日々雑思 興味は尽きない

コロナの感染拡大で世界中がヒステリックになってきた。国は国境を閉鎖し経済活動を止めた。人々はさまざまな情報に惑わされ、闇雲となった。ウイルスは病気ではなく人々の心に感染したのだ。このウイルスは人の心に恐怖を感染させるのだ。人の心は弱く壊れやすい。

ゾンビやアウトブレイクの映画の中にいる様な気持ち。不意を突かれて喰われる者。追われ取り囲まれ絶望に打ちひしがれる者。集団の中で逃げ惑いなすすべなく噛まれる者。密かに広がる感染。感染者を診ていてしくじる者。僕はどのタイプだろうかと考える。ボランティア団体は国境が閉鎖され帰国を待っていた。メキシコとの国境が通過できることを確認し明朝向かう事になったと連絡が来た。それが一番いいと返信すると。くれぐれも気をつけてとのメッセージが帰ってきた。大丈夫とだけ送り返した。映画では大抵の場合、残った者に待ち受けるのは悲しい結末のみだったなぁとボンヤリと考える。2階のテラスから見える景色は変わらず、少しヒンヤリとした風が気持ちいい。庭では犬が日向に寝転び、鳥はあちこちで囀っている。ふと犬と目が合い、釣りでも行くか?と声をかけると前足をぐいと踏ん張って伸びをすると尻尾を振って準備はいいよと言っているようだ。竿をとり階下へと向かう。少なくとも僕はまだ感染していないようだ。さめたコーヒーをペットボトルに詰めて湖へ向かう。

目まぐるしく変わる状況に戸惑う。感染者が増加してより厳しい規制がかかることに翻弄される人々。こんなにも人間の心は弱いのかと驚く。SNS上のコメントを読んでいるとその人の置かれた立場が伝わる。その人の隠されていた、いや以前からそうだと思っていた人柄があらわれる。化けの皮が剥がれるとはよく言ったものだ。そんな中でも、食糧を手に入れられる場所を教えてくれる友人。立ち往生した客を救出するのに翻弄するドライバーには頭が下がる。末娘が大好きな鶏肉か食べられなくなったと嘆くコンセプシオンの家に鳥の唐揚げを届けてあげた。姉だけが留守番していて末娘はおばあちゃんのところに遊びに行ったという。こうした家族は出来る限り助けてやりたいものだ。

閉鎖する村や町が増えている。外から車はことごとく追い返され、自分達を守ることに必死になっている。ところがその脇を徒歩ですり抜ける通行人達、これではなんの意味もないではないかと、吹き出してしまう。それを得意げに自慢するバカな元友人がちょっかいを出すのでブロックしてやった馬鹿め。政府の達示が細部まで伝わらない。末端の職員の知識不足からくるトンチンカンな処置は滑稽でもあり、よく頑張っているねと言ってやりたくもなる。

村の入り口で車のタイヤに消毒剤を吹きかける。思わず笑いそうになるが必死でこらえた。ウイルスに対する恐れはこうまで人の思考力を失わせてしまうのか、それとも元々知らないことからくることなのか興味がメラメラと湧くがグッと堪える。

前日までマスクをしていた店員はもう付けていなかった。そうなのだ肝心なところまで堪えられないからかわいいのだ。物資も限られ、辛抱もない人々に対する周知は大抵の場合失敗に終わる。肝心のウイルスが来た時には疲弊してしまいいいように蹂躙されてしまうのだろう。防ぐことか難しいのはここに原因があるのではないか。今のところ僕は手洗いのみ。これは感染防止のためではない。自らに習慣化させ、いざという時に日常の中で無意識のうちに顔を触らず、接触を防ぎ、家にウイルスを持ち込まないための練習だから。人間は失敗する生き物なのだ。自分を信用しないことは難しい。これまで嫌だった自分の一面ではあるけれど今回はそれがとても役立っている。皮肉なものだ。

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