日々雑思 サンマルコスの休日

猫に盛りがつき、毎晩うるさい。妙な声で鳴く、小便を垂れる、言う事を聞かず、すっかりバカになってしまった。年端もいかない女子は盛りがつくと狂ってしまうのは人もケモノも同じなのだ。
ウーゴウーゴとあまりにうるさいのでサンダルで頭をひっぱたいてやったら正気に戻ってきた。よほどこたえたのか目が回ってしまっている。ヨレヨレとしながらボーとなった。しばらくすると再び鳴くのでサンダルを脱ぐと鳴きやんだ。まったく近寄らなくなってしまったけれど、ここは宿なのだ。金を払ったお客に迷惑をかけるケモノに権利などないのだ。働かずタダメシを食らうだけのケモノはおとなしくしているか、捨てられてしまう事をわかっていなければならない。カフェはよく心得ていてセンはまだ心得ていない。それでも夜は首元で寝ているので飼い主は覚えているのであろう。この猫はマシで聞き分けを覚え出している。

すっかり客のいなくなった宿で今年は客1人か2人で静かに年を越そうと決めた途端に、バタバタと問い合わせがある。すでにおやすみモードになってしまったので、なにかと理由をつけては断りまくったのだけれど、飛び込みでやってくる旅人は断ることもできずに受け入れた。食事を頼まれる。日本食はやっていない、グアテマラ料理を食べに行けと言うのだけれど、宿の飯を食ってみたい。期待してきたと言う。それでも来たばかりでなにも客について知らない間は日本食は出さない。けっしてロクなことにならないことをしっかりと学習してしまったのだ。そう言うと決まって誰々さんに聞いたと言われるのだけれど、そんなバカな話を信じて来たのか、騙されたのだ、気の毒にと優しく諭してあげる。例によって友人を呼んでも良いかと言われ出す。空き部屋がある事を知ってしまった者の口に蓋をすることも出来ずうなだれながらもダメだと断る。去年までは言えなかった事が言えるようになったのは少しは成長したのか。どちらに転んでもロクなことにならないのである。

スペイン語を習うことにした先生と出かける。対岸の村。ここは美味しいコーヒーがあって最近はここで買うようになった。移動、買い物、食事を楽しみながら会話をして僕のスペイン語の穴を見つけてもらおうと思ったのだけれど、すっかり2人で楽しんでしまった。ふとした時に言いたい事が言えず、あっこれだと思うのだけど、そのときにすぐに聞かずに後回しにしているうちに雲散霧消してしまい、後からさがしてもあれっなんだったかしらと思い出せない。ジェラートを食べているときローマの休日でグレゴリーペック演じるジョーブラドリもアン王女とのスクープを忘れてしまったのは無理もないとボンヤリしていると、どうしたのだと聞かれて我に返る。見ると彼女の手がジェラートが垂れて手が汚れている。貸してみろとコップの水に浸したナプキンで拭いてやると小さな声でありがとうと言った。サンマルコスには泉もなければ手を突っ込める口もない。もしあったら僕の手は見事に食い千切られてしまうので入れるわけもないのだけれど。それでもいい休日となった。
大人しく、控えめではあるけれど今のところ僕の質問には常に答える彼女。レッスン中にうっと詰まるのは、僕に足りていないところをキチンと見つけてくれている証拠。文法がわかると言うのはこういうことなのかと開盲の僕に見えるように教えてくれる。
育ちの良さが溢れ出る彼女、僕のような輩が教わるべきではないような、キレイなものを汚してしまっているような罪悪感がつきまとい、レッスン後にうなだれてしまう。

嫌な予感しかしない。複数の人を雇ったり使ったりしだすとお互いのことが気になりだすようで、しきりにアイツはどうなのだと聞かれるようになる。根が単純なのですぐにそれは嫉妬 や怒りに変わる。ここの雇い主たちはすぐにクビにしてしまうので不安が常につきまとっているからだけれど、それと同じくらい我先感を出す彼らを見ているとハフゥとため息が出てしまう。遠慮といった感覚はなく、むしれるだけむしりたいと考えてしまうのは、明日に生きない者の性なのだろうか。仕事が欲しいと懇願し、与えると途端に当たり前のように考え始めてしまう彼らはある意味でわかりやすいのだけれど、手綱の取り方がいまだにわからない。何度も痛い目にあって来たので結果、嫌な予感しかしなくなってしまったのだろうか。

村の中はクリスマスのイベントが毎日のようにあって、活気がある。広場でバンドが演奏し若者が熱狂する。教会に信者が集い賛美歌を歌う。道々に人が溢れ、屋台が賑わい、老いも若きも皆楽しそうに夜長を過ごしている。パーティが夜な夜な開かれ、目があさっての方向を向いている外国人が秘密パーティからゆったりと宿に帰ってゆく。明るい者、沈んだ者、怖がる者、笑う者はそれぞれ使った物の違いだろうか。裏路地に広がる甘い匂いやすえた匂いは6番目の感覚を研ぎ澄まされた者たちにはどのように感じられるのであろう。
宿のテラスに座り夕食後の客の夕べが終わるのを待つ。出かけていった者の帰りを待つ。若者らしい楽しみ方が出来なくなったのはいつからであろうか。遠くから聞こえるラテンのリズムに身を任せ、珍しく曇った夜空を見上げていると客に呼ばれトイレが壊れている、鍵を部屋に入れたままロックしてしまったと矢継ぎ早に言われ我に戻った。宿はいっときの忙しさで急に賑やかになってしまった。ろくなサービスもできない宿が益々酷いものとなる。アレがない。コレを何とかしてくれ。やってもいいかと言われてばかり。日本の宿で働く人はきっとすごい人達なのだろう。グアテマラにあってもそうした事を要求されるのは、僕がまだ日本人に見られているという証なのだといい方に考えておく。

年末が近づき、そろそろ少し物騒になる時期となった。すべての旅人が何事もなく無事に目的地に着くことを、楽しき仲間と巡り合い穏やかなクリスマスと年越しを迎える事が出来ることを願う。

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