日々雑思 暇に任せて

この時期は暇で客がいない。11月までひたすら我慢の月が続く。雨季がいけない。雨季は観光客を遠ざけるのだ。でもサンペドロはいつも午前中は快晴になるのでいい。客もいないのでやりたい事をするのだ。暇だけれども忙しいふりをしていればここでの生活は楽しいものになる。

Zumbaを始める
客の女の子からzumbaに行こうと誘われる。以前から宿泊している客に紹介してはいたのだけれど自分がやることになるとは思いもしなかった。月水木の週3回で1ヶ月Q25は安い。金曜は別料金でQ5なのでこちらも行くことに決めた。

村役場の2階に夜8時に行くと、コロコロと太った女衆が集まっていて男は僕ひとり。恥ずかしいもなにも無いので見よう見まねで踊りだす。なかなか難しく笑ってしまう。宿を始めてから、こうして出かけるコトがすっかりなくなってしまったから気晴らしにいい。

ひと月真面目に通うと、だいぶ踊りについていけるようになった。女衆も優しい。ある日、行くとなかなか始まらない。どうしたのだと聞くと「スピーカーのコードがないので音楽がながせない」と困っている。「誰かが持って行ってしまった。こうしたことはたまに起きるので悲しい」と嘆いている。差し込み口を見てから近くのプロジェクターのコードが使えそうなので試しにさして見る。今度は「コンセントの差し込み口の形が違う。これではダメだ」というので、館内を見渡すとはじの方の壁にコンセントを見つける。「あそこまで届かない」というのでスピーカーを運んでさすと電源が入った。途端に全員が笑顔になり「いい仕事をしてくれた。お前はすごい」と口々に賞賛される。この程度のことは誰でもできるのだ。嬉々として踊る女衆が可愛らしく見えた。

踊っていると村の男衆が代わる代わる見にやって来る。アジアから来たおっさんが踊っているのを見て笑っている。この村の男衆は情けないくせにプライドだけは高いのでこうした踊りはできないのだ。先生になぜ男衆はやってこないのだと聞いても知らないと言うばかりで、はなから来ないものだと決めつけている。帰り道で知り合いに「踊っているのか」と聞かれる。「踊っている」とだけ答えると「いいな、健康になる」と言ったので「そうだ歌って踊れるおっさんを目指しているのだ」と得意に答えてやった。「歌えるのか」と聞くので「女中に習っている。歌える」と答えると「何曲歌えるのだ」というので「いまではたくさん歌える」と答える。電気屋のスピーカーから流れて来るレゲトンを口ずさんでやると驚いていた。女中のスセリーも見にきた。翌日「踊っていたな」と言うので「見たな」と言ってやる。スセリーは本当は踊りたいのだけれどエバンヘリコなので教義として踊らないことになっているからできないのだ。

ある日、行くと「今日は先生が急に休んだからできない。また明日こい」と言う。翌日先生からメッセージを送りたいから電話番号を教えろと言われる。教えると 「SNSのグループもあるが入るか、でもみんながすごく書き込みをするので大変でめんどくさい」と言われたので「考えておく」と返事をする。この村にはたくさんのグループがあってその情報伝達力は驚くべきものがある。彼らに秘密などないのだ。全てがお見通しになってしまっていて、この村ではそうしたことに慣れなければいけない。スペイン語学校の先生も若い子たちも皆グループを持っている。彼らはどんな輩がいるか、めんどくさい奴がいるかなどぜーんぶ承知なのだ。たまに僕のところにだけそっと言ってくれるのはある種の警告なのかもしれない。

せっかく始めたzumba。こうしたことは真面目に続けなければいけない。サボってはいけない。3ヶ月は黙って踊るのだと言い聞かせる。

レゲトンを歌う
気に入ったレゲトンを歌う練習をする。レゲトンとはラテンの歌謡曲のようなもので若い人たちに人気がある。流行りの曲は聴かない日がないほどどこかで流れていて、たまにうんざりすることもある。Zumbaでも使うので覚えておいて損はないのだ。レゲトンはとにかく速い、なかなか追いつけないのだけれど歌えるようになるとお客が驚く、グアテマラ人も驚く、自分も驚く。歌えるようになった曲、練習中の曲。
Azukita
Bailame
Sin Pijama
MI Medicina
Robarte Un Beso
Me Voy Enamorando
Criminal
Bailando
Echame La Culpa
Despacito
Me Niego
Mi cama
Nena Maldicion
Deja Vu
Te Bote Remix
Vaina Loca
Si Tu Vuelves
目についた片端から歌いまくる。速くて歌えないものあるけれど、毎日練習していると不思議と歌えるようになる。歌えるようになると聞けるようになる。歌の意味などどうでも良い、歌っているうちにわかるようになる。単語の意味などもうどうでもよくなって来ている。スペイン語で理解していれば他言語での訳などどうでも良いのだ。スセリーが「これは聞いたか?最近出たのだ」「聞いた、でも難しい」「そんなことはないヒデキはもう歌える、歌え!」「わかった歌う」翌日「練習したか」「まだしていない」「忙しかったのか」「忙しくないがやっていない」「・・・」ブーと膨れられてしまう。スセリーが歌い出す。歌っている時の彼女の口元は生き物のように舌がよく動き滑らかに音が出てくる。じっと見ているとこちらに気が付き目でにっこりと笑う。

50肩
家庭教師のコンセプシオンが「お母さんが背中が痛いと言っている。痛くて痛くて眠れない。姉妹でマッサージ器を買ったがダメだ」と言う。話を聞くとどうやら50肩のようだ。「一度、見てやる、でも動かせない程痛かったら薬を飲んで待たなければならない」「いつ来てくれるのだ。明日はダメか」「明日なら良い、3時に行ってやる」

彼女の母親の年齢は57才だと言う。肩の状態を見る。ゴリゴリしている。動かせることはできるので1時間ほどマッサージをしてやった。50肩は時間もかかるし、なかなか治らない。理学療法や注射を使って痛みをとれば良いのだけれどここにはそんなものは無い。
「う〜ん」
「痛いか」
「ムーチョ」
「我慢できるか」
「できる」
「ここは痛いか」
「ムーチョ」
「ここもか」
「なぜ痛いところがわかるのだ」
「知らん、でも右の掌で触ると昔からわかるのだ、左手はバカなのかわからない」
「治せるのか」
「知らない、でもこれまでも治ったと言われてきたのでやるだけやってやる」
「親切だなヒデキ」
「そうか、なら我慢していろ」
1日おきに1時間、夕方になると旦那とやってくる。旦那は質問が多くていけない。日本語でなら説明出来るがスペイン語では単語すら知らないので、朝やってくる女中たちになんと言うのだと聞くが彼女たちもスペイン語ではわからん、ツトゥヒル語ならわかると言うのでそれを習う。ツトゥヒル語はこの地域だけで話されるマヤの原語でおそらく滅び行く言語の一つ。喋れるようになってもなんの役にも立たないのだけれど、もし話せるようになったら日本で履歴書に書いてやろうと思っている。

ブログを再開してたくさんの人からメッセージをもらいました。拙くなく内容のないこんな記事を読んでくださる方々にお礼を申し上げます。記事にできないことのほうが実は多いのだけれど。

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日々雑思 暇に任せて」への2件のフィードバック

  1. Yuko

    Hidekiさん、お久しぶりです。
    もう1年以上前ですが3ヶ月お世話になったYukoです。ブログ再開を待っていた一人です。Hidekiさんの”生々しい”日本語がまた読めるなんて‼ これからも拝読させてもらいます!

    返信
    1. HIDEKI 投稿作成者

      YUKOさん
      ”生々しい”って。でもありがとうございます。本当はもっと生臭いことを思っているのですけれど、正直に書くと読むに耐えられない記事になってしまうので少しだけオブラートに
      くるんでいます。かすみの中から本当の気持ちを汲み取っていただければきっとドン引いていただけると思います。これからもよろしくお願いします。グアテマラの暗い井戸の底より。

      返信

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