土日通信」カテゴリーアーカイブ

日々雑思 ねこ いぬ アルファ米とサバ缶と

ねこ
ある日、突然、気がついた。猫の顔は思っていたよりも平らなものなのだ。鞠のようであり、そこに耳をのせたら猫になる。ずっと犬の様に口元が飛びだしているのだと思っていた。口も小さい。歯も細い。犬のようにポリポリと骨を食べる事できなさそうにしか見えない。身体は柔らかく、よく伸びる。指で押すと体の中に飲み込まれ、向こう側を触れるのではないかと試してみたくなる。手足も普段は短いけれども伸すとどこまでも長くなり、見た目が可笑しくてバランスがよくない。尻尾もまた犬とは違い滑らかに良く動く。尾の先だけも動かせるし、付け根からちから強く動かすこともできる。猫の尻尾で機嫌が分かると言うけれど、そもそもケダモノの機嫌などとるような事をしないので、そんなことで一喜一憂する訳も無い。

産まれたばかりの時からうちに来て住んでいる猫は、そんな風に思われていると知ってか知らずか大人しく悪さもあまりしない。叱られると良く憶え、わがままを言わずに我慢している。犬のカフェもくっつかれるのは絶対に許さない。一定の距離を必ず守るように猫に言って聞かせているのだきっと。カフェのご飯に手を出したりすれば容赦なくやられてしまう。猫の頭がスッポリとカフェの口の中に入ってしまうほどガブリとやられてしまう。腰を抜かしたように後ずさって物陰からジッと物欲しそうにしている姿が乞食女のようであさましい。

あまりのあしらわれように、客がくるとまるで自分が猫である事を思い出したように媚び諂い、ぴったりと寄り添って可愛いがってもらっている。すっかりと寛ぎ、ひとときの幸せを感じているかのようだ。
そうした油断をしているので夜寝る前の用足しを忘れ、ベッドの上でふん尿を垂れ流してしまうのだ。風呂から戻って部屋に入ると、いままさに用を足そうとしている猫と目が合う。じっとこちらを見ながらヨタヨタと前進しつつ下痢便を垂れ流し、前脚でかきむしっている。悪臭が漂い。布団が糞まみれとなった。バカ猫め。

いぬ
カフェはよほど気に入った客としか出かけない。何が基準となっているのか皆目見当もつかないが、何かあるのであろう。最近のお気に入りはキミちゃん。スペイン語学校に通っている。ズンバ部のメンバー。カフェはキミちゃんのことがいたくお気に入りのようでどこへでも付いていく。ところがキミちゃんはケダモノがあまり好きではない。「一緒は嫌だ」と言っているがカフェはどこ吹く風で付いていく。カフェは道案内をするつもりで先に立って歩いて行く。自分のお気に入りの道を行こうと先に曲がる。するとキミちゃんは反対側に曲がってしまう。するとカフェは戻ってキミちゃんにピッタリと寄り添うように歩くように気をつけた。ある日、いつものように学校に行く。キミちゃんは対岸の村に学校が終わってからいくことにしていたのでカフェもやる気満々でボート乗り場に行ったけれども、おいていかれてしまった。そんな事であろうと後からカフェを桟橋に迎えに行った。果たしてカフェは桟橋にちょこんと座ってキミちゃんを待っていた。後ろから声をかけると喜んでいる。ボートの兄ちゃんたちも「この犬は賢い」と褒めていた。

昨日、いつものようにカフェは出掛けたが、しばらくしてスセリーと戻ってきた。どうしたのだと声をかけると、片方の目から涙がこぼれた。キミちゃんに振られたなとすぐにわかる。しょんぼりとうなだれているので、かわいそうになった。スセリーに宿を頼み、湖に散歩に出かけた。嬉しそうに走りまわり、いつもより長く泳いで気が晴れたのか帰ると寝てしまった。帰ってきたキミちゃんは「嫌いじゃないけどキミじゃないんだ」とケロリと言っている。カフェに「世の中の女はキミちゃんだけじゃない、きっと他にいい女がいるのだからそれにしろ、悪いことは言わないからあの女は諦めるのだ」と諭す。夜の餌に肉をたくさんあげた。

アルファ米とサバ缶と
”尾西食品は安心と思いがけない幸せを提供します。”さすがと思わせるこのフレーズは日本の食品メーカー尾西食品株式会社のもの。災害時やアウトドアでおいしいご飯を食べられるように乾燥米を売っている。以前泊まったお客さんから貰ったものを食べる。山菜おこわと書いてある。この味をすでに知っていたので、特段なにもワクワクしたりせずにお湯を入れて15分程待ち食べた。一口。瞬間、思いがけない幸せを感じてしまう。”これってこんなに美味しかったのだ”と驚いた。まさに日本の山菜ご飯であった。まじまじをパックの中を覗く、どう贔屓目に見てもうちで炊く米より断然おいしい。カリフォルニア米を圧力鍋で炊くよりまったくおいしい。こんなのが毎日食べられるのであればこれで暮らしていけると心底思った。不謹慎を承知で言えば、災害時に乾燥米ではとグチをこぼす被災者はいったい普段何を食べているのであろうか、よほど美味しいものを食べているのか、一度御所版に預かりたいものだと思ってしまった。外国に出て4年、日本の味をすっかり忘れてしまったのだ。

サバ缶をもらう。客に「サバ缶を出したいのだけれど良いか」ときく。客も日本を離れ3年以上が過ぎている人であったので喜んでくれている。さらに「調理をせずに食べたいのだけれど良いか」僕はオリジナルで食べたいと申し出る。そうしようと話がまとまった。
ご飯を炊き、サバ缶を温める。缶の中にある汁までしっかりと出し切って皿にもる。ホウレンソウを添えてうやうやと口に運んだ。体から力が抜けた。美味しいのだ。とても美味しい。グアテマラでは食べものを食べておいしいと感じることはほぼ無い。自分の作る料理にしても同じで、いくら頑張ったとしても日本で作った自分の料理には到底及ばない。敗北感が押し寄せた。どんなに丁寧に作った料理でもこのサバ缶一つに敵わない。宿をはじめてから食べて来たものの中で一番おいしい。客と二人で汁まですべて平らげてしまった。「食とはこうあるべきなのだよ」とサバ缶に言われた気がした。そしてこれまでご飯がおいしいと言われて来たのは全て世辞であったのだと悟る。おいしいというのはこういう事なのだとこの歳になって初めてわかった気がした。

食後、捨てたサバ缶をゴミ箱から拾い、まじまじと見る。いまだに芳醇な香りを発するその缶はすでに役割を終えてしまってはいるけれど僕が忘れてしまった大切な何かを失う事なく保っていた。今の僕なら羽田空港のトイレで暮らせるであろう。なんの躊躇も無く寝起きし、なんならウォシュレットでうがいをする事だってできそうだ。便器の蓋で調理をしたとしてもここで作る食事よりもっと美味しくできそうだ。それほどまでに尾西の乾燥米とサバ缶は素晴らしかった。日本のクオリティーは別次元なのだ。海外での暮らしに慣れすぎてしまった。きっと日本人らしさは日々削り取られてしまって僕自身が道端に捨てられた空き缶やパックのように干からび、錆びつき、犬にも見向きもされない物体へと変わり果ててしまった。以前のような輝きを失ってしまったのだ。少し悲しい。

今年の報告

今年もkamomosi.comを見に来てくださりありがとうございました。

旅のブログとして始めたこのサイトは2年以上が経ち、多くの皆様に見ていただけています。

今日は今年の総まとめを報告とお礼として書いています。

今年1年、kamomosi.com には14000人以上の方が101の国と地域から訪れてくれました。
34000回以上の閲覧数があり、30件のコメントをいただきました。

この2年半で8万を超える閲覧数があったことは、僕にとって大きな喜びでもありました。去年から本格的に始まった僕の旅はとてもゆっくりとしたものになりました。自分なりに旅の仕方を探りながらの旅程で僕は様々なことを見聞きし、これまでの人生とはまったく違ったものになりました。

価値観の違いの大きさに戸惑い、日本での当たり前がことごとく砕けていきました。苛立ちや怒りに始まり徐々に諦めと変わり、今はそれを受け入れ始めている自分がいます。
人々と出会い、多様な経験がこの歳になってもなお自分が変われることを教えてくれました。

北から南に向かう旅は自然の変化を肌で感じさせるものでした。ただひらすらの平原であった北の大地から始まり、動植物の多様性、そして砂漠からジャングルへと目まぐるしく変わる自然は地球の大きさを実感させてくれました。東西に向かう旅は文化の変化を感じるものでした。アメリカ合衆国という巨大な国が持つ多様性は文化の多様性の縮図でした。同様にアジア、ヨーロッパを旅した時に感じた驚きや人間の適応性、宗教、食習慣などと比較できたことで日本人であることに喜びと誇りを感じるようになりました。

メキシコに入り旅のマストアイテムである言葉を失った僕は途方にくれます。当たり前のことができない焦りは、同時に旅の楽しさを僕に与え直してくれました。コミュニケーションツールである言葉がないことで得られる旅ならでは経験は再び僕に言語を習得するモチベーションを与えてくれたのです。

グアテマラで習い始めたスペイン語。それはのちに僕の人生に大きな変化を与えてくれることになります。カンクンとサンペドロを行き来しながら旅とは言えない生活を送ることになった僕は多くの人と出会うことになります。日本人宿と日本人がいないホテルでの暮らしを交互に繰り返しながら過ごす日々は自身の成長を計るいい機会となりました。

そして、自分でも思いもしなかった日本人宿を始めるということになり、僕の旅は一時中断します。ある日いきなりオーナーからの連絡と宿をやらないかととの打診に僕は自分でも驚くほどあっさりと承諾していました。以前の僕であれば考えられないことです。僕はカンクンに戻りrosas7の奥谷氏に宿の基本を教えてもらいにいきます。それは宿を始める1月前でした。

宿を始めた当初、やることなすことに戸惑い、毎日の出来事に四苦八苦しながらもなんとか今年を終えることができました。今の僕には来年の展望が見えていません。でも僕はなんとなくわかるのです。きっと来年も波乱に満ちた1年になるであろうけれど、なんとかなることが。それはこれまでの旅を経て得た経験からだと思うのです。僕にはやりたいこと、やらなければならないことがまだまだあるのです。流れに身を任せながらも、着実に目的に向かっていることを忘れないように来年もこのブログを通じて発信できることを願うばかりです。

このHPに来てくれたすべての人に心からお礼を申し上げます。
ありがとう
そして来年もよろしくお願いいたします。

kamomosi

土日通信  日本人宿について語る

僕は旅の最初はまったく日本人宿というものに泊まったことがなかった。バイクで旅をしているとバックパッカーと通る道が違うことも、1日の移動できる距離も違うからメキシコに入ってからもずっとメキシコには日本人がいないのだ。アメリカ人が危険だと躍起になって言うから、みんなまともにそれを信じて来ないのだと思っていた。メキシコシティーにある日本人宿に到着するとそこには数人の日本人がいた。日本人宿には独特の雰囲気がある。それは宿ごとに違っていて旅人はそれを巧みに嗅ぎ分けて、宿の評判として他の旅人に口述していく。

病院だった建物をメキシコ人の女と結婚した人が宿にしたと言われるこの宿。主人は高血圧のせいですぐに死んでしまったので、残された奥さんと息子が続けている。息子も奥さんもあまり日本語は上手ではないが、ずっと日本人が泊まっているので名前も日本語のままで通してきた。グアテマラから来ているトクさんと言うおじさんがいた。トクさんは技術者であったがとうの昔にやめてグアテマラとメキシコを行ったりきたりしながら暮らしている人だ。鼻が悪くいつも鼻血か青っ洟を垂らしている。きっと蓄膿なのだ。それでもトクさんは旅人に慕われていて、わからないことがあるとトクさんに聞きに行くのだ。特に女の子には優しく、丁寧に教えてあげている。少ししたらグアテマラに帰ってまたしばらく向こうで暮らすという。

メキシコシティーで働いているブラジル日系3世の若者、大道芸で身を立てているがずっと定住しているわけではない。若者は日本に父親と住んでいたが景気が悪くなり父親がブラジルへ帰ると言うのでついて行ったがポルトガル語ができないので馬鹿にされたと言っていた。その後、徴兵が嫌だったので日本に帰ろうとしたが途中のメキシコでビザの申請を忘れてしまい。帰ることが難しくなってしまった。メキシコで弁護士にお金を払い労働ビザを出してもらったのでしばらくここにいると決めた。でも先日、日本人と結婚して子供ができたので日本に帰りたい。今はできないので嫁と子供をこちらに呼びたいと遠い目をして語ってくれた。

中庭の壁には大きな壁画が描かれていて、のちに知ったことだけれどもそれは有名なのだそうだ。3階まである建物は中庭に面して回廊があって吹き抜けから見えるのは灰色の四角い空だけだ。朝食はパンとコーヒーとバナナであった。久しぶりの日本人宿は居心地がよく快適であった。日本語が話せることはとても楽なことなのだと今更に思う。

近隣にもう一つの日本人宿があってそちらの方が綺麗で人気を二分しているのだが、目の前の公園と宿の前の道が夜になると怖くなって、悪い奴らに襲われそうだという話も聞くがここの宿にはプロレスラーたちが住んでいてメキシコで修行しているというから悪人もそうそう悪さをするわけでもないのだと勝手に思っている。

メキシコの山の方にある昔からある町にある日本人宿は芸術家やミュージシャンたちが集まる。昔バリバリの共産主義者であった日本人が建てた宿。キューバに住んでいたり、あちらこちらに住んでいたが、なぜこの土地に住むことになったのかは知らない。無類の酒好きであっていつも赤ら顔で、しまいには肝臓をやられてしまったので他の人に宿を託して死んでしまった。何代かの宿主を経て今は世界中を回りながら口で音を作る仕事をしてきたタケシくんが切り盛りしている。町の外れの、もう少しで先住民が住む地区の境で、川沿いにあるこの宿はとてもエネルギーに満ちている。芸術家というものは兎角変わり者が多いが、ここの壁画は他の宿にはない柄。ゲバラを模したような男女の絵、こいのぼりのようなもの、畑に植えられた野菜、骸骨と変化に富んでいる。どれも見入ってしまうほどの出来。

この宿にはアキラさんというおじさんが住んでいる。アキラさんは世界をあちこち歩いている人で、ヨーロッパで乞食をしたり、ヒッチハイクで旅をしたりしながらメキシコにたどり着いた。でもパスポートを取られてしまい。大使館に行くのがめんどくさくなってそのままにしているのでアメリカに行くことができずにずっとここで暮らしているけれど、お金が必要なので台車付きの自転車とペンキを買って近所の家の壁に絵を描いて生活している。アキラさんの質問は唐突で答えに困ってしまうようなものばかりだけれどそれなりに楽しい。アキラさんはいつも本を読んでいて偉いと思った。

この町にはたくさんの日本人が住んでいてみんな楽器をやっている。せっかくだからと集まってバンドをこしらえてライブをするようになったらそれで食べていけるようになってきたという。それでも皆自分の仕事は辞めずにお豆腐を作ったり、靴を作ったりビデオを作ったりして暮らしている。一人は郊外にでっかい土地を買って村を作るのだと言っている。先日は水道が通った、今度は畑だと着々と村つくりに励んでおられるのは偉いと思った。

ちょうどこの町にいるときに、グアテマラでお世話になっているカバさんもここでライブに加わって楽器を演奏されていたの行ってみたがとてもうまく演奏されるので見ていて羨ましくなってちょっと嫉妬している自分に気がついて、墨を飲んだような気分になった。

グアテマラには幾つかの日本人宿があってそれぞれがいい位置関係にあるので旅人はそれに沿って移動していく。メキシコに一番近い標高の高い町にある宿。自衛隊の隊員であった宿主は犬とメキシコシティーであったトクさんと仲良く暮らしている。管理人にはチエミさんというハキハキとした女性が座っていて宿の切り盛りをやっている。タカさんはいつもチエミさんに怒られながらも決まってハイハイと言いながら楽しそうだ。タカさんはお酒が大好きだけれど飲みすぎて死んでしまいそうになってからはほんのちょっとしか飲ましてもらえなくなってしまった。食事時にチエミさんからコップにちょろりと分けてもらったビールをもったいなさげに飲むのが常。

ここにはバカな犬がいて誰彼見境なく手を出した人に噛み付いてしまう。特に子供が大の嫌いで子連れのお客さんは泊まれない。名前はボビーというがメス犬。まだボビーが小さな頃隣の家で飼われていたが大変いじめられてタカさんの家に逃げてきたらしい。人間不信になってしまったが救ってくれたタカさんのことは大切に思っているらしく、タカさんが病気のときは部屋の前で寝ずの番をしてタカさんを守っていた。チエミさんがご飯を運んでいっても怒ってなかなかタカさんに近寄らせなかったので困ってしまったと言われていた。
逃げてきた当時は誰にも触らせなかったので、お風呂にも入れることができず、雌雄の区別もつかないうちから名前がついてしまった。ある日ボビーをお風呂に入れたらメス犬だったことが発覚したが今更名前を変えるのもできないのでボビーさんなまってボビさん、ボビコと呼ばれるようになった。

トクさんは鼻が悪いのでいびきをめっぽうかくから特別室に入っている。普段は食堂のテレビの前のテーブルに陣取って1日中サッカーを見るかパソコンを見て暮らす。夕方ボビさんの散歩に出かける以外ほとんど外に出ることがないのに、なぜか町の隅々まで知っていてとっても物知りなのだ。でもタカさんと意見がずれると二人して言い合いになり喧嘩しているが、それはチエミさんに言わせると毎日の恒例行事なので気にすることはないと取りつく島もない。

この宿は毎日シェア飯を作る。メニューはタカさんがチエミさんにお伺いを立て了解されると決定するのだが予算と食べたいものが合わずにいつもなかなか決まらない。みんなで食べたあとはじゃんけんで片付け役を二人決め洗う。
この宿のシャワーはガスを使っているので熱いのがいい。でも時たま水の出が悪くなるので、そうなるとお湯が沸かせなくなって誰も浴びることができない。近くには銭湯があって、貸切なのでマッパで湯船に浸かることができる。1時間ほど熱々のお湯に浸かると身も心もとろけ出して、お湯がだし汁ににでもなってしまったのじゃないかしらと思うほど。暗がりの外に出るとひんやりとした空気が火照った体を舐めてくれ、言いようもなく懐かしい気持ちになるのがいい。

グアテマラの田舎の湖のほとり。よくこんな場所に作ったものだという日本人宿がある。日本人の旦那さんとメキシコ人の奥さんと二人の子供。子供の名前を冠したこの宿は日本人に大人気でいつも満室になっている。この宿の不思議なところは泊まる旅人全員がもっと長く居たかったと口を揃えて言うところ。僕は何が皆をそうさせているのかいまだにわからずにいる。確かに他の宿とは違いドミトリーではなく全室個室のこの宿は居心地がいいのはわかるのだけれどどうやらそれだけではなさそうだ。泊まった人に単刀直入に聞いてみるとご主人のススムさんの距離感が絶妙だと言う。僕はますますわからなくなった。ススムさんの気の使い方がとてもいいから長く宿に泊まりたいと言うのが理由であるのかしら。また子供がとても可愛いと言う。娘さんが可愛いから長く泊まりたいと言うのが理由なのかしら。確かにこの宿には不思議な魅力があって一言では言い切れない。村の雰囲気がとても穏やかでここがグアテマラだということを忘れてしまいそうになるほど平和だし人々も優しい。この村に長居したいのであれば他の宿でも良さそうなものだがそうではないらしい。

ススムさんはお客さんが楽しんでいる姿を見るのが好きだと言う。幸せを分かち合えるような暮らしの中に入っていく感覚になるのであろうか。宿を覆うような塀や鉄の扉がなく、他の場所であればちょっと泊まるのを躊躇してしまう旅人がいたっておかしくないようないつも開放的な雰囲気がある。どこか日本の民宿のような懐かしさとご夫婦の人柄がこの宿の雰囲気を作っているのかもしれない。

あるときおばあさんが飛び込んできてアメリカドルを交換してくれと言う。事情を聞くとおばあさんが民芸品を道端で売っていたところにアメリカ人がやってきてそれを買いたいでもドルしか持っていないからこれで払う。これはケツアルにするといくらだと言ってお金をおばあさんに強引に渡して帰ってしまった。おばあさんは両替の仕方を知らなかったので、宿に助けを求めてやってきたのだ。奥さんがちょっと待ってと言ってすぐに交換してあげる。おばあさんは気が気ではなかったようで神様に英語でゴッドブレスとお祈りをしていた。ガビちゃんがやってきてケツアルを渡してあげるとありがとう、ありがとうと言って上機嫌になり帰って行った。おそらくこの異国の二人は正直者として近所に知られているのであろう。こうした普段のおこないがこの宿の安全を守っているではないかしらと思った。

世界有数のリゾートにある日本人宿。ここには二つの日本人宿があってキレイな方と汚い方に大別されている。ところが汚い方の宿と言われている方は居心地がいいとなかなかの評判を聞くようになった。この宿には名物のおっさんがいて一人はホテルで毎晩尺八を吹いてディナーショーに花を添えるミュージシャン。この人なかなか面白く、あちらこちらに書かれている。不動産業を営んでいたが、いきずまりメキシコにやってきて尺八をめちゃくちゃに吹いているうちに日本屈指の尺八演奏者と言うことになってホテルで演奏することになった。最近は広告代理店のようなことを始めたがパソコンも使わずにすべてアウトソーシングで儲けを出そうと半年ほど頑張っているけれど未だ広告を取れずにいる。メキシコの国籍が欲しくて年齢を偽って結婚しようとしたけれど女の金使いが荒すぎて暮らし始めて1週間もしないうちに根をあげてしまった。遺された賃借マンションを人に貸したはいいけれどそこが泥棒に入られてこれまた皮算用と化すなどトラブルが絶えないけれども不思議と悲壮感が漂ってこない。失恋の痛みを趣味のピアノにぶつければ「うるさいよ〜」とオーナーに注意されてしまう。新しいお客さんに持論を展開してしまい翌日からは相手にされなくなっても夢と希望を捨てることがない。彼の偉いところは毎日欠かさずスペイン語、フランス語、ドイツ語、ポルトガル語、英語の中から選んだ言語を音読すること。あの歳でこれだけ努力を欠かさないのは尊敬に値するのだけれどなぁ。

商売に躍起なおじさんはあちらこちらに出かけては独自のツアーを作って泊まり客に紹介してコミッションを稼いでいる。宿を出て家と事務所を借りるのだと豪語してはいるけれど一向にその気配がない。金儲けにはまめまめしいのだけれど体調が良くないと言ってなかなか進まないのだ。食事にも気を使って健康食品を積極的に食べておられる。でも冷蔵庫に入れたものを忘れてしまい、いつも腐っているので時たま僕が全部捨ててしまうから僕がいるときは用心するようになって自ら冷蔵庫を片付けるようになったのは学習効果というのであろうか。健康食品のなんとかと言う資格を持っていてそれの更新のために日本へ帰国するのだけれど、いつも航空券のトラブルにあって航空券の名前を間違えて日本から帰ってこられなくなったり、飛行場を間違えてしまい、メキシコから出られなかったりと災難が多い人でもある。

癇癪持ちのオヤジはここのオーナーの奥谷さん。メキシコ人の女性と結婚したけれど今は別々に暮らしている。たまに息子や娘がやってきて泊まっていくが息子のヤスオは結構なお調子者でなかなか笑える。もっと勉強していたいのだけれど学校を卒業してしまったので仕事を探している。でも大きな町では仕事をしたくないので小さな町で探すのだけれど小さな町にには仕事がない。オヤジは心配しているのだけれどメキシコ人の血を強く引いた息子は天性ののんきさで親父を安心させることができずにいる。オヤジは1日に数回とっても癇癪を起こすのが日課。どこかで導火線に火が着くと誰に対して癇癪を起こしているのかわからないけれどいきり立ってしまうのだ。でもひとしきり悪たれをつくと落ち着くのかまったく普通になってしまうので、あれはストレス発散なのではないかしらと思うことにして以来、何にも気にならなくなった。
ここに来るとオヤジのお三度の世話をすることとなっていていつか美味しいと言わせてやろうと思うのだがなかなか言わないので憎たらしい。僕が出ようとすると「まだ行かなくてもいいだろうに」と懇願するので単純にひねくれてわがままなだけなのだろう。奥さんは別居して正解だと思う。

もう一つの日本人宿はメキシコ人の奥さんが仕切っている。毎日の掃除を欠かさないのでとってもキレイで人気があるが、少しだけ高い。掃除の時間は部屋にいられないので暑い中を出て行くか、家の中を転々と移動することになるのが面倒だと言う。以前、この宿に住んでいた若いダイビングのインストラクターの娘。少しの間メキシコを留守にしていたが、帰ってきて再び泊まろうと行くと。部屋はないと言われた。1晩だけでもと頼むとあなたはビジネスをするからダメだと言われなくなく汚い方の宿に来たのだ。彼女は奥さんは絶対に更年期障害だと
言っていた。

土日通信 思いは複雑

情報ノートなくなる それを持って行ってしまった人へのお願い

宿の本棚の上に真新しい大学ノートが置いてある。少しだけ書かれたそのノートには最新の情報がすでに書き込まれている。
宿の情報ノートがなくなったのは2ヶ月ほど前。宿の掃除をした際にあちらこちらに散らばっていた情報ノートをまとめて見やすいようにしておいた。1週間ほどして情報ノートがなくなっていることに気がついた。誰かがもっていってしまったようだ。カンクンのレア情報やキューバの情報がかなり詳細に載っていたのでそれを目当てに来てくれた旅人はがっかりしていた。マッチャン、カナコさんが秘密のビーチに行った記録を丁寧に書いていたことを思い出した。とても長い時間をかけて書かれたそれは可愛らしいイラストが添えられたとてもいい情報だったのに。

 

 

こうした話をするとき、誰もが「なんで?」「サイテー」「信じられない」と一様に言われる。そうなのだ。誰もがそう思うのだが実際にはこうした宿には盗難の話がどこにでもあることが不思議に感じる。本、小物、お金などを取られたという話は後を絶たない。実際他の宿で本が発見されることもある。ずっと昔からこうした類の話はあって悪人が一人であるとは考えにくいので、きっと何人かの悪人が取っ替え引っ替え現れては悪事を働いているのであろう。僕はある程度人を見る目があると思っているのだけれど。そのような悪人づらを見たことがない。一体どんな気持ちでとってしまうのかと気になるところだけれどまだまだ自分の目を養わなければならないのだと教えてもらっていると考えることにしている。

 

 

情報というのはなまものと同じでいつまでも使えるものではなく旬があるのだ。旬を過ぎた情報は古臭く、なんの価値もなくなってしまったり、すでになくなってしまったりと過去の藻屑となってしまう。でも旅人の手で書かれたそれは昔を語りだし、新たにその地へ向かう旅人の比較の対象として役に立っている。残された情報ノートをパラパラとめくると当時の苦労が伝わってくるようで見ていてとても楽しい。知った名前を見つけたり、あそこはこうであったのかと感心させられたりとまるで自分がタイムスリップしたような気分になる。

 
宿にくる旅人はこれから向かう新しい土地に対して不安を持っていて、どうすれば安全に快適な旅ができるのか、安くてお得な何かがあったらと知りたいことがたくさんあるのだ。先きに行った旅人はそんな気持ちがわかるからわざわざ時間をかけて手書きで詳細な情報を書き残してくれる。それは同じ旅人としての優しさからくるものであって決して宿の人に頼まれているわけではない。そうした膨大な時間と手間をかけた宝物のような情報ノートを持っていってしまうと彼らの想いはそこで途切れてしまう。持って行った悪人だって何日か使えば必要がなくなってしまうだろう。知らないどこかのゴミ箱に捨てられた情報ノートは処分され旅人の想いと一緒に消えてしまう。

 

 

ある若者が新しい情報ノートを見た後に「ここに来れば情報がたくさんあると聞いてたけどないじゃん。役に立つようなことはねぇよ」と不満げに言っていた。きっと彼は不安になってしまったのだろう。自分が先人となって進む勇気を持たないものが旅人として成長していくには長い時間と経験が必要だ。その経験が情報を生むことに彼は気がついていない。きっと彼は快適な旅はできないだろう。でも僕はあえて黙っていた。なぜならそれこそが旅なのだから。ネットやノートがなくたって勇気と知恵を持って進めばきっと新たな発見があるということに気がついて欲しいから。

 
現在、Rosas7の情報ノートは新しくなっています。この宿に来た旅人たちが少しずつ書きためてくれています。その情報は多くの失敗を乗り越えて獲得された貴重なものです。どうかその貴重な情報を残してあげてください。あのノートがどこかの宿で多くの旅人の役に立っていると願うばかりです。

 

 
日本人のたくましさを忘れないで

「僕、スペイン語できないんですよねー」と言いながら旅の話をする 旅人たち。でも彼らは一人で、友人とどんどん街に繰り出してゆく。屋台で注文するとき自分の好みにトッピングを気後れせずに頼み、携帯のSIMを買いインターネットで街中でも情報検索できるようにするため各携帯会社のプランを比べ。宿に帰ってから翌日の調べ物など精力的に動きまくる。ツアー会社を探し、自分たちの都合にあったツアーをちゃっかり頼んでくる。失敗を恐れない彼らの行動力は見ていてとてもたくましい。自分のスタイルを見つけ創造する力は本物だ。

 

メキシコにある日系企業の方達の話。最近多くの日本企業から日本人がやってきて現地で働いている。ガイドを頼み、通訳もつく。「英語くらいははなせますよ」とちょっとムッとした顔でお答えになる。それでも仕事中は通訳がつききりで対応するのだと言われる。通訳の日本人はいつも難しい日本語ではっきりとものを言わない彼らが何を話したいのかわからないと言う。きっと「前向きに考えてもらいたい」「事後対応でよろしく」「そこのところはうまくやってください」とニヤニヤと薄ら笑いをしながら言うか、口をへの字にしてお話になられるのではないかと想像してしまった。

 

彼らが得意とするのは自慢話。日本では「こんなすごい仕事をしたんだ」とか「現地の仕事では給料だってたかが知れているんでしょ」などと自分と比べて劣ることに関しては大変な自信を持ってお話になられる。ガイドが女性であればキャバクラのコンパニオンよろしくブランド品のバックの話や靴の話でもしていれば喜ぶと思って延々と「一つくらい持っているでしょ〜」「本当は欲しいんじゃないの〜」と語尾をいやらしく伸ばして「さぁさぁおねだりしてごらんなさいよ」と下卑た下心を丸出しにしつこく言ってはばからない。長いこと日本を離れてしまったので夜のお店で働く女性との区別を忘れてしまわれたのだろう。気の毒なことだ。

 
することといえばゴルフと飲み会。高級なゴルフ倶楽部へ行き。全部お膳立てされた上で何もかも人任せにすることが彼らのステータスらしい。飲み物一つ自分で買わないのは英語ができないわけではなく通訳がいるから話す必要がないのだ。おおいに日本語で楽しまれた後はレストランでお食事となる。英語のメニューがあって店員も英語ができるのだがメニューを渡すとお通夜のようになってしまわれる。なんでも通訳を通してしまい。日本語しか使わないのでいくら日本で英語の点数が良くてもご自身で話されると口が汚れてしまうのかもしれない。注文は日本語で通訳さんに伝えればそれらしいものを頼んでもらえる。ここでの話題は仕事の愚痴と自慢ばなし。すでに何百回となく同じ話をしてきた同じ顔ぶれで決まった話題をお話になられる。ガイドはひたすら話を聞きながら終わるのを願う。いい加減時間が経っても一向に席を立たれようとしないのは居酒屋とでも思っているのか、それともあらかじめ「2時間までとなっております」と店員が断らなかったからなのか。恐る恐るガイドが切り上げを口にしてもまたはじめから同じ話を繰り返す。
記念写真を撮っておしまい。携帯で撮った写真を日本にいる友人に宛て「○○なうハート」などと気持ちの悪いメッセージを送りご満悦となっておられる。

 

 

会社から単身での外出を禁止されているのはもしものことがあっては企業責任を問われてしまうから。邦人誘拐などということになれば格好のニュースネタにされてしまい。管理体制はどうであったのか、危機管理はどのようにしていたのかなどと聞かれまくるのは必至。であれば社員が遊びに行けないようにするのが一番。田舎の何にもないところへ工場を建て、近隣の町に塀で囲まれた警備員付きの住宅に住まわせる。あれはダメこれは危険だからおとなしくひっそりと暮らしてなさい。外は怖いのだよ、メキシコ人は危険だよとそっと耳打ちされて信じてしまったのだろう。せっかく話せる人を送り出しても日本語しか話すチャンスがなければ彼らのたくましさは失われていく一方だ。なるべく早く帰国させてあげなさい。彼らではバックパッカーにすら叶わないでしょう。付和雷同の日本人ばかりでは外国ではダメなのです。

 
単身海外に乗り込み人生を切り開くたくましさ溢れるバックパッカー。箱入り娘のように大切に扱われる企業戦士。両者はどちらも日本人。たとえ浪人となっても主家の没落に主従関係を断ち、家禄などの恩恵を受けずに海外へと旅立ったサムライ達と浪人となることが怖くて必死にしがみつくスーツをまとった鮒侍。鯉のようにたくましさのない泥臭い鮒と身なりは汚くても心に錦を飾る者達には大きな隔たりがあるようだ。

土日通信 

なんでヒデキは黙って行ったの!

ロサリサが大激怒です。といっても彼女の早とちり。先日、僕が行商に出かけた時に大きなカバンを持って出て行くのを見た彼女が僕がてっきりメキシコに帰ってしまったのだと思い込んだようです。彼女はホアニータにところに行きホアニータに食ってかかったのだそうです。僕は帰った来てからホアニータにことの顛末を聞きました。ロサリサがそんな風に思っていてくれたことが僕はとても嬉しかったのです。このホテルに来たのは今年の1月。色々なことがありました。彼らと打ち解けたのはアメリカ人が大騒ぎをして警察沙汰になったことがきっかけだったと思います。その後パーティー料理を作ってあげたり、僕が病気になって病院へ連れて行ってくれたり。このホテルの家族とはとてもいい関係にあるのです。

今では時々僕の部屋に遊びに来てくれたり、僕がレセプションに行って話し込んだりとなくてはならない存在になりました。彼らにスペイン語を助けてもらいながら今日までやってきたました。はじめ僕は彼らが「ヒデキは家族と一緒だから」と言ってくれても、日本人感覚でいうとそれは方便程度にしか聞こえませんでした。でもこのところ毎日のようにヒデキが行ってしまうと寂しい。帰ってきたらいつでも来てくれていい。私たちもあなたのところへ行く。といつも言うのです。マヌエルも「ここで働いてくれ。このホテルをヒデキに任せたい」といいだす始末。ホアニータはこのホテルのことやサービスのことでいつも僕に意見を求めてきます。僕はお金がかかるのだから少しずつやればいいんだと言ってあげることにしています。雨が降ると屋上に溜まった水が流れ込んできてホアニータが雨に濡れながら懸命に水が階下に行くのを防いでいる時は一緒に手伝って二人してびしょ濡れです。息子のアンダーソンと一緒に廊下を拭いている時、彼女は「ごめんなさい」と言うのです。僕は「全然問題ないよ。これは一種のアクティビティーみたいなもんじゃない」 と言うと彼女ホッとしたような顔をしています。

そしてロサリサの大激怒事件。僕はこんな風に外人である僕を受け入れてくれていることにとっても感謝しているのです。彼女がこんなに怒るなんて僕も正直驚きました。
僕が宿を始めるのを知って、ホアニータは色々と教えてくれます。「人を雇うなら私に相談しなさい。私は誰が働き者かわかるから決める前に私も一緒にあってあげる」と言ってくれます。「あそこの近所の人はツトゥヒル語しか話せない人もいるからあなたも覚えなきゃだめよ」「たまに広報が回ってくるけどそれもツトゥヒル語だからわからなかったら電話しなさい」「洗濯機が必要ならイイお店があるからマヌエルと一緒に買いに行きなさい」と何かにつけて教えてくれるのです。ロサリサは「掃除が必要なら私が行ってあげる」「ツトゥヒル語も教えてあげる」と言ってくれます。色々と不安を抱えることが伝わってしまうのか「なんにも心配いらないわ、少しずつ良くなっていくのだから大丈夫」とも言ってくれるのです。スペイン語に関しては厳しい二人。「前よりは良くなったけどまだまだね、もっと話さなければだめよ」とピシャリと言われてしまいます。

帰ったらこの家族を一度招待しなければなりません。彼らの好きなチャーハンを作ってあげなくちゃ。

フライドチキンの骨と犬

たまに食べるフライドチキン。決まって同じ店に行きます。ここの店員さんたちはめっぽう優しくてちょっとサービスをしてくれるのです。ポテトをつけてくれたり。揚げたてを奥から持ってきてくれたりと小さな優しさに溢れています。いつも話しかけてくれるので僕のお気に入りでもあります。ここで食べていると野良犬たちがやってきて物欲しそうに僕のそばでしゃがみこんでいます。以前、メス犬とオス犬の2匹が僕の肉をもらいに来た時、メス犬は意地汚くてオスに投げた肉を片端から横取りして食べてしまいます。オスがもう少しで口に入れそうな時でも歯をむき出して威嚇するのです。それ以来僕はメス犬に骨をあげるのをやめました。メスが来てもシッと追い払い、オスが食べることができるようにしてあげます。メスは不満そうに下がりますが人間には絶対に逆らわないのがこのあたりの犬の賢いところ。逆らえばひどい目にあわされることを知っているのです。最近では学習したのかメス犬たちがあまり寄ってこなくなりました。来ても店の外でこちらを物欲しそうに眺めているだけです。どうやら賢さはあるようです。

日本では鳥の骨は縦割れして刺さってしまうからあげてはいけないと言われますが、こちらではお構いなしです。たまに血を出しているのがいるのでどこかに刺さってしまっているのかもしれません。生の骨でも同じこと。彼らはガツガツとあっという間に平らげてしまいます。市場で出る豚の骨は大きいのですが1匹がそれを咥えてどこかへ逃げていきます。何匹かの犬がそれを追います。このときも犬たちの力関係が如実に出ます。弱いものが咥えているときはあっという間に取り上げられてしまうのです。ギャンギャンと悲鳴が聞こえるかガウガウと喧嘩になるかのどちらか。彼らもまた生きるのに必至です。身体中傷だらけの犬ばかり、とっても大きなやけどらしき怪我の跡がある犬はきっと人間に熱湯でもぶっかけられたのでしょう。路上で喧嘩している犬は、たちまちおじさんにやっつけられてしまいます。容赦なく棒で殴りつけられ悲鳴をあげてスゴスゴと退散する姿を見ていると、なるほど犬も逆らわないわけです。人と畜生の境界がしっかりとしているのはいいことです。日本であんなことをしたら人間性を疑われそうですがこれはこれでありだなと思ってしまうのです。

余談ですがこちらの犬はアボガドが大好きです。道に落ちている殻に口を突っ込んで食べいます。確かに醤油をかければマグロに似ていると言われてはいますが所詮は野菜だか果物みたいなものなのにあんなに夢中になって食べるところを見るときっと美味しいのだと思うのです。ところ変われば犬の食性も変わるのだと感心してしまいます。

夜の王者酔っ払い

昼間から目がすわり、路地に座り込みうなだれたり、文句を言ったり。ここの男どもは酒にだらしないのです。日本でも昔こんな光景がありました。僕はふと「酒は飲んでも飲まれるな」「酒と女は2合まで」などと言ういいかたがスペイン語にもあるのか気になりました。そのうち調べないといけません。夕方から彼らはムックリと起き上がり坂の途中の安酒屋に行くのです。一体何を飲ませているのかわかりませんが夜の11時くらいになると撃沈したおっさんたちが店の周りに転がっています。女子供が親父を回収にやってきています。まったくこちらの女性は大したものです。以前住んでいた場所の近所には団地がありました。夜その団地の前の川で釣りをしていると、酔っ払いが上機嫌で帰ってくるのです。通り過ぎる車に悪態をつき、足早に抜かす女性に「おねぇちゃぁ^〜んあそびましょ〜」と下卑た声をかけています。女性が走って逃げていくと「けっ、安モンが」と言っている体たらく。そして自分の家のドアの前に立ち「あけーろー」「おかえりだー」と威勢良く叫んでいます。ドアは開きません。すると酔っ払いは「このおま#こ、あけろー」「ばかがぁ〜」「いいからでてこーい」と口汚く罵っています。突然酔っ払いの声が途切れて乱暴に閉まるドアの音が響きます。何もなかったかのようにし〜んと静まり返ってしまう団地、あれだけ威勢のよかった酔っ払いの声ひとつ聞こえないのです。僕は身の毛がよだつ思いでした。あんな威勢のいい酔っ払いを一言も発せずに黙らせてしまうドアを開けた者の正体はいったいどんなおそろしい者なのかと想像してしまったからです。そそくさと竿をたたみ退散しました。

ここの犬は夜になると凶暴化します。昼間はあんなにおとなしいのに夜の10時過ぎあたらりから一変するのです。村のあちこちからワンワンと激しい鳴き声が響きます。ときにそれは喧嘩になり、数匹の犬が大げんかをしているのがわかります。一度喧嘩が始まるとまるで村中の犬が一斉に吠えているかのようにあちらこちらからワンワンと絶え間なく聞こえてくる鳴き声。まったくうるさくてかないません。山から村のメス犬目当てで野良犬が降りてくるらしく毎晩のように喧嘩三昧です。ホテルの前の家で飼われているバカ犬はいったん火がつくと30分ほど疲れるまで鳴いています。窓から顔を出し永遠と鳴き続けるから始末に負えません。
猫も参戦です。猫同士のときもあれば犬とも喧嘩しています。どこから犬も登るのかトタンの屋根の上をドコドコと走り回る音は静かな夜の村に響き渡ります。そんな犬猫にとって一番の敵は酔っ払いです。

さらに夜が深まると犬や猫が喧嘩しているとこへ参戦する酔っ払い。彼らは夜の王者です。ここは酔っ払いの天敵である冬の寒さがないので敵なしです。日本の団地に住んでいるようなおそろしい敵もここにはいないのです。犬猫はこっぴどい目にあわされるようで猫がブギャーと悲鳴をあげています。何度も振り回されているのか、どこかに叩きつけられているようです。犬も同じで酔っ払いは彼らの大敵です。犬の場合は周りの仲間が吠えまくるので酔っ払いも怒鳴り声を上げています。犬と猫の違いは猫は死ぬまで慈悲を請わず、犬はすぐに悲鳴をあげるのです。負け犬根性といいますがこんなところからきているのかもしれないなぁと彼らの悲鳴を聞きながら考えてしまいました。翌朝、裏路地を歩いているとおそらく酔っ払いとの喧嘩に負けた猫が瀕死の状態か死んで転がっているのを見かけます。目が飛び出し、頭が半分割れている猫、生きてはいるけど動けない猫、意外と人間って強いのだなと妙なところに関心してしまうのです。でも犬は不思議と見ないのです。あの哀れな声に酔っ払いも慈悲の心が沸くのでしょうか。無残な姿の猫もすぐに消えてなくなってしまうのが不思議です。村の人が片付けてしまうのか、犬に食べられてしまうのかわかりません。真相は謎のままです。

どんなに犬猫が騒がしくても、やっぱり夜の王者は酔っ払い。意外と彼らが人間と動物の秩序や優劣を決めているのかもしれません。あまり役には立っていないような物であってもきっと何かの役割があるような気がしてちょっと微笑ましく思ってしまうのです。人間社会では冷たい目で見られていますが僕は彼らが凶暴な犬猫から村人を日夜守っているヒーローのようにも思えるのです。頑張れ夜の王者酔っ払い。

たまには英語の記事を

忙しさにかまけて更新が遅れました。
今日はたまたま見かけたサンペドロにある僕のお気に入りのカフェの記事を見つけたので久々に英語での掲載となります。
サンペドロでは英語かスペイン語でしか話すチャンスがありません。最近、英語の力がめっきり落ちているのを感じます。特に話すことができなくなっているのです。スペイン語とこんがらがってしまうのと、会話する機会が少ないのが原因です。なんとか防ごうと英語の記事などを読んでいますが理解することはできても話すことができない悩みの解決にはつながらないのです。

今日書く記事はこの近隣の村々を紹介する小冊子からの抜粋です。こうした文は理解できているので英語が全くダメになった訳ではなさそうですが、この文章を読んで自分の言葉で何が書いてあったかを試しに言ってみると、その悲惨さに目を覆いたくなるのです。まぁ朗読を繰り返しせめて発音ぐらいはたもちたいものです。

Cafe Cristalinas, Coffee Lover’s Paradise

The moment you into Cafe Cristalinas, you Know that you’ll want to linger longer. It could be the relaxed, rustic atmosphere. It could be the opportunity to just sit back and watch life go by in the street outside. It could be the sight of those delectable cake on the counter. Or it could be the smell of coffee being roasted, telling you that here you definitely won’t be served some watered-down instant brew.

At cafe Las Cristalinas, they take their coffee seriously. The beans are grown around San Pedro and roasted to perfection on site so what you’re getting is truly local. The brew is strong and the perfect pick-me-up but if you prefer, you can have a cappuccino, latte, frappe or iced coffee instead. Tea is available too and if you really want to indulge in a comforting drink, there’s hot chocolate. Just stir it and you’ll find that, like the coffee, the hot chocolate is made with the real thing.

If you need some vitamins, you may want to try the juice bar offerings, which include smoothies and fresh fruit and veggie juice. For something stronger, there’s a full bar as well.

People-watching is hard work and to give you the fuel you need, Cafe Las Cristalinas has some very yummy dishes on the menu. Start your day with a typical Guatemalan breakfast of eggs, cheese, beans, fried plantains and guacamole with bread or tortillas or give it a Salvadoran twist with some pupuas.There are burritos as well or for something different, try the crepes stuffed with eggs, beans, onions, peppers, salsa and guacamole. Health-conscious options include granola and fruit.

The lunch and dinner menu includes a variety of fresh salads, burritos, empanadas, sandwiches and burgers, pizza and pasta, fish and chicken dishes. There’s a soup of the day too, which is perfect for rainy weather.

Back to the coffee, though: at Cafe Las Cristalinas you don’t only get to enjoy the taste and aroma of a good cuppa. Luis, the owner, will be happy to arrange a coffee tour for you so you can learn about every step in the process of getting the beans from the tree to the cup. Best of all is that you can buy coffee here to take home as a souvenir of your time in Guatemala.

いかがでしたでしょうか?難しい単語もなく、簡単な紹介文です。カフェの紹介からカフェの入り口を入り、メニューの紹介など目に浮かぶように書かれていますがこうした表現は英語っぽさがとてもよくでているなぁと思うのです。おしゃれなブログ風の書かれ方はちょっと照れくさい感じもしますがこんな風に書けたらいいなぁと思ってしまうのです。テンポよくタタタンッと言えたらかっこいいですよね。映画のワンシーンでハンバーガーの注文をする女性がトッピングの注文を細かくするシーンに憧れた僕。でもいまだにあんな風に言えた試しはありません。

英語、スペイン語共に中途半端感が否めません。もっともっと口に出さなければならないことはわかっているのですが、話し下手な僕、返事と質問だけでことが足りてしまうのは日本語も他言語も同じなのです。おしゃべりが好きでない僕の悩みはつきません。

今日の一言
随分と手抜きと言わないでください。このところパソコンに向かってキーボードを打ちまくる毎日、言葉の海の中から好感を持ってもらえる単語を探しては組み合わせることは作家でもない僕にとっては地獄の苦しみなのです。息抜きに行ったカフェで見つけた小冊子。パラパラとめくりながらこんな風に書けたらいいのになぁとついつい思ってしまいました。

土日通信 お盆 怪談話ではありませんが

僕はあまり信心深いほうではありません。それは父が死んだ後は益々となりました。僕は生粋の筋金入りのファザコンだと自負しています。父の死は少なからず僕の人生に大きな影響を与えました。50過ぎのおっさんが恥を承知でいいますと、僕はいまでも父を尊敬していますし、大好きです。そんなことを踏まえてお読みください。 続きを読む

土日通信 今日は書くことがありません 宣伝です

今週はまるまるダウンでしたので何も書くことがありません。

今、ちょっとしたテーブルのセンターに置くキルトの製作に取り組んでいます。民族衣装を使った可愛らしい刺繍入りのものです。kamomosiで販売しようと思っています。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

グイピルとコルトのコンビ

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

コルトの新旧コンビ

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

刺繍を真ん中にあしらって

 

 

 

 

続きを読む

土日通信 僕の大切なSucely 恋話ではありませんよ

image彼女に初めて会ったのは前回サンペドロについてから3日ほど経ったひの夕方です。ホームステイ先の軒先に座り、スペイン語の勉強をしている時でした。彼女は臆することなく僕に話しかけてきました。僕は彼女の言っていることがほとんどわからず、自分の名前と日本人であることを告げただけです。彼女は僕の隣に座り、いろいろなことを話しかけてきます。もちろん僕はわからないのですが、一向に御構い無しの様子、僕は随分こっちの子はものおじしないのだなぁと思っていました。突然彼女はスクッと立ち上がり自分の家に入って行きました。しばらくすると彼女は本を手に戻ってきました。辞書でした。彼女は僕が辞書を持っていないと思ったらしく自分の辞書を貸してくれたのです。辞書を開き片っ端からいろいろな言葉を教えてくれます。僕は「ありがとう辞書は持っているんだ」と言って持っているiPhoneに入れてあるアプリを見せました。すると彼女はこの携帯はなんだと聞きます。僕のiPhoneにはカバーがしてありちょっと見ではわからないようにしてあるのです。りんごのマークを見せると彼女は驚いたようにこのiPhoneは大きい、初めて見た6かと聞いてきます。僕はそうだというと彼女は触ってもいいかと言います。僕はいいよと言って彼女にiPhoneを渡しました。 続きを読む

日々雑思 ガラクタのような旅のカケラ

ある日

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

あんなに元気だったのに

起きて屋上に出る。乾いた風が昨夜の雨をなかったことにするかのように湖面から吹き渡ってくる。風呂場に干しておいたシャツを軒先に吊るした。2時間もあれば乾いてしまうだろう。
足元を見ると水たまりにミツバチがもがいている。羽がコンクリにすっかり張り付いてしまい足だけをジタバタと駄々っ子のようにさせている。珍しく仏心が出て助けてやる。刺されるのではないかしらとちょっと怖かったが指の先でそっと転がしてやると起き上がった。身体中に水が張り付いているのか、しばらくジッとしている。やっとよろよろと歩き出し、羽をゆっくりと動かした。どこか悪いのか歩き方がぎこちない。後ろ足がうまく動かないらしくすぐに伊座ってしまう。お天道様と風に早く乾かしてやっておくれよと頼むがミツバチは夢遊病者のようによろついている。少し歩くとすぐに転んでしまう。一度助けたのも縁だと思い再び転がしてやるが、しばらくするとまた転んでしまう。刺すつもりもないだろうと5回ほど手伝ってやったところでブンと羽をバタつかせたが様子がおかしい。しきりに後ろ足をすり合わせ身体を震わせている。やがて足が止まると羽をツンとまっすぐに立て身体をダンゴムシのように丸めてしまった。キラリと光っていた目が砂利のようくすんで動かなくなった。コンクリの上ではさぞかし無念であろうと思い鉢植えの土の上に置いてやる。お尻から出た針が指先に触れたがもはや刺すこともなかった。 続きを読む