日々雑思 気持ちのゆらぎ

風のない午後、隣の家では父が息子に薪割りを教えている。まだ子供には重たいであろう斧を懸命に振る。なかなか上手くいかないがやはり男の子はこうして教えてもらえることが楽しいのであろう。兄が失敗ると弟が囃し立てる。「もっと強くダァ」何度か失敗を繰り返すがうまいこと刃が薪の真ん中に食い込む。重たそうに振り上げ、下の丸太に叩き下ろすと2つに割れた。一同歓喜の声をあげて喜んでいる。微笑ましい。得意になった兄は一端の男にでもなったかのように父を見上げる。父は新しい薪をたてた。コツを掴んだのかすんなりと割れた。飽くことなく続く音が眠気を誘う。

「おはようヒデキ」客がいないのでいつもより1時間遅くらせてやった。「おはようセシー、お前その上着を脱げ」「???」「お前オレを信頼できるか?その服を脱いで目をつぶれ、いいか、オレがいいというまで目をつぶれ」「こうか」上着を脱いだセシーにセーターを着せた。「ヨシ、目を開けろ」目を開いたセシーの顔がほころぶ。「ヒデーキ!とってもとってもありがとう、とーーてもありがとう、あーかわいい、ありがとう」「くれてやる」

朝食を食べている時セシーが携帯を見せて「ヒデキ見てみろこのセーターとってもかわいいだろう、あそこの角の店で見た、友達と見に行った、でもきっと高い、三色ある、私はこの色が好きだ」「そうかそれは良かったな」「それだけか?」「それだけだ」「」こちらの反応を見て少しふてくされたように残りのパンをパクリと食べるとサッサと皿を洗いに行った。

客を誘い散歩に出る。角の店に立ち寄り、客にお願いしてセーターを購入した。オッさんが買ったセーターを着ているとウワサになるのもかわいそうなので少し気を使ってしまった。ガラでもないがたまにはいいであろう。年頃の娘を持つ父はこのように思うのであろうか。女が喜ぶ顔を見るのはいつ以来であろうか。どんな顔すれば良いのかすっかり忘れていた自分に苦笑してしまった。先日、来年も働きたいと言ってきたセシー。また来年も生意気な小娘と働くことは面倒でもあり、少し嬉しくもある。

「ヒデーキ、イヌはもう飼わないのか?」セシーが突然聞いてくる。「ハスキーが近所で産まれた。要るなら聞いてやる」「お前が連れてきたハスキーのか?」「そうだ」「あのイヌは頭が良かった、アレはいい」「いるか?ずっと1人でいるのか?」「わからん」と答えてカフェの事を思い出す。共に暮らす者がいることはいいことだ。イヌは人のように余計な事を言わない。共に暮らすなら絶対に人よりイヌだ。ネコはいけない。ネコは恩を知らない。散歩もいらないがつまらない。その点イヌは少し面倒な時もあるが共に過ごす時間が楽しい。「名前を考えなきゃな」セシーが言う。こちらの心を見透かされてしまったようでバツが悪くなり「考えておく」とだけ答えるとニヤリと笑ってスセリーに写真を撮らせて送らせると言う。スセリーのことなら素直に聞くことも承知しているのでタチが悪い。「あーそうしてくれ、オスでなければダメだ」「なんで?」「メスはお前だけで十分だ、世話が焼けて仕方ない」「アハハ、私はメスか?」「友達は男だけと決めてあるだけだ、気にするな」

どうするかを決めかねている。飼えば最後まで面倒を見てやりたい。カフェのように飼い主が変わるごとに悲しい思いをさせるのはよくない。宿がうまくいけばひもじい思いをさせないでも済むが、そうでなければと心配でもある。旅に出るとき迷ったらやるを決めて出て来たが、生き物となるとそう簡単にはいかない。こうした気持ちも久しぶりに味わう感情でどうにもその処理の仕方に困ってしまう。

気持ちというものは厄介なものだ。歳をとってもうまくコントロールすることが出来ない。日差しが弱まり、肌寒くなってきた。客もイヌも居ない宿のテラスに腰掛け過ごすこの時間を寂しいとは思わない。今日は一歩も外に出ていない。遠くにトウモロコシの製粉機の音が聞こえる。足にかゆみを感じて見ると血を吸いすぎて飛べなくなった蚊が懸命に飛ぼうとしている。サンダルで潰すと床に血が飛び散った。いったいこの血は誰のものであろうか。もはや自分の血ではないような気もするし確かにそればついさっいまで自分のものであった。気持ちを吸い取ってくれる虫がいればいいのに。

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