土日通信 思いは複雑

情報ノートなくなる それを持って行ってしまった人へのお願い

宿の本棚の上に真新しい大学ノートが置いてある。少しだけ書かれたそのノートには最新の情報がすでに書き込まれている。
宿の情報ノートがなくなったのは2ヶ月ほど前。宿の掃除をした際にあちらこちらに散らばっていた情報ノートをまとめて見やすいようにしておいた。1週間ほどして情報ノートがなくなっていることに気がついた。誰かがもっていってしまったようだ。カンクンのレア情報やキューバの情報がかなり詳細に載っていたのでそれを目当てに来てくれた旅人はがっかりしていた。マッチャン、カナコさんが秘密のビーチに行った記録を丁寧に書いていたことを思い出した。とても長い時間をかけて書かれたそれは可愛らしいイラストが添えられたとてもいい情報だったのに。

 

 

こうした話をするとき、誰もが「なんで?」「サイテー」「信じられない」と一様に言われる。そうなのだ。誰もがそう思うのだが実際にはこうした宿には盗難の話がどこにでもあることが不思議に感じる。本、小物、お金などを取られたという話は後を絶たない。実際他の宿で本が発見されることもある。ずっと昔からこうした類の話はあって悪人が一人であるとは考えにくいので、きっと何人かの悪人が取っ替え引っ替え現れては悪事を働いているのであろう。僕はある程度人を見る目があると思っているのだけれど。そのような悪人づらを見たことがない。一体どんな気持ちでとってしまうのかと気になるところだけれどまだまだ自分の目を養わなければならないのだと教えてもらっていると考えることにしている。

 

 

情報というのはなまものと同じでいつまでも使えるものではなく旬があるのだ。旬を過ぎた情報は古臭く、なんの価値もなくなってしまったり、すでになくなってしまったりと過去の藻屑となってしまう。でも旅人の手で書かれたそれは昔を語りだし、新たにその地へ向かう旅人の比較の対象として役に立っている。残された情報ノートをパラパラとめくると当時の苦労が伝わってくるようで見ていてとても楽しい。知った名前を見つけたり、あそこはこうであったのかと感心させられたりとまるで自分がタイムスリップしたような気分になる。

 
宿にくる旅人はこれから向かう新しい土地に対して不安を持っていて、どうすれば安全に快適な旅ができるのか、安くてお得な何かがあったらと知りたいことがたくさんあるのだ。先きに行った旅人はそんな気持ちがわかるからわざわざ時間をかけて手書きで詳細な情報を書き残してくれる。それは同じ旅人としての優しさからくるものであって決して宿の人に頼まれているわけではない。そうした膨大な時間と手間をかけた宝物のような情報ノートを持っていってしまうと彼らの想いはそこで途切れてしまう。持って行った悪人だって何日か使えば必要がなくなってしまうだろう。知らないどこかのゴミ箱に捨てられた情報ノートは処分され旅人の想いと一緒に消えてしまう。

 

 

ある若者が新しい情報ノートを見た後に「ここに来れば情報がたくさんあると聞いてたけどないじゃん。役に立つようなことはねぇよ」と不満げに言っていた。きっと彼は不安になってしまったのだろう。自分が先人となって進む勇気を持たないものが旅人として成長していくには長い時間と経験が必要だ。その経験が情報を生むことに彼は気がついていない。きっと彼は快適な旅はできないだろう。でも僕はあえて黙っていた。なぜならそれこそが旅なのだから。ネットやノートがなくたって勇気と知恵を持って進めばきっと新たな発見があるということに気がついて欲しいから。

 
現在、Rosas7の情報ノートは新しくなっています。この宿に来た旅人たちが少しずつ書きためてくれています。その情報は多くの失敗を乗り越えて獲得された貴重なものです。どうかその貴重な情報を残してあげてください。あのノートがどこかの宿で多くの旅人の役に立っていると願うばかりです。

 

 
日本人のたくましさを忘れないで

「僕、スペイン語できないんですよねー」と言いながら旅の話をする 旅人たち。でも彼らは一人で、友人とどんどん街に繰り出してゆく。屋台で注文するとき自分の好みにトッピングを気後れせずに頼み、携帯のSIMを買いインターネットで街中でも情報検索できるようにするため各携帯会社のプランを比べ。宿に帰ってから翌日の調べ物など精力的に動きまくる。ツアー会社を探し、自分たちの都合にあったツアーをちゃっかり頼んでくる。失敗を恐れない彼らの行動力は見ていてとてもたくましい。自分のスタイルを見つけ創造する力は本物だ。

 

メキシコにある日系企業の方達の話。最近多くの日本企業から日本人がやってきて現地で働いている。ガイドを頼み、通訳もつく。「英語くらいははなせますよ」とちょっとムッとした顔でお答えになる。それでも仕事中は通訳がつききりで対応するのだと言われる。通訳の日本人はいつも難しい日本語ではっきりとものを言わない彼らが何を話したいのかわからないと言う。きっと「前向きに考えてもらいたい」「事後対応でよろしく」「そこのところはうまくやってください」とニヤニヤと薄ら笑いをしながら言うか、口をへの字にしてお話になられるのではないかと想像してしまった。

 

彼らが得意とするのは自慢話。日本では「こんなすごい仕事をしたんだ」とか「現地の仕事では給料だってたかが知れているんでしょ」などと自分と比べて劣ることに関しては大変な自信を持ってお話になられる。ガイドが女性であればキャバクラのコンパニオンよろしくブランド品のバックの話や靴の話でもしていれば喜ぶと思って延々と「一つくらい持っているでしょ〜」「本当は欲しいんじゃないの〜」と語尾をいやらしく伸ばして「さぁさぁおねだりしてごらんなさいよ」と下卑た下心を丸出しにしつこく言ってはばからない。長いこと日本を離れてしまったので夜のお店で働く女性との区別を忘れてしまわれたのだろう。気の毒なことだ。

 
することといえばゴルフと飲み会。高級なゴルフ倶楽部へ行き。全部お膳立てされた上で何もかも人任せにすることが彼らのステータスらしい。飲み物一つ自分で買わないのは英語ができないわけではなく通訳がいるから話す必要がないのだ。おおいに日本語で楽しまれた後はレストランでお食事となる。英語のメニューがあって店員も英語ができるのだがメニューを渡すとお通夜のようになってしまわれる。なんでも通訳を通してしまい。日本語しか使わないのでいくら日本で英語の点数が良くてもご自身で話されると口が汚れてしまうのかもしれない。注文は日本語で通訳さんに伝えればそれらしいものを頼んでもらえる。ここでの話題は仕事の愚痴と自慢ばなし。すでに何百回となく同じ話をしてきた同じ顔ぶれで決まった話題をお話になられる。ガイドはひたすら話を聞きながら終わるのを願う。いい加減時間が経っても一向に席を立たれようとしないのは居酒屋とでも思っているのか、それともあらかじめ「2時間までとなっております」と店員が断らなかったからなのか。恐る恐るガイドが切り上げを口にしてもまたはじめから同じ話を繰り返す。
記念写真を撮っておしまい。携帯で撮った写真を日本にいる友人に宛て「○○なうハート」などと気持ちの悪いメッセージを送りご満悦となっておられる。

 

 

会社から単身での外出を禁止されているのはもしものことがあっては企業責任を問われてしまうから。邦人誘拐などということになれば格好のニュースネタにされてしまい。管理体制はどうであったのか、危機管理はどのようにしていたのかなどと聞かれまくるのは必至。であれば社員が遊びに行けないようにするのが一番。田舎の何にもないところへ工場を建て、近隣の町に塀で囲まれた警備員付きの住宅に住まわせる。あれはダメこれは危険だからおとなしくひっそりと暮らしてなさい。外は怖いのだよ、メキシコ人は危険だよとそっと耳打ちされて信じてしまったのだろう。せっかく話せる人を送り出しても日本語しか話すチャンスがなければ彼らのたくましさは失われていく一方だ。なるべく早く帰国させてあげなさい。彼らではバックパッカーにすら叶わないでしょう。付和雷同の日本人ばかりでは外国ではダメなのです。

 
単身海外に乗り込み人生を切り開くたくましさ溢れるバックパッカー。箱入り娘のように大切に扱われる企業戦士。両者はどちらも日本人。たとえ浪人となっても主家の没落に主従関係を断ち、家禄などの恩恵を受けずに海外へと旅立ったサムライ達と浪人となることが怖くて必死にしがみつくスーツをまとった鮒侍。鯉のようにたくましさのない泥臭い鮒と身なりは汚くても心に錦を飾る者達には大きな隔たりがあるようだ。

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