日々雑思 クリスマスに来たのは 1年を振り返る

今年のクリスマスは宿を休む。久しぶりに味わうひとりのクリスマス。4年前隣村にバイクで到着したのは夕方遅かったのでホテルに泊まり、遠くの音楽や花火の音を楽しんだ。

8時、セシーが箱を抱えてやってきた。中には薄汚れたけむくじゃらがモゾモゾしている「うわーまだ小さいなぁ」「ヒデーキ、そうなんだまだこんなにちいちゃかった、たくさん面倒を見ないとダメだ、ちゃんとやれるのか」その質問にほんの少し不安を覚えた。それほど子犬は小さかった。「まだミルクがいるだろう」「ごはんも食べてると言っていたけど」「そうか、それにしてもかわいいなぁ、見てみろコレ、ありがとうセシー」「じゃあいくわ、メリークリスマス」「あー」。セシーが帰ったあと、子犬はアウアウと鳴いている。まだヨロヨロしていてなにもわかっていないのだと不憫になった。これは余程面倒を見てやらなければと肝に命じた。こんなに小さいのでは連れて行く訳にもいかず、足早に買い物に行く。子犬用のドックフードとミルクを買い戻る。湯にミルクをとき、ドックフードをふやかす。子犬を連れてきてスプーンですくって食べさせた。食欲はある。しばらくするとワサワサし出す。オシッコとウンチをする。こんなに小さくてもキチンと場所をわきまえている。ノミがたかっているので風呂に入れてやる。気持ちがいいのかとてもおとなしくしていた。一回では取りきれないので乾かしてやった後少し櫛で梳いてやるといびきをかいて寝ている。マタの上がほんのり温かく久しぶりに味わう気持ちになった。そっとベッドに戻したがどうやら抱かれていたいらしく暴れている。ふたたびマタの上に乗せるとすぐに寝てしまった。もうこうなるといけない。ハンモックに腰掛けなにもせずに一日中子犬と一緒であった。時たま起きては遊んでもらい、ゴハンをもらう。夜、潰してしまうのではないかと心配であったけれど一緒に寝てやる。絆というものはこうして突然に生まれるものなのだと知る。名前をくれてやらなければならない。コイツとは長い付き合いになるだろう。どちらかが死ぬまで離れることは出来ないと覚悟を決めた。当分はうんと甘やかしてやろう。クリスマスは1人であったけれども1人ではなかった。

あっと言う間の一年であった。相棒のカフェを失った。客は最小であった。セシーを1年雇うことが出来た。新しい相棒がやってきた。スペイン語が少しだけ上達した。ズンバを続けた。パスポートが新しくなった。貧困とはなにかが少し見えた。それだけの1年であった。

さて、女中のセシーとどうしたものかと思案中。なにせ12月だというのに日本人の旅行者は1人であった。年末年始もゼロ。以前なら不安でならなかったがどうにかなるのであろう。来年は外国人で部屋を埋められるように頑張るしかない。英語にスペイン語もっと勉強しなくては!

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