カテゴリー別アーカイブ: 世界一周

日々雑思 居候、飯炊男、遠足にて

居候

レオが来て泊めてくれと言う。金がないんだが、その分手伝うからなんでも言ってくれと言う。
友人であり、家庭教師でもあり、演奏家でもあるが金がない。レオは生まれも育ちもよく教養もあるしグアテマラ人らしさがない。ただ金が稼げないので生きて行くのに難儀している。「何も言わなくともよい、泊まれ」それだけ言うとレオはモジモジしている。「飯か?」「それは大丈夫だ、考えなくていいのか?」「考える必要もない。泊まれ、いつからだ」「今日、あとで来る、ありがとう」

後でレオがやって来る。「掃除は自分でやれ、1週間に一度は必ずやれ、シーツも自分で変えろ、あとは好きにやれ」と伝えておしまい。レオはきょとりとしている。空いている部屋を貸してやり、ここにいる間に仕事を見つけ出ていけばよろし、人助けというほどのことはできないが、友人がくれば飯の一つも食わせてやりたいと常々思ってるのだ。

最近のこの宿はまるでテレビの安ドラマの舞台にでもなったかのようにいろいろあって、自分がてんてこ舞いになりながらもなんとかなっていく主人公にでもなったような気分。一度歯車が狂うと何もかもがうまくいかないように思えるけれど、実はそれが楽しかったりもするのだ。後で考えればそうなのだきっと。客もなく途方に暮れかけると1人やって来て、覚悟を決めると2人やって来る。役立たずの居候が1人くらいいても何も変わらないのだ。朝、スセリーが来る。「この男はお前の手下だ、好きに使ってよろし」と言うとレオは苦笑いし、スセリーは少し戸惑った顔をしている。いつものように、なにも変わらずに掃除を始めた。

飯炊男

客が「ここのメシは美味い、レストランをやれ」とほめる。このメシならもっと高くてもいいと言いつつ他のホテルへ引っ越して行く。メシだけ食べに来るがいいかと聞かれ、ダメとも言えず「よい」と答えると、さっさと出て行ってしまった。

客が「スペイン語をここで勉強するのはどうか」と言う。「アンティグア、シェラが安い。そちらでやればいいであろう」安いの一言でそれ以上は聞かないのでこちらもそれ以上は何も言わない。
学校をやめた先生が来て家庭教師をはじめるが場所を貸してくれと言う。空き部屋ばかりでも仕方がないので一階は貸しスペースへと変更することにした。部屋は3部屋となる。

噂で「あそこの3階は雰囲気が悪く行きにくいと皆が言っている」と聞く。何が悪いのかとんとわからない。泊まっている客に聞いてもわからないと言う。誰もいないのが不気味なのか、エレベーターがないので行きにくいのかと考えるが、わかりもしないのできっとそうなのだろう、今の人には合わないなにかがあるのだろうと諦めた。

宿の持ち主が惨状を聞きつけ、心配でやって来た。さぞ散らかしているのだろう、どうしようもない事をしでかしているのであろうと思って来たのだ。一通り様子を伺い、近所で聞き込んで帰って行った。部屋の鍵をまたもや持っていかれてしまう。なぜか皆部屋の鍵を持って行ってしまうので常に交換をしなければならない。なぜ持っていかれてしまうのであろうか。
それにしても客が来ないのは不徳の致すところ、さぞ人様に忌み嫌われる性格なのであろう。宿は人一倍キレイなのだから、原因は自分の心の汚れだ。

スペイン語だけははかどる。いつも勉強出来るので随分と良くなった気がする。本が読めるようになり。歌が歌えるようになった3曲を練習して2曲歌えるようになった。スセリーが教えてくれるのでとても楽しい。客に文法の事を聞かれ、嫌々説明すると「わかりやすい。ここで勉強がしたくなった、お前はやらないのか」と言われるが文法のことは日本語で説明しているのであって、スペイン語は一切喋っていないのだ。「お前の日本語はなかなかのものだ」とふた回りも違う若者に褒められる。まだ日本語は忘れず、人様に褒めていただけるだけましだと思うことにする。

遠足にて

パロポと言う遠い対岸の村へ行く。スセリーに同行してもらう。彼女も初めてだと言う。いつもとは違い洋服を来てやってきた。
パロポについてお土産屋の髪留めが気になっている様子だが小さいと言う。「お姉ちゃんは持っているが私には絶対に貸してくれない、とっても自分勝手だ」とボソリ。それではそれを探そうと村の中をくまなく回るがどれも小さいので、「パナハチェルで買おうか」と言うとコクリと頷いた。村は青に塗られ、大きなホテルもあり、思っていたよりはツーリスティクであったけれどスセリーとの小旅行だったのでそれは楽しかった。パナハチェルに戻り、髪留め、サンダル、シャンプーを買う。シャンプーは「テレビでやっていたものだ、ハチミツが入っていてきっとキレイになるのだ」としっかりとした目で説明をするので哀れとなり買う。カバンにシャンプーを入れると「お姉ちゃんはアボガドを塗っているのだ」と言う。8歳も歳が離れているのに対抗心を燃やしているのが微笑ましい。髪留めは茶色を選んだ、サイズも大きい、値段を聞いて「高い!」と文句を言っている。値切って20ケツアレスを15ケツアレスにする。すぐに髪に留めて使い出す。「もうお姉さんの事を悪く言ってはいけない」とさとすと素直にうなづいた。帰りがけにサンダルが目に付き、キラキラとした目で床にしゃがみ込んであれやこれやと手にとって履いている。「コレは底が天然ゴムだから丈夫でいいのだ。長く使えるのがいいものだ」と言う。「この焦げ茶はとてもよい」と言って幾らだと他の客を店員と間違えて聞いている。あっちのオジさんが店員だと言われ恥ずかしそうにしている。値段を聞いてうなだれる。かわいそうになり再び値段交渉。200ケツアレスを150ケツアレスにする。そこで「この値段は妥当かサンペドロでならいくらだ」とそっと聞くと「サンペドロなら250だ」と言うので「それならば買え」と言って金を渡してやった。お土産を入れたバックを機嫌良さそうに背負い、船着場へ向かう。こっちだと自信を持って反対方向へ行くのでついていく。「同級生と来た時は確かにこっちだった、でもわからなくなってしまった」と照れた笑いを浮かべ困惑している。迷子になり困っているところへスセリーに交際してくれと言っている男の子に気がつき僕の陰に隠れている。「とっても嫌なのに困る」とくっつくので、父親になったような気持ちになって元来た道をボート乗り場へ向かった。

日々雑思 季節が変わり始めて

雨季

夕方から雲行きが怪しくなる。裏山の火山に雲が垂れ込めゴロゴロと雷が鳴り出す。カフェを散歩に連れて行く。今日は少し長い散歩をしてやろうと決めていた。客がどっと去って夕食の支度に手間がかからないから。

村の中心へ向かう。売店に寄りパンを買う12ケツアル。20ケツアルを出すとレジの娘に2ケツアルはあるかと聞かれる。「ナイいつもゴメン今度は用意する」といい8ケツアルを受け取る。いつもいる白人が幸運をと言ってきた。どうしたのだと聞くと明日、カナダへ帰ると言う。お前もなと答えて店を出た。ここに住む外国人は自国とこの国を行ったり来たりしながら暮らしている者が多い。いよいよ雨季がやってくるのだ。だから彼らは自国で悠々と温かな日々を送るつもりなのだ。

坂を下る。カフェはいつも行くフライドチキン屋に行きたくて坂の上でこちらを見てなんでそっちに行くのだ、まだ食べておらんであろうがと恨めしそうにこちらを見ているが、こちらがしゃがんで手を出すと笑ったような顔になりストトとかけってやってくる。そのまま湖に出て湖畔を歩いて行く。カフェは前に歩き、時々こちらを振り返りながら嬉しそうに歩いている。途中、お気に入りのドブに行こうとしたがNOというと素直に従った。
友人の新しく出来たホテルの前を通り過ぎ、岬を越えたところで雨が降り出す。洗濯をしていたおばさんがブラジャー一丁で頭に洗濯物を乗せるのを手伝ってくれというのでカゴを持ち上げた。おばさんが両の手を挙げた拍子にブラジャーがゆるみボロンとどデカイのがこぼれた。どははははと豪快に笑うおばさん。カゴのやり場がなくなり目だけがおばさんのそこに釘付けとなった。

雨がひどくなり湖畔のあばら屋に駆け込む。身体を洗いにきていた家族がいる。「どこから来たのだ」「日本からだ」「どの位ここにいるのだ」「2年だ」「これらかもいるのか」「わからない多分そうだ」「ここは穏やかだからな」「あぁグアテマラシテイとは全然違う」「そうだここは違う、ここが好きか」「まだ分からない、好きなところもあるし嫌いなところも沢山ある」「何が嫌いなのだ」「人だ、お前らの文化はわからない」

沖でボートに乗った漁師の若者が鳥を追いかけている。立ち上がりオールを器用にさばきながら追いかけるが、鳥は捕まらない程度に飛んでは若者をからかっているように見える。見ていた家族づれも笑い出した。もう少しのところで水の中にトプンと潜り少し先に出る。若者は急ぎそこに行くがまた潜られてしまう。若者の後ろの方にポッカリと浮き上がると、そのまま飛んで行ってしまったが若者は気がつかない。家族づれが行ってしまったと教えてやる。

雨が小止みとなったので戻ることにする。元来た道を行くと先程とは違った少し若い女が濡れて透けたシミーズのまま「そのパンはどこで買ったのだ」と聞いてくる。「村の真ん中だ」「くれ」「ダメだ」と言って立ち去る。いつもは砂だらけになる足も今日は雨で湿ってしまっていて歩きやすい。服が湿ってしまったので肌寒い。それでも傘をささずともなんともなくなっている事に気がついて、随分と変わるものだと思った。2年前は気になっていたのに。

宿に戻り食事の支度を始める。カフェがご飯をくれと足元に来る。濡れ犬の匂いがして「お前くさいぞ」とい言うと訳もわからずはしゃぎだした。長い散歩に満足したのだきっと。

もうすぐ雨季がやって来る。夕方になると決まって雨と雷がやってきてすべてを洗い流してくれる。暑さも、ゴミも、犬のフンもみんな下に流れて行って、時々停電して真っ暗闇に包まれるのだ。僕はそれが嫌いではない。

スセリー

新しい女中さんとなったスセリー。15歳。僕にとって特別な存在の娘。まるで自分の子供のようにかわいい。彼女との出会いはこの村に来た最初の日。彼女はこの村で出来たはじめての友達。

姉のセシーの代わりに働きだした。なかなかまじめにやっている。まだおっかなびっくりで猫をかぶってはいるけれど、毎日彼女がやって来るのが楽しみの一つとなってしまった。
姉のセシーに比べればすべてが劣るけれども、嬉々として働く彼女の成長が何より嬉しい。コップを割り、出しっ放し、間違える、忘れると今のところいいとこ無しではある。掃除は仕事、その後に2人の朝食を作らせる。包丁の使い方から調味料の分量まで僕がやって見せる。あとはほったらかし。食べる段となり彼女は心配そうにこちらを見ている。黙っていると我慢できずに、ちょっと怖いと言う。どうしてと聞くと私のはまずいだろと言う。何が悪いのだと聞くとわからないと答える。「恐れなくてもいい、失敗しながら覚えていけばよい、お前の姉は鼻は良かったが舌はバカだった。お前はどうかな」と言うとニッコリ笑って食べだした。

パンを焼いている時、火傷をしたらしく、ゆびの付け根を口にくわえている。「どうした火傷か」「なんでもない、ただくわえただけだ」指を見ると赤くなっている。クスリを持ってきて塗ってやる。こちらの”痛いの痛いの飛んでいけ”を歌いながらクスリつけてやると一緒になって歌い出す。

包丁を取るときにコップに手をひっかけて割ってしまう。割れたコップを慌てて取ろうとしたので手を止める。ごめんなさいと何回も言う。「コップはまた買えばよろし、でもお前の手は買えないのだ、気にするな」自分で言って自分で驚く。こんな事を言うとは随分と焼きが回ったのだ。ほかの女中には言わない。依怙贔屓と言われれば、そうだと答えるだろう。そうスセリーはやはり特別なのだ。仕事が終わってから1時間ほどスペイン語を習う。毎日のリーディングのために夜遅くまで練習するのは彼女をガッカリさせたくないのだ。

15歳の小娘に一喜一憂する毎日はくすぐったくもあり、楽しみでもあるのは歳をとった証拠なのであろう。もともと活発な娘ではあるので、そのうちこっぴどくやられてしまうことも承知。それもまた楽しみなのだから。願わくばスセリーにはいつまでも半人前であってほしいものだ。

日々雑思 筆が遅くて

めっきりと更新が遅くなっています。サンペドロの生活で日々感じる事はあるのだけれど、どう切り取ったものかとあぐねてます。

セシー辞める

ある日、妹のスセリーがやってきて「お姉ちゃん怒って他の仕事みつけちゃって働き出したよ」と言う。呆気にとられる僕。まぁ辞めてしまったのはしょうがないと思いなおし「そうなんだ、わかった」と答える。スセリーもちょっと困惑した顔をしている。

ことの始まりは「週末の金曜日を休みたいと」セシーが言うので、休みをあげたことからはじまった。金曜日は何事も無くすんだのだけれど、日曜日にセシーからメッセージが届いた。そこには明日休む事が書かれていたので、セマナサンタの今週はなにかとあるのだと思い、来週は休んでも良いからと返信をした。土日に働きにきているアナに来週働けるかと聞くとできるというので僕はアナに仕事を頼んだあとにセシーから月曜日に行くと返信が返ってきた。僕はすでにアナに頼んだから再来週からと答えた。

セシーはふだんネット環境をもたない。僕が見たメッセージは実は金曜日にセシーが念の為に送信したメッセージだった。ところがセシーはメッセージが送られる前にネットを切ってしまいメッセージは宙ぶらりんのままとなっていた。日曜日にセシーがネットにつなぎなおしたときに未送信だったメッセージが僕に届いた。

僕は月曜日の事だと思ったので快く休ませてあげたつもりだったのだけれど、セシーからすると突然休めと言われてカッと頭に血がのぼってしまったらしい。すぐさま新しい仕事をみつけて1週間だけ働こうと思ったみたいだけれど長く働いてくれと言われ承諾してしまったと言うのが事の顛末。グアテマラ人気質というか、僕の想像外の事でぶち切れてしまい、対応する間もなく事を運んでしまった。隣りのドーラやアデライダもそうであることからこのへんの女性の気質なのかも知れない。

タクアシンヲタベテミタイ

その動物を見たのはカンクンの宿。鼻がすんなりとしてシッポがひょろりとした狸くらいの動物。どうやら食べられるらしい。「身は鳥肉、味は豚肉だ」という。「何処にいるのだ」と聞くと「そのへんにいる。夜に出る」という。「食べたことがあるのか」「ない、でもお爺さんが食べていた」「お父さんは食べたことがある」「お前も食べたいのか、今度摑まえておいてやる」などと様々な答えが返ってくる。

ある日、屋台へいく。ブタアバラのBBQを頼んだのだけれど、サイズが小さい。骨と骨の間が狭い。「これはブタか」「そうだ」「タクアシンを知っているか」「知っている、食べたいのか」「これはブタか」「そうだ」「タクアシンハブタノアジガスノデアロウ」「ソウダ」「コレハブタカ」「ソウダ」疑惑は残ったけれどどうやらブタらしい。村のみんなが知っているが食べた事がある人の話を聞いた事がない。鶏肉の見てくれで味は豚とは何とも変わった動物が近所にいるのであれば是非とも一度賞味してみたいものだ。

セマナサンタ
キリストさんが死んで復活するまで祭のこの期間。村には出稼ぎに行った人々が帰ってくる。メルカドは夜までにぎわい、通りには屋台がいつもより並ぶ。人の通りもいつもより多く、見たことが無い顔が見た事がある顔と連れだって歩いている。家族のようだ。ロープ屋の店先に並ぶ腕時計を楽しそうに選ぶ人がいる。中古のニセモノだけれども買ってももらっている方はニコニコと嬉しそう。「今日はなんで人が多いのだ。セマナサンタだからか」と聞く。「出稼に出ていた人が家族のもとに帰って来ている」とロープ屋のオヤジが教えてくれた。
通りに出るとなんだか恥ずかしそうな顔をした子どもが新しい洋服をきせて貰い父親らしい男に手を引かれている。子どもとしてはいつもは居ない父親の手に引かれて歩くのがなんだか恥ずかしいやら、うれしいやらなのであろう、微妙な顔をしているが屋台で大きいほうのケサディーヤを買ってもらい喜んでほう張っている。

まだ子供のころ、田舎の弥八さんが出稼ぎに来ているので今日は家に泊るからと母親が言って布団を敷いていたのをふいに思い出した。40年程も前のことなのに。弥八さんは福島から冬の間東京で働いていると言う。どうして東京で働いてるいるのか僕にはわからなかったけれど、何か大変なのだということはわかった。ここに住む人達も同様に半年も家を開けているのかと昔の日本と重ねて見てしまう。
せっかくの帰省だからごちそうを用意してふだんの労をねぎらってあげる家族の姿がそこにはあった。プロセシオンとよばれるキリストが自分が磔にされる十字架をかついて歩かされる様子を模した像を乗せた御輿をかつぐ行列が目の前をゆっくりと通りすぎる。横切ろうとした親子連れ、子どもはちょっとけつまずいて、手に持っていたカットフルーツを落してしまい、半泣きの顔になっていた。それを見た父親は笑って子どもをなぐさめている。父親の背中に大きな十字架が見えた気がした。

日々雑思 久し振りの更新だけれど

久し振りの更新、パソコンに向かうも書くことなし。しばらくパソコンに向かっていると雀が屋根と壁の隙間から入って来てこちらをじっと見ている。この部屋は天上に隙間があって夜は寒いがこうした客がやって来るのでいい。

少し前に引越しをした。1階のまともな部屋から追い出されてテント生活やハンモック生活を経て2階にあるトタン屋根の部屋に落ち着く。この部屋は以前は客室であったけれど、申し訳ない気がししていたので、これを機会に引っ越した。これで客室は7室となる。

今年は去年とは違い、まったく客が寄り付かなかったのでこのままでは首をくくるか、追いはぎにでも転職しなければならないと考えていた。道の工事やら山賊のうわさ話があったと聞くが、きっとこの宿が飽きられてしまったのだ、高すぎるのだと言われ客が来なくなったのだと思い悩む。

それでも、やる事はやっておかねばと庭を作り、台所の壁をぬり、タイルを貼った。風呂場に小物置を設置してシャワーの湯温を調整しなおす。Wi-Fiのルーターを2階に移した。珈琲を自家焙煎にして、カカオからチヨコレイトをつくり、イチゴ大福をデザートにくわえた。

ポツリポツリとやって来る客は、直ぐに宿を変え、出て言ってしまう。偶に根性のひん曲がったババァがきて高飛車にものを言い管理人をトイレに閉じこめ、好き邦題言うので追い出してしまった。とうとう客は0となり、3月は宿を締めて何処かへ出掛けようと決めた。

たまに来る客にも宿を閉めるらしいと出先で言っておいてくれと頼み、問合せのメールにもここには来ないほうがいい、ツマラナイからヤメテオケと返信をするのだけれど、こちらが死なない程度にやってくるものだから、だらりだらりと宿を開けておく。

この間、ずいぶんといろいろなことがあって書きたいことがあるのだけれど事が事だけに書くことができない。ツマラナイ男とめんどくさい女の話、宗教にとち狂う女の話はいつか書いてやろうと思う。

庭と部屋の改装をしようと大工のミゲルに問い合わせる。すぐにやって来てサッと見わたして値段を言う。法外な金額に驚き、また今度にすると答える。最近、ミゲルのぼったくりは酷いので、他の大工に聞くと、それがミゲルの耳に入る事となり、フェイスブックで不幸をと書き込まれてしまった。道でミゲルに会う。なぜあの様な事を書いたのだと問い正す。「アレはこのあたりの挨拶だ、お前こそなぜ他の大工に聞いたのだ」としらじらしく言うので「こちらはお前達の文化を尊重しているが、お前達はまったく此方を理解しようとしないのだな、値段を聞くのは当たり前の事であろう」と答えると「むこうは幾らと言ったのだ」と言うので「お前には関係の無い話だ」と無碍に答える。ブツブツと言っているので「おまえには技術がない、卓を作らせても満足な仕事をしていないだろう、高いだけで役に立たない卓を直したのは俺だ。お前に出来ないからほかに頼むのだ、だが今回は自分でやる事にしたからもういい」と言ってやった。ミゲルはサンパブロの男でサンペドロで仕事をするうちにズルくなって悪くなってしまったのだ。サンパブロは貧乏だからこうしたことになるのかも知れない。字もロクに書けない男なのに嫉妬心だけは一人前に持っているのだ。つまらないプライドばかりで中身の無い貧しい男、サンパブロのミゲル。
後日、ミゲルがやってきて、様子をうかがいに来た。庭を一目見て負け犬のような半笑いをして帰って行った。このところ材木や白砂を運び入れているところを何処からか聞き付けて気になっていたのだきっと。良い物をみたことが無いミゲルには到底できるはずもない庭を拵えてやったのですっきりとした。

蒲団を干そうとハシゴを昇っているときに折れて落ちてしまう。うんとこ痛かったがズボンが破れたことが血だらけになった膝より悲しかった。とうとう旅に出る時に用意した服はすべて穴が開いてしまい乞食にでもなったような気分となる。
こわれたハシゴは木が所々腐っていてこれ以上は使えないので新しい木材を買ってきて作りなおす。途中、古釘を踏んでしまい脚の裏にグサリと刺さった。夜になり、足が腫れて来たのでそうそうに休む。翌朝は更に腫れている。びっこを引かないようにゆっくりと歩いてメルカドへ行く。買物をしているとき、大きなおばさんに足を踏まれる。声にならないほど痛かった。足の裏にヌメリケを感じる。溜まってた膿が押し出されてぬるぬるとして気持ち悪い。湖へ行き足を洗った。カフェはハシャイで鳥を追いかけまわし嬉々として遊んでいるのでしばらく腰をおろして休む。ビシャビシャとなったカフェが戻ってきたのでいっしょに帰る。再び足を洗ってじっとしている。膿が出てしまったので腫れが引き随分とスッキリとなる。

小さな旅を

せっかくの海外旅行なので少し贅沢な宿に泊まり、ちょっとした自分へのご褒美とする。ホテルには異なる匂いがあっていい。少し古臭い、旧家の納戸に似た感じのところもあれば、清潔なシーツから立ち上る匂いのところもあって楽しみの一つ。匂いは旅の重要な記憶の一つで、いつかその匂いを嗅いだだけで遠い記憶が鮮明に蘇ってくる。

市場の匂い。道売りの生地の匂い。屋台の匂い。道ゆく人の発する匂い。夜の人気のない道の匂いは僕の記憶に鮮明に刻まれていく。朝のカフェで向かいの人が飲んでいるオレンジジュースの香りと陽だまりに置かれた朝食の風景がこの町の記憶として残った。

友人に会いにいく。一人は新しく宿を始めた友人で、夫婦で1月前からやっている。新しい宿はまだ未完成な部分が多くあってこれから彼らの宿の匂いが染み付いていくのであろう。もう一人は古くから宿をやっている友人で、こちらはすでに確固とした匂いがあって、力強い。僕とはまったくタイプが異なる人柄でけれど、僕は好きだ。

翌朝、市場に行きスパイスを大量に買う
chile mulato
chile chipotle
chile pasilla
gusanillo
chile ancho
tomillo
oregano
clavo
comino
aniz
carne de soya

大量に買い付け、いちいち匂いや質をチェックして「これはどう使うのだ」「辛いのか」「なんの料理に使うのだ」「これを試してみたい、あれはなんだ、英語ではなんと言うか知っているか」「あれを持っているか、これはあれとは違うのか」あまりにも質問ぜめにするものだから店主がレストランのシェフだと勘違いして、どこの店だと聞いてくる。グアテマラに住んでいることを伝えると、レストランをやっているのかと言うので、宿で食事を出していると答える。
よく料理人かと聞かれるが、果たして僕は料理人なのだろうか。料理人とは一体どんな人のことを言うのだろう。僕はそれを語っていいものかどうか未だに疑心暗鬼でいる。

国境に近い街に移動する。ローカルバスを使うと、これまで通い慣れた道もちょっと違って見える。安く、フレキシブルに移動できると旅の幅が広がっていい。町外れのバス停で降りる。安宿を聞いてそこへ飛び込む。最近はすっかりこうした宿とのやり取りは慣れたもので、部屋、シャワー、ワイファイをチェックして2晩泊まると伝える。
いつもと違い、客としてこうしたことを聞いていると随分と違った
気持ちになる。予備のタオルと毛布を頼み、町のことを聞く。明日の買い物の下見にアメリカで有名なマーケットに行く。時間がたっぷりあるのでじっくりと眺めていたら3時間も経っていて驚く。欲しいものはたくさんあるけれど、少しずつ。

翌朝、ホテルで時間を潰していると従業員が声をかけてくれる。この辺りはカフェとかあるのかと聞くとセントロへ行けと言う。数ブロック歩きセントロへ。賑やかすぎなくていい。セントロに面した数件のカフェをよくよく吟味してちょっと高級そうなカフェに決める。ビシッと黒のチョッキに太めの身を包みんだギャルソン風なのが気に入ったから。ここのコーヒーは残念ながらあまり美味しいとは言えなかったし、立ち振る舞いはラテン丸出しだけれどヨーロッパのカフェにいるような気分になる。

映画館に行く。スターウォーズを観る。3Dのメガネをかけ、飛び出すスクリーンに感激する。久しぶりに見た映画は文化的な気持ちにしてくれた。外国で映画を観るなんてちょっとしゃれた気持ちにもなる。なおさら気分がよろし。

再びセントロへ戻り、違うカフェに入る。なぜスペイン語を話せるのかと聞かれる。グアテマラで習った。今はそこに住んでいる。だから話せるのだと答える。英語はできるのかという。少し話せるが、今はだいぶ忘れてしまって、スペイン語の方がいいと言うと。ちょっと驚いて英語も習ったのかと聞くのでそうだと答える。こんなおっさんが話すことに驚いているのか、度々話しかけてきてチョットうるさい。
靴磨きの男の子がやってきて僕のサンダルを見て諦めた。次々とやってくる物乞い。饐えた臭いはいつか嗅いだものだった。ポケットか小銭を出す。以前とは違い嫌悪感に似た気持ちは不思議と湧かなかった。僕は老女の手に包み込むように小銭を入れた。

根も葉もない噂を立てられ困っていますよ。リスペクトを忘れた馬鹿者

先日、うちでお願いしている家庭教師とのレッスンは意味がなかったという噂があると、心配した友人のカバさんが連絡をくれた。僕はすぐにピンと来た。

家庭教師のレオはとても穏やかで辛抱強く生徒が発言するまで待ってくれる。それは彼の最大の長所で、初心者、特に日本人はシャイな人が多いので初めは口が遅く、あせりばかりが先立ってしまい、自信を持てなくなってしまう。先生がイラつきを見せたりすればなおさら。日本人の気質を知るレオは正に初心者にはうってつけの先生だと僕は自信を持って勧めている。学校で教えていた経験のある彼は、ある程度文法の知識は持っているが、現役の先生に比べれば見劣りがするのは否めない。それでも時間には必ずやって来て、すっぽかすこともなく、真面目な彼はこの村では数少ない優秀な家庭教師の一人だと思う。

あるお客さんが「スペイン語を習いたい」というので学校と家庭教師の案内をすると「学校は高いので嫌だ」という。彼はすでに他の場所でスペイン語を学んで来ていたので、家庭教師では物足りなくなるであろうことを伝えても頑としてこちらのいうことは聞かなかった。そこでレオを紹介した。初めは「気に入った」と言っていた彼の顔が曇りだしたのは数日してから、僕はそうであろうと見当がついた。
マリアは僕のスペイン語の先生で学校で働いている。この宿へは毎晩皿洗いに働きにくる。訳あって彼女にはお金が必要なのだ。彼女はこの村でも指折りの先生で、教え方、文法の知識も豊富。前述の彼があまりにも悩んでいるので僕はマリアにちょっと助けてもらうことにしたのだ。本来、学校で働いている先生はうちでは使うことがない。ほとんどの学校で家庭教師は禁止しているので、もし見つかれば彼女たちは首になってしまう。

彼の質問を聞いたマリアは、スラスラと質問に答え、彼も納得がいったようだ。僕は彼に「これが学校の先生のスキルだよ」と教えてあげたのだ。彼はそれをいたく気に入って、マリアに家庭教師を頼みたいとしきりにせがまれたが、僕は学校との約束があるからそれはできないと断った。

ちょうど閑散期の終わりの時期、学校の先生たちは少しでも金を稼ごうと学校に内緒でうちの宿に売り込みに来る。彼らの言い分は「学校はもうやめた、一緒にやらないか」というものだ。そんな彼らをその青年がほっておくわけがない。早速、レッスンを受ていたがどうも気に入らないらしい。そもそもそうやって売り込みに来る先生は初めに仕事を干されてしまう、スキルの低い先生が多いのだ。彼の不満は募るばかり、他の先生はいないのか、もっと安く教えてくれないのかと毎日のように言いだしてしまった。

僕は彼にこの村で家庭教師だけでスペイン語をマスターするのは難しいのではないかとアドバイスしたが聞き入れるつもりはないらしい。ついに手癖の悪い先生に手をだし始めたのでこの宿ではできないのでカフェにいってくれないかと頼んだ。そんな折、ある学校の先生が辞めたので彼に進めるといたく気に入ったようで、せっせとレッスンに通いだした。しかしレッスンでは文法ばかりだと言い出す始末。僕は彼にどうしたいのか聞いてみることにした。彼の希望は次の通り

相性がいい先生がいい
明るい先生がいい
間違いを直してくれる先生がいい
話題が豊富な先生がいい

どれも抽象的であったので僕は

相性は自分のことなので試してみないとわからない
性格は皆明るいので問題はないでしょう、そもそも明るいとは何をさしているのだい?
間違いは直してくれているでしょう?言い回しの違いを直す先生はそんなにいないでしょ、第一、君は自分の話し方がポピュラーな言い回しかどうかを気にしているだけで間違ってはいないのだから君の言う間違いを直してくれる先生はいないよ
どんな話題がいいのか教えてくれないか、好きな話題を提示すれば先生だってやりやすいし、第一、君の好きな話題を何も言わずにわかってくれる先生などいないよ

彼は納得がいかない様子で「新しい先生を見つけてきた、隣に住んでいる」と言う。僕は「彼女は学校で働いているではないか、うちでは使うことはできないといったでしょ」と言うととにかく話をしてみたいと言うので渋々、先生のところへ赴いた。

彼女にどんな話題を持っているか聞いてごらんと促すと彼は先生に質問する。先生は「グアテマラのことやマヤについてかな」と答える。彼は「それはつまらないから嫌だ」と言う。すかさず先生は「どんな話題がいいの?」と聞き返す。彼はしばらく黙って「僕の楽しい話題」とだけ答えた。僕の楽しい話題が赤の他人の先生にわかるわけもなく僕は先生と顔を見合わせてしまった。最後に彼は先生に値段を聞くと至極真っ当な金額を言われ顔を曇らせた。

宿に帰り、ここの人たちはネイティブじゃないから教えられないのだと見当はずれのことを言いだした。確かにここの人たちはマヤの言葉を話すが、それがネイティブではないと言うことにはならない。僕らに比べ得ればとても上手に話すことができるのだから。彼は正しいスペイン語を習いたいと言うが、僕には正しいスペイン語がなんであるかわからない。スペインのスペイン語が正しいのなら、彼はスペインに行くべきだ。そもそもスペインだって地方により発音が違ったり、南米とは異なる言い回しをするが、一体どっちが正しいなどあるのかと困惑してしまった。

彼はさらに他の先生を知らないかと食い下がる。僕はこの村には君の求めることを満たす先生はいないよ、どうしてもここで見つけたいのならバーやカフェに先生募集の紙を貼って連絡を待てばいい、きっとすぐに連絡があるはずだと教えて上げた。しかし彼は不満そうに近所の女の子や女中さんのセシーはどうだと言うので、近所の女の子だったら5ケツで教えてくれるだろう。会話がしたいのなら、彼女たちをパナハッチェルにでも誘って行ってくればいい。もしセシーを使うならそれは家庭教師として使ってくれ。彼女のスペイン語は正しい、そして僕は彼女に仕事としてスペイン語を教えるように言っているから当然、料金は発生するよと突き放した。

僕は、クオリティーを求めるならそれなりの料金を払わなければ難しいと言うと、彼はだって高いじゃないですかとふくれてしまった。一体彼はどこからやってきたのだと不思議に思ってしまった。自国で学ぶより十分に安い価格で高いクオリティーのスペイン語を学べるのに一体何が高いと言うのだ、彼らの報酬は安く、外国て言語を学ぶチャンスなどなきに等しいと言うのに、学費を払い大学で学んできた彼らの努力を一切見ようとせず、安く買い叩こうとする彼の姿勢は到底受け入れることができなかった。彼にはリスペクトする心がないのだ。

僕は、これ以上学校の先生を買い叩くようなことをするのなら、この宿にはいることはできない。安いホテルに泊まり、浮いたお金で学校に通いなさいと言った。彼はご飯がまずい、朝食がつかないなどグダグダと駄々をこねていたが、僕の態度が変わらないので諦めた。

噂のことを聞いたのはその数日後、僕は彼がレオとのレッスンが無意味だったと言っていることを聞いて、とても残念な気持ちになった。自分のやりたいことを、自分の好きなことを、やってくれないと嘆き、お金は払わず、クオリティーだけを求める自分勝手極まりない。それを棚に上げて、吹聴して回ることだけはいっちょまえにやるのだ。

レオの名誉のために僕は言っておく。彼の良さは穏やかで知的に話ができることだ。学校とは違い、日常会話によく出てくるフレーズなどを挟みながら、根気強く教えてくれる家庭教師は少ない。そんな彼の名誉を傷つけるようなことは、決して許せないし、今回の噂話は真っ赤な嘘だとはっきり言っておく。

日々雑思 ちょっと前のことだけれど

大工のミゲルにテーブルを頼む。天然木のがいい。丸くなくていい。味のあるテーブルにしてくれるかと聞くと。「出来る。すぐ出来る」と言う。いくらだと聞くとしばらく考えて「あーうー、1つ250だ」と言う。そして「2つ必要か、2ついるだろう」と言うので2つ頼んだ。数日後持ってきたテーブルの出来の悪さに怒ると「コレはオレガツクッタモノデハナイ」と言うので「ヤリナオシテコイ」と叱ると、すごすごと帰ったきり、来なくなった。たまに電話が来て言い訳をしているから気にはなっているのであろう。どうするのか、もう少し待ってみたがラチがあかないので自分で作り直してしまった。2階のベランダに設置したテーブルは最初からそこにあったかのようにピタリとはまった。

廊下のベンチに腰を下ろしていると。うつらうつらした、肥やしのような臭いがする。庭に入れたコンポストで作った土がまだ出来切っていないのでそんな臭いがするのだ。先日、石灰を混ぜたので化学反応を起こしてアンモニアが発生したんだ。コレは根に悪く、息苦しくなった花の苗はアレヨと枯れてしまった。土作りは思うに任せない。肥料を買って来る。早速、鉢植え、庭の草木にくれてやる。数日後、アレヨアレヨというまにとろけて枯れしまう。どうやら肥料が強すぎたのだ。国が変わると肥料も変わるのだと知る。セシーに次はあげてはダメだと叱られる。

今日は何もなし。ぼんやりして暮らす。お午頃、雨少しく降り出し、洗濯物を慌てて取り込む。午睡のためベットの中で雨の打つ音を聞いているうちに寝てしまった。
起きると雨はいっそう降っていて雨ではないように葉にあたりはじけている。「霰たしばるなすのしのはら」と不意に頭に浮かんだ。源実朝だったか。

サンペドロの話
何年か前、大きな土砂崩れがあって大勢の人が死んだ。家も小屋も家畜もみんな流された。土砂で埋まったぬかるみの中を生き残った村人が埋まった人を探したが見つからなかった。まだ見つからない。

今の市長は4回めでやっと当選した。たくさんのお金を使ったので、片端からお金を取り出して、店々を周り、露店のおばちゃんのところからも集めて回っている。病院や広場の設計をしてがっぽり儲けている。市長の家の鉄筋は他の家よりも太くて丈夫なものを使っている。車も新しくランクルを買った。
村人は政府は何もしてくれないと言うが、村人もなにもしないのでおあいこなのではないかと思うのだけど、彼らは納税の義務などどこ吹く風なので話をするのも馬鹿馬鹿しい。

ここの村人は普段、マヤの言葉を話すのでスペイン語をたまに忘れてしまう。「コレなんていうの」と聞いても「知らない」とぬけぬけと言う。

村人の大半は神を信じていて、毎晩のように教会で歌いまくっているが、一向に上手くならない、1年も同じ歌を歌い続けて嫌にならないのだろうか、もう少し上手くならないのだろうか。

お客さんに「英語を練習するなら本がいい、本を読んでいると英語を忘れない、声に出して読むとなおいい」と言われ村の古本屋に出向く。カフェも付いて来たけど店の中には入れない。何度か入ろうと試みるが店のオヤジに叱られている。中に猫の餌があるから。どれもこれもつまらなそうな本ばかりであきらめかけた時、見つけた本はアフリカを自転車で旅した人の話。チョコレートの箱のように大きな本だったのも気に入った。40ケツを35ケツにしてもらう。自転車の話だと思って読み出すとヨットが転覆してあわや遭難するところから始まる。知らない単語もたくさんあるので、調べながら何度も声に出して読んでいるうちに意味がわかるようになるから不思議だ。

今日のセシーは元気がない。お腹が痛いと言う。医者に行くと胃潰瘍と言われたらしい。まだ若いのに。

庭の草むしりをしていると雨になった。ドーラがやって来て「村の子供が凧揚げに夢中になって屋根から落ちて頭が割れて死んだ。悲しいことだ」と言う。ここの子供はなぜか屋根で凧揚げをする。自分の立っている場所を忘れて下がって下がって落ちてしまうのだ。日本であればきっとタコの説明書に屋根であげると墜落の危険性があるのでやらないでくださいと書きかねないと思った。

日々記憶に残った小事をこうして書き綴っていつかまとめてやろうと思っているのだけれど、ブログのネタ用に考えていることが行き詰まると、こうしてダダ漏れのような記事にしてごまかす癖がついてしまった。困ったことだと思うのだけれど、仕方がない。

狂犬病追加接種のその後

先月、犬に噛まれて念のため狂犬病の追加接種を受けることにした僕。今日は4回目の接種日。朝、仕事をセシリアに任せて僕は病院へ。診察室に入り、女医さんが日付を数えている。そして「あなたの接種日は今日じゃない気がするの」という。僕は「今日は4日ですよね」と念を押し、紙に書かれた日付を再度確認した。

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狂犬病は予防接種をしただけでは十分ではありません。海外で実際に咬まれてしまった場合は次の日程で4週間に5回の追加接種が必要となります。

咬まれた日
3日後
7日後
14日後
28日後

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女医さんの言うことには「咬まれた初日は当然、3日後もいい、でもその次の接種は3日後から数えて7日後に接種したんじゃないかと思うのよ」なんだかすごくあやふやで心もとない。僕は「ドクターに言われた通りにきたのだけれど」というと「ちょっと待ってて、今、ドクターに確認してくるから」と言って部屋をでた。少ししてドクターと共に戻ってきて2人でカレンダーとにらめっこしながら「ウノ、ドス、トレス、クワトロ・・・」と日数を数えている。ドクターは「この日付でいいはずだ」と言って部屋を出て行った。ちょっとちょっと、これでいいはずだってどういうこと。今日だと言ってよと不安になる僕。僕は記憶を頼りにあれどうだったっけか、接種日の数え方の基準日は初日だったか、接種を受けた日からだったのかと頭を巡らすが定かでない。女医さんも依然として疑っているようで「疑問がある」という始末。「ちょっと待ってて、本を持ってくる」と言い残し再びどこかへ。帰ってきた女医さんの手には医学書が。彼女は狂犬病のページをめくる。たまらず僕も一緒に本を読む。接種日の書かれた場所を二人で読む。が、僕のスペイン語力が正しければ咬まれた日からだと読めたのだけれど。彼女はいまいちピンときていないようだ。そして「他のドクターに聞きに行こう」と言い出し、僕にも一緒に来いと言う。ここにきて、僕はこの人ほんとに女医さんなのかと疑問が生じた。「あなた女医さんですか?」と聞くのも失礼ではあるので、僕は「あの〜先生・・」と聞くとさっと振り向いて「ハイ」とシャーシャーと答える。じゃぁ先生なのだと思い直し、他の先生の元へ。聞くと先生はドクターの言う通りと即答する。僕は「以前はもう少し長期間に渡って接種を受けていたような気がするのだけれど」と聞くと。「あ〜うん。以前はね、でも今は変わったんだ、そう変わったんだよ」と言ったきり遠くを見つめるような目になって、口元に笑みを浮かべている。僕はグアテマラこえ〜と思いながら診察室へと引き上げた。診察室の前のベンチに服を血だらけにした白人女性が座っている。見ると手には動物に咬まれた傷があってガーゼで血を拭いている。「どうしたの」と聞くと「犬を散歩させている時に他の犬と喧嘩になって、仲裁に入ったら咬まれてしまったの」と言う。「僕もだよ20日くらい前、だから狂犬病の注射をしにきているんだ」と言う。「そうね、それがいいわ、私もやってもらわなきゃだわ」看護婦がきて彼女は別の診察室へと行ってしまった。
部屋に戻った女医さんと僕。彼女は「さぁこれで疑いは無くなった」と言って注射器に薬液を入れて僕の左肩にブスーと針を立てた。「ここには狂犬病はあるの」と僕は聞く。「う〜ん、ないわね」と彼女。彼女の答えには納得させる力がない。僕は絶対に狂犬病はあるなと心で思ったけれどそれを出すことはしなかった。

小さな村で村人だけが知っている狼男伝説。村医はそれを知りながらひた隠しに。咬まれた旅人は急に村中の犬が自分を恐れ始めたり、朝目覚めると裸で泥だらけの足に驚く。次々と起こる猟奇殺人。満月の夜、ついに旅人は狼男へと変異し、ハンターに狩られる運命に。
「さぁ、終わりよ、18日にまたいらっしゃい」と女医さんに言われ僕は妄想から覚めた。
ともあれ、僕の4回目の接種は終わった。あと1回僕はあの注射を受けないといけない。宿に戻った僕はすぐに日本語で追加接種のことを調べた。そこには咬まれた日から数えてとちゃんと書いてあった。僕はホッと胸を撫で下ろし、気分が晴れた。今日ほどスペイン語ができてよかったと思えた日はない。明日は満月。今の所、近所の犬が急に僕を恐れるようにはなっていない。猟奇殺人も起きていないし。マントを着て背中に銀の鏃がついた弓を背負っている不気味な男も見かけていない。咬まれたのが犬だったから狼になることもないのだけれど、月に向かってあお〜〜んと吠えてみたかった気がしないでもない。振り向きざまに鏡を見ても目が金色になってもくれないのでちょっとがっかり。でも、これから宿に来るお客さん、念のため銀の弾をお持ちになってお越しください。あーははははははは・・うへへへへへへへ、ガルルル。

スペイン語の話

朝起きて外にでる。いつもよりひんやりした空気が巻きついてブルとなる。今朝はどんよりした雲が垂れていてスッキリしない。門の鍵を開けていると下に住んでいるガルシアがやってきて「犬に噛まれた傷はどうだ。あの犬は繋いでおいて方がいいのに。病院へは行ったか」と聞いてくる。「病院へ行って注射を打っている」と答えると「あぁ神様」と言ってから「ガビとは連絡を取っているのか。子供達は元気なのか」「彼らは元気だ」「あの家族と連絡が私はできないから困っていた、すると息子がヒデキに聞けばいいと言うので聞きにきたのだ。これはいい考えだと思う」犬の話はすっかりなくなりひとしきりガビちゃん一家のことを聞いて納得したのかアディオスと言って去って行った。

ここ2〜3日、スペイン語がうまく話せない。スランプらしきものがそっと背中に張り付いて会話の邪魔をしている。簡単な単語が出てこない、話している途中で言えるはずの言葉が詰まる。もどかしくて仕方がないが、こうしたことの後には少しうまくなるので気にすることはなくなった。たいていの場合新しい言い方や、新たに覚えなければいけない単語が出てくると頭の中の引き出しが閉まらなくなってとっちらかってしまう感じ。今回は何か新しい単語を覚えたのかしらと思い返してみると、どうやら泊まっているお客さんにスペイン語を2時間ほど教えてあげたことがいけなかったらしいと思い当たる。
普段はまったく考えずに使っている言葉をどんな時に使うのか、どう使うのか、この言い方とあの言い方はどう違うのか、使い分けているのかと矢継ぎ早に質問されたのでいちいち日本語で考えなくてはいけなくなって、そうなると一旦、英語に置き換えて、それを日本語で説明するから引き出しが閉まらなくなってしまったのだ。
日本語でだって「あ、そう」「それで」「そうだよ」「でしょ」といった言葉を説明するのは難しいのだ。

新しい文法はもはやないけれど、苦手な言い回しや、あまり使わない言い方は自分のものになるまで時間がかかる。こうなるともはや学校ではなくてひたすら日常で使い込むしか道はない。それに言いたいことが言えるようになってくると必要な単語が増えて来てこれまた覚えるまでに時間がかかる。不思議と1発で覚えてしまう単語もあれば、何回使っても覚えられない単語もある。「あ〜あれなんだっけ、もう少し、そこにあるのに」とじれったくて仕方ないが、次の瞬間にポンと現れる単語もあれば、霧のかなたに消え去ってしまう薄情者もいて、思うに任せない。決まってそれは必要な時にやって来て、僕を困らせるのである。

スペイン語学校に通う旅人もまた苦労している。2週間あれば旅に必要な会話はできるようになるのだけれど、それが何かがわからないで通っている人が多いので上達を感じられないようだ。僕は英語ができる人には自分が普段つかっている動詞を先生に渡して仕舞えば余計な勉強をしなくて済むと言っているのだけれど、未だ嘗てそれをした生徒さんはいない。すでに英語を話せる人は3000語から6000語ほどの単語を知っているのだ。でも実際つかっている単語はおそらく1500語もないであろう。スペイン語圏の若者は日常80ほどの単語しかつかっていないという記事を読んだことがある。となれば日本人であれば早い人なら1日で覚えてしまえる数だ。

旅で使う単語の代表は
have want need can how whatの6個があれば事足りる。
これに必要な名詞をくっつけてしまえばとりあえずは事足りるのだ。
切符、部屋、肉、魚、野菜、お湯、観光会社、バス、飛行機、電車、タクシーを英語で言えない人はいないだろう。これに、いくら、どのくらい、どこ、なにの疑問詞、行く、泊まる、食べる、飲む、見るの動詞があれば事足りてしまう。

実はほとんどの人は、旅先で知り合った人と会話を楽しみたいと思っていて、話せるようになりたいのだと思う。そんな時、自分が使う質問、言い回し、話題について考えればそんなに必要な言葉は多くない。問題は相手が話していることが聞き取れないということに気がついていない人が少なくないこと。道を聞くことができても、その答えを聞き取れないから困っているのではないのか、質問に対する答えが予想外に長くて、しかも余計なことまで言われるのでちんぷんかんぷんになってしまうのではないだろうか、言っていることはなんとなくわかるけど、勘違いも多くて、あとでなんだとなる経験があるのだと思う。

これの解決法はただ一つ、聞いて聞いて聞きまくり、わからない単語を見つけること。それさえわかってしまえばあっさりと解決するのだ。これは文法をいくらやっても遠回り。店に行き物の名前を聞きまくり、レストランで注文し、街中で道を聞くしかない。「今なんて言ったの」「その意味はなに」「ここに書いて」「もう一度言って」と言えればすんなり解決。次回は理解できるようになっている。最初の1週間でこれを覚えて、あとは町に出て話しまくっているうちに、一つ一つ単語が増えて耳から入った単語が口からで始めればもう話せているのだということに気がついてもらいたい。 僕がつかっている質問はほとんど「Que」の一言。これに「デ」「パラ」「ア」「ポル」「コン」をつけて聞いてしまう。文法もへったくれもない。「そうなんだ」「本当に?」「そうだよ」と言った合いの手を打つような言葉を使っておしまい。「私はそれの意味がわかりません。もう一度言ってくださいますか?」などと日本語ですら聞かない。「えっ?なに?もう一度お願い」と言っている。ここに主語もなければ敬語もない。さらに言えば、ここでは僕らは外国人だから多少下手くそでも相手は理解してくれる。「わからない、もう一度言え」と言ったって相手は気を悪くするはずもないのだ。

とは言え、初めての言語を学ぶ気持ちもよくわかる。語学学校に行って基礎を学ぶことはいいとっかりとなる。学校で体系的に多くのインフォメーションを受け取ることはとてもいいこと。覚えなくても大丈夫。繰り返し繰り返し同じ言葉を聞くことになるので自然に耳に残って理解できるようになる。ヨーダも言っていた。Don’t think… feel…
考えるな感じるのだ。ブルースリーも言っていた有名な言葉。またAnger… fear…shy. The dark side of the language are they.
怒り、恐れ、恥ずかさこそが言語の暗黒面だ。くれぐれもダークサイドに落ちることなかれ。

これから留学する旅人が増え始めるサンペドロ。いい先生を捕まえたいなら少し早めに来られた方がよろし。人気の先生から埋まって行くのは世の常。短期であれば尚更のこと。そして大切なお金の話。もし費用対効果を高めたいのであれば数千円をケチることなかれ。これから先の旅で使う言語であれば尚更。2週間でその差は歴然と出ていますよ。

ある日 グアテマラシティーへ

朝、2時過ぎに起きる。昨夜ガスを切らしてしまい湯が沸かせないので電子レンジで水を温めコーヒーを入れる。
2時半過ぎに家をでる。教会前のバス乗り場に向かう。人もいない。バス乗り場には3〜4人の女衆。バスの時間を聞く「今日は3時のはずだけどまだ来ない。きっと3時半だ、どこまで行くのだ」僕は「カピタルだ」と答える。カピタルはキャピタルのこと。この辺りではグアテマラシティーのことをカピタルト言う。女は「あ〜ん」と答えた。あ〜んはこの辺りの女衆が合点が行った時に言う口癖。

出発してすぐ、もう少しで別のバスにぶつかりそうになる。運転手が身を乗り出して口論している。どうやら相手のバスの運転手は3時のバスの運転手らしい。寝坊したのだ。こちらの運転手から戻れと言われてうなだれていた。きっとしらを切ってシティーに向かってしまえばわからないとでも思ったのであろう。

途中で夜が明ける。昨夜作っておいたおにぎりをだし、一緒にグアテマラに向かうナギサちゃんにあげる。なぎさちゃんは急に来て急に帰ることになったお客さん。シティーに一人で行くのが怖いので一緒に付いて来た。コーヒーを飲もうとカバンに触ると濡れている。ボトルから漏れていてズボンにまでしみておしっこを漏らしたようになってしまった。

僕はイミグレに、ナギサちゃんはスタバへと向かう。イミグレで用を済ませ。タクシーに乗る。運転手は子供の時にお父さんが出て行ってしまい。きちんとした教育を受けることができなかった。だからタクシーの運転手をしているけれど自分の子供には教育を受けさせたいと言う。たいていこう言う場合は料金が高くなる。案の定倍の金額を言われてしまった。普通は35ケツだと言っても後に引かない。めんどくさいので「お前さんの作り話代だよ」と言って払う。

スタバへ行くとナギサちゃんはまだ待っていてくれて一緒にコーヒーを飲んだ。いい時間なので早々に引き上げる。韓国食材やで米、みそ、コチュジャン、ラーメン、餅粉を買う。ズシリと重い荷物を抱え
バスへと急ぐ。帰りのバスに乗り込むと大渋滞。すると運転手は脇道へそれて砂利道を行く。バスは上下左右に激しく揺れて客もポンポンと鶏のように跳ねている。なるほどチキンバスと言うわけだ。一つ手前の村までつくと今日はここまでだと言う。終点まで行く行かないも運転手が決められるこの交通機関はいかにもグアテマラらしい。