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日々雑思 停電 独立記念日 他

昔、先輩にマッサージを頼まれ散々な目にあったけれども、人の身体がわかるようになった。不思議なことにわかるのは右手だけで左手ではとんとわからない。タイでマッサージを受け、その効果に驚き、仲良くなったマッサージの女にずいぶんと教えてもらった。これまで何人かに頼まれ施したことがあって、してやると喜ばれてきたので悪くもないのだろう。50肩に悩む友人の母親がくるようになって2週間程経った。当初は目から涙が溢れるほど痛がっていたが此の所ずいぶんと良くなってきた。夜も寝れると言う。家事も出来るようになってきた。揉まれている間もリラックスしていてよい。

「金を払いたいがどうだ」
「ワシは座頭金ではない。目も暗くない。琵琶も弾かなければ、按摩でもないので金はいらん」
「でも、お前はずいぶんと働いている。手も痛かろう」
「お前は友達の母親なので特別だ、お前らは何故なんで金で済まそうとするのだ。人がたまにほどこす親切は素直に受ければよい。そもそも病院に行けないからここに来ているのであろう」
「これまで二つの病院へ行った。どちらでも写真を撮ったが良くならない。先生は色々言うがなにもよくならなかった。でもお前は写真も撮らなければ、なにも余計なことを話さない。妻も最初は痛がっていたが最近は少しの痛みだけだと言う。夜もよく寝ている。礼がしたい」
「礼なら毎回お前ら2人が言っている、十分だ。今日は終わった帰れ」

二日後、茶碗2つとコーヒー1袋が入った小さな袋を持って現れる。その小さな袋もやると言う。ありがたくいただく。共に安物。可愛らしいがすぐに割れてしまう茶碗。メルカドの安コーヒー。けれど気持ちがそこにはあった。旦那の方は漁師で朝だけ漁に出ている。毎日ではない。その他の日は山に行っていると言う。薪集めか畑でても働いているのかもしれない。稼ぎも多くはないのだろう。午後はキリスト教の本の研究をしているという。妻がマッサージを受けている間ずっと本を読んでいる。時に質問をしてくる。時にスペイン語を教えてくれる。妻が呻くと痛いかと聞いている。仲のいい夫婦なのだ。

妻の肩はまだ痼があり、いくばくかの時間がかかるかもしれない。それでもずいぶんと良くなってきているので、ストレッチとリハビリの方法を教える。次からは三日おきに来るがよい、痛みは当分残るが大丈夫だ。良くなるので心配するなと伝えた。

先日、彼らの家の近くで知らない女から声をかけられる。「お前がマッサージをしている日本人か」「そうだ」「彼女はずいぶんと喜んでいる。お前の仕事か」「仕事ではない」「では、何故できるのだ医者か」「医者でもないが、ここの医者よりはマシだ」「いくらだ」「金はとらん」「わたしにもしてくれるのか」「お前にはしてやらん」「何故だ」「お前は友達ではないからだ」「いくらならしてくれるのだ」「1時間200ケツならしてやる」「ススッ」「そうだ、アディオスアミーガ」
善い行いも悪い行いも自分で決めるのか肝心。人がどう思うかなどどうでもいいのだ。こちらがどんな人間かは勝手に決めれば良い。自分は自分なのだ。いちいち人の想像に左右されているのはめんどくさいしガラでもない。

停電
夜になり雷が鳴り出す。夕食をとっていると停電となった。いったんは復旧したがまた直ぐに消えた。これは明日の朝まではダメだなと思った。ろうそくを廊下に置くと宿の形にぼんやりとした明かりが立った。停電は久しぶり。僕は停電が嫌いではない。村がしんと静まり返り普段聴こえてこない人の話し声が遠くに聞こえる。子供達のはしゃぐ声、ろうそくを灯し各家から漏れる静かな灯火。山極が暗闇の中に浮かび上がり、路は野良犬たちの天下となる。あちらこちらで吠える声が上がり、悲鳴も上がる。
雨が上がり、ぽちゃぽちゃと水がたれる音がする。家の裏で生まれたばかりの子猫の声は消えていた。夕方、カフェと散歩に出かけた時、どこに居るのかと探したが声は聞こえるけれども見つけることはできなかった。先程の激しい雷雨に打たれ凍えてしまったのであろうか。対岸の村には電気がついているのでこのあたりだけが停電なのかもしれない。やる事がなくなり早々に寝る。

独立記念日
独立記念日となる。あまりいつもと変わらない。いつも湖端で練習している学生たちが晴着で楽団となり道を行く。太鼓をたたく者、ラッパを吹く者、ジャカジャカとなる大根おろし器のような楽器を鳴らす者、踊る者が皆そろって練り歩く。村人は足を止め、道を開ける。村を巡って広場に集合した他の楽団も一様にやり遂げたような顔をして並んだ。女中のスセリーも参加した。汽車のハリボテの中担当。途中でハリボテの汽車が壊れ恥ずかしかったと言っていた。壊れたハリボテを道端に捨てたので先生からえらいこと叱られ、ひらいに行かされた。重くて嫌だったと少し拗ねていた。

中米の独立記念日はどの国も一緒の日だという。スペインから揃って独立したのだ。植民地のままでいれば今頃スペインとしてやっていけたろうにと思ってしまうのだけれど、きっと自分で出来ると思い込んで言い張る子供のように駄々をこねたのだ。挙句貧乏な国となってしまい、アメリカに不法就労などをしに行くことをよしとするようになってしまった。どうせ独立するのであれば一つにまとまってもよかったのではないかしらと思うのだけれど、自分だけが儲けたいと思った輩が6〜7人いたのだろう。勝手気儘に国を立ち上げてしまった。烏合の衆となり益々まとまりがなくなってしまった。

さぞ、色々なイベントでもあるのかと思っていたが、昼過ぎにはすべて終わってしまい、午後はいつもと変わらない休日となった。

夕方からサンマルコスのレストランへ手伝いに行く。80本ばかり寿司を巻いてくれと頼まれた。よほど人手が足りなくなると声がかかる。客を連れて行けば夕食の支度をせずに済むのだけれど、客が行かなかったり、宿で食事がしたいと言えば戻って作る。今回は戻らなくてはいけない。寿司は2人で巻いたので2時間程で終わる。最後に全部入りの特別巻きをこしらえて1本頬張る。東を向いて笑って食べるようなことはしない。ボート乗り場へと急ぐ途中、女の子が赤ん坊に乳を吸われて痛ーいと叫んでいる。遊び半分で自分の乳を吸わせたら思いの外力強くて驚いてしまったのだろう。隣で見ていた弟はケラケラと笑い転げている。グアテマラの子供は親の手伝いをよくするという。そういえば小さな子供が文句一つ言わずに手伝っているのを見かけることが多い。子供がやりたいと言った時にやらせてやる。失敗しても叱らない。次もやらせるのだという。
桟橋に子供が2人、客の呼び込みをやっている。大きな方が着ているTシャツに東京と漢字で書いてある。「パナか?」「サンペドロだ」「どこから来た」「東京だ、日本だ、お前のシャツに書いてある場所から来たのだ」「お前はこの字が書けるのか」「簡単だ」「スペイン語をどこで習った」「ここだチャ」チャというのはこの辺りの方言のようなもので他にもチ、ニシなどと語尾につけると地元感が強くなる。それを聞いて何者かを直ぐに理解したようだ。ボート代は地元価格になった。通常、客と乗るときは観光客価格を払うのだけれど一人で乗るときは地元価格しか払わない。
急ぎ宿に戻り夕食を準備する。

日々雑思 Bentoをつくる他

アナは土日にやってくる女中。向こうに住んでいる。以前姉の方が働いていたが、めんどくさがり屋で箸にも棒にもかからないおバカぶりだった。姉はまるで公衆便所のような女に成り下がり、取っ替え引っ替えオトコを漁っている。化粧もめっきり濃くなった。安物を使うのでたまに瞼が晴れ上がり益々安っぽい女に見える。夜な夜な家からほど近い小径で情事に及ぶので妹も呆れている。アナは姉とはまるで違い、勤勉で仕事も誠実にこなす。きっと姉がカスを一身に背負っていってくれたので、良いところだけが残ったのだろう。一度理解すればキチンと出来る珍しいタイプ。スセリーとは違い器量はないが可愛らしい。
ある日、「学校の課題で香水を作ることにした。ヒデキ、バラのエッセンスを売っているところを知らないか」と言うので旅行者通りにある自然食品の店に連れて行く。値段を聞いて驚いている。翌週「アレは高すぎて無理なので料理を作ることにした」と言っている。嫌な予感しかしないので無視していると「ヒデキ手伝ってくれ」と単刀直入に切り込んできた。「何が作りたいのだ」と答えてしまいまんまと罠にかかった。大抵の場合、罠にかかった虫は蜘蛛の糸に絡め取られて汁を吸われてカピカピにされてから捨てられるか、食べられてしまうことに決まっている。もうダメだと諦めた。スパゲティ、寿司、中華、マカロニサラダ、弁当を提案する。弁当にいたく興味を示している。「弁当がいい」と言う。「友達を隣村から呼ぶがいいか」と聞き、連絡をしている。「ヒデキ、友達が怖いから来れないと言っている」「外国人の家に来るのは怖いのだろう」「違うよ、人さらいが出るから怖いのだと言ってる」「どこで?ゲートが出来てからいなくなったのであろう」「隣村とそのまた隣村の間の道で2人さらわれた」「ここと隣村の間は大丈夫であろう」「私も毎日学校に行っているから大丈夫だと言っている、とにかく迎えに行ってくる」と言って出ていった。しばらくすると2人が現れた。

メニュー
牛そぼろご飯
鶏の照り焼き
ブロッコリーのマスタードマヨネーズ和え
粉ふきいもカレー風味
ほうれん草の胡麻和え
ピーマン、ソーセージ、ズッキーニのケチャップ炒め
ゆで卵

出来上がった物を試食する。「どうだ」「美味い」「なにか意見はあるか」「ない、これでいい。食べたことがないものしかない、きれいだ。コレを売ったら幾らでうる?」「誰にだ?」「ツーリストに」「50だ」「グアテマラ人には売るのか」「お前らには売らん」「なぜだ」「買えぬであろう、半額で売っても儲からんからお前らには売らぬ」
「他の仲間とも相談するので待ってくれ」と言う。「コレはお前らの課題であるのだから次回は指図はするが手は出さん。よく相談しろ。今日はタダで良い、帰れ」

親身になるとつけこんでくるので適度に突き放しておくことを既に学んであるので、良い人にはならない。アイツのコラソン(心)は黒いと言われているくらいでよろし。

所用でグアテマラシティへ出かける。今回はやたらと文字が目に飛び込んでくる。意味は忘れてしまったけれど一度聞いたことがあるもの。既に意味はわかっているが、こうして使うのかと感心させられるものが次々と焼き付いていくのが面白くてキョロキョロとしてしまう。やはり都会は文字で溢れているのだ。サンペドロにあるのは教会のスローガンばかりで面白みに欠ける。スペイン語に触れるということはこうした雑多な環境にあった方がいいのだと改めて思う。陸橋に書かれた高さ制限の文字、ファストフード店の客寄せの文字、役所のインフォメーション、バスの広告全てが新鮮であるけれど、なぜか外国にあることを感じさせない。タクシーに乗る。運転手との雑談もおきまりのことではあるけれど、話すスピードも気にならない。ぽんぽんと小気味よく会話ができるのであっという間に目的地についてしまった。先日きみちゃんから映画やドラマを2倍速で見るといいと聞いた。試しにレゲトンの曲を2倍速で聞いてみた。もちろん口は追いつかないのだけれど耳はしっかりと聞き取っていることに気がついた。バスの中でもイヤホンで曲をかけながら声を出さずに口ずさんでいると、となりにいるカップルがスマホに流れるビデオと見比べてこの外人歌えてるとちょっと驚いていた。いつものように乗ってくる物売り達の口上もこれまでとは違うように聞こえているので益々楽しい。果たして2倍速再生の成果なのかわからない。けれども新しいメソッドを手に入れたと喜ぶ。

マクドナルドに入る。今時のマクドナルドは注文すらカウンターでしなくてもいいようになっていてカウンター近くのモニターをタッチするだけで済んでしまうのに驚く。店員が哀れな外人を助けようと英語で話しかけてくる。スペイン語でどう使うのだと聞くと、すぐに切り替えてスペイン語で説明しだす。
「好きなものを選べ」
「どう選べはよいのだ」
「画面に触ればよい」
「コレはなんだ」
「野菜入りのスクランブルエッグとチーズとふにゃほら」
「値段がわからないではないか」
「こうするとわかるのだ」
「なるほど便利だな」
「コーヒーの大きさを選べ」
「どれほどの大きさなのだ」
「これこれしかじかになっておる」
「なるほどコレでよい、これで全部だ」
「では、ここを押せ、もう一度、もう一度」
とやりとりを終えるとレジで金を払えと案内された。初めて見る注文用機械に感心していたが、自分がまるで日本と同じ感覚で話していることに気がついた。

少しはやく用事が済んだので今回は早めに帰路に着いた。バスから見る車窓はまだ日が高く明るいのでよく見渡すことが出来る。高原に上がると一面にトウモロコシ畑が広がった。どこか間が抜けているように見えるのはアメリカの畑を見てしまったから。どこまでも手作業で行う農業とはこうしたものなのだと改めて感じる。機械はあるにはあるけれど、小さい。この広い土地にはあまりに非力なのだけれど、ないよりマシなのだ。次々と目に映る景色は新鮮で、知らないことが沢山あるのが嬉しい。標高2500を過ぎるあたりから人々のほっぺに赤みが増す。まるで違う民族を見ているような気になる。こうした所に住んでいる人々の笑顔はかわいい。あぁした笑顔になるには高い代償を払わなければいけないのだ。だからあの笑顔はいらない。

二日後、この村のチキンバスの運転手がシティーで撃ち殺された。バイクの一団に寄ってたかって撃たれた。他にも客と車掌が怪我をして病院送りとなった。死んだ運転手は近所の人。なぜ殺されたかと言うとみかじめ料を払わなかったから。通常こうしたバスの運転手はマフィアにお金を払って安全を買っている。たまに払わない者がいるとこうして殺されてしまう。大体、週に150ケツアルほど払えばよい。2000円くらいか。安いのだか高いのだかわからないが、ここでの人の命はそのくらいの値段なのだ。マフィアからすれば払わない者がいて皆が真似すると困ってしまう。次々と払わない者が出て来ては暮らしていけないので殺して見せしめにする。そうすれば他の者はおとなしく払う。サンペドロの者が殺されてしまったのは初めてだと声をひそめるように水屋のセニョールが教えてくれた。
良いも悪くもない。ここではそういうものなのだ。やった者は今頃教会で懺悔をして、胸をなで下ろしているに違いない。やられた者の家族もまた教会で天国へ行けるように祈って諦める。怪我をした者の家族もまた神に無事を感謝しているのだ。ただそれだけの事。折しも明後日は独立記念日。こうした祭り事が近くなるときは用心に越した事がない。もう一度グアテマラシティーへ行かなければならないので気が重い。次回は運転手の後ろに座るのはやめるか、みかじめ料を払っているか聞いてから決めることにする。

日々雑思 ねこ いぬ アルファ米とサバ缶と

ねこ
ある日、突然、気がついた。猫の顔は思っていたよりも平らなものなのだ。鞠のようであり、そこに耳をのせたら猫になる。ずっと犬の様に口元が飛びだしているのだと思っていた。口も小さい。歯も細い。犬のようにポリポリと骨を食べる事できなさそうにしか見えない。身体は柔らかく、よく伸びる。指で押すと体の中に飲み込まれ、向こう側を触れるのではないかと試してみたくなる。手足も普段は短いけれども伸すとどこまでも長くなり、見た目が可笑しくてバランスがよくない。尻尾もまた犬とは違い滑らかに良く動く。尾の先だけも動かせるし、付け根からちから強く動かすこともできる。猫の尻尾で機嫌が分かると言うけれど、そもそもケダモノの機嫌などとるような事をしないので、そんなことで一喜一憂する訳も無い。

産まれたばかりの時からうちに来て住んでいる猫は、そんな風に思われていると知ってか知らずか大人しく悪さもあまりしない。叱られると良く憶え、わがままを言わずに我慢している。犬のカフェもくっつかれるのは絶対に許さない。一定の距離を必ず守るように猫に言って聞かせているのだきっと。カフェのご飯に手を出したりすれば容赦なくやられてしまう。猫の頭がスッポリとカフェの口の中に入ってしまうほどガブリとやられてしまう。腰を抜かしたように後ずさって物陰からジッと物欲しそうにしている姿が乞食女のようであさましい。

あまりのあしらわれように、客がくるとまるで自分が猫である事を思い出したように媚び諂い、ぴったりと寄り添って可愛いがってもらっている。すっかりと寛ぎ、ひとときの幸せを感じているかのようだ。
そうした油断をしているので夜寝る前の用足しを忘れ、ベッドの上でふん尿を垂れ流してしまうのだ。風呂から戻って部屋に入ると、いままさに用を足そうとしている猫と目が合う。じっとこちらを見ながらヨタヨタと前進しつつ下痢便を垂れ流し、前脚でかきむしっている。悪臭が漂い。布団が糞まみれとなった。バカ猫め。

いぬ
カフェはよほど気に入った客としか出かけない。何が基準となっているのか皆目見当もつかないが、何かあるのであろう。最近のお気に入りはキミちゃん。スペイン語学校に通っている。ズンバ部のメンバー。カフェはキミちゃんのことがいたくお気に入りのようでどこへでも付いていく。ところがキミちゃんはケダモノがあまり好きではない。「一緒は嫌だ」と言っているがカフェはどこ吹く風で付いていく。カフェは道案内をするつもりで先に立って歩いて行く。自分のお気に入りの道を行こうと先に曲がる。するとキミちゃんは反対側に曲がってしまう。するとカフェは戻ってキミちゃんにピッタリと寄り添うように歩くように気をつけた。ある日、いつものように学校に行く。キミちゃんは対岸の村に学校が終わってからいくことにしていたのでカフェもやる気満々でボート乗り場に行ったけれども、おいていかれてしまった。そんな事であろうと後からカフェを桟橋に迎えに行った。果たしてカフェは桟橋にちょこんと座ってキミちゃんを待っていた。後ろから声をかけると喜んでいる。ボートの兄ちゃんたちも「この犬は賢い」と褒めていた。

昨日、いつものようにカフェは出掛けたが、しばらくしてスセリーと戻ってきた。どうしたのだと声をかけると、片方の目から涙がこぼれた。キミちゃんに振られたなとすぐにわかる。しょんぼりとうなだれているので、かわいそうになった。スセリーに宿を頼み、湖に散歩に出かけた。嬉しそうに走りまわり、いつもより長く泳いで気が晴れたのか帰ると寝てしまった。帰ってきたキミちゃんは「嫌いじゃないけどキミじゃないんだ」とケロリと言っている。カフェに「世の中の女はキミちゃんだけじゃない、きっと他にいい女がいるのだからそれにしろ、悪いことは言わないからあの女は諦めるのだ」と諭す。夜の餌に肉をたくさんあげた。

アルファ米とサバ缶と
”尾西食品は安心と思いがけない幸せを提供します。”さすがと思わせるこのフレーズは日本の食品メーカー尾西食品株式会社のもの。災害時やアウトドアでおいしいご飯を食べられるように乾燥米を売っている。以前泊まったお客さんから貰ったものを食べる。山菜おこわと書いてある。この味をすでに知っていたので、特段なにもワクワクしたりせずにお湯を入れて15分程待ち食べた。一口。瞬間、思いがけない幸せを感じてしまう。”これってこんなに美味しかったのだ”と驚いた。まさに日本の山菜ご飯であった。まじまじをパックの中を覗く、どう贔屓目に見てもうちで炊く米より断然おいしい。カリフォルニア米を圧力鍋で炊くよりまったくおいしい。こんなのが毎日食べられるのであればこれで暮らしていけると心底思った。不謹慎を承知で言えば、災害時に乾燥米ではとグチをこぼす被災者はいったい普段何を食べているのであろうか、よほど美味しいものを食べているのか、一度御所版に預かりたいものだと思ってしまった。外国に出て4年、日本の味をすっかり忘れてしまったのだ。

サバ缶をもらう。客に「サバ缶を出したいのだけれど良いか」ときく。客も日本を離れ3年以上が過ぎている人であったので喜んでくれている。さらに「調理をせずに食べたいのだけれど良いか」僕はオリジナルで食べたいと申し出る。そうしようと話がまとまった。
ご飯を炊き、サバ缶を温める。缶の中にある汁までしっかりと出し切って皿にもる。ホウレンソウを添えてうやうやと口に運んだ。体から力が抜けた。美味しいのだ。とても美味しい。グアテマラでは食べものを食べておいしいと感じることはほぼ無い。自分の作る料理にしても同じで、いくら頑張ったとしても日本で作った自分の料理には到底及ばない。敗北感が押し寄せた。どんなに丁寧に作った料理でもこのサバ缶一つに敵わない。宿をはじめてから食べて来たものの中で一番おいしい。客と二人で汁まですべて平らげてしまった。「食とはこうあるべきなのだよ」とサバ缶に言われた気がした。そしてこれまでご飯がおいしいと言われて来たのは全て世辞であったのだと悟る。おいしいというのはこういう事なのだとこの歳になって初めてわかった気がした。

食後、捨てたサバ缶をゴミ箱から拾い、まじまじと見る。いまだに芳醇な香りを発するその缶はすでに役割を終えてしまってはいるけれど僕が忘れてしまった大切な何かを失う事なく保っていた。今の僕なら羽田空港のトイレで暮らせるであろう。なんの躊躇も無く寝起きし、なんならウォシュレットでうがいをする事だってできそうだ。便器の蓋で調理をしたとしてもここで作る食事よりもっと美味しくできそうだ。それほどまでに尾西の乾燥米とサバ缶は素晴らしかった。日本のクオリティーは別次元なのだ。海外での暮らしに慣れすぎてしまった。きっと日本人らしさは日々削り取られてしまって僕自身が道端に捨てられた空き缶やパックのように干からび、錆びつき、犬にも見向きもされない物体へと変わり果ててしまった。以前のような輝きを失ってしまったのだ。少し悲しい。

日々雑思 暇に任せて

この時期は暇で客がいない。11月までひたすら我慢の月が続く。雨季がいけない。雨季は観光客を遠ざけるのだ。でもサンペドロはいつも午前中は快晴になるのでいい。客もいないのでやりたい事をするのだ。暇だけれども忙しいふりをしていればここでの生活は楽しいものになる。

Zumbaを始める
客の女の子からzumbaに行こうと誘われる。以前から宿泊している客に紹介してはいたのだけれど自分がやることになるとは思いもしなかった。月水木の週3回で1ヶ月Q25は安い。金曜は別料金でQ5なのでこちらも行くことに決めた。

村役場の2階に夜8時に行くと、コロコロと太った女衆が集まっていて男は僕ひとり。恥ずかしいもなにも無いので見よう見まねで踊りだす。なかなか難しく笑ってしまう。宿を始めてから、こうして出かけるコトがすっかりなくなってしまったから気晴らしにいい。

ひと月真面目に通うと、だいぶ踊りについていけるようになった。女衆も優しい。ある日、行くとなかなか始まらない。どうしたのだと聞くと「スピーカーのコードがないので音楽がながせない」と困っている。「誰かが持って行ってしまった。こうしたことはたまに起きるので悲しい」と嘆いている。差し込み口を見てから近くのプロジェクターのコードが使えそうなので試しにさして見る。今度は「コンセントの差し込み口の形が違う。これではダメだ」というので、館内を見渡すとはじの方の壁にコンセントを見つける。「あそこまで届かない」というのでスピーカーを運んでさすと電源が入った。途端に全員が笑顔になり「いい仕事をしてくれた。お前はすごい」と口々に賞賛される。この程度のことは誰でもできるのだ。嬉々として踊る女衆が可愛らしく見えた。

踊っていると村の男衆が代わる代わる見にやって来る。アジアから来たおっさんが踊っているのを見て笑っている。この村の男衆は情けないくせにプライドだけは高いのでこうした踊りはできないのだ。先生になぜ男衆はやってこないのだと聞いても知らないと言うばかりで、はなから来ないものだと決めつけている。帰り道で知り合いに「踊っているのか」と聞かれる。「踊っている」とだけ答えると「いいな、健康になる」と言ったので「そうだ歌って踊れるおっさんを目指しているのだ」と得意に答えてやった。「歌えるのか」と聞くので「女中に習っている。歌える」と答えると「何曲歌えるのだ」というので「いまではたくさん歌える」と答える。電気屋のスピーカーから流れて来るレゲトンを口ずさんでやると驚いていた。女中のスセリーも見にきた。翌日「踊っていたな」と言うので「見たな」と言ってやる。スセリーは本当は踊りたいのだけれどエバンヘリコなので教義として踊らないことになっているからできないのだ。

ある日、行くと「今日は先生が急に休んだからできない。また明日こい」と言う。翌日先生からメッセージを送りたいから電話番号を教えろと言われる。教えると 「SNSのグループもあるが入るか、でもみんながすごく書き込みをするので大変でめんどくさい」と言われたので「考えておく」と返事をする。この村にはたくさんのグループがあってその情報伝達力は驚くべきものがある。彼らに秘密などないのだ。全てがお見通しになってしまっていて、この村ではそうしたことに慣れなければいけない。スペイン語学校の先生も若い子たちも皆グループを持っている。彼らはどんな輩がいるか、めんどくさい奴がいるかなどぜーんぶ承知なのだ。たまに僕のところにだけそっと言ってくれるのはある種の警告なのかもしれない。

せっかく始めたzumba。こうしたことは真面目に続けなければいけない。サボってはいけない。3ヶ月は黙って踊るのだと言い聞かせる。

レゲトンを歌う
気に入ったレゲトンを歌う練習をする。レゲトンとはラテンの歌謡曲のようなもので若い人たちに人気がある。流行りの曲は聴かない日がないほどどこかで流れていて、たまにうんざりすることもある。Zumbaでも使うので覚えておいて損はないのだ。レゲトンはとにかく速い、なかなか追いつけないのだけれど歌えるようになるとお客が驚く、グアテマラ人も驚く、自分も驚く。歌えるようになった曲、練習中の曲。
Azukita
Bailame
Sin Pijama
MI Medicina
Robarte Un Beso
Me Voy Enamorando
Criminal
Bailando
Echame La Culpa
Despacito
Me Niego
Mi cama
Nena Maldicion
Deja Vu
Te Bote Remix
Vaina Loca
Si Tu Vuelves
目についた片端から歌いまくる。速くて歌えないものあるけれど、毎日練習していると不思議と歌えるようになる。歌えるようになると聞けるようになる。歌の意味などどうでも良い、歌っているうちにわかるようになる。単語の意味などもうどうでもよくなって来ている。スペイン語で理解していれば他言語での訳などどうでも良いのだ。スセリーが「これは聞いたか?最近出たのだ」「聞いた、でも難しい」「そんなことはないヒデキはもう歌える、歌え!」「わかった歌う」翌日「練習したか」「まだしていない」「忙しかったのか」「忙しくないがやっていない」「・・・」ブーと膨れられてしまう。スセリーが歌い出す。歌っている時の彼女の口元は生き物のように舌がよく動き滑らかに音が出てくる。じっと見ているとこちらに気が付き目でにっこりと笑う。

50肩
家庭教師のコンセプシオンが「お母さんが背中が痛いと言っている。痛くて痛くて眠れない。姉妹でマッサージ器を買ったがダメだ」と言う。話を聞くとどうやら50肩のようだ。「一度、見てやる、でも動かせない程痛かったら薬を飲んで待たなければならない」「いつ来てくれるのだ。明日はダメか」「明日なら良い、3時に行ってやる」

彼女の母親の年齢は57才だと言う。肩の状態を見る。ゴリゴリしている。動かせることはできるので1時間ほどマッサージをしてやった。50肩は時間もかかるし、なかなか治らない。理学療法や注射を使って痛みをとれば良いのだけれどここにはそんなものは無い。
「う〜ん」
「痛いか」
「ムーチョ」
「我慢できるか」
「できる」
「ここは痛いか」
「ムーチョ」
「ここもか」
「なぜ痛いところがわかるのだ」
「知らん、でも右の掌で触ると昔からわかるのだ、左手はバカなのかわからない」
「治せるのか」
「知らない、でもこれまでも治ったと言われてきたのでやるだけやってやる」
「親切だなヒデキ」
「そうか、なら我慢していろ」
1日おきに1時間、夕方になると旦那とやってくる。旦那は質問が多くていけない。日本語でなら説明出来るがスペイン語では単語すら知らないので、朝やってくる女中たちになんと言うのだと聞くが彼女たちもスペイン語ではわからん、ツトゥヒル語ならわかると言うのでそれを習う。ツトゥヒル語はこの地域だけで話されるマヤの原語でおそらく滅び行く言語の一つ。喋れるようになってもなんの役にも立たないのだけれど、もし話せるようになったら日本で履歴書に書いてやろうと思っている。

ブログを再開してたくさんの人からメッセージをもらいました。拙くなく内容のないこんな記事を読んでくださる方々にお礼を申し上げます。記事にできないことのほうが実は多いのだけれど。

日々雑思 居候、飯炊男、遠足にて

居候

レオが来て泊めてくれと言う。金がないんだが、その分手伝うからなんでも言ってくれと言う。
友人であり、家庭教師でもあり、演奏家でもあるが金がない。レオは生まれも育ちもよく教養もあるしグアテマラ人らしさがない。ただ金が稼げないので生きて行くのに難儀している。「何も言わなくともよい、泊まれ」それだけ言うとレオはモジモジしている。「飯か?」「それは大丈夫だ、考えなくていいのか?」「考える必要もない。泊まれ、いつからだ」「今日、あとで来る、ありがとう」

後でレオがやって来る。「掃除は自分でやれ、1週間に一度は必ずやれ、シーツも自分で変えろ、あとは好きにやれ」と伝えておしまい。レオはきょとりとしている。空いている部屋を貸してやり、ここにいる間に仕事を見つけ出ていけばよろし、人助けというほどのことはできないが、友人がくれば飯の一つも食わせてやりたいと常々思ってるのだ。

最近のこの宿はまるでテレビの安ドラマの舞台にでもなったかのようにいろいろあって、自分がてんてこ舞いになりながらもなんとかなっていく主人公にでもなったような気分。一度歯車が狂うと何もかもがうまくいかないように思えるけれど、実はそれが楽しかったりもするのだ。後で考えればそうなのだきっと。客もなく途方に暮れかけると1人やって来て、覚悟を決めると2人やって来る。役立たずの居候が1人くらいいても何も変わらないのだ。朝、スセリーが来る。「この男はお前の手下だ、好きに使ってよろし」と言うとレオは苦笑いし、スセリーは少し戸惑った顔をしている。いつものように、なにも変わらずに掃除を始めた。

飯炊男

客が「ここのメシは美味い、レストランをやれ」とほめる。このメシならもっと高くてもいいと言いつつ他のホテルへ引っ越して行く。メシだけ食べに来るがいいかと聞かれ、ダメとも言えず「よい」と答えると、さっさと出て行ってしまった。

客が「スペイン語をここで勉強するのはどうか」と言う。「アンティグア、シェラが安い。そちらでやればいいであろう」安いの一言でそれ以上は聞かないのでこちらもそれ以上は何も言わない。
学校をやめた先生が来て家庭教師をはじめるが場所を貸してくれと言う。空き部屋ばかりでも仕方がないので一階は貸しスペースへと変更することにした。部屋は3部屋となる。

噂で「あそこの3階は雰囲気が悪く行きにくいと皆が言っている」と聞く。何が悪いのかとんとわからない。泊まっている客に聞いてもわからないと言う。誰もいないのが不気味なのか、エレベーターがないので行きにくいのかと考えるが、わかりもしないのできっとそうなのだろう、今の人には合わないなにかがあるのだろうと諦めた。

宿の持ち主が惨状を聞きつけ、心配でやって来た。さぞ散らかしているのだろう、どうしようもない事をしでかしているのであろうと思って来たのだ。一通り様子を伺い、近所で聞き込んで帰って行った。部屋の鍵をまたもや持っていかれてしまう。なぜか皆部屋の鍵を持って行ってしまうので常に交換をしなければならない。なぜ持っていかれてしまうのであろうか。
それにしても客が来ないのは不徳の致すところ、さぞ人様に忌み嫌われる性格なのであろう。宿は人一倍キレイなのだから、原因は自分の心の汚れだ。

スペイン語だけははかどる。いつも勉強出来るので随分と良くなった気がする。本が読めるようになり。歌が歌えるようになった3曲を練習して2曲歌えるようになった。スセリーが教えてくれるのでとても楽しい。客に文法の事を聞かれ、嫌々説明すると「わかりやすい。ここで勉強がしたくなった、お前はやらないのか」と言われるが文法のことは日本語で説明しているのであって、スペイン語は一切喋っていないのだ。「お前の日本語はなかなかのものだ」とふた回りも違う若者に褒められる。まだ日本語は忘れず、人様に褒めていただけるだけましだと思うことにする。

遠足にて

パロポと言う遠い対岸の村へ行く。スセリーに同行してもらう。彼女も初めてだと言う。いつもとは違い洋服を来てやってきた。
パロポについてお土産屋の髪留めが気になっている様子だが小さいと言う。「お姉ちゃんは持っているが私には絶対に貸してくれない、とっても自分勝手だ」とボソリ。それではそれを探そうと村の中をくまなく回るがどれも小さいので、「パナハチェルで買おうか」と言うとコクリと頷いた。村は青に塗られ、大きなホテルもあり、思っていたよりはツーリスティクであったけれどスセリーとの小旅行だったのでそれは楽しかった。パナハチェルに戻り、髪留め、サンダル、シャンプーを買う。シャンプーは「テレビでやっていたものだ、ハチミツが入っていてきっとキレイになるのだ」としっかりとした目で説明をするので哀れとなり買う。カバンにシャンプーを入れると「お姉ちゃんはアボガドを塗っているのだ」と言う。8歳も歳が離れているのに対抗心を燃やしているのが微笑ましい。髪留めは茶色を選んだ、サイズも大きい、値段を聞いて「高い!」と文句を言っている。値切って20ケツアレスを15ケツアレスにする。すぐに髪に留めて使い出す。「もうお姉さんの事を悪く言ってはいけない」とさとすと素直にうなづいた。帰りがけにサンダルが目に付き、キラキラとした目で床にしゃがみ込んであれやこれやと手にとって履いている。「コレは底が天然ゴムだから丈夫でいいのだ。長く使えるのがいいものだ」と言う。「この焦げ茶はとてもよい」と言って幾らだと他の客を店員と間違えて聞いている。あっちのオジさんが店員だと言われ恥ずかしそうにしている。値段を聞いてうなだれる。かわいそうになり再び値段交渉。200ケツアレスを150ケツアレスにする。そこで「この値段は妥当かサンペドロでならいくらだ」とそっと聞くと「サンペドロなら250だ」と言うので「それならば買え」と言って金を渡してやった。お土産を入れたバックを機嫌良さそうに背負い、船着場へ向かう。こっちだと自信を持って反対方向へ行くのでついていく。「同級生と来た時は確かにこっちだった、でもわからなくなってしまった」と照れた笑いを浮かべ困惑している。迷子になり困っているところへスセリーに交際してくれと言っている男の子に気がつき僕の陰に隠れている。「とっても嫌なのに困る」とくっつくので、父親になったような気持ちになって元来た道をボート乗り場へ向かった。

日々雑思 季節が変わり始めて

雨季

夕方から雲行きが怪しくなる。裏山の火山に雲が垂れ込めゴロゴロと雷が鳴り出す。カフェを散歩に連れて行く。今日は少し長い散歩をしてやろうと決めていた。客がどっと去って夕食の支度に手間がかからないから。

村の中心へ向かう。売店に寄りパンを買う12ケツアル。20ケツアルを出すとレジの娘に2ケツアルはあるかと聞かれる。「ナイいつもゴメン今度は用意する」といい8ケツアルを受け取る。いつもいる白人が幸運をと言ってきた。どうしたのだと聞くと明日、カナダへ帰ると言う。お前もなと答えて店を出た。ここに住む外国人は自国とこの国を行ったり来たりしながら暮らしている者が多い。いよいよ雨季がやってくるのだ。だから彼らは自国で悠々と温かな日々を送るつもりなのだ。

坂を下る。カフェはいつも行くフライドチキン屋に行きたくて坂の上でこちらを見てなんでそっちに行くのだ、まだ食べておらんであろうがと恨めしそうにこちらを見ているが、こちらがしゃがんで手を出すと笑ったような顔になりストトとかけってやってくる。そのまま湖に出て湖畔を歩いて行く。カフェは前に歩き、時々こちらを振り返りながら嬉しそうに歩いている。途中、お気に入りのドブに行こうとしたがNOというと素直に従った。
友人の新しく出来たホテルの前を通り過ぎ、岬を越えたところで雨が降り出す。洗濯をしていたおばさんがブラジャー一丁で頭に洗濯物を乗せるのを手伝ってくれというのでカゴを持ち上げた。おばさんが両の手を挙げた拍子にブラジャーがゆるみボロンとどデカイのがこぼれた。どははははと豪快に笑うおばさん。カゴのやり場がなくなり目だけがおばさんのそこに釘付けとなった。

雨がひどくなり湖畔のあばら屋に駆け込む。身体を洗いにきていた家族がいる。「どこから来たのだ」「日本からだ」「どの位ここにいるのだ」「2年だ」「これらかもいるのか」「わからない多分そうだ」「ここは穏やかだからな」「あぁグアテマラシテイとは全然違う」「そうだここは違う、ここが好きか」「まだ分からない、好きなところもあるし嫌いなところも沢山ある」「何が嫌いなのだ」「人だ、お前らの文化はわからない」

沖でボートに乗った漁師の若者が鳥を追いかけている。立ち上がりオールを器用にさばきながら追いかけるが、鳥は捕まらない程度に飛んでは若者をからかっているように見える。見ていた家族づれも笑い出した。もう少しのところで水の中にトプンと潜り少し先に出る。若者は急ぎそこに行くがまた潜られてしまう。若者の後ろの方にポッカリと浮き上がると、そのまま飛んで行ってしまったが若者は気がつかない。家族づれが行ってしまったと教えてやる。

雨が小止みとなったので戻ることにする。元来た道を行くと先程とは違った少し若い女が濡れて透けたシミーズのまま「そのパンはどこで買ったのだ」と聞いてくる。「村の真ん中だ」「くれ」「ダメだ」と言って立ち去る。いつもは砂だらけになる足も今日は雨で湿ってしまっていて歩きやすい。服が湿ってしまったので肌寒い。それでも傘をささずともなんともなくなっている事に気がついて、随分と変わるものだと思った。2年前は気になっていたのに。

宿に戻り食事の支度を始める。カフェがご飯をくれと足元に来る。濡れ犬の匂いがして「お前くさいぞ」とい言うと訳もわからずはしゃぎだした。長い散歩に満足したのだきっと。

もうすぐ雨季がやって来る。夕方になると決まって雨と雷がやってきてすべてを洗い流してくれる。暑さも、ゴミも、犬のフンもみんな下に流れて行って、時々停電して真っ暗闇に包まれるのだ。僕はそれが嫌いではない。

スセリー

新しい女中さんとなったスセリー。15歳。僕にとって特別な存在の娘。まるで自分の子供のようにかわいい。彼女との出会いはこの村に来た最初の日。彼女はこの村で出来たはじめての友達。

姉のセシーの代わりに働きだした。なかなかまじめにやっている。まだおっかなびっくりで猫をかぶってはいるけれど、毎日彼女がやって来るのが楽しみの一つとなってしまった。
姉のセシーに比べればすべてが劣るけれども、嬉々として働く彼女の成長が何より嬉しい。コップを割り、出しっ放し、間違える、忘れると今のところいいとこ無しではある。掃除は仕事、その後に2人の朝食を作らせる。包丁の使い方から調味料の分量まで僕がやって見せる。あとはほったらかし。食べる段となり彼女は心配そうにこちらを見ている。黙っていると我慢できずに、ちょっと怖いと言う。どうしてと聞くと私のはまずいだろと言う。何が悪いのだと聞くとわからないと答える。「恐れなくてもいい、失敗しながら覚えていけばよい、お前の姉は鼻は良かったが舌はバカだった。お前はどうかな」と言うとニッコリ笑って食べだした。

パンを焼いている時、火傷をしたらしく、ゆびの付け根を口にくわえている。「どうした火傷か」「なんでもない、ただくわえただけだ」指を見ると赤くなっている。クスリを持ってきて塗ってやる。こちらの”痛いの痛いの飛んでいけ”を歌いながらクスリつけてやると一緒になって歌い出す。

包丁を取るときにコップに手をひっかけて割ってしまう。割れたコップを慌てて取ろうとしたので手を止める。ごめんなさいと何回も言う。「コップはまた買えばよろし、でもお前の手は買えないのだ、気にするな」自分で言って自分で驚く。こんな事を言うとは随分と焼きが回ったのだ。ほかの女中には言わない。依怙贔屓と言われれば、そうだと答えるだろう。そうスセリーはやはり特別なのだ。仕事が終わってから1時間ほどスペイン語を習う。毎日のリーディングのために夜遅くまで練習するのは彼女をガッカリさせたくないのだ。

15歳の小娘に一喜一憂する毎日はくすぐったくもあり、楽しみでもあるのは歳をとった証拠なのであろう。もともと活発な娘ではあるので、そのうちこっぴどくやられてしまうことも承知。それもまた楽しみなのだから。願わくばスセリーにはいつまでも半人前であってほしいものだ。

日々雑思 筆が遅くて

めっきりと更新が遅くなっています。サンペドロの生活で日々感じる事はあるのだけれど、どう切り取ったものかとあぐねてます。

セシー辞める

ある日、妹のスセリーがやってきて「お姉ちゃん怒って他の仕事みつけちゃって働き出したよ」と言う。呆気にとられる僕。まぁ辞めてしまったのはしょうがないと思いなおし「そうなんだ、わかった」と答える。スセリーもちょっと困惑した顔をしている。

ことの始まりは「週末の金曜日を休みたいと」セシーが言うので、休みをあげたことからはじまった。金曜日は何事も無くすんだのだけれど、日曜日にセシーからメッセージが届いた。そこには明日休む事が書かれていたので、セマナサンタの今週はなにかとあるのだと思い、来週は休んでも良いからと返信をした。土日に働きにきているアナに来週働けるかと聞くとできるというので僕はアナに仕事を頼んだあとにセシーから月曜日に行くと返信が返ってきた。僕はすでにアナに頼んだから再来週からと答えた。

セシーはふだんネット環境をもたない。僕が見たメッセージは実は金曜日にセシーが念の為に送信したメッセージだった。ところがセシーはメッセージが送られる前にネットを切ってしまいメッセージは宙ぶらりんのままとなっていた。日曜日にセシーがネットにつなぎなおしたときに未送信だったメッセージが僕に届いた。

僕は月曜日の事だと思ったので快く休ませてあげたつもりだったのだけれど、セシーからすると突然休めと言われてカッと頭に血がのぼってしまったらしい。すぐさま新しい仕事をみつけて1週間だけ働こうと思ったみたいだけれど長く働いてくれと言われ承諾してしまったと言うのが事の顛末。グアテマラ人気質というか、僕の想像外の事でぶち切れてしまい、対応する間もなく事を運んでしまった。隣りのドーラやアデライダもそうであることからこのへんの女性の気質なのかも知れない。

タクアシンヲタベテミタイ

その動物を見たのはカンクンの宿。鼻がすんなりとしてシッポがひょろりとした狸くらいの動物。どうやら食べられるらしい。「身は鳥肉、味は豚肉だ」という。「何処にいるのだ」と聞くと「そのへんにいる。夜に出る」という。「食べたことがあるのか」「ない、でもお爺さんが食べていた」「お父さんは食べたことがある」「お前も食べたいのか、今度摑まえておいてやる」などと様々な答えが返ってくる。

ある日、屋台へいく。ブタアバラのBBQを頼んだのだけれど、サイズが小さい。骨と骨の間が狭い。「これはブタか」「そうだ」「タクアシンを知っているか」「知っている、食べたいのか」「これはブタか」「そうだ」「タクアシンハブタノアジガスノデアロウ」「ソウダ」「コレハブタカ」「ソウダ」疑惑は残ったけれどどうやらブタらしい。村のみんなが知っているが食べた事がある人の話を聞いた事がない。鶏肉の見てくれで味は豚とは何とも変わった動物が近所にいるのであれば是非とも一度賞味してみたいものだ。

セマナサンタ
キリストさんが死んで復活するまで祭のこの期間。村には出稼ぎに行った人々が帰ってくる。メルカドは夜までにぎわい、通りには屋台がいつもより並ぶ。人の通りもいつもより多く、見たことが無い顔が見た事がある顔と連れだって歩いている。家族のようだ。ロープ屋の店先に並ぶ腕時計を楽しそうに選ぶ人がいる。中古のニセモノだけれども買ってももらっている方はニコニコと嬉しそう。「今日はなんで人が多いのだ。セマナサンタだからか」と聞く。「出稼に出ていた人が家族のもとに帰って来ている」とロープ屋のオヤジが教えてくれた。
通りに出るとなんだか恥ずかしそうな顔をした子どもが新しい洋服をきせて貰い父親らしい男に手を引かれている。子どもとしてはいつもは居ない父親の手に引かれて歩くのがなんだか恥ずかしいやら、うれしいやらなのであろう、微妙な顔をしているが屋台で大きいほうのケサディーヤを買ってもらい喜んでほう張っている。

まだ子供のころ、田舎の弥八さんが出稼ぎに来ているので今日は家に泊るからと母親が言って布団を敷いていたのをふいに思い出した。40年程も前のことなのに。弥八さんは福島から冬の間東京で働いていると言う。どうして東京で働いてるいるのか僕にはわからなかったけれど、何か大変なのだということはわかった。ここに住む人達も同様に半年も家を開けているのかと昔の日本と重ねて見てしまう。
せっかくの帰省だからごちそうを用意してふだんの労をねぎらってあげる家族の姿がそこにはあった。プロセシオンとよばれるキリストが自分が磔にされる十字架をかついて歩かされる様子を模した像を乗せた御輿をかつぐ行列が目の前をゆっくりと通りすぎる。横切ろうとした親子連れ、子どもはちょっとけつまずいて、手に持っていたカットフルーツを落してしまい、半泣きの顔になっていた。それを見た父親は笑って子どもをなぐさめている。父親の背中に大きな十字架が見えた気がした。

日々雑思 久し振りの更新だけれど

久し振りの更新、パソコンに向かうも書くことなし。しばらくパソコンに向かっていると雀が屋根と壁の隙間から入って来てこちらをじっと見ている。この部屋は天上に隙間があって夜は寒いがこうした客がやって来るのでいい。

少し前に引越しをした。1階のまともな部屋から追い出されてテント生活やハンモック生活を経て2階にあるトタン屋根の部屋に落ち着く。この部屋は以前は客室であったけれど、申し訳ない気がししていたので、これを機会に引っ越した。これで客室は7室となる。

今年は去年とは違い、まったく客が寄り付かなかったのでこのままでは首をくくるか、追いはぎにでも転職しなければならないと考えていた。道の工事やら山賊のうわさ話があったと聞くが、きっとこの宿が飽きられてしまったのだ、高すぎるのだと言われ客が来なくなったのだと思い悩む。

それでも、やる事はやっておかねばと庭を作り、台所の壁をぬり、タイルを貼った。風呂場に小物置を設置してシャワーの湯温を調整しなおす。Wi-Fiのルーターを2階に移した。珈琲を自家焙煎にして、カカオからチヨコレイトをつくり、イチゴ大福をデザートにくわえた。

ポツリポツリとやって来る客は、直ぐに宿を変え、出て言ってしまう。偶に根性のひん曲がったババァがきて高飛車にものを言い管理人をトイレに閉じこめ、好き邦題言うので追い出してしまった。とうとう客は0となり、3月は宿を締めて何処かへ出掛けようと決めた。

たまに来る客にも宿を閉めるらしいと出先で言っておいてくれと頼み、問合せのメールにもここには来ないほうがいい、ツマラナイからヤメテオケと返信をするのだけれど、こちらが死なない程度にやってくるものだから、だらりだらりと宿を開けておく。

この間、ずいぶんといろいろなことがあって書きたいことがあるのだけれど事が事だけに書くことができない。ツマラナイ男とめんどくさい女の話、宗教にとち狂う女の話はいつか書いてやろうと思う。

庭と部屋の改装をしようと大工のミゲルに問い合わせる。すぐにやって来てサッと見わたして値段を言う。法外な金額に驚き、また今度にすると答える。最近、ミゲルのぼったくりは酷いので、他の大工に聞くと、それがミゲルの耳に入る事となり、フェイスブックで不幸をと書き込まれてしまった。道でミゲルに会う。なぜあの様な事を書いたのだと問い正す。「アレはこのあたりの挨拶だ、お前こそなぜ他の大工に聞いたのだ」としらじらしく言うので「こちらはお前達の文化を尊重しているが、お前達はまったく此方を理解しようとしないのだな、値段を聞くのは当たり前の事であろう」と答えると「むこうは幾らと言ったのだ」と言うので「お前には関係の無い話だ」と無碍に答える。ブツブツと言っているので「おまえには技術がない、卓を作らせても満足な仕事をしていないだろう、高いだけで役に立たない卓を直したのは俺だ。お前に出来ないからほかに頼むのだ、だが今回は自分でやる事にしたからもういい」と言ってやった。ミゲルはサンパブロの男でサンペドロで仕事をするうちにズルくなって悪くなってしまったのだ。サンパブロは貧乏だからこうしたことになるのかも知れない。字もロクに書けない男なのに嫉妬心だけは一人前に持っているのだ。つまらないプライドばかりで中身の無い貧しい男、サンパブロのミゲル。
後日、ミゲルがやってきて、様子をうかがいに来た。庭を一目見て負け犬のような半笑いをして帰って行った。このところ材木や白砂を運び入れているところを何処からか聞き付けて気になっていたのだきっと。良い物をみたことが無いミゲルには到底できるはずもない庭を拵えてやったのですっきりとした。

蒲団を干そうとハシゴを昇っているときに折れて落ちてしまう。うんとこ痛かったがズボンが破れたことが血だらけになった膝より悲しかった。とうとう旅に出る時に用意した服はすべて穴が開いてしまい乞食にでもなったような気分となる。
こわれたハシゴは木が所々腐っていてこれ以上は使えないので新しい木材を買ってきて作りなおす。途中、古釘を踏んでしまい脚の裏にグサリと刺さった。夜になり、足が腫れて来たのでそうそうに休む。翌朝は更に腫れている。びっこを引かないようにゆっくりと歩いてメルカドへ行く。買物をしているとき、大きなおばさんに足を踏まれる。声にならないほど痛かった。足の裏にヌメリケを感じる。溜まってた膿が押し出されてぬるぬるとして気持ち悪い。湖へ行き足を洗った。カフェはハシャイで鳥を追いかけまわし嬉々として遊んでいるのでしばらく腰をおろして休む。ビシャビシャとなったカフェが戻ってきたのでいっしょに帰る。再び足を洗ってじっとしている。膿が出てしまったので腫れが引き随分とスッキリとなる。

小さな旅を

せっかくの海外旅行なので少し贅沢な宿に泊まり、ちょっとした自分へのご褒美とする。ホテルには異なる匂いがあっていい。少し古臭い、旧家の納戸に似た感じのところもあれば、清潔なシーツから立ち上る匂いのところもあって楽しみの一つ。匂いは旅の重要な記憶の一つで、いつかその匂いを嗅いだだけで遠い記憶が鮮明に蘇ってくる。

市場の匂い。道売りの生地の匂い。屋台の匂い。道ゆく人の発する匂い。夜の人気のない道の匂いは僕の記憶に鮮明に刻まれていく。朝のカフェで向かいの人が飲んでいるオレンジジュースの香りと陽だまりに置かれた朝食の風景がこの町の記憶として残った。

友人に会いにいく。一人は新しく宿を始めた友人で、夫婦で1月前からやっている。新しい宿はまだ未完成な部分が多くあってこれから彼らの宿の匂いが染み付いていくのであろう。もう一人は古くから宿をやっている友人で、こちらはすでに確固とした匂いがあって、力強い。僕とはまったくタイプが異なる人柄でけれど、僕は好きだ。

翌朝、市場に行きスパイスを大量に買う
chile mulato
chile chipotle
chile pasilla
gusanillo
chile ancho
tomillo
oregano
clavo
comino
aniz
carne de soya

大量に買い付け、いちいち匂いや質をチェックして「これはどう使うのだ」「辛いのか」「なんの料理に使うのだ」「これを試してみたい、あれはなんだ、英語ではなんと言うか知っているか」「あれを持っているか、これはあれとは違うのか」あまりにも質問ぜめにするものだから店主がレストランのシェフだと勘違いして、どこの店だと聞いてくる。グアテマラに住んでいることを伝えると、レストランをやっているのかと言うので、宿で食事を出していると答える。
よく料理人かと聞かれるが、果たして僕は料理人なのだろうか。料理人とは一体どんな人のことを言うのだろう。僕はそれを語っていいものかどうか未だに疑心暗鬼でいる。

国境に近い街に移動する。ローカルバスを使うと、これまで通い慣れた道もちょっと違って見える。安く、フレキシブルに移動できると旅の幅が広がっていい。町外れのバス停で降りる。安宿を聞いてそこへ飛び込む。最近はすっかりこうした宿とのやり取りは慣れたもので、部屋、シャワー、ワイファイをチェックして2晩泊まると伝える。
いつもと違い、客としてこうしたことを聞いていると随分と違った
気持ちになる。予備のタオルと毛布を頼み、町のことを聞く。明日の買い物の下見にアメリカで有名なマーケットに行く。時間がたっぷりあるのでじっくりと眺めていたら3時間も経っていて驚く。欲しいものはたくさんあるけれど、少しずつ。

翌朝、ホテルで時間を潰していると従業員が声をかけてくれる。この辺りはカフェとかあるのかと聞くとセントロへ行けと言う。数ブロック歩きセントロへ。賑やかすぎなくていい。セントロに面した数件のカフェをよくよく吟味してちょっと高級そうなカフェに決める。ビシッと黒のチョッキに太めの身を包みんだギャルソン風なのが気に入ったから。ここのコーヒーは残念ながらあまり美味しいとは言えなかったし、立ち振る舞いはラテン丸出しだけれどヨーロッパのカフェにいるような気分になる。

映画館に行く。スターウォーズを観る。3Dのメガネをかけ、飛び出すスクリーンに感激する。久しぶりに見た映画は文化的な気持ちにしてくれた。外国で映画を観るなんてちょっとしゃれた気持ちにもなる。なおさら気分がよろし。

再びセントロへ戻り、違うカフェに入る。なぜスペイン語を話せるのかと聞かれる。グアテマラで習った。今はそこに住んでいる。だから話せるのだと答える。英語はできるのかという。少し話せるが、今はだいぶ忘れてしまって、スペイン語の方がいいと言うと。ちょっと驚いて英語も習ったのかと聞くのでそうだと答える。こんなおっさんが話すことに驚いているのか、度々話しかけてきてチョットうるさい。
靴磨きの男の子がやってきて僕のサンダルを見て諦めた。次々とやってくる物乞い。饐えた臭いはいつか嗅いだものだった。ポケットか小銭を出す。以前とは違い嫌悪感に似た気持ちは不思議と湧かなかった。僕は老女の手に包み込むように小銭を入れた。

根も葉もない噂を立てられ困っていますよ。リスペクトを忘れた馬鹿者

先日、うちでお願いしている家庭教師とのレッスンは意味がなかったという噂があると、心配した友人のカバさんが連絡をくれた。僕はすぐにピンと来た。

家庭教師のレオはとても穏やかで辛抱強く生徒が発言するまで待ってくれる。それは彼の最大の長所で、初心者、特に日本人はシャイな人が多いので初めは口が遅く、あせりばかりが先立ってしまい、自信を持てなくなってしまう。先生がイラつきを見せたりすればなおさら。日本人の気質を知るレオは正に初心者にはうってつけの先生だと僕は自信を持って勧めている。学校で教えていた経験のある彼は、ある程度文法の知識は持っているが、現役の先生に比べれば見劣りがするのは否めない。それでも時間には必ずやって来て、すっぽかすこともなく、真面目な彼はこの村では数少ない優秀な家庭教師の一人だと思う。

あるお客さんが「スペイン語を習いたい」というので学校と家庭教師の案内をすると「学校は高いので嫌だ」という。彼はすでに他の場所でスペイン語を学んで来ていたので、家庭教師では物足りなくなるであろうことを伝えても頑としてこちらのいうことは聞かなかった。そこでレオを紹介した。初めは「気に入った」と言っていた彼の顔が曇りだしたのは数日してから、僕はそうであろうと見当がついた。
マリアは僕のスペイン語の先生で学校で働いている。この宿へは毎晩皿洗いに働きにくる。訳あって彼女にはお金が必要なのだ。彼女はこの村でも指折りの先生で、教え方、文法の知識も豊富。前述の彼があまりにも悩んでいるので僕はマリアにちょっと助けてもらうことにしたのだ。本来、学校で働いている先生はうちでは使うことがない。ほとんどの学校で家庭教師は禁止しているので、もし見つかれば彼女たちは首になってしまう。

彼の質問を聞いたマリアは、スラスラと質問に答え、彼も納得がいったようだ。僕は彼に「これが学校の先生のスキルだよ」と教えてあげたのだ。彼はそれをいたく気に入って、マリアに家庭教師を頼みたいとしきりにせがまれたが、僕は学校との約束があるからそれはできないと断った。

ちょうど閑散期の終わりの時期、学校の先生たちは少しでも金を稼ごうと学校に内緒でうちの宿に売り込みに来る。彼らの言い分は「学校はもうやめた、一緒にやらないか」というものだ。そんな彼らをその青年がほっておくわけがない。早速、レッスンを受ていたがどうも気に入らないらしい。そもそもそうやって売り込みに来る先生は初めに仕事を干されてしまう、スキルの低い先生が多いのだ。彼の不満は募るばかり、他の先生はいないのか、もっと安く教えてくれないのかと毎日のように言いだしてしまった。

僕は彼にこの村で家庭教師だけでスペイン語をマスターするのは難しいのではないかとアドバイスしたが聞き入れるつもりはないらしい。ついに手癖の悪い先生に手をだし始めたのでこの宿ではできないのでカフェにいってくれないかと頼んだ。そんな折、ある学校の先生が辞めたので彼に進めるといたく気に入ったようで、せっせとレッスンに通いだした。しかしレッスンでは文法ばかりだと言い出す始末。僕は彼にどうしたいのか聞いてみることにした。彼の希望は次の通り

相性がいい先生がいい
明るい先生がいい
間違いを直してくれる先生がいい
話題が豊富な先生がいい

どれも抽象的であったので僕は

相性は自分のことなので試してみないとわからない
性格は皆明るいので問題はないでしょう、そもそも明るいとは何をさしているのだい?
間違いは直してくれているでしょう?言い回しの違いを直す先生はそんなにいないでしょ、第一、君は自分の話し方がポピュラーな言い回しかどうかを気にしているだけで間違ってはいないのだから君の言う間違いを直してくれる先生はいないよ
どんな話題がいいのか教えてくれないか、好きな話題を提示すれば先生だってやりやすいし、第一、君の好きな話題を何も言わずにわかってくれる先生などいないよ

彼は納得がいかない様子で「新しい先生を見つけてきた、隣に住んでいる」と言う。僕は「彼女は学校で働いているではないか、うちでは使うことはできないといったでしょ」と言うととにかく話をしてみたいと言うので渋々、先生のところへ赴いた。

彼女にどんな話題を持っているか聞いてごらんと促すと彼は先生に質問する。先生は「グアテマラのことやマヤについてかな」と答える。彼は「それはつまらないから嫌だ」と言う。すかさず先生は「どんな話題がいいの?」と聞き返す。彼はしばらく黙って「僕の楽しい話題」とだけ答えた。僕の楽しい話題が赤の他人の先生にわかるわけもなく僕は先生と顔を見合わせてしまった。最後に彼は先生に値段を聞くと至極真っ当な金額を言われ顔を曇らせた。

宿に帰り、ここの人たちはネイティブじゃないから教えられないのだと見当はずれのことを言いだした。確かにここの人たちはマヤの言葉を話すが、それがネイティブではないと言うことにはならない。僕らに比べ得ればとても上手に話すことができるのだから。彼は正しいスペイン語を習いたいと言うが、僕には正しいスペイン語がなんであるかわからない。スペインのスペイン語が正しいのなら、彼はスペインに行くべきだ。そもそもスペインだって地方により発音が違ったり、南米とは異なる言い回しをするが、一体どっちが正しいなどあるのかと困惑してしまった。

彼はさらに他の先生を知らないかと食い下がる。僕はこの村には君の求めることを満たす先生はいないよ、どうしてもここで見つけたいのならバーやカフェに先生募集の紙を貼って連絡を待てばいい、きっとすぐに連絡があるはずだと教えて上げた。しかし彼は不満そうに近所の女の子や女中さんのセシーはどうだと言うので、近所の女の子だったら5ケツで教えてくれるだろう。会話がしたいのなら、彼女たちをパナハッチェルにでも誘って行ってくればいい。もしセシーを使うならそれは家庭教師として使ってくれ。彼女のスペイン語は正しい、そして僕は彼女に仕事としてスペイン語を教えるように言っているから当然、料金は発生するよと突き放した。

僕は、クオリティーを求めるならそれなりの料金を払わなければ難しいと言うと、彼はだって高いじゃないですかとふくれてしまった。一体彼はどこからやってきたのだと不思議に思ってしまった。自国で学ぶより十分に安い価格で高いクオリティーのスペイン語を学べるのに一体何が高いと言うのだ、彼らの報酬は安く、外国て言語を学ぶチャンスなどなきに等しいと言うのに、学費を払い大学で学んできた彼らの努力を一切見ようとせず、安く買い叩こうとする彼の姿勢は到底受け入れることができなかった。彼にはリスペクトする心がないのだ。

僕は、これ以上学校の先生を買い叩くようなことをするのなら、この宿にはいることはできない。安いホテルに泊まり、浮いたお金で学校に通いなさいと言った。彼はご飯がまずい、朝食がつかないなどグダグダと駄々をこねていたが、僕の態度が変わらないので諦めた。

噂のことを聞いたのはその数日後、僕は彼がレオとのレッスンが無意味だったと言っていることを聞いて、とても残念な気持ちになった。自分のやりたいことを、自分の好きなことを、やってくれないと嘆き、お金は払わず、クオリティーだけを求める自分勝手極まりない。それを棚に上げて、吹聴して回ることだけはいっちょまえにやるのだ。

レオの名誉のために僕は言っておく。彼の良さは穏やかで知的に話ができることだ。学校とは違い、日常会話によく出てくるフレーズなどを挟みながら、根気強く教えてくれる家庭教師は少ない。そんな彼の名誉を傷つけるようなことは、決して許せないし、今回の噂話は真っ赤な嘘だとはっきり言っておく。