グアテマラ」カテゴリーアーカイブ

日々雑思 釣りに行く

夕方まで宿の片付けがかかってしまった。雨が降りだした。明日から3日宿を休んで釣りに行くと決めているにもかかわらず、はやる気持ちを抑えきれなくなってしまった。僕はリールに糸を巻き、釣りに出かけた。湖に向かう足取りが勝手にはやくなっている。湖畔に向かう小径に入ったらもう心が弾んで仕方がない。

日本から到着した釣り具。丁寧に梱包された数々の道具。これまでの思いがいっぺんに溢れて目頭が熱くなる。日本の親友の晋作くんが送ってくれた。ここでスペイン語を学んだアツシさんが運んでくれた。彼との出会いはもう30年以上も前になる。僕は大学生、彼は高校生だった。数えきれない程僕らは一緒に釣りに行った。マス、アユ、バス、メバル、イカありとあらゆる釣りにハマり、同じ師匠に付き、釣り以外にも僕らは沢山遊んだ。

旅に出るとき僕は少しの釣り具を持ってきたが、あちらで無くし、こちらで壊して、持っている釣り具はここでの釣りには少し足りなかった。宿が暇となり、僕はどうしても釣りがしたくなった。彼に頼むと快く引き受けてくれた。そして届いた道具。彼の優しさが身にしみた。僕の必要としている物が全て入っていた。何年も会っていないのにまるで昨日まで一緒に釣りを楽しんでいたかのように彼はわかってくれていたんだと思うと、目の前にある釣り具が滲んでユラついた。

湖畔に立つ。はやる心を抑えて糸を結ぶ。結ぶ時ナイロンが熱で弱らないように口で舐めてあげる。老眼で見えなくても手が覚えている。すべての動作がまるで昨日まで釣りをして来たかのように自然に出来た。投げては巻き投げては巻きを繰り返すうちに僕は湖畔に立つ一本の老木となった。周りから一切の音が消えた。心にある傷が癒え、真っさらとなっていく。投げるたびにデジャブを繰り返し、僕は少しずつ過去へ戻っていくような感覚を覚えた。

雨に濡れていることも忘れた。気がつくと辺りは真っ暗になっていた。ほんの少しのつもりだったのに、時間はあっという間に過ぎていた。残念ながら魚は釣れなかったけど、僕は束の間を心ゆくまで楽しんだ。

中国のことわざに

1日幸せになりたければ酒を飲みなさい

3日幸せになりたければ結婚しなさい

7日幸せになりたければ豚を殺して食べなさい

一生幸せになりたければ釣りを覚えなさい

とある。けだし名言。酒も女も豚も幸せににはなったけれど苦痛も伴った。でも釣りだけはその苦痛すら僕を幸せにしてくれた。宿を始めて酒をやめた。女は面倒。豚より牛が美味しい。僕は一生の幸せを手に入れた。

遠い日本で道具を集めてくれた親友に感謝の気持ちのみ。晋作君ありがとう。そして重たい道具をわざわざグアテマラまで運んでくれたアツシさんありがとうございます。

晋作くんといつかまた世界のどこかで一緒に釣りをする事を願って。アティトラン湖畔にて。

フレッドアーボガストの奇跡

ジッターバグというルアーがあって、他にはない形をしている。頭というか口に平べったい板が付いていて引っ張るとまるでクロールをするように泳いでくれる。このルアーの歴史は古く、第一次のルアーブームのときからずっとある古参の逸品。初めて使ったのは僕が高校生の頃。夏の夕暮れ、神奈川の津久井湖、通称津久井観光と言われる場所。沖に投げたこのルアーにブラックバスが食いついた。はじめてのランカーサイズを手にした僕は全身が震えた。夜の河口湖、丸栄前で100匹釣りに挑戦していた。残念ながら94匹に終わってしまったけど、その時に使っていたのがこのルアー。あまりに噛み付かれてルアーの色が剥げてしまった。それは僕の宝物となった。多摩川のナマズの時もこのルアーが活躍してくれた。そうこのルアーは僕にのとっておきのひとつ。最終兵器とも言える程幾多の場面で一発大逆転をもたらしてくれた思い出の逸品。奇跡を起こすお気に入り。

このルアーは隣国のエルサルバドルで生産されていた。まさかグアテマラでこのルアーを手にするとは思いもしなかった。友人から届いた荷を開くと真っ先に僕の目に飛び込んできた。懐かしさが溢れた。さすがわかっていると改めて友人に感謝した。このルアー、果たしてこの湖で活躍してくれるであろうか。まるで新しいオモチャを買ってもらった子供のようにウキウキとした気分になった。

潮吹きゲーリーヤマモト

ワームというゴムで出来たミミズのようなルアー。その中で異色の働きを見せたワームがある。このワーム、アメリカ生まれ。ゲーリーヤマモトというおっさんが作った。通称ゲリヤマ、名前もひどいが他と違うのは味付きだったこと。ドッサリと詰まった塩の粒はひとたび魚の口に入ると吹き出して血の味となり、飲み込まずにはいられないという代物。異色のこのワームをはじめて見たとき、友人がこれって潮吹きだろと言ってそこにいる全員が一瞬凍りつき、大爆笑となったいわく付き。その効果は絶大でこれ無くしては釣りがなりたたない程のお気に入りとなった。千葉の亀山ダム、あまりの釣れなさに嫌気がさしはじめた時、何気なく放り投げたこのルアーが炸裂した。さっきまでの釣れなさはなんだったのだと思う程、釣れまくった。冬の北浦、このワームを2袋だけ持って底冷えのする朝に湖上に出船した。果たして午前中で持ってきたすべてのワームがなくなってしまう程の爆釣であった。このワームの唯一の欠点は柔らかすぎること。1匹、もっても数匹釣ったら千切れてしまうため消耗が激しく財布に痛かったこと。千切れたワームをライターであぶって溶かし、くっつけて使ったのは良き思い出。このルアーを教えてくれたのもまた今回届けてくれた友人であった。

釣りに関してはあまりに書きたい事がありすぎて書ききれない。いま手元にある道具すべてを書いていたら一冊の本になってしまうだろう。それほど釣りには思い出が詰まっている。小学校の時に父に連れて行ってもらった多摩川での釣りはその後の僕の人生に大きな影響を与えた。これまで釣りのない人生など考えたこともないし、ありえないことだった。旅に出て失ってしまった釣り具がまた僕のもとに戻ってきた。人生を取り戻した。僕はグアテマラで再び少年の心を拾った。

日々雑思 宿が変わった 光を観る

宿が変わった。なにが変わったのであろうかと思いを巡らせるがとんとわからない。とにかく客が良い。来る者来る者がとても良い。雰囲気がまるで違う。地元の者が日本食を食べに来るようにもなった。ラーメンが食べたいと言う。家族で来たい。16人だかいいかと言う。ネット屋が集金に来て食事がしたいと言う。来た者すべてがとても喜んでいる。キレイだと言う。言われていた事がことごとくなくなった。

旅行者には選ばれなくなったが、この地域に住む者がふらりとやって来て泊まってくれる。思いもしなかった展開でキツネにつままれるとはこんな風に使うのかと知る。それもまた面白い。時折来る旅人も落ち着くと言う。少しのんびりしてから元気になり旅立って行く。宿を去った後も連絡をくれるほど、また来たいと嬉しいことを言ってくれる。

思い当たる節は値上げしたことくらい。たったそれだけのことでこうまで変わるとは思えないが、そのくらいしか思い当たる節がない。食事を少しよくした。朝食がとても喜ばれるようになった。

安さが大切であろうと思って来たが、どうやら違うらしいことはわかった。安い食事を選ぶ者がいない。よく来る者も値上げを歓迎してくれる。これまた腑に落ちないが、気がつくと独自の路線を歩みだしていた。ほかに競う者がいない事がいい。

商売というものが未だにわからない。旅人を応援したいと言う思いで始めた宿。ところが自分が思っていた旅人はすでに少なくなり、新しい旅のスタイルを楽しむ人達にはうまくあわず、戸惑いばかりとなってしまった。もうこれはいけないとなった。ところがこの宿を気に入ってくれる者達が現れた。彼等は旅行者ではなかった。これだけ予想を裏切られることがこの歳になっても経験できる事がいい。商売というものはこうしたものなのであろう。先日、メキシコで宿を営む夫婦が来てくれた。彼等には本当に多くのことを学ばせてもらっている。気づき、考え方、色々なことをしっかりとした芯を持って前へと進む夫婦はとても眩しい。今回もまた沢山の思考の種をいただいた。この宿もまた少し良くなっていくのだと確信した。

光を観る

その国のいい面を見て帰る事を「観光」と言う。この言葉を聞いたのは韓国でツアーに参加した時。韓国女性の添乗員から。ツアーも面白いものであったけど、この言葉にすっかり感心してしまった。この国では嫌なこと危険なことがあるけれどできれば良い面だけを観て行ってもらいたいと常々思っている。一方で悲しいことに宿に泊まった者達の中には被害にあってしまうことがある。ここにジレンマがある。危険情報は必要なのだけど、どの程度に留めておくべきなのかが悩みどころ。その手の話が好きな人にはいいのだけれど、正直、日本とはまるで違う国のこうした話は引いてしまうような話もある。話せないこともある。せっかくの旅行なのに必要以上に及び腰にさせてしまうのもかわいそう。こうした国では安全を考える時、二者択一はない。勧めるか勧めないかと言われれば勧めない一択しかない。安全を金で買う事でこの国の光を観る事はかなり限られてしまう。

例えばチキンバスと呼ばれる地元の足。僕はこのバスが好きだ。しかし、得てして危険と言われるし、確かに被害もある。被害にあいたくなければ乗らないに越したことはない。ところがこのバスにこそ、この国の人々の暮らしがあり、日常を垣間見る事が出来る。先日、日本から来た客はグアテマラで1番楽しかったのはチキンバスであったと言った。

一方で。例えばドラッグ。言わずと知れた物ではあるけれど興味が勝ることもわかる。使う使わないの話ではない。売る側の話。知り合いの親戚は若くして殺された。唯一の男の子をなくした母親の悲しみを聞く時、買った者から聞いた値切った話が頭をよぎる。同世代の娘がいるのに村の若者に平気で売る女。そんな女から買ったと聞かされる時、その闇を僕は教えてあげる事が出来ない。人に聞かせる事が出来ない。闇はこの国を知らない者にとっては深く暗すぎて光などどこにも見えないから。

値切り倒すことに価値を見出す者もどう接したものかと悩む。金持ちの国から来てなぜそこまでしてしまうのか。稼ぐのは大変なのだと言われればその通り。少しでも長く旅をしたいと言う気持ちもよくわかる。でも、貧しく学のない者を騙し、見せ金をチラつかせ、たった少しの金額のために永遠と粘るその姿は見苦しい。確かにぼったくりもある。嫌な経験を僕自身何度も味わって来た。それでも、栄養失調に苦しむ子供を抱えた母親からミルク代にもならない金額でむしり取り、得意げに戦利品を見せられる時、僕はそれを話す事が出来ない。自らの行いが闇を作っているのだという事に気付かない者と接しているのは苦痛でしかない。客の去った後、掃除をする時にそれがゴミ箱に捨てられているのを見た時、僕は底知れない気持ち悪さを感じてしまう。

安さだけに価値を見出し、それを押し付ける者を僕は好かない。物事の対価を考えず当たり前のように振る舞う者はみすぼらしい。

60%以上の国民が貧困にある国であっても、すでに繋がってしまった世界経済の中に組み込まれているのだ。通貨の価値で物事を正しく計り、適正な対価を支払うというは当たり前なのだと自らの目で観てもらいたい。100200円で喜びの顔を見る事が出来る事を知ってほしい。きっとそこには光が見えるはずだから。

日々雑思 静かな暮らしと明るいニュース

庭のダイコンが立派に育って収穫。久しぶりの食感。やはり美味しい。客も喜ぶ。こうして畑を耕していると午後の雨も嫌ではなくなる。ニラもルッコラもあれよという間に大きくなりわっさりとしている。味が濃く、ニラはニラの味がして、ルッコラはルッコラの味がする。オクラを植えたはずなのに出て来たのはスイカ。ついぞスイカの種など買ったのこともないのになぜとなるが、そのままにする。客の出かけた後、のんびりと雑草を取り除く。指先に着いた土を嗅ぐ。昨夜の雨で湿り気を帯びた豊かな匂いが鼻をくすぐる。土に近い所にある暮らしはいいものだ。

湖に軽石を探しに行く。カルデラ湖なので軽石が転がっていて、それを持ち帰りコンロや鍋などの磨きに使う。湖畔を散歩しながら適当な物を探す。大きすぎてもいけない、小さすぎてもいけない。ちょうどよいものを2つ拾った。カバンに入れ、木陰で休む。風に揺らぐ木漏れ日を見ているとうとうとしてしまい夢と現実の境で半刻ほどさまよってしまう。虫の羽音、遠くを走るボートの男、かすかに聞こえるブラスバンドの演奏がサンペドロにいることを認識させてくれる。地元というものはこうした気持ちであったと久しぶりに思った。それは悪くない感じ。

宿のやりくりは相変わらず厳しいが、のんびりと過ごせる時間があるというのはいいものだ。独りでいて寂しくないのかと聞かれるがそんなことは全くない。ハンモックに揺られ湖を望む、山の向こうに湧く雲を眺める。鳥の声、人々の暮らす音、匂い。宿に漂う静けさ。難しい事など考えずにただこの村に流れる時間に身を任す。こうしたことがやっと出来るようになった。この宿の良さがやっとわかった気がした。遠い昔、まだ子供だった頃に訪れた田舎。都会にはない不思議な感覚。なにもないのにすべてが満たされていて過不足がない。ポツンと置かれた自身の絶対矛盾的自己同一。悠々として急げこの言葉の意味がはじめてわかった。この宿は良い宿だ、宿に色がついた。

いい宿ついでにもう一つ。サンペドロにリゾートホテルが建った。キレイキレイ。安く設備充実。地元のホテルも皆こぞって見習い、値上げに踏み切った。人気もある。こういうのが1つできると人が来るので村は少し助かる。スペイン語が不安でも英語で大丈夫なのが有難い。最近の日本人は皆英語が話せるので不安なくやって来れる。言語で感じるストレスは意外と大きいのでこれは大きなメリットだ。外国人がこの村の経済を引っ張ってくれるのはいい。マクドナルド、ウォールマート、映画館、レストラン、クラブ、ハードロックカフェ、バーガーキング、デニーズ、セブンイレブンなんかが出来てくれたら職も増えるし村の人も働ける。英語も覚えるであろう。若者のチャンスが広がることはいいことだ。娯楽施設が出来るのはいい。恋人たちが幼くして子供を作ってしまい貧困に落ちることも防げる。バイトが出来ることで人生の喜びを甘受できる。日本と同じように暮らしが豊かになり、犯罪が減少する。交通も便利になるだろうし、インフラも整う。観光客も利便性が向上するのでなんの不自由を感じる事なく滞在出来る。うちで提供出来ない日本と同じレベルのサービスが受けられるようになれば観光客のストレスもなくなるだろう。僕自身もレストランやスーパーで働くこともできそうだ。幸いツーリストエリアと居住エリアも分かれているので静かに暮らすことも変わらない。まだ少し時間はかかるかもしれないけど村の発展には嬉しいニュースだ。

日々雑思 小さな旅と旅する力

早朝に出る。チキンバスに乗って山道を揺られる。慣れたものでなんのトラブルもなく国境を越える。最後の乗り換えで5ケツ程ぼられる。隣の客も同様にぼられ、文句を言って後からこっそり返してもらっている。ちょっと微笑ましくなった。車掌の気持ちもわかるし、客の気持ちもわかったから。知らないふりをしてあげる。イミグレでスペイン語のわからない外人が滞在地のホテル名がわからないと騒いでる。英語でそこは重要ではない行く場所だけ書いておけと言ってやる。ちょっと驚いた風に英語できるのかと言うので、出来ないように見えたかと聞き直してやる。

イミグレの係も顔を覚えていて、今回はどこで何日だと聞くので隣町で23日だと答える。それなのに180日のスタンプを押してよこした。何するんだと聞くのでスーパーで買い物と映画を見る。あとはのんびりするだけだと答えた。

先ほどの外人がトイレに行きたいと言う。場所を教えてやる。一緒に行かないかと言うので途中までなら行ってやる。でもその先はお前一人だけど大丈夫かと聞くと少し悲しそうな顔をしているのでアレで行けと旅行者用のバスを指して別れた。外人もおんなじなんだと変なことに感心している自分がおかしかった。

地元のバスで目的地へ向かう。途中カンバンを眺めながら随分とわかるようになっていることに気がついた。少しずつスペイン語もまともになっているのだ。ホステルにチェックインしてスーパーに行く。久しぶりの大型スーパーにテンションは上がる。ところが歩いても歩いても欲しいものがない。いいなぁとは思うのだけど買うところまでいかない。宿に居るとアレもコレもと思うのだけど、どれも事足りてしまっているからわざわざ買う必要がないことに気がついた。随分と変わったものだと思う。物欲がなくなってしまった。ミニマムな暮らしに憧れていた日本での生活は実は贅沢三昧だった。やっとグアテマラで貧困に近い生活を通してそれがなんであるかということに気がついた。

スーパーを出てセシリアに頼まれたサンダルを物色しに行く。写真を撮ってどれがいいか聞いてやる。バカな女中ではあるけれど、今では留守を頼めるほどに信頼を寄せている。彼女もまたそれがわかっていて随分と遅くまで宿に居るようだ。寄ると触ると喧嘩になるがそれもいいのだと思った。夕方、ちゃんとやっているから心配するなというメッセージに苦笑いしてしまった。今のままでは彼女を大学に復学させることは難しい。それでもなんとか卒業だけはさせてやりたいと思った。メキシコからサンダルを密輸入して稼いでやろうか、もう少し商才があればと悔やむ。

明日、指定されたものを買ってやろう。

楽しみにしていたのは映画。ところがどれもこれもつまらなそうなものばかりで惹かれるものがない。どっかりと椅子に座ってポップコーンでも食べながらと思っていたがやめた。

バスに乗り、セントロへと向かう。一番安いバスはそこら中に寄り道するのでなかなか進まないのだけれどそれがとてもいい。オッこんなところにとかアレなんだといった気づきがたくさんあってワクワクする。そういえばこんな風にバスで観光するなんてとんとなかった。セントロで降りてブラブラと歩く。夕暮れのセントロでは民族衣装を着た男女が踊っている。カフェでくつろぐもの、ベンチで愛を囁くものがいて楽しい。

すでに外国にいるという感覚もなく。日本で休みにフラリと知らない街に出てきたような感覚。肩に力も入らない。当たり前のように出来る用心。いつのまにかこちらの生活がすっかり身についてしまったのだ。少し嬉しくもあり少しさびしくもある。今回の更新でパスポートが期限切れとなる。ふとこのまま不法滞在のままずっと過ごしてやるかと無精癖が頭をもたげる。パスポートがなくたって近隣の国々に入る方法やルートはしっかりわかっている。そうであっても心の底に残った日本人の感覚が、それはいかん、ちゃんとしておけと歯止めをかけてくれるので今回はグアテマラで更新することにした。本当の事を言えば日本に帰ることが怖くなってしまった。日本の方が絶対にいいに決まっていて。仮に生活保護を受けたとしてもグアテマラの生活より数段上の暮らしができるのだから。そうであってもグアテマラの暮らしには余裕がある。心のゆとりや人としての暮らしがある。明日のゴハンの心配は絶えなくてもどうにかなる事を僕は既に知ってしまった。毎日規則正しい暮らし、衣食住を大切にしながら勉強が出来る環境にあって、喜怒哀楽を素直に出して生きることをもう少し楽しんでみたくなった。

このホステルにはメキシコ人しか居ない。彼等と話し、笑い、遠くに聞こえる花火の音を聞いている。小さな旅は、僕がまだ旅人である事を思い出させてくれた。僕は旅する力を手に入れたことがわかった。

日々雑思 日本を食べる

たまには違うタッチで書いてみようかしらと考えて一本は純文学官能編、もう一本は某有名なマンガ?テレビ?パクリと言えばそうだけど、怒らずにお読みくださいませ。

和三盆

イネからとれるその甘み。盆の上で研ぎ澄まされ舟に重す。繰り返すこと三度。淡い黄色のそれはひとたび口に入れば甘美な淫水のやうに広がり恍惚のかなたへと誘う。甘塩苦辛における日本人がもつ味覚の基本。遠い昔に食べた甘柿の甘さ、和菓子が持つそれ。

かりんとう客から差し入れられた。香川産。うどんが有名なだけに知られていないが香川、徳島は和三盆の産地でも名を馳せる。和紙を模した小袋。和三盆と銘打ってある。うっすらと見えるかりんとうは薄い膜がかかったように和三盆に包まれ淫靡な声ではやく口にお入れくださいと懇願しているようだ。まだ陽が高くこんな時刻では世間様の目もあるであろうと後ろめたい気持ちと、目の前にいる抗いようのない透き通るような肌を持ったかりんとうにむしゃぶりつきたい衝動が拮抗する。

いい歳をした殿方がする事ではないとわかってはいる。いけないことに宿に客は居ない。二人きりとなった私とかりんとう。軽い罪悪感と共に私はハサミに手を伸ばし帯を解くやうに袋に当てた。絹のような袋ははらりとはだけ、かりんとうの裸体がこぼれ落ちた。透き通るようなその肌にそっと触れる。身を硬くするかりんとう。指先でそっと触れるととろけ始めた和三盆、そっと口に含む。得もいわれぬ官能がひろがり恍惚となる。コリっと歯を当ててやるとかりんとうは身をよじるように崩れ落ちた。私はかりんとうを貪るように食べた。かりんとうのすべてを堪能し和三盆の甘さに酔いしれた。そして、用意してあった静岡産の新茶を急須から湯呑みへと注ぎ、ゆっくりと啜った。

なんという豊穣。なんという繊細。日本が生んだ至極。かりんとう。やはり昼の情事はかりんとうに勝るものなし。

 

一風堂のカップラーメン

時間や社会に囚われず、幸福に空腹を満たす時

束の間、俺は自分勝手になり、自由になる

誰にも邪魔されず、気を遣わずにものを食べるという孤高の行為

この行為こそが、グアテマラに住む俺にも平等に与えられた、最高の「癒やし」と言えるのである。

モノを食べる時はね、客と一緒じゃぁダメなんだよ

なんて言うかね

救いがないじゃない

誰も居ない台所でね

独り静かで豊かで……

俺は客と食べるのが嫌いというより

食べている時、誰かに声をかけられるという状態がいやなんだ

人嫌いって訳じゃないんだよ

ただ美味しいものってのはさ

やっぱ、一人でたのしみたいじゃない

「ヒデキさんコレ」と差し出されたのは某コンビニが監修したカップラーメン。九州発信のそれは日本にいた時から流行っていた。随分と長いこと食べていない。「オッ!コレって・・・ありがとう」こうした物って人によっては身体に悪いとか、塩分が多いとか言われるけど、美味しいからいいかって気にさせるなにかを持ってるんだよ。

客の無い夜、台所に立つ

一見ゆるそうな振りをしているが、このカップラーメン、出来る!

佇まい、パッケージ、注意書き

これらの総合的な雰囲気からこのラーメンの真髄を感じる

いかん、雰囲気に飲まれるな、落ち着いて見定めなければ

浮ついてしまった集中力を、もう一度高めなくては負けだ

先ずは言霊の力を使い、自己暗示にて気を落ち着けるのだ

一旦、麺を置いて外に出る

遠くに聞こえるミサの声に耳を傾ける

高揚した心が落ち着いた頃合いを見計らって再びカップラーメンに対峙する

カップラーメンってある種のライブ感あるでしょ

一人なのに頭の中、いちいち大歓声って言うか、お湯が沸くまでの時間やフタをして待っているとき、もうヤバイんだよ、なんていうのかさ

後入れのスープを入れる時って、ワクワクする

それを食する前段階の儀式としてのスープ入れ

フタの上で大切に温めてきた友情

今から始まる至福の時に向かって、期待が嫌が応にもたかまるでしょ

やっぱり日本製の袋って切り口がすごいんだよ

どっから切ったってスパッと

気持ちがね、いいんだよ

こういうのは塩分がどうのこうのだのつべこべ言わず、ドバドバ行くのが礼儀でしょ

美味しい物を美味しく食べる手段があるのに、

それを敢えてスルーします?

それこそ、愚の骨頂、無粋の極み

自分の好きな様に好きなものを食べてこそ、食事は美味しくなるんじゃないかな

待っている時間てさ

じれったいんだよね、なんていうか身の置き所がなくて、ついつい立ち上がって余計なことしたくなるもんだけど、そこは我慢しなきゃ

大人なんだから

 

おお、この香り、この法悦

フタをめくった瞬間の幸せ

期待感が高まった後の、解放された匂いの恍惚

食べる前から美味いと分かる瞬間

ウッフゥ〜

俺は、最終的にはこういう飯が一番好きな気がする

カップラーメン一つ

これだけで堪らない程美味い

無駄を削ぎ落とした状態こそに味の真髄が宿っているんだと実感できるんだよ

 

う゛~ん、汁と一緒に麺がドゥルドゥルッと入って来るのが堪らん

最後に残ったアレやコレの欠片

これをかき集めて傾けて、

一気にドゥルドゥルッと食べるのが美味しいんだよ

この残り物達に、味の精髄が凝っている

体が欲してた味

こういう物が必要だったんだ
美味しい物がまさにピッタリはまった時

このセリフを言える喜びこそ、食の醍醐味

食べ終えたカップを見ながらのBOSSプレミアム缶

アツシさんから頂いた貴重なヤツ

こういうヤツが居ると実に有り難い、ホッとする

無上の幸せ

明日、地球が滅びるとしたら迷わず缶コーヒーを選ぶ、陳列棚でキンキンに冷えたヤツ

キャップをひねった時の感触、音、匂い

完璧というのはこのことだ

 

差し入れで頂いた缶コーヒーと、カップラーメンそしてかりんとう。いずれも甲乙付けがたい程美味しかった。グアテマラで過ごしているのがアホらしくなる程の味。日本の凄さを、まざまざと実感出来た。なにをどう比べても到底かなわない東にある日出ずる国。逆に帰ることが怖くなってしまった。

日々雑思 いけないねぇ

近所に泥棒が入った。うちの庭先を通り抜けたのではないか、見てよいかと警官が来る。昨夜は雨が降り土は均され人が通ればすぐにわかる。なにもない。ところが彼等はここだと言い切る。どう考えても不可能なところから盗んだ物を運び出したに違いないと言っている。アホらしくなり話を聞くのをやめる。ずぅと二階のテラスにいたので誰かが通ればすぐにわかる、誰も通っていない。あっちからであろうと指を指してやった。バタバタとそこへ行き野次馬共々踏み散らかしているのを見てここなら泥棒も捕まることなく取り放題だなと笑ってしまう。侵入した窓枠をベタベタ触りどんどんと手掛かりを掃除している。まさか被害者自ら犯人の手助けをしてくれるとは随分と親切な奴等だ。泥棒は包丁も持って逃げた、危ないと騒いでる。隣の女房はお前のところが鍵をしていないからだと騒ぎ立てる。自分の家の門だって閉めていないであろうに。あまりにバカバカしくて付き合いきれない。

最近、景気が益々悪くなりボート、メルカド至る所でボリ始めている。外国人と見ると見境なく吹っかけているのを見るとこの村の連中の教養の無さを感じて嫌な気持ちになる。そうした話をセシーにするといつもと違ってどことなくソワついている。きっとこの村の連中がなにをしでかしているかはわかっているのであろう。金がなくなると途端にこれだ。

ZUMBAの帰り、酔っ払いにたかられる。お前は英語が出来るのかと下手な英語で聞いてくる。金をくれ、ビールをくれと偉そうに言うので、しまいには頭にきて働けバカと言ってやる。それを聞いている村人が悲しそうな顔をする。臭い息を吹きかけられているのはこっちだ。恥を知れと吐き捨てる。

金を貸してくれと言われる。貸せば返ってこないのだ。断る。夜、教会の連中を呼んで大音量で祈っている。飯が振舞われ、飲み物が振舞われている。貸せばアレに消えたのかとわかり安堵した。神の名の下に宴会費を払ってしまうところであった。毎年この時期はこうした事が起きる。天気のせいだ、観光客がいないからだ、今年は酷いとすべてを何かの所為にするしか出来ない。愚か者の村に住んで3年、この村の者は明日に生きない。この村の者は未来を見れない。この村の者は今日にしか生きていけないのだとわかる。この村の者に未来を語ってはいけない。夢を見させてはいけない。甘えさせてはいけない。ぬかるみの中で暮らすことにのみ価値のある者なのだと教え諭さなくてはいけない。世界にはこのような者達が必要なのだとわかった。善き社会の一員とはなにか。ここにはここのやり方があり、東の国から来た者がとやかく言うのは間違っている。馴染めないやり方ではあるけれど眺めているだけであれば害にはならない。

こんな事を書いている間にも隣村からニュース。夜8時以降はトゥクトゥクはそのまた隣村には行かない。なぜかというと山賊が出すぎて危なくて通れないと書いてあった。観光にやってきたカメラマンは機材を奪われ、その恋人はその場でレイプされ対岸の病院へ運ばれた。どうにもいけないねぇ。

日々雑思 宿を続けるか

町に住むタカさんから電話がかかってきた。年金の事が知りたい。知っているかと聞く。確かに知ってはいるけれどまだまだ遠い先の話しで果たしてそれまで生きているかさえ定かでない。恐らくよほど困ってのことなのだろうと話を聞く。タカさんによれば日本に電話をしたがたらい回しにされてラチがあかない。年金の手続きに日本に帰ってもいいが、沢山お金を使って飛行機で帰っても少ししかもらえないのではないか。どうしたらもらえるお金が幾らかわかるのだ。

僕らはまだ国民番号なるものを付けられてない。決まる前に日本を出てしまっているので頭数に入れてもらえていない。それがないとなんにも出来ないので途方にくれてしまっているタカさんがかわいそうになった。問い合わせの方法を教えてあげた。

タカさんは、最近どうだと聞く。全然ですゼロですと答える。タカさんが言うにはどこも居ない。メキシコも南米も居ないらしい。どこもたいへんだと電話の向こうでため息をついている。実は日本人の旅行者は沢山いるのだけれど日本人宿には泊まらなくなっているのだと言いかけてやめた。英語が出来て、ブッキングサイトでいい宿がすぐに予約出来る人はそっちに行くのだ。以前ほど危なくなくなった中南米では宿の存在意義が変わったのだ。それはいいことだと思う。気がつけば年金の話に巻き込まれる歳になっていた。たまにはタカさんの所にお邪魔して、トクさんと3人で話しをするのもいいかもしれない。

「ここ・・・」と言ったきり黙り込んでしまった若者。やっぱりなと思いつつ部屋に案内する。最近は一目でこの宿に合わないなとわかるようになってきた。リュックも下ろさずキョロキョロとして「工事中ですか?」と言われてしまう。否定するのもかわいそうなので「まぁ、そんなようなものです」と答える。やはり日本から直接くる人には無理なんだなぁと改めて思った。果たしてリュックを下すことなく若者は去った。少し残念な気持ちとなる。セシーは案の定「オマエなにか言ったのだろう」と怒っている。事の顛末を説明するとちょっと悲しそうな顔になった。仕方のない事なのだと慰める。自分の給料もさることながら最近は客が来てくれる事を望み、2人でメニュー開発に勤しんで来ただけに残念であったのであろう。2人で用意してあった食材を使って朝食とした。

幻覚キノコを用意してくれと言った客と村で会う。やはり彼もこの宿ではなく他が良かったのだ。乾燥したキノコをセシーに食べるかと冗談を言いながら捨てる。けっして安くはないが諦める。そうした事を知っているだけにセシーも言いたいことがあるようだ。口を開きかけると僕が制してしまうので不満があるのだろう。

こうした事が続くと流石に心を削り取られていくような気持ちになるが、それはこちらが勝手に感じている事であって客には関係ない。客からすればこんな小汚い宿に金を払うのもいやであろうことも理解できる。流石にこれだけダメだとなると宿として受け入れてもらえないのだと諦める他ない。帰ることも考えるかと弱気の虫が起き出すが、ここで野垂れ死ぬのも悪くないと自らに諭す。セシーに心配するな、庭には白菜も大根もある。アレは美味いんだ、2人で全部食べてしまえるではないかと言うと笑っていた。

用意した食材があるので明日の朝食はご馳走にしてやることに決めた。あと数人宿に泊まりたいと言ってくれている客がいる。彼等を泊めたら考えよう。それにしてもなにが気にくわないのであろう。それがわからない。見てくれの悪いオッサンに工事現場と思われてしまう宿。以前言われたように目を見られただけでこちらの素性を見透かせれてしまっているのであろうか。おそるべき洞察力を持つ若者には太刀打ちできるものではない。事前にここはそういう宿ですよと教えてあげられたらと思うのだけれど。そうであっても喜んでくれる客がいることは嬉しくもあり、もう少しもう少しと思える励みにもなる。ありがたいことだ。

庭の枇杷の木に実がなりだした。掃除中に気がついたセシーは物欲しそうな顔で見ているが遠くて届かない。「ヒデーキ、ヒデーキ、見てみろニスペロ(枇杷のこと)がなってる」「まだ、少し早いだろ」「でも、見ろ、あそこのはもう食べられる」「わかった、わかった」柄の先に網が付いている長い棒を持ってきて枇杷をとっていると、そばにやってきて目をキラキラさせている。まるで子供のようだ。網に入らずに落ちてきた実を地面から拾うとそそくさとキッチンで洗って食べている。よほど好きなのだ。残りを持って行ってやる。「お前掃除がまだだろう、終わってからにしろ」たしなめる「あっそうだった」とスタスタと2階に上がって行った。「昨日泊まらなかった部屋をちゃんと片付けておけよー」「他の客は来ないのか」「来ない」「ホッ!わかった」

庭にはアボガド、枇杷、パパイヤ、パカヤが実り、菜園にはハーブ、野菜が育っている。そのうちコーヒーも実るだろう。自然の恵みを甘受出来るここでの暮らしは豊かだ。今年はドラゴンフルーツの種も蒔いてみた。ニワトリを飼ってみたい気もする。日本ではすっかり遠のいてしまった食の根源に触れる暮らしが好きだ。不便ではあるけれどそれが暮らしを豊かにしてくれる。心を豊かにしてくれる。アホだけど自然に寄り添う暮らしが好きなグアテマラ娘と過ごすのも悪くはなさそうだ。

日々雑思 語学学習に引退はあるのか

語学学習はスポーツのようなものだと常々思う。やり方を教わって、繰り返し練習しなければ本番で活躍できない。野球に例えれば素振りとキャッチボールを毎日、ひたすらやって、ようやく試合に臨めるような感じ。先生に教わる時間も大切だけど、もっと大切なのは練習の時間。だから僕は練習で間違いを恐れない。間違えなければどこが間違ったのかがわからないから。上手くいかなかった事でやるべきことが見えてくるのは語学も同じ。とにかく村の人に使ってみる。おーまた変なこと覚えてきたか言ってみろといった感じで聞いてくれる。大概、あ〜残念という顔をされて終了。いいかそれはこう言うのだと直される。それでもたまに、おっそんなのいつ覚えたと言われるとしてやった感が溢れてくる。パチンコで大勝ちしたような気分になる。

最近、思うところがあってボキャブラリーを増やすことに取り組んでいる。常にノートにメモを取って単語を書きとめる。ニュースの音読と単語の意味調べ。ところがなかなか覚えられない。英語で書かれた辞書はすんなり読めるのに、スペイン語はまだ引っかかってばかり。西西辞書も持っていて併用して使っているのだけれど、こちらは一つの単語の意味を調べるのに何回も辞書を引きなおさなくてはならない。ほとんどが一度は見た単語なんだけど未だに理解出来ていない単語のなんと多いこと。英語の時もそうだったと言い聞かせ我慢の日が続く。

スポーツの世界では引退がある。体力の限界、怪我などの理由である程度の年齢で一線を退かなければならなくなる。言語学習がスポーツと同じだとしたら。そういえば覚えが悪くなった。目が霞む。脳の限界?まさか引退?そんなことは無いと鼓舞しているのだけれど一度生まれた疑念を払拭出来ない。

確かにスペイン語自体は伸びていることは感じるのだけれど違和感がひどくて困る。去年から始めたZUMBA。日頃の運動不足の解消に大いに役立っている。ところが周りはケロリと踊っているのにこちらはかなりキツイ。1時間もやるとへばってしまう。そう年齢から言えばかなり動けるのだと思うけれど、昔と、比べると明らかに体力がなくなっている。少し体重を落とすと随分と楽になった。既に筋肉をつけることがプラスに働かなくなっていて、それよりも体重を軽くすることの方が有利になったことに気がついた。

もしかしてスペイン語も同じなのかと思い、以前のようにシャカリキになる事をやめる。会話の中から覚えるようなやり方に切り替える。詰め込むトレーニングのやり方を変える。負荷がかからない勉強は楽しい。新しい事が出来るようになるには少し時間がかかるけれど、これまで貯めた貯金を切り崩している感覚はない。そもそも僕のスペイン語に貯金などないのだから新しいやり方を模索していくしかない。重たいバーベルを軽くして負荷を下げる。でも総仕事量を等しくするために回数をこなすことにした。100キロのバーベルを1回ではなく10キロの物を10回といった感じ。1回で覚えられなければ10回で覚えようと考え方を切り替えた。以前のようにスッキリ感はなくなって霞みがかったモヤモヤはつきまとうけれど、新しい感覚は悪くない。

引退したスポーツ選手にしても競うことが難しくなるだけで常人と比べれば一目瞭然であるのと一緒で、言語学習においてもこれまでやってきたことすべてが不意になった訳ではないのだと言い聞かせる。実際この国で暮らしていて困っていないのだからまだ伸びる余地はあるのだ。初めてスペイン語圏に脚を踏み入れた時の困惑を思い返せば随分と良くなってきている。競技生活に脚を踏み入れられる程のレベルを僕のスペイン語は持っていないのだし、引退などというのはおかしいのだ。願わくばセミプロ若しくは玄人はだしといったレベルになりたいものだ。当座の目標は5000語。恐らくあと2000語も覚えたら随分と楽になりそうな気がする。

女中のセシーに言わせると僕のスペイン語には教養がないらしい。同じ言葉を何回も使うのはバカっぽく聞こえると言っている。もっと違う言い回しをしないといけない、聞いていて美しいと思われるような話し方をしろと怒られる。大の大人が少ない語呂でしか話せないのだから、確かにバカっぽく見えてしまうのだ。せめて人並みにならなくてはと思う。

日々雑思 旅先で死んではいけない

事故で友人がなくなった。旅にはトラブルはつきものだから受け入れる以外に出来ることはない。でもなぜそれが自分ではなかったのかと感じる。若く、将来があり、必要としてされている者が死に、役に立たない者ばかりが生きながらえる理不尽。「おはようヒデキ、どうした、まぁここに座れ」チョナがいつものように声をかける。「お前に悪い知らせだ、お前の生徒が死んだ」「っどうして」「事後だ」「いつだ」「今日だ」目頭が熱くなる。チョナも同じ。「いい若者だった。何故神は善き者から殺すのだ。カフェはまだ7つだった、彼もまだ若い。何故自分ではないのだ。神を信じないオレでいいだろうに。地獄に行くこともかまわない。ウソつきで暴力も使う。黒き心を持つ自分でないのだろう、神はクソだな」「ヒデキ、こころを強く持て。強くならないとダメだ」「あーわかってる。大丈夫だ心配するな。俺の心は強い。誰よりも強い。ただ最近感情が邪魔をする。優しい気持ちを取り戻したいなどと思わなければよかった。それだけだ。また来る」チョナがなにかを言っているがそのまま去る。事故だとわかっていても、憎しみがフツフツと湧いてくる。それが自身に向いたものなのかがわからない。理不尽なことが多すぎる。喜怒哀楽は生きる邪魔にしかならない。日本で暮らしていれば知り合うことのなかった人々。大半の者が自分より若く将来に向けて生きる喜びを持っていた。宿などやらなければよかった。客と話などするべきではなかった。彼等の思いなど聞かなければよかった。

宿のベルが鳴る。出ると2人の若者が立っている。すぐにピンとくる。聖書を片手ににこやかに笑っている。聖書の一文を見せ、苦しみから救われるためにと穏やかな声で偉そうに説教を垂れる。貴方はどう考えますか?と聞くので「オレはそれを苦しみだと思っていない。当たり前だ」と答える。少し驚いているので「ここでは普通のことであろうが、恐喝、盗み、ウソ、殺しお前らグアテマラ人には日常だろ、それが神の意志であるなら喜べ。オレには関係ない、ここに以前来た女もお前らの仲間だった。「神がどうとか」と言っていたがグアテマラ人に殴り殺されたよ」「彼女達は残念だった」「そうだな。聖書のことは知っている。キリスト教でなくとも知っている者もいるのだ、オレに助けは不要だ、頑張れよ」グアテマラ人がよくする言い負かされた時のえへら笑。この顔を見るのが大嫌いだ。意気地のない安物のプライドにすがって逃げるしか能の無い愚か者。彼等に罪はない。知っている。きっと善き心を持っているのであろう。ただ自分は得体の知れない偶像を信じるほど弱くない。空に向かって叶いもしない願い事をほざく暇があれば自らの手で火の粉を払うことを選ぶのみ。

バイク旅の知人の友人が行方不明になる。友人はyoutubeでビデオを作り公開した。英語とスペイン語で撮られたそのビデオには友人の思いが詰まっていた。決して上手くはないスペイン語であっても彼の思いが伝わる。旅をしていると年に1回や2回はこうしたニュースに触れることになる。バイカー、チャリダーという愛称で呼ばれる旅人はバックパッカーからも特別な目で見られる存在。その旅の過酷さを知っていればこそ。無謀と言われることもあるやもしれぬけど、彼等の旅力は相当なもの。無補給路を何百キロも行かねばならない時の勇気、故障などのトラブルに対応する力、迷った時の決断力を後押しするのは積み上げてきた経験。ロスト、ガス欠、水キレ、野宿、天災、疾病、犯罪こうした災いに一人で向かい合う。時に経験値を超えたトラブルに見舞われた時、旅の力が試される。ただ運に任せるのではなくギリギリまで切り抜ける努力を続ける。だからこそなにか起きた時の仲間を救うためのアクションははやく強固、それは国籍や人種、付き合った時間などまったく関係ない。世界のどこで起きようと出来ることを各々が考え行動に移す。旅人が置かれている状況が理解できればこその思い。行動した者だけが知る思いやり。その思いが届いてくれることを信じるのみ。

旅先で命を落としてはいけない

神に選ばれてはいけない

他人に安全を託してはいけない

恐れてはいけない

侮ってはいけない

全ての知恵と経験を振り絞って

最後まで諦めない

死んではいけない

どんなに傷ついても岸にたどり着き

喜びの家にあって家族との再会を果たさなければいけない

全ての旅人の安全を願って

日々雑思 雨のち晴れ、そして雨、でも雨季だから

夜遅くになり雨が降る。テラスで勉強していると、遠くから雨音が聞こえて来て、あっという間に辺りが真っ白になった。夜なのに白く見えるのが不思議だ。慌てて片付けて部屋に入る。バラバラと雨がトタンを叩く。この雨音が好きだ。何も聞こえない程の大きな音なのに何故か安心してすぐに寝てしまう。翌朝、庭はシットリと湿り気を帯びて野菜は葉の先までピンと張っている。葉に付いたガラス玉の様な水滴がコロンと転がって落ちると跡形もなく砕け、小さなシミとなった。

珍しく客が来た。旅する者が来たのは数ヶ月ぶりか。ここがいいと聞いてきたと言う。バスに帽子を忘れてしまったと嘆いているので、知り合いに頼み、バスの運転手に聞いてもらう。掃除夫に聞いてみると運転手から返事があった。客に伝えると驚いている。小さな村で地元の者と付き合いがあれば造作もない事。そんな事に驚き、感謝されるとは思いもしなかった。客はなくても構わない、納得ができたと嬉々としている。また問い合わせの際、バスの案内をしてやったことに助かったと言っている。現地で聞いたらないと言われたと言う。こんな小さな村であっても人は住んでいるのだからバスくらいはあるのだ。

この事がどうにも気になった。ネットにはない情報確かにコレはないなと思い笑ってしまう。コレは親切というものであって情報ではない。困っている者が居て、自分が出来ること、知っていることをやっただけ。運転手を知っている者を知らなければ出来ないし、バス時刻も変わる。こんな事はウェブサイトに載せる様な事ではない。そのとき、その刹那にのみ提供出来る事に過ぎない。先日泊まっていった客もそうであった。ちょうどタイムリーな情報があったので教えてあげるといたく喜んでいた。運が良かったということだけ。そんな事を情報で書いても数日もすればそれは役に立たなくなってしまう。いわばナマモノ。人に尋ねた者だけが得られる情報でしかなく、当然、こちらも聞かれなければ答えることもない。人様の旅に余計な口を挟む野暮をするほど愚かでもないつもりだけど。ネットにはない情報、何を求められているのかが形になったように思えた。果たして、コロンと転がり落ちた水滴のように心に小さなシミが出来た。

昨夜から続いていた雨もあがった3時半、朝早く客が発つ。出発間際に手紙をいただいた。こうして手紙をもらうのは久しぶり。道中の無事を祈るのみ。持たせた弁当は喜んでもらえるであろうか。片付けを終え部屋に戻り手紙を開く。

宿を始めて以来変わらぬ姿勢を通してきたつもり。喜ぶ客、喜ばない客がいた。それは仕方のないこと。それでも喜んでもらえた事をこうして文字で残してもらえる事が嬉しい。

やってきた事はおそらく間違えてはいないのであろう。ネガティブな声に足を取られ粘りつくような泥沼から抜け出せずにもがいていたが、やっと抜け出せた気がした。ベッドに横たわるがそれ以上寝ることも出来ず、何度か手紙を読み返した。

明るくなり、庭に出る。先日蒔いた芽を出さなかった場所に再び種を蒔いた。雨に濡れた土はねっとりとしていて柔らかった。今度は芽を出してくれるであろうか。たかが野菜の種ではあるけど、明日に向かって希望の種を蒔いている気になった。

雨はあがった。

とは書いたけれど今日来る予定の客は2人ともドタキャンされてしまった。うまくいくかと思うと必ず新たな試練が待ち構えている。それがまたいい。セシーにまたなにかしたのだろうと怒られてしまうだろう。迎える準備で食材を買い、足りなくなった調味料を頼んだ。たまに見かける予約して来ない客の善し悪しについてニュースがあるが、そうしたことが今の日本では当然のことなのだろう。そうしたことに順応していくよりない。K國とのニュースと同じ。ただ、ここではその相手が日本人であるというだけ。粛々とやるしかない。信頼のない相手であってもやるべきことをするのみ。

また女中とあーでもないこーでもないと試行錯誤を重ねよう。出来ることはやっている。今月もコーヒーを独り占めできるのが救いだ。

夕方になり雨が降りだす。