日々雑思 日本を食べる

たまには違うタッチで書いてみようかしらと考えて一本は純文学官能編、もう一本は某有名なマンガ?テレビ?パクリと言えばそうだけど、怒らずにお読みくださいませ。

和三盆

イネからとれるその甘み。盆の上で研ぎ澄まされ舟に重す。繰り返すこと三度。淡い黄色のそれはひとたび口に入れば甘美な淫水のやうに広がり恍惚のかなたへと誘う。甘塩苦辛における日本人がもつ味覚の基本。遠い昔に食べた甘柿の甘さ、和菓子が持つそれ。

かりんとう客から差し入れられた。香川産。うどんが有名なだけに知られていないが香川、徳島は和三盆の産地でも名を馳せる。和紙を模した小袋。和三盆と銘打ってある。うっすらと見えるかりんとうは薄い膜がかかったように和三盆に包まれ淫靡な声ではやく口にお入れくださいと懇願しているようだ。まだ陽が高くこんな時刻では世間様の目もあるであろうと後ろめたい気持ちと、目の前にいる抗いようのない透き通るような肌を持ったかりんとうにむしゃぶりつきたい衝動が拮抗する。

いい歳をした殿方がする事ではないとわかってはいる。いけないことに宿に客は居ない。二人きりとなった私とかりんとう。軽い罪悪感と共に私はハサミに手を伸ばし帯を解くやうに袋に当てた。絹のような袋ははらりとはだけ、かりんとうの裸体がこぼれ落ちた。透き通るようなその肌にそっと触れる。身を硬くするかりんとう。指先でそっと触れるととろけ始めた和三盆、そっと口に含む。得もいわれぬ官能がひろがり恍惚となる。コリっと歯を当ててやるとかりんとうは身をよじるように崩れ落ちた。私はかりんとうを貪るように食べた。かりんとうのすべてを堪能し和三盆の甘さに酔いしれた。そして、用意してあった静岡産の新茶を急須から湯呑みへと注ぎ、ゆっくりと啜った。

なんという豊穣。なんという繊細。日本が生んだ至極。かりんとう。やはり昼の情事はかりんとうに勝るものなし。

 

一風堂のカップラーメン

時間や社会に囚われず、幸福に空腹を満たす時

束の間、俺は自分勝手になり、自由になる

誰にも邪魔されず、気を遣わずにものを食べるという孤高の行為

この行為こそが、グアテマラに住む俺にも平等に与えられた、最高の「癒やし」と言えるのである。

モノを食べる時はね、客と一緒じゃぁダメなんだよ

なんて言うかね

救いがないじゃない

誰も居ない台所でね

独り静かで豊かで……

俺は客と食べるのが嫌いというより

食べている時、誰かに声をかけられるという状態がいやなんだ

人嫌いって訳じゃないんだよ

ただ美味しいものってのはさ

やっぱ、一人でたのしみたいじゃない

「ヒデキさんコレ」と差し出されたのは某コンビニが監修したカップラーメン。九州発信のそれは日本にいた時から流行っていた。随分と長いこと食べていない。「オッ!コレって・・・ありがとう」こうした物って人によっては身体に悪いとか、塩分が多いとか言われるけど、美味しいからいいかって気にさせるなにかを持ってるんだよ。

客の無い夜、台所に立つ

一見ゆるそうな振りをしているが、このカップラーメン、出来る!

佇まい、パッケージ、注意書き

これらの総合的な雰囲気からこのラーメンの真髄を感じる

いかん、雰囲気に飲まれるな、落ち着いて見定めなければ

浮ついてしまった集中力を、もう一度高めなくては負けだ

先ずは言霊の力を使い、自己暗示にて気を落ち着けるのだ

一旦、麺を置いて外に出る

遠くに聞こえるミサの声に耳を傾ける

高揚した心が落ち着いた頃合いを見計らって再びカップラーメンに対峙する

カップラーメンってある種のライブ感あるでしょ

一人なのに頭の中、いちいち大歓声って言うか、お湯が沸くまでの時間やフタをして待っているとき、もうヤバイんだよ、なんていうのかさ

後入れのスープを入れる時って、ワクワクする

それを食する前段階の儀式としてのスープ入れ

フタの上で大切に温めてきた友情

今から始まる至福の時に向かって、期待が嫌が応にもたかまるでしょ

やっぱり日本製の袋って切り口がすごいんだよ

どっから切ったってスパッと

気持ちがね、いいんだよ

こういうのは塩分がどうのこうのだのつべこべ言わず、ドバドバ行くのが礼儀でしょ

美味しい物を美味しく食べる手段があるのに、

それを敢えてスルーします?

それこそ、愚の骨頂、無粋の極み

自分の好きな様に好きなものを食べてこそ、食事は美味しくなるんじゃないかな

待っている時間てさ

じれったいんだよね、なんていうか身の置き所がなくて、ついつい立ち上がって余計なことしたくなるもんだけど、そこは我慢しなきゃ

大人なんだから

 

おお、この香り、この法悦

フタをめくった瞬間の幸せ

期待感が高まった後の、解放された匂いの恍惚

食べる前から美味いと分かる瞬間

ウッフゥ〜

俺は、最終的にはこういう飯が一番好きな気がする

カップラーメン一つ

これだけで堪らない程美味い

無駄を削ぎ落とした状態こそに味の真髄が宿っているんだと実感できるんだよ

 

う゛~ん、汁と一緒に麺がドゥルドゥルッと入って来るのが堪らん

最後に残ったアレやコレの欠片

これをかき集めて傾けて、

一気にドゥルドゥルッと食べるのが美味しいんだよ

この残り物達に、味の精髄が凝っている

体が欲してた味

こういう物が必要だったんだ
美味しい物がまさにピッタリはまった時

このセリフを言える喜びこそ、食の醍醐味

食べ終えたカップを見ながらのBOSSプレミアム缶

アツシさんから頂いた貴重なヤツ

こういうヤツが居ると実に有り難い、ホッとする

無上の幸せ

明日、地球が滅びるとしたら迷わず缶コーヒーを選ぶ、陳列棚でキンキンに冷えたヤツ

キャップをひねった時の感触、音、匂い

完璧というのはこのことだ

 

差し入れで頂いた缶コーヒーと、カップラーメンそしてかりんとう。いずれも甲乙付けがたい程美味しかった。グアテマラで過ごしているのがアホらしくなる程の味。日本の凄さを、まざまざと実感出来た。なにをどう比べても到底かなわない東にある日出ずる国。逆に帰ることが怖くなってしまった。

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