とんだビザクリではあったけれど

朝、雨は上がって澄んだ空気。ボート乗り場へ向かう。人通りなし。パナハチェルで船を降りシャトルバスを待つ。乗り込んだシャトルバスが満員になってしまったため1人の僕が別のシャトルバスへと移らされる。広々としていて快適。
国境へ向かう。途中、床下からキーキーと音がし出して路肩に止った。運転手がタイヤを外しているのでパンクかと思ったらブレーキに石が挟まったらしい。ホイールが熱くなってしまい、うっかり手で触ってしまった運転手はビックリしてブルブルと手を振って冷ましている。小石を取り除き、国境に着くと、随分と遅かったじゃないかと朝のシャトルバスのおばさんに文句を言われる。僕の所為ではないのに何が言いたいのだろう。
メキシコ側でバスを乗り換える。バスは大きくて快適でこんなバスなら旅も楽だとつくづく思う。隣に座ったドイツ人が声をかけてきた。スペイン語が話せるのかと聞きながら自分は習ったけど話せない、英語は話せるのかと聞いてくる。話せると答えると以降は英語で話し始める。なんとなく気が合い、お互いの事を話す。なぜかヨーロピアンとは英語で話していてもスペイン語が邪魔をしない。このところすっかり英語を使わないのでごちゃっとしてしまって、ついスペイン語が出てしまうのだけれどどうしてかはわからない。おそらく頭が悪く、切り替えができないのであろう。話一つ満足にできない大人になった気分だ。

 

ドイツ人はサンクリでの宿がない、どこかいいところはないかと言うので、いつもは日本人宿に泊まっているが今回はわからないと答えると一緒にホテルを探してくれと言う。サンクリに着きホテルを何件かあたる。ドミのある安宿を探そうとするとホテルがいいと言う。この町は物価が安いからたまにはいいかとホテルにあたり直す。うまい具合のホテルを見つけ、部屋を二つと言うと一つの方が安い、私は気にしないから一緒に泊まろうと言うので渋々了解する。
部屋に落ち着くや否やここには日本食のレストランがあるかと聞くので、「ない、コリアンレストランならあるがどうだ」と言うとそれでいいと言うので連れて行く。ビビンバを頼む。食事を始めると僕のビビンバを指してヒデキはそれを食べた事があるのか、なぜ知っていると質問する。それがめんどくさくてお前はフランス人にソーセージを食べた事があるか、なぜ知っているのか聞くのかと質問すると少し不貞腐れて黙ったのでスペイン語でムイビエンと褒めてやった。

 

ホテルに帰ると向かいの部屋から女の声が漏れてくる。どうやらお楽しみらしいが、僕はバイクで旅している時にも随分と町外れのラブホに泊まっていたのでもはや気にもならない。早々にぬるいシャワーを浴びてベットに横になった。
ドイツ人はあーだこーだと何やら言っているが相手にせず寝てしまう。

 

朝、いつもと同じ時間に目がさめる。シャワーを浴びて部屋に戻ると向かいの部屋からまたしても声が漏れている。お盛んな事だとせせら嗤い、部屋に入るとあの2人はまたやってると言っていてうるさい。
しばらくして向かいの部屋から出てきた女はホテルのムチャチャだった。不細工ではないが特段でもない。ホッコリした顔をしながらもブエノスディアスとしゃーしゃーと言ってのけることに感心したが後から出てきたのはホテルの倅。まだ15くらいだと思ったけれどしっかりしたものだとこれまた感心した。ドイツ人は何やら言いたげでモジモジしているが相手にすると面倒なことになるので知らないふりをする。

 

今回はのんびりとスペイン語のおさらいでもしようと思っていたが、なんだかんだと忙しくてバタバタとしてしまい、結局何も出来ずじまいだった。それでも知り合いを訪ね、近況を語ることはなによりでモヤモヤが晴れた。
どうやらcasa de kamomosiは自分が思っていたよりもいい宿であることは確かなようだし、旅人にも好評である事がわかった。コレまで自分の宿のコトをネットでどう書かれているのか見たこともなかったのは振り回されたくなかったのと、ちょっと怖い気持ちもあったから。そろそろのぞいて見てもいい頃合いか。

 

帰り
朝は珍しく時間通りに迎えのバスが来る。途中コミタンで休憩。45分あると言うので急ぎ近くのウォールマートへ。ドルが使えることを確認して宿に必要な物をかき集めてレジへ、50ドル出すとコレは使えないと言う。なぜと聞くと汚れているからだと言う。小さなシミがあるだけだけれど、ほぼ新札に難癖をつけられた。僕は持っていたペソを出してどっちが汚れているのだと聞いてやる。レジの女は申し訳なさそうだったが、どうにもならないので諦めた。

 

自国通貨に自信がなく、ドルにも頼るメキシコ。そのいずれも偽札が出回りすぎて信用もないのでは困ってしまうだろう。グアテマラでもよくある話でこれは偽札だと因縁をつけられたり、あとからこれは偽札だったから取り変えろと明らかに違う札を渡されそうになったりとやりにくいことこのうえない。慣れてしまうしかない。

 

バスに戻ると運転手が問題があると言う。崖崩れでグアテマラ側のバスが遅れている、3時間ほど待たないといけない。それは俺のせいではないし、俺の仕事は国境まで連れて行くことだと言い放っている。それを聞いた外人はいきり立ち、問答となった。ともかく国境へ向かう。国境は珍しく空いていて人の行き来がないことを物語っている。これはマズイなと思ったけどどうにもならないので、待つことにした。3時間経っても4時間経ってもバスは来ない。外人も詰め寄ったりう、なだれたりと忙しいが最後には諦めて大人しくなった。前からブラリとしてみたかった国境の町。あちこちをのぞいて歩く。すると前から欲しかったフライパンを見つける。しかも安いので買うことにした。店の女の子がアレコレと質問して来る。旅行者であればフライパンなど買わないので興味が湧いたのだろう。やはりグアテマラ人は話しやすい。買い物を済ませ、小腹が減っていたのでコーラと唐揚げを食べてどうするか考えていると。コミタンから来た二人組が困っている。聞くとウエウエテナンゴまでと言うのでチキンバスで行けると教えてあげる。本当かと言うので近くのおっさんに確認すると行けると言う。2人は喜んで先に行った。それを聞いていた外人はお前は英語ができるのかと言い出す。黙っておこうと思ったがバレたので仕方がない。運転手にアレを聞けコレを聞けと言い出す。彼は何も知らないと思うし、グアテマラの運転手に聞いてもムダだと思うと答えた。

 

僕はこの町に泊まるかどこか途中に泊まるか、それとも最後まで付き合うかを考えているとバスが来た。新しい運転手は道路が洪水と土砂崩れで通れるかわからない。もし通れなければどこかに泊まって明日もう一度行くようになると言う。それを聞いた外人たちはまた元気を吹き返し運転手に詰め寄っている。なぜこうも彼らは主張が強いのかわからないけれどここがサードワールドだと言うことを知らないのであろうか。ともかくバスに乗りパナハッチェルへ向かう。洪水の箇所はなんとか通れたのだけれど、道路のそこかしこに転がり落ちてきた岩や、家を流されて呆然としている女が立っているのを見ると墨を飲み込んだような気持ちになる。

 

すったもんだの末、パナハチェルについたのは夜の11時半。運転手は帰りたくてうずうずしていて道中、ホテルは俺が教えてやると約束したことをすっかり忘れてしまい。客が何を言おうがもう疲れたから帰ると泣きそうな顔で言っていた。僕はもう彼らを相手にしたくなかったので早々に車を降りて手近なホテルに飛び込みさっさとシャワーを浴びて寝てしまった。翌朝、大きな揺れで目をさます。またしても地震。しばらく揺れていたが何事もなく収まった。

 

バタバタとしたビザクリではあったけれど盛りだくさんで楽しめる小旅行だった。こうしたトラブルやハプニングは確かに旅の醍醐味でもあるし、印象に残るものだから。ともあれ宿の方も滞りなく4日間を乗り切ったのだからヨシ。小島夫妻とセシリアに感謝。こうして人のお情けに縋れるのもこうした暮らしの楽しさの一つか。

 

 

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