スペイン語留学9週目 姑息な手段を使ってます

夜中に屋上で大きな音がしたのです。きっと洗濯物をかけてあった梯子が倒れたのです。翌朝、いつもより早く目がさめた僕は風吹く屋上へと上がりました。思った通り梯子は倒れたかしくんの洗濯物は台無しになっていました。穏やかな日が続いていたと思ったら突然の大風、きっと季節の変わり目なのです。季節の変わり目は死人が出ます。学校へ行くと先日のマヤのセレモニーを取り仕切った女性のシャーマンのお父さんが亡くなったと聞きました。
マヤの文化が色濃く残るサンペドロでもキリスト教の影響は強いのです。敬虔なカトリックが多く教会が幾つもあります。人々は毎晩のように教会へ赴き、祈りを捧げています。葬儀が気になった僕はどのように取り仕切るのかを聞きました。日本と同じようにお通夜の風習が残るサンペドロ。人々が食べ物を持って集まってくるそうです。集まった人たちに食事を振る舞う習慣があるため近所の助けもあるとのこと。亡人を忍んで静かに営まれるようです。
翌朝4時に葬儀と埋葬の準備をするために教会と墓地へ行き、掃除をするのだそうです。お墓はフィリピンと同じコンクリート製の箱に棺を収める方式です。でもここは人口が少ないため5年後に遺骨が取り出されて野ざらしになるようなことはないのだそうです。僕はそれではいっぱいになってしまうねと聞くと土葬の風習も残っているようで、土に埋葬され、数年後には違う人がまた埋葬されると言います。お墓は土を盛るだけで、墓石はないとのこと、遺体は土に戻り自然へと帰って行くと思われているようです。

 

興味深いことに葬儀から9日目に魂を送るために再び教会へ行く習慣があり、日本の初七日のように故人を偲び、魂を送る儀式がありました。僕はキリスト教でしょ、天国へ魂は行くのでは?と聞くと魂は宇宙へと帰るとマヤでは信じられていると言います。キリスト教でありながらも自分たちの信仰を継承している彼らに日本人と同じような感じを持ちました。マヤの世界では輪廻天性に似た考えがあり、宇宙へ帰る時、魂はエネルギーとなって途中で浄化されるそうです。そしてまた宇宙のどこかへと旅をすると考えられています。

 

グアテマラの葬儀は地方色豊かだそうで、隣のサンフアンでは死ぬとすぐに墓に入れてしまい。写真と仏壇のようなもので故人を偲ぶと言います。また墓ではなく埋葬地に遺体を埋めるだけで、その周りを回りながら儀式用の飲み物を飲んだり、縦に遺体を埋めて終わりといったやり方もあると聞きました。僕はアフリカから連れてこられた黒人奴隷が持ち込んだ儀式が影響しているのではないかと考えました。でもここの人々に黒人の血が入っているようには見えません。こうした宗教儀式文化だけが入ってくることなど考えられないのできっとマヤの考え方の多様性が影響しているのかもしれません。隣のサンホアンの埋葬のスピードは疫病の流行が原因ではないかと思い聞きますが違うと言います。詳細は分かりませんが、調べればきっとそうした例があるのではないかと思います。この周辺の村は非常に小さく人口も少ないためひとたび疫病が蔓延してしまうと村の存続にも関わる影響があるではないかと思うのです。

 

僕は葬儀の服装や祈りなどについても様々な質問をしました。マヤは白、黒、黄、赤の4色には特別な力があると考えています。だからこそ葬儀の服装の色などへのこだわりがあるではないかと思ったのですが、それはないと言います。正装は女性はありますが男性はスエットで行っても構わないというのには驚きました。

 

そんな話をしているうちに2時間はあっという間に過ぎてしまいました。質問に使う単語でわからないことを聞いたり、日本の葬儀のことを話したりしている自分にちょっと驚きます。きっとフィリピンでカレンとやった練習がここで役立っているのでしょう。相手のいったことをおうむ返しに言いながら最後に質問を付け加えることで相手の話に興味があることを示し、話を引き出すテクニックです。ホセがずいぶん話すようになったと言いましたが僕はこのテクニックを使ってホセに話させ、いかにも僕が話しているかのような錯覚をさせることに成功です。カランレッスンの代わりと言ってはなんですが僕は普段から質問をおうむ返しにしてから答える癖をつけています。だからホセが言ったことで頭に残ったフレーズだけを使っていかにもの状況を作れているかのように演出できるのです。自分の興味があることだけをホセに言わせて僕はちゃっかり休んでしまいました。折れた心がくっつくまではこれまでの経験で得たテクニックを駆使して乗り切ってやろうという魂胆です。ごめんよホセ。

 

さてレッスンは宿題を済ませます。僕の住んでいた小田原の10年前のことを話すのは難しいので質問をしながら話をそらせてしまいます。自分の昔と現在を比較するという課題は、たくさんの物を持っていたけれど今は持っていないという簡単な話に形容詞をたくさんくっつけて、少ない名詞と動詞でごまかしてしまいます。一瞬ホセの顔が曇りましたが、素知らぬふりをしてソラメンテ(それだけ)と言って話を終わらせてしまいました。瞬間スペイン語作文ではちょっと挑戦しているように”こんな言い方はできる”と聞いてから適当な例文を言って説明に時間を割いてもらうのです。そんなこんなで今日のレッスンは見事に乗り切りに成功です。たまにはこんなサボる日があってもバチは当たらないでしょう。マヤの正直な人たちと違って都会の垢にまみれ、汚れきってしまった僕の心では到底天国など行けるはずもなく、南無阿弥陀仏と1000回唱えてもお釈迦様に極楽浄土入りはお断りですと言われるでしょう。閻魔様とサタンに睨まれて小鬼たちと小競り合いをする運命に決まっています。今週は帰ってから一切勉強をすることなく部屋に引きこもり怠惰な時間を過ごすことに決めました。残された課題の赤ずきんちゃんのビデオくらいは見ておかなければなりませんが。

 
今日の一言
洗濯を頼んでいるホテルの娘がとっても可愛いのです。歳は分かりませんがまぁ可愛いこと。おじさんもイチコロです。彼女と話せるのは洗濯物を出しに行った時だけ、それもほんの挨拶だけです。お金を渡す時に手が触れると脳天まで突き抜ける喜びを感じるのです。きっと彼女は吉永小百合や松田聖子のようにトイレにもいかないはずです。ふてくされたおじさんの唯一のオアシス。彼女と写真が撮りたいなぁ。

 

不謹慎な今日の記事、大変失礼しました。外国語を習得するための第二の壁にぶち当たっています。フィリピンの時はアリス、カレン、マネルが力を合わせて様々な角度から僕を助けてくれました。今回はホセ1人、彼一人に任せることはできません。僕も自分なりに考えて打開策を探っているところです。マンネリ化や一人の先生だけから習うことの弊害を極力排除し、一貫したスタンスでスペイン語の基礎を終わらせられたら次へのステップへ移りやすいと考えています。今回は一旦引く道を選んでみました。

Pocket
LINEで送る

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です