スペイン語留学5週目 個人教師は良し悪しも、旅人にとっていい先生の見分け方

サンペドロには幾つかの学校と何人かの個人教師がいます。多くの旅人がこの地でスペイン語を少し習ってから南米へと向かいます。大抵は短期間、1〜2週間の人が多い様です。学校選びや価格は彼らにとってとても重要な要素です。でもその選び方は大丈夫ですか?ひと月この地で色々と見聞きした事を一例として書いてみました。

サンペドロでスペイン語を習うには大きく二つの方法があります。学校に通うか個人レッスンを受けるかです。学校は通学し、先生とマンツーマンで行われます。ある程度英語が堪能な先生が多く、実績のある学校では一定のレベルは確保されている感じです。ただし先生毎のスキルはまちまちである程度確認する必要があるでしょう。

一方、個人レッスンをしている先生も何人かいてそれなりの人気がある様です。ただ、友人がレッスンを受けている先生は話を聞く限りあまり良いとは思えません。感情をストレートに出したり、個人的な話を聞いてきたりとレッスン以外のことで話を盛り上げようとする様です。

 

セクハラまがいの発言や、ハグやキスを求めるなど文化の違いがあるにせよ生徒にそれを強要する様なことをするのは語学学習を真面目に受けようとする人にとっては邪魔以外の何者でもありません。自分の思う様に行かないと宿題を山ほど出したり、旅に関係のない専門的な話をさせたりする様子を聞いていると貴重な時間を無駄にする前に先生を変えたほうがいいよと言いたくもなるのです。

 

先日も少し書きましたが、学校に管理されることのないフリーの先生の場合、日本人の特徴を知らない場合があります。こうした先生は自分のやり方を通そうとします。教え方にバリエーションがなく本当に教える力がないのです。生徒に合わせることができないので当然、生徒の要望に応えることができないのです。うまく合えば良いのですがそうでない場合は最悪です。最初に書いた様に質問に間違えるとキスやハグを強要したり、こちらの文化に合わせるべきだという様なことを言い出すのです。もはやこうなると生徒と教師ではなく立場を利用したナンパです。先生と生徒はある程度の距離感を保っておくべき事は当然ですが能力に欠ける先生の場合、公私混同をしがちになるのです。

 

料金をすぐに下げたり、レッスン時間を変更したがる様な先生はやめたほうが良いかもしれません。サンペドロは多くの旅人が立ち寄りスペイン語を少し練習してから南米へと旅立つ場所でもあります。当然、生徒は次から次へとやってきます。これが先生の質を悪くしている原因でもあるのですが、あまり向上心のない金目当ての先生の場合、生徒が短期間でレッスンを終えるので一通りのことを教えるだけで十分なんだと考えてしまうのです。するとたまに訪れる真面目にスペイン語を勉強しようとする生徒に対して教えるネタがなくなってしまったり、公私混同をするようなことになってしまいます。こうした先生にあたってしまうとせっかくの短期留学であっても残念なことになってしまうでしょう。

 

こうした事にならないように事前のリサーチはとても大切です。とは言っても簡単な話し合いをするだけである程度察しはつくものです。先生を決める前に1度は会う事になるでしょうからその時に先生がどんな事を言うのか聞いておけば良いのです。よく聞くフレーズは以下のようなものです。

 

  • 今はちょうど生徒が一人辞めたから空きがある。でも決めてくれないければ他の人になってしまうよ。
  • 本当は週に600ケツアレスだけど今決めてくれれば400でいいよ。でもこの事は人に言わないで。
  • レッスンは◯時間だけどカフェや散歩に出るようにしよう。

こうした事を言う場合はちょっと注意しましょう。自分がいかに人気があるかなどとは本当にいい先生は言う必要などないのです。そんな先生が勉強する期間すら聞く前に前に自ら値段を落とすような事をする訳もありません。レッスンに自信があれば散歩やカフェに行く行くような事をしなくてもカリキュラムを組む事が可能です。多くの生徒に真摯に向き合ってきた先生ならば教え方の幅もあり、生徒ごとに違うアプローチで教える事ができるでしょう。そうした先生は大概とても勉強熱心で生徒さんい対して質問したり、レッスンの事について要望や質問がないかを聞いてくるものです。この様な先生であれば場所など変える必要もなく、生徒もあっという間にレッスンが終わってしまったと感じるでしょう。生徒の様子を見る事なく散歩に出ようと言ってくるような場合、無駄な時間を使わせる事で自分の能力のなさを補っていることもあるのです。

 

上の様な話が出てきた時は、慌てているそぶりを見せず、他の選択肢もあるから今は答える事ができないと伝えましょう。そんなに人気があるのであればスケジュール管理をしているはずです。レッスンの時間を聞けばその話の信憑性をすぐに判断する事ができます。また値段交渉は旅人にとって大切な要素ですが、200ケツアレスの差で自分の旅が充実するかしないかが決まる事を考えれば先生を決める判断材料にならない事は明白です。短期の留学を考えているのであればなおさらです。安かろう悪かろうです。値段の話をする事は構いませんがレッスンの内容を聞いて自分の求めている内容かどうかを確かめたほうがいいでしょう。レッスンの場所についても同様です。狭い個室なのかオープンなスペースがあるのか、カフェでやるのであれば環境はどうか?など一度連れて行ってもらってから決めても遅くはありません。

 

口コミでいいと言われている先生すべてがいいとは限らないのです。語学学習において先生は一番大切な要素です。必ず自分の目で確かめてカリキュラム、学習スタイル、料金を加味して決めるようにすればいいでしょう。また最初から全額を払わせる事で生徒が辞めにくくさせている場合もあります。せめて最初の週だけにとどめ様子を見ながら延長する事をお勧めします。何人かの先生の事を聞いていますが、そのうち実際にレッスンを受けてみようと思っています。意外に教える事ができる人が多いようですが玉石混合、本物を見つけるのはちょっと難しそうです。学校の先生たちからもちょっと情報を聞きながらいい先生がいればブログでも紹介してみようと思っています。

 

24日目 かんさーどです それと発音に関する悲しいお話

かんさーどは Cansado 疲れたという意味です。ちょっと頑張りすぎているかもしれません。毎日10〜14時間の勉強と自炊で精一杯。どこにも出かけていません。宿とカフェ、学校以外にまったく行かないのです。やってもやっても成果が実感できません。何回も同じ単語を調べなおし、音はわかるけど意味がわからない単語に焦り、知っているはずなのに口から出ない単語に苛立ちます。

朝、レッスンの初めにホセは昨日の事や今の気分を聞いてきます。僕はバカの一つ覚えの様に、場所は3箇所、カフェ、学校、カフェ、部屋。やる事は勉強とご飯作りの2つです。あまりに毎日同じ事をいうのでどの位勉強しているのだと聞かれました。僕は15時間くらいと答えます。何時に寝ているのと聞かれます。1時か2時というとしばらく考えてから朝のか!と驚いています。
僕はそれだけやってもこれなんだと答えます。この時少し疲れてるなぁと感じました。まるで受験生です。若くないので覚えが悪いのは承知、人より時間がかかる事も受入れています。それでもあまりの出来に自分がバカに思えてくるのです。頭は確かによくはありませんが少し悲しくて疲れてしまうのです。

ホセは大丈夫、暗記は必要ない、先月言えなかった単語が今月は随分と言えているし、君はとても真面目で熱心だよ。他の生徒より真剣にレッスンを受けてるよ。多くの生徒が今日は喋りたくない、少ししか勉強してないから今日はできないと言うけどヒデキは一度もそれを言った事がないんだ。大丈夫暗記は必要ないよ。僕はそのために何回も同じ単語を言っているのだから気にする事なくやればいいよと言ってくれました。わかっちゃいるんです。ごもっとも。そしてありがとう。でも。でもなんです。どこにもぶつけようのない苛立ちを処理する事ができません。前向きな事ばかりを書きますが後ろを振り向けばこんなものです。過去形は語るだけでおしましです。不確定でも未来形かせめて現在形で語れば何かが変わるかもしれないですからね。いま習っている過去形も頭にくるほどですが新しい事を知るために昔の事を習っているのです。温故知新。意味は少し違いますがいまの気持ちを知る事で新しい事へ向かう事ができるかもしれません。

やっている事はいつもと変わらずです。宿題、朗読、文法、新しい文法を使ってスピーキングです。淡々とレッスンをこなします。僕は気分を変えたい時質問をします。それはちょっとした疑問であったり、なんで?と思った事を素直に聞くようにする事で暗黒面から遠ざかっているのです。今日はちょっと発音に関する事で疑問に思う事があったので聞いてみました。発音に関しては別の機会に書くとして、今日はMexicoという単語の発音について聞きました。

Mexico メキシコです。英語でもメキシコです。でもスペイン語ではメヒコと発音します。Xはshという音に近いのですがなぜMexicoを「メキSHコ」と発音しないのか疑問に思ったのです。ホセに聞くと「うん、いい質問だ」と言ってレッスンを中断しました。内心うひひやったねと思いましたが、その話はちょっと悲しいものでもありました。中央アメリカには先住民としてマヤ人がメキシコからグアテマラ、エルサドバドル、ホンジュラスなどの広い地域に住んでいたそうです。メキシコのアステカはマヤの人の一部が分裂してできたんだとホセは言います。太平洋側メキシコにはメヒカノという人々がいました。スペインがメキシコを侵略した時、彼らは先住民に何人だと聞きました。聞いた人がメヒカノであった事から彼らはこのあたりの人々をMegica→Los Megucanas と訳しました。この中にはマヤの民族も含まれていました。そこで彼らはこの土地の事をMegicoと言おうとしましたが発音がしにくいのでMexicoと変えたのだそうです。でも先住民はメヒコという音を大切にしていたので読みはメキシコとしないでメヒコのままで発音しているのだそうです。

また英語ではインディアンと言うようにこのあたりの人をそう呼ぶ事がありますがそれは彼らにとって屈辱的な意味合いを含みます。なぜならインディアンはインドの人を指す言葉だからです。コロンブスはこの地をインドだど勘違いした事からこの言葉ができました。彼らはマヤやメヒカノであってインディアンではないのです。最近はこうした呼称は差別的だとしてインディヘナという言い方しますが僕はこれを聞いてとても違和感を感じるのです。Indigena は Indi とgena にわかれます。Indi は Indio、genaはgente を意味します。genteはpeopleです。インドの人々というのがindigenaの意味なのです。つまりインド人と言わずインドの人々と言い方を変えただけで本質は変わっていないのです。僕はそれに納得せざるを得ないこの地のマヤの人々が気の毒です。スペイン人に占領されそこで生まれた混血はラディーノ、ラドロン、メステーソと呼ばれのちに起きた内戦の要因にもなっているのです。

疑問に思っただけのメキシコの発音を通じてこの地の歴史を知る事ができました。それは僕にとってはとても興味深いものでしたがここに住んできたマヤの人やメヒカノの人々にとってはアイデンティティーに関わるとても大きな問題でもあったのです。スペイン語においても発音の重要性を感じ始めた僕、作れない音は聞き取れないと思っているのです。ヒヤリングにも通じる発音を通して知ったちょっと悲しいお話を書いてみました。今週もあと1日。明日頑張れば週末です。たまには遊んでみようかしらと思っています。

 

誤字脱字が多くて済みません。レッスンの疲れもあって毎日更新ではスペルチックがしっかりとできないのです。言い訳ですが、ごめんなさい。もう少し気をつけますが大きな気持ちで許していただければ幸いです。

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