日々雑思  

蜂に刺される

左手のひらにキンと熱さを感じた。途端、猛烈な痛みが走った。慌てて見ると手のひらの中にミツバチがのたうっている。お尻からねっとりした内臓が糸を引いていた。手を斜めにすると引いた粘液が切れてミツバチは下に落ちた。手のひらにはまだ内臓の切れ端をつけた棘が残っていてズキンとした痛みがある。僕は下に落ちたミツバチに一瞥をくれてから部屋にある毛抜きを取りにおりた。

乾した布団を取り込むためにハシゴを掛け換えた時にうっかりミツバチを掴んでしまったのだ。ハチは驚いて僕を刺したのであろう。ミツバチは一度刺してしまうと死んでしまう。針に繋がった内臓が飛び出して、そのニオイで仲間に敵を知らせるために。でも彼の仲間が来ることはなかった。きっとはぐれるか、遊んでいたのであろう。死を覚悟してのひと刺しも残念ながら無駄に終わってしまった。

僕は戻ると何事もなかったかのように布団を取り込み、最後にトタンの上で動かなくなったミツバチを見た。ハシゴなどにつかまって休んでなどいずに、しっかりと花を探して蜜を集めていればよかったものを。次はきっと人に生まれておいで、ちょっとサボっても死んでしまうような目にあうことはないから、僕はミツバチに生まれ変わって懸命に蜜を集めることにするよ。僕は君を刺すことはないと思う。おそらく僕は虫になっても仕事が好きになるような気がするから。

幸代という女

朝、薄暗いうちに庭に出た。敷石の上に何かある。後ろを振り返って幸代を見ると媚を売るようにグネグネしている。もう一度、石の上を見ると幸代のウンコであった。僕は振り返ると幸代は大失敗をやらかしたことを後悔するような目で僕を見ている。覚悟と救いを求める上目づかいをしている。幸代は失敗してしまったことを理解していて、後悔の念でいっぱいであったし、昨夜、夜の散歩に連れて行かなかったこともあって叱るのはやめようと決めた。僕が近づくと幸代はひっくり返って腹をみせ絶対服従の姿勢をしている。体の全てが固まってしまって拳骨が飛んで来るのに備えているようだ。

僕は幸代の首を掴み、ウンコの近くに引っ張っていく、ささやかな抵抗を示す幸代。足を踏ん張り絶対に行くまいとしているが僕は幸代の頭を押さえつけて鼻をウンコに近づけた。手を離すとひっくり返ってしまうのを見てつい笑いがこみ上げる。綱にウンコがついて汚れている。僕は綱を外して幸代をキッチンに入れた。幸代はここでも折檻されると思ったのか、おどおどとして逃げ惑っている。僕が目を離すと出て行こうとするが見つかると固まって動けないらしい。しゃがんで「来い」というと頭を垂れて手の届かないところまでやってきて座っている。もう一度「来い」というとお尻をブリブリ振りながら媚を売りながらやってきた。僕は「ウンコをしたいときは教えろと言ったろう」と声をかけ軽く撫でてやると、幸代は驚いたように僕を見上げた。

この犬はわかっているのかいないのかよく理解できないところがあって情けをかけてやると恩を仇で返すようなことをしでかす。宿の犬としては落第だけど、どこか間の抜けたところがあって憎めない。女の子のくせにウンコネタが尽きないところもいい。店の前、人が外に出てきている家の前となんとも間の悪いところでいつも用を足し始めてしまう。なんだかこちらがウンコをしているところを見られているような気になる。

宿の食事考

「もう一日延泊しても大丈夫ですかぁ」僕はまただと思いつつ「大丈夫ですよと」答える。最初から言えばいいものをなぜ言わないのだと不思議に思っていた。どうやら彼らはこの宿の様子をうかがっているのではないかしら、噂を信じられなくて疑心暗鬼の目で僕とこの宿を見ているのではないかしらとおどおどした気持ちになる。
宿の評価は僕がするものではないし、泊まってくれた人がするのだからおそらくそれは事実なのだと思うのだけれど、何も特別なことなどないのにもかかわらず、期待値をひしひしと感じてしまい。ヤレヤレと思うのがこのところの常。「自炊をします」と言いながら「何か食べられますか」「それはいくらするのですか」「こんなのを持っているのですけど使ってくれませんか」と言って食事代を払わずに出ていく人もいて泣き寝入りするしかないのだけれど。こうして各日本人宿のオーナーさんたちの心は荒んでいくのではないかしらと思いをはせたりもする。
思ったよりも短期でグアテマラを訪れる日本人やバックパッカー風の旅行者もいて、このところちょっと食事のメニューも考えなければならなくなってしまった。先日まで日本で食事をしていた人に日本食を出したところで喜ばれるわけもなく。かえってこんななんちゃって和食で申し訳ありませんと言った気持ちでいてもたってもいられずに配膳した後にささっと中庭に逃げ込んでしまう。せっかく他国に旅行に来ているのだから外のレストランで食べられた方がいいのであろうにと思うのだけれど、なぜか宿の食事を試されたがるのには参ってしまった。
「料理人の方ですかぁ」もまたしょっちゅう聞かれる質問で、なぜそんな質問をするのかとてんで訳がわからないでいる。言外に調理士免許を持っているのか、なんの権限があって食事を作るのだと問われているような気持ちになる。そんなとき僕は「婿入り前の男子の嗜みです」とか「いいえ、そんな大それた者ではございません」と答えることにしている。するとさらに追い討ちをかけて「なんで料理ができるのですか、なんのお仕事をされていたのですか」とたたみかけられてしまう。アウアウと口がなってしまい、目はロンドンとパリの間を行ったり来たりおよいでいるのがわかる。僕は「お天道様に顔を向けずにこれまで働いてまいりました。人様に言えるような仕事ではございません。お役人の世話になってまいりましたので、ここらで世間様に恩返しをしたいと思っております」と静かに答えると、何やらギョッとされてやにわに食事を口に運び出されるので、そっとその場を離れることにしている。
朝食、夕食のたびに携帯や一眼レフを出し、料理を写真に撮られ「記録、記録」と呟かれるともうたまらなくなって「お願いですからその写真はインスタグラムには出さないでください」と言いたくなる。しかし、その願い虚しく「写真アップしましたぁ〜どうぞ〜」などと言ったメッセージとともに送られて来て、僕は今日もうなだれてしまう。

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