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日々雑思 停電 独立記念日 他

昔、先輩にマッサージを頼まれ散々な目にあったけれども、人の身体がわかるようになった。不思議なことにわかるのは右手だけで左手ではとんとわからない。タイでマッサージを受け、その効果に驚き、仲良くなったマッサージの女にずいぶんと教えてもらった。これまで何人かに頼まれ施したことがあって、してやると喜ばれてきたので悪くもないのだろう。50肩に悩む友人の母親がくるようになって2週間程経った。当初は目から涙が溢れるほど痛がっていたが此の所ずいぶんと良くなってきた。夜も寝れると言う。家事も出来るようになってきた。揉まれている間もリラックスしていてよい。

「金を払いたいがどうだ」
「ワシは座頭金ではない。目も暗くない。琵琶も弾かなければ、按摩でもないので金はいらん」
「でも、お前はずいぶんと働いている。手も痛かろう」
「お前は友達の母親なので特別だ、お前らは何故なんで金で済まそうとするのだ。人がたまにほどこす親切は素直に受ければよい。そもそも病院に行けないからここに来ているのであろう」
「これまで二つの病院へ行った。どちらでも写真を撮ったが良くならない。先生は色々言うがなにもよくならなかった。でもお前は写真も撮らなければ、なにも余計なことを話さない。妻も最初は痛がっていたが最近は少しの痛みだけだと言う。夜もよく寝ている。礼がしたい」
「礼なら毎回お前ら2人が言っている、十分だ。今日は終わった帰れ」

二日後、茶碗2つとコーヒー1袋が入った小さな袋を持って現れる。その小さな袋もやると言う。ありがたくいただく。共に安物。可愛らしいがすぐに割れてしまう茶碗。メルカドの安コーヒー。けれど気持ちがそこにはあった。旦那の方は漁師で朝だけ漁に出ている。毎日ではない。その他の日は山に行っていると言う。薪集めか畑でても働いているのかもしれない。稼ぎも多くはないのだろう。午後はキリスト教の本の研究をしているという。妻がマッサージを受けている間ずっと本を読んでいる。時に質問をしてくる。時にスペイン語を教えてくれる。妻が呻くと痛いかと聞いている。仲のいい夫婦なのだ。

妻の肩はまだ痼があり、いくばくかの時間がかかるかもしれない。それでもずいぶんと良くなってきているので、ストレッチとリハビリの方法を教える。次からは三日おきに来るがよい、痛みは当分残るが大丈夫だ。良くなるので心配するなと伝えた。

先日、彼らの家の近くで知らない女から声をかけられる。「お前がマッサージをしている日本人か」「そうだ」「彼女はずいぶんと喜んでいる。お前の仕事か」「仕事ではない」「では、何故できるのだ医者か」「医者でもないが、ここの医者よりはマシだ」「いくらだ」「金はとらん」「わたしにもしてくれるのか」「お前にはしてやらん」「何故だ」「お前は友達ではないからだ」「いくらならしてくれるのだ」「1時間200ケツならしてやる」「ススッ」「そうだ、アディオスアミーガ」
善い行いも悪い行いも自分で決めるのか肝心。人がどう思うかなどどうでもいいのだ。こちらがどんな人間かは勝手に決めれば良い。自分は自分なのだ。いちいち人の想像に左右されているのはめんどくさいしガラでもない。

停電
夜になり雷が鳴り出す。夕食をとっていると停電となった。いったんは復旧したがまた直ぐに消えた。これは明日の朝まではダメだなと思った。ろうそくを廊下に置くと宿の形にぼんやりとした明かりが立った。停電は久しぶり。僕は停電が嫌いではない。村がしんと静まり返り普段聴こえてこない人の話し声が遠くに聞こえる。子供達のはしゃぐ声、ろうそくを灯し各家から漏れる静かな灯火。山極が暗闇の中に浮かび上がり、路は野良犬たちの天下となる。あちらこちらで吠える声が上がり、悲鳴も上がる。
雨が上がり、ぽちゃぽちゃと水がたれる音がする。家の裏で生まれたばかりの子猫の声は消えていた。夕方、カフェと散歩に出かけた時、どこに居るのかと探したが声は聞こえるけれども見つけることはできなかった。先程の激しい雷雨に打たれ凍えてしまったのであろうか。対岸の村には電気がついているのでこのあたりだけが停電なのかもしれない。やる事がなくなり早々に寝る。

独立記念日
独立記念日となる。あまりいつもと変わらない。いつも湖端で練習している学生たちが晴着で楽団となり道を行く。太鼓をたたく者、ラッパを吹く者、ジャカジャカとなる大根おろし器のような楽器を鳴らす者、踊る者が皆そろって練り歩く。村人は足を止め、道を開ける。村を巡って広場に集合した他の楽団も一様にやり遂げたような顔をして並んだ。女中のスセリーも参加した。汽車のハリボテの中担当。途中でハリボテの汽車が壊れ恥ずかしかったと言っていた。壊れたハリボテを道端に捨てたので先生からえらいこと叱られ、ひらいに行かされた。重くて嫌だったと少し拗ねていた。

中米の独立記念日はどの国も一緒の日だという。スペインから揃って独立したのだ。植民地のままでいれば今頃スペインとしてやっていけたろうにと思ってしまうのだけれど、きっと自分で出来ると思い込んで言い張る子供のように駄々をこねたのだ。挙句貧乏な国となってしまい、アメリカに不法就労などをしに行くことをよしとするようになってしまった。どうせ独立するのであれば一つにまとまってもよかったのではないかしらと思うのだけれど、自分だけが儲けたいと思った輩が6〜7人いたのだろう。勝手気儘に国を立ち上げてしまった。烏合の衆となり益々まとまりがなくなってしまった。

さぞ、色々なイベントでもあるのかと思っていたが、昼過ぎにはすべて終わってしまい、午後はいつもと変わらない休日となった。

夕方からサンマルコスのレストランへ手伝いに行く。80本ばかり寿司を巻いてくれと頼まれた。よほど人手が足りなくなると声がかかる。客を連れて行けば夕食の支度をせずに済むのだけれど、客が行かなかったり、宿で食事がしたいと言えば戻って作る。今回は戻らなくてはいけない。寿司は2人で巻いたので2時間程で終わる。最後に全部入りの特別巻きをこしらえて1本頬張る。東を向いて笑って食べるようなことはしない。ボート乗り場へと急ぐ途中、女の子が赤ん坊に乳を吸われて痛ーいと叫んでいる。遊び半分で自分の乳を吸わせたら思いの外力強くて驚いてしまったのだろう。隣で見ていた弟はケラケラと笑い転げている。グアテマラの子供は親の手伝いをよくするという。そういえば小さな子供が文句一つ言わずに手伝っているのを見かけることが多い。子供がやりたいと言った時にやらせてやる。失敗しても叱らない。次もやらせるのだという。
桟橋に子供が2人、客の呼び込みをやっている。大きな方が着ているTシャツに東京と漢字で書いてある。「パナか?」「サンペドロだ」「どこから来た」「東京だ、日本だ、お前のシャツに書いてある場所から来たのだ」「お前はこの字が書けるのか」「簡単だ」「スペイン語をどこで習った」「ここだチャ」チャというのはこの辺りの方言のようなもので他にもチ、ニシなどと語尾につけると地元感が強くなる。それを聞いて何者かを直ぐに理解したようだ。ボート代は地元価格になった。通常、客と乗るときは観光客価格を払うのだけれど一人で乗るときは地元価格しか払わない。
急ぎ宿に戻り夕食を準備する。

日々雑思 Bentoをつくる他

アナは土日にやってくる女中。向こうに住んでいる。以前姉の方が働いていたが、めんどくさがり屋で箸にも棒にもかからないおバカぶりだった。姉はまるで公衆便所のような女に成り下がり、取っ替え引っ替えオトコを漁っている。化粧もめっきり濃くなった。安物を使うのでたまに瞼が晴れ上がり益々安っぽい女に見える。夜な夜な家からほど近い小径で情事に及ぶので妹も呆れている。アナは姉とはまるで違い、勤勉で仕事も誠実にこなす。きっと姉がカスを一身に背負っていってくれたので、良いところだけが残ったのだろう。一度理解すればキチンと出来る珍しいタイプ。スセリーとは違い器量はないが可愛らしい。
ある日、「学校の課題で香水を作ることにした。ヒデキ、バラのエッセンスを売っているところを知らないか」と言うので旅行者通りにある自然食品の店に連れて行く。値段を聞いて驚いている。翌週「アレは高すぎて無理なので料理を作ることにした」と言っている。嫌な予感しかしないので無視していると「ヒデキ手伝ってくれ」と単刀直入に切り込んできた。「何が作りたいのだ」と答えてしまいまんまと罠にかかった。大抵の場合、罠にかかった虫は蜘蛛の糸に絡め取られて汁を吸われてカピカピにされてから捨てられるか、食べられてしまうことに決まっている。もうダメだと諦めた。スパゲティ、寿司、中華、マカロニサラダ、弁当を提案する。弁当にいたく興味を示している。「弁当がいい」と言う。「友達を隣村から呼ぶがいいか」と聞き、連絡をしている。「ヒデキ、友達が怖いから来れないと言っている」「外国人の家に来るのは怖いのだろう」「違うよ、人さらいが出るから怖いのだと言ってる」「どこで?ゲートが出来てからいなくなったのであろう」「隣村とそのまた隣村の間の道で2人さらわれた」「ここと隣村の間は大丈夫であろう」「私も毎日学校に行っているから大丈夫だと言っている、とにかく迎えに行ってくる」と言って出ていった。しばらくすると2人が現れた。

メニュー
牛そぼろご飯
鶏の照り焼き
ブロッコリーのマスタードマヨネーズ和え
粉ふきいもカレー風味
ほうれん草の胡麻和え
ピーマン、ソーセージ、ズッキーニのケチャップ炒め
ゆで卵

出来上がった物を試食する。「どうだ」「美味い」「なにか意見はあるか」「ない、これでいい。食べたことがないものしかない、きれいだ。コレを売ったら幾らでうる?」「誰にだ?」「ツーリストに」「50だ」「グアテマラ人には売るのか」「お前らには売らん」「なぜだ」「買えぬであろう、半額で売っても儲からんからお前らには売らぬ」
「他の仲間とも相談するので待ってくれ」と言う。「コレはお前らの課題であるのだから次回は指図はするが手は出さん。よく相談しろ。今日はタダで良い、帰れ」

親身になるとつけこんでくるので適度に突き放しておくことを既に学んであるので、良い人にはならない。アイツのコラソン(心)は黒いと言われているくらいでよろし。

所用でグアテマラシティへ出かける。今回はやたらと文字が目に飛び込んでくる。意味は忘れてしまったけれど一度聞いたことがあるもの。既に意味はわかっているが、こうして使うのかと感心させられるものが次々と焼き付いていくのが面白くてキョロキョロとしてしまう。やはり都会は文字で溢れているのだ。サンペドロにあるのは教会のスローガンばかりで面白みに欠ける。スペイン語に触れるということはこうした雑多な環境にあった方がいいのだと改めて思う。陸橋に書かれた高さ制限の文字、ファストフード店の客寄せの文字、役所のインフォメーション、バスの広告全てが新鮮であるけれど、なぜか外国にあることを感じさせない。タクシーに乗る。運転手との雑談もおきまりのことではあるけれど、話すスピードも気にならない。ぽんぽんと小気味よく会話ができるのであっという間に目的地についてしまった。先日きみちゃんから映画やドラマを2倍速で見るといいと聞いた。試しにレゲトンの曲を2倍速で聞いてみた。もちろん口は追いつかないのだけれど耳はしっかりと聞き取っていることに気がついた。バスの中でもイヤホンで曲をかけながら声を出さずに口ずさんでいると、となりにいるカップルがスマホに流れるビデオと見比べてこの外人歌えてるとちょっと驚いていた。いつものように乗ってくる物売り達の口上もこれまでとは違うように聞こえているので益々楽しい。果たして2倍速再生の成果なのかわからない。けれども新しいメソッドを手に入れたと喜ぶ。

マクドナルドに入る。今時のマクドナルドは注文すらカウンターでしなくてもいいようになっていてカウンター近くのモニターをタッチするだけで済んでしまうのに驚く。店員が哀れな外人を助けようと英語で話しかけてくる。スペイン語でどう使うのだと聞くと、すぐに切り替えてスペイン語で説明しだす。
「好きなものを選べ」
「どう選べはよいのだ」
「画面に触ればよい」
「コレはなんだ」
「野菜入りのスクランブルエッグとチーズとふにゃほら」
「値段がわからないではないか」
「こうするとわかるのだ」
「なるほど便利だな」
「コーヒーの大きさを選べ」
「どれほどの大きさなのだ」
「これこれしかじかになっておる」
「なるほどコレでよい、これで全部だ」
「では、ここを押せ、もう一度、もう一度」
とやりとりを終えるとレジで金を払えと案内された。初めて見る注文用機械に感心していたが、自分がまるで日本と同じ感覚で話していることに気がついた。

少しはやく用事が済んだので今回は早めに帰路に着いた。バスから見る車窓はまだ日が高く明るいのでよく見渡すことが出来る。高原に上がると一面にトウモロコシ畑が広がった。どこか間が抜けているように見えるのはアメリカの畑を見てしまったから。どこまでも手作業で行う農業とはこうしたものなのだと改めて感じる。機械はあるにはあるけれど、小さい。この広い土地にはあまりに非力なのだけれど、ないよりマシなのだ。次々と目に映る景色は新鮮で、知らないことが沢山あるのが嬉しい。標高2500を過ぎるあたりから人々のほっぺに赤みが増す。まるで違う民族を見ているような気になる。こうした所に住んでいる人々の笑顔はかわいい。あぁした笑顔になるには高い代償を払わなければいけないのだ。だからあの笑顔はいらない。

二日後、この村のチキンバスの運転手がシティーで撃ち殺された。バイクの一団に寄ってたかって撃たれた。他にも客と車掌が怪我をして病院送りとなった。死んだ運転手は近所の人。なぜ殺されたかと言うとみかじめ料を払わなかったから。通常こうしたバスの運転手はマフィアにお金を払って安全を買っている。たまに払わない者がいるとこうして殺されてしまう。大体、週に150ケツアルほど払えばよい。2000円くらいか。安いのだか高いのだかわからないが、ここでの人の命はそのくらいの値段なのだ。マフィアからすれば払わない者がいて皆が真似すると困ってしまう。次々と払わない者が出て来ては暮らしていけないので殺して見せしめにする。そうすれば他の者はおとなしく払う。サンペドロの者が殺されてしまったのは初めてだと声をひそめるように水屋のセニョールが教えてくれた。
良いも悪くもない。ここではそういうものなのだ。やった者は今頃教会で懺悔をして、胸をなで下ろしているに違いない。やられた者の家族もまた教会で天国へ行けるように祈って諦める。怪我をした者の家族もまた神に無事を感謝しているのだ。ただそれだけの事。折しも明後日は独立記念日。こうした祭り事が近くなるときは用心に越した事がない。もう一度グアテマラシティーへ行かなければならないので気が重い。次回は運転手の後ろに座るのはやめるか、みかじめ料を払っているか聞いてから決めることにする。

日々雑思 暇に任せて

この時期は暇で客がいない。11月までひたすら我慢の月が続く。雨季がいけない。雨季は観光客を遠ざけるのだ。でもサンペドロはいつも午前中は快晴になるのでいい。客もいないのでやりたい事をするのだ。暇だけれども忙しいふりをしていればここでの生活は楽しいものになる。

Zumbaを始める
客の女の子からzumbaに行こうと誘われる。以前から宿泊している客に紹介してはいたのだけれど自分がやることになるとは思いもしなかった。月水木の週3回で1ヶ月Q25は安い。金曜は別料金でQ5なのでこちらも行くことに決めた。

村役場の2階に夜8時に行くと、コロコロと太った女衆が集まっていて男は僕ひとり。恥ずかしいもなにも無いので見よう見まねで踊りだす。なかなか難しく笑ってしまう。宿を始めてから、こうして出かけるコトがすっかりなくなってしまったから気晴らしにいい。

ひと月真面目に通うと、だいぶ踊りについていけるようになった。女衆も優しい。ある日、行くとなかなか始まらない。どうしたのだと聞くと「スピーカーのコードがないので音楽がながせない」と困っている。「誰かが持って行ってしまった。こうしたことはたまに起きるので悲しい」と嘆いている。差し込み口を見てから近くのプロジェクターのコードが使えそうなので試しにさして見る。今度は「コンセントの差し込み口の形が違う。これではダメだ」というので、館内を見渡すとはじの方の壁にコンセントを見つける。「あそこまで届かない」というのでスピーカーを運んでさすと電源が入った。途端に全員が笑顔になり「いい仕事をしてくれた。お前はすごい」と口々に賞賛される。この程度のことは誰でもできるのだ。嬉々として踊る女衆が可愛らしく見えた。

踊っていると村の男衆が代わる代わる見にやって来る。アジアから来たおっさんが踊っているのを見て笑っている。この村の男衆は情けないくせにプライドだけは高いのでこうした踊りはできないのだ。先生になぜ男衆はやってこないのだと聞いても知らないと言うばかりで、はなから来ないものだと決めつけている。帰り道で知り合いに「踊っているのか」と聞かれる。「踊っている」とだけ答えると「いいな、健康になる」と言ったので「そうだ歌って踊れるおっさんを目指しているのだ」と得意に答えてやった。「歌えるのか」と聞くので「女中に習っている。歌える」と答えると「何曲歌えるのだ」というので「いまではたくさん歌える」と答える。電気屋のスピーカーから流れて来るレゲトンを口ずさんでやると驚いていた。女中のスセリーも見にきた。翌日「踊っていたな」と言うので「見たな」と言ってやる。スセリーは本当は踊りたいのだけれどエバンヘリコなので教義として踊らないことになっているからできないのだ。

ある日、行くと「今日は先生が急に休んだからできない。また明日こい」と言う。翌日先生からメッセージを送りたいから電話番号を教えろと言われる。教えると 「SNSのグループもあるが入るか、でもみんながすごく書き込みをするので大変でめんどくさい」と言われたので「考えておく」と返事をする。この村にはたくさんのグループがあってその情報伝達力は驚くべきものがある。彼らに秘密などないのだ。全てがお見通しになってしまっていて、この村ではそうしたことに慣れなければいけない。スペイン語学校の先生も若い子たちも皆グループを持っている。彼らはどんな輩がいるか、めんどくさい奴がいるかなどぜーんぶ承知なのだ。たまに僕のところにだけそっと言ってくれるのはある種の警告なのかもしれない。

せっかく始めたzumba。こうしたことは真面目に続けなければいけない。サボってはいけない。3ヶ月は黙って踊るのだと言い聞かせる。

レゲトンを歌う
気に入ったレゲトンを歌う練習をする。レゲトンとはラテンの歌謡曲のようなもので若い人たちに人気がある。流行りの曲は聴かない日がないほどどこかで流れていて、たまにうんざりすることもある。Zumbaでも使うので覚えておいて損はないのだ。レゲトンはとにかく速い、なかなか追いつけないのだけれど歌えるようになるとお客が驚く、グアテマラ人も驚く、自分も驚く。歌えるようになった曲、練習中の曲。
Azukita
Bailame
Sin Pijama
MI Medicina
Robarte Un Beso
Me Voy Enamorando
Criminal
Bailando
Echame La Culpa
Despacito
Me Niego
Mi cama
Nena Maldicion
Deja Vu
Te Bote Remix
Vaina Loca
Si Tu Vuelves
目についた片端から歌いまくる。速くて歌えないものあるけれど、毎日練習していると不思議と歌えるようになる。歌えるようになると聞けるようになる。歌の意味などどうでも良い、歌っているうちにわかるようになる。単語の意味などもうどうでもよくなって来ている。スペイン語で理解していれば他言語での訳などどうでも良いのだ。スセリーが「これは聞いたか?最近出たのだ」「聞いた、でも難しい」「そんなことはないヒデキはもう歌える、歌え!」「わかった歌う」翌日「練習したか」「まだしていない」「忙しかったのか」「忙しくないがやっていない」「・・・」ブーと膨れられてしまう。スセリーが歌い出す。歌っている時の彼女の口元は生き物のように舌がよく動き滑らかに音が出てくる。じっと見ているとこちらに気が付き目でにっこりと笑う。

50肩
家庭教師のコンセプシオンが「お母さんが背中が痛いと言っている。痛くて痛くて眠れない。姉妹でマッサージ器を買ったがダメだ」と言う。話を聞くとどうやら50肩のようだ。「一度、見てやる、でも動かせない程痛かったら薬を飲んで待たなければならない」「いつ来てくれるのだ。明日はダメか」「明日なら良い、3時に行ってやる」

彼女の母親の年齢は57才だと言う。肩の状態を見る。ゴリゴリしている。動かせることはできるので1時間ほどマッサージをしてやった。50肩は時間もかかるし、なかなか治らない。理学療法や注射を使って痛みをとれば良いのだけれどここにはそんなものは無い。
「う〜ん」
「痛いか」
「ムーチョ」
「我慢できるか」
「できる」
「ここは痛いか」
「ムーチョ」
「ここもか」
「なぜ痛いところがわかるのだ」
「知らん、でも右の掌で触ると昔からわかるのだ、左手はバカなのかわからない」
「治せるのか」
「知らない、でもこれまでも治ったと言われてきたのでやるだけやってやる」
「親切だなヒデキ」
「そうか、なら我慢していろ」
1日おきに1時間、夕方になると旦那とやってくる。旦那は質問が多くていけない。日本語でなら説明出来るがスペイン語では単語すら知らないので、朝やってくる女中たちになんと言うのだと聞くが彼女たちもスペイン語ではわからん、ツトゥヒル語ならわかると言うのでそれを習う。ツトゥヒル語はこの地域だけで話されるマヤの原語でおそらく滅び行く言語の一つ。喋れるようになってもなんの役にも立たないのだけれど、もし話せるようになったら日本で履歴書に書いてやろうと思っている。

ブログを再開してたくさんの人からメッセージをもらいました。拙くなく内容のないこんな記事を読んでくださる方々にお礼を申し上げます。記事にできないことのほうが実は多いのだけれど。

日々雑思 ブログを再開しました

久しぶりの更新です

いろいろとあって筆が止まってしまいサボる。外国で暮らすことは日本人であることを強く意識させ、時にそれが重くのしかかり、まるで漬物石がのっているかのように心が真っ黒になった。日々の暮らしは穏やかで波立つこともなく淡々としているのだけれど、自分の心を吐露すると混沌をいざない、煩悩の舟で業の海に漕ぎ出した人のようになる。結局、破滅の滝へと流れて落ちてしまい、自我崩壊の夢を見た。遠い異国の地にあっても日本人として暮らすのは難しいのだと知る。

ポツリポツリとやって来る客だけでは暮らして行くこともままならないので寿司を売った。ケーキを売った。どうにもならない事などこれまでの旅ではなかったと記憶している。だからどうにかなるのだ。それにしてもつくづく自分は商人ではないのだ。道端で人様に自信を持って売る事が出来ない。買ってくださいと懇願出来ない。それでもお情けにすがって食いつなぐことができるのはグアテマラだからか。

買い物から帰ってくると客がいない。出て行ってしまった。金を取りはぐれる。くよくよしても始まらないのだといいきかせる。以前、最初に支払をしてもらった方がいいですよと言われた事があったのだけれど、大丈夫だとたかをくくっていた。次にあった時はどうしてくれようかと思いあぐねるが女々しいのでやめる。

ある日、飛び込みでやって来た若者が「実は金がないのだけれど泊めてくれないか」と言う。訳を聞くと銀行の金が無くなってしまいカードが使えない、今、振込んでもらっているのだけれどなかなかうまくいかない」と言う。「泊まりなさい」と言って部屋を貸す。「明日から学校へいく」と言うので「金は」と聞くとすでに払ったと答える。学校への支払はして宿の支払いは後回しなのかといやな予感がしたのだけれど1泊だというので仕方がないとあきらめた。翌日もその翌日も出ていかないので振込はどうだと聞くがまだだと言うだけ。遊びに来たエリコちゃんに話すと「またそんなことして」と怒られる。午後に帰って来た若者は「金がおろせた。支払う」と言って支払いを済ませるとその夜に出て行った。

電話があった。唐突に「1泊幾らだ」と聞かれる。答えると「50じゃ無いんだ、あそう」と言って電話が切れた。歳をとってしまった事で、外国に暮らしている事で今の日本人の感覚がわからなくなってしまったのだろうと諦める。先日来た客はバスでスリにあい財布を盗られてしまった。カードが無くなり困っている。日本から代わりのカードを送って貰うのでその間居させてくれと言われた。先日出来たDHLでならなんとかなるであろうと思い引き受ける。連日連夜面白い話をしてくれるのでついつい聞き入ってしまう。

メールのはなし
その昔、メールが始まった頃、電話と違い返事を急がないものだったのだけれど、一晩返信が遅れるとメールが届いているのかと問い合わせがある。申し訳ないと謝るのだけれどなぜだかしっくり来ない。メールのやり取りでは1通1問の型式が多い。LINEの影響であろうか。メールには用件を箇条書きにして答えやすいようにまとめたものだけれども昨今は少し異なるらしい。長い返信には「長文スマソ」と書くのが礼儀になるのだと聞く。まだ泊まるかどうかわからないと書かれている。それならば予約の問い合わせなどしなければよかろうにと思うのだけれど、どうやらそうではないらしい。最後のひと押しが必要だと注意を受ける。「まぁそんなことをおっしゃらずに一度来てみてくださいな、お泊まりになってから決めてもよろしいのではないですか、どうぞ、ぜひ、一度だけでも来てください」とお誘いをするのが礼儀だと言う。泊まる泊まらないは本人の自由だと思っていたので大変驚き、感心した。

案内のはなし
近隣の村々の事を聞かれる。気候や治安のことを聞かれる。こんな時どのように答えるのがいいのかと悩む。「どうですか?」と聞かれるのが苦手な僕は「普通です」と答えたいところを我慢して村の人口や概略、年間平均気温、大陸性気候について答える。そんなことを言った途端「コイツはバカなのか」という目で見られてしまう。以前、どこかの宿で管理人をやっていたという自信に満ち溢れた若者に「そんなことではいけない。知らなくてもいいところだと背中を押してあげなければいけない。けっしてたいしたところではないなどと言ってはいけない」と諭される。こちらにしてみれば果たしてそんな事を聞きたいのだとは思っていないのだけれど、例えば「日本の5月下旬の気候です」などと気を利かせて口を滑らせた途端「それは日本のどこですか?北海道ですか沖縄ですか」などと言われてしまうのではないかと勘ぐりたくなるほど、悩ましいのだ。

HPを英語表記に変更する。日本語で書いていても客が来ないので、これではイケナイ、外人を呼び込めと言う策。久しぶりに書き換えるHPに苦労する。チラシをつくりあちこちに置いてもらう。すぐに客がやって来た。どうだと聞くととてもキレイで安い、人に紹介したいが日本人でないと泊まれないのかと言われる。大丈夫だどんどん友達に紹介してくれとお願いした。
チラシを置いた店からチラシが無くなったから持って来いと連絡が入る。結構持って行ったり写真を撮っているといわれる。
行く先で寿司は今日は無いのかと言われる。でもあれじゃ高いだろと聞くとあれは安いと言われる。ケーキもしかり。これまで言われてきたことと真逆の事を言われて困惑してしまう。3階は雰囲気が悪い、宿代が高い、施設が汚いと言われて来たのに全く逆の評価に変わる。これは一体どうした事なのか全くわからない。
日本人をあてにしてはいけないと言われた言葉がズシンとのしかかって来た。外人を泊めるとうるさくする、汚くつかう、などなど言われてきたが決してそのようなことなく礼儀正しく何かあればきちんと聞いてくる。

日本人がバイクの事故で亡くなった。チキンバスとの事故。バスの運転手は逃走しようとしたけれど捕まった。面識はなかったのだけれども、うちに来る客がずいぶんと世話になったのに驚いていると言っている。バイクで旅をして来た者としてやはりこうした事故を聞くと心が痛む。丁度友人がロシアでバイクの旅を始めたばかりだったので無事を祈るばかり。

「旅人が行く先で幸せに出会う事を。試練に会う事なく、旅の目的を達して、無事岸に戻りつき喜びの家に家族と再会できる事を」

先日見た映画の中でのダライラマのセリフ。なぜこんな事を平気で言える事ができるのであろう。ありきたりの言葉しか知らない僕には到底無理な心温まる言葉だ。記事を読んだ時に不意にこの言葉がよぎった。

朝、メルカドへ向かう路すがら空を見ると、とても高くてまるで秋の空のよう。そう言えば8月も終わるのだ。ここには雨季と乾季しかなく村の人は夏と冬という言葉を使って説明するのだけれど、どうもしっくりとこないのでいけない。不意にブログを再開しようと思った。日本に暮らしていた頃もなぜだか秋の高い空を見るとなにかを始めようと決めることが多かった気がする。ブログを止めて反省している間にも、様々なコトがあってメモには書きためてあるので、折を見て書き足して行こうと思っている。良いコト、嫌なコトがあった。

日々雑思 明けましておめでとうございます

もうすぐ年末年始がやってくるなぁと思っていたらあれよという間に満室になり、トモさんはメキシコへ、一人で出来るとタカをくくっていたら、飛び込み客やらなにやらでいっぱいいっぱいになってしまう。ベッドを奪われ、部屋を追い出され、屋上で一人テントに暮らすなんとも複雑な年越しになり、ちょっとクタリとなってしまう。
ともあれ、無事に年を越すことができ、お客も出て行ったので、一切の受け入れを断ってちょっとのんびりとカフェに出向く。セシーに私の仕事がなくなるではないかと叱れれたが、人生には仕事も休養も必要なのだよと上手いことを言ってごまかす。手のかかりそうな旅人はほっておいて、つかの間の休日を楽しんだ。

新年、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
昨年中に訪れてくれたすべての旅人の方達に感謝いたします。どうか良い年になりますように。

ネコ来る、ネコ去る
すっかり日が昇りきってしまった正午前、トモさんと買い物に出る。小道の真ん中で薄茶の丸い毛球がうずくまっている。犬が近づいても動かない。かなり弱っている様子でコレはダメだとすぐわかる。クビをひょいとつまんで土手の上に置いてやる。置かれたままの姿でまったくうんでもないし、すんでもない。そのままトモさんとメルカドへ向かう。
「ありゃダメだねトモさん。弱り切ってるよ。きっと昨日の夜、犬がやたらめったら吠えたてていたのはアレの所為だと思う」
「随分と鳴いてましたねー、アレがいたんですね、随分と弱ってましたね、きっと一晩中追い立てられていたんでしょうね、飼うんですか」
「ネコは拾ってもすぐ死ぬからヤダ、それにあいつは少し大きくなってるから、根性も曲がってしまっているよ、助ける気はないよ」

メルカドで買い物を済ませ戻る。先ほどの場所にまたちょこんと毛球がいる。カフェが近づいてフンスンと鼻を鳴らして嗅いでいる。それはまったく反応しない。もう一度クビをつまんでほっぽり投げてやろうと思ったが、くたりと垂れた姿が哀れになり、家まで持っていく。どうせ死んでしまうのだ。面倒を見るだけ無駄だ、やめておけと声がするが、試しにドックフードをくれてやると食べている。いくつか目の前においてやるとあっという間に平らげてしまった。水は飲まない。落ち着いたのを見計らって身体を見る。ひっくり返し、目をめくり、口の中、耳の中を見る、爪の間、肛門を見る。3階に連れて行き、タライに洗剤を垂らし、構わず水をぶっかける。水をかけられて抵抗するが力が入ってないので、あっという間に泡だらけにされ、すっかり力が抜けてしまった。ブルブルと震えているのでドライヤーで乾かしてやっている時に、やっと怒り出した。無理やり押さえて乾かした後、ポイと放り投げた。寒さと恐怖で震えはおさまらないけど逃げる様子もない。

10日間ほど飼い、随分と慣れて来てうちで飼おうと決め、名前をセンとつけた。子猫は癲癇を患っていて、時折激しく発作を起こした。見ていて気の毒だったけれど、調べると本人はあまりわかっていないらしい、辛くもないと書かれていたので注意しながら可愛がっていた。ある朝、発作を起こし脱糞してしまったので後でお風呂に入れてやろうと思い、庭に放してやっている間にどこかへ消えてしまった。まるで神隠しにあったよう。よく懐いていただけに一寸心が痛んだが、それはあの猫の選択だったのだと諦める。いさぎよく諦めることもここでは大切なのだから。

カフェにて

新しくできたカフェの屋上の工事が済んで、そこからの眺めが至極いいと教えてもらったのでトモさんと行く。日当たりがよく気持ちいい。目の前に湖が広がって周辺の村々も良く見ることができる。
コーヒーを飲んでいて湖に泳いでいる男を見つける。男は沖へ沖へと泳いで行く。入江の三分の一くらい行ったところで、水上バスが男を見つけ、近寄って行く。泳いでいることがわかると踵を返して目的地に向かうが、引き波が男を上下に揺さぶっていて、その度に男は立ち泳ぎしなければならない。どうやら反対岸の岬を目指しているようだけれど通りすがるボートの引き波に遊ばれてチョット嫌になってしまったのか立ち泳ぎをしながら後ろを振り返っている。すでに真ん中より向こうようりに行ってしまっているので「早く向こうへ泳ぎ切っておしまい」と思っているとトモさんも「泳いでますねぇ、随分と向こうへ行ったしまったけれど向こう岸まで泳ぐつもりなんですかねぇ」とぼんやりと言っている。「随分と小さくなってしまいましたねぇ、もう少し頑張れば向こう岸だから、石の上で休むことができますよ」と僕もぼんやりした返事をする。ここは日当たりが良すぎて二人とものぼせてしまったのかしら、日に焼けて赤くなってしまったかしらと自分の腕とトモさんの顔を見るけれど、二人ともすでに浅黒い顔をしているのでわからない。

急にトモさんが「ヒデさん碌な手伝いもできず、タダメシを食らってばかりですみません」と言う。「そんなこたぁないよ、ちゃんとやってくれているから感謝しているだーよ」「そうですか、それならいいんですけど・・」「あ〜それでいいよ」と言っているうちに男は向こう岸に泳ぎ着き、石の上によじ登った後、すっかり動かなくなってしまった。精も根も尽き果てたのであろうか、渡り切った満足感に浸っているのであろうか、帰りはまた泳ぐのであろうか、パンツいっちょで歩いて帰ってくるのであろうか。

店の工事をしている職人がやって来て「どうだいい眺めだろ、数週のうちにうちにここにも屋根をつけるし、椅子も置く、もっとよくなるぞ」と話しかけて来た。僕はせっかくの日当たりなのに屋根をつけたらのぼせなくなってしまうなぁと考えていると、トモさんが「ヒデさん、オートラ セマーナとプロキシマ セマーナってどう違うんですかプロキシマは次の週のことですよね、オートラは別の週じゃないですか、意味は同じなんですかねどう使うんですかね、使い分けているのですかね」と聞く。「来週とそのうちの違いじゃないかねぇトモさん。彼らだっていつ完成するかなんてわかってないんだから考えても仕方ないんだよ」といい加減に答えると「あ〜そうなんですね、便利な言葉ですねぇそう言う風に使っているんですね〜」と答えるので「行きましょうかトモさん」と言って席を立った。

ここのカフェはいつ行っても客がいない。閑散としているけれどコーヒーは美味しい。いつかサンペドロに来た際には行かれるがよろしい。

今年のご報告

まずはこのブログを見に来てくださった皆様に
今年もたくさんの方々が拙いブログを読んでくださいました。ありがとうございました。宿が忙しく、更新がなかなかできないにも関わらず購読を続けていただき感謝しています。

今年は2万人を超える方がこのページを見に来てくださいました。閲覧回数は57000回を超えました。この数字は昨年を大幅に超えるものでした。4年目にしてこんなにたくさんの人の目にとまるようになったことは僕にとって大きな励みとなっています。

106カ国で閲覧され90カ国で複数回の閲覧がありました。まさかこんなに多くの国から見てもらえるようになるとは思いもしませんでした。宿を始めたことが大きな要因であることは想像がつきますが、宿を始め1年でこうした国々を旅する人、またはその国に住んでいる人が見てくれるなんて4年前には思いもしないことでした。

旅を一旦中断する形でグアテマラで宿を始め、この1年で300人を超える方たちがこの宿に訪れて、僕にとても大きな影響を与えてくれました。毎日が新鮮な驚きに満ち満ちて、非日常の世界が僕を楽しませてくれ続けています。それは旅にも劣らないほどの素晴らしいものであって僕の好奇心を刺激してやみません。日々目に留まるたわいもないことが実はとても面白いことだと気がつくようになり、それを日々雑思として綴っているだけのブログが多くの方の目に止まることに戸惑いと、畏れ多さを持ちつつも書き続けて来て良かったと思っています。

一足先に宿は2年目を迎え、新たな年も楽しいことが目白押しとなっています。遅筆でなかなか公開するに至らない記事や書きたいことがまだまだ山ほどありますが、それはまた来年に。

私ごと
僕のスペイン語はこの1年で大きく成長しました。特に勉強らしいこともせずに日々の生活の中で少しづつ伸びて来た僕のスペイン語の感覚は日本語と変わらないほど身近なものとなりました。ふと気がつくとスペイン語で考えている自分に気がついたときは気恥ずかしさと嬉しさがないまぜになった気分でちょっと鼻が高くなった気分になることがありました。市場の人、近隣住民、友人、女中のセシーみんなが作り上げてくれている僕の新しい
アイデンティテーはまだまだ未完成ではありますが、大きな希望を僕にもたらしてくれています。一方でいよいよもって怪しくなって来た英語。もう少しなんとかしなければと焦りばかりが先行して、思うに任せない状態が続いています。せっかく手に入れた旅のツールを手放してしまっては勿体無いのでなんとしても捕まえておかなくてはと思っています。

最後にブログを見に来てくださった全ての人と友人たちへ
今年もお世話になりました。来年もよろしくお願いいたします。
良いお年をお迎えくださいませ。

HIDEKI

日々雑思 ちょっと前のことだけれど

大工のミゲルにテーブルを頼む。天然木のがいい。丸くなくていい。味のあるテーブルにしてくれるかと聞くと。「出来る。すぐ出来る」と言う。いくらだと聞くとしばらく考えて「あーうー、1つ250だ」と言う。そして「2つ必要か、2ついるだろう」と言うので2つ頼んだ。数日後持ってきたテーブルの出来の悪さに怒ると「コレはオレガツクッタモノデハナイ」と言うので「ヤリナオシテコイ」と叱ると、すごすごと帰ったきり、来なくなった。たまに電話が来て言い訳をしているから気にはなっているのであろう。どうするのか、もう少し待ってみたがラチがあかないので自分で作り直してしまった。2階のベランダに設置したテーブルは最初からそこにあったかのようにピタリとはまった。

廊下のベンチに腰を下ろしていると。うつらうつらした、肥やしのような臭いがする。庭に入れたコンポストで作った土がまだ出来切っていないのでそんな臭いがするのだ。先日、石灰を混ぜたので化学反応を起こしてアンモニアが発生したんだ。コレは根に悪く、息苦しくなった花の苗はアレヨと枯れてしまった。土作りは思うに任せない。肥料を買って来る。早速、鉢植え、庭の草木にくれてやる。数日後、アレヨアレヨというまにとろけて枯れしまう。どうやら肥料が強すぎたのだ。国が変わると肥料も変わるのだと知る。セシーに次はあげてはダメだと叱られる。

今日は何もなし。ぼんやりして暮らす。お午頃、雨少しく降り出し、洗濯物を慌てて取り込む。午睡のためベットの中で雨の打つ音を聞いているうちに寝てしまった。
起きると雨はいっそう降っていて雨ではないように葉にあたりはじけている。「霰たしばるなすのしのはら」と不意に頭に浮かんだ。源実朝だったか。

サンペドロの話
何年か前、大きな土砂崩れがあって大勢の人が死んだ。家も小屋も家畜もみんな流された。土砂で埋まったぬかるみの中を生き残った村人が埋まった人を探したが見つからなかった。まだ見つからない。

今の市長は4回めでやっと当選した。たくさんのお金を使ったので、片端からお金を取り出して、店々を周り、露店のおばちゃんのところからも集めて回っている。病院や広場の設計をしてがっぽり儲けている。市長の家の鉄筋は他の家よりも太くて丈夫なものを使っている。車も新しくランクルを買った。
村人は政府は何もしてくれないと言うが、村人もなにもしないのでおあいこなのではないかと思うのだけど、彼らは納税の義務などどこ吹く風なので話をするのも馬鹿馬鹿しい。

ここの村人は普段、マヤの言葉を話すのでスペイン語をたまに忘れてしまう。「コレなんていうの」と聞いても「知らない」とぬけぬけと言う。

村人の大半は神を信じていて、毎晩のように教会で歌いまくっているが、一向に上手くならない、1年も同じ歌を歌い続けて嫌にならないのだろうか、もう少し上手くならないのだろうか。

お客さんに「英語を練習するなら本がいい、本を読んでいると英語を忘れない、声に出して読むとなおいい」と言われ村の古本屋に出向く。カフェも付いて来たけど店の中には入れない。何度か入ろうと試みるが店のオヤジに叱られている。中に猫の餌があるから。どれもこれもつまらなそうな本ばかりであきらめかけた時、見つけた本はアフリカを自転車で旅した人の話。チョコレートの箱のように大きな本だったのも気に入った。40ケツを35ケツにしてもらう。自転車の話だと思って読み出すとヨットが転覆してあわや遭難するところから始まる。知らない単語もたくさんあるので、調べながら何度も声に出して読んでいるうちに意味がわかるようになるから不思議だ。

今日のセシーは元気がない。お腹が痛いと言う。医者に行くと胃潰瘍と言われたらしい。まだ若いのに。

庭の草むしりをしていると雨になった。ドーラがやって来て「村の子供が凧揚げに夢中になって屋根から落ちて頭が割れて死んだ。悲しいことだ」と言う。ここの子供はなぜか屋根で凧揚げをする。自分の立っている場所を忘れて下がって下がって落ちてしまうのだ。日本であればきっとタコの説明書に屋根であげると墜落の危険性があるのでやらないでくださいと書きかねないと思った。

日々記憶に残った小事をこうして書き綴っていつかまとめてやろうと思っているのだけれど、ブログのネタ用に考えていることが行き詰まると、こうしてダダ漏れのような記事にしてごまかす癖がついてしまった。困ったことだと思うのだけれど、仕方がない。

日々雑思 口紅棺桶アボガド 

ある日

宿職人でありたい僕は職人について考えながら買い物と犬の散歩に出かける。ぼんやり歩いていて道端で寝ている犬を危うく踏んづけそうになる。犬は驚いたように少し怒ったような顔をして体をくねらせだけでまた日の温もりのある道にごろりとなってしまった。

 

余って凍らせてあった魚の切り身をどう料理するか考える。ホイル焼きにするか煮付けにするか。煮付けにすると付け合わせの野菜も煮なければならないのでホイル焼きにしようかと考えるがそうすると煮付けにするよりも多くの野菜を切らなければいけないので決めかねていた。結局決まらないままでいると、近所の貧乏人が死んだとアデライダがやってきて言っている。アデライダは最近、色気付いてきて、髪を染めて口紅をさしている。彼女にそんな癖がついたのは、彼氏ができてまもなくの頃から。中国製の安物だけれど舶来化粧品を売り歩く輩から買ったのだ。それにしても色が濃すぎて、ダラクしたねと僕が日本語で言ってやっても、毎日真紅に塗りたくって機嫌が良い。

 

何かあるとまずいので弔辞の心得、通夜葬式の準備について棺桶屋のセバスチャンの話をきく。セバスチャンは棺桶屋の見地から、短時間で済ませなければならないーこれが根本である、と言う。何と言っても屍体が主役なのだから、 時々刻々腐っていくのだから。なるほどと感心した。棺桶の中でとろけてしまっては汁も出てくるし何より臭い。生きている者達は死んだ者をよってたかって大急ぎであの世に送る。この世は生きている者しかいてはいけないのだ。
「おらの作る棺桶はしっかり作ってあるから滅多なことでは汁は漏れないけどここでは氷が少ないから余計にワタを敷いてある。棺を担いで村を回っている間は大丈夫だ」と自慢げに言って去って行った。

 

庭にある3本のアボガドの木が陽をさえぎるのでそのうちの1本を根元から1mほどのところからバッサリと切った。数日後、切り口から少し下の幹から芽が出てきてアレヨアレヨというまに枝になっている。南国の植物はつくづく強いものだと感心する。次回はもっと下の方を切ってやろうと決める。うちのアボガドの木はそろそろ実をつけてもいい頃合いなのにまったくその気配がない。毛虫がやってくるので役に立たないのであれば切ってしまいたいのだけれど別に植えたコーヒーの苗に必要なのでとってある。実が成れば女の客が喜ぶのに。きっとあの木もメスなのだ。だから女に食われるくらいなら実をつけない方がマシだと思っているのかもしれない。それにしてもなんで日本人の女はアボガドがあんなに好きなのだろ。ヌメヌメしたものがどうして好きなのだろう。

おわり

日々雑思 屋台で食べる

ある日
1日、晴れわたっていた日の夕方。いつもより少し遅く犬の散歩に出る。焼肉の屋台へ寄るため。まだ少し早かったので聞くと大丈夫だという。客がいないので夕食を作る気にもならず、久しぶりに人様の飯が食べたくなった。

焼肉を食べたい気持ちになるとき。
カラリと晴れた日。雨の日などはならない。
体力のある日。そうはいっても、こんにゃくを食べたくなるほどの体力まではない日。
強気の日。
反省していない日。
気分のいい日。
気分のふさぐ日にも。気分がふさいでいてもお腹はへる。これを食べて元気を出しましょうと食べる。このての食べ物は、焼肉のほかにもう一つある。うな重。
牛肉、キャベツとアボガド、つけあわせにトルティーヤの一皿。
包丁を入れた切れ目のひだひだが、屋台のイカの姿焼のようにふくれ上そり返っている炙り牛肉、ぐしゃぐしゃしていないで、しかも香ばしい汁をたっぷり含んだ朱色の炙り肉を指でむしって一口。投げ出したように無造作に皿から半分もはみ出てのっているトウモロコシの匂いのする少しだけ焦げたトルティーヤは、焼き立てでまだ煙が上がっている。メンコみたいに丸い、このグアテマラパンが好きだ。ふわふわした西洋白パンは、空気も一緒に相当量飲み込む感じだけれど、トルティーヤはそのものだけを、ごっくりとのみ下す。いかにも穀物を頂いている感じだ。

 

焼肉が食べられなくなったときは、もうおしまいだ、きっと。このところ暫く、食べ物や水物をのみ下すさいに、喉がごっくんと鳴って通りがわるく、やたらと咳払いをする、だるい、眠い、すぐにげえげえと吐きそう、もうじき死ぬのではないかと密かに心細く思っていたのだけれど、昨日の朝ごはんの時から、突然、元どおりになった。

 

3人の男が炙り腿肉を注文している。きっと貧乏人だ。若い一人は僕の炙り牛肉を見てちょっと物欲しそうな顔つきになっていたが、他の年寄りに遠慮して渋々同じものを注文している。

皿に残ったキャベツとアボガドを汁と混ぜてパンに包んで飲み込んで、終わり。

再び、湖の方へ坂を下る。サルサピカンテという香辛料はヒトの体のどこかに何かいいのだ。のんきな気分。日光を十分体内にとり入れた犬が道端で寝ている気分。

湖沿いのバスケットボール場の階段に腰を下ろす。後ろで男が立ち小便をしている音がする。ちらりと見るとあちらもバツの悪そうな顔をしてこちらをちらりと見てからそそくさと立ち去っていった。
若い男女が少し向こうで並んで座っている。バンドでバトンを振りながら踊っていた娘と太鼓を叩いていた男の子。二人は互いに寄りかかりながらたまに接吻をしている。練習の時にはそんなそぶりもなかったのに他のメンバーは知っているのであろうか。こんな小さな村なのですぐに知れてしまうことも承知しているのか。後になって顔が赤くなるような思いをするであろうに。
ポツポツと降ってきたので帰る。家に着いた途端、バケツを返したような土砂降りとなった。

おわり

日々雑思 客のいない日

時間を気にしなくてもいいはずなのになぜか決まった時間に目を覚ます。いつものようにコーヒーを入れゆっくりとすする。スズメたちがやって来て飯をくれとせがむので花壇に撒いてやる。嬉々として餌をついばみパチパチと殻をわる音がする。死んだピピの葬いのためにはじめたが今ではすっかり日課になってしまった。スズメもなれて来たのか近づいても逃げない。今は雨季ではあるけれどこの時期ぽっかりと雨がふることがない期間があって過ごしやすくなる。村は観光客が絶え、静かな雰囲気がやってくるこの季節、なぜ今時期にここへやってこないのであろうと思ったりもするが旅人には旅人の都合があるのだと考え直す。年末にかけてとても忙しくなるのだけれど、この時期にやってきて、ゆっくり勉強する時間を設ければ南米にいった時に言葉も困らず、ゆとりを持ってウユニへ向かうことができると思うのだけれど・・・

 

セシリアが随分と頑張ってくれるので掃除に庭の手入れも全て終わってしまった。2階の倉庫からガラクタを運び出し、以前川だったところもキレイに整地する。コンポストで作った堆肥も随分と庭に入れたので残りわずかとなり見違えるようにキレイになった。今は庭から出る枯葉と堆肥を混ぜて腐葉土を作る準備中。やることがないので庭の石をくりぬいてつくばいと筧をこしらえた。予想外のできに満足して次回は灯篭を作ってやろうと決めた。

セシリアは今日も客はいないのかと聞いている。いないと答えると今日は何をするのだ、仕事がなくなるのかと聞いてくる。僕は仕事はない、でも作るから安心して良い。仕事がなければスペイン語の先生として雇うから毎日来てもよろしいと言うとニッコリと笑って喜んでいる。買い物に行かないので食べるものがなくなってきて、セシリアに食べさせる朝ごはんがない。そこでカフェに行こうと誘うと今日は変なサンダルだからダメだと言う。何が変なのかとんとわからないが若い子が気にするのだからそれでよしとした。

 

汚水槽に問題があって溢れそうだったのでミゲルを呼び、古い汚水槽を再び使えるようにしてくれと頼む。ミゲルは汚水槽を掘り直し、再び使えるようにしてくれる。隣のドーラが「水が逃げないのは通り道を見つけていないからだ。よく探さないと水が逃げずに使えなくなる。うちは2メートルもないが水の通り道があるのでいっぱいになったことがない。こんなやり方をしているのはサンペドロだけで他ではドレンに流れていってしまうのだ」と言う。ともあれ古い方は3年も使ったのだから今度はおそらく大丈夫だろう。新しい方も水が抜けた後にもう一度彫り直して今度はきちんと働くようにしておけば何かの役に立つであろうと考えることにした。

工事の時、排水パイプを移動しようとしたのだけれどミゲルが言うにはお金がかかりすぎるからもう少し後にしたらどうだと言う。僕は早いところ済ませてウッドデッキ作りに取り掛かりたいのだけれど汚水槽の様子がわかるまで待ったほうがいいとミゲルが言うのでそれもそうだと今回は持ち越しとなった。

 

犬の散歩のついでにカバさんのところによて親子丼をご馳走になる。後日、客がいないと告げてあったので心配してか様子を見にきてくれる。カバさんはウクレレに似たなんとかと言う楽器を弾くのが上手くて、バンドをやっている。月曜日の昼はカフェで定期演奏をしていてなかなかの人気だ。奥さんも一緒にやっている。奥さんのヒロさんとはスペイン語学校の同級生でもあるので仲良くやっている。ヒロさんは鍼灸師で一度肘を痛めた時に針を打ってもらったけれど1度ではなかなか効かないものらしい。見かねたメイさんがメキシコで薬を買ってきてくれ、それを塗ったらアレヨアレヨというまに治ってしまったので、ヒロさんにはそれ以来頼むことがなくなってしまった。

 

バカ犬の幸代はメイさんたちがいなくなって、頼る人が僕しかいなくなってしまったのでずる賢くすり寄ってきては僕の手を舐めたりする。まったく気持ち悪いったらありゃしない。逃げることは諦めてはいないはずだけれどもなんとなく居座っているので仕方なく散歩も連れていっている。たまに調子に乗って悪さをしでかすけれど、綱を伝わる僕の気持ちがわかるのか時折ハッとしてビクついているのでよしとする。カフェは夜になるとやってくる小さなネズミが気になって仕方ない。先日、罠を仕掛けたけれどずっと餌だけ取られてしまい困っていた。ところが夕方、ノコノコとやってきたネズミをカフェが捕まえた。カフェもご満悦で尻尾を振って喜んでいる。冷蔵庫にあったハムをご褒美にあげる。

 

夜、映画を見るかもらった漫画を読んでいる。映画はすでに何回も見たものだけれど、やはり楽しい。漫画は一気に読みたくなるようなものはすでに読んでしまったので見たことがないものを片端から読んでいるけれど、なかなかこれはといった名作に出会えない。北斗の拳は男のバイブルだと以前言っていた旅人がいたがその通りだと思う。死ぬときは「我が生涯に一片の悔いなし」と叫んでやろうと心に決めて寝る。