土日通信  日本人宿について語る

僕は旅の最初はまったく日本人宿というものに泊まったことがなかった。バイクで旅をしているとバックパッカーと通る道が違うことも、1日の移動できる距離も違うからメキシコに入ってからもずっとメキシコには日本人がいないのだ。アメリカ人が危険だと躍起になって言うから、みんなまともにそれを信じて来ないのだと思っていた。メキシコシティーにある日本人宿に到着するとそこには数人の日本人がいた。日本人宿には独特の雰囲気がある。それは宿ごとに違っていて旅人はそれを巧みに嗅ぎ分けて、宿の評判として他の旅人に口述していく。

病院だった建物をメキシコ人の女と結婚した人が宿にしたと言われるこの宿。主人は高血圧のせいですぐに死んでしまったので、残された奥さんと息子が続けている。息子も奥さんもあまり日本語は上手ではないが、ずっと日本人が泊まっているので名前も日本語のままで通してきた。グアテマラから来ているトクさんと言うおじさんがいた。トクさんは技術者であったがとうの昔にやめてグアテマラとメキシコを行ったりきたりしながら暮らしている人だ。鼻が悪くいつも鼻血か青っ洟を垂らしている。きっと蓄膿なのだ。それでもトクさんは旅人に慕われていて、わからないことがあるとトクさんに聞きに行くのだ。特に女の子には優しく、丁寧に教えてあげている。少ししたらグアテマラに帰ってまたしばらく向こうで暮らすという。

メキシコシティーで働いているブラジル日系3世の若者、大道芸で身を立てているがずっと定住しているわけではない。若者は日本に父親と住んでいたが景気が悪くなり父親がブラジルへ帰ると言うのでついて行ったがポルトガル語ができないので馬鹿にされたと言っていた。その後、徴兵が嫌だったので日本に帰ろうとしたが途中のメキシコでビザの申請を忘れてしまい。帰ることが難しくなってしまった。メキシコで弁護士にお金を払い労働ビザを出してもらったのでしばらくここにいると決めた。でも先日、日本人と結婚して子供ができたので日本に帰りたい。今はできないので嫁と子供をこちらに呼びたいと遠い目をして語ってくれた。

中庭の壁には大きな壁画が描かれていて、のちに知ったことだけれどもそれは有名なのだそうだ。3階まである建物は中庭に面して回廊があって吹き抜けから見えるのは灰色の四角い空だけだ。朝食はパンとコーヒーとバナナであった。久しぶりの日本人宿は居心地がよく快適であった。日本語が話せることはとても楽なことなのだと今更に思う。

近隣にもう一つの日本人宿があってそちらの方が綺麗で人気を二分しているのだが、目の前の公園と宿の前の道が夜になると怖くなって、悪い奴らに襲われそうだという話も聞くがここの宿にはプロレスラーたちが住んでいてメキシコで修行しているというから悪人もそうそう悪さをするわけでもないのだと勝手に思っている。

メキシコの山の方にある昔からある町にある日本人宿は芸術家やミュージシャンたちが集まる。昔バリバリの共産主義者であった日本人が建てた宿。キューバに住んでいたり、あちらこちらに住んでいたが、なぜこの土地に住むことになったのかは知らない。無類の酒好きであっていつも赤ら顔で、しまいには肝臓をやられてしまったので他の人に宿を託して死んでしまった。何代かの宿主を経て今は世界中を回りながら口で音を作る仕事をしてきたタケシくんが切り盛りしている。町の外れの、もう少しで先住民が住む地区の境で、川沿いにあるこの宿はとてもエネルギーに満ちている。芸術家というものは兎角変わり者が多いが、ここの壁画は他の宿にはない柄。ゲバラを模したような男女の絵、こいのぼりのようなもの、畑に植えられた野菜、骸骨と変化に富んでいる。どれも見入ってしまうほどの出来。

この宿にはアキラさんというおじさんが住んでいる。アキラさんは世界をあちこち歩いている人で、ヨーロッパで乞食をしたり、ヒッチハイクで旅をしたりしながらメキシコにたどり着いた。でもパスポートを取られてしまい。大使館に行くのがめんどくさくなってそのままにしているのでアメリカに行くことができずにずっとここで暮らしているけれど、お金が必要なので台車付きの自転車とペンキを買って近所の家の壁に絵を描いて生活している。アキラさんの質問は唐突で答えに困ってしまうようなものばかりだけれどそれなりに楽しい。アキラさんはいつも本を読んでいて偉いと思った。

この町にはたくさんの日本人が住んでいてみんな楽器をやっている。せっかくだからと集まってバンドをこしらえてライブをするようになったらそれで食べていけるようになってきたという。それでも皆自分の仕事は辞めずにお豆腐を作ったり、靴を作ったりビデオを作ったりして暮らしている。一人は郊外にでっかい土地を買って村を作るのだと言っている。先日は水道が通った、今度は畑だと着々と村つくりに励んでおられるのは偉いと思った。

ちょうどこの町にいるときに、グアテマラでお世話になっているカバさんもここでライブに加わって楽器を演奏されていたの行ってみたがとてもうまく演奏されるので見ていて羨ましくなってちょっと嫉妬している自分に気がついて、墨を飲んだような気分になった。

グアテマラには幾つかの日本人宿があってそれぞれがいい位置関係にあるので旅人はそれに沿って移動していく。メキシコに一番近い標高の高い町にある宿。自衛隊の隊員であった宿主は犬とメキシコシティーであったトクさんと仲良く暮らしている。管理人にはチエミさんというハキハキとした女性が座っていて宿の切り盛りをやっている。タカさんはいつもチエミさんに怒られながらも決まってハイハイと言いながら楽しそうだ。タカさんはお酒が大好きだけれど飲みすぎて死んでしまいそうになってからはほんのちょっとしか飲ましてもらえなくなってしまった。食事時にチエミさんからコップにちょろりと分けてもらったビールをもったいなさげに飲むのが常。

ここにはバカな犬がいて誰彼見境なく手を出した人に噛み付いてしまう。特に子供が大の嫌いで子連れのお客さんは泊まれない。名前はボビーというがメス犬。まだボビーが小さな頃隣の家で飼われていたが大変いじめられてタカさんの家に逃げてきたらしい。人間不信になってしまったが救ってくれたタカさんのことは大切に思っているらしく、タカさんが病気のときは部屋の前で寝ずの番をしてタカさんを守っていた。チエミさんがご飯を運んでいっても怒ってなかなかタカさんに近寄らせなかったので困ってしまったと言われていた。
逃げてきた当時は誰にも触らせなかったので、お風呂にも入れることができず、雌雄の区別もつかないうちから名前がついてしまった。ある日ボビーをお風呂に入れたらメス犬だったことが発覚したが今更名前を変えるのもできないのでボビーさんなまってボビさん、ボビコと呼ばれるようになった。

トクさんは鼻が悪いのでいびきをめっぽうかくから特別室に入っている。普段は食堂のテレビの前のテーブルに陣取って1日中サッカーを見るかパソコンを見て暮らす。夕方ボビさんの散歩に出かける以外ほとんど外に出ることがないのに、なぜか町の隅々まで知っていてとっても物知りなのだ。でもタカさんと意見がずれると二人して言い合いになり喧嘩しているが、それはチエミさんに言わせると毎日の恒例行事なので気にすることはないと取りつく島もない。

この宿は毎日シェア飯を作る。メニューはタカさんがチエミさんにお伺いを立て了解されると決定するのだが予算と食べたいものが合わずにいつもなかなか決まらない。みんなで食べたあとはじゃんけんで片付け役を二人決め洗う。
この宿のシャワーはガスを使っているので熱いのがいい。でも時たま水の出が悪くなるので、そうなるとお湯が沸かせなくなって誰も浴びることができない。近くには銭湯があって、貸切なのでマッパで湯船に浸かることができる。1時間ほど熱々のお湯に浸かると身も心もとろけ出して、お湯がだし汁ににでもなってしまったのじゃないかしらと思うほど。暗がりの外に出るとひんやりとした空気が火照った体を舐めてくれ、言いようもなく懐かしい気持ちになるのがいい。

グアテマラの田舎の湖のほとり。よくこんな場所に作ったものだという日本人宿がある。日本人の旦那さんとメキシコ人の奥さんと二人の子供。子供の名前を冠したこの宿は日本人に大人気でいつも満室になっている。この宿の不思議なところは泊まる旅人全員がもっと長く居たかったと口を揃えて言うところ。僕は何が皆をそうさせているのかいまだにわからずにいる。確かに他の宿とは違いドミトリーではなく全室個室のこの宿は居心地がいいのはわかるのだけれどどうやらそれだけではなさそうだ。泊まった人に単刀直入に聞いてみるとご主人のススムさんの距離感が絶妙だと言う。僕はますますわからなくなった。ススムさんの気の使い方がとてもいいから長く宿に泊まりたいと言うのが理由であるのかしら。また子供がとても可愛いと言う。娘さんが可愛いから長く泊まりたいと言うのが理由なのかしら。確かにこの宿には不思議な魅力があって一言では言い切れない。村の雰囲気がとても穏やかでここがグアテマラだということを忘れてしまいそうになるほど平和だし人々も優しい。この村に長居したいのであれば他の宿でも良さそうなものだがそうではないらしい。

ススムさんはお客さんが楽しんでいる姿を見るのが好きだと言う。幸せを分かち合えるような暮らしの中に入っていく感覚になるのであろうか。宿を覆うような塀や鉄の扉がなく、他の場所であればちょっと泊まるのを躊躇してしまう旅人がいたっておかしくないようないつも開放的な雰囲気がある。どこか日本の民宿のような懐かしさとご夫婦の人柄がこの宿の雰囲気を作っているのかもしれない。

あるときおばあさんが飛び込んできてアメリカドルを交換してくれと言う。事情を聞くとおばあさんが民芸品を道端で売っていたところにアメリカ人がやってきてそれを買いたいでもドルしか持っていないからこれで払う。これはケツアルにするといくらだと言ってお金をおばあさんに強引に渡して帰ってしまった。おばあさんは両替の仕方を知らなかったので、宿に助けを求めてやってきたのだ。奥さんがちょっと待ってと言ってすぐに交換してあげる。おばあさんは気が気ではなかったようで神様に英語でゴッドブレスとお祈りをしていた。ガビちゃんがやってきてケツアルを渡してあげるとありがとう、ありがとうと言って上機嫌になり帰って行った。おそらくこの異国の二人は正直者として近所に知られているのであろう。こうした普段のおこないがこの宿の安全を守っているではないかしらと思った。

世界有数のリゾートにある日本人宿。ここには二つの日本人宿があってキレイな方と汚い方に大別されている。ところが汚い方の宿と言われている方は居心地がいいとなかなかの評判を聞くようになった。この宿には名物のおっさんがいて一人はホテルで毎晩尺八を吹いてディナーショーに花を添えるミュージシャン。この人なかなか面白く、あちらこちらに書かれている。不動産業を営んでいたが、いきずまりメキシコにやってきて尺八をめちゃくちゃに吹いているうちに日本屈指の尺八演奏者と言うことになってホテルで演奏することになった。最近は広告代理店のようなことを始めたがパソコンも使わずにすべてアウトソーシングで儲けを出そうと半年ほど頑張っているけれど未だ広告を取れずにいる。メキシコの国籍が欲しくて年齢を偽って結婚しようとしたけれど女の金使いが荒すぎて暮らし始めて1週間もしないうちに根をあげてしまった。遺された賃借マンションを人に貸したはいいけれどそこが泥棒に入られてこれまた皮算用と化すなどトラブルが絶えないけれども不思議と悲壮感が漂ってこない。失恋の痛みを趣味のピアノにぶつければ「うるさいよ〜」とオーナーに注意されてしまう。新しいお客さんに持論を展開してしまい翌日からは相手にされなくなっても夢と希望を捨てることがない。彼の偉いところは毎日欠かさずスペイン語、フランス語、ドイツ語、ポルトガル語、英語の中から選んだ言語を音読すること。あの歳でこれだけ努力を欠かさないのは尊敬に値するのだけれどなぁ。

商売に躍起なおじさんはあちらこちらに出かけては独自のツアーを作って泊まり客に紹介してコミッションを稼いでいる。宿を出て家と事務所を借りるのだと豪語してはいるけれど一向にその気配がない。金儲けにはまめまめしいのだけれど体調が良くないと言ってなかなか進まないのだ。食事にも気を使って健康食品を積極的に食べておられる。でも冷蔵庫に入れたものを忘れてしまい、いつも腐っているので時たま僕が全部捨ててしまうから僕がいるときは用心するようになって自ら冷蔵庫を片付けるようになったのは学習効果というのであろうか。健康食品のなんとかと言う資格を持っていてそれの更新のために日本へ帰国するのだけれど、いつも航空券のトラブルにあって航空券の名前を間違えて日本から帰ってこられなくなったり、飛行場を間違えてしまい、メキシコから出られなかったりと災難が多い人でもある。

癇癪持ちのオヤジはここのオーナーの奥谷さん。メキシコ人の女性と結婚したけれど今は別々に暮らしている。たまに息子や娘がやってきて泊まっていくが息子のヤスオは結構なお調子者でなかなか笑える。もっと勉強していたいのだけれど学校を卒業してしまったので仕事を探している。でも大きな町では仕事をしたくないので小さな町で探すのだけれど小さな町にには仕事がない。オヤジは心配しているのだけれどメキシコ人の血を強く引いた息子は天性ののんきさで親父を安心させることができずにいる。オヤジは1日に数回とっても癇癪を起こすのが日課。どこかで導火線に火が着くと誰に対して癇癪を起こしているのかわからないけれどいきり立ってしまうのだ。でもひとしきり悪たれをつくと落ち着くのかまったく普通になってしまうので、あれはストレス発散なのではないかしらと思うことにして以来、何にも気にならなくなった。
ここに来るとオヤジのお三度の世話をすることとなっていていつか美味しいと言わせてやろうと思うのだがなかなか言わないので憎たらしい。僕が出ようとすると「まだ行かなくてもいいだろうに」と懇願するので単純にひねくれてわがままなだけなのだろう。奥さんは別居して正解だと思う。

もう一つの日本人宿はメキシコ人の奥さんが仕切っている。毎日の掃除を欠かさないのでとってもキレイで人気があるが、少しだけ高い。掃除の時間は部屋にいられないので暑い中を出て行くか、家の中を転々と移動することになるのが面倒だと言う。以前、この宿に住んでいた若いダイビングのインストラクターの娘。少しの間メキシコを留守にしていたが、帰ってきて再び泊まろうと行くと。部屋はないと言われた。1晩だけでもと頼むとあなたはビジネスをするからダメだと言われなくなく汚い方の宿に来たのだ。彼女は奥さんは絶対に更年期障害だと
言っていた。

Pocket
LINEで送る

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です