土日通信 無事にグアテマラ入国

今回の記事、時系列的には逆になっています。移動の途中で見たハプニングから僕が思ったことを書いただけの記事です。案外人って目の前で起こっていることをきっかけに全然関係のないことを考え始めるものなのかもしれません。ともあれなんとかグアテマラに入国することができました。スタンプも90日です。まずは一安心です。すったもんだがありましたが望む結果に形は違えど1歩前進です。

またメキシコでのデモなどの情報を掲載しました。移動中特に身の危険を感じるようなことはありませんでしたが注意喚起をする必要があると考えました。僕はすでにグアテマラに入り平常運転です。
紙一重の如し

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ケツアルテナンゴに到着してツーリストバスから荷物を降ろしているときでした。雷のような音がしたのはわかっていました。一緒にバスに乗ってきたコロンビア人の女性が「あれはナニ」と声をあげました。後ろを振り返ると黒い雲がどんどん大きくなっていきます。僕は最初何かが爆発したのかと思いました。持っていた携帯でビデオを撮ります。画面に広がる雲が火山の噴煙だということに事に気がつきました。大きく広がる噴煙、騒ぎ出す人々。脳裏を御嶽山の噴火がよぎりました。周囲を見ても噴石が落ちてくる気配もないし噴煙の大きさもこれ以上にならないようなのでツーリストバスで一緒だった人に別れを告げて宿に向かいました。

サンティアギート山はシェラから近い比較的頻繁に噴火する活火山です。今回は比較的大きな噴火だったようです。翌日の新聞に大きく1面に取り上げられていました。火山灰が遠く離れた町にも降ったと書かれていました。火山の噴火を間近で見たのはこれが初めて。貴重な経験でした。でもまさかのタイミングに何かに取り憑かれてるのではと思うほどです。これだけアクシデントに遭遇するなんて。僕はついていないと思っていましたが、逆に言えば滅多に遭遇することがない出来事にこれだけ遭うというのはついているのではないかと思い出しました。運不運はまさに紙一重の如しです。僕はだんだんと驚かないようになってきました。驚きが旅を作る一つの要素だと考えるとこれは問題です。まさに不感症。旅マグロ化しています。

 

カジトケンカハエドノハナ 江戸の華がグアテマラに咲く

IMG_9567グアテマラのイミグレ。いつものように闇両替屋がワラワラと寄ってきます。僕はすでにグアテマラ通貨を持っているので早々にパスポートにスタンプをもらいにいきました。ポンと押されたことに一安心、これでグアテマラに入れるとイミグレの外に出た途端、僕の目の前で男が言い争い出したかと思ったらあっという間に殴り合いが始まりました。押された男が僕にぶつかります。でも今回は僕には関係ないので知らん顔。でもこのとき思ったのは”海外では襲われていても誰も助けてくれない”と言われますが当の僕にしても助けようなどとはこれっぽちも思わないのです。そりゃ当たり前だわなと僕は思いました。日本だって誰も関わりたくはないでしょう。そんな簡単なことをなんでいちいち外国ではと注意書きするのかなぁと目の前で繰り広げられるアクティビティを見ていました。ケンカはエスカレートしていきます。僕はちょっとまずいかなと思いつつカメラでパチリ。撮った1枚がこれです。グアテマラ人はおとなしいイメージがありますがキレるとかなりアグレッシブです。つい最近まで内戦を経験し、貧困の中で育った彼らが弱いはずがありません。重たいパンチの応酬です。周りは様子を伺い勝負の大勢が決まると割って入ってケンカを止めました。ブフーブフーと荒い息で紅潮した怒りの形相の負けた男。同じように息は上がっていますが相手を見下すような目で見る勝った男。僕は”いいね”と親指を立てたマークを二人につけてあげました。ケンカの原因はわかりません。男の子(おじさんでしたが)はこのくらいでなくちゃいけません。当事者同士で解決する。それが一番です。負けた男が警官に泣きつくこともありません。国境ですから警官も警備員もたくさんいるのに誰も介入してきません。誰かが携帯で警察に通報するなんて無粋なことはしません、あっちが先に手を出した、あいつが悪いなどとジャッジする野次馬もいません。片方が立ち去っても逃げたなどと騒ぎ立てる者もいませんでした。後味の良いスッキリとしたケンカ。その昔火事と喧嘩は江戸の華と言われました。僕が子供の頃、八百八町(東京ですよ)には華がありました。スカッと歯切れのいい口上と体をはってぶつける意地。そんな懐かしい思い出がよぎりました。日本は華をなくしてしまったのかもしれませんねぇ。

 

事故ばかり

バスから眺める景色は何度も通った勝手知ったる道。”次のカーブを曲がるといきなり砂利道だ””この下手な絵知ってる””もう少しで町だ””この前は崩れていたのにだいぶ片付いてるなぁ”とぼんやりと眺めていると、事故を起こしたばかりの車が目に入ります。フロントガラスが割れボンネットがへしゃげています。上半身裸の男が女性を草むらで休ませています。しばらく行くとまた事故です。運転席側のドアが開いて中に人が座っていますが挟まれているのでしょうか、2人がどこかへ電話をしています。またしばらく行くと今度はトラックが路肩に横転しています。ブレーキ痕が残るカーブの出口、周囲は人だかり、運転手らしい男は岩の上に腰掛け呆然としています。グアテマラに入り立て続けの事故現場。これまでも何回か見てはいましたがこれほど見るのは初めてです。事故をよく見るのは自分自身に事故が近いことの知らせだと聞いたことがあります。今度来るときは気をつけなきゃいけないなぁと思いました。原因は運転の荒さ、前を行く車を見ると俄然やる気が出てしまうのはラテンの気質なのかもしれません。フィリピンのタクシー運転手はバスにぶつけられ一気に沸点へ、僕らを乗せたままバスとカーチェイスを始める始末。まるで中学生にハンドルをもたせているようです。後ろでヒヤヒヤです。バスの運転手と言い合いをしている間に逃げました。グアテマラ人もまたそんな気質があるのです。抜かされそうになると競い出し、並走してチキンレースの様相を呈します。対向車がきてパッシングをしても3者誰も引かないところが事故多発の原因でしょうか。道路の凹みを物ともせず爆走するくせにトッペと言われる路面に作られた凸では止まるほどスピードを落とすグアテマラテコ。どことなく憎めない間抜けさがあるのです。保険だって入っているのかも疑わしい人ばかり、まったく自分が事故るなどとは考えてもいないようです。そういえばこれだけ事故を見ているのに相手の車はどこにもいないことに気がつきました。自走できて自分が元気なら逃げてしまったものが勝ち。下手に現場に残りでもしたらたいへんな金額を払わさられるからなんだろうなぁ。

 

長時間移動の旅人のための妄想のススメ

バスの移動は楽でいいのですが退屈なんです。サンクリを出てコミタンの町で休憩です。コンビニが併設されているガソリンスタンド。コーヒーシェイクを買おうとしましたがここには機械がありませんでした。外に出て凝り固まった体をのばします。道の向こうからプラカードを掲げた集団がシュプレヒコールを上げながら行進してきます。”あーこんな離れた場所にまでデモが広がってしまったんだ”と思いました。近くに居た運転手に「彼らは学校の先生か?」と聞くとそうだと言います。「オアハカの問題と同じか?」と聞くと「そうだ、給料が安いんだ。とっても悪いだろ」と言います。僕は構わず「彼らは危険なのか?」と聞きます。すると「時にはね &%$#」と早口でまくし立てたので聞き取ることができませんでしたがどうやら政府を批判しているように聞こえました。再びバスに乗り退屈な移動の再開です。ぼんやりと前に座ったおばさんの真っ赤に染めた白髪頭を眺めつつ妄想の世界へとまっしぐらです。

権利の主張と義務を果たすこと果たしてどちらが先なのでしょう。労働組合という組織が抱えるジレンマは日本でも同じ、雇用と労働条件をごっちゃにして問題をこじらせると論理的に考えることができない人は感情に走ってしまうのがちょっと残念です。僕は思うに学校教育の低レベルを嘆くより教師の質を向上させることが先なのではないかと思うのです。中には立派な先生がいることはわかりますが、プラカードなどを見るとちょっとないよなぁといった内容もあり、先生以外の人も混じってるのかと首を傾げてしまうのです。
既得権益は守られている人たちにとっては当たり前のこと、その恩恵を受けられない人にとっては癪の種。公務員への風当たり、政治家の言葉の揚げ足取りなど見渡せばそんなことだらけです。世界を見るとイギリスでは国民投票のやり直しなどと馬鹿げた話が出ていて驚きました。民主主義とは一体なんなんだと考えてしまうのです。たとえ1票でも差がつけば多い方を民意とする多数決。これが民主主義の根本的なルールではなかったかと思うのです。議論もへったくれもなくたっていのです。相手の意見など聞いたところで自分の意見は変わらないのですから。もしコロコロと自分の意見を変えてしまうような政治家なんてちょっと投票する気にもなりませんよね。でも1票投票というやり方はとっても危険を孕むのです。多角的に見ることのできない人々に感情で訴える輩にとっては絶好のチャンスを与えてしまうのです。沈まない国と言われたイギリス。国民が招いた結果に自国が分断してしまうかもしれない危機に恐れをなす愚か者。勝者からやり直しを望むとは笑止千万です。

国という概念は果たして人間に必要なのでしょうか。民族単位、宗教単位または地域単位だっていいのじゃないかしら。オアハカは少数民族が集まる町、そこにはいざこざが絶えません。それを州や国という概念で十把一絡げにしてしまうから不満が爆発してしまうのです。もし政府といったものがなければ彼らは不満のぶつけ先がなくなり騒ぐ理由がなくなってしまうでしょう。互いの不満は当事者同士で解決するのです。なまじ政府のやり方を押し付けてしまうからその不満の矛先が政府に向くのです。EUのような不戦を目的とした組織に経済などといった違う問題を絡めるからますますややこしくなるのです。だって雇用問題や移民問題などは戦争とは言いませんからね。戦争をしませんと言うだけでよかった組織が余計なことに口を挟むから不満がたまって不戦の目的も果たせなくなるのです。大国だなどとおごった考えの大統領は違う民族の土地から石油をかすめ取ってやろうなどを思うから地主が起こってテロが起きるのです。僕はアラブの国々に行ったことがありません。仮に世界地理を知らなければ石油という便利な油がたくさんそこにあることすら知らなかったでしょう。知らなければ自転車で行ける世界が全てだったに違いありません。知る権利があるのなら知らない権利だってあるはずです。確か昔読んだ倉本聰著の「ニングル」という小説にそんなことが書かれていたと思います。これなかなか面白かったです。妖精のお話です。

今回も小難しくなってしまいました。所詮僕は住所不定無職の風来坊ですからこんなことを書いても誰も取り合ってくれないし読んでもつまらんと一蹴されるだけでしょう。自分の妄想をたった一つのデモからこんなに広げられるなんておめでたいですね。おかげで退屈な車内で時間を忘れて妄想の世界にどっぷりとつかっていました。世界で起きる難しいこともたまには役に立つというお話です。
バスが来ない

”7時半にホテルの前に迎えにいきます”僕はホテル名、地図を添付したメールをタケシさんに送った後の返信に安心していました。ただ若干の心配はあったんです。カンクンのツアー会社に個人で頼むお客さんがたまにいました。時間になっても業者が迎えに来ないのです。待てど暮らせどです。しびれを切らしツアー会社に電話をすると今他を周っていてる、渋滞だ、行ったけどいなかった、ホテルがなかったなどの言い訳のオンパレード。決して自分の非を認めないメキシコ人。30分待ってホテルの電話を借りてタケシさんに泣きつきました。しばらくすると運転手が”ヒデキか”と訪ねてきました。僕はやっぱり遅刻しやがったと思いました。聞くのも癪だけど聞かないのも腹立たしいのでなんで時間に来ないのかと聞くと案の定お決まりの言い訳です。すぐさまメキシコにはどの位居たの、国境では金が必要だなど関係のないことばかり質問してきてはぐらかそうとしています。
別にいいんです。わかっちゃいるんですから。ここはメキシコ。君らがちゃんとできないことなんか百も承知しているよ。時間なんてあってないようなもの。君らが言う”明日ね”は運が良ければねくらいのこと。でもさぁ〜・・もういいやちょっと待っててタケシさんに電話して来たことを伝えるから。すると”早くしてくれよ遅れてるんだから”の声。お・前・だ・ろ!

 

今日の一言
やはり移動は話題を作ってくれます。あんなにも書けなかったのに一つ一つのトピックで1回分の記事を書くことだってできるほど刺激的なことが続きます。このブログを書いている今だって地震です。昨日の噴火が影響しているのでしょう。でも結構揺れている電球や看板に誰も気がつかないカフェの店内。このおおらかさというか鈍感さがいいんです。一時が万事日本と違う。山一つ越えてしまえば他人事くらいの方が暮らしやすいのかもしれません。

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