いやだねぇまったく

朝、目を覚まし外に出る。晴れてはいないが風は乾いている。
シーツを洗い、布団を干す。スズメたちがやってきて餌を要求しているが買い忘れていたのでない。10時過ぎ、宿を発つ客を見送った。これで客は一人のみ。手のかからない客なので朝食を準備すれば1日が終わってしまう。

 

心が無性にざわつくので、庭に出て土をいじる。花を買ってきて庭に植えた。早々に終わってしまったので包丁を研ぐ。一心不乱に何も考えずピカピカになるまで研いでやった。よく研げた刃は指に触れると吸い付くような手触りになる。他に使う客がいないので安心して切っ先まで研いでやる。

 

昼、ラーメンを作る。以前日本から届いた貴重な1袋。粗相がないようにしっかりと下準備をした。ほうれん草、ねぎ、チャーシュー、メンマ、ゆで卵をこしらえる。先ほど研いだ包丁はネギを切るとまな板に吸い込まれるかと思うほど。切ったネギの角が立ちこのネギは切られたことすらわからないのではないかしらとニンマリと悦に入った。

 

午後、水がくる。タンクに十分溜まったので、残りを庭に撒き土を湿らせた。風呂に行きバリカンで頭を丸める。刈り残しがないように手で頭の後ろを何度も確認して刈り上げたあとシャワーを浴びた。たっぷり浴びて汗ばむ体のまま犬の散歩へと出かける。湖畔は乾いた風が吹いていて心地いい。犬は水の中ではしゃぎまわって喜んでいる。もう1匹の犬は逃げてしまうので繋いだまま。つまらなそう。遊んでいる犬を呼び戻し、坂道を上がってメルカドへ向かう。夕方のこの時間はちょっと人通りが少なくなっている。この時間に宿を出るのは本当に久しぶりだ。暮れ行く感じがいい。夕食を作らないのは宿を始めて以来のこと。タコスでも食べようかと思ったがまだ少し早かったようで準備ができていない。唐揚げ屋に入ると店員の女が店先に出て暇そうにしている。僕の顔を見るとアラといった表情で迎えてくれた。唐揚げを2つとコーラを頼む。骨は犬にくれてやる。すぐに逃げ出すバカ犬の方がもう1匹のいい犬の骨を横取りしたので頭をひっぱたいてやると大人しくなった。交互にくれてやり、店を出る。するとバカ犬が道に落ちていた食べ物をあっという間に食ってしまった。叱るとひっくり返って鳴いている。僕は諦めて犬を引きずるように宿へと帰った。

 

ぽっかりと心に穴が空いたように感じるのは、先日出発した夫婦者の旅人の所為。彼らは随分と長くこの宿にいたので家族のようになってしまったから。人のいい二人はバカ犬の世話を甲斐甲斐しくやり、拾った雀の子の面倒をよくみてくれた。客の相手の苦手な僕に代わりよく話を聞き、よく自分の話をしてくれていた。よく気がつき宿の備品の補充をそっと足しておいてくれた。庭を綺麗にしてくれた。犬の散歩をしてくれた。買い物を手伝ってくれ、文句を一つも言ったことがなかった。

 

旅に出てからは出会いと別れはつきもので、僕はそれが苦手だったけれどいつしか慣れてしまっていた気になっていた。自分の心がこのようにざわつくことに驚き、その気持ちをどうしてよいものかどうにも持て余してしまっている。こうした時は淡々とした作業をするのが一番なのだけれどそれが終わってしまうと再びそれはやってきてじくじくといつまでも離れようとしない。仕方がないので他にやることを探して見るがついにやることもなくなってしまった。
いやだねぇまったく。

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