磨硝子

Casa de kamomosiのシャワールームの入り口に使われているのは磨硝子。どうやらこの磨硝子も女子には苦手な存在らしい。
僕が日本にいた時、小田原の外れの外れ、過疎化が進む寂れた町。壊れかけたトタン張りの小屋を住めるようにして暮らしていた。築60年ほどのこの家はサッシなどなく昔ながらの硝子を使った引戸だった。僕は隙間だらけの硝子と桟が結構気にいっていて、隙間から見える庭はまるで切り取ったようにほんの少しだけ緑を部屋に招き入れてくれるし、夜は使われている磨硝子にへばりついたヤモリを腹側から見ることができたから。子供のころ住んでいた家もしかり、あたりの家ゞは皆揃ったように磨硝子が当たり前だった。
風呂場から聞こえる親子の会話、ぼんやりと透けて見える人影は当たり前の光景だった。うちに泊まりに来た女性は最初こそ気になるようであるけれど夜に僕が家の中で動き回る姿を外から見た後は、気にならなくなってこちらがやめろと言っても素っ裸で歩き回っていた。
気になると言われて、インターネットで調べてみると、安心して風呂に入れない。外から見られてしまうのではないか。隣の家の人影が見るけれど注意した方がいいのか。などなど随分と書き立てられているのを見ると、相当に嫌なものらしい。プライバシーは大切だとは思うけれど、そんなに嫌なものであれば全室トイレバス付きのホテルだってあるのに、皆が寝静まってから入るか、うんとこ早朝に入るなど手立てもあると思うのだけれど、実際はそうもいかないのであることもわかる。どうやら人に見られることも、見てしまうこともどこかやましい気持ちを持つのなのだと合点がいった。
夕方、湖に行くと近所の人々が風呂がわりに水浴びをしに来ている光景が広がる。真っ裸のおばさんのどでかいおっぱいや、すでに子供ではなかろうにと思う少女がこれまた真っ裸になって沐浴している光景には最初こそ驚いたけれど、今ではそれがここの生活なのだと何も気にならなくなった。郷に入ればで、こちらがそうなるとあちらも気にならなくなるようで互いに風景の一部となったような気持ちなるのであろう。
旅をしている間、ホステルなどに泊まると女性が部屋でおっぱいもろ出しで着替えていることが何回かあったけれど、向こうも僕の存在を気がついていたのに別に気にする様子もなく堂々たる着替えっぷりを見たことがある。誰しも着替えはするし、男子だって上半身裸になっているのだから当たり前といえば当たり前なのだけれど、最初はこれまた驚いたことを思い出す。
この宿は日本人しか泊まることがないので、ここは日本と同じ感覚でいないといけないと言う理屈はわかる。しかし、建物はグアテマラ製であるし、彼らの生活の知恵が詰まったものだから、今更言われても磨硝子をペンキか何かで塗るか、カーテンをドアの向こうにつけることになると非常にめんどくさいことになってしまうのでできれば避けたいものだ。それに僕はこの磨硝子が結構気に入っていて、鉄製の枠を木製にしてわざと隙間を開けて見たいものだとさえ思っている。僕には特段、変わった趣味もないし、だいいち磨硝子の向こう側からでは男子だか女子だか見分けがつかないではないかと思うのだけれど、またお叱りを受けることになるのでやめておく。

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