日々雑思 口紅棺桶アボガド 

ある日

宿職人でありたい僕は職人について考えながら買い物と犬の散歩に出かける。ぼんやり歩いていて道端で寝ている犬を危うく踏んづけそうになる。犬は驚いたように少し怒ったような顔をして体をくねらせだけでまた日の温もりのある道にごろりとなってしまった。

 

余って凍らせてあった魚の切り身をどう料理するか考える。ホイル焼きにするか煮付けにするか。煮付けにすると付け合わせの野菜も煮なければならないのでホイル焼きにしようかと考えるがそうすると煮付けにするよりも多くの野菜を切らなければいけないので決めかねていた。結局決まらないままでいると、近所の貧乏人が死んだとアデライダがやってきて言っている。アデライダは最近、色気付いてきて、髪を染めて口紅をさしている。彼女にそんな癖がついたのは、彼氏ができてまもなくの頃から。中国製の安物だけれど舶来化粧品を売り歩く輩から買ったのだ。それにしても色が濃すぎて、ダラクしたねと僕が日本語で言ってやっても、毎日真紅に塗りたくって機嫌が良い。

 

何かあるとまずいので弔辞の心得、通夜葬式の準備について棺桶屋のセバスチャンの話をきく。セバスチャンは棺桶屋の見地から、短時間で済ませなければならないーこれが根本である、と言う。何と言っても屍体が主役なのだから、 時々刻々腐っていくのだから。なるほどと感心した。棺桶の中でとろけてしまっては汁も出てくるし何より臭い。生きている者達は死んだ者をよってたかって大急ぎであの世に送る。この世は生きている者しかいてはいけないのだ。
「おらの作る棺桶はしっかり作ってあるから滅多なことでは汁は漏れないけどここでは氷が少ないから余計にワタを敷いてある。棺を担いで村を回っている間は大丈夫だ」と自慢げに言って去って行った。

 

庭にある3本のアボガドの木が陽をさえぎるのでそのうちの1本を根元から1mほどのところからバッサリと切った。数日後、切り口から少し下の幹から芽が出てきてアレヨアレヨというまに枝になっている。南国の植物はつくづく強いものだと感心する。次回はもっと下の方を切ってやろうと決める。うちのアボガドの木はそろそろ実をつけてもいい頃合いなのにまったくその気配がない。毛虫がやってくるので役に立たないのであれば切ってしまいたいのだけれど別に植えたコーヒーの苗に必要なのでとってある。実が成れば女の客が喜ぶのに。きっとあの木もメスなのだ。だから女に食われるくらいなら実をつけない方がマシだと思っているのかもしれない。それにしてもなんで日本人の女はアボガドがあんなに好きなのだろ。ヌメヌメしたものがどうして好きなのだろう。

おわり

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