日々雑思 オジさん達の小旅行

セシーに宿の鍵を渡し「来週は出かける。宿のことを頼む」心配そうな顔をして「いつ帰ってくるのだ、どこに行くのだ」と聞く。「帰る日がわかったら連絡する、心配するなちゃんと帰る」と告げた。カフェを亡くしてから来てくれているのはここを去ってしまうのではないかと心配しているのかもしれない。

早朝バスに乗りメキシコへ。今回は急に決まった。カンクンにある宿の奥谷さんから連絡があり、宿のホームページがなくなった。まったくお客が来なくなってしまった。ホームページを作ってくれと言う。奥谷さんは僕の宿の師匠、良き先輩、兄貴分でもあって、とても気の合う親友だと一方的に思っている。その宿のホームページは以前僕が作ったものだったこともあり、即引き受けた。当初は奥谷さんがこの宿に来てくれるということだった。僕にはどうしても行きたい場所があって、そこで落ち合うことにした。どうしてもというのは犬のカフェの前の家族に会って一言詫びたかった。天寿をまっとうさせてあげることができなかった事を会って謝りたかった。そしてカフェの魂を彼等の所に連れて行ってやりたかった。

久しぶりに会ったにもかかわらず僕らは昨日の今日の再会の様に普通だった。ひとしきり近況などを話し合った後、すぐにホームページについて話した。僕らはうすうす気づいていた。世代格差と言えばいいのだろうか、でもそれがどの様に異なっているのかがわからなかった。そこで知り合いの宿を訪ねてお話を伺うことにした。話を聞くと思い当たることばかり。そうだったのかといちいち納得してしまう僕ら。それは日本を離れてしまった僕らには大きな衝撃でもあった。お暇した後、2人でしみじみと時代が変わったのだなぁ、どうするかぁと途方に暮れてしまった。なぜなら今の宿は宿泊施設としてやっていたのではやっていけなくなっていると言うのだ。宿のあり方が変わった事を知った。以前は危険だと言われた中南米で安全で一息つける、情報を得るためのオアシス的な存在であった宿も近年ではネットの発達によってそうした役割は既に必要とされなくなって来ている。言葉にも不自由することなく、若い世代は英語も話せる。お話を伺った宿は宿泊施設ではあるけれど特徴的で僕らの宿とは全く雰囲気が違う。とても感じの良い宿であった。

お邪魔した宿はいずれもよく手入れが行き届き、よく気がつき、心使いにも長けていた。こうした雰囲気が若者には好まれるという事だと実感できた。オジさん2人は3日間いろいろと話し合って出た結論は、とてもワシらにはアレは出来んよーとなり万事休す。でもオジさんは強くへこたれないので、出来ることをやりましょうととりあえずホームページを作り、Instagramなどを始め、忠告に従って今風のやり方を立ち上げた。2人してほーとかふーとか言いながらパソコンと携帯とにらめっこしながらなんとか体裁だけを整えた。

僕らの世代とはまるで価値観の違う若者は僕らオジさん世代を受け入れることは出来ないそうだ。怖さ、めんどくささ、価値観の隔たりがあると言う。それはもっともな話で、時代背景や環境の変化は僕らの世代にもあった。避けられるものではないのだから仕方がない。こうした方がいいんですと言われることは何一つやらず。こういう接し方はいけませんと言われる事をすべてやってしまっていた。なるほどと苦笑いする他ない。わかってはいても僕らもまた同じことをしでかしてしまうものなのだとうなだれる。

ただそうしたことがわかったことは大切なことで、いけないことはやらなくなりそうだ。このブログも言葉使いがいかんと言われ、そうなのかとまたしてもうなだれた。手足をもがれダルマとなる他ない。世の中は常に変わっていくものだから、受け入れることが肝要なのだと肝に命じた。

何はともあれ、とても楽しく、ためになった。オジさん2人にはとてもいい小旅行となった。再会を約束して帰路につく。

そしてもう一つ、カフェは以前からこの宿で飼われていた。どうしても僕は彼らに会って謝りたかった。彼らも同様に深く悲しんでいた。そうすることがケジメだと思った。彼らに会い、事の顛末をキチンと話した。庭でロウソクを灯してカフェの冥福を祈った。カフェの魂を彼らに届けることが出来たであろうか。そうであると信じたい。カフェが存在した理由が確かにあったのだという思いを共有出来たであろうか。宿へと帰る道中、カフェがいつものように後をついてきているように感じて何回も後ろを振り返った。来たことのない場所を歩くのが好きだったカフェ。ここでの散歩を楽しんでくれるといいのだけれど。

あっという間に帰る日となり僕は早朝に宿を出た。朝、テーブルの上にお弁当が用意されていた。メモ書きが添えられてお土産まで用意して頂いていた。挨拶は昨夜のうちに済ませてあったので、宿の表でお辞儀をして帰途に着いた。途中バスの中で弁当を食べた。とても美味しくありがたい気持ちが湧いてきて、いいものだなぁとしみじみと感じた。いつもは用意する側であったけれど、うちに泊まってくれた旅人もこのように感じてくれたのだろうか。

 

宿を営むことは難しいものだ。おそらく若い旅人がどの様に感じているのかは理解出来たと思っている。でも根本的なことは何もわかっていないのだということも知っていて、それが出来るかどうかもわからないまま。さてこの誰もいなくなった宿をどうするか、いっそセシーに相談でもしてみるか。明日は月曜日。いつものようにやって来るだろう。まずは礼を言わなくては。留守の間、よく掃除をしてくれていた。ゴミひとつなく、戸締りもしっかりとしてくれていた。急な来客に対応出来るように一部屋用意してあった。最近、セシーは変わった。セシーはkamomosi にとって必要とされる存在となったのだろう。受け入れられることのないオジさんより彼女に任せるのも一つの手かもしれないなどと考え始めている自分もまた今回の小旅行で変わったのかもしれない。

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