スペイン語留学19週目 ホセはお休みです

最後の週が始まりました。まだまだ知らないこととばかりです。このまま勉強をやめてしまえば僕のスペイン語は英語と同等のものとなってしまいます。今後のことも考えながら継続的にできる勉強方法を見つけなければいけません。そんなことを考えながらのスタートとなりました。今日はホセが田舎にお盆休み?で帰省しています。彼とのレッスンはなく、マリアとのレッスンになりました。マリアのレッスンはとてもわかりやすく文法ってこうやって教えるんだと感心しました。レッスンの途中で彼女に先生になりたい人を教えることはできる?と聞くともちろんと答えます。僕はマリアに文法、発音、リスニング、リーデイングのどれが大切だと思うと聞くと文法だと即答しました。僕は文法から入る勉強方法は苦手です。理路整然と言葉の作り方、なぜそうなるのかなど文法をろくに勉強したことがない僕にとっては難解極まりないハードルです。子供達に質問してもまずまともな答えが返ってくることがないのです。それなのに彼らは話せる。これをどう解釈したらいいのでしょう。学ぶ上で一番大切なことをスペイン語をしゃべる子供達は理解していないのです。語学の謎は深まるばかり。なんとかスペイン語の入り口に立った僕は目の前に広がるスペイン語の海に漕ぎ出そうとしています。

 
家庭教師の教え方

今日はナガレに滞在しているご夫婦に紹介した先生のレッスンを見に伺いました。すでにレッスンを終えた奥様にレッスンの感想を聞いてみました。彼女はレッスンは良かったと言いますがどこか歯切れが良くありません。発音に関してちょっと感じるところがあるようです。聞いてみるとスペイン語にはllaの音は「ヤ」か「ジャ」で発音します。彼女は「ジャ」と発音するのですが先生は「ヤ」の音を求めるのが引っかかったようです。これは日本人に多く見られる意見です。正しい音はどっちなんだと混乱してしまうのも無理からぬこと。日本語の発音は一つしかないからです。英語に置き換えて考えてみるとイギリスとアメリカでは発音が違います。canの音を「カン」と発音するか「キャン」と発音するかの違いです。オージーのaの音もしかり。どれが正しいかということではないのですが、この問題は日本人には大きな問題と映るようです。南米でもふた通りに分かれていますし、アルゼンチンではまた少し違った発音になるのです。中米でも同じですメキシコとグアテマラでも違います。でも僕が話してきた経験からするとそれは大した問題ではなさそうです。発音でお国が知れてしまうのもスペイン語のいいところなのではないかと思っています。グアテマラのスペイン語は田舎者扱いされると聞いたことがあります。でも僕はそれはそれでいいものだと思っているのです。山形で日本語を覚えた外国人芸能人の話す言葉はとても素直に耳に届きますし、それを僕は嫌だと思いません。

 
質問が幾つかあるようですが、先生が来たのでとりあえずレッスンを始めてもらいました。
今度は旦那さんのレッスンです。彼はスペイン語が話せない初心者です。英語ができるのでレッスンは英語混じりで始まりました。僕はスペイン語を英語で覚えましたが、英語を日本語に変換するのようになったのは最近です。どうも日本語との相性がこの二つの言語は悪いと感じているからです。たとえは「できる」という単語は英語では「can 」スペイン語では「poder」と言います。この言葉を説明するとき先生は「habilidad」「pedido」と教えました。英語では「skill」「request」になります。日本語では「能力」「要請」ということになります。彼はそれを日本語に直したときにちょっと違和感を感じたようです。いまいちニュアンスがピンとこなかったみたいです。僕はなるほどと思いました。スペイン語と英語は単語同士の意味は似ていますがこれを日本語に直訳してしまうとちょっとニュアンスが変わってしまうのではないかと思うのです。英語であっても直訳するとちょっとへんな感じにはなりますが意味はわかります。それは両方の言語の変換をしなれているからでもありますが、これが3言語亘とちょっと違うことになるのではないかと感じるのです。例えて言えば分母を揃えずに分数の計算をするような感じです。確かにあってはいるけれどはじめの説明にしてはちょっと難しくなるなぁと思いました。

 
レッスンは全般的に楽しそうでしたので僕は一旦席を外してレッスンが終わる直前に再び見に行きます。レッスンが終わり、勉強した量をみると結構あります。2時間のボリュームとしては十分な量ではないでしょうか。簡単な挨拶やアルファベットから始まりよく使う単語から始めるレッスンは文法中心の僕の学校とはちょっと違うスタイルです。短期の旅行者を相手にしてきた彼女の教え方に僕はちょっと興味を持ちました。どちらかというと体験的に教えていくタイプなのかもしれません。レッスンが終わり二人からお話を聞きました。まだレッスンの良し悪しはわからないとのことで今週様子を見たいと言っておられました。1週間の様子見は一般的です。でももし2週間か3週間の予定で習うとしたらそれはちょっともったいないと思います。なぜなら留学期間の1/2か1/3を使って様子を見ていたら費用対効果も同様に下がってしまうからです。できればレッスンにはいる前に明確にどのように学びたいかだけでもはっきりと伝えておく方がいいでしょう。もしそれがわからないのであればレッスンの概要を先生に確認するのもいいでしょう。

 

 

お二人からの質問は文法的なことでした。助動詞が主語になるときに人称をつける言い方があるのですが、それは日本語にするととっても変になってしまうのです。とてもわかりにくいことなのでちょっと苦労する場所ですが、やはりスッキリとはいかないようです。納得のいく説明を日本語はできないので文法書を使って説明しましたがそれでもちょっとといった感じでした。僕も今だからこそ感覚的にわかっているのですがそれを教えるとなるとちょっと難しいのです。やはり人に教えるというのはとても大変なことなのだと思います。アジア系の旅人はやはり文法を中心として勉強してきているので、その辺りのこだわりは強いのかもしれません。先生に求める能力は他の国の人たちより高くなるのは仕方ありません。

 

 

でも1時間250円ですからね日本なら10倍は払っていることを考えるとあまり厳しいことを求めるのもちょっと酷な気がしているのです。ざっと見た僕の感想は先生は穏やかで我慢強く、飽きることもなく真面目に教えていた気がします。学校の先生であっても途中で携帯をいじったり、退屈そうにしているのを何回かこの辺りの学校で見ている僕としては十分なのではないかと思いました。日を追うにつれ生徒さんとの意思疎通もできるようになるでしょうし安心しました。

 
今日の一言
昨日の記事の反響があまりに大きくかなり驚きました。しっかりとやっていかないといけないと改めて思いました。最初から頑張り過ぎてしまうと息が切れてしまうでしょうから、当たり前のことをやりながら余裕が出てきたら新しいことへ取り組んでいこうと思います。おそらく村人たちの中にも情報が回りだすはずです。ここは田舎なので日本と一緒でこうしたことはすぐに知れ渡ってしまうのです。少しずつでも確実に村人たちの信頼を得られるように頑張ります。

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