日々雑思 なんだかなぁ

夜、いつものように踊りに行くと女が一人で待っている。まだ来ていないのかと挨拶をするとズンバの先生の旦那さんがバイクで事故に遭ったと言う。「いま病院にいるが良くない、今日はズンバはない」この村ではよく事故が起きる。免許などない。だからルールなどない。子供も乗る。3人で乗る。4人で乗る。事故を起こし皆死んでしまうか、カタワになってしまう。
先生は旦那は頭に血が溜まり専門家が必要だと言う。目の下にクマができ、憔悴して気の毒であった。ことの詳細を聞いた一同はうなだれた。しばらくはズンバは休みとなった。

アボカドの木に実がなり喜んでいたが隣家の旦那から葉っぱが庭に落ちて掃除してもすぐに汚れて嫌だ木を切れと言われる。毎年の事なのに今年に限って言ってくる。よく物を貸してやり、冷蔵庫も貸してやった、電話も貸してやったのに。このところいろいろと要求ばかりされるので、思い切って怒ってやった。木を切り倒した後、「お前らには随分とよくしてやったのになぜだ、こちらも気分が悪い、木は望み通り切ってやったぞ、今後は助けてやるのはやめる」旦那はわかったと一言言って引き下がった。女房は口をきかなくなった。

切り倒したはいいが、切り株を取り除くのに一苦労している。根元を掘り返すと建築資材がガラガラと出てきてげんなりしてしまう。篩にかけ毎日仕分けしているが、進捗の見えない作業は気が滅入っていけない。それでも日が良く当たるようになったので畑にして野菜を植えようと気持ちを切り替えた。後日、切り株をチェーンソーで切ってもらおうと電話で頼む。「月曜日の午後に行く。セグーロだ(確かだ)」と聞いた僕はうなだれた。セグーロ、ノーテンガペーナとペドラーノが言うときは大抵来ない。案の定月曜日には来なかった。やはりこの村では知り合いの伝手で頼むのが一番いいらしい。

村の犬がたくさん死んだ。毒を食わされて、口から泡を吹いて死んだ。まだ生きているものも腰が抜けて大小便を漏らして苦しんでいる。増えすぎた犬を駆除することはこれまでもあったけれど毎晩のように毒を撒かれているのは初めて、少し怖い。注射をした印の赤い首をした犬も死んでいる。飼い犬も死んでいる。外人が警官に食ってかかっている。話によれば犬を好かないグループがいて、毒を撒いているそうだ。おそらく村の者は誰がやっているのかを知っているのだと思った。
この村はたくさん野良犬がいる。貧乏人が飼いきれなくなって捨ててしまう。いたずらに子を作り、大きくなると捨てる。犬はどんどん増えていく。去勢手術などしないので、好き放題増える。一方で狂犬病の恐れがあるので増えすぎると道端に毒を撒いて殺してしまう。
アニマルフレンドリーの外人はそのことに怒って大騒ぎをして役所を困らせる。役人はのらりくらりとごまかして、うやむやにしてしまおうとするので益々外人が怒る。死んだ犬の写真をSNSに投稿してニュースとなった。村は少し異様な雰囲気となった。以前飼っていて逃げてしまったウスイサチヨも道端で死んで異臭を放っていた。顔なじみの野良犬も死んでいた。知らない犬も死んでいた。メルカドに向かう道にいつも居た犬は全ていなくなっていた。犬を殺す者、助ける者どちらにも言い分があってどちらにも一理ある。でも一部の理もないのが貧乏人だ。犬のように暮らす者は犬を飼ってはいけないのだ。

好いた男に振られた女が首を吊った。家が貧乏なのでシェラで働いていたそうだが、家は3階建で立派だと聞いた。きっと死ぬ程好いていたのであろう。恋が成就したところで男は他の女になびく事に気がつかなかったのであろうか、都会で暮らすと人並みの幸せを夢見てしまうのであろうか、わからぬ。

このところギスギスした雰囲気を感じる事がままある。村全体が疲弊しているような感じ。100ケツアル札を出すとつり銭がないと断られる。やたらと物売りがやってくる。昨年はここ10年で最悪の景気だったそうでその影響がジワリと村を苦しめているのであろうか。女中のセシリアにも他に仕事を探せと言っても、働きたいと食い下がる。他の者を雇うのかと疑ってかかる。山で人が殺される。身包み剥がれて裸で見つかった。どうにも物騒だけれども誰も騒がない。誰がやったのか皆が知っているのだきっと。入山料を払わなかった外人への制裁、ガイドを雇いたくないケチな旅行者への見せしめ的な気がする。皆が皆自らの首を真綿でゆっくりとしめているように思えてならない。いやだねぇ。

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