スペイン語留学14週目 踏ん張れ自分

言葉には学問としての言語、意思の伝達ツールとしての言語の二つがあると思うのです。例えて言えば国語の勉強。日本人である僕は国語のテストを受けても100点を取れることは稀です。それは僕が日本語の文法を学問として理解できていないからです。言葉にはルールがあり、正しい使い方が定められているのです。もう一つは日常の会話で使われる口語としての言葉です。子供は言葉を学んでいくための核を両親から学びます。それは日常的、経験的な繰り返しによって形造られるのです。それは心の動きを相手に伝えるツールとしての言語です。
大人が他言語を学ぶ場合、こうした体験的なステップを踏んで覚えていく人は非常に稀です。大概はその言葉のルールを学び、記憶の一部として蓄えていきます。記憶は思い出と同じように蓄えられていきますが時が経つと薄れてしまうのです。僕が日本を出た時の記憶はすでに曖昧になりかけています。必死で思い出さなければ日付やその時の情景を思い出すことが難しくなっているのです。でも僕は日本語を覚えていますし話すこともできるのです。たった1日の記憶と長年積み上げてきた記憶の違いはあるとはいえ、僕はこの両者が全く違うものなのではないかと思っています。それは口語としての言葉はより感情に近いところで使われるものであって心の動きによってその強弱が変わるからです。一方で文法としての言語は純粋に記憶として積み重ねられるので心の動きが少なく記憶される強さが足りないのでしょう。
スペイン語を始める時、僕は文法が非常に大切だと感じました。それは英語を話す時にいつも感じていたからです。誰かと話しているとき、もっときちんと話し方を勉強しておけばよかったと悩むのです。込み入った話になると問題はボキャブラリーというよりは文法的な問題になることがしばしばあり、相手に僕の話を理解してもらえないのです。そしてその思いは今も変わりません。最初の2が月半を文法の勉強に当て、僕は少しスペイン語を話せるようになりました。今回3週間が過ぎそれは大きく伸びたと感じています。同時に文法の壁が立ちはだかりうまく話せなくなってしまいました。

 
気持ちは最悪です。昨日のレッスンの後、僕は自分がどのような問題に直面しているかを考えました。より効率的に学ぶために必要な作業だと思っているからです。自分を客観視することで問題の解決法を見つけて、より早く言語を習得するために自分自身をマネジメントすることで若い人と同等の効果を上げたいと思っています。昨日起きたことは理解できました。おそらくそれは間違っていないと思うのです。でもそれを解決するための方法を見つけることができないままで今日を迎えてしまいました。

 
マリアのレッスンにて
朝、マリアと挨拶を交わし「どうおぉ?」と聞かれた僕は昨日ホセとのレッスンで起きたことを話しました。メモした文例を見せ、使い方に苦労していることを話しました。するとマリアは「ヒデキ、これとこれは使わないわ、もちろん文法としては存在するし言い方は正しいけど普通の人たちはこれとこれしか使っていないのよ。もしヒデキがこれを使って言っても彼らは理解するけれど、普通の言い方ではないから混乱すると思うわ」と言います。僕はマリアの言葉にハッとしました。毎日のように僕のところへ遊びに来る子供たちの話し方を思い出したからです。確かに彼らは時制や経験、状態について話す時、こちらの質問とは違った文法を使って答えています。そして僕も彼らの質問にきちんとした答えを返せていません。でも互いに理解できているのです。例えば「昨日は何してたの?」と聞いた時「学校へ行っていたよ」と答えたとします。日本語であっても同じことですが、質問はどのような経験をしていたかを聞いています。ところが答えは確かに学校へ行ったという経験は含まれますが学校の中で何をしていたのかを語っていないのです。この場合正しい答えは「スペイン語を学んでいた」という内容を話さなければ相手は納得しないはずなのに日常会話では許されています。この答えを使うのであれば「昨日はどこへ行ったの?」という質問に対してでしょう。
やはりマリアを先生に選んで正解だと僕は思いました。僕が悩んでいたのはまさに学問的なことだったのです。間違えたからと言って日常会話の中ではそれはありふれたことなのです。僕は今日のホセとのレッスンにどのように挑むかを決めることができました。僕はマリアに今日のレッスンを始めようと言いました。

 
一通りおさらいをした後、今日は何について話したい?と聞きます。僕は少し考えてから出会いと別れまでのことを聞くことにしました。先日は事故や犯罪のことなどでしたのであまり明るい話題ではありませんでした。こうした話題はあまり続けない方がいいのです。そこで僕は絵を描きながら、互いに知らない男女が友達となり、婚約して結婚、子供が生まれるところまでの人生を聞いていきます。そして愛人が現れ、離婚。二人はまた他人に戻っていきます。さらに新たなパートナーを見つけ再婚するまでの間に起こる人生模様を教えてもらいました。指輪の話でマリアは真面目な顔で大きなダイヤモンドの指輪を買って〜ヒデキと言い出す始末。ネットで指輪の画像を探し僕にこれがいいと言いだして大笑いです。子供が生まれその子供がやがて大きくなりお嫁さんをもらいます。関係を表す言葉を教えてもらいます。愛人のところでまたもやマリアは大爆笑。僕の絵をすぐに理解してさっと答えます。ヒデキも欲しいのかと聞くので僕はマリアが僕の愛人だよとからかいます。そして離婚、別れた二人の関係から始まり、新しいパートナーの連れ子の呼び方などを学びました。こうした恋愛がらみの話はやはり若いマリアには楽しいようで、次から次へと新しい言葉が出てきてあっという間にレッスンは終了しました。

 
今日も話はたどたどしい。けど・・・

ホセとのレッスンが始まりました。今日は発音の練習を抜きにしていきなり本題に入ります。まずホセに僕の問題を伝えます。彼は理解してくれました。僕はこれから話すから聞いていてくれと昨日と同じ話を始めました。でも今回違うのはすべて過去形で話したことです。経験や回想などは一切入れずすべて過去形で話をします。話が終わりホセはすべて過去形だったけどと言いました。僕はこの瞬間ちょっとやったと思いました。なぜなら今回僕は過去形しか使うつもりがなかったからです。続けて僕はじゃぁ今度はまた同じ話をするからもう一度聞いてくれと言いました。そして今度はimperfecto(日本語でなんと言うのでしょう?)を使い補足で過去形を入れていきます。ホセは途中で僕が何をしようとしているか理解したようでした。話が終わるとホセは正しく使えているよ、少し間違いはあるけれどそれは問題ではない。少しずつでいいんだと言いました。ここで僕はさらに話を続けます。経験のみで話をすることができるのかを質問しました。ホセはすぐさま話を作ってくれます。僕はそれをシャドーイングで追いかけます。話が終わり僕はホセに明日も同じ話題で話をさせてくれと頼みました。ホセはOKと言ってくれました。

 

 

僕がなぜこのようなアプローチをしたかというと昨日はこれまで習った文法をすべて使おうとしてしまったからです。僕はまだ自分の言葉として話せていない文法がどれであるのかわかっていませんでした。もちろん理屈はわかっているのです。でもそれを自動的に話せるまでになっていないのは練習が足りていないからです。それが僕の邪魔をしました。僕は文法ごとに話をすることで自分が使えている原因を探すことにしました。過去形とインペルフェクトは大丈夫でした。頭のイメージを言葉として表すことができたからです。僕は補助として日本語で書いた主だった出来事を箇条書きにして、それを補足する地図と絵を描いておきました。そこからイメージするままに話をしたのです。話す内容は図と箇条書きに任せて僕は話すことだけに集中しました。

 

動詞の変換に詰まったり、知らない単語、忘れてしまった単語のところでは使えますがその他のことでは感じるままに話をしました。果たしてそれは大成功です。今回使った文法は理解できていて使えることがわかりました。そしておそらく日本語でなら現在完了?も大丈夫でしょう。Imperfectoととの使い分けが少し怪しいけれど明日にははっきりとすると思うのです。それができれば残された問題は時間の概念がまだできていないということです。一つずつ解決していくしかありません。

 

 

今日の一言
逃げ出したくなる緊張感は大歓迎ですが、やはり辛いのです。できないよりできた方が数倍いいに決まっているのですが”なぜ何”を知りたがる癖は直りそうにありません。もっと単純に考えられればいいのにと思ってしまいます。今回ちょっと難しくなってしまいました。でも英語にせよスペイン語にせよ同じようなことで悩んでいる人がいるのではないかと感じました。勤勉な日本人ならではの問題だと思ったのです。僕はおそらく人の倍はかかって理解していくタイプです。練習と勉強がまだまだ足りていません。

Pocket
LINEで送る

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です