スペイン語留学17週目  外国人はどんな風に会話を覚えていくのかちょっと気になりました

日本人と外国人の違いに驚くことがあります。それは話し出すまでの時間の違いです。1週間ほど前にアメリカから来た男性旅行者2名はすでにスペイン語を話しだしています。日本人でも2週間ほどすると結構話せるようになりますが、そうした人は大抵すでに南米を旅行されてスペイン語にかなりの時間触れてきた旅人であることが多いのです。しかしアメリカからきた二人は当初ほとんど話すことができませんでした。最初のアクティビティーに参加した2人の自己紹介は名前と国だけの簡単なものだったのです。

一週間経った今朝。一人が先生と雑談しているのを聞いていて僕は驚きました。かなりしっかりした会話になっていたからです。片言の単語を並べるだけではなく多少の間違いはあるにせよ、彼が言っていることを僕は理解できたのです。先生は所々で間違いを修正してあげていますが、二人の会話はとてもスムーズに成り立っていたのです。それは見ている僕が羨ましくなるような会話でした。内容はたわいもないものですが、お互いが自分お思いを伝えあえています。どちらかが理解しようと努力するでもなく、日常会話が成り立っていたのです。

外国人の言語学習能力には度々驚かせれています。北欧、西欧から来るツーリストたちは英語はもちろんドイツ語かスペイン語が話せることが多く、一体どうやって切り替えているのだろうといつも感心するのです。文法の作りが似ていることもあるのでしょうが、すぐに単語を覚えてしまう能力は羨ましい限り、しかも彼らは学校から帰ってから勉強などしないのです。会話の話題も豊富でどんどん吸収してしまうのを見ていていったいどうやって彼らは新しい言語を学んでいるのだろうと思いました。

ところで僕は一体どうやて言語を認識しているのでしょう。僕が始めて英語に触れたのは中学生の時です。「これはペンです」と初めに習ったかは忘れてしまいましたが、「私の名前は◯◯です」「私は何歳です」「私は日本人です」などといった簡単なことから始めたと思います。でもおそらくその時に「これは鉛筆」「僕は誰々で何歳」日本人だよ」と訳ををつけていたらきっともう少し親しみやすかったのではないかと思うのです。関係代名詞では「なになにするところのなになに」なんて普段だったら絶対に言わないような訳をつけられて教えられた僕は英語を言葉として認識できませんでした。つまり日本語で話しているように訳をつけていればもっと覚えやすかっただろうにと思うのです。
英文を見た時に「一つのりんごです」や「そのりんご」なんて考えてしまうからますますおかしくなるのです。日本語でだって目の前のにあるりんごの話をしているか八百屋に沢山あるりんごの話をしているかはわかりますし。いちいちそんなことを気にしなくても僕らは自然に使い分けています。どのりんごのことを言っているかわからない時はちゃんと聴き直していることから、会話の中でそれが会話を成り立たせる重要な事柄でないことがわかります。でも勉強としての英語ではとても大切なことと教わってしまった僕は会話のことよりもいったいaを使うべきなのかtheを使うべきなのかを考えてしまって会話を楽しむことができないでいました。
スペイン語を習い始めた時、冠詞の使い分けがうまくできませんでした。そこで僕は話す時は冠詞を一切入れずに話すことにしました。ホセには随分と直されましたが頑として僕は冠詞を使うことをしませんでした。すると余計なことを考えずにすむので随分と楽に文章を作ることができたのです。必然的に話の内容に注意がいくようになり理解することができました。自分の耳が慣れてくるに従って冠詞を入れることができるようになってきます。いちいち知識として理解することをやめた僕は今では言葉で話している時の方が文章を書く時よりも正しいスペイン語を使っています。
もう一つ。発音をきちんとしなければ相手にわかってもらうことができないのです。日本語だって僕らは音から覚えました。まだ字も書けないうちから人とコミュニケーションが取れることから見ても言語は音から入るべきだということがわかります。先日、僕は日本人の友人に僕のスペイン語のおかしな点を指摘されました。その時、あ間違えちゃったと思ったのですが、友人の指摘で僕らがいかに正しく話そうとしているかを知ったのです。相手に伝えることよりも間違いのないことに重点をおいた勉強法が身についてしまった僕ら日本人が話せない理由がわかりました。僕はマリアとのレッスンでは話すスピートが上がります。間違いを指摘されはしますが会話のレッスンだと割り切っているので例え文法を習っていても全く意に介さないで自分の感じたままに話しているのです。間違えた単語を使い「何?」と言われ笑われたりすること自体が楽しくて自然とたくさんのことを話しているのです。一方ホセとのレッスンでは正しく話そうとするので考えながらゆっくりと話すようになります。普段学校以外で話す時、僕はスピードは気にせず普通に話しています。笑われてしまうこともありますが彼らは僕のいうことを理解しています。それは少しくらい変な言い方であってもきちんと音の情報が彼らの耳に届いているからです。最近言われるようになったのは前に比べてすごく上手になったねと言われるのですが、決まって発音がいいと言ってもらえるのです。音が大切なのだということが良く分かるのです。

でも一番大切なことは会話を楽しむことではないかと思うんです。外国人は話すことを楽しんでいるのです。正しく話すことを目的とせず、コミュニケーションをとることを目的としてスペイン語を習っています。言い方がわからない時彼らは躊躇なく英語を使います。考え込んでしまうより会話を楽しくことを優先しているのです。先生は英語を理解できるので、それをすぐにスペイン語に変換しています。教えられた単語をすぐに使い、言い直す外国人の学び方は一理あるなと思うのです。もう一つ彼らにレッスンの様子を聞くと自分の話したいトピックについて教えてもらっていると答えてくれました。自分の興味があることで使う単語ですから勉強というよりも遊びの感覚に近いのかもしれません。僕が今取り組んでいる物作りに関する単語をあっという間に覚えられるのと一緒なのです。言葉遊びを楽しむように習っていると間違いが楽しくなってきます。彼らもまた失敗や言い間違いを気にしません。まるで友達と話すようにスペイン語を習っている彼ら。この辺りに彼らがとても早く言語をマスターする鍵が隠されているのかもしれません。先生のカリキュラムに沿って習うことをよしとする僕らと外国人のように自分のやりたいことだけをするレッスン。どちらがいいとは言えませんが、楽しいのは明らかに後者です。最近僕は自分の知りたいことをよく質問するようになりました。脱線が多くレッスンは進みませんが僕のスペイン語は再び伸び出しているのを感じます。

 

 

今日の一言

貧困にあえぐ家族を訪ねました。小さな子供を3人抱える夫婦は毎日の生活費を稼ぐので精一杯です。家はありますが、僕はスラムという言葉がすぐに頭をよぎりました。街中にあるその家はそこだけ別の空間を作っていました。そして奥さんはまったくスペイン語が話せないのです。子供達の真っ黒に汚れた顔と服。女の子の髪にはシラミの卵がびっしりとついていました。昼でもくらい家の中。悪臭漂う便所。こんな街の真ん中に存在するリアルに僕は驚きました。随分と勝手知ったる村になってきたのに僕の知らない現実がまだまだここにはありました。国民の6割が貧困状態にあるグアテマラ。僕はもっとこの国のことが知りたくなりました。

Pocket
LINEで送る

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です