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HIDEKI について

1965年生まれ 小田原で半自給自足の生活を9年 一世一代の旅に出ることを決心 仕事を辞め 大型バイクの免許を取得 バンクーバーにてバイクを購入 現在メキシコ カンクンでキューバ行きまで停滞中です 現在1カ国目 フィリピンにて英語留学中 10kg減量 親知らずを抜き 家財一式を売り払い バックパックに必要なものを詰め込んで旅に出ました フィリピンで5ヶ月の英語学習 カナダでバイクを購入、アラスカ、アメリカ、メキシコ、キューバ、ベリーズを旅して現在はグアテマラでスペイン語留学中

留学に関するあれこれ

今回の記事に関しまして、一部不適切な表現がありましたため、今回の記事は削除いたしました。

ご気分を害された方には深くお詫び申し上げます。

なお、今後このようなことが起きませんようにブログ記事に関して再考いたします。当面の間、謹慎いたします。

 

 

僕のスペイン語の話をしよう

僕のスペイン語の話を少し。現在の自分に至る経緯としてはこんな感じだという記事になっています。今回は留学に関する情報ではありません。

バイク旅でメキシコに入った時に僕は旅の一番大切なツールである英語を失って途方に暮れた。そうメキシコはスペイン語圏だったから。
毎日、ガソリンスタンドとタコス屋に行き、繰り返し彼等の口からこぼれ出る音を拾い続けた。英語で嫌という程痛い目に遭った発音とリスニングを勉強をしはじめる前からつぶしたくなかった。

グアテマラでスペイン語留学を合計5ヶ月する事になる。果して、中途半端な知識と旅に必要なスペイン語を手に入れた。自分ではだいぶ話せるようになったと喜んではいたけれど、カタコトで必要最低限の会話しかできない状態だったと気がつくのにそう時間はかからなかった。

宿をはじめた初日、ガスのボンベが切れてガスを注文することになる。がく然となる。電話で注文しなければならないのに”もしもし”がわからなかった。ガスボンベをなんと言うのか、この場所をどう伝えればいいのか、直ぐに必要だとどう言えばいいのか、電話を切る時はどう言うのだと途方に暮れてしまう。電話をかければ相手がなんと言っているのかまったく分からず、はたしてガスボンベが届くのかどうかもわからなかった。
それからは日常のすべてに困る事となる。とにかく生活に必要なスペイン語を知らなかった。女中を雇うと掃除、ルームメイク、料理につかう言葉がわからない。隣近所のつきあいや、光熱費などの支払いなど生活に必要なスペイン語が毎日山のように押し寄せてきた。

客との会話にも困る事となった。日本語の文法用語がわからない。「線過去と点過去の使い分けがわからないんですけど」と言われても僕にはその言葉の意味が理解出来ない。日本語の文法書をあわてて読んだ。

今では、文法的な事を聞かれればそこそこ説明出来るので知識は一通りあるらしい。でもそれは知っているだけ、話せないのが問題なのに頭ばかりがデカくなる。本は知らない単語さえ調べてしまえば理解はできる。朗読はまるで出来の悪い小学生並み。100回読んでもバカ丸出し。ボキャブラリーは恐らく聞いたら分かるけど、使えない単語を含めれば2000もあるかどうかといったところ。日常会話では多岐に渡るテーマやコミュニケーションとなるとちょっと自信がない。発音はLがいまだにダメ、アクセントやイントネーションを直されることも多い。聴き間違えもひんぱんにおこしてしまう。

よく見積もっても僕のスペイン語はこの通り。近所の馬鹿餓鬼にも劣る程度なのでこれから書くことはスペイン語が出来る人にはまったくもって役に立たない情報なので最初に断っておく。

今のスペイン語の勉強方

言語を学ぶにはいくつかの段階があると思っていて、時々に応じた学の機会が必要となるようだ。はじめは参考書や学校が必要だけれども、それではいつ迄も国語の教科書を朗読しているような話し方になってしまい、話中の相槌や会話をつなげるためのちょっとしたひと言は口から出ない。
知り合いに頼んで夜にすこし勉強をして見たのだけれど、どうしてもテクニカルな事に集中してしまい、話すという目的とはちょっと違う方向に進んでしまった。この学び方は違うと思いつつ、なかなか修整をすることが出来なかった。僕のスペイン語は学校にまじめに通っている生徒さんにも劣る酷いものになってしまった。

なかなか糸口が見つからない。女中さんに家庭教師も頼む事にした。彼女はスペイン語は話せるけれど学校の先生の様には教えることは出来ない。でも逆にそれが良かった。小難しい質問をしなくなり、言葉をそのまま受け入れた。そうなると買物やちょっとした頼み事などもスムーズにいくようになり出し、このころから話す事への垣根が随分と低くなった。と同時に自分のスペイン語が変わり始めたことに気がつく。宿の日常生活に必要な単語を覚えてしまうと側から見ればペラペラにみえてしまうのだと感じたのだけれど、自分のスペイン語が全くなっていない事も分かっているという変な感覚がつきまとった。相手も僕がスペイン語を話せることを前提に話すので勘違いや言い間違いが目に付くようになって来た。それが原因で女中さんのセシーは辞めてしまったのだけれどそれが僕の実力なのだとあらためて思い知る事となる。

僕はもう一度キチンと勉強しなおす必要性を感じて、本を買い、文法書を引っ張り出して、「読み」「書き」「話し」「聞く」をいっぺんに同時進行で勉強することにした。語学学習では各スキルが少しのタイムラグを置いて同時に伸びて行くものだと思っているので、何かひとつに特化して勉強するのは今の僕にとってはあまり良い勉強方法だとは思えなかったから。大嫌いだった書くこと、読む事を中心に分からないことがあればそのつど辞書をひき、文法書を読みなおした。新しく来た女中さんにもお願いして仕事のあと1時間のレッスンを受けている。レッスンでは本を全速力で読んで貰い、録音したものを何回も聞き、同じ速度で読めるまで練習を繰り返す。翌日、僕が朗読する。チェックしてもらい、発音や抑揚をなおしてもらう。読んだ文章をセンテンスごとに何が書かれているかを説明して、分からない単語は使い方をより詳しく教えてもらい、その場で文章を作って理解しているかをチェックした。文中の動詞はどの活用が使われているか書き出して、どうしてその活用が使われているのかを考えた。これまでぴんとこなかった活用が見え始めてきたのでより理解が早くなって話しの中で明確に使い分ける事ができるようになっていく。YouTube で流行りの曲を聴いて一緒に歌う。間違える事を承知で新しい構文で話し、あっているか、間違えている時は直してもらい、口が覚えるまで繰り返す。最近はもっぱらこの方法で自分のスペイン語を磨いているのだけれど果たしてこの方法があっているかかどうかはまだわかっていない。

スペイン語が話したいんだ

最近、スペイン語を話したくて仕方ない、英語もしかり。日常の生活には困っていないし、ことは足りているのだけれど、話していて自分がバカに思えてくるような、道徳も教養もない頭の悪さを露呈するようなスペイン語が嫌なのだ。まるでいつも真っ裸で歩いているような気分になる。
日本人だから、歳だから、性格的になどといった言い訳などまっぴらごめんで、何が何でも話したいと負けず嫌いの性格を丸出しにして勉強をしているのだけれど、いまいち上手くなっていない気がして仕方がない。聞けば「お前のスペイン語は正しい」と言われてもそんな訳があるはずなかろうと疑いの気持ちがムクムクと湧出していけない。

話し方がとろくさく、いちいち必要な単語を探さなければ口から出てこない、話していて間違えるたびに”あっ”とか”また間違えた”とかと四六時中感じているのが嫌で嫌で”お前は馬か鹿なのか”と自身に悪態をついている。

英語を習った時にも感じたこの苛立ちは、心にべっとりと張り付いて今でもはがすことが出来ないもので、こんなものに一生張り付かれていてはたまったものではない。早くひっぺがして捨ててやりたいとかきむしってはいるのだけれど、なかなか突破口が見つからない。

外国で暮らす、特に地元に根付くように暮らすとなると片言で済まないことが多々あって、ただ話せると言うだけでは片付けられない問題が出でくる。言葉はその国に住む人のアイデンティティの一部であって、その国の文化や人々の気持ちのありように深く根ざしていると思っている。言葉がとてもよく話せてもその国のジョークがわからなくてキョトンとしてしまうのはそのため。言い回しやエクスプレッションなどがいい例。単語自体に本来の意味を付加していなかったり、擬似的な有様を他の単語で表すような言い回しはその国を知らなければ話すことが出来ない。
感情や想像、推測を含む言い方にも苦労する。自分が持つ心の動きと使う言葉にズレが出てしまう。勘違いが起きて凹むのだ。痛い目を見るのだ。いらいらしたり、心がざわざわするのだ。

そう、僕は今、とってもスペイン語が話したくなったのに腰が引けて話せない時がある。そんな時、自分の中にある日本人を感じて、自分はこんな者ではないと悔しい思いをしている。

誰しもが通る道ではあるけれど、出来れば避けて通りたい。でも僕も御多分に洩れず泥沼にはまってしまったようだ。それでも僕にはスセリーやレオがいて、午前午後と彼らの情けを受けて一歩でも前に進もうともがいている。

僕は4年前にフィリピンで英語留学をしました。ほぼ話せない状態からのスタートは楽しくもあり、辛くもありました。それでも僕は英語を手に入れ、旅の途中にあっても困ることはなくなっていました。宿を始めて外人のお客さんが来ても簡単な意思の疎通はできる程度には話すことが出来ます。おそらくそれは当たり障りのない会話だからこそ支障を感じていないのだと思っています。でも語学にはその先がありました。日本語でなら出来ることが出来ない、込み入った会話をするには、もう少し勉強する必要があります。英語では到達する事のなかった世界がスペイン語で立ちはだかりました。幸いにもグアテマラで暮らす僕には多くの友人がいて機会にはとても恵まれた環境にいます。僕はその世界に踏み込んでみることにしました。

ここでの暮らしも一定の落ち着きを見せてきて、書くことがなくなってきたので、スペイン語についてちょっと書いていこうと思っています。
学校や家庭教師のこと、どう学ぶのが効率的なのか、先生とのマッチングや日本人にありがちな癖、目標設定やレベルによる学び方などを僕なりの時点で言い放ってみてもいいのかなぁと思っています。

日々雑思 居候、飯炊男、遠足にて

居候

レオが来て泊めてくれと言う。金がないんだが、その分手伝うからなんでも言ってくれと言う。
友人であり、家庭教師でもあり、演奏家でもあるが金がない。レオは生まれも育ちもよく教養もあるしグアテマラ人らしさがない。ただ金が稼げないので生きて行くのに難儀している。「何も言わなくともよい、泊まれ」それだけ言うとレオはモジモジしている。「飯か?」「それは大丈夫だ、考えなくていいのか?」「考える必要もない。泊まれ、いつからだ」「今日、あとで来る、ありがとう」

後でレオがやって来る。「掃除は自分でやれ、1週間に一度は必ずやれ、シーツも自分で変えろ、あとは好きにやれ」と伝えておしまい。レオはきょとりとしている。空いている部屋を貸してやり、ここにいる間に仕事を見つけ出ていけばよろし、人助けというほどのことはできないが、友人がくれば飯の一つも食わせてやりたいと常々思ってるのだ。

最近のこの宿はまるでテレビの安ドラマの舞台にでもなったかのようにいろいろあって、自分がてんてこ舞いになりながらもなんとかなっていく主人公にでもなったような気分。一度歯車が狂うと何もかもがうまくいかないように思えるけれど、実はそれが楽しかったりもするのだ。後で考えればそうなのだきっと。客もなく途方に暮れかけると1人やって来て、覚悟を決めると2人やって来る。役立たずの居候が1人くらいいても何も変わらないのだ。朝、スセリーが来る。「この男はお前の手下だ、好きに使ってよろし」と言うとレオは苦笑いし、スセリーは少し戸惑った顔をしている。いつものように、なにも変わらずに掃除を始めた。

飯炊男

客が「ここのメシは美味い、レストランをやれ」とほめる。このメシならもっと高くてもいいと言いつつ他のホテルへ引っ越して行く。メシだけ食べに来るがいいかと聞かれ、ダメとも言えず「よい」と答えると、さっさと出て行ってしまった。

客が「スペイン語をここで勉強するのはどうか」と言う。「アンティグア、シェラが安い。そちらでやればいいであろう」安いの一言でそれ以上は聞かないのでこちらもそれ以上は何も言わない。
学校をやめた先生が来て家庭教師をはじめるが場所を貸してくれと言う。空き部屋ばかりでも仕方がないので一階は貸しスペースへと変更することにした。部屋は3部屋となる。

噂で「あそこの3階は雰囲気が悪く行きにくいと皆が言っている」と聞く。何が悪いのかとんとわからない。泊まっている客に聞いてもわからないと言う。誰もいないのが不気味なのか、エレベーターがないので行きにくいのかと考えるが、わかりもしないのできっとそうなのだろう、今の人には合わないなにかがあるのだろうと諦めた。

宿の持ち主が惨状を聞きつけ、心配でやって来た。さぞ散らかしているのだろう、どうしようもない事をしでかしているのであろうと思って来たのだ。一通り様子を伺い、近所で聞き込んで帰って行った。部屋の鍵をまたもや持っていかれてしまう。なぜか皆部屋の鍵を持って行ってしまうので常に交換をしなければならない。なぜ持っていかれてしまうのであろうか。
それにしても客が来ないのは不徳の致すところ、さぞ人様に忌み嫌われる性格なのであろう。宿は人一倍キレイなのだから、原因は自分の心の汚れだ。

スペイン語だけははかどる。いつも勉強出来るので随分と良くなった気がする。本が読めるようになり。歌が歌えるようになった3曲を練習して2曲歌えるようになった。スセリーが教えてくれるのでとても楽しい。客に文法の事を聞かれ、嫌々説明すると「わかりやすい。ここで勉強がしたくなった、お前はやらないのか」と言われるが文法のことは日本語で説明しているのであって、スペイン語は一切喋っていないのだ。「お前の日本語はなかなかのものだ」とふた回りも違う若者に褒められる。まだ日本語は忘れず、人様に褒めていただけるだけましだと思うことにする。

遠足にて

パロポと言う遠い対岸の村へ行く。スセリーに同行してもらう。彼女も初めてだと言う。いつもとは違い洋服を来てやってきた。
パロポについてお土産屋の髪留めが気になっている様子だが小さいと言う。「お姉ちゃんは持っているが私には絶対に貸してくれない、とっても自分勝手だ」とボソリ。それではそれを探そうと村の中をくまなく回るがどれも小さいので、「パナハチェルで買おうか」と言うとコクリと頷いた。村は青に塗られ、大きなホテルもあり、思っていたよりはツーリスティクであったけれどスセリーとの小旅行だったのでそれは楽しかった。パナハチェルに戻り、髪留め、サンダル、シャンプーを買う。シャンプーは「テレビでやっていたものだ、ハチミツが入っていてきっとキレイになるのだ」としっかりとした目で説明をするので哀れとなり買う。カバンにシャンプーを入れると「お姉ちゃんはアボガドを塗っているのだ」と言う。8歳も歳が離れているのに対抗心を燃やしているのが微笑ましい。髪留めは茶色を選んだ、サイズも大きい、値段を聞いて「高い!」と文句を言っている。値切って20ケツアレスを15ケツアレスにする。すぐに髪に留めて使い出す。「もうお姉さんの事を悪く言ってはいけない」とさとすと素直にうなづいた。帰りがけにサンダルが目に付き、キラキラとした目で床にしゃがみ込んであれやこれやと手にとって履いている。「コレは底が天然ゴムだから丈夫でいいのだ。長く使えるのがいいものだ」と言う。「この焦げ茶はとてもよい」と言って幾らだと他の客を店員と間違えて聞いている。あっちのオジさんが店員だと言われ恥ずかしそうにしている。値段を聞いてうなだれる。かわいそうになり再び値段交渉。200ケツアレスを150ケツアレスにする。そこで「この値段は妥当かサンペドロでならいくらだ」とそっと聞くと「サンペドロなら250だ」と言うので「それならば買え」と言って金を渡してやった。お土産を入れたバックを機嫌良さそうに背負い、船着場へ向かう。こっちだと自信を持って反対方向へ行くのでついていく。「同級生と来た時は確かにこっちだった、でもわからなくなってしまった」と照れた笑いを浮かべ困惑している。迷子になり困っているところへスセリーに交際してくれと言っている男の子に気がつき僕の陰に隠れている。「とっても嫌なのに困る」とくっつくので、父親になったような気持ちになって元来た道をボート乗り場へ向かった。

日々雑思 季節が変わり始めて

雨季

夕方から雲行きが怪しくなる。裏山の火山に雲が垂れ込めゴロゴロと雷が鳴り出す。カフェを散歩に連れて行く。今日は少し長い散歩をしてやろうと決めていた。客がどっと去って夕食の支度に手間がかからないから。

村の中心へ向かう。売店に寄りパンを買う12ケツアル。20ケツアルを出すとレジの娘に2ケツアルはあるかと聞かれる。「ナイいつもゴメン今度は用意する」といい8ケツアルを受け取る。いつもいる白人が幸運をと言ってきた。どうしたのだと聞くと明日、カナダへ帰ると言う。お前もなと答えて店を出た。ここに住む外国人は自国とこの国を行ったり来たりしながら暮らしている者が多い。いよいよ雨季がやってくるのだ。だから彼らは自国で悠々と温かな日々を送るつもりなのだ。

坂を下る。カフェはいつも行くフライドチキン屋に行きたくて坂の上でこちらを見てなんでそっちに行くのだ、まだ食べておらんであろうがと恨めしそうにこちらを見ているが、こちらがしゃがんで手を出すと笑ったような顔になりストトとかけってやってくる。そのまま湖に出て湖畔を歩いて行く。カフェは前に歩き、時々こちらを振り返りながら嬉しそうに歩いている。途中、お気に入りのドブに行こうとしたがNOというと素直に従った。
友人の新しく出来たホテルの前を通り過ぎ、岬を越えたところで雨が降り出す。洗濯をしていたおばさんがブラジャー一丁で頭に洗濯物を乗せるのを手伝ってくれというのでカゴを持ち上げた。おばさんが両の手を挙げた拍子にブラジャーがゆるみボロンとどデカイのがこぼれた。どははははと豪快に笑うおばさん。カゴのやり場がなくなり目だけがおばさんのそこに釘付けとなった。

雨がひどくなり湖畔のあばら屋に駆け込む。身体を洗いにきていた家族がいる。「どこから来たのだ」「日本からだ」「どの位ここにいるのだ」「2年だ」「これらかもいるのか」「わからない多分そうだ」「ここは穏やかだからな」「あぁグアテマラシテイとは全然違う」「そうだここは違う、ここが好きか」「まだ分からない、好きなところもあるし嫌いなところも沢山ある」「何が嫌いなのだ」「人だ、お前らの文化はわからない」

沖でボートに乗った漁師の若者が鳥を追いかけている。立ち上がりオールを器用にさばきながら追いかけるが、鳥は捕まらない程度に飛んでは若者をからかっているように見える。見ていた家族づれも笑い出した。もう少しのところで水の中にトプンと潜り少し先に出る。若者は急ぎそこに行くがまた潜られてしまう。若者の後ろの方にポッカリと浮き上がると、そのまま飛んで行ってしまったが若者は気がつかない。家族づれが行ってしまったと教えてやる。

雨が小止みとなったので戻ることにする。元来た道を行くと先程とは違った少し若い女が濡れて透けたシミーズのまま「そのパンはどこで買ったのだ」と聞いてくる。「村の真ん中だ」「くれ」「ダメだ」と言って立ち去る。いつもは砂だらけになる足も今日は雨で湿ってしまっていて歩きやすい。服が湿ってしまったので肌寒い。それでも傘をささずともなんともなくなっている事に気がついて、随分と変わるものだと思った。2年前は気になっていたのに。

宿に戻り食事の支度を始める。カフェがご飯をくれと足元に来る。濡れ犬の匂いがして「お前くさいぞ」とい言うと訳もわからずはしゃぎだした。長い散歩に満足したのだきっと。

もうすぐ雨季がやって来る。夕方になると決まって雨と雷がやってきてすべてを洗い流してくれる。暑さも、ゴミも、犬のフンもみんな下に流れて行って、時々停電して真っ暗闇に包まれるのだ。僕はそれが嫌いではない。

スセリー

新しい女中さんとなったスセリー。15歳。僕にとって特別な存在の娘。まるで自分の子供のようにかわいい。彼女との出会いはこの村に来た最初の日。彼女はこの村で出来たはじめての友達。

姉のセシーの代わりに働きだした。なかなかまじめにやっている。まだおっかなびっくりで猫をかぶってはいるけれど、毎日彼女がやって来るのが楽しみの一つとなってしまった。
姉のセシーに比べればすべてが劣るけれども、嬉々として働く彼女の成長が何より嬉しい。コップを割り、出しっ放し、間違える、忘れると今のところいいとこ無しではある。掃除は仕事、その後に2人の朝食を作らせる。包丁の使い方から調味料の分量まで僕がやって見せる。あとはほったらかし。食べる段となり彼女は心配そうにこちらを見ている。黙っていると我慢できずに、ちょっと怖いと言う。どうしてと聞くと私のはまずいだろと言う。何が悪いのだと聞くとわからないと答える。「恐れなくてもいい、失敗しながら覚えていけばよい、お前の姉は鼻は良かったが舌はバカだった。お前はどうかな」と言うとニッコリ笑って食べだした。

パンを焼いている時、火傷をしたらしく、ゆびの付け根を口にくわえている。「どうした火傷か」「なんでもない、ただくわえただけだ」指を見ると赤くなっている。クスリを持ってきて塗ってやる。こちらの”痛いの痛いの飛んでいけ”を歌いながらクスリつけてやると一緒になって歌い出す。

包丁を取るときにコップに手をひっかけて割ってしまう。割れたコップを慌てて取ろうとしたので手を止める。ごめんなさいと何回も言う。「コップはまた買えばよろし、でもお前の手は買えないのだ、気にするな」自分で言って自分で驚く。こんな事を言うとは随分と焼きが回ったのだ。ほかの女中には言わない。依怙贔屓と言われれば、そうだと答えるだろう。そうスセリーはやはり特別なのだ。仕事が終わってから1時間ほどスペイン語を習う。毎日のリーディングのために夜遅くまで練習するのは彼女をガッカリさせたくないのだ。

15歳の小娘に一喜一憂する毎日はくすぐったくもあり、楽しみでもあるのは歳をとった証拠なのであろう。もともと活発な娘ではあるので、そのうちこっぴどくやられてしまうことも承知。それもまた楽しみなのだから。願わくばスセリーにはいつまでも半人前であってほしいものだ。

日々雑思 筆が遅くて

めっきりと更新が遅くなっています。サンペドロの生活で日々感じる事はあるのだけれど、どう切り取ったものかとあぐねてます。

セシー辞める

ある日、妹のスセリーがやってきて「お姉ちゃん怒って他の仕事みつけちゃって働き出したよ」と言う。呆気にとられる僕。まぁ辞めてしまったのはしょうがないと思いなおし「そうなんだ、わかった」と答える。スセリーもちょっと困惑した顔をしている。

ことの始まりは「週末の金曜日を休みたいと」セシーが言うので、休みをあげたことからはじまった。金曜日は何事も無くすんだのだけれど、日曜日にセシーからメッセージが届いた。そこには明日休む事が書かれていたので、セマナサンタの今週はなにかとあるのだと思い、来週は休んでも良いからと返信をした。土日に働きにきているアナに来週働けるかと聞くとできるというので僕はアナに仕事を頼んだあとにセシーから月曜日に行くと返信が返ってきた。僕はすでにアナに頼んだから再来週からと答えた。

セシーはふだんネット環境をもたない。僕が見たメッセージは実は金曜日にセシーが念の為に送信したメッセージだった。ところがセシーはメッセージが送られる前にネットを切ってしまいメッセージは宙ぶらりんのままとなっていた。日曜日にセシーがネットにつなぎなおしたときに未送信だったメッセージが僕に届いた。

僕は月曜日の事だと思ったので快く休ませてあげたつもりだったのだけれど、セシーからすると突然休めと言われてカッと頭に血がのぼってしまったらしい。すぐさま新しい仕事をみつけて1週間だけ働こうと思ったみたいだけれど長く働いてくれと言われ承諾してしまったと言うのが事の顛末。グアテマラ人気質というか、僕の想像外の事でぶち切れてしまい、対応する間もなく事を運んでしまった。隣りのドーラやアデライダもそうであることからこのへんの女性の気質なのかも知れない。

タクアシンヲタベテミタイ

その動物を見たのはカンクンの宿。鼻がすんなりとしてシッポがひょろりとした狸くらいの動物。どうやら食べられるらしい。「身は鳥肉、味は豚肉だ」という。「何処にいるのだ」と聞くと「そのへんにいる。夜に出る」という。「食べたことがあるのか」「ない、でもお爺さんが食べていた」「お父さんは食べたことがある」「お前も食べたいのか、今度摑まえておいてやる」などと様々な答えが返ってくる。

ある日、屋台へいく。ブタアバラのBBQを頼んだのだけれど、サイズが小さい。骨と骨の間が狭い。「これはブタか」「そうだ」「タクアシンを知っているか」「知っている、食べたいのか」「これはブタか」「そうだ」「タクアシンハブタノアジガスノデアロウ」「ソウダ」「コレハブタカ」「ソウダ」疑惑は残ったけれどどうやらブタらしい。村のみんなが知っているが食べた事がある人の話を聞いた事がない。鶏肉の見てくれで味は豚とは何とも変わった動物が近所にいるのであれば是非とも一度賞味してみたいものだ。

セマナサンタ
キリストさんが死んで復活するまで祭のこの期間。村には出稼ぎに行った人々が帰ってくる。メルカドは夜までにぎわい、通りには屋台がいつもより並ぶ。人の通りもいつもより多く、見たことが無い顔が見た事がある顔と連れだって歩いている。家族のようだ。ロープ屋の店先に並ぶ腕時計を楽しそうに選ぶ人がいる。中古のニセモノだけれども買ってももらっている方はニコニコと嬉しそう。「今日はなんで人が多いのだ。セマナサンタだからか」と聞く。「出稼に出ていた人が家族のもとに帰って来ている」とロープ屋のオヤジが教えてくれた。
通りに出るとなんだか恥ずかしそうな顔をした子どもが新しい洋服をきせて貰い父親らしい男に手を引かれている。子どもとしてはいつもは居ない父親の手に引かれて歩くのがなんだか恥ずかしいやら、うれしいやらなのであろう、微妙な顔をしているが屋台で大きいほうのケサディーヤを買ってもらい喜んでほう張っている。

まだ子供のころ、田舎の弥八さんが出稼ぎに来ているので今日は家に泊るからと母親が言って布団を敷いていたのをふいに思い出した。40年程も前のことなのに。弥八さんは福島から冬の間東京で働いていると言う。どうして東京で働いてるいるのか僕にはわからなかったけれど、何か大変なのだということはわかった。ここに住む人達も同様に半年も家を開けているのかと昔の日本と重ねて見てしまう。
せっかくの帰省だからごちそうを用意してふだんの労をねぎらってあげる家族の姿がそこにはあった。プロセシオンとよばれるキリストが自分が磔にされる十字架をかついて歩かされる様子を模した像を乗せた御輿をかつぐ行列が目の前をゆっくりと通りすぎる。横切ろうとした親子連れ、子どもはちょっとけつまずいて、手に持っていたカットフルーツを落してしまい、半泣きの顔になっていた。それを見た父親は笑って子どもをなぐさめている。父親の背中に大きな十字架が見えた気がした。

日々雑思 久し振りの更新だけれど

久し振りの更新、パソコンに向かうも書くことなし。しばらくパソコンに向かっていると雀が屋根と壁の隙間から入って来てこちらをじっと見ている。この部屋は天上に隙間があって夜は寒いがこうした客がやって来るのでいい。

少し前に引越しをした。1階のまともな部屋から追い出されてテント生活やハンモック生活を経て2階にあるトタン屋根の部屋に落ち着く。この部屋は以前は客室であったけれど、申し訳ない気がししていたので、これを機会に引っ越した。これで客室は7室となる。

今年は去年とは違い、まったく客が寄り付かなかったのでこのままでは首をくくるか、追いはぎにでも転職しなければならないと考えていた。道の工事やら山賊のうわさ話があったと聞くが、きっとこの宿が飽きられてしまったのだ、高すぎるのだと言われ客が来なくなったのだと思い悩む。

それでも、やる事はやっておかねばと庭を作り、台所の壁をぬり、タイルを貼った。風呂場に小物置を設置してシャワーの湯温を調整しなおす。Wi-Fiのルーターを2階に移した。珈琲を自家焙煎にして、カカオからチヨコレイトをつくり、イチゴ大福をデザートにくわえた。

ポツリポツリとやって来る客は、直ぐに宿を変え、出て言ってしまう。偶に根性のひん曲がったババァがきて高飛車にものを言い管理人をトイレに閉じこめ、好き邦題言うので追い出してしまった。とうとう客は0となり、3月は宿を締めて何処かへ出掛けようと決めた。

たまに来る客にも宿を閉めるらしいと出先で言っておいてくれと頼み、問合せのメールにもここには来ないほうがいい、ツマラナイからヤメテオケと返信をするのだけれど、こちらが死なない程度にやってくるものだから、だらりだらりと宿を開けておく。

この間、ずいぶんといろいろなことがあって書きたいことがあるのだけれど事が事だけに書くことができない。ツマラナイ男とめんどくさい女の話、宗教にとち狂う女の話はいつか書いてやろうと思う。

庭と部屋の改装をしようと大工のミゲルに問い合わせる。すぐにやって来てサッと見わたして値段を言う。法外な金額に驚き、また今度にすると答える。最近、ミゲルのぼったくりは酷いので、他の大工に聞くと、それがミゲルの耳に入る事となり、フェイスブックで不幸をと書き込まれてしまった。道でミゲルに会う。なぜあの様な事を書いたのだと問い正す。「アレはこのあたりの挨拶だ、お前こそなぜ他の大工に聞いたのだ」としらじらしく言うので「こちらはお前達の文化を尊重しているが、お前達はまったく此方を理解しようとしないのだな、値段を聞くのは当たり前の事であろう」と答えると「むこうは幾らと言ったのだ」と言うので「お前には関係の無い話だ」と無碍に答える。ブツブツと言っているので「おまえには技術がない、卓を作らせても満足な仕事をしていないだろう、高いだけで役に立たない卓を直したのは俺だ。お前に出来ないからほかに頼むのだ、だが今回は自分でやる事にしたからもういい」と言ってやった。ミゲルはサンパブロの男でサンペドロで仕事をするうちにズルくなって悪くなってしまったのだ。サンパブロは貧乏だからこうしたことになるのかも知れない。字もロクに書けない男なのに嫉妬心だけは一人前に持っているのだ。つまらないプライドばかりで中身の無い貧しい男、サンパブロのミゲル。
後日、ミゲルがやってきて、様子をうかがいに来た。庭を一目見て負け犬のような半笑いをして帰って行った。このところ材木や白砂を運び入れているところを何処からか聞き付けて気になっていたのだきっと。良い物をみたことが無いミゲルには到底できるはずもない庭を拵えてやったのですっきりとした。

蒲団を干そうとハシゴを昇っているときに折れて落ちてしまう。うんとこ痛かったがズボンが破れたことが血だらけになった膝より悲しかった。とうとう旅に出る時に用意した服はすべて穴が開いてしまい乞食にでもなったような気分となる。
こわれたハシゴは木が所々腐っていてこれ以上は使えないので新しい木材を買ってきて作りなおす。途中、古釘を踏んでしまい脚の裏にグサリと刺さった。夜になり、足が腫れて来たのでそうそうに休む。翌朝は更に腫れている。びっこを引かないようにゆっくりと歩いてメルカドへ行く。買物をしているとき、大きなおばさんに足を踏まれる。声にならないほど痛かった。足の裏にヌメリケを感じる。溜まってた膿が押し出されてぬるぬるとして気持ち悪い。湖へ行き足を洗った。カフェはハシャイで鳥を追いかけまわし嬉々として遊んでいるのでしばらく腰をおろして休む。ビシャビシャとなったカフェが戻ってきたのでいっしょに帰る。再び足を洗ってじっとしている。膿が出てしまったので腫れが引き随分とスッキリとなる。

日々雑思  Incendió

Incendió

トモさんと買い出し
ネジ4種、L字金具6本、ドリル
買い物をしていると男が入ってきて、電気をつけはなしているぞと店の女に言う。女は「ちょっと待っててください」と言って外に出て行った。少しして女が血相を変えて店の外で騒いでいる。どうしたのだと聞くと火事だ、たいへんだと目に涙を浮かべている。外に出てみると店の屋上から煙が立ち上り、辺りが焦げ臭い。近くの女に消防士はいないのかと聞くとこの村にはいないという。村の男衆が集まってきて手に手にバケツを持って建物の上に上がっていく。店の女にお前の家なのか早く戻れというと、隣の家だという。それでも悪いので買い物は後にするよと言うといいのいいの買ってちょうだいと言うので必要なものをそそくさと買って店をでた。

店の外は物見の者たちが通りに並んでる。事の成り行きを見ている。人が死んでいたと言うがみつからないらしいとか、どこの国でも流言蜚語は同じ物らしい。男衆が寄ってたかって水のタンクからバケツリレーであれよというまに消してしまった。辺りには焦げたにおいと道に流れてきた黒い水が溜まってるだけとなった。
帰り道、マリアと会う。今日は生徒が体調不良で休んだので出掛けてきたらしい。最近彼女はまたキレイになった気がする。恐らく新しい彼氏でも出来たのであろう。火事があったんだと言うと何処だと聞かれる。火事のあった場所をきちんと説明出来ないことに気がついてもっと単語を覚えなければいけないと反省する。

この村には消防署が無くて、いちばん近くても隣りの村からやってくるので時間も掛かるし、おそらく呼んでもなかなか来ないことは容易に想像がつく。一昨日から山火事がみえているが誰もがあわてた様子も無く、燃えるに任せている。後日、セシーにどうやっても消すのだと聞いても知らないと答えている。とってつけたように消火器で消すのではないかという。そう言えばこの村で消火器をみたことが無いことに気がついた。

トモさんがメキシコからフロートスイッチを買って来てくれた。取付けようとすると、電気がショートして家に引き込む電気線が焼き切れてしまった。この家のブレーカーは動作した事がなく、ブレーカーの役割をはたしていないのではないかしらと以前からいぶかしんでいたけれど、そのまま使ってきていた。ブレーカーのなかはガタガタしていてもしょっちゅう火花が散っているのでたまには停電となるけれど、それでもやっぱりブレーカーは切れた事がない。仕方がないので電器屋をよび直してもらう。電器屋の言うことにはこのブレーカーは取り換えなければダメだ、箱を買ってきて取り替えろと言うのでそれを頼んで後日交換してもらうことにした。
フロートスイッチの事を聞くとそれは使えない。もしつけたければ3つ必要だ。でもシステムを組むと高くなるが良いのかと言う。僕は週1回使えれば良いのだ。タンクに付けるのではなく、水瓶に付けてくれと頼むがそれはできないの一点張りとなる。あげく以前のオーナーにでっかい水瓶をつくれと言ったのにつけなかったからだと言い出したので、それは関係ないことだろうとウンと怒ったらいっしょに居たセシーまでぼくを攻めるので遣る瀬無くなってしまう。お金をかければいいではないかというセシーに僕はそんな金は無い。その金を簡単には稼げないことを知っているであろう。おまえに簡単に稼げるのかときつくあたってしまう。
セシーはふくれてしまった。

なにをするにしても幾ら払えるのだ、この仕事はたいへんだと言いつつ、何とか高く見積もろうとする彼らを見ているとほんとうに腹が立って来て仕方がない。一事が万事この調子なので最近は聞くことを辞めてしまった。テーブルを頼んでも約束の日にちになっても持ってくる気配すら無い。セシーが催促したのかと聞くので、「なぜ、そんな事をする必要があるのだ」と云うと「彼らはヒデキは催促しないので約束を守らなくても良いのだと考えるぞ、次からもっと遅れるぞ」と言うので「なぜグアテマラ人はそうなのだ、それでいいと思っている事が信じられない、守れない約束などしなければいいのだ。だいたい、それを神が許すのか、教会へ行って誤れば神父はそれでは構わないと言っているのか、聖書には神との約束だけ守れば良いとかいてあるのか」と聞くとちょっと困った顔になって「それがグアテマラの問題だと思う」とちょっと悲しそうに言う。続けて「きちんとやろうとみんなが言うけれど」と言ってちょっとどもっているので「いつからやるのか」と言うと「分からない」と言ったきりとなってしまったので「其の内に聞いておく」と言っておわりにした。セシーはグアテマラ人はと言われるのがちょっと悔しいのかも知れない。

新しい物差しを手にいれた件

久しぶりにたまげてしまった。何がきっかけでそれを知ったかは、あまりにも驚いてしまったので忘れてしまったけれど、彼女の説明はこうだった。

「神が私たちを作ったのよ、ヒデキ、猿じゃないわ」
「でも学校では…スペイン語でなんて言ったかなぁ、セシーDarwinを知っているだろ」
「誰、あっダルウィンのこと、もちろん。私たちが猿から進化したって言うあれのことでしょ、あんなのありえないわ、それとビックバンとかここの村では誰も信じていないわよ。学校では習うけど、先生だって「本当は違うけど」って授業のときに言っているわ」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!マジ?」
「だってどやったら、猿が人になるの、ありえないでしょ」

僕はあまりの衝撃に言葉が継げなかった。どう僕の常識を彼女に告げたものか、頭ごなしに否定など到底できっこなので、これは厄介だけれどもっと聞いてみたい、彼女の考えをどうしてももっと聞きたかった。僕はノートと鉛筆を用意する。何が厄介なのかというと進化論をスペイン語でどう説明すればいいのかわからなかったから。

「セシー、恐竜を知っているかい?」
「もちろんよ、あなたは神はいないって言うけどどうしてそう思うの、私に説明して見なさいほらほら」
「彼らが生きていた時代に人間はいたかい、それとも神が僕らを作ったのはそのあと?」
「知らない、でも全滅したんだから、そのあとでしょ」
「神が作ったのならなんで恐竜の時代に僕らはいなかったんだろう、まぁいいや。セシー、僕らも動物と一緒で、4本の手足があって、耳や目を持っているよね。他の犬や猿も似ているよね、虫は体が3つに別れているし、足も6本やたくさんあるから違う生き物だよね」
「……..]
「ガラパゴス島を知っている?」
「知らない、どこ」
「じゃぁいいや、太平洋の小さな島だけど知らないならいいよ、問題ない。オーケーそれじゃ、ここはアフリカ、ヨーロッパ、アメリカ、日本はここ、オーストラリア…」

僕は世界地図を書きながら大陸の絵を書いた。

「むかーし、むかし、僕らはここで生まれたと言われてるんだ。アウストラロピテクスという最初の人間」
「本当に!」
「なぜ、それがわかったかたというとね、あちこちの地面を掘って骨を探したんだ。見つかった骨を調べたらなん年前のものかがわかるからね」
僕は自分が知っている猿人の見つかった場所と年代を書いていく。彼女はちょっと驚きながら興味深そうに見ている。

「ヒデキ、どこで習ったの、全部覚えているのか」
「学校だよ、全部じゃないし、間違っているかもしれないでもね」

僕は世界地図に書き終えると矢印を書き込んだ。

「ほらね、人類は旅をしたんだ。ここからこう、こっちからもこう、そしてグアテマラにも」
「はーん」
「もし、神様が僕らを作ったとしたら全部おんなじ年代になると思うんだ。僕らは肌の色が違うだろ、ここは黒、ここは白、ここは茶色、ここは黄色、どうしてだろね、例えばここ、アフリカは黒だよね、どうしてだろ、白かったら真っ赤にやけて痛いでしょ、だから黒くなって気候に適応したんだよ、旅をして北にいくとその必要がなくなって白くなったんだ」
「本当に!、アメリカ白いわ、でも途中で日本は黄色いじゃない、あなたは黒いけど」
「うん、僕はもうグアテマラ人だからね、アメリカはイタリアやイギリスから100年くらい前に引っ越してきたんだ、アメリカにはインディオが先に住んでいたのだけれど、彼らは追い出されちゃったのさ、だから彼らは君たちと似ているでしょ、僕らは旅をしながら変わってきたんだ、気候によっていらないものを捨てて、必要なものを手に入れてきたんだよ。イグアナを知ってるだろ、ここのは陸にしかいないけど海に住んでいるイグアナもいるんだ。彼らはご飯を海に食べにいくことを選んだんだ、だから水かきがあったり、流されないように爪が伸びたりしてるんだ、それに最近は陸と海と両方いける奴が出てきたんだよ、それが進化論」

彼女はとても面白い話を聞いているように見えた。僕の言葉に素直に驚き、まるで初めての話を聞いているかのようだった。

「キリストっているじゃない」
「ヒデキはいたと思うのか、それともおとぎ話だと思うのか」
「いたと思うよ。35、6歳のガリガリに痩せて血だらけのキモいおっさんだよね」
「ノー、ぜんぜん違うわ」
「彼は”ナザレのイエス”と呼ばれていて、実在したと言われてるよ。彼が奇跡を起こしたかどうかは知らないけど、一旦、死んで7日後に」
「3日後よ」
「あーごめん、3日後に生き返ったんだろ、ゾンビだな」
「ノーヒデキ」
「君たちは聖書を持っているだろ、でも聖書にはもう一つ種類があってここにいる人たちが使っているんだ」

僕は世界地図のイスラエルを刺した。

「その本には人間が悪いことをしたから、神様が怒って洪水を起こして全てを滅ぼすんだ。でも神様に選ばれた動物と人間が船に乗せてもらって助かるんだよね」
「あ〜ん、#$%&’のことね」
「なんだって?もう一回、まぁいいや。昔、ローマ帝国で王さんに仕えていた家来がいて、ある日王さんから何か皆の衆をうまくコントロールできる方法はないものかと聞かれたんだ、家来は帝国を出てあちこちを探して回ったんだ。そして見つけたのがこの本”旧約聖書”だよ。彼はそれを持ち帰って王さんに「いいもんみっけました」と言ってその本を渡したんだ。王さんは「こりゃいいね、でも問題が一つあるじゃないか、助かるのはユダヤ人だけなのはいただけないなぁ、なんかいい考えないの」と言う。彼は「それじゃ、こうしませう。救世主伝説に書き直しちゃいましょう。ケンシロウとラオウ…おっと間違えました。最近イエスって奴がいるんですけど結構有名人でして、彼のこと使っちゃいますね、復活神降臨は受けますよ、はいコレ」と言って
新訳聖書を出したんだ。王さんはたいそう喜んで「これこれこれ、満足じゃ、褒美をくれてやろう、お前さんが死んだらバチカンに大きな墓を作ってあげよう、パウロ君」」

僕はセシーの顔色を見た。彼女は興味津々で話に食いついている。

「そして君たちが使っている聖書はできたんだ、マルティンルターっておっさんがラテン語で書かれた本をドイツ語に書き直してみんなが読めるようにしたんだけどバチカン怒っちゃってね、でもカトリックがイヤになっちゃったイギリスの王さんとかが作ったのが君たちのエバンヘリコ(プロテスタント)だよ。もちろん僕は君たちが宗教を持つことは尊重しているし、いいことだと思うよ、僕が話したのは歴史?、事実?本当のことはわからないけど、勉強ではこう言われてるよ。ここには二つのことがあるんだ。歴史や史実と宗教や人の信じる心のことなんだ。この二つは別のことだから、でもねセシー知識はとっても君の人生にとって大切なものだから、むやみに否定や拒否はしてはいけないんだ。この二つの話は別のものなんだ、一つはキミの脳みそに入れておけばいい、もう一つは君のコラソン(ハート)にしまっておくことなんだ」
「ふ〜ん…………………..」

彼女が納得したとは思ってもいなし、彼女の信じるものを壊してしまったかしらとちょっと心配になったけど彼女は何かを感じたように見えた。それでも彼女は神を信じているし、それはそれでいいのだ。神でもいなけりゃこの場所で一生を過ごすことなんて到底できないのだから。僕は信仰を持たないので、”神”と言うものがピンとこない。ただ、教会で毎日のように一心不乱に何かを唱えているのを見ていて、こうした単純作業が人の心に何かを植え付けるにはとってもいいのだと言うことはわかった。進化論を信じない人に出会ったことは僕にとってとっても大きな喜びだった。僕の旅はまた一つ新たな物差しを手に入れることができた。

日々雑思 ネコ 泳ぐ人

ネコ来る、ネコ去る

すっかり日が昇りきってしまった正午前、トモさんと買い物に出る。小道の真ん中で薄茶の丸い毛球がうずくまっている。犬が近づいても動かない。かなり弱っている様子でコレはダメだとすぐわかる。クビをひょいとつまんで土手の上に置いてやる。置かれたままの姿でまったくうんでもないし、すんでもない。そのままトモさんとメルカドへ向かう。
「ありゃダメだねトモさん。弱り切ってるよ。きっと昨日の夜、犬がやたらめったら吠えたてていたのはアレの所為だと思う」
「随分と鳴いてましたねー、アレがいたんですね、随分と弱ってましたね、きっと一晩中追い立てられていたんでしょうね、飼うんですか」
「ネコは拾ってもすぐ死ぬからヤダ、それにあいつは少し大きくなってるから、根性も曲がってしまっているよ、助ける気はないよ」

メルカドで買い物を済ませ戻る。先ほどの場所にまたちょこんと毛球がいる。カフェが近づいてフンスンと鼻を鳴らして嗅いでいる。それはまったく反応しない。もう一度クビをつまんでほっぽり投げてやろうと思ったが、くたりと垂れた姿が哀れになり、家まで持っていく。どうせ死んでしまうのだ。面倒を見るだけ無駄だ、やめておけと声がするが、試しにドックフードをくれてやると食べている。いくつか目の前においてやるとあっという間に平らげてしまった。水は飲まない。落ち着いたのを見計らって身体を見る。ひっくり返し、目をめくり、口の中、耳の中を見る、爪の間、肛門を見る。3階に連れて行き、タライに洗剤を垂らし、構わず水をぶっかける。水をかけられて抵抗するが力が入ってないので、あっという間に泡だらけにされ、すっかり力が抜けてしまった。ブルブルと震えているのでドライヤーで乾かしてやっている時に、やっと怒り出した。無理やり押さえて乾かした後、ポイと放り投げた。寒さと恐怖で震えはおさまらないけど逃げる様子もない。

10日間ほど飼い、随分と慣れて来てうちで飼おうと決め、名前をセンとつけた。子猫は癲癇を患っていて、時折激しく発作を起こした。見ていて気の毒だったけれど、調べると本人はあまりわかっていないらしい、辛くもないと書かれていたので注意しながら可愛がっていた。ある朝、発作を起こし脱糞してしまったので後でお風呂に入れてやろうと思い、庭に放してやっている間にどこかへ消えてしまった。まるで神隠しにあったよう。よく懐いていただけに一寸心が痛んだが、それはあの猫の選択だったのだと諦める。いさぎよく諦めることもここでは大切なのだから。

カフェにて

新しくできたカフェの屋上の工事が済んで、そこからの眺めが至極いいと教えてもらったのでトモさんと行く。日当たりがよく気持ちいい。目の前に湖が広がって周辺の村々も良く見ることができる。
コーヒーを飲んでいて湖に泳いでいる男を見つける。男は沖へ沖へと泳いで行く。入江の三分の一くらい行ったところで、水上バスが男を見つけ、近寄って行く。泳いでいることがわかると踵を返して目的地に向かうが、引き波が男を上下に揺さぶっていて、その度に男は立ち泳ぎしなければならない。どうやら反対岸の岬を目指しているようだけれど通りすがるボートの引き波に遊ばれてチョット嫌になってしまったのか立ち泳ぎをしながら後ろを振り返っている。すでに真ん中より向こうようりに行ってしまっているので「早く向こうへ泳ぎ切っておしまい」と思っているとトモさんも「泳いでますねぇ、随分と向こうへ行ったしまったけれど向こう岸まで泳ぐつもりなんですかねぇ」とぼんやりと言っている。「随分と小さくなってしまいましたねぇ、もう少し頑張れば向こう岸だから、石の上で休むことができますよ」と僕もぼんやりした返事をする。ここは日当たりが良すぎて二人とものぼせてしまったのかしら、日に焼けて赤くなってしまったかしらと自分の腕とトモさんの顔を見るけれど、二人ともすでに浅黒い顔をしているのでわからない。

急にトモさんが「ヒデさん碌な手伝いもできず、タダメシを食らってばかりですみません」と言う。「そんなこたぁないよ、ちゃんとやってくれているから感謝しているだーよ」「そうですか、それならいいんですけど・・」「あ〜それでいいよ」と言っているうちに男は向こう岸に泳ぎ着き、石の上によじ登った後、すっかり動かなくなってしまった。精も根も尽き果てたのであろうか、渡り切った満足感に浸っているのであろうか、帰りはまた泳ぐのであろうか、パンツいっちょで歩いて帰ってくるのであろうか。

店の工事をしている職人がやって来て「どうだいい眺めだろ、数週のうちにうちにここにも屋根をつけるし、椅子も置く、もっとよくなるぞ」と話しかけて来た。僕はせっかくの日当たりなのに屋根をつけたらのぼせなくなってしまうなぁと考えていると、トモさんが「ヒデさん、オートラ セマーナとプロキシマ セマーナってどう違うんですかプロキシマは次の週のことですよね、オートラは別の週じゃないですか、意味は同じなんですかねどう使うんですかね、使い分けているのですかね」と聞く。「来週とそのうちの違いじゃないかねぇトモさん。彼らだっていつ完成するかなんてわかってないんだから考えても仕方ないんだよ」といい加減に答えると「あ〜そうなんですね、便利な言葉ですねぇそう言う風に使っているんですね〜」と答えるので「行きましょうかトモさん」と言って席を立った。

ここのカフェはいつ行っても客がいない。閑散としているけれどコーヒーは美味しい。いつかサンペドロに来た際には行かれるがよろしい。