スペイン語留学15週目  今日もダウン

今日も症状的には同じです。昨日に比べて若干目の奥の痛みが和らいだくらいです。背中の痛みはひどくて夜中に何度もイタタタとなります。かなり水分は補給しているつもりですが肌がガサガサです。売店にコーラとオレンジジュースを買いに行った時にパンを買ってきたくらいなので食事を摂らないといけません。今日も学校を休みました。昼にマリア先生がやってきました。気遣ってくれました。そしてこちらの人の病人食を持ってきてくれました。トウモロコシの粉を水で溶いて他にも何か入っているようですがわかりません。ドロドロのおかゆ状のものです。味は最悪に限りなく近いですが、温かく弱った体にはとても優しそうでした。マリア先生の優しさに感謝です。何かあれば電話をしてと言ってくれました。彼女は足が悪くここまで来るのも大変だったろうにと思うと感謝の気持ちでいっぱいです。

ホテルのマヌエルや奥さんもお湯はいるか?何か必要なものはあるか?と気遣ってくれるのでとても安心です。グアテマラ人のいい面をまた発見した気持ちになりました。
背中の痛みさえ取れてくれればいいのですが、これが意外と強烈で筋肉痛の比ではありません。背筋を伸ばそうとするとミシミシ音がするようです。寝ても起きてもなのです。ベットが悪いのでは、寝てばかりだからと余計はことが頭をよぎります。熱がもう少し下がってくれればだいぶ回復です。
ということで今日もスペイン語の進展はありません。見に来てくれる人たちごめんなさいね。

 

 

今日の一言
日本で気になることが2つ、一つは障害者施設で起きた凶行です。何がそんなに気に食わなかったのかまったくわかりません。時々若い人たちを話をしていると彼ら独自の考え方があることに気がつきます。それは僕が若い時も同じでした。様々な経験から見識を広げていける20代30代なのに失敗を許されず、モラルや道徳感というはっきりしないルールに縛られて身動きが取れなくなっているけれども何かの指針がないとこれまた不安に駆られてしまう傾向が強くなりすぎている気がしてなりません。許容する心が狭くなると他人を攻撃したくなるのではないかと思うのです。自分だけが縛られているという錯覚に対する憎悪が逃げ場を持てない人間を作ってしまう気がしてなりません。逃げ道を用意しておくことは日本ではとても大切なことだと思うのです。

もう一つはポケモンGOというゲームが日本でも流行しているという記事です。いきなり大人気でみんながこぞってポケモンを捕まえているようですね。これはこれでいいと思うのですが、早くも非常識だとか危険だとか言い出す人たちが出てきます。楽しむ人がいる一方でこうして反論のしようのない正論で攻め立て始め、規制するべきだと大騒ぎを初めてしまうのを見ていると日本らしいなぁと思うのです。言論の自由という権利をかざしてしまったら元も子もないような気がするのです。少なくとも他者を攻撃し、侮辱や軽蔑をするような言葉を吐き散らしていいとは思えないのです。それを面白可笑しく煽り立てておいて少し経てば何事もなかったかのように忘れてしまうのはちょっとなぁと感じるのです。せっかくの面白いゲームなのであればちょっとくらい羽目を外して楽しんでみてはどうでしょうか?僕が子供のころダッコちゃんというおもちゃがあり大流行していました。思い返すとあのころは社会に許容性がまだ残っていたようです。
「危険」ってなんでしょう。「あぶないこと。悪い事の起こるおそれがあること。」とあります。それはみんなが持っている意識です。でもこの危険という言葉の裏には人様に責を任せるというちょっと厳しい掟があるような気がします。責を負うべきは当事者であるはずがいつの間にかそれを許容した側に転化されてしまう恐ろしさが「危険だから」「ふさわしい場所でないから」という言葉になって現れてしまうのでしょう。遊ぶ側にも自分の面倒は自分で見るという気持ちがあるといいですね。

もう少しお休みをくださいませ

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