土日通信

今日は1日勉強に費やします。より単語を覚えやすくするためにフィリピンで作ったマインドノートの作成に取り掛かりました。あの時はカレンと二人ででしたが今回は一人です。でもやれそうな気がしています。

日本人にウフフ
旅先で日本人とすれ違った時、互の気配を探り合ったことがありますか。彼(彼女は)日本人かな?とお互いに考えていることがわかるようなそんな雰囲気です。しばらく目を合わせた時の居心地の悪さったらありません。互いに確信を持てなくて微妙な時間をしばし共有することが僕にはあります。

持ち物や服装から日本人らしさを見つけようとするのです。最近は韓国、中国の人も日本ぽいファッションをしていることがあるので細心の注意を払って探り合いは行われます。日本人だと結論づけた時その反応は2つに分かれます。関わりを持ちたくないとあからさまに目をそらすパターンと恐るおそる近づいてアノ〜日本の方ですか?と声をかけてくるパターンです。

この瞬間、僕はウフフとなります。
日本人の言葉を交わすことなく相手の気持ちを察する能力の高さは世界の七不思議に入れてもいいのではと思うほどです。場の空気を読む能力はスポーツ、会議、飲み会、デート、電車の中などあらゆる場面で遺憾無く発揮されます。重さ、淀み、鮮度など空気を感じるなんてちょっとオカルトチックですが確かに感じることができるのです。会議で行き詰まった時、誰も望んでいない結論に達しようとする刹那、葬式の時に感じる悲しみに満ちた重さ、僕らは確かにその存在を感じます。空気自体の成分が変わるわけでもないのに、それを感じてしまう経験は誰しもあるのではないでしょうか。旅先でもそれは同じ。ただしそこは異国の地、周りの人はその空気の違いに気がついていないようです。でも見つめ合う二人の間にだけ存在する空気。その息ぐるしさったらもう逃げ出したくなるほど重くて耐えきれないのです。両者にある気持ちは次の2つに分かれます
「海外に来てまで日本人には会いたくないよ」
「あー日本人かもしれない人に会えた」

僕は前者の方と会った時、特にウフフとなるのです。あからさまに目をそらしながらもすれ違う時は全力でこちらに探りを入れる気配が日本人らしくていいのです。相手が嫌っていたり、避けていることがわかるので僕も声をかけないのが作法だと素知らぬフリをします。でも、その空気を読み相手を探るその仕草に”あー日本人だぁ”とちょっと懐かしさを感じるのです。
僕の旅はバックパッカーと違い、日本人宿以外でほとんど日本人に会いません。旅のスタイルが違うためか宿泊先で日本人に会った経験はほとんどありませんでした。メキシコではメキシコシティにたどりつくまで誰一人日本人と会いませんでした。日本人はいないのかもと思っていたほどです。

せっかく世界を見ようと日本から出て来たのに日本人とはつるみたくない。なんで海外に来てまで日本のことを感じなきゃいけないんだという気持ちもわかるのです。自分と言葉も考え方も違う人に会う喜びはとても大きな意味を持っていますし、旅の醍醐味でもあるからです。若ければなおさらでしょう。僕も意識的に避ける場合もあります。特に日本人の中に外国人の旅人が一人でいる場合などは意識して英語を使うように心がけています。日本語がわかる外人などほとんどいないでしょう。僕も英語ができないときに周りが全て英語で話しているときの心細さを何回も味わってきました。せっかく日本人宿に来てくれているのですから会話の機会を作ることがあってもいいだろうと思うのです。とかく日本人は礼儀正しくちゃんとしていると言われていますが、時たま集団になるとちょっと羽目を外してしまうことも事実。まぁどこの国の人も同じようなものですが、そんな行為が鼻に付くという話も聞くのです。嫌な思いをしたことがあればなおさらです。ですから僕はあえて知らないふりをすることもありだと思うのです。

そんな背景を感じつつ互いに探り合う緊張感もまた旅の醍醐味の一つになっています。ここサンペドロはとても多くの日本人がいて毎日のように新しい顔に出会うことができます。その度に僕はウフフとなれるのです。1日中スペイン語漬けの毎日、英語を使って話しているときの心地良さは幸せを感じるほどです。そして、たとえ会話を交わすことなく互いに目をそらしつつすれ違うときに感じるあの日本らしさは海外ならでは楽しみなのです。

もう一つ、互に声を掛け合った場合です。一緒の宿だったり、何処かへ出かける機会に恵まれた時、買い物へ行く時に自分が日本人であることを感じるのです。歩調を合わせたり、相手に何かを聞く時など自然と日本にいる時のような気の使い方をしている自分に気がつきます。言葉を慎重に選びつつ傍若無人に自分をさらけ出さないように注意を払っているのです。

英語で話していていいなぁと思うのは好き嫌いや良い悪いをハッキリと口に出せるからです。自分がどう感じているかを相手に伝えることが大切だと思っているからでしょうか、欧米の人は互の意見を尊重します。たとえ意見が正反対であってもそれによってどうこうなることがありません。個々の意見の一つと捉え、それを含めたその人を見ています。それが僕にはとても心地よいのです。得てしてそうしたことが苦手な日本人、不必要な争いを避けるための知恵として育まれた相手を気遣うその気持ちを今も維持している自分に気がついた時、ちょっと照れくさくなってウフフとなってしまうのです。

旅人は比較的、ハッキリとものを言う人が多くて楽ですが、それでも時には日本人特有の雰囲気を感じ取ってしまうのです。でもそれは良いことでもあると思っています。オリジナリティやアイデンティティーは変えようのないものです。僕は日本人であることを変えることは出来ません。国籍を変えられたとしても日本人という種族に生まれついた事実は変えられないのです。僕は僕として生まれ名前を変えようとも僕が他人に変身することはできないのです。いくら新しい自分を探そうとしてもそれは変えることができるものばかりでした。他言語を使おうが外国人と話そうが僕のエスニックグループはジャパニーズ、僕はヒデキという名前を持った男というアイデンティティーから逃れることはできないのです。それを実感する時、なんとも言えないあのウフフ感がやってきてあきらめとは違う”まぁそんなもんだ”と思えるのです。
旅先で感じるあのちょっとしたウフフ感、それは外人からも感じることができます。それはまた次の機会に。

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