日々雑誌 絵はがきとスペイン語

タマエさんゴメンなさい。タマエさんに宛てた絵はがきは漂流してしまったようです。旅先から出す絵はがきは帰るアテのない一方通行の郵便物、一旦迷子になったら永遠の漂流が待ち受けています。思いを込めて書いたぶん、悔しさと悲しさにまみれ世界のどこかを永遠にたらい回しになっているのでしょう。一体、どのくらいの手紙や小包が漂流してしまうのか僕には想像もできません。それらはどこへ行ってしまうのでしょう。仕分け棚に忘れ去られひっそりと時が経つに任せてじっと待っているのでしょうか。どこかの隙間に落ちて忘れ去られてしまったのでしょうか。はたまた途中でこぼれ落ち水たまりの中でとろけてしまったのでしょうか。それともいく宛を失ってもまだ郵便屋さんのカゴからカゴへと旅を続けるのでしょうか。

そんな漂流してさまよっている郵便物が届く漂流郵便局なるものでもあれば救われるのではないかと思うのです。静かな場所にポツンと1軒の郵便局。誰もそこからは手紙を出さず。ただただ毎日届く行き先を失ってしまった手紙がやってくる郵便局があればいいのに。そこに行けば忘れ去られた手紙に会えるような郵便局が世界の果てのそのまた果てにあったらどんなにいいだろう。きっとそこには自分が思ってもみなかったような素敵な手紙が待っているような気がするのです。

kamomosi企画の世界で出会った100人に絵はがきを出す企画で残念なことが起きてしまいました。出した絵はがきが届かないのです。心配したことが起きたのはキューバからとベリーズからの絵はがき。ベリーズからの絵はがきはホテルの人に頼みました。でもキューバからの手紙は郵便局のポストに入れたのです。これまで届かなかったことは1度だけ。サンディエゴからロスに飛ぶ飛行機の中で隣に座った青年に託した絵はがきです。聖書を読んでいた青年に20ドルとチップとして10ドルを渡してハガキを出してくださいと頼んだものです。機材トラブルでサンディエゴを遅れて飛んだ飛行機、ロスでの乗り換え時間がなく、彼に託したのです。でもお願いした絵はがきが来ることはありませんでした。それもまたいい思い出として残りました。

でも今回は悔しいのです。楽しみにしてくれている友人に宛てた大切な絵はがきが届いていないと知らされた時のガッカリ感は言いようのないものでした。タマちゃんとはメキシコで会いました。絵はがきを出す約束をしましたが彼女に届くはずの絵はがきが届いていなかったのです。僕が住所を間違えたのかもしれないし、何かあったのかもしれないと思いを巡らせてもそれはタマちゃんに届くことがないのです。そんなことが起きないようにこれからはもっと丁寧に宛名を書かなければいけないと思いました。もし、届いていないよという方がいたらご一報いただければ幸いです。次に出す絵はがきには2倍の思いを込めて出しますから。

 

じわりと来てますスペイン語

日本からの小包が届きました。心配していた盗難もなくすべて揃っていました。もちろんiPhoneもシッカリと新品に。食材も充実してこれからグアテマラでの3ヶ月を乗り切ることができそうです。カンクンではバイクのパーツやら郵便の遅れなど次から次へとトラブルに見舞われ度々交渉や質問をしなければならない場面に遭遇しました。そんなことをしているうちに僕のスペイン語はじわりとうまくなっているようです。どこに行っても話が通じるようになり始めています。あまり勉強ができなかった割には使えるようになり出したスペイン語。やはり日常生活で使うのが一番のようです。グアテマラのサンペドロにいる友達からも毎日メッセージが届きます。どうしてる?いつ帰ってくるんだ?と何人もとやりとりをしているうちに言い方を覚えるのです。

英語とは違ったスタンスで習得を目指しているスペイン語。まったくの0から初めた新しい言語です。メキシコに入ったのが去年の9月の終わり。旅の間、音だけを頼りにグアテマラに入って学校に通いだしたのがクリスマス。そこから2ヶ月半学校に通いました。ビザクリのために再び訪れたカンクンでは思うように勉強ははかどりませんが、それでもじわりと来ていることを実感しています。これがどういうことなのとても不思議なのです。英語を初めて習ったのは中学生の時、半年経っても話すことはできませんでした。高校へ行ってなお僕は話すことはおろか聞き取ることすらできませんでした。言語を学ぶということはとても不思議なことなのだと思います。

そして再びグアテマラへ、これからの3ヶ月で僕のスペイン語がどう変わるのかとても楽しみです。

Pocket
LINEで送る

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です