世界一周」カテゴリーアーカイブ

日々雑思 興味は尽きない

コロナの感染拡大で世界中がヒステリックになってきた。国は国境を閉鎖し経済活動を止めた。人々はさまざまな情報に惑わされ、闇雲となった。ウイルスは病気ではなく人々の心に感染したのだ。このウイルスは人の心に恐怖を感染させるのだ。人の心は弱く壊れやすい。

ゾンビやアウトブレイクの映画の中にいる様な気持ち。不意を突かれて喰われる者。追われ取り囲まれ絶望に打ちひしがれる者。集団の中で逃げ惑いなすすべなく噛まれる者。密かに広がる感染。感染者を診ていてしくじる者。僕はどのタイプだろうかと考える。ボランティア団体は国境が閉鎖され帰国を待っていた。メキシコとの国境が通過できることを確認し明朝向かう事になったと連絡が来た。それが一番いいと返信すると。くれぐれも気をつけてとのメッセージが帰ってきた。大丈夫とだけ送り返した。映画では大抵の場合、残った者に待ち受けるのは悲しい結末のみだったなぁとボンヤリと考える。2階のテラスから見える景色は変わらず、少しヒンヤリとした風が気持ちいい。庭では犬が日向に寝転び、鳥はあちこちで囀っている。ふと犬と目が合い、釣りでも行くか?と声をかけると前足をぐいと踏ん張って伸びをすると尻尾を振って準備はいいよと言っているようだ。竿をとり階下へと向かう。少なくとも僕はまだ感染していないようだ。さめたコーヒーをペットボトルに詰めて湖へ向かう。

目まぐるしく変わる状況に戸惑う。感染者が増加してより厳しい規制がかかることに翻弄される人々。こんなにも人間の心は弱いのかと驚く。SNS上のコメントを読んでいるとその人の置かれた立場が伝わる。その人の隠されていた、いや以前からそうだと思っていた人柄があらわれる。化けの皮が剥がれるとはよく言ったものだ。そんな中でも、食糧を手に入れられる場所を教えてくれる友人。立ち往生した客を救出するのに翻弄するドライバーには頭が下がる。末娘が大好きな鶏肉か食べられなくなったと嘆くコンセプシオンの家に鳥の唐揚げを届けてあげた。姉だけが留守番していて末娘はおばあちゃんのところに遊びに行ったという。こうした家族は出来る限り助けてやりたいものだ。

閉鎖する村や町が増えている。外から車はことごとく追い返され、自分達を守ることに必死になっている。ところがその脇を徒歩ですり抜ける通行人達、これではなんの意味もないではないかと、吹き出してしまう。それを得意げに自慢するバカな元友人がちょっかいを出すのでブロックしてやった馬鹿め。政府の達示が細部まで伝わらない。末端の職員の知識不足からくるトンチンカンな処置は滑稽でもあり、よく頑張っているねと言ってやりたくもなる。

村の入り口で車のタイヤに消毒剤を吹きかける。思わず笑いそうになるが必死でこらえた。ウイルスに対する恐れはこうまで人の思考力を失わせてしまうのか、それとも元々知らないことからくることなのか興味がメラメラと湧くがグッと堪える。

前日までマスクをしていた店員はもう付けていなかった。そうなのだ肝心なところまで堪えられないからかわいいのだ。物資も限られ、辛抱もない人々に対する周知は大抵の場合失敗に終わる。肝心のウイルスが来た時には疲弊してしまいいいように蹂躙されてしまうのだろう。防ぐことか難しいのはここに原因があるのではないか。今のところ僕は手洗いのみ。これは感染防止のためではない。自らに習慣化させ、いざという時に日常の中で無意識のうちに顔を触らず、接触を防ぎ、家にウイルスを持ち込まないための練習だから。人間は失敗する生き物なのだ。自分を信用しないことは難しい。これまで嫌だった自分の一面ではあるけれど今回はそれがとても役立っている。皮肉なものだ。

日々雑思 思いつくままに

久しぶりの更新です。ネタはあったのです。でも書きづらいものばかり。赤裸々なブログと言われる事もありますがそれなりに選んではいるのです。今日は思いつくままに。

グアテマラに流行病がやってきた

世界を騒がせるコロナがこの国にもやってきて大騒ぎとなる。小さな差別から始まり、アメリカ人の友人は帰ってしまった。それをSNSで抗議すると様々な意見が出て辟易としてしまう。早くこの国に来てみんな死んでしまえと思うから。果たして流行病はやって来ても小さな村はのんびりしていたがある日を境に変わった。途端消毒アルコールは売り切れ、食料と便所紙が売れた。ひと月ほど前から少しずつ買ってきた備蓄があるので心配なし。友人と女中にわけてやる。なぜそうした事が出来るのかと聞かれるが平等だろうと答えることくらいしか出来ない。当たり前のことなのだ。

強がっていた者、未だに強がっている者は死人の山を見ても強がっていられるであろうか。

とは言え、ニュースを見てきた所為か皆大人しく政府に従って行儀がよい。それはいいことだ。ラジオもしきりに啓蒙活動をおこなっていて人心を掌握しているように思う。とかく信用されない世界の中でこの国の方がまともであることに驚く。国難を乗り越えるという気持ちはこうした国の方がいいのではないかと考えてしまった。専門家はしっかりとした立場の者が会見を開き、わかりやすく説明をしている。ワイドショーに出ている暇など彼らにはないので、しっかりと働いている事がわかるから皆が言うことを聞いている。

感染者と同じ飛行機に乗っていた旅行者が何処かへ行ってしまったと大騒ぎが始まる辺りはこの国らしくていい。ここへ来ているあそこへ行ったとのすったもんだとデマが始まる。こうした流言飛語も手が込んでいないのでわかりやすい。事態は深刻ではあるけれど、この国の医療水準から考えれば笑って過ごすしかないのだから仕方がない。とりあえず、出来ることをやるだけ。

釣りとデカオッパイ

洗濯が終わり入浴代わり湖で身体を洗うオッパイを出したおばさんの前に陣取る。岬の先っちょはとてもいい釣り場であるし、とてもいい洗濯場でもあるから。互いに慣れたものでちょっとごめんよと石の上を飛んでいく。デッカイ魚が釣れた。後ろから驚嘆の声がする。後から洗濯に来ていた少し若い女と一緒にオッパイ丸出しでこちらを見ている。こちらもどうだとばかりに魚を持ち上げる。2人とも大喜び。ぼくも大喜び。その魚を売ってくれと少し若いオッパイを出した女が言う。次釣れたらなと答え、すぐに釣り始めるとまたすぐに釣れた。再び驚嘆の声がする。今度はパンツ一丁になった女も加わっている。先ほどのすこし若いオッパイを出した女に魚を渡す。彼女はオッパイを出したままいくらだと言うのでお前にやるタダだと言うと、とても嬉しそうな顔でありがとうと言った。次は私の番だとパンツ一丁の女が言うので釣れたらなと答え、釣りに戻る。すぐに釣れたが小さい。それでも女は喜びパンツ一丁で嬉々としている。あげるとパンツ一丁で大喜びしていた。1番大きいのは食べるために持ち帰ろうとすると犬のタチと一緒にいる新しい女中に気がついた。そばにいくと様子を見ていたようで、魚を見せる。女中は服を着ていたが、物欲しそうに見つめるので、やるよと言って魚を渡す。隣にいた女中の姉も私も〜と言い出す。毎日のように釣りに行くが毎日のように魚は持ち帰れない。それにしてもこの村の女のオッパイはデカイ。

コロナと呼ばれた紳士

毎晩、夕食を食べに来てくれるアメリカ人の紳士。日本語、中国語、英語を操り、スペイン語を勉強している。熱心に取り組んでいて、その姿勢に学ぶことがたくさんあった。話も面白く教えていただくことはすぐに役に立つようなことばかり。彼の話を聞くことは、客のない宿で僕の密かな楽しみであった。朝、彼からの電話がある。聞くと昨夜コロナと若者に言われ脅されたと言う。怖くなり国へ帰ると言われた。それを聞きやはりここでもかと感じると共に怒りがわく。なぜ、このような年寄りに言うのか、彼が反撃できないことを承知しながらやったことは確かだった。どこまでバカな奴らなのだ。観光で成り立つこの村で自らの首を絞める行為を平気でやるヤツがたしかにいる。客がいなくなれば1番困るのは自分である事も理解出来ない馬鹿者だ。それを冗談だと茶化し、楽しんでいればよいと言い出す馬鹿者にも辟易とさせられる。こんな村滅んでしまえ。

新しい女中

歳を聞いて驚く。まだ二十歳前、子持ち。セシーの紹介ではあるけれど悩んでしまう。それでもセシーの手前もあるので使ってみるとなかなかよい。比べるべくもないが教えればなんとかなりそうだ。使う言葉もセシーとは違うのでスペイン語の勉強にもなる。何を言っても素直に聞くのですぐに逆らうセシーと比べると物足りなさを感じてしまうのは贅沢というものだ。仕事の後の食事も食べ物すべてに驚き目を丸くしている。なによりいいのは遅刻しないこと。これには少し驚かされた。やはりセシーは曲者であったかと合点がいった。彼女は彼女で新しい職場にも慣れ楽しくやっていてなにより。生意気にメールをしてくるのでそれなりに気にしてくれているのであろう。新しい女中はセシーの儀姉。毎日セシーは彼女に今日は何を食べたと聞いているそうだ。なにはともあれ新しい犬と女中で新体制となった宿。早速コロナの洗礼を受け厳しいこととなってはいるけれどそれもまたいいものかもしれない。

タチの成長

生後4カ月となる犬のTa chi’。日に日にワンパクぶりを発揮して毎日のように怒られている。それでもよく聞き分けとても賢い。噛み癖が治らず困ってはいるけれどよく懐いている。先日はトゥクトゥクに轢かれあわやというところであったけれど、学習効果はてきめんで感心させられた。あっという間に手に余る大きさとなり持て余す。スクスクと成長してくれる事が嬉しい。ハスキーだと貰ったが父親はどうやらどこの馬とも知れないヤツだったようで後の祭り。それでも村では早くも名前を呼ばれるようになり知名度も上がってきたようだ。ベッドの上で寝ていたのに暑くて仕方ないようで、下のマットの上で寝るようになり、互いに熟睡出来るようになった。朝は決まって起き、こちらを起こすので目覚ましもいらない。たまにカフェと呼んでしまう事があって苦笑する。

騒ぎ出す滞在者と悪童

ニセスタンプを生業とする旅行代理店が突如閉まる。気がついた者たちは慌ててどこに行ったかをSNSで問いかける。国境が閉まりどうすることも出来ない。オーバーステイとなるものが続出し賑わっている。

ボートが運行停止となり悪徳ボート屋は文句を早朝から拡声器でがなりたてている。バチが当たったのだ。奴らなど野垂れて仕舞えばよろし。3週間稼げなければ大半の者は根を上げるに違いない。

大統領の発表は厳しく断固としているので、早々に貧乏人は根を上げるだろう。使用人は首を切られ始めている。飢え死にするしかないと困惑している。自己中で蓄えない者たちが次に取る行動は目に見えていて、治安の悪化は避けられないだろう。おそらくこの国の支配者は病気と餓死を天秤にかけたのだ。死ぬのは決まった人々だから病気で自分達か巻き添えを食らうより、飢え死にさせてしまった方が安全だと考えたのだ。切ないねぇ。

日々雑思 よろず書き

昼から風が強まる。湖面をウサギがはねるように白波が立ち、沖に進むボートの船首を叩いている。

ずいぶんと長くかかってしまったが、今日、裁判所の判決がおりた。全面勝訴。カフェの仇はうった。グアテマラの司法判断も捨てたものではない。3度検察の事情聴取に呼び出され、いずれも被告が来なかったため諦めかけていたところだった。先日、裁判所より出頭命令があり、今日の判決へと至った。これまで助けてくれたコンセプシオン、セシリアに感謝しなくてはならない。以前の飼い主にも報告ができた。被告は言い訳と泣き言を言っていたが全て突っぱねられて万事休す。胸のすく思いとなった。

この村でできた友人がアメリカに向かったと聞く。まだ二十歳の彼は借金が返せず逃げた。ずっと欲しがっていたiPhonを銀行に借金して買った。たかだか8万にも満たない額を返すことができなかった。それが理由。アメリカに行くためには15万ほど使って不法入国を手配する。コヨーテと呼ばれる組織を利用しなければならない。その金ももちろん借金となる。彼は5年は帰ってこないであろう。英語もできない彼がこれからおくるであろう苦労を思うと複雑な気持ちとなった。女中のセシーもまたアメリカへ行きたいと言う。国境では行方不明になってしまう者、変わり果てた姿で見つかる者が後を絶たない。この村にはチャンスは多くない。そこで一生を暮らさせるのもかわいそうな気がする。さりとて危険を犯してまでアメリカへ向かうことにも同意しかねる。彼らはこの村に戻ってきた者たちのいい話しか聞こうとしない。それが尚更に哀れを誘って仕方がない。

  

またもやインターネット屋に逃げられる。ほとほと信用のない連中なのだ。日本人が海外で信頼されるのはこうしたことに真面目に取り組むからなのであろう。それにしても村の男の大半がどうしようもない。酒に溺れ、女を殴り、ダラダラとしてばかりなのに腐ったプライドにしがみつくように暮らしていてなにも感じる事がない。こうした者と一緒にならねばならない村の女も気の毒だ。それでもまじめに働く者はいて、この差はいったいどこから生まれるのかと考えてしまう。

すこし前に書いたのだけど出す前に彼女はいなくなってしまったがついでなので。

最近、女中のセシーが気持ち悪くて仕方がない。妙に素直でなにか企んでいるのではないかと心配になる。

「今日はなにが食べたい」「なんでも~、んー私が作る」「そうか、それなら任せるよ」一人でさっさと冷蔵庫を覗き考えている「ヒデーキこのメロンは使っていいか」「あー使え」「私はメロンが大好きだ」「そうか、それはよかったな」「ヒデキはなにが1番好きなのだ」「果物はみな、虫の食べ物だ」「はっ?虫か!メロンは種類がある、私はツルツルのが好きだ。日本にもメロンはあるのか」「あーある高い」「いくらだ」「忘れた、好きなだけ使え」なにやらクレープを作っていてメロンを巻いている。「このコンデンスミルクを使いたい缶を開けてくれ」缶切りがないので包丁で開ける。「気をつけろヒデーキ」「大丈夫だ心配ない、ほれ、どのくらいかけるのだ」「ここにかけろ、あーそれでいいそれでいい」

席に座る「もっとキレイに作りたかったのに見てくれが悪い」「美味そうだ」「どうだ?」「美味いよ」「そうか、私はいいシェフか」「まぁまぁだ、いや上手になった」「ひひひ」「ふふふ」「今日はソロラに行く。教師の募集がある」「おー行け行け、チャンスは逃すな、俺は他の女中を探しに行く」「まだダメだ、なれるかわからない」「第1オマエまだ卒業してないだろ」「それだ、でも聞いてみる」「そうだな金貯めろ」「それが問題だ」「オマエソロラに行く金あるのか?」「んーお母さんに借りる」「あ”っ!この前やっただろ」「もうない」「あ"あ”!na nab’antre ja ra poq’?(なんに使うんだ)」思わずツトゥヒル語で聞いてしまう。「nala(知らなーい)」「オマエなー、仕方ない待ってろ、お母さんに金を借りるな」「コレは私の給料か?くれるのか?」「オマエ次第だ、釣りは返せよな」「グラーシアス ヒデーキ」「今月はよく働いているからだ」「私はいい女中だろ」「当たり前の女中だ」一事が万事この調子だ。食事の後もしばらく残っていろいろな話をしてから帰るようになった。犬のタチもよく懐いている。ホッと一息つける束の間の朝の時間はいい。娘のようでもあり、良き先生でもある、油断のならない強敵でもある。はやく学校に戻り卒業させてやりたいとも思う。2人で始めたスペイン語のレッスンは好評で多少のインセンティブが入るのでもう少し頑張ってみるか。娘を持つ父親はこのように感じるのであろうか。

このところ急に全てのことがいい方向へと動いている。セシリアの夢が叶い、友人のグアテマラ再派遣が決まり、別の友人はカナダでの職が決まりそうだ。宿に来るものに恵まれ来年の再会を約束した。自分はここにいて動かないのに、周りは皆新たな道を見つけ去っていく。それは一抹の寂しさを感じさせるものではあるけれど、嬉しいことでもある。強い風が全てを運び去ってしまった。いつか僕もまた風にさらってもらえるのであろうか。宿も例年通りの落ち着きとなり、ちょうどいいのでメキシコへと所用で行くこととした。

日々雑思 おめでとうセシー

朝、暗いうちに起き出す。犬を庭に放し3階へと上がる。タライにつけ置いたシーツを丁寧に、セシリアに教わった通りに洗う。トイレを掃除し、廊下を掃く。すり減った箒を見て、新しい箒を用意してやればよかったと思う。来る者すべてがこの宿はキレイだと言った。それはセシリアによるものだ。モップをかけ終わるころ夜が明けた。下に降り朝食の支度をする。扉を開け、時計を見ると7:15であった。セシリアはもう来ることはないのにと苦笑してしまう。犬も玄関に座って彼女が来るのを待っている「もう、セシーは来ないぞ」と声をかけると勘違いをして門の方に行ってしまった。ゴミ屋の鐘の音が聞こえ、思わずセシーと呼びそうになる。ドーラがセシーはと聞いてくる。彼女はやめたもう来ないと伝えた。

久しぶりに味わう渾身の充実感。一つの夢を叶えることが出来た。旅に出るとき決めた目的の一つであった社会貢献。たった一人ではあるけれど、4年の月日を費やしてしまった。この地で稼ぎ、その金で夢を叶える。無理だと何度も思った。しかし、その時は唐突に訪れた。宿に村役場から人が来てセシリアはいるかと言う。彼女は訳もわからず役場へと向かった。夜、セシリアが来た。「あなたにとって悪いニュースだ」「なんだ言ってみろ」「私は働けない」「どうした?」「学校の先生になれる、でも私はここが心配だ。ここで働きたい」「なに!それはいいニュースではないか。おめでとう」「でも、ヒデキは困るであろう。私はヒデキも心配だ」言ってポロリと涙している。「セシー、夢が叶うのだ、それはオレにとってもとても嬉しい。心配などするな。先生になれ、いつからだ」「明日だ」また急な話だと思ったがそれはとても良い知らせであることは間違いない。「ヒデキは私のことを友達ではないと言うが私はとても良い友達だと思っている。ヒデキはいつも私を助けてくれた。私はヒデキを助けたい」「お前は友達ではない、とても良い心根を持った女中だ。だが、お前は今日をもってクビだ。ここに居てはいけない。せっかく掴んだ夢を離してはいけない」「でも」とポロポロと泣いている。やはりこの娘を選んで良かった。応援した甲斐があったと嬉しくなった。「これからも友達だなビデキ」「考えておく、ツライ事があるかもしれないが、オレは疑いなどこれほどもない。お前は立派な先生になるよ。でももし、助けが必要な時にはここに来い。全力で助けてやるわ」「グラシアスヒデキ」「たまには遊びに来い、頑張れよセシー」

生意気な小娘の夢が叶った。自分のことのように嬉しい。と同時にさみしさと喪失感もあった。ここまで苦楽を共に頑張ってきた相棒がまた去っていくこととなった。少し気が抜けてしまった。この国でやるべき事がなくなった気がした。

気持ちの整理がつくのは、もう少し経ってからであろうか、新しい女中を雇うか、一人でやっていくか迷う。宿はまた振り出しに戻ってしまった。でもそれは新しい試みへのスタートなのだと言い聞かせる。去年の暮れからこの宿は変わった。驚くほど客の満足度が高くなった。自分のやりたい事が明確になり安定した。それが客にも伝わっているかのよう感じていた。セシーもよく働き、楽しそうだった。それが、唐突に終わった。これでいいのだ。時が熟し始めたのかもしれない。kamomosi の新しい試みはいったいどのようなものになるのかはまだわからない。でも、きっと僕を楽しませてくれる事だけはわかっている。

さらばセシー。おめでとう。僕は君をとても誇りに思っているよ。そして君はこの旅で出会った最高の友達だ。そして誰よりも君の成功を信じているよ。

日々雑思 クリスマスに来たのは 1年を振り返る

今年のクリスマスは宿を休む。久しぶりに味わうひとりのクリスマス。4年前隣村にバイクで到着したのは夕方遅かったのでホテルに泊まり、遠くの音楽や花火の音を楽しんだ。

8時、セシーが箱を抱えてやってきた。中には薄汚れたけむくじゃらがモゾモゾしている「うわーまだ小さいなぁ」「ヒデーキ、そうなんだまだこんなにちいちゃかった、たくさん面倒を見ないとダメだ、ちゃんとやれるのか」その質問にほんの少し不安を覚えた。それほど子犬は小さかった。「まだミルクがいるだろう」「ごはんも食べてると言っていたけど」「そうか、それにしてもかわいいなぁ、見てみろコレ、ありがとうセシー」「じゃあいくわ、メリークリスマス」「あー」。セシーが帰ったあと、子犬はアウアウと鳴いている。まだヨロヨロしていてなにもわかっていないのだと不憫になった。これは余程面倒を見てやらなければと肝に命じた。こんなに小さいのでは連れて行く訳にもいかず、足早に買い物に行く。子犬用のドックフードとミルクを買い戻る。湯にミルクをとき、ドックフードをふやかす。子犬を連れてきてスプーンですくって食べさせた。食欲はある。しばらくするとワサワサし出す。オシッコとウンチをする。こんなに小さくてもキチンと場所をわきまえている。ノミがたかっているので風呂に入れてやる。気持ちがいいのかとてもおとなしくしていた。一回では取りきれないので乾かしてやった後少し櫛で梳いてやるといびきをかいて寝ている。マタの上がほんのり温かく久しぶりに味わう気持ちになった。そっとベッドに戻したがどうやら抱かれていたいらしく暴れている。ふたたびマタの上に乗せるとすぐに寝てしまった。もうこうなるといけない。ハンモックに腰掛けなにもせずに一日中子犬と一緒であった。時たま起きては遊んでもらい、ゴハンをもらう。夜、潰してしまうのではないかと心配であったけれど一緒に寝てやる。絆というものはこうして突然に生まれるものなのだと知る。名前をくれてやらなければならない。コイツとは長い付き合いになるだろう。どちらかが死ぬまで離れることは出来ないと覚悟を決めた。当分はうんと甘やかしてやろう。クリスマスは1人であったけれども1人ではなかった。

あっと言う間の一年であった。相棒のカフェを失った。客は最小であった。セシーを1年雇うことが出来た。新しい相棒がやってきた。スペイン語が少しだけ上達した。ズンバを続けた。パスポートが新しくなった。貧困とはなにかが少し見えた。それだけの1年であった。

さて、女中のセシーとどうしたものかと思案中。なにせ12月だというのに日本人の旅行者は1人であった。年末年始もゼロ。以前なら不安でならなかったがどうにかなるのであろう。来年は外国人で部屋を埋められるように頑張るしかない。英語にスペイン語もっと勉強しなくては!

日々雑思 パスポートの更新

10年も経ってしまったのかとしみじみと思う。パリを皮切りに随分といろいろな国に訪れる事の出来た10年であった。新しい生き方を見つけ、自分らしくやりたいことをやった。後悔も微塵もなく予定調和のない暮らしが性に合っていた。

パスポートの更新を海外でもできると言うので試して見ることにする。大使館に連絡し必要な書類を聞く。サイトからダウンロードした申請書に記入し印刷した。写真を撮って大使館へ。申し込みは書類を提出するだけであった。日本であれば結構待たされるところだけれど即日発行の運びとなり喜ぶ。こんなに簡単にできるとは思ってもいなかったので拍子抜けしてしまった。大使館職員の対応も親切で高慢ちきなところもこれっぽちもない。ともあれまた10年は日本に帰らずともなんとか暮らしていけることとなる。

在留届を出してくれないかと頼まれる。これまでひっそりとやってきたのだけれど観念した。届出を出すと色々とめんどくさい事になりそうで嫌だ、身分としては旅行者なので3ヶ月程で出て行ってしまうと言ってしまえばおしまい。特段の縛りがあるわけでもないので問題はないはずだけれど、大使館員の親切にほだされてしまった。登録をすると大使館からの情報が送られてくるほか、安否確認などをすることがあるのであろう。自分の所在を知られてしまったのはちょっと嫌な気持ちではあるけれど仕方がない。

色々と聞かれて全て白状する。大丈夫かと心配されたが、問題ない自分でやっているので心配には及ばないと丁寧に申し上げた。普段から安全第一で行動する政府機関の方々にはなかなか理解できないこともあるのでわかってもらえるはずもない。最近旅行者の国境でのトラブルの話などを聞かれるが、すでに国境の職員とも顔見知となってしまっているので何もないと正直に申し上げる。ここは日本ではないのでいかようにでもなる、1日で帰ってくることもできるし3日出ていても良いい。

帰りはシャトルバスを使う。最近、道が良くなりスムーズになったと聞いていたのでそれを確認するため。迂回路が出来上がり、まったく渋滞にはまることなく帰ってきた。朗報となる。

ハイウェイには山岳地に住む住人が子供を連れて出てきている。客に同行しているガイドが彼らは貧乏で困っている。道に出て物乞いをしていると説明している。さらに政府は何もしない。教育が良くない。貧困にあえぐ者たちは悲しいと言う。1人の女が止まって彼らにドネーションをしたいと言い出す。余計な知恵をつけるからそうなるのだとうんざりした。確かに金を持たない貧乏人であって馬鹿者共ではあるけれど、それほど悲惨なものではない。毎年この時期の恒例行事みたいなもので、子供達は車に手を振って金をせがむが、見方を変えれば何もない山の暮らしのイベントでもあって、それなりに楽しんでやっている。先進国であったらハロウィンの様なもの。そうした国では子供が菓子をせがんでもかわいそうだとならないのと同じだ。持つ者が持たざる者を見るときの優越感の様なものを感じてしまう。客はしきりに原因はなんだと聞いていて、内戦の話や共産主義者の話をしているがガイドも学がないので適当にごまかしているのを聞いていて墨を飲み込んだ様な気持ちになった。そんな話をしているから村に入ってからも客の目線はどこかおかしくトンチンカンなものとなってしまったが、確かに田舎だと都会から戻ったばかりの自分の目も目垢が落ちた様に見えた。

久しぶりに出た都会は眩しいほどであった。何もかもが充実して、困ることがない。欲しかったいくつかを買い、よいホテルに泊まり、美味いと言われる飯を食べた。ところがそれらはこれまでと少し異なる気持ちを作ってくれた。有名なカフェを廻っても美味しくはなく、メシはしょっぱく感じてしまう。ホテルもそれほどでもなくテレビがあり、壁にありきたりの飾りがついてるだけであった。テーブルの上にワインの小瓶がつまみの菓子と共に置かれていた。ただなのかと思ったらしっかり会計は別にしなければならない。英語で受け答えをされ、スペイン語の必要性すらない。

結局、コーヒーもメシも自分で作ったものが美味しかった。試しに戻ってコーヒーを淹れたがやはりマメも淹れ方も自分好みが一番であった。結論として自分は商売が下手なのだと悟る。

日々雑思 気持ちのゆらぎ

風のない午後、隣の家では父が息子に薪割りを教えている。まだ子供には重たいであろう斧を懸命に振る。なかなか上手くいかないがやはり男の子はこうして教えてもらえることが楽しいのであろう。兄が失敗ると弟が囃し立てる。「もっと強くダァ」何度か失敗を繰り返すがうまいこと刃が薪の真ん中に食い込む。重たそうに振り上げ、下の丸太に叩き下ろすと2つに割れた。一同歓喜の声をあげて喜んでいる。微笑ましい。得意になった兄は一端の男にでもなったかのように父を見上げる。父は新しい薪をたてた。コツを掴んだのかすんなりと割れた。飽くことなく続く音が眠気を誘う。

「おはようヒデキ」客がいないのでいつもより1時間遅くらせてやった。「おはようセシー、お前その上着を脱げ」「???」「お前オレを信頼できるか?その服を脱いで目をつぶれ、いいか、オレがいいというまで目をつぶれ」「こうか」上着を脱いだセシーにセーターを着せた。「ヨシ、目を開けろ」目を開いたセシーの顔がほころぶ。「ヒデーキ!とってもとってもありがとう、とーーてもありがとう、あーかわいい、ありがとう」「くれてやる」

朝食を食べている時セシーが携帯を見せて「ヒデキ見てみろこのセーターとってもかわいいだろう、あそこの角の店で見た、友達と見に行った、でもきっと高い、三色ある、私はこの色が好きだ」「そうかそれは良かったな」「それだけか?」「それだけだ」「」こちらの反応を見て少しふてくされたように残りのパンをパクリと食べるとサッサと皿を洗いに行った。

客を誘い散歩に出る。角の店に立ち寄り、客にお願いしてセーターを購入した。オッさんが買ったセーターを着ているとウワサになるのもかわいそうなので少し気を使ってしまった。ガラでもないがたまにはいいであろう。年頃の娘を持つ父はこのように思うのであろうか。女が喜ぶ顔を見るのはいつ以来であろうか。どんな顔すれば良いのかすっかり忘れていた自分に苦笑してしまった。先日、来年も働きたいと言ってきたセシー。また来年も生意気な小娘と働くことは面倒でもあり、少し嬉しくもある。

「ヒデーキ、イヌはもう飼わないのか?」セシーが突然聞いてくる。「ハスキーが近所で産まれた。要るなら聞いてやる」「お前が連れてきたハスキーのか?」「そうだ」「あのイヌは頭が良かった、アレはいい」「いるか?ずっと1人でいるのか?」「わからん」と答えてカフェの事を思い出す。共に暮らす者がいることはいいことだ。イヌは人のように余計な事を言わない。共に暮らすなら絶対に人よりイヌだ。ネコはいけない。ネコは恩を知らない。散歩もいらないがつまらない。その点イヌは少し面倒な時もあるが共に過ごす時間が楽しい。「名前を考えなきゃな」セシーが言う。こちらの心を見透かされてしまったようでバツが悪くなり「考えておく」とだけ答えるとニヤリと笑ってスセリーに写真を撮らせて送らせると言う。スセリーのことなら素直に聞くことも承知しているのでタチが悪い。「あーそうしてくれ、オスでなければダメだ」「なんで?」「メスはお前だけで十分だ、世話が焼けて仕方ない」「アハハ、私はメスか?」「友達は男だけと決めてあるだけだ、気にするな」

どうするかを決めかねている。飼えば最後まで面倒を見てやりたい。カフェのように飼い主が変わるごとに悲しい思いをさせるのはよくない。宿がうまくいけばひもじい思いをさせないでも済むが、そうでなければと心配でもある。旅に出るとき迷ったらやるを決めて出て来たが、生き物となるとそう簡単にはいかない。こうした気持ちも久しぶりに味わう感情でどうにもその処理の仕方に困ってしまう。

気持ちというものは厄介なものだ。歳をとってもうまくコントロールすることが出来ない。日差しが弱まり、肌寒くなってきた。客もイヌも居ない宿のテラスに腰掛け過ごすこの時間を寂しいとは思わない。今日は一歩も外に出ていない。遠くにトウモロコシの製粉機の音が聞こえる。足にかゆみを感じて見ると血を吸いすぎて飛べなくなった蚊が懸命に飛ぼうとしている。サンダルで潰すと床に血が飛び散った。いったいこの血は誰のものであろうか。もはや自分の血ではないような気もするし確かにそればついさっいまで自分のものであった。気持ちを吸い取ってくれる虫がいればいいのに。

日々雑思 たまには旅の話を 後編

宿から客が具合が悪くなったと連絡があり、急ぎ戻ることにする。一本早いバスに乗り国境が開く前にイミグレに着いた。グアテマラに戻る。ここからであればうまくすれば夕方前には宿に戻れる算段であった。

うまい具合にチキンバスに乗れた。金をはらう時、乗り換えの場所は閉じられていていけないかもしれないと言われる。少し行った所でバスが止まった。車掌が少し慌てた様子で皆をバスから降ろす。バスは慌ててUターンしているが道が狭く何回も切り返している。ピックアップトラックに乗った男衆が棍棒を持ってバスの前に止まった。怒鳴り声がして運転手が袋叩きにあっている。何事が起きたのだとわけもわからぬままに道を進みその場を離れる。道の向こう側からも人々が歩いて来る。尋ねるとデモをやっていると言う。

しばらく行くと道路が封鎖されていた。嫌な予感がした。この時期はグアテマラ中でデモが起きる。いつ、どこで始まるかは前日の夜にならないとわからない。先ほどのバスはバリケードを突破してしまったのでやられたのだとわかった。

いくつか小さな封鎖を抜けた所でデモの拠点に着く。聞くと通らせない、いつ開くかもわからないとぶっきらぼうに言っている。爆竹があちこちで鳴らされ少しエキサイトしているので大人しく待つことにした。女中に状況を調べてくれと頼む。携帯に課金しておいて良かった。ここまで10キロ程も歩いたか。少し疲れたので飲み物を買い足し、スナック菓子を食べた。

1時間ほどしたところであたりがざわついた。どうやらデモを解除するらしい。急ぎ支度をして封鎖しているところに急ぐ。これがいけなかった。人々はパニックになり我先にと大荷物を抱えて走り出す。先にいるチキンバスの車掌達も殺気立っている。自分のバスに1人でも多く乗せようと客の取り合いとなっている。人の流れに逆らえず進むと車掌3人が腕やバックを引っ張ってきた。その勢いに負け転んでしまう。その時誰かがバックを引ったくろうとしている。強引に振り払い、思いっきり殴りつけた。まだ若い青年はクタンと膝から崩れた。辺りが騒然となる、近くにいた警官に泥棒だと叫ぶ。警官が行け行けと手振りをしていたので、近くのチキンバスに飛び乗った。バスはすでに走り出していたので、その場をすぐに離れることができたけれど、留まっていたら厄介なことになっていたかもしれないと安堵した。

デモの混乱でバスも無く。随分と待たされ途中の町まで行くのが精一杯であった。宿に連絡して事情を説明する。病人は女中が診療所へ付き添ってくれ、心配なさそう。新しくきた客もいるので明日には帰ると伝えた。

翌朝、村までのバスに乗ろうと宿で待っている時、今日もデモがあると言われる。どうしても今日には帰らなければならないので出ると伝えた。バスターミナルに着くと、案の定人集りとなり、皆右往左往している。デモをやっている交差点まで行くバスをやっとの事で見つけそれに乗る。宿にいた客が村まで来ると言ってついているので少し心配だ。交差点のはるか手前で案の定大渋滞となりバスを降りた。近くのトゥクトゥクに乗って裏道を通って行く。あぜ道のような細道を進み、交差点を見渡せる丘の上で降りる。これ以上はトゥクトゥクも進みたくないようだ。丘の上からしばらく様子を見る。下からきた老人が、車は今日は通れない。石を投げられ危険だと言う。歩けるかと聞くと大丈夫だと言うので客を連れ、足早にデモの中を通り抜ける。上から見ていてアイス売りなどがデモの中で鈴を鳴らしていたのでまだ落ち着いている事は分かっていたけれど昨日のこともあるので用心に越した事はない。

デモを抜け幹線道路を進む。車はない。山の方から人々が降りて来るので色々と聞くが人によって言うことがまちまちでよくわからない。かと言ってデモの中で待っていれば、また昨日の二の前になってしまうので、進むことをえらぶ。

途中、村の者と会う。2時間程行ったがバスはなかった。戻ってデモが終わるのを待つ、お前もそうしろと言われたが進むことにする。

町を離れると穏やかになる。ハイウェイをひたすら登る。連れている者は大きなバックパックを担いでいるので辛そうだ。少し休み、荷物を持ってやり、先へと進む。しんと静かな山間を登って行くのは気持ちいい。大きなバックパックが背中に食い込む感触がいい。女性用なので少し小さいがこうして大きなパックを担いで歩くのは楽しい。風が心地よく、田舎の風景の中に溶け込んでいくような感覚がいい。

5時間程歩いてやっとデモの始点、ほぼ山の頂上に着いた。群衆は穏やかで昨日とは違う。少し行くとチキンバスがいた。聞くと村の上にある村まで帰ると言う。交渉して乗せてもらいバスを乗り継ぎ村に着くことが出来た。

2日で30キロ近く歩いたことになる。ビーサンの底が減ったこと以外、筋肉痛もなく楽しさだけが残った。肩に残るバックパックの重みが旅をした気分に彩りを添えた。

快適とは言えない旅もまた楽しいものであった。普通なら出かけずに待機する所を強引に進むことの是非はあるかと思う。それでも普段味わうことのないグアテマラを感じたことはいろいろな意味で新鮮であった。道行く人々は気さくで苦労を共にする仲間のようであり、群衆の若者はうざったいほどチーノチーノ(中国人又は東洋人)と囃し立てた。僕の履いていた民族衣装のスカートをリメイクしたアラビアンパンツを見て、女衆はキャッキャッと笑い、パイナップル売りの青年は交差点から歩いてきたと言うと周りの者に驚きと共に告げた。群衆の幾人かは記念撮影をせがんできて、僕らを驚かせた。

また一つ、この小さな旅で僕は変わった。次はどんな経験ができるのであろうか。いつもの小さな旅であったけれども驚きに満ち満ちた数日間であった。メキシコの近代国家ぶりに感嘆し、グアテマラの第三世界ぶりに居心地の良さを満喫する。

宿に戻り、留守の間に来た客に挨拶をして共に歩いた客の食事を用意する。明日の朝来るであろうセシーに礼を言わなくては。買ってきた食材等を片付け横になったが目が冴えてなかなか眠ることが出来なかった。

日々雑思 たまには旅の話を

ごく稀にメキシコへ行く。パスポートのためでもあるけれど最近は休暇の意味が大きい。ほんの23日のことなので持ち物も少ない。今回僕の持ち物は歯ブラシ、パンツ一枚、充電器と携帯それと小さなテルモスだけ。

いつものチキンバス、すでに釣り銭のないように小銭を用意しなくてもボッタクリもない。乗り換えて車掌と話し、降りる場所をその場で決める。直通バスではあったけど途中、長い停車時間があったため乗り換えを選んだ。バスを待っているとピックアップトラックが止まってどこまでだと言う。国境だと言うと行くとこたえた。いくらだと聞くとバスと同じなので今回はピックアップに乗ってみることにした。ピックアップは自家用貨物のトラックのこと、4WDのトラックの荷台乗るだけ。すでに女衆が乗っていて挨拶を交わす。すぐに質問ぜめにあう。自己紹介などを済ます。矢継ぎ早の質問にもキチンと応えているし、わからないところは聞き直せる。持ってきたパンをあげると喜んでいる。彼らは日本人とみると必ずカラテのことを質問するので毎回同じ話にしかならないのだけど、考えてみればグアテマラと聞いてコーヒー以外の話をはじめてあったグアテマラ人と出来るはずもないのと同じなのだ。そしてたいていの場合、ジャッキーチェンかブルースリーの話になって益々ややこしくなりめんどくさい。しかし今回はカラテキッドのミヤギの話になる。オヤっと思い聞いているとミヤギが少年にカラテは身を守るために使うのだ、争いのためではないの言うシーンが好きだと言う。純粋に日本の話しではないけれど、ほーと感心した。

ピックアップは途中人々を乗せたり下ろしたりしながらのんびりと走る。風が気持ち良い。景色がゆっくりと流れ、路傍の犬、しゃがむ女、外人の僕をジッと見つめる子供、屋内でハタを織る女、肉屋の匂い、薪をたく匂い、洗濯物をはたいたしぶき、笑い声、鳴き声、がなり声全てが僕にあいた穴から飛び込んでくる。混んできたので立ち乗りになる。胸から上1つ飛び抜けた僕を見て、少し怖がっているのか気の毒になるけど、こちらがスペイン語ができると知ると、この荷物を運転席の天井に載せろ、降りるから運転手に言ってくれ、荷物を取ってくれといいように使ってくる。子供は手すりにつかまる僕の手を恐る恐る触っておんなじだーと言っている。一緒にいるお母さんもそっと触ってくる。ゴツゴツとしたその手はとても歳ににつかわないものであったけれども、働き者の手であった。

国境に着いたのはいつもより少しだけ遅かったけど、そんなことよりこの新しい乗り物でした旅のことがなんだか嬉しくてしかたがなかった。

おそらく僕はこういう旅をしたいのだ。旅に出て5年、ようやく僕は自分が何をしたかったのかを知った。少しまた旅人に近づく事が出来た気がした。

メキシコではいつものスペイン語では少しばかり不便なことになる。別に困りはしないのだけれど、いつもと違うフレーズに戸惑う。言葉というのは待ち構えているのと違うフレーズで言われるとあれっ?となるものだ。慣れるまでに23日かかるものだけれど国境から2時間ほどしかないこの町でも勝手が異なるのが面白い。住んでいるのが田舎すぎることも1つ。コーヒーの淹れ方に使うフレーズが違う。信号機という単語が言えない。テレビのリモコンが言えない。レストランで注文の際、料理がなんなのかわからない。コレがまた楽しくていい。今なんて言ったの?どういう風に言うのと質問しまくってなんだこいつと思われるのが楽しくて仕方ない。これこそ旅の発見、新体験、醍醐味、喜びであった。田舎暮らしにはない都会の人の暮らしが楽しい。東京に出てきた人達の気持ちがわかると言ったら言い過ぎか。町は看板に溢れ、市場は巨大で、皆が悪人に見える。どこに行くにも5分と待たずに乗合がやってきて安い。娯楽に溢れ若者は楽しそうだ。女中のセシリアを連れてきたらどう反応するのだろうとふと考えてしまった。

夜、ホステルの若者と少し話す。若い子だなと思っていた。歳を聞くと17だと言う。この街から40キロ程離れた村に住んでいたが学校を辞め今週から働き始めたと言う。仕事は楽しく満足している、週6日働き村に戻る。6人兄弟の末っ子。まだ幼さが残る顔立ちに自分の倅たちの事が浮かんだ。こうして話が出来る事が嬉しい。国が違っても若者はいいものだ。女中のセシリアも粋がってはいるけれど心根の良さがある。彼女が作った僕のスペイン語はもうどこでも通用する程になった。それを彼女はどう感じているのであろうか。まったく話の出来ない外国人に言語を教える苦労は並大抵ではないのに小娘1人で立派にやりきってしまった。僕がいない間もキチンと宿を仕切っている。こうした国にいると若者のたくましさを感じてしまう。と同時に日本で暮らす倅たちはどうであろうかと思いを馳せてしまう。

毎回思う事だけれども、こうして小さな旅をするとき、僕はまだ旅の途中にあるのだと実感する事が出来る。旅を始めた時とは何もかにもが違って見えるし、感じ方も物の考え方も変わってしまった。それでも旅をする事は楽しい。

日々雑思 庭仕事

月が変わると季節も変わった。湖面をざわつかせる風が湖の向こうからやって来た。水色がみどりっぽくなった。一日中垂れていた山の上の雲が少し高いところにある。乾季が来た。

庭の畑を起こしなおす。スコップを入れ天地を返す。鍬を入れて混ぜかえす。ねっとりとほどよく水気のある土が現れた。ミミズが活きよいよく飛び出しクネクネと躍っている。いつか嗅いだ土の匂い。小石をひらい集め排水路へ敷き詰める。もう鳥がやってきていて虫くれをついばんでいる。レーキで土を均しタネを蒔いた。

土をいじくっていると心がやすらぐ。なにも考えていない。指先の柔らかな土の感触。少しひんやりとしているのにどこかあたたかい。小一時間ほどですべて終わってしまう程の小さな畑。

庭の手入れをする。雑草を抜き庭草を整えてやる。あまり派手にやると女中のセシーに怒られるのでほどよく。季節の変わり目の恒例行事。最近は時間があるのでいつも整っていて気持ちが良い。排水路を掃除する。雨季の間に溜まった土を除く。こうしたことは乾季の始まりにやっておくこと。

ひと仕事終え2階のハンモックで休む。風はずっと吹いていて雲を追いやっている。雲はまだ雨を降らせたそうにしているが風に乾かされて散り散りとなった。近所の家のトタンが風邪に煽られてめくれては戻るのでバタンと大きな音がする。雨季の間に釘が緩んでしまったのだろう。こういう時は風に煽られてトタンが飛んで来るので危ないから出ない。

翌日、以前から気になっていた中庭への小径を直す。段差が大きいので夜間足元が悪いといけない。石段を1つ組む。昨日集めた小砂利を入れ固めた。排水路も小径も良くなる。ついでにコンポストのゴミを出す。穴を掘って、雑草と一緒放り込む。土を混ぜ込んで堆肥となる微生物に活躍してもらう。ビワの実を収穫した後の枝打ちで出る葉、石灰、灰を混ぜ込んで半年程で堆肥となる。