼんやりと考える。とすれば今のこの暮らしの何かがまだ見ていない未来につながっているのであろうか。「丁寧に生きる」それは僕にとってとても大切な生き方のひとつとなった。

村が家庭教師

はじめからこっちで勉強しておけば良かったと何回か客の口から言われたことがある。最初は自然が豊かで落ち着いた村だからだと思っていた。確かにその通りではあるのだけれど、先日、ある客と話していてハッとさせられた。
彼女によると「@#/&€♪☆で勉強してる人って話せない人が多いですよね」僕もそれは薄々思っていたのだけれどそれは勉強の方法の違いかなぁくらいにしか思っていなかった。彼女は続けて「ここって出かけていけばみんなが話しかけてくれるじゃないですか、都会だと話す機会があんまりないしほぼ先生とだけだからじゃないですか」僕はそれを聞いてそうだったんだと膝を叩いた。

そう、この村は宿を一歩出ると村人みんなが気さくに話しかけてくれる。「どこから来た」「名前はなんだ」「どの位居るんだ」「家族はいるのか」「サンペドロはどうだ」「ヒデキを知ってるぞ」などなどすぐに質問攻めにあう。家庭教師から民族衣装を借りて村を散歩するだけで「ペドラーナ(地元の娘)」「とても可愛いわよ」「それどうしたの」老若男女問わずに親しく話しかけられる。私服に着替えても彼らは覚えていて「今日は着ないのか」「毎日着た方がいいのに」とやっぱり話しかけられる。学校で習ったスペイン語をすぐに使う状況になる。一度村人と話すとどんどん知り合いが増えていき、言いたくても言えなかったことがどんどん増えていく。必然的に勉強するのでどんどんセンテンス、ボキャブラリーが増えていく。学校と違い生の会話では相手は容赦してくれない。普段の話し言葉でガンガン話しかけられているうちにどんどんスペイン語に慣れていく。何よりこの村の人は親切で、こちらがわからないとなると、わかるまで何度でも言い直してくれる。それはスペイン語初心者にとってはとてもいい練習でしかも楽しい。当然2週間もいればこちらがアラッと驚くほど話せるようになっている。

そうこの村は言ってみれば全員が家庭教師みたいなものなのだ。しかもタダ。そう言えばよく出かけていく客は帰ってきて「今日はこんなことを話しかけられたんですよ、こんな時どんなふうに答えたらいいんですか?」「こんなことを言われたんですけどわからなくて、どう言う意味ですか」と質問される。そんな時の客の顔はとても楽しそうだ。ストンと疑問が腹に落ちた音がした。サンペドロで学んでよかったと言う人が何を感じていたのかやっとわかった。ここで学ぶスペイン語は村民が作ってくれていた。それは文法的には間違っていることもあるし、方言が混じることもある。だから”きちんとしたスペイン語”と言われるものを習うには適していないのかもしれない。試験で良い点数を取りたいのであれば大きな町で権威のある学校や試験対策に実績を持っている学校で学ぶ方が確実で、日本人が多く学び、先生たちも日本人の特性をよく知っていて、教え慣れている学校を選ぶことが懸命だと思う。
でも僕は自分の気持ちを運ぶためのツールとしてのスペイン語が好きだ。旅人が経験から学んだスペイン語は聞きやすい。自然で相手の気持ちがすんなりとこちらの心に入ってくる。多少の間違いなど気にもならない。楽しそうにスペイン語を話せる様になった客を見るのは気持ちいい。そうした客ははじめからそうなることが決まっている気がしてならない。そんな彼らのレッスンをするうちの家庭教師達もまた楽しそうで喜んでいる。商売としてはまったく成り立たない、まったくのボランティアではあるけれど、やりがいを感じる事がいい。もし商売にしてしまったら多分やなことがたくさん出ることもわかっているから、それはまだやらない。僕が紹介したい客にだけそっと教えてあげるのだ、フフフ。

僕のスペイン語の先生を見つけた

新しい家庭教師を見つけた。4年ほど経験のある女性で会ってみると人柄は良さそうだ。控えめで大人しい感じを受ける。試しにレッスンを受けてみるとよくわかる。ところが客につけるとどうにもしっくりとしない感じであったので一緒にレッスンを受けて日本語でフォローしているうちに、僕自身があれよあれよと言う間にすっかり理解してしまう。説明が上手なのか、例題がいいのかわからない。あまり喋り上手でもないし、会話が弾むこともない。愛想がないのかと思い、日常会話をすれば、よくコロコロと笑い可愛らしい面も見せる。

彼女がとてもよくわかるレッスンをしてくれるのでノートを見せてくれと頼むと快く応じてくれる。見ると驚いた事に客のためにノートを一冊新調して資料をこのレッスンのために作っていた。レッスン中客の言った事をいちいち書き留め、どう間違えたかをキチンと整理している。それを元に次のレッスンを組み立てていた。どおりでわかりやすいはずだと合点がいった。通常、学校ではひと月またはそれ以上をかけて教えている接続法をたった2週間それも1日2時間ですべて教えてしまった。しかも、それをすぐに使えるように教えてくれたのには驚いた。しかもとても優秀だ。僕は”見つけた!”と思った。

彼女に毎日1時間スペイン語を習う事にした。あまりに僕が褒めるのでそれを聞いていた話せないと悩んで相談しに来ていた者が興味を示す。僕は聞こえないフリで流しておしまい。人の物をなんでも欲しがる奴にろくな奴はいないのだ。そうした輩にこれまでこっぴどい目に合わされてきているのでこちらも随分と知恵をつけさせてもらった。うちの宿は学校ではないし、僕はエージェントでもない、ノホホンと暮らしているオッサンであって相談するべき相手ではないのだ。好き嫌いがはげしい嫌われ者に相談したところで得るものはなにもない。

今年もあとひと月、果たして僕は目標にたどり着けるのであろうか。

日々雑思 魔法の杖が欲しい 旅の命題

魔法の杖が欲しい

英語やスペイン語の勉強をしていると時に驚くことがある。それは教える側にも教わる側にもあって、きっとこの人は最初からそういう人であったのだろうと思わされる。フィリピン人のカレンは、きっとそうした人なのだと感じた1人。彼女は単語のイメージをいとも簡単に英語で覚えさせてくれた。僕のボキャブラリーが足りないと見るや否や毎日新しい単語を20〜40個、しかも日々使う単語ばかりを僕の脳に刻み込んでくれた。こんな単語は使わないだろうと思っていたものは、今でもよく聞くし僕も使っている。それらは日本語に訳する必要もなく、そのまま覚えているので使う時に考える必要がない。それは1750個にも及んだ。当時、一緒に学んでいた友人に彼女のレッスンのことを聞かれ、彼女は天才肌ですね、なんだかわからないけど覚えられるんですと答えた。友人もまた彼女のレッスンがいたく気に入った。

留学に来た客の1人、キミちゃんもそんな1人。彼女は、本人に言わせると気がついた時には英語が出来た。物心ついた時にはすでに話せていたがそれに気がついたのは彼女が中学生の時に親が気がついたと言う。そんな彼女なのですぐに話せる様になるのであろうと文法に強い学校を紹介して、いい先生について勉強を始めた。ところが全然話せないと言う。先生に聞いても彼女はあんまり勉強していないみたい。だから話せないんじゃないかと困惑している。ところがキミちゃんは学校の帰り道に知り合いになったグレンディと小一時間雑談をして帰って来るようになる。ある日僕とその子が話しているのを聞いていて、キミちゃんは「すごーい全部わかった」と言っている。僕は少し驚いてグレンディに聞くとキミちゃんは話せてる。最初は何にも分からなかったけど今はなんでも話すと言う。ところが先生に聞くと相変わらず同じ答えが返って来た。そうキミちゃんもまた天才肌の1人だった。キミちゃんに聞くと勉強なんかしてたら話せないのだと言う。だからキミちゃんは今でもとっても簡単なことが言えなかったり、間違えたりするのに日常会話は出来ている。

先日、ある先生のレッスンを受けた。彼女の評判は以前から知っていて、レッスンの約束をしていた。たった3時間ほどのレッスンだったのにモヤモヤしていたものが一気に晴れて、全部使える様になった。なぜ今まで悩んでいたのかわからないほど、それはレッスン中に明快になった。しかも教えてもらったその直後から使えるようになった。僕は自分のわからないことが何なのかを明確にしてから勉強するのタイプだけど、これまでなんでわからないのかがさっぱり分からんと五里霧中だったのに、レッスンを受けた後に自分が分からなかったことが分かると言う変な感覚に囚われている。しかもレッスン中に出てきた新しい単語もシッカリと頭に残った。それはカレンに教わった単語同様訳す必要がなくて、しっかりとイメージだけが残った。彼女は少しだけ日本語が出来る。レッスン中に僕が分からないと言うと日本語で説明をしてくれるのだけれど、不思議なことにまったくイメージがわかず益々混乱してしまった。理解はできるのだけれど感じない。そんな感じ。僕は「日本語で言われても何も感じない、全部スペイン語で説明してくれ」と頼む。彼女は「そうね、その方があなたには良さそう」と答え、スペイン語だけでレッスンを進める。その言葉を使う時の心の動き、それを受け取る側の気持ちを僕に伝えながら自分の気持ちを運ぶ道具としてのスペイン語を教えてくれた。それは僕がフィリピンで受けたレッスンとまったくもって同質のもので勉強ではなかった。僕らのレッスンは客から見たらただの雑談やちょっとした相談くらいにしか見えなかったかもしれない。後から彼女の生徒に「彼女のレッスンはどうでした」と聞かれた。僕は「彼女に教わって話せない奴はバカかやる気のないやつだけだよ、彼女に習えば僕なら2ヶ月で話せるようになるよ」と答えた。生徒さんはちょっと驚いて引いていたので僕はまずかったかなと思い「でも、彼女の性能を引き出すには中級以上の力が必要かもしれないけどね」と付け足しておいた。たった3時間ほどレッスンで僕はこれまで苦労していた3つの文法を手に入れることが出来た。まるで僕がわからないところがはじめから彼女には全部わかっていたかのようなレッスンだった。いっさいの無駄がない完璧なレッスンだった。残りはあと3つ。そのうちの1つは前述したキミちゃんから今日の午後、英語で習うことになっている。もちろんキミちゃんはその文法をスペイン語では習っていないし、彼女は既に話していること気づいていない。でも僕はなんのためらいもない。出来るようになる事を確信しているから。

今日、書いた3人はまさに天才肌の人達だと思うのだけれど、僕は彼等がどれほどの努力をしてきたかを知っている。それは人がする様な勉強ではないのかもしれないけど彼等はやったのだ。決して言い訳をせず、サボらず、日々言語に向き合ってコツコツと積み上げたのだ。目に見えない程の小さな積み重ねの結晶の上に彼等の言葉があるからこそ僕の様な凡人の心に言葉を刻む事が出来るのだ。クソのようなプライドや高飛車な気持ちを振りかざす愚か者には手に入れる事が出来ない魔法の杖が僕は欲しい。出来れば英語とスペイン語の2本の杖が欲しい。なぜならそれはテストでは測れず、人と比べる事が出来ない素晴らしい物だから。

旅の命題

ズブリ!「アッイタァ〜」と笑ってしまった。左耳の軟骨を突き抜けたパイプに小さな金属片をクリッとさして引き抜くと耳に銀のワッカが付いていた。特異な性癖を持っている訳でもないし、何かを主張したい訳でも無く、もちろん不良というほどの悪党でもない。単純にやってみたいと思った。

若い頃に流行っていたリーゼント、アメリカングラフティから抜け出してきたかのようなボーリングシャツ、ダブダブの学生服にトラの刺繍、スカジャン、ルーズソックス、腰パン、などなど。あの家の子とは遊んではいけない。あんな格好をして不良に違いない。世間様に顔向けが出来ない。親にもらった大切な身体に傷をつけるなんてと言われてしまうようなことはすべてが憧れを伴って輝いていた。僕にとってそんなものの1つがピアス。特段憧れがあった訳でもないのだけれど、不意に思い立ってやってみることにした。プラプラとする金具を見ても特段何が変わったわけでもなければ、若返りの高揚感もない。「ふーん」それだけだった。不良おじさんでもないが、人様からそう見られてしまうのかしらと帰りにすれ違う人をジッと観察して見たけれども、誰も気にも止めてくれないので少しガッカリしてしまう。もはやピアスごときでどうなるものでもないだ。これから日本に帰る旅人が就職の時によくないと言っていたのを思い出す。さすがに僕の年齢で就職もなにもないのだけれど、果たして今の日本ではどう思われるのであろうかしらと妄想してフフフと笑ってしまった。ほっぺたの上の方から顎にかけて人差し指ですっと線を引いたり、小指の第二関節から折り曲げて先が欠けているように見せたり。服の袖を捲り上げて斜に構えたりするように耳に人差し指でと親指でワッカを作るような仕草があったりするのかしらと妄想は果てしなく広がった。ボワリ〜ンと熱を持つ耳がなんとなく気になり鏡をのぞく。恐る恐る触って見た。「時々クルクルと動かすのだ」と言われた通りにやってみる。ウズウズとした痛みが走った。でもその感覚は嫌いではない。

旅に出る時に決めたこと”迷ったらやる”をやってみただけ、バイク、ロッククライミング、ダイビング、宿。すべてが楽しかった。新しい経験は新鮮で怖さや不安があった。それは僕をワクワクさせたし驚きと喜びを感じさせてくれた。そして今回もおんなじ。嫌なら外せばおしまい。じきに穴は塞がって小さな傷となって思い出の一つとして残るだけなのだ。まだまだやってみたいことは沢山ある。ドレッドヘアー、青刺のようなアウトロー的な物、多言語や文化に浸かる。これまで行ったことがないような高い山に登ったり、何百キロも歩いたり。未知のものを口にしたり、沢山の人と話したり。恋人ができるかもしれないし、どん底で這いつくばることだって僕には楽しいのだ。「迷ったらやる」僕の旅の命題なのかなとちょっと思う。とりあえずこの言葉を心に留めて忘れないようにしよう。

日々雑思 ブログを再開しました

久しぶりの更新です

いろいろとあって筆が止まってしまいサボる。外国で暮らすことは日本人であることを強く意識させ、時にそれが重くのしかかり、まるで漬物石がのっているかのように心が真っ黒になった。日々の暮らしは穏やかで波立つこともなく淡々としているのだけれど、自分の心を吐露すると混沌をいざない、煩悩の舟で業の海に漕ぎ出した人のようになる。結局、破滅の滝へと流れて落ちてしまい、自我崩壊の夢を見た。遠い異国の地にあっても日本人として暮らすのは難しいのだと知る。

ポツリポツリとやって来る客だけでは暮らして行くこともままならないので寿司を売った。ケーキを売った。どうにもならない事などこれまでの旅ではなかったと記憶している。だからどうにかなるのだ。それにしてもつくづく自分は商人ではないのだ。道端で人様に自信を持って売る事が出来ない。買ってくださいと懇願出来ない。それでもお情けにすがって食いつなぐことができるのはグアテマラだからか。

買い物から帰ってくると客がいない。出て行ってしまった。金を取りはぐれる。くよくよしても始まらないのだといいきかせる。以前、最初に支払をしてもらった方がいいですよと言われた事があったのだけれど、大丈夫だとたかをくくっていた。次にあった時はどうしてくれようかと思いあぐねるが女々しいのでやめる。

ある日、飛び込みでやって来た若者が「実は金がないのだけれど泊めてくれないか」と言う。訳を聞くと銀行の金が無くなってしまいカードが使えない、今、振込んでもらっているのだけれどなかなかうまくいかない」と言う。「泊まりなさい」と言って部屋を貸す。「明日から学校へいく」と言うので「金は」と聞くとすでに払ったと答える。学校への支払はして宿の支払いは後回しなのかといやな予感がしたのだけれど1泊だというので仕方がないとあきらめた。翌日もその翌日も出ていかないので振込はどうだと聞くがまだだと言うだけ。遊びに来たエリコちゃんに話すと「またそんなことして」と怒られる。午後に帰って来た若者は「金がおろせた。支払う」と言って支払いを済ませるとその夜に出て行った。

電話があった。唐突に「1泊幾らだ」と聞かれる。答えると「50じゃ無いんだ、あそう」と言って電話が切れた。歳をとってしまった事で、外国に暮らしている事で今の日本人の感覚がわからなくなってしまったのだろうと諦める。先日来た客はバスでスリにあい財布を盗られてしまった。カードが無くなり困っている。日本から代わりのカードを送って貰うのでその間居させてくれと言われた。先日出来たDHLでならなんとかなるであろうと思い引き受ける。連日連夜面白い話をしてくれるのでついつい聞き入ってしまう。

メールのはなし
その昔、メールが始まった頃、電話と違い返事を急がないものだったのだけれど、一晩返信が遅れるとメールが届いているのかと問い合わせがある。申し訳ないと謝るのだけれどなぜだかしっくり来ない。メールのやり取りでは1通1問の型式が多い。LINEの影響であろうか。メールには用件を箇条書きにして答えやすいようにまとめたものだけれども昨今は少し異なるらしい。長い返信には「長文スマソ」と書くのが礼儀になるのだと聞く。まだ泊まるかどうかわからないと書かれている。それならば予約の問い合わせなどしなければよかろうにと思うのだけれど、どうやらそうではないらしい。最後のひと押しが必要だと注意を受ける。「まぁそんなことをおっしゃらずに一度来てみてくださいな、お泊まりになってから決めてもよろしいのではないですか、どうぞ、ぜひ、一度だけでも来てください」とお誘いをするのが礼儀だと言う。泊まる泊まらないは本人の自由だと思っていたので大変驚き、感心した。

案内のはなし
近隣の村々の事を聞かれる。気候や治安のことを聞かれる。こんな時どのように答えるのがいいのかと悩む。「どうですか?」と聞かれるのが苦手な僕は「普通です」と答えたいところを我慢して村の人口や概略、年間平均気温、大陸性気候について答える。そんなことを言った途端「コイツはバカなのか」という目で見られてしまう。以前、どこかの宿で管理人をやっていたという自信に満ち溢れた若者に「そんなことではいけない。知らなくてもいいところだと背中を押してあげなければいけない。けっしてたいしたところではないなどと言ってはいけない」と諭される。こちらにしてみれば果たしてそんな事を聞きたいのだとは思っていないのだけれど、例えば「日本の5月下旬の気候です」などと気を利かせて口を滑らせた途端「それは日本のどこですか?北海道ですか沖縄ですか」などと言われてしまうのではないかと勘ぐりたくなるほど、悩ましいのだ。

HPを英語表記に変更する。日本語で書いていても客が来ないので、これではイケナイ、外人を呼び込めと言う策。久しぶりに書き換えるHPに苦労する。チラシをつくりあちこちに置いてもらう。すぐに客がやって来た。どうだと聞くととてもキレイで安い、人に紹介したいが日本人でないと泊まれないのかと言われる。大丈夫だどんどん友達に紹介してくれとお願いした。
チラシを置いた店からチラシが無くなったから持って来いと連絡が入る。結構持って行ったり写真を撮っているといわれる。
行く先で寿司は今日は無いのかと言われる。でもあれじゃ高いだろと聞くとあれは安いと言われる。ケーキもしかり。これまで言われてきたことと真逆の事を言われて困惑してしまう。3階は雰囲気が悪い、宿代が高い、施設が汚いと言われて来たのに全く逆の評価に変わる。これは一体どうした事なのか全くわからない。
日本人をあてにしてはいけないと言われた言葉がズシンとのしかかって来た。外人を泊めるとうるさくする、汚くつかう、などなど言われてきたが決してそのようなことなく礼儀正しく何かあればきちんと聞いてくる。

日本人がバイクの事故で亡くなった。チキンバスとの事故。バスの運転手は逃走しようとしたけれど捕まった。面識はなかったのだけれども、うちに来る客がずいぶんと世話になったのに驚いていると言っている。バイクで旅をして来た者としてやはりこうした事故を聞くと心が痛む。丁度友人がロシアでバイクの旅を始めたばかりだったので無事を祈るばかり。

「旅人が行く先で幸せに出会う事を。試練に会う事なく、旅の目的を達して、無事岸に戻りつき喜びの家に家族と再会できる事を」

先日見た映画の中でのダライラマのセリフ。なぜこんな事を平気で言える事ができるのであろう。ありきたりの言葉しか知らない僕には到底無理な心温まる言葉だ。記事を読んだ時に不意にこの言葉がよぎった。

朝、メルカドへ向かう路すがら空を見ると、とても高くてまるで秋の空のよう。そう言えば8月も終わるのだ。ここには雨季と乾季しかなく村の人は夏と冬という言葉を使って説明するのだけれど、どうもしっくりとこないのでいけない。不意にブログを再開しようと思った。日本に暮らしていた頃もなぜだか秋の高い空を見るとなにかを始めようと決めることが多かった気がする。ブログを止めて反省している間にも、様々なコトがあってメモには書きためてあるので、折を見て書き足して行こうと思っている。良いコト、嫌なコトがあった。

留学に関するあれこれ

今回の記事に関しまして、一部不適切な表現がありましたため、今回の記事は削除いたしました。

ご気分を害された方には深くお詫び申し上げます。

なお、今後このようなことが起きませんようにブログ記事に関して再考いたします。当面の間、謹慎いたします。