日々雑思 絞り出して書いたみたものの

ザラつく気持ち

取引きというのは信用の上に成り立つものです。お金が噛んでいても、国の事業でも、個人商売でも信用無くしては取引きは成立しません。信用とは取引きを成立させる意思の有無です。メキシコではこの信用はありません。この国の取引きという概念は僕が知っているものとは異質のものでした。宿のプロパンは平気で30〜40%充填量をごまかします。クレームをつけられないように運び込む前に封印を剥がしてしまいます。ある日、それを咎めるとすっとぼけて別のを持ってきます。それも計ると明らかに量が足りません。別のを持ってくるように言うとどこかへ電話をかける振りをして逃げてしまいました。バイクのパーツを注文した時も同様です。パーツはあると言っておきながら金を振り込んでも一向に届ける様子もありません。問いただすとパーツがないと言います。クレームを言うと金は返さないと言い出しました。スーパーではこちらがもたついていると数字に弱いと思うのか釣銭をごまかします。こちらが一瞥をくれると手の中に隠し持っていた残りを出す始末。空港職員が乗客の荷物に難癖をつけては保管する振りをして横流しは日常的に行われています。警察は自分の小遣い稼ぎの為の取り締まりをして、賄賂をあからさまに要求します。

日本から荷物を送ってもらう時、全部入っていれば奇跡だよと言われ、EMSには保険をかけました。盗られないように工夫を凝らした梱包を頼み、新品に見えないようなカモフラージュをしても荷物を受け取るまでは疑心暗鬼の日々を過ごしました。幸運にも荷物は無事でしたが配達に来た郵便局員にはチップを渡さなければなりませんでした。なぜなら渡さないと次回から届けてくれなくなるのだそうです。この国の人々に信頼という概念はないのでしょう。カナダから送られたバイクのパーツは行方不明になりました。20日以上も待ち続けています。毎日郵便局の窓口で待たされること1時間、後から来るメキシコ人にはポンポンと荷物が渡っていくのを見ながらあ〜これはやりたくないんだなぁというのがありありとわかるのです。挙句、”ないから明日また来て”の一言。そんな時、僕の気持ちはどうしようもなくザラついてしまいます。

信用という目に見えないもので取引きをしている国ではそこで働く従業員を信頼していますが、こうした国では従業員に対する信用はありません。メキシコのGDPは世界で15位あたり。これだけの経済大国であるにもかかわらず取引きの場に信用がない国に僕は驚きました。就業者の給料は25000円から40000万円ほど生活費を考えると家族で働かなくてはやっていけないのです。こうした環境下では盗みを暗黙のうちに認めているように感じます。さらにキリスト教の考え方として持てる者は持てない者に与えるのは当然と考えられていて、たとえ盗みを働いたとしても懺悔といる免罪符があるので罪に対する意識は極端に低いことも背景にあるのかもしれません。教会に行って神父に謝ってしまえば贖罪を与えられることなく済まされてしまうのです。

僕は以前地方の町で見た光景を思い出します。15歳ほどの少年が大人たちによってたかって袋叩きにあっているのを見ました。きっと少年は盗みを働いたか何かしたのでしょう。大人たちがまったくの憎しみだけで棒や拳で殴りつける様子は感情に従順に従っているだけでした。彼らに理性のかけらも感じられませんでした。少年はフラフラになり謝りながら逃げようとしますが数人の大人が大きな石を投げつけて彼の足を止めます。ゴツンと鈍い音、そして棒で頭を殴る乾いた音がしました。リンチです。リンチは民間人による処罰です。感情に任せた行為は人を非常に残酷にさせます。各地で見てきた少年少女の行方不明者の張り紙や麻薬組織の報復合戦を考えるとこの国にはこの国のやり方があるのだとわかります。生きている人間を斧で切り刻み、死体を薬液でとろけさせる。殺してサッカーボールに顔の皮を縫い付けて家族に届けるなど朝飯前のメキシコ人。こうしたわかりやすい方法は僕は嫌いではありません。双方にその覚悟があるのでしょう。やったりとったりは当事者同士が決めることなのです。理性を持たないことがこの国では成功するための手段であることを物語っています。

取引に信用がある国、日本から来た僕には、こうした場合どう対処すればいいのかわからないのです。郵便局員をリンチにかけることはできないし、仕事のあり方を説いても理解してもらうことは難しいのです。ただただメキシコ人が嫌いになるだけしか手がない自分に苛立つしかないのは悲しいことです。
すでにカナダ郵便局に対してクレームを言って調査依頼は済ませました。さすがにメキシコ郵便もマズイとは感じ始めているようです。果たして僕の荷物は届くのでしょうか。こんな時、先輩旅人はどうしたのでしょう。今はじっと待つしかありません。

ビニール手袋の謎

みどりさんが言いました「このビニール手袋もらっていいですか」僕は「いいですよと」と答えました。その青いビニール手袋は以前女性の旅人が置いていったものでした。随分と長い間、誰の貰い手もなく新品のまま忘れられていました。ミドリさんは言いました「ビニール手袋なんてなにに使うんでしょうね」「この間の娘も黄色いビニール手袋を持っていたわ、なにに使うのでしょうね」と2度同じことを聞きました。僕は「わかりません。ミドリさんにもわからないのですか」と答えながら”使っているのは一人じゃないんだ”と驚きました。
ビニール手袋を持っている女性の旅人は一体何に使っているのでしょう。洗剤の手荒れを嫌っているのでしょうか。いいえ。僕は手袋をして洗濯をする女性の旅人を見たことがありません。台所の洗剤のヌルヌルが気持ち悪いのでしょうか。いいえ。僕は手袋をして食器洗いをする女性の旅人を見たことがありません。風呂で使うのでしょうか。僕は自分の体をビニール手袋をはめて洗う人を知りませんし、聞いたこともありません。気になりだすと止まりません。何に使うのかとついつい考えてしまいます。きっと男性には知られたくない秘密の使い方があるのでしょうか。

謎は深まるばかりです。女子がトイレに行く時必ず持って行くポーチの謎と同じ類の謎です。決して語られることなく謎に包まれたアレに匹敵するような謎のアイテム。ビニール手袋が目の前に立ちはだかりました。ミドリさんに聞いても彼女もわからないと言います。最近のバックパッカー御用達のニューアイテムなのかもしれない。男性が使うことなく女性だけが使い道を知っているのかと思うとその使い道を知りたくなるのが人情です。どなたか謎のビニール手袋の使い方知っていませんか?
今日の一言
このところまったく書くことがありません。宿の管理人のような位置付けとなってしまい。日本人宿で雑用をしてます。それはそれで平凡ではあるけれど楽しい毎日です。たくさんの旅人と会い、食事を共にする日々は穏やかで心安らぐ生活です。旅を始めてから僕のことを心のどこかに留めてくれる人たちに出会ってきました。人の記憶に残ることがこんなにも嬉しいことだと始めて知りました。カンクンはその中でも特別な場所です。今ではとても気の合う友人といっても差し支えないロサスのオヤジ奥谷さん。ザラついた気持ちが穏やかになるのは彼の存在が大きいのでしょう。願わくば彼の記憶の中に僕が残ることを祈ります。
もう一つ、倅をフィリピン英語留学させることにしました。期間は1ヶ月と短いですが、彼もまた僕に似てきたのか世界を見るようになったのでしょうか。多くのことをしてはあげられないけれど彼なら僕が見たのと同じ光景を見ることができるような気がします。

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