スペイン語留学6週目 その音なら知ってます

28日目 動詞の覚え方に活路が見えたか

気分は相変わらずです。でも切り替えをして学校へ向かいます。今日も朗読がありました。ホセは物語や説明文を使うのをやめて会話形式の吹き出しが並ぶテキストを用意しました。僕は声に出して読む前に一度小声で読んでから改めて声にします。それでも文を読むのは苦手です。途中何回かつっかえながら最初の通しを読み終えます。続いてホセと役を決め対話形式で読みます。僕はホセが読んでいる時シャドウーイングするように小声で続きます。その時、何回も”あっ、この音知ってる”となりました。例えば”Iguarlmente”これはよく挨拶などで”良い1日を”と相手に言った時、あなたもねといった感じで返される言葉です。イマイチ意味がわからないまま僕は使っていましたが、使い方は覚えている言葉です。それは知っているけれど意味はあやふやで、文字で見たことがない単語でした。先ほど読んだ時も僕の頭の中ではハテナマークが付いていた単語です。ホセが読んでくれた時、音で気がつきました。すると文章の意味がするりと滑るように頭の中で理解できました。

同じような音が他にもいくつかあります。僕はメキシコに入った時から一切本を読むことをしませんでした。音から言語に慣れるためと発音で変な癖をつけたくなかったからです。すべての情報を耳から得ていたので、文字としてスペイン語を読んだのは1ヶ月前からです。この時僕はちょっと驚きました。話せる言葉なのに読むことができない単語ってなんだ?すでに知っているのに文字からの情報ではそれだと理解できないなんて体験は初めてです。役柄を交代して今度は僕がホセのパートを読みます。あっけないほどスラスラと言葉が出ます。ホセはちょっと驚いたように僕を見て、”読むのだって問題ないだろう?”と聞いてきます。が僕はこの時、文章を読んでいなかったのです。ホセが話したのを聞いて耳が覚えている単語を口から出したのです。それは日常使う簡単な挨拶や会話に含まれるものばかりでした。雰囲気や感覚でその使い方は知っているけれど正確な意味など気にしたこともなく、友人からそれってどういう意味と聞かれてもなんとなくの想像でこんな感じの意味と答えていたのです。

 
言えるし使えるけれども読めないという現象を僕はフィリピンで一度だけ見ています。カナダに滞在していたことのある日本人マサコさんは学校に入学する際に受けるテストの結果が非常に悪く、ヘッドティーチャーを驚かせました。なぜなら彼女はネイティブのように話すのです。会話はとても上手で、すでに学ぶ必要などありませんでした。でも彼女は文字や文法を知らなかったのです。これは初めてのケースだわとヘッドティーチャーはテキスト選びに苦労したようです。果たしてレッスンで使われたテキストは初級者用でした。レッスンの音が漏れてくるのを聞いていると先生とマサコさんの会話はネイティブ同士が話しているように聞こえて来るのに、テキストを読みだすとまったく別人がレッスンを受けているかのようになってしまうのです。それは英語を始めた初心者がテキストを読んでいるかのように聞こえます。先生がわかった?と聞いてもわからない、なにこれとまた普通の会話が聞こえてきます。先生がスラスラと読むとマサコさんはあーと声をあげて僕のわからない英語でものすごい速さで説明しています。先生もそうそうと答えているのです。なんとも不思議なレッスンだと感じた僕はマサコさんに質問しました。”マサコさん、本当に読めないの?”と聞くと”文字になっていて音が途切れちゃうとわかんなくなっちゃうのよ、音をひとかたまりで覚えちゃったからバラバラになっちゃうと何のことを言っているのかまったく理解できなくて”というのです。彼女のリンキングは完璧でした。確かに音をひとかたまりで認識していないと出せない発音です。でも彼女はそれを文字として読んだことがなかったので読んでも理解できなかったのです。

 
まさか自分の身に同じことが起きているとは思いもしませんでした。僕は文字を見た時、発音の仕方が気になって余計にぶつ切りの読み方になってしまいます。それでは意味がわからないのです。ところが普段通りの音で聞けば何てことないのです。例えば””イグアルメンテと音だけを表したカタカナで書いてあればなんてことないのにアルファベットにした途端、”イギゥワァル”ゥメンテ”と読んでしまうと一体この単語はなに?となってしまったのです。ホセは僕が読めるようになったと勘違いしてしまいました。僕はちょっと困ったなぁーと思いながらも次々に出てくる聞いたことのある音が気になって仕方ありません。頭の中でカチャカチャと音を立てるように文字、音、意味がくっついていくのをリアルタイムで感じているのです。これ以上楽しいことはありません。何枚かの会話テキストを読んだ僕は実はまだ読めていないんだととホセに言うことができずに終わってしまいました。

 
だってロクに読めもしない生徒がそれ知ってるよなんて言ったら気分悪いですから。じゃぁ自分でやれよ言いたくなってしまいますよね。僕はちょっと休憩したいと言ってレッスンを止めました。5分ほどの間に今起きたことを考えます。文字、音、意味は一体でした。どれかが欠けると互いにリンクできずに機能しなくなってしまうことを知りました。確かに音は知っている、聞いたことはある単語でも意味がわかっていないと読み方を間違っていることが度々ありました。これは意味または使うべき場面がわかっていない単語の場合にしばしば感じていた苛立ちです。音、意味はわかっている場合は最初に使い方の情報が理解できているので文字を見ても合点が行きやすかったのです。なぜ僕が動詞をなかなか覚えられないか、その理由がはっきりしました。僕は動詞を英語に直して覚えていますが、普段あまり使わない動詞は知ってはいても使い方がよくわからず会話の中で使う言葉ではなかったのです。そうした単語は理解はできても使わないのでスペイン語になっても使い方がわからなかったのです。それは必要のないものだと認識してしまい覚えることができなかったのだとと考えました。スペイン語の動詞は英語と少し使い方が違うので覚えなくてはいけない単語であっても英語に変換していることが邪魔をしているのかもしれないと仮定しました。

 
レッスンに戻りいつも通り動詞の活用形を教えてもらいます。ここでは活用の特徴ごとに単語群がありますが、代表的な単語で変換を覚えてから同じ変換をする単語を5〜10個ホワイトボードに書きだされます。それらの単語の活用を練習した後、僕が例文を作る手順でレッスンは進みます。この時ホセは英語で意味を説明しますが、僕はホセにそれを言わせないようにスペイン語で意味を想像し、先にこんな意味?と聞いて見ました。ホセは単語をスペイン語で説明しだします。手振り、身振り、ものを使ったりしながらその意味を伝えようとします。僕は納得したところで、わかったと言って例文を言います。言い終えて合っていれば英語でその単語の意味を僕から言います。それが合っていれば次に、間違っていればすぐさま違う例文を言って確認します。同じような動詞があれば何が違うのか、どう使い分けるのかを質問します。にわかにレッスンが活気付きました。

 

二人して東屋から出て庭の草をむしる動作をしたり、スイッチを入れたり切ったりする動作をすることで動詞を動きとして、ビジュアルで印象付けるようにレッスンが変わりました。レッスンからほぼ英語が消え、スペイン語とスパングリッシュ(英語とスペイン語のちゃんぽんで知らない単語だけ英語にして話すこと)で進みます。これまでと違い、動作と発音で単語を覚えているので暗記する必要がなくなりました。今は覚えられなくても動作と音を合致させればいいのですからこれなら暗記作業に比べて格段に楽になります。単語の意味するところさえ理解してしまえば英語はおろか日本語さえも必要ないのですからこれは随分といい方法のはずです。
手応えを掴みかけたところで時間になってしまいました。明日もこの方法を試します。ひょんなことからレッスン方法を変えた僕、試行錯誤は続きます。思いついたことはすぐに試す。失敗したら違う道を探せばいいだけです。やはり受け身のレッスンは僕の性にあいません。性格的になぜなにがわからないと理解できない質なのです。この1週間悩み続けましたがやっと新しい道が見つかりました。スペイン語はスペイン語で覚える。わかってはいてもどうすればいいのかがなかなか見つからないのです。この方法が功を奏してくれればいいのですがそれは明日、もう一度確かめる必要があります。

 
今日の一言
市場で山芋と里芋を足して2で割ったような芋を見つけました。これはもしかしたら煮っころがしにできないかと思い購入です。今日は茹でて味噌を使ったタレで田楽風に試してみようと思います。カブは酢に浸し柿のような果物と合わせてなます風にならないかと思っています。これから夕食の準備です。果たして結果は?
海外では毎日がチャレンジです。思い立ったらすぐにやらねば後悔だけが残ります。かももしの企画も幾つか思い浮かび出してはいますが未だ躊躇しています。もう少し良く考えてから思い切りたいと思います。

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