土日通信  言葉について考える

スペイン語が得意でないグアテマラテコ

日本人でありながら日本語が話せない、得意ではないという人はほとんどいません。日本で使われる言葉がほぼ日本語だからです。生まれてから僕らは日本語を聞いたり話したりして育ちます。公の場で使われる言葉も日本語です。学校で習う国語という教科でも日本語が使われています。うまく話せない人は帰化した外国人、中国残留孤児、海外生活が長かった帰国子女といった人たちが主だった方達ではないかと思うのです。こうした人はごく一部の人ですから日常的な問題とならないのです。海外には日本のように単一民族ではなく、多民族国家があります。こうした国々では使われている言語が一致していません。そこには思ってもみなかったことがあったのです。僕は今まで実感として味わったことがありませんでした。

 

 

母語と国語と母国語と

「母語」は、 生活環境のなかで自然に身につけた言葉です。乱暴な言い方をすればお母さんの話し言葉です。または係った人から受け継いだ話し言葉というべきかもしれません。だって生まれてすぐに違う言語の人にもらわれていく子どももいるからです。「母国語」は、自分の国で話される言葉です。例えばテレビや役所などで使われ一応その国の国民が理解できる言葉というべきものです。これは「公用語」とか「国語」と言われています。俗に国語と言われる言葉は民族意識的な要素が強く出すぎてしまい。多言語国家ではあまり使われません。そこで公用語と言われることが多いのですがたくさんの公用語を制定してる国や一般的には使われなくなった言葉を公用語としてしてしている国など国の事情により様々です。

 
世界には母語で話せるのは家庭内や近隣でだけで、一歩社会に出たら、母語とは異なる公用語での生活をしなければならない国があります。生活するために公用語を身につけなければならない人たちがいるのです。グアテマラもそのひとつです。先住民族のマヤの人々はマヤ語を話します。マヤ語といっても大きく4言語、細く分ければ20以上の言語が存在しています。僕のいるところではツトゥヒル語が母語として使われています。日常的に聞こえるの言葉はツトゥヒル語です。もちろんスペイン語を上手に話しますが、ある年齢以上の人はスペイン語を得意としていません。
この村に学校ができたのは25年前です。電気もなく観光客もいなかった時代です。内戦の影響も色濃く残った混乱がやっと落ち着き始めた頃、この場所に住んでいた人たちはスペイン語を日常的に使っていなかったのです。学校に行けなかった若者たちの中にはうまく話すことができない人もたくさんいました。やがて彼らは結婚し子どもが生まれます。そんな子どもたちを育てている人たちは今でもツトゥヒル語で生活しているのです。彼らは僕と話すとき母語(ツトゥヒル語)で話すことができずに公用語(スペイン語)を使わなければなりません。

 

 

例えて言えば僕が住んでいた小田原で日本語と違う小田原語が母語として日常的に使われているとします。でもテレビや市役所では日本語が使われているのです。小田原の人は学校に行き日本語を習います。聞きなれた言葉とはいえ、英語を習うような感覚で日本語を習うのです。言い方を変えればもし日本の公用語が英語だとしたらこれはとっても大変です。日常的にテレビで聞いているとはいえ英語を日本語と同じように話さなくてはいけなくなったらこれはとても大変なことなのです。僕らは両親が日本語を話す環境で育ち、友達と会話も日本語を使います。学校も日本語で習い、中学に入り外国語に触れるのです。でもそれすら日本語で習っています。これが当たり前と考えていた僕は現地の人と話すようになって驚いたのです。

 

彼らと話していると時々スペイン語が理解できないことがあるのです。まさかと思うのですが、それは様々な場面で現れます。テーブルクロスを注文しているときになかなか話が通じないことがあります。大方のことは通じているのですが、細かなところで何度も打ち合わせをし直すことになるのです。最初は当然僕が間違っているのだと思っていましたが、一緒にいた先生に聞くと合っていたと言います。そして彼らは決まってツトゥヒル語を使って先生と話すのです。その訳を先生が教えてくれました。彼らはツトゥヒル語で考えているからそこからスペイン語に翻訳しなければならないの、だから彼らは私にツトゥヒル語で確認しているのよ。まさかと思いました。それは僕が英語やスペイン語で考えているのと全く同じことをしているのだとわかったからです。

 
先生もたまにスペイン語でなんといったっけと考えていることがあります。最初僕は言葉自体をど忘れしていると思っていました。日本語でもよくあることだからです。ところが最近、これは彼らにとっては日常の言語でないからなんだと気がつきました。一体どんな感覚なのだろうと考えます。僕は英語がある程度話せます。スペイン語はほぼ英語で考えているので僕の頭の中では英語的な思考が働いているはずです。でも本当にわからないとき、日本語が出てしまうのです。それは「えーっと」「なんだっけ」「ちょっとまって」などです。どんなに英語に馴染んでいてもそれは第2言語に過ぎないのです。僕の母語は日本語ですからすでに思考の大半は日本語でしか処理できないのです。マヤの先生たちもおそらく僕と同じなのでしょう。スペイン語に触れている時間が母語であるツトゥヒル語と同程度あることで彼らの思考は限りなく同等に物を考えることができると思いますがそれでも僕と同じ現象を持っているのだと思うとすごく不便なのだろうなぁと思ってしまうのです。

 

もし僕が日本語をうまく話せない日本人であったら、僕は日本での生活にとても苦労するでしょう。同様にスペイン語が得意でないグアテマラテコ彼らがどんな風に感じて日常を過ごしているのか聞いてみたくなりました。僕は初めてここに来たとき、ホームステーをしました。家族がツトゥヒル語を使って話しているのが気になって台湾からきている留学生と話したとき彼女もやはり気にしていたのです。そして彼女は私たちに聞かれてまずいことを話しているのだと言っていました。それは僕も少し感じていたことです。買い物のときでも何かこちらが聞くと店員同士はツトゥヒル語を話すのです。ちょっと嫌な気持ちになることが多くありました。確かにそうしたこともあるのでしょうが、最近はちょっと考え方が変わりました。近所の子供にツトゥヒル語を教えてもらっているときに『こんにちは buenos tardes」はなんというのと聞くとツトゥヒル語にはないというのです。スペイン語にはあってツトゥヒル語にはない言葉やその逆もあると言います。なるほど道理で彼らがツトゥヒル語で話しているときスペイン語が混ざるはずです。彼らは存在しない言葉を二つの言語間で補っているのです。平たく言えばちゃんぽんで話しているのです。僕はやっと母語と母国語が異なる国の有様を理解することができました。

 

日本でもカタカナ化した英語を使う習慣がビジネスシーン(これもそのひとつですね)で使われています。確かに日本語では言いにくいことでも英語にはその状態を表す単語があります。若干使い方がおかしいものもありますがそれでも便利なのでしょう。賛否はありますが日本語もそうした方向に行くのかもしれません。でもフィリピンで聞いたことがちょっと気にかかるのです。今の子供はタガログ語を話すことができなくなっているという話です。英語化が進むフィリピンでは母語であるタガログ語がなくなりつつあります。それは両親が家庭内でも英語で話しているからです。そのことが少し悲しいとある人は言いました。言葉は大切なアイデンティティーです。それを失うことはその国の国民であるという意識が希薄になってしまう危険性をはらんでいるのです。マヤの人たちは独自の文化を継承してます。でもそれがなくなってしまうとしたらそれはとても悲しいことなのです。

そう考えるとスペイン語が得意でなくたっていいのではないかと思えてきました。僕は破裂音が多く聞き取りにくいツトゥヒル語がちょっと好きになりました。

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