日々雑思

ある日、風の音で目覚める。近所の建てつけの悪いトタンがあおられて音を立てている。湖からやって来る風は季節を運ぶ。2〜3日は強い風が続く。なぜか山の上に張り付く雲は動くことがなく、低い場所だけを風がなでている。

カフェで勉強をしていると隣のドーラから電話がかかってきて「どこにいるのだ、客が待っている」と言う。戻り、部屋を準備した。飛び込みの日本人客は珍しい。この所問い合わせもないのでてっきり今日も客は来ないのだと思っていたがひょっこりと現れた。女中のアナがやってきて良かったなぁと慰められる。
客がネットに繋がらないと言う。確かめるとネットが切れていた。ネット屋に電話すると風のせいだ、明日直ると言う。いつものことなので客に「ネットはない。諦めろ」と伝える。ネットカフェを教えろと言うので連れて行く。1時間ほどしてスッキリとした顔で戻ってきた。雨季の終わりは停電やネットの切断など問題が起きるので嫌だ。日本ではニュースになる事もここでは普通なのだ。

夜、いつものようにズンバに行くと「今週末にミーティングを開きたい。お前のところはレストランであろう。よいか」と言うので「よい」と答えるとメニューを見せろと言う。メニューなどないのだけれど仕方ないので急ぎメニューをこしらえる。皆に見せると予想以上の人数となった。客にパーティを開くのでうるさいが構わないかと聞くと構わないと言うので引き受けた。最近は宿泊客があまり来ないので、こうした地元の客も大切にしながら生きながらえている。料理も好評で不味いと言われることもない。

客の中には、こだわりの強い者がいて京都ではこの素材はこの様に使う、こんな使い方はしないと箸もつけない輩がいるので、和食を出すこともメッキリ減らしたが、地元の者や外国の者は美味しいと言ってくれる。それは当然のことであって、文句を言う客が正しいのだ。ここは日本ではないので、そこで日本人に和食を出すことが間違っていたのだ。グアテマラに来ているのであるから、グアテマラ料理を楽しんでもらうべきなのだ。外国の人や地元の人にとってはいい経験でも日本人には無用の気遣いであった。こんな簡単な事に気がつくまで2年近くかかってしまうとは呆れたものだ。そもそも旅人に故郷の味など必要がないのであろう。世界を観に出ているのであるから、そこの物を食するのが当然の事なのだ。よくよく反省をした。

ドーラが冷蔵庫に入れてあったタマーレスを取りに来た。タマーレスはグアテマラの食べ物の1つ。トウモロコシの粉を練って、中に鶏肉とトマトソースを入れ蒸したもの。「せっかく作ったのに子供達は食べない。嫌になる」と愚痴っている。ヒデキ食べないかと言うので腹は満ちていると言うと1つ置いていった。あの様な物を好き好んで食べるわけもなかろうに思うのだけど。そういえば子供の頃、オヤキを出されることがあった。栃餅を出されることがあった。食べずにいると母がこんなに美味しいのにと文句を言いながら一人で食べていた。しばらくしてオヤキは残ったが栃餅を見ることはなくなってしまった。より美味しい物が出てくれば、昔の味は廃れてゆくのであろう。この辺の年寄りたちは新しいものはまるで口にしない者もあり、まだまだ古き習慣が残るが、ゆくゆくは消えてゆくのであろうか。

夕方、ネット屋が来て喜べと言う。なにを喜ぶと言うのだと思っているとネット会社を変更した、アメリカの会社だ、よりマシになると得意そうに言う。そそくさと設定をし直して繋げてみろと言う。速度が落ちているではないかと文句を言うと。安定性が増したのだと力説する。いずれにしても他の選択肢がないので様子を見る事にした。これまでも随分とネットには泣かされてきたので、げんなりしてしまう。翌朝、もう一度計ると村で1番の速度となっていた。びっくりしてもう一度計り直すが速い。とは言っても他国とは比べものにならないので、宿にはネットはないとこの文を読める人には言っておく。あるにはあるがオマケ。サービスでもなければ設備でもない。くれぐれも仕事で使おうなどと思ったり、大容量のデータ送信をしようなどとゆめゆめ思われるな。

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