カテゴリー別アーカイブ: グアテマラ

日々雑思 スペイン語

去年詰まった排水管が再び詰まり、水が溢れている。こしらえたウッドデッキが邪魔となるので、一部をバラし、配管を覆ったカバーを取り外す。見ると汚れてベットリとしていた。排水管のパイプ掃除機があればいいのだけれど、望むべくもなく、ガス用の硬めのホースに鉄パイプを刺して掃除する。3時間ほどかかりやっと詰まりが解消したが、汚れ落しのために使ったケミカルが腕についてケロイド状の火傷になってしまった。しばらく腕がひっつれた様になって気になるので薬局で薬を買ひ塗った。子供の頃足にお湯をかけて火傷を負ったのだけれど、どうしたものかその時の記憶はない。腕に出来たケロイドを眺めながらいつかこの記憶もなくなってしまうのであろうかと考えた。

洗濯機が途中で止まってしまい脱水が出来なくなる。掃除をしてみたが動かないのでひっくり返して配管を外して中の水を取り除く。狭いところに手を入れるので指先が切り傷だらけとなった。この洗濯機は宿を始めるときに買った韓国だか中国製のもの。技術を伴わないメーカーが作ったのであろうか、センサーなどの精度が低く、トラブってきたけれどなかなかよく働いてくれている。客の去った後のシーツを手洗いするとなると1日仕事になってしまうところを1時間やそこらでやってくれるのはありがたい。一通りいじくりまわすと機嫌をなおしてくれた。テレビを叩いたり、携帯のアンテナを髪の毛にこすりつけたりすれば立ち所に直った記憶が蘇る。今の日本にもまだこうしたことはあるのであろうか。

トイレのタンクに水が溜まらなくなる。給水パイプの上に付いているパッキンが風邪をひいてしまい硬くなっている。針金を持ってきて、押してやると再び水が溜まる様になった。パッキンを押さえるネジを調整して溢れない様に調整してやり、動作確認済ませた。水を流すレバーが外れかけていた。乱暴に扱った者がいたのであろう。排水のための蓋につながる鎖を付け直した。おそらくコレも長くは保たないであろう。このセットは去年買い直した新しい方なのになぜ。

宿をやっていると色々と壊れていくが、すぐに買い換える事が出来ないのであれこれと修理しているうちに大抵のことは自分で出来るようになった。電気、水回りの配管、コンクリの補修、ペンキ塗り、大工仕事、裁縫、包丁研ぎなどなんでもやらなければならない。こうした知恵は日本では発揮することもないたわいのないことだけれどグアテマラでは必須となる。若い頃、建築で働いた経験や小田原での半自給自足の暮らしがこんな形で未来につながっていたのかとぼんやりと考える。とすれば今のこの暮らしの何かがまだ見ていない未来につながっているのであろうか。「丁寧に生きる」それは僕にとってとても大切な生き方のひとつとなった。

村が家庭教師

はじめからこっちで勉強しておけば良かったと何回か客の口から言われたことがある。最初は自然が豊かで落ち着いた村だからだと思っていた。確かにその通りではあるのだけれど、先日、ある客と話していてハッとさせられた。
彼女によると「@#/&€♪☆で勉強してる人って話せない人が多いですよね」僕もそれは薄々思っていたのだけれどそれは勉強の方法の違いかなぁくらいにしか思っていなかった。彼女は続けて「ここって出かけていけばみんなが話しかけてくれるじゃないですか、都会だと話す機会があんまりないしほぼ先生とだけだからじゃないですか」僕はそれを聞いてそうだったんだと膝を叩いた。

そう、この村は宿を一歩出ると村人みんなが気さくに話しかけてくれる。「どこから来た」「名前はなんだ」「どの位居るんだ」「家族はいるのか」「サンペドロはどうだ」「ヒデキを知ってるぞ」などなどすぐに質問攻めにあう。家庭教師から民族衣装を借りて村を散歩するだけで「ペドラーナ(地元の娘)」「とても可愛いわよ」「それどうしたの」老若男女問わずに親しく話しかけられる。私服に着替えても彼らは覚えていて「今日は着ないのか」「毎日着た方がいいのに」とやっぱり話しかけられる。学校で習ったスペイン語をすぐに使う状況になる。一度村人と話すとどんどん知り合いが増えていき、言いたくても言えなかったことがどんどん増えていく。必然的に勉強するのでどんどんセンテンス、ボキャブラリーが増えていく。学校と違い生の会話では相手は容赦してくれない。普段の話し言葉でガンガン話しかけられているうちにどんどんスペイン語に慣れていく。何よりこの村の人は親切で、こちらがわからないとなると、わかるまで何度でも言い直してくれる。それはスペイン語初心者にとってはとてもいい練習でしかも楽しい。当然2週間もいればこちらがアラッと驚くほど話せるようになっている。

そうこの村は言ってみれば全員が家庭教師みたいなものなのだ。しかもタダ。そう言えばよく出かけていく客は帰ってきて「今日はこんなことを話しかけられたんですよ、こんな時どんなふうに答えたらいいんですか?」「こんなことを言われたんですけどわからなくて、どう言う意味ですか」と質問される。そんな時の客の顔はとても楽しそうだ。ストンと疑問が腹に落ちた音がした。サンペドロで学んでよかったと言う人が何を感じていたのかやっとわかった。ここで学ぶスペイン語は村民が作ってくれていた。それは文法的には間違っていることもあるし、方言が混じることもある。だから”きちんとしたスペイン語”と言われるものを習うには適していないのかもしれない。試験で良い点数を取りたいのであれば大きな町で権威のある学校や試験対策に実績を持っている学校で学ぶ方が確実で、日本人が多く学び、先生たちも日本人の特性をよく知っていて、教え慣れている学校を選ぶことが懸命だと思う。
でも僕は自分の気持ちを運ぶためのツールとしてのスペイン語が好きだ。旅人が経験から学んだスペイン語は聞きやすい。自然で相手の気持ちがすんなりとこちらの心に入ってくる。多少の間違いなど気にもならない。楽しそうにスペイン語を話せる様になった客を見るのは気持ちいい。そうした客ははじめからそうなることが決まっている気がしてならない。そんな彼らのレッスンをするうちの家庭教師達もまた楽しそうで喜んでいる。商売としてはまったく成り立たない、まったくのボランティアではあるけれど、やりがいを感じる事がいい。もし商売にしてしまったら多分やなことがたくさん出ることもわかっているから、それはまだやらない。僕が紹介したい客にだけそっと教えてあげるのだ、フフフ。

僕のスペイン語の先生を見つけた

新しい家庭教師を見つけた。4年ほど経験のある女性で会ってみると人柄は良さそうだ。控えめで大人しい感じを受ける。試しにレッスンを受けてみるとよくわかる。ところが客につけるとどうにもしっくりとしない感じであったので一緒にレッスンを受けて日本語でフォローしているうちに、僕自身があれよあれよと言う間にすっかり理解してしまう。説明が上手なのか、例題がいいのかわからない。あまり喋り上手でもないし、会話が弾むこともない。愛想がないのかと思い、日常会話をすれば、よくコロコロと笑い可愛らしい面も見せる。

彼女がとてもよくわかるレッスンをしてくれるのでノートを見せてくれと頼むと快く応じてくれる。見ると驚いた事に客のためにノートを一冊新調して資料をこのレッスンのために作っていた。レッスン中客の言った事をいちいち書き留め、どう間違えたかをキチンと整理している。それを元に次のレッスンを組み立てていた。どおりでわかりやすいはずだと合点がいった。通常、学校ではひと月またはそれ以上をかけて教えている接続法をたった2週間それも1日2時間ですべて教えてしまった。しかも、それをすぐに使えるように教えてくれたのには驚いた。しかもとても優秀だ。僕は”見つけた!”と思った。

彼女に毎日1時間スペイン語を習う事にした。あまりに僕が褒めるのでそれを聞いていた話せないと悩んで相談しに来ていた者が興味を示す。僕は聞こえないフリで流しておしまい。人の物をなんでも欲しがる奴にろくな奴はいないのだ。そうした輩にこれまでこっぴどい目に合わされてきているのでこちらも随分と知恵をつけさせてもらった。うちの宿は学校ではないし、僕はエージェントでもない、ノホホンと暮らしているオッサンであって相談するべき相手ではないのだ。好き嫌いがはげしい嫌われ者に相談したところで得るものはなにもない。

今年もあとひと月、果たして僕は目標にたどり着けるのであろうか。

日々雑思 黒い心の持ち主なのです

季節が変わり、風が強く吹くようになる。今年も道路工事が始まり、再び村への道が閉ざされた。観光客が減り村の経済が疲弊しているにもかかわらず、自らチャンスを潰してしまうとは呆れたものだ。それでも今年は少し考えて、2つ先の村からバスが出るようになる。そこまでボートで行けば村の人の交通手段は少しは良くなるのだけれど、そこの村にバスを停めた途端に寄ってたかって泥棒に盗まれてしまい、ほとんどのバスが引き上げてしまった。以前から治安の悪いことで知られていた村だけれどもなんでかなぁ。果たして去年と同様の交通手段に戻ったけれども、今度はボートが強い風で転覆してしまい大勢の人が死んだ。定員を超えて乗せれば稼げると踏んだ組合がわんさと詰め込んだせいだ。ボートに乗ると皆真ん中には座りたがらずに、すぐに逃げられるように前と後ろに固まっている。そうそうに救命胴衣をつけている者もある。数が足りていないので早い者勝ち。惨事が新聞に出ると道路を少し開けてやっと通れるようになった。たかが道路工事1つで随分と混乱を招くものだ。全体を見る者がいないというのは悲しいことしか招かないのだ。皆、自分のことしか頭にないので、我先に目の前の小事に飛びつきたがる。うちにも働かせてくれと頼みに来る者が増えたが、どうせロクなことにはならないので適当にえへら笑いでごまかしておく。嫉妬と噂話のネタになるのかもしれない。

季節の変わり目は庭の手入れをする。伸びた草木を刈り、陽が庭に入るようにする。述べ4日ほどかけ、大きなゴミ袋に10袋にもなった。庭は明るくなりスッキリとした好みのものとなる。屋根に寝そべって伸びたツタを刈っているときに肘を擦りむいて血がダラダラとしたたる。アナが大変だと言っているので「物は直さなければ壊れたままだが人はほっておけば治るのだ」と答えると「なぜヒデキは自分の体を大切にしないのだ、お前の手を見ろ、アカギレで皿も洗えぬではないか、もう少し世話をしろ」と怒っている。空気が乾燥しているのでこの季節は水仕事をするとすぐに切れてしまう。このところずっと庭の手入れをしていたからか、皆が疲れているのかと聞いてくる。働けば疲れるであろうにと思うのだけれど、肩を揉んでやると言われる。「背中が固い、少し頑張り過ぎだ、休め」とたしなめられる。客をもてなすのが宿であるから施設の見てくれは大切なのだ。宿主の事など構わないであろうにと思うのだけれど、わからぬ。キレイな宿で美味い飯が食えればそれだけで十分であろう。ともあれ人様の優しさに触れた気がするが、この程度のことではこれまでしてきた所業に比べれば罪滅ぼしにもならぬ事は承知している。なにせ心が腹の底から腐っているのだ。地獄に落ちる人は生きている時から行くことがわかるものなのだ。黒い心は幾ら白を足したところで白くはならないのだ。

対岸の村にあるレストランに頼まれて寿司を巻きに行く。80本程巻き、最終のボートで帰ろうかと思っていたが、思いの外客足が伸びて最後まで手伝わされてしまう。英語を話す者、スペイン語を話す者がたくさん来て久しぶりに外国にいるような気になった。いつもは車を貸し切り帰ってくるのだけれど今日はボートを貸し切った。あっという間にサンペドロに戻れたし快適であった。若者の噂でピストルを使った強盗が逃げていて、隣村の男を殺したのだとまことしやかにSNSで拡散していた。詳細を確かめると悪人ではあるけれどもう一つ向こうの村に逃げたので問題はないと、またこちらも根拠のない話を聞かされていたので、やはり少し心配ではあったのだ。ボートであれば海賊は出ないので明るい桟橋から帰れるのはいい。
サンペドロは静かな村ではあるけれど、年末が近づくとこうした話が出始める。以前は人さらいが出たりしたらしいが、そうした記憶が村人の心内にあるからであろうか。ともあれ子供達が恐れをもって暮らすことは悪いことではない気がする。そろそろクリスマスの飾り付けなどをする季節となったことを知る。

日々雑思 欲しかった者 グアテマラ人のメンタリティー シイタケさん

欲しかった者
以前から気になっていた女の子がいる。可愛らしい。内面から人柄が滲み出ている。話していて気持ちがいい。親切で仕事を見ていても誠実であることがすぐにわかる。仕事の後、夜間の学校に通う。英語の勉強もしている努力家。

そんな彼女が仕事を辞めたがっていると聞いた。彼女に会いに行って確かめるとその通りであった。辞めた後のコトを聞くとスペイン語学校で働きたいと言う。そんな時、うちの客の1人が彼女と仲良くなってスペイン語をあっという間に話せるようになって僕を驚かせた。話を聞くとただ話しているだけだと言う。僕はすぐにピンと来た。彼女もまた天才肌の持ち主かもしれない。翌日、僕はすぐに彼女のもとへ出向き、家庭教師の話を持ちかけた。「もし、仕事を辞めたら次の仕事までのつなぎでもいいからうちで家庭教師をやって見ないかい。もちろん、技能確認はするけど君なら出来ると僕は信じているんだ」と伝えると「とても興味深い話しね、やって見たい気がするわ」と言うので僕の電話番号を伝えた。しばらく間があって連絡があった。僕は即日彼女と面接をした。その前から雇うことは決めていたのだけれど、仕事の内容について話すと彼女の顔はみるみるほころんだ。なにせ彼女が1日で稼ぐ金額を数時間で払うと伝えたからだ。理由は一つ。彼女と話していると不思議とスペイン語が話せるようになるのだ。文法や机上の勉強ももちろん大切ではあるけれど、僕は話せるようになりたいと言う客をサポートしたい。文法ばかりで話せない者をたくさん見て来た僕は会話をしながらスペイン語を教えることが出来る人間を探して来た。英語、スペイン語それぞれで僕は数人の天才肌に出会った。そうしたことができる人間がいることを知っている。誰にでも合うわけではないけれど、コレはと思う客に紹介してあげたいと思う。安心して間違ったコトを言えて、話していても緊張しない先生は数少ない。レッスンに紙や鉛筆を必要としないレッスン、するすると魔法のように言葉が心に刻まれていく、知らずに言葉が口から出てくるような練習相手。おそらく彼女はそんなレッスンが出来る1人だと確信している。さっそく1人の客に彼女を付けた。会わせたその時から客は彼女とのレッスンが楽しみだと言う。僕は内心ニンマリしてしまった。そう思わせるだけの何かをすでに客も感じ取っているのであろう。残念ながら彼女が教えることができるのは1日に1人だけ。それでも旅のツールとしてのスペイン語を伝えたいという僕の夢に一歩近づいたことは確かだ。なんと言われても彼女を大切にしたい。喋れないのを学校や先生のせいにするような輩には絶対に紹介しないし、頼まれても断る。そんなつまらないことでせっかくの才能を潰したくないから。僕はまた一つこの旅で欲しかった物(者)を手に入れた。

猫襲撃からグアテマラ人のメンタリティを見る

グアテマラ人はなんでも金で解決を図ると前々から思っている。「これはいくらだ」「いくらなら売るのだ」「まからないのか」などなどあまりに直球を投げつけてくるのでへきえきとなる。

ある日、アナと掃除をしているとなにやら下が騒がしい。隣のピットが「たいへんだーヒデキー猫が死ぬぞ、ネコが死ぬー」と血相変えて駆け上がってくる。「どうしたのだ」と慌てて降りる。母親のドーラが支離滅裂に怒鳴っている。カフェも大興奮して叫んでいる。「どうしたのだ」とドーラに聞くと「前の家の犬が入ってお前の猫を襲っていた。死んだか」と言う。見ると犬のヨダレともらした糞尿にまみれた猫が丸くなり「フゥーフゥー」と威嚇の声をあげている。近づいて抱き上げると口が裂けている。相当やられたようだ。ドーラが「カフェが懸命に止めていたがやられてしまった。カフェは偉い」と褒めている。カフェが足元に来て下から見上げているので褒めてやる。猫を2階に連れて行くとアナが「どうしたのだ」と言うので「お前の犬2匹が猫を襲ったのだ」と答えるとアナが珍しく取り乱して「あーたいへんだー」と猫を見てから「ちょっと帰る」と言うや否や飛び出して行ってしまう。しばらくして「ヒデキ悪かった、犬達を懲らしめてきた、たくさんぶってやった」と言う。「アナ、あまり懲らしめるな、お前の犬だ、気にするな」となだめる。糞尿まみれでは可哀想なので洗ってやらなくてはいけないが、今はショックが酷そうなので、首輪につないで、2階で休ませた。
夕方、仕事を終えたアナの兄が謝りに来た。とても丁寧に謝り、申し訳なさそうにしている。ほーグアテマラ人にもこのような気持ちがあるのかと感心した。

最近、めっきり帰って来なくなっていた猫。もしや、悪い虫でも付いたかと内心ハラハラしていたが、ある朝、満身創痍でビッコを引き引き帰って来て、反省の色を見せていた矢先の襲撃事件にすっかり意気消沈している。せっかくのペッピンさんも口が裂けて口裂け女の面妖となり当分は人様の前に出ることも出来なくなってしまった。ともあれ、繋がれる事を嫌がっている様子もないので謹慎を言い渡した。

翌日、アナがやって来て猫を心配している。昨夜、風呂に入れてやりキレイになると他にも傷があちこちにあった。それを見たアナが「本当に死ななくてよかった。昨日、兄がとても心配していた。ヒデキに悪い事をした。猫が死んだらヒデキに新しいのを買わなくちゃ」と2人で話していたのだと言う。そして「その猫は幾らで買ったのだ」とケロリと言うのを聞いて思わず「そっちカァーい」と日本語でツッコミを入れてしまった。アナはキョトンとしていたが、まだまだグアテマラ人のメンタリティが分かっていないと反省した。

シイタケさん

「そもそも愚老の易断は、下世話に申す当るも八卦当らぬも八卦の看板通り、世間の八卦見のようにきっと当ると保証も致さぬ代り、きっと外れると請合いも致さぬ」と言うやうにいい加減なものではあるけれども、時に人の心を救う事もある。だいたい救われたと言う人間は心が弱っていて救いが欲しいと思っている節があるので、書きようによってはどんな占いでも当たっているものだ。

宿をやっていると妙齢の女子がやってきて、きっとそのような話をし始める。正直、苦手な部類の話ではあるけれど、無下にする事も出来ないのでこの占いはよく当たっている。この相性診断はすごいと言われ「あーそうなんですかぁ」と適当に相槌をうってやり過ごす。ところがこのところ何人かの女子から”シイタケ”と言うワードを続けざまに聞いた。気になり調べてみる。せっかくなので自分の占いを見る。読み終わった時、当たっていると思ってしまった自分に驚いた。特段心が弱っている様子も無い。何かにすがりたいと思う気持ちも持っていないのだけれど当たっている気がする。占いは半年ごとに分かれているものを読んだのだけれど、あまり読み過ぎてはいけないとたしなめられた。読みすぎるとそれに頼りきりになるのでじっとして半年毎の楽しみにするのだと注意を受ける。

先日、友人から相談を受けたのでシイタケ占いを勧めた。すぐに当たっていると返事が来てニンマリとなる。そして次にあるのはシイタケからシイタケさんとさん付けになるのだ。八卦は当たるも当らぬも請け合いもいたせんと言われているのに。さてこの宿の主人である僕の下半期は果たして占いの通りとなるのか。そのようなことになったら宿名をCasa de Shitakeと変える事にしよう。

日々雑思 タイムスリップ

オンドゥーラスからアメリカを目指す移民の群れが次第に大きくなりグアテマラにやってきた。国境ではグアテマラの警官が群衆に押し切られ、蜘蛛の子のやうに蹴散らされてあっけなくグアテマラに入られてしまった。群衆は更に大きくなって海に沿ってメヒコを目指しメヒコとの国境で今度はメヒコの警官隊と睨み合いになったが、移民達も疲れ、風邪をひき元気が出ないので少し休んだが、その中の元気のまだある者が橋を降りて川を渡り、とうとうメヒコに入ってしまった。メヒコの大統領はアメリカの大統領に援助を打ち切るぞと脅されて少し頑張る姿勢を見せたがダメだ。メヒコに入った移民は今度はアメリカ国境を目指すが道は遠く、暑くてやりきれない。山に向かえば寒くなるので暖かいオンドゥーラスの人では皆風邪をひいてしまうだろう。そんなことを思っている間に群はどんどんと膨れ上がってとんでもない数になりだした。ついに催涙弾が炸裂して皆が涙目になっているニュースを見る。おとなしく行進していたようだけれど少し心配でもある。中米の国々ではどの国も貧乏であったり、悪人がいたりして代わり映えしないのだけど、自分の国が大好きで地元に家を建てたい一心で夢の国に向かう。途中で力つきる者、騙されてオロオロする者、上手くいく者がいて夢がある。

庭のアリが引越しをしている。隊列をキチンと組んで各々が大事に卵を運んでいるので赤黒い中に白いつぶつぶがユラユラとしていて気持ち悪い。お湯を沸かしてかけるとあっという間に隊列は煮えてしまった。念を入れて引越し先の穴にも湯を注ぐ。シンと静まり返った穴をしばらく見ていたが何も起きないので、隊列の最後尾を見に行ったが、あれほどいたヤツらはすでにどこかへ行ってしまった後であった。夢破れた者の末路はいつも悲しい。

友人がやってきてセビチェを食べたいと言う。急ぎこしらえた。手伝っていたアナが我慢できずに試食したいと言うので食わせる。なぜこのように作れるのだ、どこで覚えたのだと言う。しばらく考えるが思い当たらない。セビチェはペールーの料理でシンプルだけれど美味しい。この辺りではサルサにウスターソースを混ぜているので黒っぽい色合いのものが普通。てっきりそれを食べ慣れているのであろうと思っていたけれど、そうではないらしい。さらに食べたそうにしているので、いかんとたしなめる。コレを全部客に出すのか客は一人であろうと食い下がる。あまりに食べたそうにしているので、夜に作ってやるので食べに来るがよいと言うと、セビチェは夜は食べてはいけない。夜に食べるときっと腹が痛くなるのだと悲しそうに言う。なぜだと聞くと、そういう風に言われてるからだとサラリと答えた。やってきた友人に聞くと彼もまた夜は食べないと言う。腹が痛くなるのだと同じことを言ったがビールを6本飲みながら全て平らげてしまった。それにしてもあのような簡単な食事をなぜあそこまで喜んで食べるのかがわからない。たしかに美味しいものではあるけれどもう少し他にもあるだろうに。

スセリーが遅刻してやってきた。訳を言え、面白い言い訳なら聞いてやると言うと、酔っ払いに絡まれていたとつまらない言い訳であったので仕事に取りかかれ、丁寧にやれとたしなめた。仕事の後に食事をさせても帰ろうとしない。どうしたのだと聞くと今日は学校がない。コーヒーゼリーは作らないのかと言うので、それならばそこのコーヒーを使って作れと言ってやる。コレはいつ食べられるのだと聞くのので1時間後には大丈夫であろうと言うと、「待つ」と答えるので買い物に行って来るので留守番をしていろと言い残し出かける。食材を揃えるついでにクリームチーズを買う。戻り、スセリーに見せるとニッコリと笑い、チーズケーキを作るのかと嬉しそうにしている。今日はお前がすべて作るのだ。教えた通りにやってみろ。スセリーはそそくさと作り出す。わからなかったり自信がないところにくるとこちらを見ているので教えてやる。やはりこうした事をやるのは楽しいのであろう。冷やしている間にオムライスをこしらえてやった。うーんうーんと言いながらあっという間に平らげると腹が苦しくなり帯を緩めている。今日はどうしたものかやけに素直で可愛らしい。アナがやって来ると今日は自分がケーキを作ったと自慢している。アナはひゃーひゃーと言っていたが家の手伝いがあるので一旦帰った。出来上がったデザートを一人で半分ほども食べてしまったが用事があるのでコレで帰ると言いやっと帰って行った。入れ替わりにアナがやってきてケーキをくれとせがむので出してやる。美味しい美味しいと言いながらこちらもよく食べよく笑い帰っていった。彼女達には変な遠慮がなく、思ったことを素直にぶつけてくる。それは僕にとってととも心地がよく毎日の楽しみの一つとなっている。

サンペドロにいるとまるでタイムスリップしたような感覚になる事がある。スセリーやアナを見ている時、まるで自分の両親が子供の時はこのようであったのであろうかと想像がムクムクと大きくなり、自分がまるでその親になったような気持ちになる。時期でいえば昭和20年代か30年代にいるような感じ。彼女達がこれから過ごす未来から僕は何かの拍子で迷い込んでしまったようだ。

ショッピングモールに入ると「見て、ものすごく長いエスカレーターがある!」「あっちにはエレベーターがあるー全部透き通ってる!」と騒いでいる。エスカレーターの前まで来ると「なんだか怖い」ともたりもたりとしている。アナはスセリーに一緒に乗ろうと言っているけれども、スセリーが「あー待って待って触らないで、今乗るから」と意を決して踏み出した。すぐに後ろ足を引き寄せ「アイー」と身悶えしているのを見て僕は笑ってしまった。すぐに初めてエスカレターに乗ると言うのはこう言った気持ちであったのかと驚いた。エレベーターに乗るときもしかり、もたもたしていて閉まり始めたドアに挟まれたスセリーはブギャと叫び声をあげながら慌てて箱の中に逃げ込む、ドアが閉まり僕が乗り遅れると中で2人が金切声をあげているのが聞こえる。僕は可笑しくて可笑しくて仕方ない。下に降りると2人はVRの体験コーナーの前で不思議そうに眺めていて、僕に「ヒデキ、これはなんだ」と聞いてくる。箱メガネのような映写機をつけて妙な動きをしている体験者がよほど不思議なのであろう。「やりたい」と言うが映画が始まるのでダメだと言うと膨れっ面をして物欲しそうに機械をながめている。

映画館に入り、ポップコーン、ジュースを買う。席に座りジュースをドリンクホルダーに入れてやり、座らせる。すぐにポップコーンをよこせと騒ぐのでホルダーにさしてやると「スックリ!(まじかよ)ひっくり返らないのか」と驚いている。こんな当たり前のことに驚く彼女達が可愛らしくて仕方がない。予告編が始まるとスセリーがいきなり携帯電話でスクリーンに映っているものを撮り出した。ビックリして「スセリーダメだと」と言うと「どうしてだ」と怒る。僕はそりゃそうだろうなぁと思いながら、映画館では映画が始まったら携帯は電源を切るのだと諭す。スセリーは納得できずにもたもたとしているが、やがてスクリーンに注意事項が映し出されると、ようやく理解できたようだ。なにせ2人とも映画館に来たのも初めて、観るのも初めてなのだ。アナはこれから始まる恐怖映画が怖くて仕方がない。となりで「どうしようどうしよう」と言っている。始まる前から怖くて仕方がないのだ。「大丈夫だから心配するな」と声をかけてやる。さっきまで大丈夫だと言っていたスセリーもジャンパーの中に顔を隠している。僕は2人が心配になって来た。途中で逃げ出したり、大声で叫び声をあげるのではないかと気になって映画どころではない。恐怖を紛らわすかのようにポップコーンに手を伸ばし、もっとよこせと催促してくる。僕の腿はあっという間にポップコーンの食べかすだらけになってしまった。

8ヶ月も文句を言わずに働いてくれた2人を映画館へ連れて行ったのだけれど、僕の想像のはるか上をいく2人の挙動に僕は振り回されながらも、終始僕は新鮮な驚きと尽きない興味を味わせてもらった。見るものすべてが珍しく、何時間あっても足りないほどの好奇心が2人から溢れていた。ホテルへ戻ると2人は僕の携帯を持ってさっさと部屋へ行き、何百枚もの写真を眺めて1日を振り返って夜遅くまで楽しんだそうだ。アナは映画が怖くて一人で寝る事ができずにスセリーのベッドに潜り込み、二人で抱き合って寝たのだと朝食の時に楽しそうに話してくれた。

たった1日の小旅行ではあったけれども、僕には久しぶりに楽しい思い出となった。まるで復興期に集団就職のためにやって来た少年少女達を目の当たりにしているような妙な錯覚が止む事がなかった。僕は確かにタイムスリップを経験した。

日々雑思 ある女の話 ある男の話

ある女の話

うちに来たCが言う。昨日、女が泣きながらメルカドでオロオロしていた。訳を聞くと金がない。食べ物が買えない。子供に何も買ってやれない。旦那がすべて呑んでしまったそうだ。
女は小さな畑を持ち、旦那と野菜を作り、ずいぶんと育った。よく実り、売り手も決まった。これまで草取りや、土返し、肥料もくれてきた。たいへんだったが売れることを楽しみにしていた。ところが旦那は女房の知らないところで金を受け取るとその足で飲みに行ってしまった。女房が気が付いた時は全て酒に消えていた。食べ物や子供の物を買うプランがあったがすべてダメになってしまった。女房はフラフラと去ったと言う。

週末になると村の男はいそいそと飲みに行く。稼いだ金が入るのだ。土曜日の朝には正体不明となって道に転がってる。稼いだ者は仲間にたかられる。稼がなかった者は親しげに近づきおべんちゃらを言って一杯の情けを乞う。ケツアルテカはグアテマラの安ラム。透明の酒瓶に描かれた女はおそらくグアテマラ一の悪女であろう。安く、強く、すぐに酔える、男をダメにする。金が尽きた酔っ払いとすれ違うと決まって「アミーゴ1ケツくれー、ビールをくれー」と媚びてくる。ある者はカミさんと子供が迎えに来て引きずるように連れて帰る。ある者はズボンから尻をはみ出させて道端で寝る。明け方に家に戻る男も、家中の窓を開けて大音量で音楽を流し、大声で叫ぶ。娘の部屋に転がり込み、大いびきで寝てしまう。

女房が金を家に入れてくれと頼むと、怒鳴り、叩いて、突き飛ばす。罵声を上げ、悪態の限りをついて何処かへ消えてしまう。村の女は皆怖がっている。別れてしまえばよかろうがと言うと。暮らすことが出来ない。子供があれば我慢するしかないと言う。それならば実家に帰ればよかろうがと言うのだけれど、実家は父が帰って来る事を許さない。他に行けと言われてしまうとにべもない。働いても金を入れない男と暮らすも母子で暮らすも同じではないかと思うのだけれどその様な思いには至らないのが不思議だ。
Cの旦那も以前は酒を飲み、家のことをせず、子供の世話も焼かなかったが、女が強く言うと酒は飲まなくなったが家事はやらないまま。手があるのだから手伝えと言っても俺の手は皿を洗うための手ではないと言うだけで何もしない。無教養が悪いのだ。ここの男は皆、学ばないで女の尻ばかり追いかけている。女は吐き出す様に、思いの丈を伝えているように言ったきり黙ってしまった。うっすらと膜が張ったような目で彼方を見てから、また来ると言って帰っていった。教育の無いものが教育の事を語ると決まって片手落ちとなる。自らのことは棚に上げ、必ず人のせいにする。人は逃げ道がないと生きていけないのだ。女もまた男に逃げる現実は1つの逃げ道なのであろう。

ある男の話

知り合いが他に女を作ってよろしくやっているところを家族に踏み込まれて修羅場となる。旦那は必死に抵抗したが風呂場に隠れていた素っ裸の愛人が見つかり万事休すの運びとなった。それでも女房は神と家族に謝れば許すと言ったが旦那は引っ込みがつかなくなり。しばらくして、朝早く荷物をまとめて隣村に住む愛人宅に去って行ってしまった。
後日、村で仕事をしている旦那に会う。どうだ?と聞くとまあまあだとだけ答えていた。一緒にいた客に事の次第を話すと、私ならどこか遠くに行ってしまいたいと言って呆れていた。

この村ではへぇよくある事で、子供までが知っているのにまるでなかったように、皆が大人のように振舞っている。愛人がその男の娘の友達であったり、その事を娘が友達から聞かされたりするのは少し信じ難いのだけれど、受け入れるしかない。男も大概だけれども女もしかり、自分から色仕掛けて金をせびる。法外な金をせびる。付き合いたいなら家を建てろと言われた大工の男は建材を買い、家を建てて始めるが金がない。建材屋を言いくるめたはいいが支払いができないので事が明るみになって、二進も三進もいかなくなり首をくくったが、運悪く死ぬ前に見つかり、病院送りとなった。グアテマラ人は自殺など絶対にしないのだろうと思っていたが彼らもまた人の子であった。また、やりたいなら400ケツ払えと言われた男は、やりたい一心で銀行に行き、金を借りて、腰を振り続けているうちに借金が雪だるまのように膨らみ家を失った。1日に良くて70ケツ程しか稼げないくせに、なぜそのように狂ってしまうのか、よほど女は床上手であったのか、数の子かミミズでも飼っていたのか。一度、一戦交えてみたい気持ちもしないでもない。

道端で行商をしている女衆も、男から言い寄られるそうだ。こんな所で商売をしていて恥ずかしくないのか、他のもっと良い場所で違うものを売ってはどうかと言われると言う。大した稼ぎにならなくても商いが好きな女衆は毎日のやうに同じ場所で同じ物を売っている。たまに犬と散歩出かけるとホッコリ、スッキリした顔つきで向こうから見知った顔の女が知らない男と歩いて来るのに出くわすことがある。はて、どこで見た顔かと考え、あぁ、あそこでアレを売っていた女だと気がつく。道端で見る時とは違って少し若返って見えるのは気のせいではなかろう。

最近、女衆から「お前には女が必要であろう。自分で見つけられないのか、紹介してやるから会ってみるか」と言われることが多くなった気がする。先日道で会った以前世話になっていた家の女房に「お前もすでに半分はここの人間になったな」と言われた時、ちょっと嬉しくなったが、すぐに残りの半分のことが気になり、途端、背中に寒気がして二の腕が鳥の肌のように泡立ってしまった。「当面は半人前でいい」と言ってそそくさと退散した。この村の衆は気はいいが、老いも若きもいささか思慮に欠けるところがあって、どの様に付き合えばいいのかとほとほと困るところがある。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ川のどんぐりとも言うが、もう少しの間、もがき苦しんで瀬に飲まれ溺れ死んでしまう方が幸せかもしれない。

日々雑思 パーティ

パーティ

グアテマラ人女性のパーティ。うちの宿で催す運びとなり、当日は朝から準備に追われる。午後からスセリーとアナがやって来て手伝う。2人がそろうとお喋りばかりでなかなか思うようにコトが運ばないのだけれど、案の定今日もどうにもいけない。それでも時間までにはなんとか間に合い、ぞくぞくと客がやって来始める。アナがそわそわしている。どうしたと聞くと家に戻ってもいいかと言う。どうしたのだと再度聞く。「着替えたい、髪をとかしてから来たい」と言うのでピンときた。そう言えばスセリーは珍しくお洒落な民族衣装を着ているし、やってくる客もめかし込んでいる。アナは自分が普段着である事が恥ずかしくなってしまったのだ。「いそげ」と言うと飛んで帰った。戻って来たアナはこれまで見たこともない立派な民族衣姿となり、髪も良く整えてある。なるほどと膝を打ちたくなった。

普段はおとなしく、慎ましくいるグアテマラの女性たちも、いざ女性だけの集いとなれば一世一代のめかしこみをして臨のだ。独身も既婚も子持ちも子無しも関係なく集いを楽しみにしていたのだ。キャイキャイとよくはしゃぎ、酒もないのによく話、よく笑い、よく体を振り回して楽しんでいる。エロ話も旦那の愚痴も、恋人の話も全部ぶちまけてのストレス発散の場となった。そんな場に相応しくないとアナは感じたのだ。スセリーは知っていたのかと感心した。歳は1つ違いでもそうしたことに敏感な娘もあればそうでない娘もいるのは日本となんら変わりない。
スセリーとアナはそんな雰囲気にのまれてしまい少し萎縮している。3階にあがるのが恐いと言いだす。3階に置き忘れたコップを持って来いと言うとスッと行くのだけれど直ぐに戻って来て無かったとモジモジしている。彼女たちの迫力に負けて目の前にあるものも見えなくなっているようだ。仕方なく取りに行くとあっという間に質問ぜめに合い、タジタジとなってしまった。これでは彼女たちでは形も無しであろうと合点がいった。

いつもはタンクトップにぶっとい身体を押し込んでピッチピッチでいる彼女たちも民族衣装を身にまとうといつもとは全く違った雰囲気になり、しとやかに見える。年齢の話になったときに再び驚く。おばさんだと思っていた彼女達は客よりずっと若いことを知る。どもにもグアテマラ人の年齢はわかりずらくていけない。一体いつからあのように急激な老化が始まるのであろうか。少し見ない間にあっと驚くほど体がデカくなり急激に歳をとる。誰だか見分けがつかなくなってしまう。ついこの間まで働いていた女中もふたまわりほど大きくなっていて驚いた。民族衣装はそんな彼女たちが着るととてもよく似あって見える。通りで見かけた時、二度見してしまった。たった数ヶ月だというのに。

パーティにはホームスティをやっている女将もやって来ていて、レシピを根掘り葉掘り聞いてくる。自分の所でも日本食を出したいと言う。レシピを教えると喜んでいた。後日、スーパーでバッタリと会う。このあいだの調味料はどれとどれだだと聞くので教えてやる。これで出来るのかと聞くので詳しく教えてやった。どうせ同じ味は出せないのだ。料理とはそういうものなのだ。これまで何度かよく教えてやったが、いずれもうまく出来ないと嘆いていた。グアテマラ人は鼻はいいが舌はバカなのだ。目も耳も節穴だから食材の声が聞こえないのだ。千切りのキャベツを見せるとどの機械を使ったのだと言う。手だと言うと信じない。見せてやるとお前の手はすごいと驚く。包丁を見せてやると驚いている。怖くて使えないと言う。調理するのを見せてやるとやりたいと言うが出来ない。衣食住は生きていく上での基本中の基本であろうに、ないがしろにしているからその様な体たらくとなるのだ。出直してくるがよろし。

ある日、朝から雨の音で目覚める。朝早くのボートに乗る客の事を思う。かわいそうに雨の出発かと気の毒になる。降りて茶を沸かし弁当をこしらえてやった。いつもは言わないのに、ダメだったら戻っておいでと声をかけてから驚く。なぜその様なことを言ったのだろう。他の客に朝食を出している時に扉が開いた。出発した客が戻って来た。メキシコで集会がありバスが通れないので今日はダメだと言われたと言う。寒そうなので温かな食事を出してやる。ボートのチケットを使ってしまったので、ツーリストオフィスへ行き、明日の確約とボートチケットを再度もらってやるととても喜んでいた。雨季の終わりは雨が強くなるので天気予報を見ると台風が来ていた。どおりで。客が近くの村に行きたいと言うが雨だからやめておけと言う。諦めきれない様子なので女中のスセリーに雨は止むかと聞く。スセリーは「見ろ、あそこが見えない。雨だ。今日はダメだ」と言う。客もそれを聞き諦めた。雨のせいでネットも切れたので皆、おもいおもいに過ごしている。かわいそうであったのでチーズケーキを作ってやった。生と焼きの両方を作る。生は今回初めてであったけれど前々からよく考えていたので良い仕上がりとなった。女中のアナも欲しがったが、来なかったので全部食べてしまった。

日々雑思

ある日、風の音で目覚める。近所の建てつけの悪いトタンがあおられて音を立てている。湖からやって来る風は季節を運ぶ。2〜3日は強い風が続く。なぜか山の上に張り付く雲は動くことがなく、低い場所だけを風がなでている。

カフェで勉強をしていると隣のドーラから電話がかかってきて「どこにいるのだ、客が待っている」と言う。戻り、部屋を準備した。飛び込みの日本人客は珍しい。この所問い合わせもないのでてっきり今日も客は来ないのだと思っていたがひょっこりと現れた。女中のアナがやってきて良かったなぁと慰められる。
客がネットに繋がらないと言う。確かめるとネットが切れていた。ネット屋に電話すると風のせいだ、明日直ると言う。いつものことなので客に「ネットはない。諦めろ」と伝える。ネットカフェを教えろと言うので連れて行く。1時間ほどしてスッキリとした顔で戻ってきた。雨季の終わりは停電やネットの切断など問題が起きるので嫌だ。日本ではニュースになる事もここでは普通なのだ。

夜、いつものようにズンバに行くと「今週末にミーティングを開きたい。お前のところはレストランであろう。よいか」と言うので「よい」と答えるとメニューを見せろと言う。メニューなどないのだけれど仕方ないので急ぎメニューをこしらえる。皆に見せると予想以上の人数となった。客にパーティを開くのでうるさいが構わないかと聞くと構わないと言うので引き受けた。最近は宿泊客があまり来ないので、こうした地元の客も大切にしながら生きながらえている。料理も好評で不味いと言われることもない。

客の中には、こだわりの強い者がいて京都ではこの素材はこの様に使う、こんな使い方はしないと箸もつけない輩がいるので、和食を出すこともメッキリ減らしたが、地元の者や外国の者は美味しいと言ってくれる。それは当然のことであって、文句を言う客が正しいのだ。ここは日本ではないので、そこで日本人に和食を出すことが間違っていたのだ。グアテマラに来ているのであるから、グアテマラ料理を楽しんでもらうべきなのだ。外国の人や地元の人にとってはいい経験でも日本人には無用の気遣いであった。こんな簡単な事に気がつくまで2年近くかかってしまうとは呆れたものだ。そもそも旅人に故郷の味など必要がないのであろう。世界を観に出ているのであるから、そこの物を食するのが当然の事なのだ。よくよく反省をした。

ドーラが冷蔵庫に入れてあったタマーレスを取りに来た。タマーレスはグアテマラの食べ物の1つ。トウモロコシの粉を練って、中に鶏肉とトマトソースを入れ蒸したもの。「せっかく作ったのに子供達は食べない。嫌になる」と愚痴っている。ヒデキ食べないかと言うので腹は満ちていると言うと1つ置いていった。あの様な物を好き好んで食べるわけもなかろうに思うのだけど。そういえば子供の頃、オヤキを出されることがあった。栃餅を出されることがあった。食べずにいると母がこんなに美味しいのにと文句を言いながら一人で食べていた。しばらくしてオヤキは残ったが栃餅を見ることはなくなってしまった。より美味しい物が出てくれば、昔の味は廃れてゆくのであろう。この辺の年寄りたちは新しいものはまるで口にしない者もあり、まだまだ古き習慣が残るが、ゆくゆくは消えてゆくのであろうか。

夕方、ネット屋が来て喜べと言う。なにを喜ぶと言うのだと思っているとネット会社を変更した、アメリカの会社だ、よりマシになると得意そうに言う。そそくさと設定をし直して繋げてみろと言う。速度が落ちているではないかと文句を言うと。安定性が増したのだと力説する。いずれにしても他の選択肢がないので様子を見る事にした。これまでも随分とネットには泣かされてきたので、げんなりしてしまう。翌朝、もう一度計ると村で1番の速度となっていた。びっくりしてもう一度計り直すが速い。とは言っても他国とは比べものにならないので、宿にはネットはないとこの文を読める人には言っておく。あるにはあるがオマケ。サービスでもなければ設備でもない。くれぐれも仕事で使おうなどと思ったり、大容量のデータ送信をしようなどとゆめゆめ思われるな。

日々雑思  キャンタマティーが飲みたい

客がすべて去り、穏やかな時間が戻る。のんびりとスペイン語でもと思っていた矢先に友人から茶を飲みたいと言われる。
「ヒデキ、茶が飲みたい。オレンジティーオリエンタルを淹れられるか」
「オレンジティーオリエンタルとはなんだ?沢山種類がある、いくつかは淹れてやれるがどんなのが飲みたいのだ。冷たいやつもある。クリームを添えたのもある。なにがいいのだ」
「お前に任せる。後で行く」

メルカドへ行き、オレンジ、レモン、リンゴ、モモを買う。キウイが欲しかったがなかったのでリンゴとモモで代用とした。途中店に寄りティーポットとゼリーに使う器を買う。ゼリーに使う器はガラスで足の付いたワイングラスをうんと平たくしたやつ。ホコリまみれだったので負けてもらう。

戻り、はてどうしたものかと思案する。普通の紅茶、黒紅茶、オレンジペコのいずれを使ったものか、甘みはガムシロ、地蜂の蜂蜜、普通の蜂蜜にしたものかと悩み、オレンジペコ、地蜂の蜂蜜に決める。薄く切った果物をポットに入れ、熱い紅茶を注ぐ、地蜂の蜂蜜をそっと流し込み底に溜まるようにして最後にオレンジの輪切りをポットの縁に洒落た感じに引っ掛けた。
先日、試しに作ったコーヒーゼリーを器に入れ、ガムシロ、クリームをかけミントの葉を乗せて合わせ出す。

「コレはなんだ」
「ヘラティーナ デ カフェ(ゼラチンコーヒー)だ」
一口食べて目を見開いてこちらを見る
「…」
更に一口食べ
「だいすきだコレ、どうやって作った。こんなの初めて食べた」
「そうかそれは良かった、黙って食え、紅茶はどうだ」
「紅茶も美味い。完璧だ。お前の作るものはいつもすごい。レストランはやらぁないのか」
「ありがとう、世辞はいいから飲め、レストランはやらん。同じ物を毎日作るのは嫌だ」
「ヒデキ、1つ質問がある」
モジモジしながらこちらを見ている。
「そのぉ、セクシュアルに効くお茶か食べ物を知らないか」
「はぁなんだそれは健康と言うことか、それとも女か」
「そのぉ、最近ちょっと…若い時は、1日4〜5回は自分で出来たんだけど、最近ちょっと…」
「4〜5回!お水取りをか!すげーなお前」
「だからそのぉ、そんなのがあればと」
「バイアグラでもつかっていろ」
「あーアレはあかん、アレはそれだろそのぉ15分程で効いてくるじゃ、そうではなくいつでもスタンバイ出来てる状態でいたいのだ。ナトゥラルでなければダメだ」
「あー、わかった。内臓を食え内臓はあっちにいいぞ」
「内臓かぁ、お前は作れるのか」
「作ってやる、モツ煮だ」
「それはうまいのか、効くのか」
「よいかお主、俺たちは肉体と精神から出来ておる、バランスがよくよく大切なのだ、2つは別々の物に見えるが関係しているのだから気持ちをしっかりと持つことが肝要だ」
「なるほど、気持ちもわかった。ところでやりすぎるとバカになるのか」
「バカにはならぬ。ただ赤い玉が出たら終いだ。諦めろ」
「お前は出たのか」
「いや、まだ出とらん」
「バカになるのは嫌だが俺は好きなんだ」
「好きなようにやれ。そうだマカを知っているか」
「それはなんだ、良いのか、日本にあるのか、スペイン語ではなんというのだ」
「マカはスペイン語であろうが、たしかペルーだ」
「それはどこで買えるのだ、ここにあるのか」
「ここにはない、パナハチェルへ行け、そこにあるやもしれぬ」
「パナか、そこにあるのか」
「多分、でもグアテマラシティならあるであろう」
「あーアソコならな、そう言えば腹が減った、何かないか」
「何が食いたいのだ」
「何があるのだ」
「お好み焼きを作ってやる。それを食ったら帰れ」
「それはアレに効くのか」
「気の持ちようだと申しておる、それでよいか」

こんな会話をするのはなん年ぶりか、久しぶりに吹き出してしまった。そんな話が出来るような友達が出来、スペイン語で話せる事が不思議であるけれども、コレもまた良い練習でもある。”勃起”などと言う単語は学校では習えないし、女中とはとても出来ない会話だけれど、何故か心地よさが残った。男は馬鹿話、エロ話が好きなのだ。猫を被らずに話すのは気持ちがいい。ヤツとならこれまで謎であった数々の事も聞けるやもしれん。

彼とは犬の散歩に出かけた時に湖畔で出会った。家を教えるとやって来てランチをたまに食べるようになった。都会の出で、まだ若く、明るい。頭が良さそうだし、働き者のようだ。英語も少し話し、共通の友人もいる。また少しサンペドロに馴染んだのかもしれない。そういえば最近村のあちこちで声をかけられるようになり、立ち話をすることがしばしばある。こちらがおかしな言い方をしても理解してくれるのはよく知られる様になったのだと思うことにしている。

ズンバ会場にて
「今日はお前の娘はどうした」
「先日、娘ではないと言った」
「では、あの2人はなんだ」
「アミーガだ(友達だ)」
「では前に来た娘はお前のか」
「アレもアミーガだ」
「お前は何故若い娘を沢山連れて歩くのだ」
「宿をやっているのだと言ったであろう」

皆が皆同じ質問をする。何故なのだろうと思っていたが、噂話、恋愛話に飢えているのだと気がつく。

道端にて
「お前に聞きたいことがある」
「なんだ、言ってみろ」
「家の前に停めてあるのはお前のバイクか、うちの旦那が買いたいと言っている、いくらだ」
「アレは売り物ではない、売るとしても高い」
「いくらなら売るのだ」
「30万だ」
「まからんのか」
「まからん、諦めろ」
「…また聞くことにする」

なんでも欲しがり、すぐにいくらだと聞くのがここら辺りのやり方。いちいち腹を立てていたら身がもたない。馬鹿に強欲では神も救うわけもなかろうに。

スーパーにて
「猫はどうした」
「家だ」
「何故連れて来ぬのだ」
「既に育って大きくなったからだ」
「袋に入れてくればよかろう」
「袋よりも大きくなった」
「それでは新しい猫を見つけろ」

何故、その発想なのかがわからない。聞き間違えたかと思うことしばしば。こちらが予想しない会話をされてはスペイン語がわからないと勘違いをしてしまいそうだ。「お前も新しい男を見つけろ」と返すのが正しいのか。わからぬ。

投げて捨てる様な会話が好きだ。真っ直ぐに物を言う直接的なやりとりは、変に気を回さなくて良い。相手の腹をさぐるやり取りは疲れてしまう。ここでは一切の気遣いが無用なほど、他人が人の腹の中に手を突っ込んでさぐりまくる。気遣いなどと言うものは、いっそのことすべて捨ててしまってもいいのかもしれないと思えるほどこの国のこの場所は喜怒哀楽を持っている。民族衣装の彩りの様な複雑でいて調和がある不思議な感じ。
日曜日の朝メルカドの端に腰を下ろす。人々を眺めているだけでいい。声にならない音が匂いをもってやってくる。何十もの彩りが目に飛び込んでくる。青い匂い、黄色の匂い、赤い匂い、黒い匂いがまるで聞こえるようにやって来て刺激してやまない。手についた鶏の油をズボンで拭い立ち上がった。

日々雑思 魔法の杖が欲しい 旅の命題

魔法の杖が欲しい

英語やスペイン語の勉強をしていると時に驚くことがある。それは教える側にも教わる側にもあって、きっとこの人は最初からそういう人であったのだろうと思わされる。フィリピン人のカレンは、きっとそうした人なのだと感じた1人。彼女は単語のイメージをいとも簡単に英語で覚えさせてくれた。僕のボキャブラリーが足りないと見るや否や毎日新しい単語を20〜40個、しかも日々使う単語ばかりを僕の脳に刻み込んでくれた。こんな単語は使わないだろうと思っていたものは、今でもよく聞くし僕も使っている。それらは日本語に訳する必要もなく、そのまま覚えているので使う時に考える必要がない。それは1750個にも及んだ。当時、一緒に学んでいた友人に彼女のレッスンのことを聞かれ、彼女は天才肌ですね、なんだかわからないけど覚えられるんですと答えた。友人もまた彼女のレッスンがいたく気に入った。

留学に来た客の1人、キミちゃんもそんな1人。彼女は、本人に言わせると気がついた時には英語が出来た。物心ついた時にはすでに話せていたがそれに気がついたのは彼女が中学生の時に親が気がついたと言う。そんな彼女なのですぐに話せる様になるのであろうと文法に強い学校を紹介して、いい先生について勉強を始めた。ところが全然話せないと言う。先生に聞いても彼女はあんまり勉強していないみたい。だから話せないんじゃないかと困惑している。ところがキミちゃんは学校の帰り道に知り合いになったグレンディと小一時間雑談をして帰って来るようになる。ある日僕とその子が話しているのを聞いていて、キミちゃんは「すごーい全部わかった」と言っている。僕は少し驚いてグレンディに聞くとキミちゃんは話せてる。最初は何にも分からなかったけど今はなんでも話すと言う。ところが先生に聞くと相変わらず同じ答えが返って来た。そうキミちゃんもまた天才肌の1人だった。キミちゃんに聞くと勉強なんかしてたら話せないのだと言う。だからキミちゃんは今でもとっても簡単なことが言えなかったり、間違えたりするのに日常会話は出来ている。

先日、ある先生のレッスンを受けた。彼女の評判は以前から知っていて、レッスンの約束をしていた。たった3時間ほどのレッスンだったのにモヤモヤしていたものが一気に晴れて、全部使える様になった。なぜ今まで悩んでいたのかわからないほど、それはレッスン中に明快になった。しかも教えてもらったその直後から使えるようになった。僕は自分のわからないことが何なのかを明確にしてから勉強するのタイプだけど、これまでなんでわからないのかがさっぱり分からんと五里霧中だったのに、レッスンを受けた後に自分が分からなかったことが分かると言う変な感覚に囚われている。しかもレッスン中に出てきた新しい単語もシッカリと頭に残った。それはカレンに教わった単語同様訳す必要がなくて、しっかりとイメージだけが残った。彼女は少しだけ日本語が出来る。レッスン中に僕が分からないと言うと日本語で説明をしてくれるのだけれど、不思議なことにまったくイメージがわかず益々混乱してしまった。理解はできるのだけれど感じない。そんな感じ。僕は「日本語で言われても何も感じない、全部スペイン語で説明してくれ」と頼む。彼女は「そうね、その方があなたには良さそう」と答え、スペイン語だけでレッスンを進める。その言葉を使う時の心の動き、それを受け取る側の気持ちを僕に伝えながら自分の気持ちを運ぶ道具としてのスペイン語を教えてくれた。それは僕がフィリピンで受けたレッスンとまったくもって同質のもので勉強ではなかった。僕らのレッスンは客から見たらただの雑談やちょっとした相談くらいにしか見えなかったかもしれない。後から彼女の生徒に「彼女のレッスンはどうでした」と聞かれた。僕は「彼女に教わって話せない奴はバカかやる気のないやつだけだよ、彼女に習えば僕なら2ヶ月で話せるようになるよ」と答えた。生徒さんはちょっと驚いて引いていたので僕はまずかったかなと思い「でも、彼女の性能を引き出すには中級以上の力が必要かもしれないけどね」と付け足しておいた。たった3時間ほどレッスンで僕はこれまで苦労していた3つの文法を手に入れることが出来た。まるで僕がわからないところがはじめから彼女には全部わかっていたかのようなレッスンだった。いっさいの無駄がない完璧なレッスンだった。残りはあと3つ。そのうちの1つは前述したキミちゃんから今日の午後、英語で習うことになっている。もちろんキミちゃんはその文法をスペイン語では習っていないし、彼女は既に話していること気づいていない。でも僕はなんのためらいもない。出来るようになる事を確信しているから。

今日、書いた3人はまさに天才肌の人達だと思うのだけれど、僕は彼等がどれほどの努力をしてきたかを知っている。それは人がする様な勉強ではないのかもしれないけど彼等はやったのだ。決して言い訳をせず、サボらず、日々言語に向き合ってコツコツと積み上げたのだ。目に見えない程の小さな積み重ねの結晶の上に彼等の言葉があるからこそ僕の様な凡人の心に言葉を刻む事が出来るのだ。クソのようなプライドや高飛車な気持ちを振りかざす愚か者には手に入れる事が出来ない魔法の杖が僕は欲しい。出来れば英語とスペイン語の2本の杖が欲しい。なぜならそれはテストでは測れず、人と比べる事が出来ない素晴らしい物だから。

旅の命題

ズブリ!「アッイタァ〜」と笑ってしまった。左耳の軟骨を突き抜けたパイプに小さな金属片をクリッとさして引き抜くと耳に銀のワッカが付いていた。特異な性癖を持っている訳でもないし、何かを主張したい訳でも無く、もちろん不良というほどの悪党でもない。単純にやってみたいと思った。

若い頃に流行っていたリーゼント、アメリカングラフティから抜け出してきたかのようなボーリングシャツ、ダブダブの学生服にトラの刺繍、スカジャン、ルーズソックス、腰パン、などなど。あの家の子とは遊んではいけない。あんな格好をして不良に違いない。世間様に顔向けが出来ない。親にもらった大切な身体に傷をつけるなんてと言われてしまうようなことはすべてが憧れを伴って輝いていた。僕にとってそんなものの1つがピアス。特段憧れがあった訳でもないのだけれど、不意に思い立ってやってみることにした。プラプラとする金具を見ても特段何が変わったわけでもなければ、若返りの高揚感もない。「ふーん」それだけだった。不良おじさんでもないが、人様からそう見られてしまうのかしらと帰りにすれ違う人をジッと観察して見たけれども、誰も気にも止めてくれないので少しガッカリしてしまう。もはやピアスごときでどうなるものでもないだ。これから日本に帰る旅人が就職の時によくないと言っていたのを思い出す。さすがに僕の年齢で就職もなにもないのだけれど、果たして今の日本ではどう思われるのであろうかしらと妄想してフフフと笑ってしまった。ほっぺたの上の方から顎にかけて人差し指ですっと線を引いたり、小指の第二関節から折り曲げて先が欠けているように見せたり。服の袖を捲り上げて斜に構えたりするように耳に人差し指でと親指でワッカを作るような仕草があったりするのかしらと妄想は果てしなく広がった。ボワリ〜ンと熱を持つ耳がなんとなく気になり鏡をのぞく。恐る恐る触って見た。「時々クルクルと動かすのだ」と言われた通りにやってみる。ウズウズとした痛みが走った。でもその感覚は嫌いではない。

旅に出る時に決めたこと”迷ったらやる”をやってみただけ、バイク、ロッククライミング、ダイビング、宿。すべてが楽しかった。新しい経験は新鮮で怖さや不安があった。それは僕をワクワクさせたし驚きと喜びを感じさせてくれた。そして今回もおんなじ。嫌なら外せばおしまい。じきに穴は塞がって小さな傷となって思い出の一つとして残るだけなのだ。まだまだやってみたいことは沢山ある。ドレッドヘアー、青刺のようなアウトロー的な物、多言語や文化に浸かる。これまで行ったことがないような高い山に登ったり、何百キロも歩いたり。未知のものを口にしたり、沢山の人と話したり。恋人ができるかもしれないし、どん底で這いつくばることだって僕には楽しいのだ。「迷ったらやる」僕の旅の命題なのかなとちょっと思う。とりあえずこの言葉を心に留めて忘れないようにしよう。

日々雑思 停電 独立記念日 他

昔、先輩にマッサージを頼まれ散々な目にあったけれども、人の身体がわかるようになった。不思議なことにわかるのは右手だけで左手ではとんとわからない。タイでマッサージを受け、その効果に驚き、仲良くなったマッサージの女にずいぶんと教えてもらった。これまで何人かに頼まれ施したことがあって、してやると喜ばれてきたので悪くもないのだろう。50肩に悩む友人の母親がくるようになって2週間程経った。当初は目から涙が溢れるほど痛がっていたが此の所ずいぶんと良くなってきた。夜も寝れると言う。家事も出来るようになってきた。揉まれている間もリラックスしていてよい。

「金を払いたいがどうだ」
「ワシは座頭金ではない。目も暗くない。琵琶も弾かなければ、按摩でもないので金はいらん」
「でも、お前はずいぶんと働いている。手も痛かろう」
「お前は友達の母親なので特別だ、お前らは何故なんで金で済まそうとするのだ。人がたまにほどこす親切は素直に受ければよい。そもそも病院に行けないからここに来ているのであろう」
「これまで二つの病院へ行った。どちらでも写真を撮ったが良くならない。先生は色々言うがなにもよくならなかった。でもお前は写真も撮らなければ、なにも余計なことを話さない。妻も最初は痛がっていたが最近は少しの痛みだけだと言う。夜もよく寝ている。礼がしたい」
「礼なら毎回お前ら2人が言っている、十分だ。今日は終わった帰れ」

二日後、茶碗2つとコーヒー1袋が入った小さな袋を持って現れる。その小さな袋もやると言う。ありがたくいただく。共に安物。可愛らしいがすぐに割れてしまう茶碗。メルカドの安コーヒー。けれど気持ちがそこにはあった。旦那の方は漁師で朝だけ漁に出ている。毎日ではない。その他の日は山に行っていると言う。薪集めか畑でても働いているのかもしれない。稼ぎも多くはないのだろう。午後はキリスト教の本の研究をしているという。妻がマッサージを受けている間ずっと本を読んでいる。時に質問をしてくる。時にスペイン語を教えてくれる。妻が呻くと痛いかと聞いている。仲のいい夫婦なのだ。

妻の肩はまだ痼があり、いくばくかの時間がかかるかもしれない。それでもずいぶんと良くなってきているので、ストレッチとリハビリの方法を教える。次からは三日おきに来るがよい、痛みは当分残るが大丈夫だ。良くなるので心配するなと伝えた。

先日、彼らの家の近くで知らない女から声をかけられる。「お前がマッサージをしている日本人か」「そうだ」「彼女はずいぶんと喜んでいる。お前の仕事か」「仕事ではない」「では、何故できるのだ医者か」「医者でもないが、ここの医者よりはマシだ」「いくらだ」「金はとらん」「わたしにもしてくれるのか」「お前にはしてやらん」「何故だ」「お前は友達ではないからだ」「いくらならしてくれるのだ」「1時間200ケツならしてやる」「ススッ」「そうだ、アディオスアミーガ」
善い行いも悪い行いも自分で決めるのか肝心。人がどう思うかなどどうでもいいのだ。こちらがどんな人間かは勝手に決めれば良い。自分は自分なのだ。いちいち人の想像に左右されているのはめんどくさいしガラでもない。

停電
夜になり雷が鳴り出す。夕食をとっていると停電となった。いったんは復旧したがまた直ぐに消えた。これは明日の朝まではダメだなと思った。ろうそくを廊下に置くと宿の形にぼんやりとした明かりが立った。停電は久しぶり。僕は停電が嫌いではない。村がしんと静まり返り普段聴こえてこない人の話し声が遠くに聞こえる。子供達のはしゃぐ声、ろうそくを灯し各家から漏れる静かな灯火。山極が暗闇の中に浮かび上がり、路は野良犬たちの天下となる。あちらこちらで吠える声が上がり、悲鳴も上がる。
雨が上がり、ぽちゃぽちゃと水がたれる音がする。家の裏で生まれたばかりの子猫の声は消えていた。夕方、カフェと散歩に出かけた時、どこに居るのかと探したが声は聞こえるけれども見つけることはできなかった。先程の激しい雷雨に打たれ凍えてしまったのであろうか。対岸の村には電気がついているのでこのあたりだけが停電なのかもしれない。やる事がなくなり早々に寝る。

独立記念日
独立記念日となる。あまりいつもと変わらない。いつも湖端で練習している学生たちが晴着で楽団となり道を行く。太鼓をたたく者、ラッパを吹く者、ジャカジャカとなる大根おろし器のような楽器を鳴らす者、踊る者が皆そろって練り歩く。村人は足を止め、道を開ける。村を巡って広場に集合した他の楽団も一様にやり遂げたような顔をして並んだ。女中のスセリーも参加した。汽車のハリボテの中担当。途中でハリボテの汽車が壊れ恥ずかしかったと言っていた。壊れたハリボテを道端に捨てたので先生からえらいこと叱られ、ひらいに行かされた。重くて嫌だったと少し拗ねていた。

中米の独立記念日はどの国も一緒の日だという。スペインから揃って独立したのだ。植民地のままでいれば今頃スペインとしてやっていけたろうにと思ってしまうのだけれど、きっと自分で出来ると思い込んで言い張る子供のように駄々をこねたのだ。挙句貧乏な国となってしまい、アメリカに不法就労などをしに行くことをよしとするようになってしまった。どうせ独立するのであれば一つにまとまってもよかったのではないかしらと思うのだけれど、自分だけが儲けたいと思った輩が6〜7人いたのだろう。勝手気儘に国を立ち上げてしまった。烏合の衆となり益々まとまりがなくなってしまった。

さぞ、色々なイベントでもあるのかと思っていたが、昼過ぎにはすべて終わってしまい、午後はいつもと変わらない休日となった。

夕方からサンマルコスのレストランへ手伝いに行く。80本ばかり寿司を巻いてくれと頼まれた。よほど人手が足りなくなると声がかかる。客を連れて行けば夕食の支度をせずに済むのだけれど、客が行かなかったり、宿で食事がしたいと言えば戻って作る。今回は戻らなくてはいけない。寿司は2人で巻いたので2時間程で終わる。最後に全部入りの特別巻きをこしらえて1本頬張る。東を向いて笑って食べるようなことはしない。ボート乗り場へと急ぐ途中、女の子が赤ん坊に乳を吸われて痛ーいと叫んでいる。遊び半分で自分の乳を吸わせたら思いの外力強くて驚いてしまったのだろう。隣で見ていた弟はケラケラと笑い転げている。グアテマラの子供は親の手伝いをよくするという。そういえば小さな子供が文句一つ言わずに手伝っているのを見かけることが多い。子供がやりたいと言った時にやらせてやる。失敗しても叱らない。次もやらせるのだという。
桟橋に子供が2人、客の呼び込みをやっている。大きな方が着ているTシャツに東京と漢字で書いてある。「パナか?」「サンペドロだ」「どこから来た」「東京だ、日本だ、お前のシャツに書いてある場所から来たのだ」「お前はこの字が書けるのか」「簡単だ」「スペイン語をどこで習った」「ここだチャ」チャというのはこの辺りの方言のようなもので他にもチ、ニシなどと語尾につけると地元感が強くなる。それを聞いて何者かを直ぐに理解したようだ。ボート代は地元価格になった。通常、客と乗るときは観光客価格を払うのだけれど一人で乗るときは地元価格しか払わない。
急ぎ宿に戻り夕食を準備する。