土日通信 お盆 怪談話ではありませんが

僕はあまり信心深いほうではありません。それは父が死んだ後は益々となりました。僕は生粋の筋金入りのファザコンだと自負しています。父の死は少なからず僕の人生に大きな影響を与えました。50過ぎのおっさんが恥を承知でいいますと、僕はいまでも父を尊敬していますし、大好きです。そんなことを踏まえてお読みください。

 

サンペドロでも日本のお盆のような期間です。子供達は毎日凧揚げをして遊んでいます。村はずれにある墓地から先祖さんが抜け出して子供が上げている凧につかまり家族の元に帰ってくるのだといいます。そして先祖が帰る時、再び凧を天高くあげて糸を切るのです。切れた凧に乗って先祖はまたあの世に帰っていくそうです。日本の風習に似たようなことをするのだなぁと思いながら僕は凧揚げをする子供たちを見ていました。ホテルの裏の家に住む子供は、ホテルが邪魔になって凧を高く上げることができずにいました。それがその日はとても高く上がっていたのです。僕はいつもの子にやったねと声をかけてあげようと下を見ると見慣れない子供が凧を上げていたのです。彼と目が合うと彼は僕に糸を掴んで凧を上げろと言っています。声はしないのに僕はそれを理解しました。糸をとって凧の感触を手に感じました。上空に吹く風の感触を楽しんでいる時、僕の肩を誰かが触ったのです。僕は後ろを振り返りましたが屋上には誰もいません。えっと思いました。確かに感触が肩に残っているのです。糸が触ったのかとも思いましたが、その感触は嫌なものではありませんでした。どこか懐かしい優しい感触だったのです。

 
先日となりの部屋に一人のアイルランド人が来ました。マヌエルが部屋の案内をしています。ふだん僕はまったく気にしないのですが何故か部屋に引き入れられるように入っていました。そこにはクリントイーストウッド似の外人が。僕は観光客にしては荷物が少ないなと思ったのです。彼は僕に話しかけて来ました。彼の名前はジョン。たどたどしいスペイン語でした。アイルランド訛りの強い聞きにくいスペイン語です。でも何故か僕は彼に惹かれました。彼もここに泊まることに決めたようです。僕らは自己紹介をして話します。彼は65歳。シェラでスペイン語を8週間勉強していて今回はちょっとした息抜き週末を利用してここへ来たそうです。

 

カフェに行こうというので、一緒に行き、村の案内をします。帰りのバスのことが心配だった彼を連れて観光案内所に行きますがなかなかいいバスが見つかりません。彼の年齢ではチキンバスはちょっときついし、土日に重なっているため本数が少なく、日曜の早朝に出ていかなければなりません。僕は数件の店を回り、バスを見つけることができました。彼も値段は少し高いですが、気に入ったようです。カフェで色々と話しているうちに時折僕は父と話しているような錯覚を起こしました。彼が時折見せる仕草が亡くなった父にそっくりなのです。歳もいっているのでそうしたこともあるだろうくらいに思っていました。コーヒーをご馳走になった僕はお礼に夕食を作ってあげることにしました。

 

野菜中心の食事を彼は気に入ったようです。日本の味付けで出した食事は彼には少し薄かったようですが、「ヒデキ、美味しかったよ」と声をかけてくれました。通常外人の発音では僕の名前はとても変に聞こえるのです。それはジョンも同じでした。ヒデーキとちょっと間の抜けた呼ばれ方にやっぱりなと思うのです。ところが、その時の声は明らかに違ったのです。後からかけられた声が父が僕を呼んだ時にそっくりだったのです。僕は驚いて振り返りました。そこにはジョンが座っているだけです。でも片付けている間、僕は確かに父の気配を感じていたのです。何故かわかりませんが目頭が熱くなりました。

 

翌日、僕らは一緒に村を散歩します。坂の多いこの村は彼にはちょっとしんどいようです。僕は少し休むかい?と聞いて石段に並んで腰掛けます。
抗がん剤の副作用で体力の落ちた父と一緒に出かけた時、父は疲れていても休みたいと言いませんでした。僕が声をかけるとちょっとホッとしたように道の端に一緒に座り、たわいもない話をしました。それは僕にとって、そしておそらく父にとってもちょっとした至福の時間だったと思います。僕は父と二人でいる時はおとうさんと父を呼んでいました。それは子供の時からずっと変わりません。道端で休んでいる時、父は色々なことを僕に教えてくれました。
彼と休んだ時、父と休んだ時のことを急に思い出しました。ジョンとの会話もたわいもないものでした。この時から、ある考えが僕の脳裏をよぎりだします。まさかとは思うのです。ばかばかしくて記事にすらならないようなことですがそれは僕の頭から離れなくなっていました。
夕食に僕は、父につくり方を教わった野菜炒めと、末期に食欲がなくなった父が美味しいと言ってくれたトマトの和風お吸い物を作りました。ジョンはとても美味しいと言ってそれを食べています。彼は僕にシェフなのか?料理は他に何が作れるんだと聞いてきます。やっぱりちがうよなぁと思いながらたわいもない話をしました。食事が終わり、僕らは屋上に出て話を続けます。僕はいま、新しいことをやろうとしているけれども不安を持っていること、これからやろうとしていることを全て話しました。僕はまるで父と話しているような気になりました。そして我慢しきれなくなった僕は小さな声の日本語でおとうさんなの?とつぶやきました。彼がどう聞き間違えたかはわかりません。でも彼はまるで僕の質問がわかったかのように「ヒデキ、何も心配はいらないよ」とスペイン語で答えたのです。僕は堪えきれなくなって席を外しました。僕の目からは大粒の涙が溢れてしまったからです。
翌朝、僕らは朝食を一緒に食べました。僕は彼を見送りたかったのですがホセのところに行く約束をしていたので彼を見送ることができません。それを謝るとジョンはアイルランドにきた時はいつでもきなさい。君はいつでも泊まることができるからと言ってくれました。そして僕にメールアドレスをくれました。そして別れ際に彼はぎゅっと僕を抱き、背中をパンパンと叩いてくれました。ホセの家から戻り、ドアの空いたジョンの部屋に入った時、僕はフッと父が使っていた整髪剤の匂いを嗅ぎました。それは日本製の安物の匂いです。僕はそうだったんだと確信しました。

 

僕は下の家の凧揚げをしていた少年にお礼を言いに行きました。家にはいつもの3兄弟がいました。そして僕はあの時、凧の糸を持たせてくれてありがとうと言ってクッキーを渡しました。でも彼らはキョトンとしていて一体何のことだと言っています。僕は「いいんだ、また凧を揚げるんだろ?高く上がるといいね」と言ってホテルに帰りました。
この数日間、これまでうまくいかなかったことが急に好転しだしています。折しも今日は14日、きっと外国で苦労しているせがれを日本の実家に帰る前に励ましてくれにきたのだと思うことにしました。

 

出来過ぎ?そうですよね。でもいいんです。僕にとってこれは怪談話でも土日通信の企画でもないんです。不思議なことを経験した時、人はこうした些細なことを自分の都合のいいように考えるものだということも知っています。僕はこうした話はあまり好きではありませんが、自分の気持ちが晴れたことは事実なのです。何かに感謝する気持ちが人に勘違いをさせるならそれはそれでいいのではないかと思うのです。父が死んでかれこれ8年。時が経っても誰かにいい影響を与えられるようなことができるなら僕も幽霊になって戻ってきたいものです。
今日の一言
kamomosi企画のベルト、最後の試作品を作り始めました。ホセの奥さんと1時間以上話し合い、細部に至る打ち合わせをしてきました。これまで以上にこの企画の意味を説明し、具体的な活動を理解してもらうことができました。僕はとてもきびしい要求をしていますが、なんとか作ってみると言ってくれました。またテーブルセンターの委託販売先も見つかり、少しづつですが前に進みだしています。日本への郵送、販売など課題はありますが、なんとかできるでしょう。そのほかにも急に色々なオファーを受けています。今泊まっているホテルのオーナーから仕事を任せたいと言われたり、コーヒーの輸出を手伝ってくれと言われたりちょっと生活に変化が出始めています。スペイン語に加えて現地の言葉も学び始めました。やることばかりが増えて困っています。

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土日通信 お盆 怪談話ではありませんが」への4件のフィードバック

  1. 古川

    辻さんはそういった類いを信じないという方なので私の言う事はとても胡散臭く感じるかもしれないですね(笑)
    今は消えてしまったようですが、昔所謂霊感持ちでした。
    と言っても憑かれやすいタイプで実母や祖母わ巻き込み迷惑をかけた事を思い出しました。
    この記事を読んで間違いなく辻さんのお父様が不安に思っている息子の元へ来てくれたのだと私も思います。
    色々と悩んでもがいて苦闘している息子の一番の味方だよ、ちゃんと見ているよ、と背中を押しに来てくれたのでしょう。
    読んでいて私も目頭が熱くなりました。

    私の実母も6年前に自害し、祖母も2年前に
    亡くなり故郷の家族が居なくなりました。
    私はいつ母が孫に会いに来るかと楽しみにしていますが、喧嘩別れをしたまま謝ることも出来ないままだったので来ないかもしれない(笑)
    辻さんのお父様みたいにふらっと家にも立ち寄って欲しいですね。
    でも自害なのできっとそこから離れず成仏出来てないかもしれないです。
    と、こういう話は信じないんでしょうね(笑)

    返信
    1. HIDEKI 投稿作成者

      古川さん
      真偽ほどは別にして今回とても気持ちが晴れたのは確かなんです。最近ちょっと大ピンチで困っていたので、何かこうすっきりしたというか吹っ切れたんです。
      こうしたオカルト的な事でも前向きになれるならそれはそれでとてもいい事なんだと思っています。おそらく自分の気持ちの中で救いを求めているのでしょうが、それをうまく処理するために自分のことを理解してくれた父を担ぎ出してしまったのかもしれません。信心のあるなしに関わらず、こうして支えになってくれていると感じることができるのはいいものですね。
      きっと古川さんのお母様も古川さんがピンチに陥った時に助けに来てくれるはずです。過去は無視することはできませんが、それを糧に前を見られるのでしょう。幽霊もいいことをするならもうちょっとはっきりと出てきてくれればわかりやすくていいのに、ぼんやりしすぎですよね(笑)
      嘘つき呼ばわりされずにちょっとホッとしました。近々、大ニュースを発表です。

      返信
  2. moshikamo

    読んでいるこちらまで目頭が熱くなりました。亡き御尊父様の荘厳とさえ感じる言動・行動や時に見せる優しい表情が容易に想像できました。
    信じる、信じないはともかくとして、どこの国の人も心のどこかでは、こういう世界があってほしいと思う気持ちは皆が抱いているものなのかもしれませんね。そうでなければ凧揚げたりナスやキウリに足付けて川に流したりしないですよね。
    とはいうものの、いい奴らばかりの世界とは限りませんので、特に真夜中の磯場の「おーい、おーい」みたいなのには充分にご注意を(笑)

    返信
    1. HIDEKI 投稿作成者

      moshicamoさま
      コメントありがとうございます。こうしてコメントをもらえることを嬉しく感じています。なかなか連絡もできず不義理をしてしまいすみません。旅に出てから様々な経験をしています。今までの人生とはまったく違う世界に生きることはとても楽しいことです。父を知る人から連絡をいただき、自分が日本人であることを改めて感じました。拙いブログですが今後もよろしくおねがいします。
      ここには海がないのですが湖でブラックバスが釣れますよ。一度お越しください。ナマズほどではありませんが引きますよ

      返信

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