日々雑思 メキシコへの旅3

旅の速度

旅にはスタイルがあって、それぞれの旅に違った速度がある。バイク旅、バス旅、飛行機、列車、徒歩と眼に映る景色は同じもののはずなのに受け取り方は全然違ったものになって、まったく違った旅をしているような錯覚に陥る。バスの旅は見慣れた風景であるはずなのに新鮮な景色として僕の眼に映った。すでに何回か通った国境に近い街、何の変哲もなく、ありきたりなメキシコの風景。

サンクリからシャトルバスでグアテマラに向かう途中の休憩時間、車は提携のレストランへ。たいしておいしくもないレストランの高い食事をする気になれず、バスから見えた少し離れた屋台へ向かう。道路沿いの掘建小屋にはまだ客はいない。おばちゃんが一人で準備している。

「何か作れる?」
「ケサディーヤならできるわよ」
「うん、それで」
「ここで食べる?」
「そうしようかな」

僕は携帯の時間をちらりと見た。バスの出発時間まであと10分。ちょっと心配になって

「やっぱり時間が無いから持って帰るよ。バスが出ちゃうから」

彼女は用意しかけた皿を元に戻し、トレーをビニール袋から1枚出して銀紙をその上に引いた。僕はカウンターに座ってそれを眺めながらぬるくなったコーラを一口飲んだ。

「どこに行くの」
「グアテマラ、住んでいるんだ」
「へー、何か仕事はしているの?」
「うん、サンペドロで小さなホテルをやっているんだ」
「あなたたち外国人はビジネスが好きだからね、沢山稼いでるんでしょ?」
「そこそこさ、あまり大きくないし、僕一人でやっているからね、そんなに沢山は稼げないよ」
「そう、仕事はゆっくりやるのがいいわね、この店もそんなに稼げないけど、私だけなら食べていけるからここがいいわ」

僕は話題を変えてこの街のことを聞いてみる。
「前来た時はデモを見たけど、今日は穏やかだね、マラソン大会なんだ、街が静かだ」
「そう、いつもじゃないわ。たまにね。普段はとても穏やかな街なの」
「この街が好き?」
「えー、好きよ、ちょっと暑いけどね」

彼女は出来上がったケサディーヤをトレーの中に入れてサルサを少し多めに入れてくれた。少しチーズが足りないと思ったのかタッパからチーズをさらに少し出して挟んでくれた。

「はい、ありがとう、できたわよ」
「うん、ありがとう、美味しそうだね」
「私はここでこの小さな店でのんびりやるわ、その方が私は好き」
「うん、僕もそうすることにするよ、ありがとう、またね」

僕は30ペソを払って袋を受け取り、元来た道を引き返した。今日はデモ隊の代わりにマラソン大会の参加者の列が途切れ途切れに流れていた。以前見たデモはだらだらと切れ目なくありの行列のように移動していたけれど、今日の列は風のようだ。警備の警官も参加者も穏やかな顔をしている。
国境に近いこの街はいつも通り過ぎるだけでとどまったことはないけれどいつか来た時は泊まって見ようと思った。

旅の途中にあるちょっとした会話がきっかけで急に好きになる街や村があるのです。何も観るべきものはないけれど、立ち止まって見たくなる場所。メキシコにはそんな街がいくつかありました。バスの旅は車窓を楽しむことができるので尚更そんな気持ちになるのでしょうか。旅の速度が変わることでいつもとは違った景色を見ることができました。新しく始めた仕事、のんびりやっていると思っていたのにいつのまにか日本にいた時より働いていることに気がつき、ちょっとニヤリとしてしまった屋台のおばちゃんとの会話。旅と同じように暮らしにも速度があるのだと改めて知りました。もう少しゆっくりとした暮らしもいいのかもしれません。

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