Casa de Nagareという宿

昭和の後半、80年代の頃、日本ではペンションが大変に流行りました。長野県の清里周辺が発祥だったような気がするけれど定かではないのです。当時の清里は「高原の原宿」と呼ばれ、ソフトクリームを食べてメルヘンチックな村を歩き回るというブームがあったのです。周辺は都心からの観光客でごった返し大渋滞、大変な賑わいを見せていました。そんな清里周辺にホテルでも民宿でもないペンションという名の宿泊施設が建ち始め、大人気となりました。

主なペンションの特徴は夫婦で営むこじんまりとした洋風建築の家。到着するとアットホームな感じでお出迎え。小綺麗な部屋はまるで外国のプチホテルのような感じ。それまであった民宿とも違う、知人の家にお邪魔したような感じになる温かみが人気の理由の一つでした。夕食は広間に集まり主人の手料理を堪能します。工夫を凝らしたフレンチのコース料理。味がよく高級感がふんだんに盛り込まれていて、聞いたこともない横文字の料理をワインと一緒にゆったりとしたディナータイムを楽しめました。デザートも地元の果物を使ったケーキが出てきてキャンドルで演出する雰囲気に若い女性は虜になりました。宿によってはマスコットの犬がいたりしてお客さんの遊び相手になってくれるといった感じです。また、ペンションによっては食後に主人がギター、奥様がピアノなどを引いて皆で歌ったりゲームをしたりして暖炉の前で宴を楽しむなどの趣向があったのです。
90年代になると猫も杓子もといった感じのペンションは飽きられ、主人が弾き語るギターなどの話は漫才のネタになってしまうほど滑稽な感じへと変貌してブームは去りました。今から30年ほど前の話です。

グアテマラにあるCasa de Nagareを引き継ぐことになった僕は、この宿の魅力がわからずにいました。多くの旅人がこの宿に泊まるためにサンペドロを訪れる理由がわからなかったのです。皆が口を揃えたようにこの宿は他の宿とは違うんです。もっと滞在したかった。また来たい宿。これまでで1番いい宿でしたという答えを聞くにつれ、何がこの宿の魅力なのかを知りたくなりました。でも何がいいのかがわからずにいたのです。確かに他の日本人宿とは違う雰囲気がこの宿にはありました。引き継ぎを前に、宿に滞在しながらお客さんたちとともに過ごしていても、他の宿で見てきた旅人と変わらない生活をしています。

この宿の特徴は夕食は家族も含めて全員揃っていただきますと手を合わせます。食後、皿洗をゲームで決めるのがこの宿のルール。皿を洗い終えた後も皆でゲームで楽しみます。ススムさんやガビちゃんも参加して、お客さんと楽しんでいます。人見知りをしない子供たちは可愛らしい笑顔でお客さんと遊んでいます。彼女たちは日本語とスペイン語が混ざった感じで話しますが、彼女たちを相手にしたスペイン語の練習にもなるのです。この宿は家族とお客さんの距離がとても近いのです。他の日本人宿ではオーナーはちょっと引いた感じで、お客さんの好きに任せて滞在を楽しませているのが普通です。

先日、いつものように食後のゲームを全員で楽しんでいるとき、ゲームに負けたお客さんが罰ゲームとして外国の列車のトイレの話をしました。車内のトイレにはタンクがなく線路が丸見えでウンコをぶちまけていることに驚いたという話をしてくれたのです。皆は笑っています。僕はそれは日本でも同じだよというと、皆一様に驚くのです。この時僕はハッと気がつきました。そうか彼らの世代はペンションブームを知らないのだ。そしてこの宿のもてなしはまさしくペンションのそれと一緒なのだと理解した時すべてわかったのです。

料理は安宿の中では手が込んでいて美味しいのです。奥さんが作ってくれるデサート。家族とマスコットの犬猫。小綺麗な部屋。主人のススムさんのもてなし。食後に楽しむゲームは昭和のペンションと同じだったのです。僕は30年前に戻った気分になりました。確かに当時の若者はこうしたアットホームで小洒落た雰囲気を求めていたのです。ホテルとは違って宿の主人のもてなしや面白い話。お客さんが一堂に会して楽しむ夜のひととき。誰かが言っていた「距離感が絶妙なんです」という言葉がやっとわかりました。時代はめぐると言いますが、確かに今の人たちにとってはこうした宿はとても新鮮に映るのでしょう。

人との距離を 縮めることが苦手な日本人。こうした宿でもなんとなく距離を置いたり,グループが出来上がってしまうことがまま起こります。それがないと感じさせるこの宿は彼らにとって魅力的に映るのかもしれません。ススムさんのアプローチを見ていると当時のペンションのオーナーを見ている様です。お客さん同士が仲良くなれるようにうまく舵を取っているのです。決して出過ぎず、それでいてさりげない気遣いにお客さんたちは知らずのうちに親しくなっていくのがわかりました。奥さんのガビちゃんもしかり、子供の面倒を見つつススムさんのサポートを上手にこなしています。難しい近所付き合いをそつなくこなし、細かな気遣いを忘れません。ちょっとたどたどしい日本語がとても可愛らしいのです。難しい日本語を覚えることが難しかったであろうにと思うのです。宿というより仲の良い知人宅で楽しんでいるようなそんな雰囲気は旅の緊張感を和らげ、まるで日本にいるかのように感じているのかもしれません。

Casa de Nagare 僕がこの宿を知ったのは去年の12月。一度泊まって見たかったのですが、人気のあまり叶わずにこれまでずっと噂話を聞くのみでした。いまこの宿に泊まりながら改めてこの宿の不思議な魅力を感じています。1日中いても決して退屈しない。でも忙しいわけでも、何かをしているわけではないのです。家にいるような、そんな感じといえばいいでしょうか。日本人宿もいろいろです。

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