投稿者「HIDEKI」のアーカイブ

HIDEKI について

1965年生まれ 小田原で半自給自足の生活を9年 一世一代の旅に出ることを決心 仕事を辞め 大型バイクの免許を取得 バンクーバーにてバイクを購入 現在メキシコ カンクンでキューバ行きまで停滞中です 現在1カ国目 フィリピンにて英語留学中 10kg減量 親知らずを抜き 家財一式を売り払い バックパックに必要なものを詰め込んで旅に出ました フィリピンで5ヶ月の英語学習 カナダでバイクを購入、アラスカ、アメリカ、メキシコ、キューバ、ベリーズを旅して現在はグアテマラでスペイン語留学中

日々雑思 密入国と小さな密輸

「メキシコに行くのか?」「そうだ」「今度メルカドの女衆がメキシコに買い物に行く、お前も一緒に来ればいい」「それはいいな、行く」普段メキシコに行く料金の半額以下で行く事になったのは知らない村。そこは川が流れている国境で渡し船があると言う。パスポートを持たない者も渡れると言う。対岸には市が立ちケツアルも使えると言う。聞いているだけでワクワクとしてきた。
夜中にバスに乗り村を出る。明け方現地に到着する。川の砂を盛り上げて橋のようになっている。川幅は20メートルもあるかどうか。タイヤのチューブの上に板切れを載せただけの簡単なイカダで渡しがあった。沢山のグアテマラ人が向こう岸へと後から後から渡っていく。皆、金を握りしめて真顔で渡って行く。

向こう岸には大きな市があってなんでも安い。言われた通りケツアルも使える。メルカドで見かける製品が沢山あって、仕入れ価格が全部わかってしまう。なるほど道理でまけるはずだと納得してしまった。市場を眺めてから大型スーパーに行く。冷房が効いていてホッとする。家電を見る。安い。自分だけのためにコーヒーを淹れたい客用に小さなコーヒーメーカーを買う。半額。
好きなインスタントコーヒーを買う3つで2つ分の値段。街中でカフェを探したがそんなものはない。コンビニに飛び込んで大好きなシェイクをと思ったが、それもない。やはり田舎なのだ。

グアテマラ側で女衆がトルティーヤを山の様に買っていて、そばからもしゃもしゃと食べていた。ここのトルティーヤはメキシコの物の様に薄い。勢いよく口に入れるので二口でなくなってしまう。左手でトルティーヤを掴み、右手で具材を掴む。両の手が合わさったかと思った途端、具材は包まれ口元へ、頑丈そうなアゴが2回動くとトルティーヤはなくなっている。各自が中に挟む具材を用意してきていて互いに分け合っている。4枚も食べれば十分なのだけど彼女達は10枚も一度に食べる。一緒に店に入り昼メシを食べる時も持ち込んだトルティーヤをドサリと出して堂々と食べる。トルティーヤが足りなくなった女はコジキの子供を呼びつけて10ペソを渡しトルティーヤを買ってこいと命じている。子供が戻り無かったと言うと舌打ちをして、もう一度探せと強面に命じていたのを見ておののいてしまった。女衆はなぜかマヤ語だけで話すので、周りのメキシコ人はキョトンとした顔をしている。少しだけわかるので聞いていると結婚辛辣なことを言っていて、迫力に負けてしまった。
ここは暑いので女衆は汗だくとなり、顔中びしょ濡れだ。フーフー言いながらもあの店この店をめぐり、物怖じせずにガンガン交渉している。イミグレに行くので先に行くと言い残して、国境へと戻る。日帰りなのでどうかと思ったが難なくスタンプをもらい待ち合わせ場所に戻ると婆さんだけが戻っていた。他の女衆はまだだった。婆さんは毛布を買っていた。値を聞くと驚くほど安い。婆さんはとても喜んでいた。時間があったので村を散歩する。やはりこちら側は向こう岸とは全然違う。川を隔てただけなのに道路は未舗装、店も汚いけれどこちらの方が性に合っている気がする。

オバハンに声をかけられる。「中国人か?私は大好きなんだよ」「残念ながら日本人だ」「中国と日本は違うのか」「全然違う」「韓国とも違うのか」「全然違う」「これから私の家に来い、色々な事がしたいだろ」手を握り、こちらの手のひらを指でくすぐっている「悪いが今日は帰る」「そう言わずにおいでよ、沢山してあげるから」「そうかそれはありがたいな、考えておく」手を振り切って別れた。なんだかおかしくて笑いがこみ上げてしまう。来てよかった、旅をしている様だ、知らない場所はやはり楽しい。小腹がすいたので屋台に入る。鳥の炭火焼とトルティーヤを食べた。やはり4枚で十分だった。トライシクルに乗ってガタゴトときた道を戻った。

女衆はまだ帰って来ていない。グアテマラにはオラ チャピィナと言う言葉がある。時間を守らない彼等に向けた言葉。1時間は遅れても何も言わない。彼らはホントに時間にルーズ。案の定3時間も遅れて帰って来た。待っていた者が文句を言っても絶対に謝らない、言い訳にもならない言い訳を堂々と言ってはばからない。それにしてもたいした根性だと感心してしまった。
待っている時間、メキシコ側から続々と荷物を満載したイカダが戻ってくる。あまりに重いのでイカダが傾いている。竹竿をついた拍子にバランスが崩れて2人ほど川に落ちてしまった。それでも彼女達は皆、満足そうな笑顔だ。岸には荷運びの子供がいて、彼女達の荷物を車へとせっせと運んでいた。荷台に積まれた荷物の隙間にもぐりこむ様に座って去って行く彼女達を見ていて、これもありなんだと思った。国境という見えない線はココにはなかった。経済という得体の知れない怪物はなりを潜め、小商いだけがここでは盛っていた。人々は幸せであった。両の手に持てる分だけの荷を運び、小さなトラックに満載して帰路につく。これでいいのだと思った。次回は彼らの様にイカダに乗って川を渡ってみよう。それはちょっぴりスリリングな旅になるに違いないから。

日々雑思 なんだかなぁ

夜、いつものように踊りに行くと女が一人で待っている。まだ来ていないのかと挨拶をするとズンバの先生の旦那さんがバイクで事故に遭ったと言う。「いま病院にいるが良くない、今日はズンバはない」この村ではよく事故が起きる。免許などない。だからルールなどない。子供も乗る。3人で乗る。4人で乗る。事故を起こし皆死んでしまうか、カタワになってしまう。
先生は旦那は頭に血が溜まり専門家が必要だと言う。目の下にクマができ、憔悴して気の毒であった。ことの詳細を聞いた一同はうなだれた。しばらくはズンバは休みとなった。

アボカドの木に実がなり喜んでいたが隣家の旦那から葉っぱが庭に落ちて掃除してもすぐに汚れて嫌だ木を切れと言われる。毎年の事なのに今年に限って言ってくる。よく物を貸してやり、冷蔵庫も貸してやった、電話も貸してやったのに。このところいろいろと要求ばかりされるので、思い切って怒ってやった。木を切り倒した後、「お前らには随分とよくしてやったのになぜだ、こちらも気分が悪い、木は望み通り切ってやったぞ、今後は助けてやるのはやめる」旦那はわかったと一言言って引き下がった。女房は口をきかなくなった。

切り倒したはいいが、切り株を取り除くのに一苦労している。根元を掘り返すと建築資材がガラガラと出てきてげんなりしてしまう。篩にかけ毎日仕分けしているが、進捗の見えない作業は気が滅入っていけない。それでも日が良く当たるようになったので畑にして野菜を植えようと気持ちを切り替えた。後日、切り株をチェーンソーで切ってもらおうと電話で頼む。「月曜日の午後に行く。セグーロだ(確かだ)」と聞いた僕はうなだれた。セグーロ、ノーテンガペーナとペドラーノが言うときは大抵来ない。案の定月曜日には来なかった。やはりこの村では知り合いの伝手で頼むのが一番いいらしい。

村の犬がたくさん死んだ。毒を食わされて、口から泡を吹いて死んだ。まだ生きているものも腰が抜けて大小便を漏らして苦しんでいる。増えすぎた犬を駆除することはこれまでもあったけれど毎晩のように毒を撒かれているのは初めて、少し怖い。注射をした印の赤い首をした犬も死んでいる。飼い犬も死んでいる。外人が警官に食ってかかっている。話によれば犬を好かないグループがいて、毒を撒いているそうだ。おそらく村の者は誰がやっているのかを知っているのだと思った。
この村はたくさん野良犬がいる。貧乏人が飼いきれなくなって捨ててしまう。いたずらに子を作り、大きくなると捨てる。犬はどんどん増えていく。去勢手術などしないので、好き放題増える。一方で狂犬病の恐れがあるので増えすぎると道端に毒を撒いて殺してしまう。
アニマルフレンドリーの外人はそのことに怒って大騒ぎをして役所を困らせる。役人はのらりくらりとごまかして、うやむやにしてしまおうとするので益々外人が怒る。死んだ犬の写真をSNSに投稿してニュースとなった。村は少し異様な雰囲気となった。以前飼っていて逃げてしまったウスイサチヨも道端で死んで異臭を放っていた。顔なじみの野良犬も死んでいた。知らない犬も死んでいた。メルカドに向かう道にいつも居た犬は全ていなくなっていた。犬を殺す者、助ける者どちらにも言い分があってどちらにも一理ある。でも一部の理もないのが貧乏人だ。犬のように暮らす者は犬を飼ってはいけないのだ。

好いた男に振られた女が首を吊った。家が貧乏なのでシェラで働いていたそうだが、家は3階建で立派だと聞いた。きっと死ぬ程好いていたのであろう。恋が成就したところで男は他の女になびく事に気がつかなかったのであろうか、都会で暮らすと人並みの幸せを夢見てしまうのであろうか、わからぬ。

このところギスギスした雰囲気を感じる事がままある。村全体が疲弊しているような感じ。100ケツアル札を出すとつり銭がないと断られる。やたらと物売りがやってくる。昨年はここ10年で最悪の景気だったそうでその影響がジワリと村を苦しめているのであろうか。女中のセシリアにも他に仕事を探せと言っても、働きたいと食い下がる。他の者を雇うのかと疑ってかかる。山で人が殺される。身包み剥がれて裸で見つかった。どうにも物騒だけれども誰も騒がない。誰がやったのか皆が知っているのだきっと。入山料を払わなかった外人への制裁、ガイドを雇いたくないケチな旅行者への見せしめ的な気がする。皆が皆自らの首を真綿でゆっくりとしめているように思えてならない。いやだねぇ。

日々雑思 チョナ 顔から火が出た

グアテマラという沼にはまってしまいもがいているのだけれど、なかなか抜け出すことが出来ずに3年も経ってしまった。どっぷりと生暖かい沼の泥は体にまとわりつき、剥がしても剥がしても執拗に僕の歩みを止めに来る。頭にくることもあるけれど、心地よく自我を削り取られているような、井戸の底から見上げる空が全てであるかのように耳元でささやかれている気持ちになってくる。それでも少しずつ井戸の壁を登っていて、指の爪は剥がれ、掴まった岩が抜けて落ちそうになるのを必死で堪えるような日々が続く。
シャワーが壊れ、排水パイプから漏水し、水がめが割れ、ベッドの脚が取れ、ガスコンロの火がつかなくなる。皿が割れ、鍋が壊れる。全てがまるで仕組まれたように思えてうなだれるしかない。こうした事に抗うように暮らしているうちに驚くほどの生きる力が付いていたことに気がついた。諦める事なく丁寧に暮らす事が身についた。身を粉にして働くということはこのような事であったのかと今更ながらに思うにいたった。
いっときの忙しさが去り、静かな宿に戻った。壊れた物が早く直してくれと亡者のごとく言い寄ってくる。直して直して使い倒す。そうしているうちに静物に命が宿った。自我を宿した静物は最後まで使い倒してくれ、使い物にならなくなるまで働きたいのだと言っているかの様。神が去った地の暗い井戸の底にあっても宿は少しずつ明るさを増してきている。庭に小さな灯が灯り、客がやっと庭に向く様になった。脆弱であったポンプとシャワーの電源を独立させて安定性が増した。壊れかけていたコンロのすべてに火がつく様になった。まともな皿が手に入り、鍋を直した。こんな当たり前の事に2年も費やしてしまったのかと思おうか、2年で出来たと思おうか。宿に命が宿り始めたことは確かで、ある種凄味がではじめた静物達。そして僕もまた宿の一部となっていくのを知っている。

チョナ

チョナはこの村の友人の1人。家庭教師、料理を教えてやっている女、メルカドの洗剤売り、2娘の母。朝7時、メルカドに近い道端に自分の露店を開く。小さな卓とさらに小さな棚を並べて石鹸、洗剤、スポンジなどを広げる。どかりと腰を下ろしていつも何かを食べている。威風堂々した風貌。買い物に行く時は軽く挨拶をする程度だけれど、たまに隣に腰を下ろして世間話をする。
「さっき日本人がお前の家の方に歩いて行ったぞ」
「あぁ、さっきすれ違った。すれちがう女が客になるとは思っていないよ」
「スレチガッタオンナガ、キャクニナルトハオモッテイナカッタだヒデキ、相変わらずだあなぁ」
「ではこれではどうだ、さっきすれ違ったのは客だったのであろうか」
「アレー、ヒデキ、ちゃんと言えてるよ」
「そうか、それは良かった。最近はこんがらがっていて自分が何を言ってるかわからなくなる」
「それならここに来て話せば良い。喋れば覚える」

客が来て石鹸を選び始める。何人もやって来る。みんながチョナの名を呼ぶ。以前、メルカドで物売りをするのはみんなと話せるから楽しいと言っていた。見ていると全部の客が石鹸の匂いを嗅いでいる。聞くと石鹸や洗剤の匂いはとても大切なのだそうだ「黄色は人気だ、青は匂いが少ないから人気がない、黄色がない時は緑がいい」「ならば全部黄色を買えばよかろう。簡単に稼げる」「あはは、そうだな」「このトイレットペーパーは別のか?」「そうだヒデキ、新しいのにした。全部一緒だが値段だけ違う。安い。あっちは14.5でこっちは13.5だ」「それはいいな、でも確かか」「あーぁたしかだよ、メーカーだけだ」「そうか、それならば次回はこれにする。今はゲリの女が泊まっているから、硬いと尻がかぶれて痛かろう、だから悪いのはダメだ」「どうした」「腐ったバナナパンを食ったのだ」「あぁーれー、お前が食わせたのか」「バカを言うな、ひらって食ったのだきっと」「拾ってだ」「拾うだろ」「拾っただ」「もう少しちゃんと覚えろヒデキ」「あははは、そうだな、最近は妄想の話と未来の話を練習しているので益々こんがらがって自分がいったいなにを喋っているのかわからなくなる」「さっき聞いた」「そうか」「そうだ、あははは」「でなんだっけ」「忘れてしまった」「それじゃあとで」「あーヒデキ、あとで」

チョナは優しい。根気よく客のレッスンをやっている。客が喋れないと心が痛むと言う。娘に英語を教え、都会の学校へ行かせるために朝から晩までよく働く。家事もして旦那の面倒もよく見る。ちいさな方の娘がばぁちゃんの家にいくのを嫌がるので自分の時間を削ってあやしてやる。ホームステイを受け入れたいと料理を勉強している。こういう者が報われるようになれば良いのに。

顔から火が出た

世の中には同姓同名の者がいて、時に混乱を招く。それは日本でのことであると高を括っていたのが間違いであった。ひと月ほど前、好青年が宿を訪れ、楽しい話を聞くことが出来た。コーヒーの勉強のためにグアテマラにやってきた彼。熱心にカフェに通い、夢を追いかけていた。僕はとっておきのカフェを教えてあげ、彼も気に入ってくれたと思う。そこは客席が2テーブルしかない小さなカフェで、とても居心地の良い、人には教えたくないお気に入り。そこの豆は特別な製法で作ったものでコーヒーなのにフルーツの香りがして、飲み口がまるでワインのようなアイスコーヒーが飲める。一度、豆を買って自分で淹れてみたがどうにも同じ味にならず諦めていた。彼もまたそれが気に入ったみたいだ。色々と話を聞いているうちにもう一度やってみようとあれこれと試していたところで、もう少しのとこまで近づける事が出来てきた。一度彼に味わってもらいたいと思っていたところだった。

最近来た客は、倅と同い年。なんだか子供を見ているようでじれったい。ついつい親のように接してしまうと彼はプンプン怒っているのだけれど、それもまた懐かしい気分にさせてくれる。なんだかんだと自信を持って言うところが可愛らしくて久しぶりに穏やかな気持ちになった。彼はメキシコに向かい、日本に帰国する予定だと言って発っていった。

数日後、メールが届いた。そこには男の子の名前が書いてあり、1週間ほど戻って来たいと書いてある。僕は驚き、何かあったのではなかろうかと老婆心が出てしまった。そこにはアンティグアにいると書いてある。僕は混乱してなぜアンティグアなんだと思ったけれど、すぐにそこにいろとメールを返した。きっとなにかあったのだ、一緒に出ていった兄貴分のような青年となにかトラブったのか、好きな女の子でも出来て急遽流されるようにアンティグアに行ってしまったのだと思い込んでしまった。メールも乱暴な書き方をしてこちらに戻って来るようなことの無いようにしてしまった。

ところが、僕は大きな勘違いをしていた。それは以前泊まっていた好青年からのメールであった。なぜと思い、名前を見ると同姓同名であった。なんという偶然。不覚にも僕は2人を取り違えていたことに気がついたのは彼の最期のメールを見たあとだった。慌てて詫びのメールを書いたのだけれど後の祭り。その日は思い出すたびに顔から火をふく思いをした。まさか、こんな異国にあって同姓同名の人が泊まるとは。そういえば以前、この宿で会った旅人が偶然にも小学校の同級生であった。そんな事もまた旅の驚きであるのかもしれない。それにしても客商売をしているというのにとんだ失態をしてしまった。少し油断があるのだ。このような宿に来てくれる客であるのだからもっと大切にしなければならないと深く反省した。

日々雑思 ある1日

スセリーからもらった猫を去勢手術に連れて行く。これですぐにおとなしくなると思っていたが麻酔から覚めると夜中にどこかへ逃げてしまった。もううちの猫ではない。朝、ひょっこりと戻って来たので情に流され餌をくれてやる。ところがこれまで猫を気づかっていた犬はあっさりと猫の餌を食べてしまった。猫が欲しいとねだると、威嚇して絶対に譲らない。客がたしなめるがすっかりと全部平らげてしまった。犬も猫がもううちの一員ではないとわかっているのだ。セシリアが「かわいそうだなんとかしてやれ」という。「あの猫は自由を選んだのだ。あの猫の選択なのだ。以前お前がしたようにあの猫もバカな選択をしたのだ。去る者は追わん」と突き放す。「私は戻って来た」というので「バカな女だ。女は皆そうだ。だから女を信用しないのだ。早く仕事にかかれ」というと膨れて3階に行ってしまった。

宿の毛布を一斉洗濯。所狭しと干した毛布は気持ちがいい。水をたくさん使い普段の節約のうっぷんを晴らすように洗いまくった。風が水気をあっという間に運び去り、洗剤の匂いがほんのりと残った。陽の温もりがこもった毛布を一枚一枚丁寧にたたみ端を揃えて積み上げた。朝きたセシリアが全部洗ったのかというのでそうだと答える。お前が洗えと言ったのであろうがと思ったが口にはしない。彼女が来てから宿がみるみる蘇るように綺麗になっていく。客の満足度も上がっている。文句を言わず黙々と働いている。きっと仕事を失う怖さを覚えたのであろう。

庭のビワの実がたくさんなったのでセシリアにくれてやる。仕事の合間によく捥いで口にしているので好きなのであろう。一緒に木の枝を引っ張り好きなだけもがせる。ついでに庭のアボガドもいくつかもいでやった。カゴにいっぱいになった実を見て満足そうに笑っている。「市場で売るなよ」「あははどうしてわかった」「お前の目はいつもドルマークが付いているのですぐにわかるのだ」「マジか」「ああマジだ、早く帰れ。お袋に持って行くのだぞ、お前のではない」「ありがと。私のではないのだな。また明日来る」「明日はいらない月曜日にくればいい」「もし気が変わったらいつでも電話してくれ」「ああそうする。でもしないよ」

「どうした。ピーマンは嫌いか」「細かく切ってあるのは好きだ」「ではなぜ食わぬ」「これは大きい、いつもはもっと細かく切ってくれているのでそれは好きだ」「肉はどうだ」「肉も同じだ。細かく切ってあるのがいい」「海鮮はどうだ」「カニは好きだ。食べたことがあるか」「ある。でもあれは虫がいるので客には出さん」「あーあれか小さい」「そうだ、だから料理が面倒なのだ。日本にも同じカニがいるが手間がかかる。でもそれで作ったスープはうまい」「作れるのか」「お前にできて、俺にできぬ料理などない」「あはは、そうかセニョール」「そうだセニョリータ」

「風呂のカーテンが汚い。洗っていいか」「洗え」「もう庭の掃除は終わったのか、廊下はまだやっていないだろ」「やった。お前より綺麗にやった」「あははそうかセニョール」「そうだセニョリータ、見てこい」「それでは階段だけだな」「あぁ階段だけだ」「そうだぁ、明日は来れない。なぜなら友達が結婚するのだ、祝ってやりたい」「行ってやれ、同い年か」「一つ下の23だ」お前はまだかと聞きそうになり慌てて口を閉じる。まだやりたいことがあるのであろう、余計なことは聞くものではない。こちらには知らない権利があるのだ。「なんだ」「なんでもない」「なにか言いかけただろう」「何も言いかけていない」「…」「…」

早くに結婚してしまえばいいのだ。好いた男もいて年頃なのだ。この国では女に学はいらない。若くして子を産み、ろくに稼ぎのない旦那に従い、小商いをして家計を支えるのがこの国の大半の女の生き方。それを受け入れることが出来ず頑張る者は要らぬ苦労をすることになる。それができる者はごくわずかでしかない。神にすがり生きる糧とした方が楽なのだ、大学に通うための金をへそくりにしておけば、いくばくかの助けになるであろうに。その昔、大学に通う者が半数にも満たなかった頃。娘が大学に通いたいと言い出すと「悪いことは言わないから、せめて短大にしておきなさい、そこで少し遊んでから働いて2、3年で良い人を見つけて結婚するのが一番の幸せだから。お茶のくみかたがうまい人は良い人を見つけられるのよ」と親戚のおばさんから諭され、最近の若い娘はと色眼鏡で見られた女性がどれだけいただろう。大学に進み総合職を目指した女性がした苦労を思うと皆の様に暮らせと言いたくなる。この宿で稼ぐ小銭に満足するようではダメなのだ。”分相応”この言葉が最近重くのしかかっていけない。

宿で働くスセリーを見ていて思ったことがある。はじめのうちはいろいろと知らない世界を見せてやりたい。世界を広げてやりたいとずいぶんと身勝手なことを考えていた。ある日ふと考えていてゾッとした。この村の若者の世界観は狭く、教養もない。それでも彼らは彼らなりの世界観を持ち、暮らしている。もしスセリー1人だけが日本人と同じような教養を持ち、視野を広げてしまったらおそらく彼女はここの暮らしに耐えられないのではないか。自分の身勝手なおこないが彼女の不幸を作っているのではないかと思うに至ってしまった。この村から出て行けるチャンスを与えることなく一方的な思いで自分の道徳観や倫理観を押し付けるのは傲慢でいやらしいおこないでしかないのだ。姉のセシリアが戻り、以前にもましてよく働き、生き生きしている姿にいたたまれなくなる時がある。どう接していいのかわからなくなる。以前のようにコラソンネグロ(黒い心)でいた方がいいのかもしれない。

「ヒデキ、日本人がアメリカに行くのは簡単か」「簡単だ、働くことも出来る」「ずっとか」「ずっとの者もいれば、少しの者もいる」「私もいつかアメリカに行って働きたい」「モハード(不法就労の隠語)でか、コヨーテ(不法入国を手助けするマフィア)に知り合いでもいるのか」「親戚が使った。私もやりたい」「無事に入国できる者ばかりではないぞ、仕事も見つからないだろう、特に女は危険だ」「知ってる」「お前も身体を売ることなるのだぞ、それでもいいのか」「…」「真っ当な生きる道を探せ、ここにはお前の神がいる。それにすがって生きるのが一番良い、金持ちの男を見つけろ。馬鹿な男はダメだ。働かない男もダメだ。優しい男はもっといけない。覚えておけ。今日はもう仕事はない帰れ。また明日遅刻せずにこい」「今日は帰る、また明日、良い一日をヒデキ」「お前もな」。

日々雑思 セシリア

セシリア戻る

ペドラーナ(サンペドロの女)はしたたかで油断がならない。一旦気を許すとどこまでもずけずけと踏み込んできて散々な目にあわされる。
以前辞めたセシリアが再び働き出した。別れた女房とよりを戻したような気まずさが漂いぐんなりとした気持ちになる。女という生き物は何事もなかったかのように振る舞うことが出来るからタチが悪い。笑顔で挨拶をするセシリアに「お前はまだ試用期間だ、働けると決まったわけではない」とピシャリと言ってやる。しかしそんなことはどこ吹く風で自分のやり方でせっせと掃除を始めてしまう。「そうではない、このようにやれ」と言うとニヤリと笑って「ヒデキ、こっちの方がいいのに」と馴れ馴れしく口ごたえをする。「お前は友達でもないし、信頼関係もまだないのだ」と言うと「じゃあなんなのだ」と言うので「隣人だ」と答えるとケラケラと笑ってさっさと掃除を再開してしまった。

彼女の仕事は丁寧で、文句のつけようもない。良く目が届き、整理整頓もされている。食事も、なにも指図しなくともテキパキとこなし、片付けも良い。一見万事がうまく運んでいるように客にも見えるらしいが、彼女が帰った後はどっと疲れが出て、どっかりと腰を下ろしたくなる。目には見えないが互いに軽い平手打ちの応酬で距離を測ってる。やがて殴り合い、取っ組み合いになりマウントを取り合うことになるのであろう。彼女は生粋のペドラーナだから。以前は何度言っても止まなかった遅刻グセは今のところ出ていない。3回遅刻したらクビだと言ってあるので、こちらの様子を伺っているのであろう。初日からやって来る時間を毎日1分づつ縮めているので後3日ほどで丁度に来るようになるのではないかと思っていて、いつでも暇を言い渡してやろうとウズウズしているが向こうもそれは感じているようで、互いに一進一退の様子見が続いている。

こちらの歳の半分もいっていない小娘のくせに対等に渡り合っているつもりなのが気に入らない。なにかと難癖をつけ、自分を有利にしようとするところが生意気。こちらのやることにいちいち口を出すところも頭にくる。もっと働かせろと要求する図々しさが癪に触る。だけれどこれほど言い合える女中はほかにない。居て困ることもないのでしばらくは使ってやることにする。

セシリアのいない朝、暗いうちから掃除を始める。風のない夜明け前は底冷えがするけれど気持ちがいい。鏡の様な湖面、対岸の山にかかる細く糸の様にのびた雲が山の中腹に見える家にかかる。やがて湖面は赤く染まりあれよと言う間に明るくなってゆく。
3階のトイレを洗い終え、フリースペースの床を掃く。新しく買った箒は柔らかく音もなく床のホコリを集めてゆく。犬のカフェがやってきてひとしきり挨拶をすると陽の当たり出した場所へ行き腹ばいになって外を眺めている。モップがけをしてからテーブル椅子を雑巾で拭いてゆく。昨夜の風に運ばれたホコリが布に線の様にたまる。洗い場で水をかけ擦り洗う。
2階のタイルには目地がうってないので隙間にホコリがたまる。箒を古いものに変え一目ごとに掃いてゆく。手すりにかかるクモの巣を払いながら端へ端へとホコリを寄せてからチリトリに集めた。モップをかけ、拭き掃除を終える頃にはすっかり身体もあたたまり、寒さを感じなくなっている。1階に降りて扉の鍵を開けてからコーヒーを準備する。挽きたての豆から香りがのぼる。昨夜洗った食器を元の場所へ戻してからコーヒーを少しだけ飲む。毎日同じように淹れているのに日によって味が少しだけ変わるのが面白い。台所を掃き終える頃、客が起きてきた。

毎日、同じことの繰り返しであるはずなのに1日として同じことがない。誰にも邪魔されず自分の気持ちと向き合いながら黙々と作業をすすめていると様々なことが脳裏をよぎり消えてく。1日が始まった。

夜、部屋の前のハンモックに腰掛けてコーヒーを飲む。夕食の片付けを終え、台所の火を落とすと客は各々の部屋に戻りくつろいでいる。
庭から聞こえる虫の鳴き声、隣の子供の泣き声が聞こえる。暗めの黄色い電球は節電もあるけれど雰囲気がいい。ぼんやりと宿の輪郭を浮かび上がらせる。少し風が強い。遠くで湖の波立つ音が聞こえる。最後の客が風呂を終えて階下へと降りて行ったのを見てシャワーを浴びる。シャワーの出を確認し、汚れた床をタワシでこする。今日からは2階の浴室で浴びることにしたので少し風が入り寒さを感じた。コックを少しだけ絞り湯の温度を上げるとすぐに熱い湯になり冷えた身体が温まる。窓の向こう側に蜘蛛がいて虫を狙っている。ジリジリとにじり寄り、ほいと捕まえてしまった。捕まえられた虫はノロくもがいていたがやがて動かなくなった。いたずらに手のひらに溜めた湯を窓にぶつけるが蜘蛛はなにも驚くことなくそこに留まったままだったので、つまらなくなりさっさと身体を洗って風呂を出た。飼っているケモノたちも各々の寝床に入り丸まっている。こちらが風呂から戻ったのを目だけを開けてチラリと見てそのまま寝てしまった。ハンモックに腰掛けて冷めたコーヒーを飲み干した。今月のスシパーティーにはやはり手伝いに行くことが出来ない。3階の水槽が再び水漏れを起こしてしまい修理が必要だし、水が来る日だから。電気を消すと高いところで星が流れた。

1日の終わりに客との会話、去って行った客のこと、あった出来事、これからの事に思いを馳せる。自分に正直であったであろうか、丁寧に暮らせたであろうか、今日の仕舞はどうであったか、明日のことは滞りなく済んだか。1日が終わり円は閉じた。

日々雑思 宿を営む

水が来る日。いつも通りに少し早めに起きてタンクに水を上げようとポンプを動かすと水が上がらない。どうしたことかと確かめる。どうやら空気を噛んでしまっているようで呼び水を差してやらなければならないのだけれど、どこにもさす場所がない。仕方なく給水パイプを切りそこから水を差してやる。果たして水は登ってきたが、時遅く給水は止まってしまう。運悪くインターネットも通信障害を起こして繋がらない。これから来る客に断りの連絡も取れず。年末に向けて多少の問合せがあったところなので迷惑をかけるわけにもいかない。客に節約をおねがいした。
うちの宿は一旦なにかが起きると連鎖的にトラブルが続いてしまう。時間に追われてすべてが後手後手に回り、追いつかなくなってしまう。飼っているケモノたちも散歩にも行けず、じっと我慢している。少しうまくいきだすとふりだしに戻らせれてばかりで、前に進むことができない。何回そんなことが起きたのだろう。最近はそれに慣れてしまって凹むこともなくなったのだけれど、ずいぶんとひどい1年であった。諦めの悪い自分に呆れてしまう。

宿をやっていると日本人の動向がわかるようになった。旅人の移動が皆申し合わせたように同時期となる。グアテマラに限ったことでなくメキシコや南米も同じようにせーのとでも声がかかったように移動を始める。必然的に宿への問合せが増えてくる。器の小さいうちの宿はすぐにいっぱいになってしまい、断ってばかりとなる。ところが掃除のために空けた部屋の事が泊客から漏れてしまう。問合せがくる。うっかり断ると突然客から友達が問合せだのだけど断られたと言っていると言われる。果たして、しばし公平性を保つためにすべての問合せを断ることとなる。気持ちはわかるのだけれど、どうにもやりきれない悪循環となる。

宿の清潔にこだわるのはこれ以上こだわりを捨ててしまったら宿の利点がなくなってしまうから。すでに捨てた食事へのこだわりは自分が間違えていた。外国にあって日本人に日本食を提供することが喜ばれると勘違いしていたことに気がついて赤っ恥をかいてしまった。それはこの宿のこだわりの一つでもあった。長い旅の中にあってホッと一息つけるのではとやってきたのだけど、日本から直接来た客に出し、箸もつけてももらえなかった。深く反省し、以後日本人には素性がわかるまで和食を出すことはなくなった。そもそもうちに泊りに来ること自体が間違っているような気がしてならない。ホテルもあるのに何故と聞きたくなる。分相応という言葉はなにも高望みにだけ使う言葉でもなかろうに。やはり日本人旅行者にはそれなりのホテルがいいのであって、食事もグアテマラ料理を満喫した方が満足感が違うと思うのだけれど。グアテマラにあって和食を出すことは日本の様にはいかない。日本と比較されては太刀打ちもできないのだ。うちにある日本食材は以前泊まってくれた客からの善意の差し入れ。彼らの思いは長く旅をする者達のためにだけに使いたい。
ともあれ残っているのは清潔感だけ。それは捨てることは出来ない。安宿ではあってもキチンとしたもてなしをするべきだと思っているから。

夜、泊めてくれと客が来る。部屋はないと断るのだけれど、どうしてもと言われれば泊めてやりたくなるのは人情。自分の部屋を明け渡す。自分の部屋は客室ではないので金は取れない。タダで泊めてやることなる。金を払っている客がいる手前、同じようには出来ない。ところがwifeを貸せ。水が飲みたい。食事は出来るか。と聞かれる。出来ないと断っても金は払うと言われてしまう。もし、商いとして金を取るのであれば宿泊料より高くなってしまうのだ。客ではないのだから突き放せばいいのだけれど、それもやりきれない。客からは金を取れと言われる。何故取らぬのだと聞かれ、もてなすことなく金は取れんとしか言いようがない。屋上に毛布を敷いて寝る準備をしていると、ここで寝るのかと聞かれる。どこで寝ようが構わぬだろうと思うのだけれど、まるでこんなところに寝られては迷惑だとばかりに言われているようで、うなだれるしかない。そんなことが何回かあり客も呆れている。どうにも不器用でいけない。

親切は仇になって自分に返ってくる。くだらないこだわりを持ったばかりに誰からも理解されなくなってゆく。この一年は苦しい年となったけれども自分の物差しを手に入れた。それは他人と比べることが出来ない。自分だけをはかるための物差し。安宿ながらプライドを持ちたいと願ってやまない。価値観の異なる人が来るのは宿の常ではあるけれど、自分なりの信念を持って宿と向き合ってこれたのはいい事であった。客が宿を選ぶように宿もまた客を選ぶことを知った。来てくれる旅人に嫌な思いをさせないために、ミスマッチを防ぐためにネガティブな情報を包み隠さず流した。果たして策は功を奏して空港からほど近い都市にある宿では評判が落ち、パタリと客が来なくなったが、以前ここに泊まった外国人達の口コミが広がり、ポツリポツリと来てくれるようになってきた。宿の案内を英語に変えたことで泊まり客の言語の壁がなくなり、夕食が楽しい時間に変わり、会話が弾むようになった。英語はできないがスペイン語ができる者はスペイン語でまくしたて、英語が得意な者が間を取り持つ。笑い声がこだまして性別、肌の色、年齢関係なく楽しめる。誰も苦情を言うことなく、各々が節度をもって過ごしてくれた。僕はただ掃除をして、食事を提供するだけで良くなった。それは僕の理想とする宿にほんのちょっとだけ近づけたと感じさせてくれた。

3年目を迎えたこの宿。まだまだ至らない点は多けれどずいぶんと良くなったと思っている。やりたいことはいずれもちょっとハードルが高いものばかりでなんとか着手してみたいと願っている。それは妄想の域から出て少し現実味がではじめた。
そして僕のスペイン語、目標には少し届かずだったけれど、それは自分でも驚くほどの変化を遂げた。この歳になって多言語を話すということがわかった気がする。僕のは今、以前羨ましいと感じていた人達と同じ場所に立てた。ずいぶんと痛い目にはあったけれどもう大丈夫、すべてのことに糸口を見つけた。宿もスペイン語も次のステップにあがれたのかもしれない。

年が明けてしまったけれど、いい意味でも悪い意味でも苦難の年は自分を成長させてくれた。果たして今年はどの様な展開になるのか。明日が見えない暮らし、予定調和のない暮らしは僕を楽しませてやまない。

日々雑思 サンマルコスの休日

猫に盛りがつき、毎晩うるさい。妙な声で鳴く、小便を垂れる、言う事を聞かず、すっかりバカになってしまった。年端もいかない女子は盛りがつくと狂ってしまうのは人もケモノも同じなのだ。
ウーゴウーゴとあまりにうるさいのでサンダルで頭をひっぱたいてやったら正気に戻ってきた。よほどこたえたのか目が回ってしまっている。ヨレヨレとしながらボーとなった。しばらくすると再び鳴くのでサンダルを脱ぐと鳴きやんだ。まったく近寄らなくなってしまったけれど、ここは宿なのだ。金を払ったお客に迷惑をかけるケモノに権利などないのだ。働かずタダメシを食らうだけのケモノはおとなしくしているか、捨てられてしまう事をわかっていなければならない。カフェはよく心得ていてセンはまだ心得ていない。それでも夜は首元で寝ているので飼い主は覚えているのであろう。この猫はマシで聞き分けを覚え出している。

すっかり客のいなくなった宿で今年は客1人か2人で静かに年を越そうと決めた途端に、バタバタと問い合わせがある。すでにおやすみモードになってしまったので、なにかと理由をつけては断りまくったのだけれど、飛び込みでやってくる旅人は断ることもできずに受け入れた。食事を頼まれる。日本食はやっていない、グアテマラ料理を食べに行けと言うのだけれど、宿の飯を食ってみたい。期待してきたと言う。それでも来たばかりでなにも客について知らない間は日本食は出さない。けっしてロクなことにならないことをしっかりと学習してしまったのだ。そう言うと決まって誰々さんに聞いたと言われるのだけれど、そんなバカな話を信じて来たのか、騙されたのだ、気の毒にと優しく諭してあげる。例によって友人を呼んでも良いかと言われ出す。空き部屋がある事を知ってしまった者の口に蓋をすることも出来ずうなだれながらもダメだと断る。去年までは言えなかった事が言えるようになったのは少しは成長したのか。どちらに転んでもロクなことにならないのである。

スペイン語を習うことにした先生と出かける。対岸の村。ここは美味しいコーヒーがあって最近はここで買うようになった。移動、買い物、食事を楽しみながら会話をして僕のスペイン語の穴を見つけてもらおうと思ったのだけれど、すっかり2人で楽しんでしまった。ふとした時に言いたい事が言えず、あっこれだと思うのだけど、そのときにすぐに聞かずに後回しにしているうちに雲散霧消してしまい、後からさがしてもあれっなんだったかしらと思い出せない。ジェラートを食べているときローマの休日でグレゴリーペック演じるジョーブラドリもアン王女とのスクープを忘れてしまったのは無理もないとボンヤリしていると、どうしたのだと聞かれて我に返る。見ると彼女の手がジェラートが垂れて手が汚れている。貸してみろとコップの水に浸したナプキンで拭いてやると小さな声でありがとうと言った。サンマルコスには泉もなければ手を突っ込める口もない。もしあったら僕の手は見事に食い千切られてしまうので入れるわけもないのだけれど。それでもいい休日となった。
大人しく、控えめではあるけれど今のところ僕の質問には常に答える彼女。レッスン中にうっと詰まるのは、僕に足りていないところをキチンと見つけてくれている証拠。文法がわかると言うのはこういうことなのかと開盲の僕に見えるように教えてくれる。
育ちの良さが溢れ出る彼女、僕のような輩が教わるべきではないような、キレイなものを汚してしまっているような罪悪感がつきまとい、レッスン後にうなだれてしまう。

嫌な予感しかしない。複数の人を雇ったり使ったりしだすとお互いのことが気になりだすようで、しきりにアイツはどうなのだと聞かれるようになる。根が単純なのですぐにそれは嫉妬 や怒りに変わる。ここの雇い主たちはすぐにクビにしてしまうので不安が常につきまとっているからだけれど、それと同じくらい我先感を出す彼らを見ているとハフゥとため息が出てしまう。遠慮といった感覚はなく、むしれるだけむしりたいと考えてしまうのは、明日に生きない者の性なのだろうか。仕事が欲しいと懇願し、与えると途端に当たり前のように考え始めてしまう彼らはある意味でわかりやすいのだけれど、手綱の取り方がいまだにわからない。何度も痛い目にあって来たので結果、嫌な予感しかしなくなってしまったのだろうか。

村の中はクリスマスのイベントが毎日のようにあって、活気がある。広場でバンドが演奏し若者が熱狂する。教会に信者が集い賛美歌を歌う。道々に人が溢れ、屋台が賑わい、老いも若きも皆楽しそうに夜長を過ごしている。パーティが夜な夜な開かれ、目があさっての方向を向いている外国人が秘密パーティからゆったりと宿に帰ってゆく。明るい者、沈んだ者、怖がる者、笑う者はそれぞれ使った物の違いだろうか。裏路地に広がる甘い匂いやすえた匂いは6番目の感覚を研ぎ澄まされた者たちにはどのように感じられるのであろう。
宿のテラスに座り夕食後の客の夕べが終わるのを待つ。出かけていった者の帰りを待つ。若者らしい楽しみ方が出来なくなったのはいつからであろうか。遠くから聞こえるラテンのリズムに身を任せ、珍しく曇った夜空を見上げていると客に呼ばれトイレが壊れている、鍵を部屋に入れたままロックしてしまったと矢継ぎ早に言われ我に戻った。宿はいっときの忙しさで急に賑やかになってしまった。ろくなサービスもできない宿が益々酷いものとなる。アレがない。コレを何とかしてくれ。やってもいいかと言われてばかり。日本の宿で働く人はきっとすごい人達なのだろう。グアテマラにあってもそうした事を要求されるのは、僕がまだ日本人に見られているという証なのだといい方に考えておく。

年末が近づき、そろそろ少し物騒になる時期となった。すべての旅人が何事もなく無事に目的地に着くことを、楽しき仲間と巡り合い穏やかなクリスマスと年越しを迎える事が出来ることを願う。

日々雑思 あれこれ

庭の木にクリスマスの飾りをつける。特段の思いをキリストさんに持っているわけではない。季節感のない国に暮らすとどうにもメリハリがないのでこうした事でもしておかないと心の置き場所に困ってしまうから。朝、スセリーがやってきて、すぐに気がつき「かわいい、お前がやったのか」と言う。こうしたことにすぐに気がつくのは彼女の心が繊細だから。普段は減らず口を叩き、強がってばかりいるのだけれど心根は優しい。まるで自分の娘の様に可愛くて仕方がない。わかりやすいほど贔屓にするので客も呆れている。なにを言われても彼女は特別なのだ。彼女が働き出してかれこれ10カ月となる。決して良いとは言えない彼女の働きぶりだけれど、それでも少しずつ良くなっていく姿を見るのは親が自分の娘の成長を感じるのと同じ気持ちなのであろう。来年から隣村の学校へ通うため仕事は今年限りとなる。早くもぽっかりと心に穴があいてしまった。

サンペドロの人を雇入れるのは簡単だけれど使うのはとても難しい。毎日のように頭を悩ますことばかりなので、女中はスセリーで最後にしようと決めていた。いつものように仕事の後、2人で朝食をとっているときにスセリーが「お姉ちゃんがもう一度働きたい。ヒデキに話してくれ」と言っている。と切り出した。「私は働けない。ヒデキどうするのだ、新しい女中を雇うのか、ならお姉ちゃんがいい」と言う。僕は答えに詰まってしまった。勝手にブチ切れて出て行ってしまった彼女を雇うリスクは避けたい。少し考えるとだけ答えて3日ほど後にやんわりと断った。1週間程して、またスセリーが食い下がる「私以外の人がここで働くのは嫌、働くならお姉ちゃんでなければ嫌だ」「もう、断ったであろう。諦めろ」「あの時はお姉ちゃんも間違っていた。お姉ちゃんもヒデキに謝りたいと言っている」いつもならすぐに引き下がるのに帰ろうともしない。”やめておけ”と心が言っている。”また、厄介なことになるぞ”わかっているのだ。ダメだとわかっているのに口から「お前さんがそんなに言うなら一度だけ会ってやろう。ただし話すだけだ。雇うかどうかは決めていない。彼女の話を聞くだけだ。いいか」スセリーは「ヒデキ、コーヒーゼリーを作ろう」とニッコリと笑って席を立ち、さっさとコーヒーを淹れ出した。

果たして、来年からひと月だけ試用期間を設けて受け入れることにした。厳しい条件を出した。スセリーと違うではないかと言われても「彼女は特別だ、お前とは違う。スセリーが頼むから試しに使ってやるのだ。妹に感謝しろ」と突き放した。話しをしても相変わらず心は”やめておけ、どうせダメだ”と警告をやめない。その声は正しいことは承知しているけれど、これはスセリーの頼みなのだ。たとえ間違っていてもスセリーの言うことは正しいのだ。そう決めたのだ。たかが小娘にいいように翻弄される気分は悪くない。

国境にて

ツーリストカードにさっさと記入する。何回も書いているので心得たもの。書き終えて窓口に向かおうと立ち上がったとき、女の子が寄ってきて「コレを書いてくれ」とパスポートとツーリストカードを差し出した。ペンがないのかと思い、貸してやろうとすると「違う、私は字が書けない」と言う。
パナハチェルから乗ってきたグアテマラ人の母と娘3人。バスの中で二言三言会話をしただけだ。一番上の娘の歳は15歳程か。いたって普通の子で身なりも普通だ。パスポートを持っているなんてきっといい家庭なのだと勝手に想像していたので、字が書けないと言われたのには驚いて二度見してしまった。彼女はニッコリと笑ってパスポートを差し出した。真新しく、白いページしかない。IDを見るとパロポの出だ。メキシコの滞在先を聞くと困った顔をしている。大きな荷を持っていたのできっと路上で寝泊まりしながら売りさばくのであろう。いつもはぶっきらぼうの係官がメキシコとだけ書けばいいと言う。奴にもそんな一面があったのかと少し驚いた。サインだけ書けと紙を渡すと。ジッと見つめている。お前の名前を書けと言っても固まったままなので、いいのかなぁと思いつつアナとサンデイとサインも書いてやった。

識字率が低いのは知っていた。でも国外に行くような者までがとは思わなかった。ここでは綴りがわからないときに聞くと、私もわからないと言われることはよくある話。いわゆる文盲だ。普段は困ることがないけれど、そこまで教育が行き届いていない現実は知っていてもショックを受ける。
言葉が出来ないというのはふた通りあって話せないと書けないに分かれる。旅人でも話せない人はいるけれどそれは他言語のことであって母語はもちろんできる。しかし書けないとなると、しかもそれが母語であったり母国語であったとしたら心持ちはいかようとなるのであろうか。以前、海外のホテルでなにかが書けないことがあって非常に恥ずかしかったことを思い出した。
彼女達は特段恥ずかしい感じも見せずに、礼を言うと窓口に向かい入国手続きを済ませた。その姿にたくましさを見た。はじめて行く外国、野宿をしながらの商売、字を書けず、おそらく計算も得意ではないであろう。それでも幼い子供を連れて出かけることに驚きと力強さを感ぜずにはいられない。僕にそのようなことができるであろうか。

まだ捨てたものでもない

間が悪くてバスに乗り遅れてばかり。国境から少し入った大きな町に着いたときにはすでに暗くなってしまっていた。普段ならいさぎよく諦めて一泊するのだけれど今回は帰る途中に連絡が入り、急ぎ戻らなくてはならない。犬のカフェ猫のセンも心配だ。バスが停まっている間にトイレに行く。戻るとすでにバスは消えていた。またかよとガッカリしていると屋台の娘が声をかけてきた「食っていけ、カフェも熱いぞ」「シェラ行きのバスは何時だ」「6時半だ!食って行くか?そこへ座れ」言われるままに座り「何がある、コーヒーはブラックか」「牛がある、コーヒーはすまん砂糖入りだ」僕は彼女が気に入った。チャキチャキとして外国人の僕を見ても怯むそぶりもない。スペイン語を話すこともあるけれど自然な仕草がとてもいい。すぐにテキパキと料理を運んできた。食べはじめた途端にバスが動き出す。「あー」と声を上げると彼女はバスのところに走り寄り戻ってきた「大丈夫だ道の向こうに移動したのだ、送ってやるから安心しろ」と言う。送ってやるとはどういうことなのかはわからなかったが、ダメならここに泊まろうと決めた。食べ終わると男が現れてバイクの後ろに乗れと言う。彼女の方を見るとニッコリと笑って行け行けと言う。僕は訳もわからないままバイクにまたがり彼女に礼を言った。バイクでしばらく行くとバスがあった。男にも礼を言い僕はシェラに向かった。
旅をしているとこうした不思議なことがたまに起きる。普段ならありえないような優しさに触れることがある。何もかもがうまく回らないときにこうしたちょっとしたことに出会うと気持ちのざらつきがスッと引き、旅も悪くないなと感じることができるのだ。すっかり暗くなり、町がざわつき、人々がわらわらとしている。久しぶりに味わう町の雑踏は普段のサンペドロの暮らしとは違って僕に外国にいる事を感じさせてくれた。なによりもグアテマラが合っているのだ。文句ばかり嫌なことばかりだけれど僕にはこの国が合っている。それがなんであるのか、僕の傷を癒してくれているのを最近ハッキリと感じるのだ。日本では生まれてくる時を間違ったと感じる事が多かったのにここではそんなことは微塵も感じることがない。きっと僕は古いやつなのだ。新しいものを欲しがらないバカなヤツ。鶴田浩二の唄にあるように右を向いても左を向いても真っ暗闇のこの国で前を向いて進むことが出来る。それはまだもう少しだけ生き残る希望なのかもしれない。

話す時には

バスに乗ると白人が挨拶をしてくる。なんの問いかけもなくいきなり英語で話し出す。僕はなんだよと思いながらも英語で答える。最近また英語を使う機会が増えてきた。すっかり下手くそになったと思っているのだけれど、会話は以前よりはマシになった気がする。きっと自分の気の持ちようが変わったのだ。ちょっとした小話程度ならボロを出さずにできる。耳もよく聞こえ、口もちゃんと動く。この外人も僕の言うことはよくわかってくれているようで、どこで覚えたのだと言う。日本人と話すときキョトンとされることがあって、自分の英語を疑うのだ。

隣の若い子がスペイン語で話しかけてくる。スペイン語で答える。スペイン語も出来るのかと言うので英語よりはマシだと思うと答える。フランス人でスペイン語を練習していると言っている。そういえばバスを待っている間に観光協会のアンケートに答えていた。はじめはスペイン語だったが途中でわからなくなって英語に切り替えていた。僕も英語かスペイン語かと聞かれたが、どっちでもいいけど、自分は観光客ではないと言うとガッカリしていた。しばらく彼女のスペイン語に付き合ったがフランス語や英語訛りのスペイン語はどうにもいけない。鼻につく。先ほどの白人が話したそうにしていたがイヤホンをつけて話しかけるんじゃねぇオーラを全開にしてやった。そんな時でもグアテマラ人は容赦なく話しかけてくる。ひとしきり話しておしまい。バスの運転手は僕を覚えていて、帰りはいつだと言うので帰りはシャトルは使わぬ、カミオネータで帰ると言うとなぜだと言うのでいつもお前らのバスは遅れるからだと言うとあーと苦笑いをしてブツブツ言っていた。

日本人と話す時はついつい余計なことを言ってしまう。普段言えないことも日本語でなら話せるから。それが嫌で仕方がない。日本語は自分の気持ちと言うことを一致させる事も出来るし、わざと乖離させることも出来て自由自在なのだけど、時に相手が自分とは違うことを忘れてしまい。慌てて口をつぐむことも多い。努めて丁寧な物言いを心がけて波風を立てずに済むようにしなくてはいけない。他言語ではストレートに聞けることも日本語では注意しなければ人格まで否定されかねない。長いこと日本を離れているので自分は中途半端なのだとよくよく言い聞かせている。

日々雑思 スペイン語

去年詰まった排水管が再び詰まり、水が溢れている。こしらえたウッドデッキが邪魔となるので、一部をバラし、配管を覆ったカバーを取り外す。見ると汚れてベットリとしていた。排水管のパイプ掃除機があればいいのだけれど、望むべくもなく、ガス用の硬めのホースに鉄パイプを刺して掃除する。3時間ほどかかりやっと詰まりが解消したが、汚れ落しのために使ったケミカルが腕についてケロイド状の火傷になってしまった。しばらく腕がひっつれた様になって気になるので薬局で薬を買ひ塗った。子供の頃足にお湯をかけて火傷を負ったのだけれど、どうしたものかその時の記憶はない。腕に出来たケロイドを眺めながらいつかこの記憶もなくなってしまうのであろうかと考えた。

洗濯機が途中で止まってしまい脱水が出来なくなる。掃除をしてみたが動かないのでひっくり返して配管を外して中の水を取り除く。狭いところに手を入れるので指先が切り傷だらけとなった。この洗濯機は宿を始めるときに買った韓国だか中国製のもの。技術を伴わないメーカーが作ったのであろうか、センサーなどの精度が低く、トラブってきたけれどなかなかよく働いてくれている。客の去った後のシーツを手洗いするとなると1日仕事になってしまうところを1時間やそこらでやってくれるのはありがたい。一通りいじくりまわすと機嫌をなおしてくれた。テレビを叩いたり、携帯のアンテナを髪の毛にこすりつけたりすれば立ち所に直った記憶が蘇る。今の日本にもまだこうしたことはあるのであろうか。

トイレのタンクに水が溜まらなくなる。給水パイプの上に付いているパッキンが風邪をひいてしまい硬くなっている。針金を持ってきて、押してやると再び水が溜まる様になった。パッキンを押さえるネジを調整して溢れない様に調整してやり、動作確認済ませた。水を流すレバーが外れかけていた。乱暴に扱った者がいたのであろう。排水のための蓋につながる鎖を付け直した。おそらくコレも長くは保たないであろう。このセットは去年買い直した新しい方なのになぜ。

宿をやっていると色々と壊れていくが、すぐに買い換える事が出来ないのであれこれと修理しているうちに大抵のことは自分で出来るようになった。電気、水回りの配管、コンクリの補修、ペンキ塗り、大工仕事、裁縫、包丁研ぎなどなんでもやらなければならない。こうした知恵は日本では発揮することもないたわいのないことだけれどグアテマラでは必須となる。若い頃、建築で働いた経験や小田原での半自給自足の暮らしがこんな形で未来につながっていたのかとぼんやりと考える。とすれば今のこの暮らしの何かがまだ見ていない未来につながっているのであろうか。「丁寧に生きる」それは僕にとってとても大切な生き方のひとつとなった。

村が家庭教師

はじめからこっちで勉強しておけば良かったと何回か客の口から言われたことがある。最初は自然が豊かで落ち着いた村だからだと思っていた。確かにその通りではあるのだけれど、先日、ある客と話していてハッとさせられた。
彼女によると「@#/&€♪☆で勉強してる人って話せない人が多いですよね」僕もそれは薄々思っていたのだけれどそれは勉強の方法の違いかなぁくらいにしか思っていなかった。彼女は続けて「ここって出かけていけばみんなが話しかけてくれるじゃないですか、都会だと話す機会があんまりないしほぼ先生とだけだからじゃないですか」僕はそれを聞いてそうだったんだと膝を叩いた。

そう、この村は宿を一歩出ると村人みんなが気さくに話しかけてくれる。「どこから来た」「名前はなんだ」「どの位居るんだ」「家族はいるのか」「サンペドロはどうだ」「ヒデキを知ってるぞ」などなどすぐに質問攻めにあう。家庭教師から民族衣装を借りて村を散歩するだけで「ペドラーナ(地元の娘)」「とても可愛いわよ」「それどうしたの」老若男女問わずに親しく話しかけられる。私服に着替えても彼らは覚えていて「今日は着ないのか」「毎日着た方がいいのに」とやっぱり話しかけられる。学校で習ったスペイン語をすぐに使う状況になる。一度村人と話すとどんどん知り合いが増えていき、言いたくても言えなかったことがどんどん増えていく。必然的に勉強するのでどんどんセンテンス、ボキャブラリーが増えていく。学校と違い生の会話では相手は容赦してくれない。普段の話し言葉でガンガン話しかけられているうちにどんどんスペイン語に慣れていく。何よりこの村の人は親切で、こちらがわからないとなると、わかるまで何度でも言い直してくれる。それはスペイン語初心者にとってはとてもいい練習でしかも楽しい。当然2週間もいればこちらがアラッと驚くほど話せるようになっている。

そうこの村は言ってみれば全員が家庭教師みたいなものなのだ。しかもタダ。そう言えばよく出かけていく客は帰ってきて「今日はこんなことを話しかけられたんですよ、こんな時どんなふうに答えたらいいんですか?」「こんなことを言われたんですけどわからなくて、どう言う意味ですか」と質問される。そんな時の客の顔はとても楽しそうだ。ストンと疑問が腹に落ちた音がした。サンペドロで学んでよかったと言う人が何を感じていたのかやっとわかった。ここで学ぶスペイン語は村民が作ってくれていた。それは文法的には間違っていることもあるし、方言が混じることもある。だから”きちんとしたスペイン語”と言われるものを習うには適していないのかもしれない。試験で良い点数を取りたいのであれば大きな町で権威のある学校や試験対策に実績を持っている学校で学ぶ方が確実で、日本人が多く学び、先生たちも日本人の特性をよく知っていて、教え慣れている学校を選ぶことが懸命だと思う。
でも僕は自分の気持ちを運ぶためのツールとしてのスペイン語が好きだ。旅人が経験から学んだスペイン語は聞きやすい。自然で相手の気持ちがすんなりとこちらの心に入ってくる。多少の間違いなど気にもならない。楽しそうにスペイン語を話せる様になった客を見るのは気持ちいい。そうした客ははじめからそうなることが決まっている気がしてならない。そんな彼らのレッスンをするうちの家庭教師達もまた楽しそうで喜んでいる。商売としてはまったく成り立たない、まったくのボランティアではあるけれど、やりがいを感じる事がいい。もし商売にしてしまったら多分やなことがたくさん出ることもわかっているから、それはまだやらない。僕が紹介したい客にだけそっと教えてあげるのだ、フフフ。

僕のスペイン語の先生を見つけた

新しい家庭教師を見つけた。4年ほど経験のある女性で会ってみると人柄は良さそうだ。控えめで大人しい感じを受ける。試しにレッスンを受けてみるとよくわかる。ところが客につけるとどうにもしっくりとしない感じであったので一緒にレッスンを受けて日本語でフォローしているうちに、僕自身があれよあれよと言う間にすっかり理解してしまう。説明が上手なのか、例題がいいのかわからない。あまり喋り上手でもないし、会話が弾むこともない。愛想がないのかと思い、日常会話をすれば、よくコロコロと笑い可愛らしい面も見せる。

彼女がとてもよくわかるレッスンをしてくれるのでノートを見せてくれと頼むと快く応じてくれる。見ると驚いた事に客のためにノートを一冊新調して資料をこのレッスンのために作っていた。レッスン中客の言った事をいちいち書き留め、どう間違えたかをキチンと整理している。それを元に次のレッスンを組み立てていた。どおりでわかりやすいはずだと合点がいった。通常、学校ではひと月またはそれ以上をかけて教えている接続法をたった2週間それも1日2時間ですべて教えてしまった。しかも、それをすぐに使えるように教えてくれたのには驚いた。しかもとても優秀だ。僕は”見つけた!”と思った。

彼女に毎日1時間スペイン語を習う事にした。あまりに僕が褒めるのでそれを聞いていた話せないと悩んで相談しに来ていた者が興味を示す。僕は聞こえないフリで流しておしまい。人の物をなんでも欲しがる奴にろくな奴はいないのだ。そうした輩にこれまでこっぴどい目に合わされてきているのでこちらも随分と知恵をつけさせてもらった。うちの宿は学校ではないし、僕はエージェントでもない、ノホホンと暮らしているオッサンであって相談するべき相手ではないのだ。好き嫌いがはげしい嫌われ者に相談したところで得るものはなにもない。

今年もあとひと月、果たして僕は目標にたどり着けるのであろうか。

日々雑思 黒い心の持ち主なのです

季節が変わり、風が強く吹くようになる。今年も道路工事が始まり、再び村への道が閉ざされた。観光客が減り村の経済が疲弊しているにもかかわらず、自らチャンスを潰してしまうとは呆れたものだ。それでも今年は少し考えて、2つ先の村からバスが出るようになる。そこまでボートで行けば村の人の交通手段は少しは良くなるのだけれど、そこの村にバスを停めた途端に寄ってたかって泥棒に盗まれてしまい、ほとんどのバスが引き上げてしまった。以前から治安の悪いことで知られていた村だけれどもなんでかなぁ。果たして去年と同様の交通手段に戻ったけれども、今度はボートが強い風で転覆してしまい大勢の人が死んだ。定員を超えて乗せれば稼げると踏んだ組合がわんさと詰め込んだせいだ。ボートに乗ると皆真ん中には座りたがらずに、すぐに逃げられるように前と後ろに固まっている。そうそうに救命胴衣をつけている者もある。数が足りていないので早い者勝ち。惨事が新聞に出ると道路を少し開けてやっと通れるようになった。たかが道路工事1つで随分と混乱を招くものだ。全体を見る者がいないというのは悲しいことしか招かないのだ。皆、自分のことしか頭にないので、我先に目の前の小事に飛びつきたがる。うちにも働かせてくれと頼みに来る者が増えたが、どうせロクなことにはならないので適当にえへら笑いでごまかしておく。嫉妬と噂話のネタになるのかもしれない。

季節の変わり目は庭の手入れをする。伸びた草木を刈り、陽が庭に入るようにする。述べ4日ほどかけ、大きなゴミ袋に10袋にもなった。庭は明るくなりスッキリとした好みのものとなる。屋根に寝そべって伸びたツタを刈っているときに肘を擦りむいて血がダラダラとしたたる。アナが大変だと言っているので「物は直さなければ壊れたままだが人はほっておけば治るのだ」と答えると「なぜヒデキは自分の体を大切にしないのだ、お前の手を見ろ、アカギレで皿も洗えぬではないか、もう少し世話をしろ」と怒っている。空気が乾燥しているのでこの季節は水仕事をするとすぐに切れてしまう。このところずっと庭の手入れをしていたからか、皆が疲れているのかと聞いてくる。働けば疲れるであろうにと思うのだけれど、肩を揉んでやると言われる。「背中が固い、少し頑張り過ぎだ、休め」とたしなめられる。客をもてなすのが宿であるから施設の見てくれは大切なのだ。宿主の事など構わないであろうにと思うのだけれど、わからぬ。キレイな宿で美味い飯が食えればそれだけで十分であろう。ともあれ人様の優しさに触れた気がするが、この程度のことではこれまでしてきた所業に比べれば罪滅ぼしにもならぬ事は承知している。なにせ心が腹の底から腐っているのだ。地獄に落ちる人は生きている時から行くことがわかるものなのだ。黒い心は幾ら白を足したところで白くはならないのだ。

対岸の村にあるレストランに頼まれて寿司を巻きに行く。80本程巻き、最終のボートで帰ろうかと思っていたが、思いの外客足が伸びて最後まで手伝わされてしまう。英語を話す者、スペイン語を話す者がたくさん来て久しぶりに外国にいるような気になった。いつもは車を貸し切り帰ってくるのだけれど今日はボートを貸し切った。あっという間にサンペドロに戻れたし快適であった。若者の噂でピストルを使った強盗が逃げていて、隣村の男を殺したのだとまことしやかにSNSで拡散していた。詳細を確かめると悪人ではあるけれどもう一つ向こうの村に逃げたので問題はないと、またこちらも根拠のない話を聞かされていたので、やはり少し心配ではあったのだ。ボートであれば海賊は出ないので明るい桟橋から帰れるのはいい。
サンペドロは静かな村ではあるけれど、年末が近づくとこうした話が出始める。以前は人さらいが出たりしたらしいが、そうした記憶が村人の心内にあるからであろうか。ともあれ子供達が恐れをもって暮らすことは悪いことではない気がする。そろそろクリスマスの飾り付けなどをする季節となったことを知る。