土日通信 触らぬ神に祟りなし

クラブに行く二人組の女の子(僕から見れば30代の子は皆さん女の子です) 一人に「パスポート持って行った方がいいよ」と声をかける。すると「なんで私には言わないんですかぁ」と間髪を入れずにツッコまれてしまった。僕が声をかけた方は典型的な日本人体型。背が小さくて凹凸がなく言ってしまえば幼児体型、童顔でマラソン選手のような感じだ。ツッコミを入れたもう一方の彼女はメリハリがある大人の容姿をされておられたのでおそらくどこでも大人の女性として見られるはずだと思う。

僕はしまったと思ったが時すでに遅し。どう言い訳しようかととっさに考えた。

「彼女はどう見ても子供に間違われるでしょう」
この答えをしてしまうと本人のプライドを傷つけてしまう。
幼い感じの女性は海外でいつも子供に間違われているので、子供っぽいと指摘されることにうんざりされておられる。実際の年齢云々よりも魅力に欠けていると言われているような気になられるようで、このような扱いを嫌う傾向がある。

一方
「あなたは大人に見てもらえますよ」
この答えは日本女性の場合、微妙なニュアンスを持つことになる。
大人の女性と言われることは年を召されたと言われているように感じる方が多く、大抵の場合、失礼しちゃうと思われる。つまりBBAだと言われているに等しいのだろう。また残された一方も子供扱いされていることが尚更に強調され取り返しがつかないことになる。
絶対にやってはいけないのは
「あなたも持って行かれた方がいいですよ、もちろん」
取って付けたようなこの答えは日本人が最も得意とする言葉の裏を読む地獄にまっしぐらだ。
その場は何事もなく収まったように見え、実は尚更にひどい状況に陥る。お二人になられた途端、”あの言い方酷くない、あなたのこと子供扱いするなんて”と相手を擁護するかのような発言をかまし、相手からまったく失礼しちゃうわ、”私たち同じくらいの年齢に絶対見られると思うのにね”と同調という名の最強のタッグを組むのである。自分たちの容姿はさておき、攻撃の対象は口を滑らせた僕に集中することで互いの気まずさをなかったことにするのだ。

適切かつ穏便な答えを見つけることができなかった僕は、逃れようのない窮地に観念するしかなかった。

若く見られたいというのはわかる。これは万国共通の願いなのだろう。一方で子供扱いされることは嫌がるのだ。一体どっちなんだと言いたくなるのをぐっと堪えてこの複雑な乙女心を考えた。そういえば以前、グランドキャニオン手前でサエコさんからお灸を据えられたというのにすっかり油断してしまっていた。海外でよくあるクラブやバーへの入場時の年齢確認。アジア系の女性は欧米では子供に見えるらしくIDの提示を求められている場面に遭遇する。30を超えた方でもそうなることがあるくらいだからよほど童顔に見えるのだろう。せっかく楽しみに訪れたクラブ。IDがないばかりに一人だけ入れないとなるとそれはちょっとかわいそうだと思い、声をかけたのだが、藪から蛇がにょっきりと顔を出してきた。
言葉の裏を読むことに長けた日本人女性。こちらの意向に関係なく彼女たちだけが持つ思考回路では言外に真意があるかのように捉えられてしまうことがある。一旦、ネガティブなイメージで捉えられたら最後、いくらこちらが言い訳をしようとももはや手遅れである。決してそのようなことを思っているわけでもないのだが。だいたい僕より若い彼女たちをBBA呼ばわりなどするはずもなかろうにと思うのは僕の勝手な思い込みによるもので彼女たちにとってはまさに敵が現れたくらいにしか思われない。お若いですねと僕が言わなければならない場合は僕より年上の方ではないのか。年下に言ったところで当たり前、だからなんだとなるであろう。そもそも声をかけられてもいないのに横からお入りになり、その場のヒロインとなられ、自らをおとしめるような行為に何の得があるのだろう。妙齢の女性であれば大人の魅力を認めてもらう方が嬉しいのではないかと思うのだが。

それを邪魔するある単語によってすべてがぶち壊されるのである。「カワイイ」この単語、本来いとおしさや趣き深さを表す形容詞で犬などの動物に使われたり、年端のいかぬ幼児などに活用されてきた語である。それが現代ではこの一言がすべての意味を持ち始め、気持ち悪い転じてキモい、エロい、ブスなどの語と接続されキモカワイイ、エロカワイイ、ブスカワイイなど本来の意味とは違った捉え方をされるようになってきた。
しかしこの便利な「カワイイ」で括ってしまっては僕の真意は伝わらないし、綺麗な容姿をしている方に「カワイイですね」と言うのもヘンだと思う。会って間もない人にいとおしさを感じることもなければ、犬のように扱うこともできない。”あーヨシヨシ”などといったものならそれこそ失礼だ。僕にはどうにも「カワイイ」という単語を使いこなすことができない。まったく困った言い方を発明してくれたものだ。

閑話休題
なぜ、このようなことになってしまうのかわからない。外国の女性と話している時、僕は素直に思ったことを口にするようにしている。もちろん悪いことは言わないが彼女たちは受け入れてくれている。ノンネイティブの特権といえばそうだけど言葉の裏を読まれているような感じを受けたことがない。素直に話せることの気持ちいいことこのうえないのである。母国語を話す場合、僕であっても多少の気遣いは心得ているつもりだが、それ以上を求められても困るのである。そうなると僕は貝になるしかなく、口を聞くことができなくて無愛想なオヤジのレッテルを貼られてしまい、どちらに転んでも八方ふさがりとなる。日本人に対しては手厳しい彼女たちもクラブの受付にいるイケメンにID提示を求められても何も言わないし、求められなかったとしても怒らないのである。この不公平感はなにならん。今後は余計な老婆心など持たず、聞かれたことだけをシンプルに答えるようにしなければタイヘンなことになることを今回は勉強させていただいた。
触らぬ神に祟りなしとはよく言ったものだが、神様だって気に留めてもらえなくなったら「ちょっとちょっとこちらに気がついてくださいな」というのではなかろうかと考えつつどうしたらいいのだろうと思いを巡らせた。次回からはなにも言わずに送り出すべきだとの結論しか思い浮かばないのである。

今日の一言
バイクのパーツ待ちの毎日、思いのほか時間が経つのが遅いのです。子どもの頃に誕生日まであと何日、クリスマスまであと何日と指折り数えて楽しみとじれったさに待ち焦がれたあの日々のように感じるのは早くグアテマラに戻りたい気持ちが働いているのかもしれません。スペイン語もさることながら僕はあの国が好きです。シャイな人々、貧困や暴力などもありますが、居心地が良くて気に入ってしまったのです。もう一つ、同じようにバイクで旅をしている友人たちはすでに旅を終えられたり、南端に到達しています。こんなところでいつまでもモタモタとしている不安もあるのです。
ただ、カンクンは友人も多く楽しいのです。ロサス7はこれまで過ごした宿の中でも1、2位を争う居心地の良さです。台所をピカピカに磨き上げたりしながら過ごす日常がたまらなくいいのです。ここには不思議な魅力があります。バイクの部品と日本からの物資が届くのが少しくらい遅れてもいいかなぁ何てことも思ってしまうのです。

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